騎士と姫君
リルディアーナ視点。
カイルと離れたくないリルディアーナ。
けれど、事態は更によくない方向へ……。
「最悪!」
逃げ出すように部屋を後にしてたどり着いたのは、屋敷の中庭。
誰もいないことを確認して、言葉を吐き出す。
すごく腹が立って仕方がない。
いきなり現れて、私の気持ちなんてちっとも聞こうとしない父様にもだけれど、不甲斐ない自分に一番腹が立つ。
父様の言葉に、何一つ反論が出来なかった。
『お前みたいにピーピー文句言って逃げ出すマネなんかしてねーぜ?』
「逃げたわけじゃないもん」
ただ、きちんと知りたいと思ったから。
イセン国王がどんな人で、私のことをどんな風に思っているのか。
だけど、ここでカイルに会って恋をして、初めてメイドをして友達も出来た。
大変だけど、すごく幸せで楽しくて、毎日がキラキラしていた。
『そんな恰好で髪の色まで変えてメイドの真似事してたわけだろ? 俺には、ごっこ遊びにしかみえねーよ』
こんなに充実した時間を、“遊び”で片付けられるわけがない。
けれど同時に、自分がしていることがどれだけはた迷惑かってことも、今更ながら十分気が付いている。
父様だって、本来であればエドと一緒にリンゲン国にいるはずなのだ。
(きっと話を聞いて飛んできたんだわ)
それなのに、癇癪を起してこんなところに逃げてしまった。
驚き言葉なく立ち尽くしていた、カイルの姿を思い出す。
ユーゴさんから、私を庇ってくれたっていうのに、お礼の一つも言わずに出てきてしまった。
「きっと呆れているわ」
「確かにな。盛大な親子げんかに、口を挟む暇もなかった」
「!?」
呟いた言葉に返答され、驚き顔をあげると、そこにはカイルの姿があった。
「うっ」
思わず手短にあった柱の陰に体をすべり込ませる。
「って、おいっ。なんで隠れる」
「あ、合わせる顔がないんだもの。まさか父様がいるなんて。また迷惑をかけてしまって」
あんな姿をみられて恥ずかしいどころの話じゃない。
「……迷惑じゃない。俺は、お前のことを迷惑だと思ったことはない」
そう言いながら早足で近づき、柱に身を寄せていた私の前に立つ。
「お前は、突拍子がなくてはねっ返りで、ひどく危なっかしくて放っておけない」
「それって、やっぱり迷惑をかけているってことじゃないっ」
カイルのフォローにもならないフォローに思わず脱力してしまう。
でも、わざわざ追いかけて来てくれたことが嬉しい。
おかげで覚悟が決まった。
「きちんと戻って父様と話をしてくるわ」
「待ってくれ。その前に話が……」
「姫様!」
カイルが何か言いかけたその時、唐突に聞こえてきた懐かしい声。
「!?」
顔を見なくてもそれが誰かなんてわかる。
私は弾かれたように、声がした方へと駆け出す。
小さな頃から一緒にいる私の大切な騎士。
一番の理解者。
懐かしいその姿が目に飛び込んできて、目頭が熱くなっていく。
「クラウス!!」
そのまま飛びつき、腕を首に巻きつける。
そうすると、クラウスの腕が軽々と私の体を持ち上げた。
もうやらないって約束したけれど、きっと今は特例でイザベラだって許してくれるはずだ。
「ご無事なのですね」
ギュっと抱きついているから、クラウスの顔は見えない。
けれどその優しい声は、私が慣れ親しんだクラウスの声だ。
「見ての通り私は元気。クラウスは元気だったの?」
顔を上げて、クラウスをマジマジとみるけれど、どうやら怪我はしていないみたいだ。
「はい。俺も元気ですよ。ちょっと遠くまで行きすぎて、迎えが遅くなってしまいました」
「私の所為で、ひどい目にあわせてごめんなさい」
「え!? いや、姫様が謝ることなんて何もないです! 俺が姫様を守りきれなくて、おひとりにさせてしまって。さぞ、心細かったでしょう?」
「大丈夫。私は一人じゃなかったもの。えっと話と長くなるんだけど。とりあえず紹介するわね。ちょっと待っていて」
思わず我を忘れて飛び出してしまったけれど、ここにはカイルもいるのだ。
そう考えると、クラウスに子供みたいに抱きついて、ものすごく恥ずかしくなってきた。
慌てて、クラウスから身を離し、カイルの元へ駆け戻る。
「カイル、ごめんなさい。話の途中で」
「……」
「あの、さっき言いかけたのって……」
「もうお前の気持ちは分かった。だから話す必要はなくなった」
「え? どういうこと?」
カイルの固い声が私の胸をざわつかせる。
「あいつが、お前の待っていた相手なんだろ?」
「うん。クラウス。私の……」
「別にあいつがお前の何なのかなど興味はない」
「カイル?」
その突き放すような響きに驚く。
「迎えが来たのだから、もう帰るのだろう? よかったな」
それだけ言い捨てるとカイルは踵を返す。
「ま、待って。でもね、カイル。私は……」
「俺も助かる。お前の子守からやっと解放されるのだからな」
「!?」
言葉が胸に突き刺さる。
背中越しのカイルの表情はみえないけれど、その声音は私を拒絶するかのように冷たい。
「……」
返す言葉もなく立ち尽くす私を置いて、カイルは一度も振り返ることなく去っていった。