王の願い・執事の想い
カイル視点。
目の前の男に、ただ困惑するばかりだったが……。
「相変わらず、短気な娘だ」
リルディが部屋を飛び出したのを見て、父親であるフレデリク・エルンはまるで他人事のようにそう呟く。
「……」
エルン王は“南の賢王”と名高い人物だったはずだ。
だが、目の前にいる人物は想像とはかけ離れていて面食らう。
飄々としたどこか人を喰ったようなその態度は掴みどころがなく、とても一国をまとめる王には見えない。
「エルン王。城を出たのは彼女の意志かもしれませんが、この事態を招いたのは私です。咎は私にあります」
「あぁ。状況は大体ユーゴに聞いた。だがな、この状況を選んだのは、リルディアーナ自身だろ。あいつは、自分のしたことへの覚悟も自覚も足りなさすぎる。ガキみたいに、癇癪を起して逃げ出すようじゃ話になんねーよ」
「しかし……」
「そんなことは当たり前でしょう? 実際彼女は子供だ。今までさんざん、過保護に育ててきたくせに」
意外にも、俺より早く異を唱えたのはユーゴだった。
「過保護なのは俺じゃねーし。つかなんだよ? お前がリルディアーナの肩を持つとはどういうことだ? すっかり情が移っちまった……じゃねか。お前は昔からそうだったな」
「……彼女を庇ったつもりはありません。ただ、こちらに来るように仕向けた張本人がよく言えたものだと、呆れているだけです」
ユーゴは一呼吸置き、不快そうに眉を寄せる。
エルン王は口元を微かに緩めただけで、その言葉に反論はしなかった。
「仕向けた?」
「近々、姫君がイセン国王に会いに、クラウス・バーナーという騎士と乗り込んで来るだろうから、その時はよろしく頼むと、手紙を受けとっていました」
「なっ」
「まさか、クラウスとはぐれるとは予想外だったさ。連絡を受けて、さすがに焦ったぜ」
「あなたがやることはいつも突拍子がなさすぎます。大体、このくらいの不測の事態想定しておいてください」
「無茶言うなよ。つか、それ起こしたのが、件のイセン王とか、誰が予測できるんだよ」
「我が王でなかったのならば、リルディアーナ姫は今この世にいませんでしたね」
「いやいや。だから、魔術持ちのイセン王じゃなきゃ、うちの騎士団長はリルディアーナを守り切れてたさ」
「それはどうでしょう?」
絶句する俺の横で、会話の応酬が繰り広げられている。
「ちょっと待て! 俺はそんな報告は受けていない」
「ええ。今回のことは、あまりにバカバカしい話でしたので、信じておりませんでしたから」
「ひでぇ、言われようだな。つかさ、リルディアーナ見て、正体気づいたはずだろ。何でメイドなんだよ」
「“世話をかけるから、好きなようにこき使って構わない” そう、手紙に書いてあったじゃないですか。人手不足でしたので遠慮なく」
「いやいや、一国の姫をメイドに使うなんざ、お前ぐらいなもんだぜ? 面白いからいいんだけどよ」
呆れとも感心ともつかない苦笑を浮かべるエルン王。
「……」
あまりにも非常識な事態に、俺はただ唖然とするばかりだ。
王族の婚姻は一種の契約だ。
それは感情ではなく条件で行われる。
南の小国エルンと北の大国イセン。
何の接点もない二つが、婚姻関係を結ぶ理由が俺には分からない。
(イセン国前王とエルン国王で交わされたこの婚姻に、何の意味があるというのだ?)
そして、今回のあまりにも常識外れな対面。
俺にはいくつかの制約がある。
王になることが最大の制約であり、婚姻もまた前王の取り決めにしたがい成されることは、分かっていた。
こんなことがなくても、俺は義務としてリルディと婚姻を結んでいた。
「フレデリク・エルン王。真意を聞かせていただきたい。今回のこと、一体どういうおつもりなのか」
「どういうも何も、見たまんまだ。あいつは、こと結婚に関しては夢見がちなところがあってな。すんなり言うことを聞かないはねっかりだ。そうなれば、自分の目で見極めさせて、納得させるしかねーだろ。カイルワーン・イセン王」
どこか含みがあるその笑みには違和感がある。
「納得が出来ない。前王は、一度南へ侵攻をしかけていた。それを退けたのは、他でもないあなたのはずだ」
それがフレデリク・エルンを“南の賢王”と云わしめる由来。
南の小国をまとめ、世界を制圧しようとする男から、侵略を退け属国となることも回避させた男。
二つの国に、国交はないに等しいはずだ。
「勘違いするな。これは南の他の国とは、かかわりのない話だ。俺が望むのは、リルディアーナとイセン国王との婚姻。ゼルハートが望んだのは、お前の下にリルディアーナがいることだ。これは、お互いの我がままで自分勝手な願いだ」
“願い”
王らしくない曖昧で不確かな言葉。
その言葉は懺悔のように、どこか憂いを含んで聞こえる。
「あの男がそんな言葉を口にするとは思えない」
ゼルハート……前王の名に、嘲りの言葉が口を吐く。
傲慢で貪欲なあの男がただ“願う”だけのことなどあるのだろうか?
「正直、ゼルハートの思惑は俺にもよく分からないさ。けどな、俺はイセン国王との婚姻を、そして出来ればお互いの想いを通じ合わせてさせたいんだ」
「ますます分からない。分かるように説明していただけないでしょうか?」
俺を一瞥し、エルン王は含みがある笑みを浮かべる。
「これ以上の説明は、お前がきっちりリルディアーナを捕まえたらだ。お前、リルディアーナに惚れただろ?」
「!?」
不意を突かれた思わぬ問いに俺は絶句する。
「ほら見ろ。俺の言った通りだろ?」
「……」
俺の反応に、なぜかユーゴへ勝ち誇った顔を向けるエルン王。
それに、ひどく不快そうに眉をしかめるユーゴがいた。