不本意な迎え
リルディアーナ視点。
突き付けられたのは一方的な命令。
信じられない。
久しぶりに会った娘に対して、ツッコむところがメイド姿というのはどうなの?
しかも本気で大爆笑しているし。
未だ笑いを引きずっている、目の前の父様を睨むように見る。
「なっ。父様って……まさか……」
「ええ。非常に残念なことですが、今ここで馬鹿笑いしている男はエルン国の王です」
淡々とした口調でユーゴさんは辛辣な紹介をする。
その口調が、いつもの数倍棘を含んで聞こえるのは気のせいだろうか?
「おいこらっ。一国の王に向かって、“残念”だとか“馬鹿”とは何事だ」
「ここは非公式の場ですから、本音が駄々漏れても何ら問題ないでしょう。公ではいくらでも、心にもない敬いの言葉を並べ立ててあげますから、ご心配なく」
「相変わらずいい根性していやがる」
思い切り貶されているというのに、父様は怒るどころかどこか楽しそうでもある。
二人は一体どういう関係なんだろう?
「ユーゴ。お前、エルン王と知り合いだったのか?」
カイルも私と同じく訳が分からないようで、ひどく困惑した様子だ。
「ええ。昔、リンゲン国城にいたことがありまして、その時に相当暇だったようで、毎日のように、城にエルン王も来ていましたので」
「お前棘ありすぎ。そんなに、初恋の女を取られたのを根に持つかね」
父様の口から、サラリと爆弾発言が飛び出し、私とカイルはユーゴさんへと同時に視線を向ける。
「私は彼女にそんな不埒な想いを抱いたことはありません。あなたと一緒にしないでください」
淡々と静かな声。
けれど、そこには明らかな殺気が孕んでいる。
「不埒で何が悪いんだよ。神話にだってあんだろ? 月の女神は人と恋に落ちたって。半分の世界は不埒な輩が創ったってことじゃねーの」
あっけらかんとそう切り返す。
「チッ。減らず口を」
目で人を殺せるなら、父様は間違いなく即死だ。
(あの冷静なユーゴさんに舌打ちさせるなんてっ。少しは空気読んでよ。父様)
そんな私の祈りも空しく、頭の後ろで腕を組んだだらしない恰好で、ニヤニヤと勘に触る笑みを浮かべている。
明らかにその様子を楽しんでいる。
「す、すみません。ユーゴさん」
あまりにも居たたまれなくて、思わず謝罪の言葉を口にする。
「あなたが謝ることではないでしょう。むしろ謝るべきことは、他にあるのではないですか? あなたは、問題を起こすのが趣味なのですか?」
「うっ」
自ら墓穴を掘った。
ユーゴさんの怒りの矛先が、そのまま私にシフトされている。
「昨夜のことなら、こいつはただ巻き込まれただけだ」
カイルが私の前に立ち、ユーゴさんから庇い言い放つ。
「カイル……」
「へぇ。お前が“カイル”なんだな」
傍観していた父様が口をはさむ。
「はい。お初にお目にかかります。俺……私はカイル……」
「お初じゃねーんだよな俺は」
「ど、どういうこと?」
カイルの自己紹介を遮る形で、父様が放った言葉に驚く。
「イセン国には何度か来ているしな。こいつの親父さんとは浅からぬ因縁もあってな。何度かお前のことも見たことがある。それにだ。俺に名乗る前に、きっちり名乗るべき奴がいんだろ?」
「……」
父様の訳知り顔の言葉に、カイルが険しい表情で押し黙る。
「ちょっと父様どういうことなの? きちんと説明して」
「ほぅ。家出娘が偉そうに言うな。うちの騎士団長まで巻き込んで無茶をしてくれたもんだ。説明してほしいのはこちらの方なんだが」
剣呑な目を向けられ、思わず言葉に詰まる。
父様がここにいる理由。
それはきっと私を連れ戻すことだ。
「……勝手に城を出たことは謝るわ。心配をかけてごめんなさい。だけど!」
「だけど……じゃねーよっ。ま、城に乗り込んでなかったつーのがせめてもの救いだな。いいか、お前はもうすぐ嫁ぐんだ。ちったぁ、淑やかさを身につけろ」
「私は、そのことを了承してないわよ。勝手に決めないで」
父様の一方的な言葉に、つい口調が固くなってしまう。
「決めるのはお前じゃない。王である俺だ。そして前にも言ったが、これはもう決定事項だ」
不遜な口調と目でそう言い放つ。
「そんなのおかしいっ。だって、父様は自分の意志で、周りの反対を押し切って、母様と結婚したじゃない」
それなのに娘である私には、一方的な決定事項を押し付けるだけ。
そんなの納得いくはずがない。
「あぁ。そうだ。俺は周りを解き伏して、アンヌと婚姻を結んだ。だがな、それは俺がそれだけの力を持ってたからだ。少なくとも、お前みたいにピーピー文句言って逃げ出すマネなんかしてねーぜ?」
「!」
父様のいいたいことは分かる。
私のしたことは身勝手で無謀なことだった。
だけど、イセン国に来たからこそ、学んだことも気づいたこともある。
カイルにだって出会えた。
「わ、私だって遊びで此処に来たわけじゃない」
「そんな恰好で、髪の色まで変えてメイドの真似事してたわけだろ? 俺には、ごっこ遊びにしかみえねーよ」
小ばかにしたようにそう言い捨てられて、私は父様を睨むけれど、ぶつけられたその瞳に威圧される。
「もう一度言う。イセン国王に嫁がせる。これは決定事項だ。お前は一度、俺と一緒にエルン国に帰るんだ。いいかげん、自分の立場を自覚しろ」
「……」
どうして、父様はいつもこうなのだろう?
私の話なんて、きちんと聞いてくれたためしがない。
何でも勝手に決めて、一方的に押し付けるだけだ。
「何も知らないくせに! 父様の大馬鹿っ」
「リルディ!」
溢れ出す怒りを止めようもなく、逃げるように部屋を飛び出す。
後ろから、カイルの声が引き留めるように放たれたけれど、どんな顔をしていいのか分からなくて、振り返ることなく外に飛び出した。