伝えられない言葉・抑えられない想い(2)
「……魔術をかけるから動くなよ」
この醜い感情を悟られぬよう、リルディから視線をそらし、素知らぬふりで呪いの言葉を転がす。
パアァン。
見事な金の髪は黒へと変わる。
「終わったぞ」
「うん。ありがとう」
礼を言いつつ、リルディの表情は晴れないままだ。
「そんな顔をするな」
たまらずリルディの頬に触れる。
「カ、カイル?」
「迎えはすぐに来る」
来なければいいと心底思っているが……という言葉を飲み込み、触れていた頬を軽くつねる。
「うにゃ。はに?」
「なんかムカついた」
リルディの心にいるのが自分ではないのだと考えると、無性に苛立ちが募る。
そのまま言葉に出来ればどんなに楽だろうと思うが、そんなこと出来るはずもなく、我ながら子供じみた真似をしてしまった。
「ムカついたってなんで?」
「何でもだ」
俺の無茶苦茶な答えに、目を瞬かせ不思議そうな顔をしている。
このまま触れた指を離すのは名残惜しく、そのまま再度頬を包み込む。
「……」
俺を見上げるリルディの瞳は前のような怯えを含んではいない。
おずおずと俺の手に自分の手を重ね小さくほほ笑む。
熱く潤むその瞳は俺を誘っているかのようで。
「リルディ」
熱に浮かされるかのように、俺は身を屈めリルディとの距離を詰める。
「何をされているのですか?」
お互いの息遣いさえ聞こえそうな距離に到達したその時、目が覚めるかのような現実的な声が響く。
「あ……」
「う……」
お互い我に返り、至近距離で目が合い、俺とリルディは間抜けとしかいいようのない声を発する。
「す、すまない」
「ご、ごめんなさい!」
即座に身を離してから、なぜか意味もなく二人で謝罪の言葉を口にする。
「……」
「……」
もし、声をかけられていなかったら、間違いなく口づけをしていただろう。
いや、それだけで歯止めがきけばいいが、それ以上のことをしていたやもしれない。
(俺はいつの間に、こいつにこんなに溺れていたのだ?)
リルディを好きだという自覚がなかったわけではない。
だが、ここまで自制心が働かないとは思いもしなかった。
「はぁ……」
深いため息が聞こえ、振り返るとそこには、ユーゴが恐ろしく殺気だった様子で立っていた。
「ユーゴさん!?」
リルディも同じく、今ユーゴの存在を認識したようで、ひどく青ざめた顔をしている。
「あなた方は、この非常事態になにをしているのですか?」
「な、な、な、何って! な、何もしてないですっ」
「メイドが仕事もせず、こんなところにいるのは問題だと思いますが?」
「うっ」
いつかの俺のようにリルディが墓穴を掘り、絶対零度の視線を向けられ黙り込む。
「そんなことより、非常事態とは何のことだ?」
いいようのない空気の中、俺はつとめて冷静を装い問いを放つ。
「暗殺者が入り込み、しかもそれが悪名高いイサーク・セサルの手の者となれば、非常事態と言わざる得ないでしょう」
「気づいていたのか?」
隠し通せたと思ったが、ユーゴにはバレていたらしい。
「どうして!? あの時、ネリーが止めてくれたはずなのに」
「私はこの屋敷の執事。知らないことなどありません。あなたのことも初めから気づいていましたよ。リルディアーナ姫」
「!?」
「なっ」
思いもしなかったその言葉に、俺とリルディは唖然とする。
「あ、もしかしてクラウスに聞いていたの?」
「いいえ。そうではありません」
「それじゃあ……」
「お二人に会わせたい方がいます」
ユーゴの淡々とした言葉がリルディの言葉を遮る。
「どういうことだ? 誰に会えというんだ?」
「このバカバカしい茶番を仕組んだ人物にです」
俺の問いに、ユーゴは心底不機嫌そうに答えた。