気づきはじめた気持ち(1)
リルディアーナ視点。
想いを自覚したものの……。
“好き”という気持ちを認識してしまえば、その想いは驚くくらいに加速していく。
どうにもならない現実と、どうにもならいらない想い。
二つが入り混じって、息ができないほどに胸が苦しくなる。
何度目か分からないため息をつき、ベッドから出ると窓辺へと身を寄せる。
部屋に帰ってからも、グルグルと色々なことを考えてしまって、全く眠れなかった。
月はもう跡形もなく、空は白み始めている。
もうすぐ太陽が昇る。
「リルディ、眠れない?」
ラウラが、仕切り布の間から心配そうに顔を覗かせる。
「起こしちゃった? ごめんね」
「ううん。ラウラも早く目が覚めた」
「そっか」
顔を上げると、肩から流れ落ちる黒髪に目がとまる。
ここにいる間はメイドを続けたい。
無理をいってカイルに魔術をかけ直してもらったのだ。
メイドをやめてしまったら、カイルとの距離が遠くなる気がして嫌だった。
すでに正体は知られてしまったけれど、それでもメイドを続けるのは、ただの悪あがきだろうか?
(私はカイルが好きだ)
けれど、金の髪の姫を、カイルはどう想っているんだろう?
それを考えると、怖くて仕方がなくなる。
「ラウラ?」
いつの間にか固く握りこんでいた手を、私のもとへやってきたラウラが、小さな両手でソッと包み込む。
「……大切なのは強い想い。きっとたくさんのことがある。だけど、リルディなら大丈夫」
何も知らないはずなのに、ラウラは私の心の奥底を見透かしたように言い放つ。
大きな紅い瞳が、真っ直ぐと向けられている。
目が合うと、甘い砂糖菓子のような笑みがこぼれる。
その笑顔は、不安で臆病になりかけていた私を勇気づける。
「ラウラ。ありがとう」
思わずその小さな体をギュっと抱きしめる。
ラウラのほんわかした優しい雰囲気は、母様にとても似ている。
落ち込みそうな私の気持ちを奮い立たせてくれる。
「……」
「ラウラ?」
抱きしめると無言になってしまった。
身を離して顔を覗き込むと、浮かない顔をしている。
長く黒い耳もいつもより垂れているようにも見える。
「あ、驚かせちゃったかな。急に抱きついたりしてごめんね」
「ち、違うっ。リルディ悪くない。違うの……」
紅い瞳が見る見るうちに潤んでいく。
大きな瞳が今にも零れ落ちそうだ。
「ラウラはリルディが好きなの。大好きなのよ」
「うん。私もラウラのこと好きよ」
なぜか必死なその言葉に、私も素直な気持ちを言葉にする。
「……ごめん……なさい」
消え入りそうな言葉を零し、今度はラウラから私に抱きつく。
小さなその体では抱きつくというよりは、しがみつくという方が正しいのかもしれないけれど。
自分のことに精いっぱいで気づかなかったけれど、今日のラウラは何だか変だ。
「どうしたの? 何かあったの?」
問いかけに、私から体を離したラウラは、フルフルと大きく首を振る。
「急にごめん。何でもないの」
そう言うものの、その声は固く、何だか顔色が悪い気がする。
「本当に大丈夫?」
「うん。大丈……」
「ラウラ!」
言葉は途中で途切れる。
そのまま倒れてしまいそうな体を慌てて支える。
「待っていて! すぐに誰か呼んでくるから」
「大丈夫。少し眩暈しただけ」
駆け出そうとした私を、ガラベイヤの裾を掴んで引き留める。
「だけど、顔色悪いよ。お医者様に診て頂いた方がいいわ」
「ううん。それより、お願いしていい?」
「うん。何でも言って」
「あのね、眠るまで手を握っていて」
「手を?」
予想外の言葉に思わず聞き返してしまう。
ラウラはコクリと頷き、遠慮がちに手を差し出す。
身を屈めその手を握り締めると小さな子供のように、嬉しそうにはにかむ。
「つらくない?」
「うん。ありがとう。リルディは姉さまみたい」
「え? ラウラ、お姉さんがいるの?」
「うん。たくさんいたよ。血は繋がっていなかったけれど、集落のみんなが家族だから。ラウラは一番小さかったから、姉さまがたくさんいたの」
「そっか。それじゃあ、イセン国に来る時には、みんな寂しがったでしょうね」
「……みんな、いなくなったから」
「え?」
「悪い人間に村を襲われて、残ったのはラウラだけだった」
「そんな……」
聞いたことがある。
耳長族は、その愛らしい容姿から人身売買の対象になるのだと。
「ごめんなさい。つらいことを聞いてしまったね……」
「ううん。大丈夫。だって今はリルディたちがいるから。ラウラは寂しくないの。ねぇ、リルディ。これからもラウラと友達でいてくれる?」
「うん。何があっても友達だよ。当たり前だわ」
「……うん」
私の答えに、ラウラは安心したように瞳を閉じる。
握り締めたその手の小ささに、ひどく胸が締め付けられる。
たった一人残されたというラウラ。
今までどんな思いで、がんばってきたんだろう?
ラウラは私が思っているより、ずっと強い女の子だ。
「私も後ろ向きになっている場合じゃないのよね」
あどけないその寝顔を見ながら、私は決意を込めて呟いた。