騎士、姫君と旅立つ(5)
姫様がそんじょそこらの姫君のような方なら、俺が『仕えたい』などとは思わなかっただろう。
困ったことに俺が敬愛する『姫様』は、その『お姫様』らしくない姫様なのだ。
なんと言われようとも、自分の意志は曲げない。
頑固で無謀な少女。
貫くように向けられるブルーアイがあまりにも綺麗で、目が離せなくなってしまう。
姫様に助けられたその時から、俺は結局いつだって、姫様の意志には逆らえない。
「誰が一人で行かせますか。主を護るは騎士の勤めです」
「え?」
大きな瞳が更に大きくなる。
穴が開くほどマジマジと見られて、俺は思わず苦笑する。
「それって、一緒に行ってくれるってこと?」
「どうせ今止めたって、姫様のことです。後でコッソリ抜け出してしまうでしょう?」
「クラウス!」
ピョンッと跳ねて、姫様は俺の首の後ろへ手をまわす。そうしてから、俺の体を首から引き寄せる。
「うわっと!」
バランスを崩しそうになって、俺は慌てて姫様の体を持ち上げる。
(あぁ。重くなったな)
小さな頃は、軽々と抱き上げられたのに。
当たり前だ。
もう結婚話が出るくらいの年頃なのだから。
「重いって顔している」
姫様は不満そうに口を尖らせる。
「ええ。重いですよ。10年前にくらべれば」
「そりゃあ、10年前にくらべればね」
俺と姫様は顔を見合わせ笑う。
俺の愛おしい小さな主。
いつの間に、こんなにも大きく美しくなったのだろう?
「そろそろダメですよね。こういうの」
「え?」
俺の言葉に不思議そうに小首を傾げる姫様。
「もう姫様も16歳なんです。むやみやたらに、若い男に抱きついたらダメですよ」
「人を無節操みたいに。クラウスだから出来るのよ。他の人にはしないわ」
「……俺にもダメです」
うっかり出掛かった、ならいいか。と、言う言葉を慌てて飲み込む。
「あっ。そっか。イザベラが嫌な気分になるものね」
姫様は慌てて俺から体を離す。
「……かもしれないです」
「だよね。うん。これからは気をつけるね!」
大きく頷く姫様は多分勘違いしている。
イザベラが嫌な気分になるとしたら、それは『俺』に嫉妬してだろう。
確かに俺はイザベラと恋人同士である。
だが、比率から言えば、イザベラは俺より姫様への愛情度の方が高いのだ。
姫様になつかれた俺は、昔から何度、イザベラに憎しみの眼差しを向けられたことか。
それが、今や相思相愛の恋人同士なのだから、恋愛とはよくよく分からないものだ。
「それで、本当に一緒に来てくれるの?」
「はい。ただし約束してください。くれぐれも無茶はしないこと。俺から絶対に離れないでください」
「ありがとう。クラウス! うん。絶対守るわ」
そう言って、満面の笑みを浮かべる。
本当に大丈夫か激しく不安だ。
姫様の絶対は、限りなく怪しい……。
「ふふ。クラウスが一緒なら心強いわ」
嬉しそうな姫様の姿に、思わず俺の口元も緩む。
(それにしても、これはまたイザベラに恨みをかうな)
その光景が見えるようで苦笑する。
だが、怒っているイザベラが嫌いじゃない。
いや、むしろ好きだ。
怒っているイザベラはとても可愛い。
その一生懸命な姿を見ると、思わずギュッと抱きしめたくなる。
と、そんなことを口にしたら、『メイド心得』が飛んでくることは間違いないが。
そこがまた、グッとくるというか。
と、心酔している場合じゃなかった。
俺も旅支度をしなければ。
まぁ、本気でイセン国に行こうとは思わない。
一日か二日で、姫様も音を上げるだろうと思う。
なにせ、長旅の経験なんてないに等しい。
行くとしても、隣国のリンゲン国。
しかも、一団を引き連れた完璧な部隊を組んでだ。
今からは二人旅。
一日歩き、粗末な宿に泊まる。
いくら姫様といえど、ギブアップするに違いない。
そんな軽いノリでお供をすることを決めたのだった。
………………
それがまさか、五日目にしてもめげないなんて。
スヤスヤと眠る姫様の姿に深いため息が漏れる。
(それどころか、順応してむしろ楽しそうってどういうことだよ!)
いや、そろそろ疲れが溜まりだす頃のはずだ。
すでに疲労困憊の俺は、そう考え自分を奮い立たす。
(明日こそは!)
小窓から差込朝日を浴びながら、グッと手を握り込み気合を入れるのだった。