「100均の収納術」で王宮を整理したら、伝説の迷宮が完全攻略されました
「……嘘でしょ。これが、王国の心臓部たる『王宮大宝物庫』ですって?」
重厚な観音開きの扉を開けた瞬間、私、伯爵令嬢のミエル・フォン・レミントンは、あまりの光景に絶句した。
そこは、文字通りの「ゴミ屋敷」だった。
「その通りだ。歴代の王族が収集した魔導具、諸外国からの貢ぎ物、そして地下の『伝説の迷宮』から発掘されたアーティファクトの数々……。すべてがここに収められている」
私の隣で、重いため息を吐いたのは、王国の若き宰相にして筆頭魔導師であるユリウス様。
銀色の長い髪を束ね、氷のように冷たい美貌を持つ彼は、現在、過労のせいか目の下にうっすらとクマを作っている。
「収められているというか、ただ投げ込まれているだけに見えますが」
「耳が痛いな。魔力を持つ物品は、互いに干渉し合う。下手に触れれば爆発や呪いの連鎖が起きるため、誰も整理できずに数百年間放置されてきたのだ」
私は目の前の惨状を見渡した。
呪われた魔剣の山の上に、聖なる杯が転がり、その取っ手には古代の巻物がぐちゃぐちゃに絡まっている。床には得体の知れない魔石が散乱し、足の踏み場もない。
それらが発する混沌とした魔力が部屋中に充満し、空気が淀んで、まるでヘドロのようになっている。
(……ああ、駄目。血が騒ぐ)
前世の私は、日本のしがないOLだった。しかし、私には誰にも負けない特技と情熱があった。
それは**「100円ショップのアイテムを駆使した収納術」**である。
休日は100均を巡り、ファイルボックスやワイヤーネット、突っ張り棒を買い占め、部屋のあらゆるデッドスペースを「シンデレラフィット」させることに命を懸けていた。
今世では魔法の才能に恵まれ、「物質錬成(土属性)」という地味な魔法を得意としていたが、まさかこんな形で前世の血が騒ぐ日が来るとは。
「ユリウス様。この部屋の整理、私がやってもよろしいですか?」
「正気か、ミエル嬢。先ほども言った通り、ここの品々は魔力の塊だ。少しでも配置を間違えれば大惨事に……」
「大丈夫ですわ。むしろ、このまま放置しておく方が、魔力溜まりとなって地下の迷宮に悪影響を与えます」
「……それは、確かにそうだが」
私は腕まくりをして、腰に手を当てた。
「私にかかれば、この程度の汚部屋、一日で劇的ビフォーアフターしてみせますわ。見ていてください!」
私は深呼吸をし、得意の錬成魔法を発動した。
「錬成! 【半透明ポリプロピレン製ファイルボックス(A4サイズ)】!」
ポンッ! という軽い音とともに、虚空から四角い半透明の箱が大量に生み出された。
「なっ……なんだその、乳白色の奇妙な箱は!? 陶器でも木材でもない、見たこともない素材だが!」
ユリウス様が目を丸くする。
「これは『プラスチック(もどき)』です。軽くて丈夫で、角が直角なので空間に無駄ができません。さあ、まずはこの【ファイルボックス】を使って、魔導書の山を立てて収納します!」
私は散乱していた古代の魔導書を拾い上げ、次々とファイルボックスの中に立てていった。
本は平積みにしてはいけない。下にあるものが取り出せなくなるし、何より魔導書同士の重みで呪いが圧縮されてしまう。立てて収納し、背表紙を手前に向けることで、インデックス化も完璧だ。
「おお……あの今にも暴発しそうだった魔導書たちが、綺麗に整列していく……。しかも、あの箱に入れると魔力の干渉が遮断されている!?」
「ただの仕切り効果ですわ。次に、細かい魔石や装飾品! これらは定位置を決めないとすぐに散らかります」
「錬成! 【仕切り付きクリアケース】と【突っ張り棒】、そして**【ワイヤーネット】**!」
私は宝物庫の壁のデッドスペースを見逃さなかった。
強固な石造りの柱と柱の間に、白くて細長い棒(突っ張り棒)を渡し、ギリギリとねじを回して固定する。そこへワイヤーネットを結束バンド(これも錬成した)で固定し、S字フックを無数に引っかけた。
「あの細い棒で、空間に新たな壁を作り出したというのか……!?」
「そうです! そして、このS字フックに、絡まっていた首飾りや杖を吊るして収納します。空中収納は基本中の基本ですわ!」
カチャカチャと音を立てて、呪いのアイテムたちが美しく壁にディスプレイされていく。
さらに、細かい魔石は仕切り付きのクリアケースに入れ、色別、属性別に分類。ケースは引き出しのように重ねて、棚の隙間にスッと滑り込ませた。
ピタァッ。
隙間にケースが寸分の狂いもなく収まった瞬間。
「……っはあぁぁぁ……! これよ……!」
私は恍惚の表情で震えた。
これぞ、収納マニアにとって最高の快楽。計算し尽くされた空間に、アイテムが完璧に収まる瞬間――**『シンデレラフィット』**である。
「ミ、ミエル嬢? 急に顔を赤らめて震えだしたが、呪いでも受けたのか!?」
「いいえ、快感に酔いしれているだけですわ。気にしないでください」
私は作業を加速させた。
空間を区切る。定位置を決める。ラベルを貼る。
混沌の象徴だった魔のアイテムたちが、100均収納のロジックによって次々と秩序を取り戻していく。
*****
数時間後。
「……終わりましたわ」
私が額の汗を拭って振り返ると、ユリウス様は腰を抜かしたまま、震える指で室内を指差していた。
「こ、これが……本当に、あの宝物庫だというのか……?」
ゴミ屋敷だった空間は、今や近代的なシステムキッチンのパントリーか、あるいは無印〇品のショールームのように美しく整然としていた。
床にはチリ一つなく、すべてのアイテムが「出しやすく、戻しやすい」定位置に収まっている。半透明のボックスが整然と並ぶ様は、もはや芸術的ですらあった。
「素晴らしい……。魔力の淀みが完全に消え去っている。それどころか、魔導具同士が規則正しく並んだことで、互いの魔力を循環させ、部屋全体が巨大な浄化の魔法陣として機能しているではないか!」
ユリウス様が興奮気味に叫んだ、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如、王宮の地下深くから、地鳴りのような凄まじい轟音が響き渡った。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
ユリウス様が身構える。
すると、宝物庫の奥の扉――地下の『伝説の迷宮』へと続く封印の扉から、ボロボロになった甲冑姿の騎士たちが転がり込んできた。
王国の精鋭たる、迷宮討伐軍の面々だ。
「ユ、ユリウス宰相閣下! ご報告いたします!」
討伐軍の隊長が、息も絶え絶えに叫んだ。
「た、たった今……迷宮の第1階層から第50階層までのモンスターが、一瞬にして光となって消滅いたしました!!」
「なんだと!?」
ユリウス様が驚愕の声を上げる。
「それだけではありません! 迷宮内の複雑に入り組んでいた罠や隠し通路が、なぜかすべて『直線』と『直角』に再構築され、宝箱が壁際に規則正しく等間隔で並べ直されています! もはや迷宮ではなく、ただの一直線の『廊下』です!!」
「……は?」
ユリウス様が、信じられないものを見るような目で私を振り返った。
「あ、アハハ……」
私は頬を掻きながら乾いた笑いを漏らした。
(どうやら、宝物庫のアイテムをシンデレラフィットさせて作り出した『浄化の魔法陣』の力が、直結している地下迷宮の構造にまで影響を与えてしまったらしい)
混沌を愛するモンスターたちにとって、「完璧に整理整頓された空間」は、生存できない猛毒の環境だったのだ。
ダンジョンの壁という壁に突っ張り棒が渡され、宝箱が綺麗にラベリングされている光景を想像し、私は心の中で静かにガッツポーズをした。
「ミエル嬢……君は、一体何者なんだ。歴代の賢者が何百年かけても攻略できなかった迷宮の半分を、ただ『片付けた』だけで攻略してしまうとは……」
ユリウス様が、畏敬の念を込めた熱い視線を私に向けてくる。
「ただの、収納が少し得意なだけの女ですわ。でも……」
私は、綺麗に整頓された宝物庫を見回し、不敵に微笑んだ。
「王宮には、まだまだ『デッドスペース』がたくさんあるようですね。全部、私がシンデレラフィットさせて差し上げますわ!」
かくして、100均収納の知識を持つ伯爵令嬢による、前代未聞の「お片付け(物理・概念)」による王国大改革が幕を開けたのである。
*****
宝物庫の「お片付け」がもたらした奇跡は、瞬く間に王宮中へと知れ渡った。
ゴミ屋敷と化していた宝物庫がピカピカになり、おまけに迷宮の半分が「ただの廊下」と化したのだから無理もない。
翌日、私とユリウス様は、王宮の敷地内にある**【近衛騎士団の兵舎】**へと足を踏み入れていた。
「……くさい」
「ミエル嬢、あまり直球で言わないであげてくれ。彼らも日夜、訓練と魔物討伐で汗を流しているのだ」
私が思わず鼻をつまむと、ユリウス様が苦笑しながらフォローを入れた。
しかし、臭いものは臭いし、汚いものは汚い。
目の前に広がる大部屋は、まさに男たちの掃き溜めだった。脱ぎ捨てられた汗まみれの鎧、無造作に立てかけられた剣や槍、片方だけ転がっているブーツ。それらが複雑に絡み合い、地獄のような惨状を作り出している。
「ようこそおいで下さいました、ユリウス閣下、そしてミエル嬢」
奥から現れたのは、筋骨隆々で無精髭を生やしたワイルドな美丈夫――近衛騎士団長のガレス様だった。
「宝物庫の件は聞いておりますが……我が騎士団の兵舎は、魔導具のような危険はありません。ただ少し、男所帯で『活気』があるだけでして」
「これを活気と呼ぶなら、スラム街の路地裏はテーマパークですわね」
「ぐっ……」
私は容赦なく言い放ち、腕まくりをした。
この惨状の原因は明確だ。**『床に物を直置きしていること』**である。
床の面積には限界がある。物を置けば置くほど動線は塞がり、掃除機(この世界では清掃魔法)もかけられなくなり、埃と臭いが蓄積していくのだ。
「騎士団長。武器や防具の『定位置』は決まっていますか?」
「え? ああ、一応、あの隅の木箱が武器入れで……」
「駄目です! 木箱に無造作に突っ込むから、刃が欠けたり、必要な時にすぐ取り出せなかったりするんです!」
私は床を力強く踏み鳴らし、錬成魔法を発動した。
「錬成! 【木製ペグボード(有孔ボード)】および【専用フック各種】!」
ズララララッ!!
兵舎の何もない無機質な石壁に、等間隔の穴が無数に開いた巨大な木の板が張り巡らされた。
「な、なんだこの無数の穴が空いた板は!?」
ガレス団長が驚いて後ずさる。
「壁面収納の最強アイテム、ペグボードですわ! ここに専用の金属フックを差し込みます。そして……」
私は床に散らばっていた剣や槍を拾い上げ、壁に設置したフックに次々と引っ掛けていった。
「剣は横向きに二つのフックで支え、槍は縦に。盾は大きめのフックで吊るします。どうです? まるで高級武具店のディスプレイのようになったでしょう!」
「おおおっ……!!」
騎士たちからどよめきが上がった。
壁一面に美しく整列した武器の数々。一目でどこに何があるか分かり、しかも取り出しやすい。さらに、床のスペースが完全に空いたのだ。
「これだけではありません。脱ぎ捨てられた鎧やブーツには、これです!」
「錬成! 【三段式スチールワゴン(キャスター付き)】と、【珪藻土マット】!」
私は一人一台ずつ、コロコロと転がる三段の金網ワゴンを支給した。
「一番上の段に兜と小手、中段に胴当て、一番下にブーツです! 下の段には吸水性と消臭性に優れた『珪藻土マット』を敷きましたので、汗の臭いも激減します。キャスター付きなので、掃除の時も簡単に移動できますわ!」
「す、素晴らしい……! これなら出撃の際も、自分のワゴンから一瞬で装備を身につけられる!」
ガレス団長が目を輝かせ、自らの汚いブーツをいそいそとワゴンに収納し始めた。
騎士たちが一斉にお片付けを開始し、わずか一時間後。
足の踏み場もなかった兵舎は、驚くほどシステマチックで清潔な、モデルルームのような空間へと生まれ変わった。
「ミエル嬢……君は魔法使いというより、空間を支配する神の一族なのではないか?」
ユリウス様が、壁面収納を見上げながら真顔で呟く。
「神だなんて大袈裟な。ただの100均愛好家です」
私がドヤ顔で珪藻土マットの吸水性を説明していた、その時だった。
「報告ッ!! 伝令、伝令ぇぇーッ!!」
再び、血相を変えた迷宮討伐軍の兵士が兵舎に駆け込んできた。
「迷宮の、第51階層から第90階層に……異変が……ッ!」
「今度は何が起きた!?」
ユリウス様とガレス団長が同時に問い詰める。
「魔物たちが……魔物たちが、種族ごとに『等間隔』で壁際に整列させられています!!」
「は?」
兵士は息を乱しながら、信じられない光景を口にした。
「迷宮の壁一面に、謎の『無数の穴が空いた板』が出現し、そこに凶悪なガーゴイルやスケルトンたちが、まるで壁掛けの装飾品のようにフックで吊るされて、身動きが取れなくなっております!」
「…………」
ユリウス様が、スッと私の方を見た。
「さらに!」と兵士は続ける。
「大型のミノタウロスやオーガたちは、謎の『車輪のついた三段の檻』の各段に綺麗に折り畳まれて収納され、完全に無力化! おまけに、迷宮に漂っていた腐敗臭が、床に敷かれた謎の白い板(珪藻土)によって完全に消臭されております!!」
「……アハハ、収納術の概念が、迷宮の中層まで浸透してしまったみたいですね」
私は額に冷や汗をかきながら笑った。
「ミエル嬢。君のその『片付け』は、もはや戦略級の殲滅魔法を超えているぞ」
ユリウス様が、こめかみを押さえながら深くため息をついた。
しかし、その口元はわずかに笑みを浮かべていた。混沌とした王国の問題が、彼女の作り出す「絶対的な秩序」によって次々と解決していくことに、彼自身も奇妙な快感を覚え始めていたのだ。
*****
宝物庫、そして騎士団兵舎の劇的ビフォーアフターを経て、王宮内での私の評価は「お片付けの聖女」というよく分からない称号へと昇華していた。
そしてついに、私は王宮の最深部――国王陛下の執務室へと招かれることになった。
「よく来てくれた、ミエル嬢。余の悩みを聞いてほしいのだ」
玉座に座る国王陛下は、豊かな髭を蓄えた威厳ある人物だが、今はひどく疲弊した顔つきをしていた。
執務室の中を見渡して、私はすぐに原因を察した。
**「書類の山」**である。
巨大なマホガニーの執務机の上には、羊皮紙や巻物が雪崩を起こしそうなほど高く積まれている。床にも決裁待ちの書類が溢れ、どれが重要で、どれが終わったものなのか、全く区別がつかない状態だった。
「近頃、行政のスピードが遅いと宰相にも小言を言われてな……。しかし、次から次へと書類が届き、どこから手をつけていいか分からぬのだ」
国王陛下がしょんぼりと肩を落とす。その後ろで、ユリウス様が腕を組んで静かに頷いている。
(ふふっ……紙モノの整理。100均収納術の真骨頂じゃないですか!)
私は目を輝かせて机の前に進み出た。
「陛下、お任せください! 書類整理の基本は『未処理』『処理中』『保管』のフロー(流れ)を可視化することですわ!」
私は迷わず魔法を展開する。
「錬成! 【A4サイズ縦型レタートレー(三段)】! さらに、【カラーインデックス付きクリアファイル】と、【マスキングテープ】!」
机の上の空きスペースに、透明なプラスチック製の三段トレーがドンッと鎮座した。
「陛下、これが書類の『新しい家』です! 一番上のトレーは『未決裁(これから読むもの)』。真ん中は『保留(確認が必要なもの)』。一番下は『決裁済み』。この三つのルールだけを守ってください!」
私は机の上の羊皮紙の山を素早い手つきで分類し始めた。
「そして、種類ごとに色の違うクリアファイルに挟みます! 赤は『急ぎ』、青は『内政』、黄色は『外交』! さらに、背の部分にマスキングテープを貼って、そこにペンで項目を書いておけば……!」
ペタペタとテープを貼り、瞬く間に書類の山が「意味のある情報の束」へと変換されていく。
「な、なんだこの薄くて透明な板は! 書類が折れ曲がらず、しかも中身が透けて見えるだと……!?」
国王陛下が、錬成されたクリアファイルを光にかざして感極まった声を上げた。
「これなら、一目で何の書類か分かる! 余が次に何をすべきか、明確に理解できるぞ!」
「ええ。書類が平積みされていると、下にあるものは永遠に忘れ去られます。これからはすべて『立てて』、あるいは『トレーに沿って流す』のです!」
私が執務机の整理を終えたとき、そこには無駄なものが一切ない、完璧に最適化されたワークスペースが誕生していた。
「素晴らしい……! ミエルよ、そなたは王国の救世主だ! 余の頭の中まで整理された気分だ!」
国王陛下が大喜びでレタートレーの書類に次々とサインをし始めた。その処理スピードは、従来の三倍以上にも跳ね上がっていた。
「ミエル嬢。君のその思考法は、もはや魔術というより『哲学』だな」
ユリウス様が、感心したように私の横顔を見つめてくる。
「ただの生活の知恵ですわ、ユリウス様」
私が謙遜したその直後だった。
ドドドドドォォォォォンッ!!!
王宮全体が、先日の地鳴りとは比べ物にならないほどの激しい揺れに襲われた。
窓ガラスがビリビリと共鳴し、執務室の机がガタガタと跳ねる。
「陛下、お下がりください!」
ユリウス様が咄嗟に結界を張る。
「今度は何だ!? また迷宮の報告か!?」
国王陛下が叫んだ瞬間、執務室の重厚な扉がバーン! と吹き飛ばされ、一人の騎士が転がり込んできた。
「ほ、報告ゥゥッ!!」
騎士は泡を吹きながら、空を指差して叫んだ。
「め、迷宮の最下層、第100階層に封印されていた『混沌の邪竜』が……ッ!!」
「ついに封印が破られたか!? 直ちに討伐軍を……!」
ユリウス様が杖を構え、緊迫した声を上げる。
しかし、伝令の騎士は、あり得ないものを見たという顔で首を横に激しく振った。
「ち、違います!! 邪竜は……邪竜は……!」
騎士は深呼吸をし、信じがたい言葉を放った。
「邪竜は、謎の『透明な三段の箱』の形をした巨大な光の檻に挟み込まれ……全身を薄っぺらい『透明な板』にパッキングされた状態で、迷宮の最深部で【決裁済み】のラベルを貼られて機能停止しております!!」
「……決裁、済み? 邪竜が、書類のようにパッキングされているだと……?」
国王陛下は玉座から崩れ落ちそうになり、ユリウス様は美しい顔を引きつらせて固まっていた。
私といえば、「ああ、なるほど。書類整理の『未決裁』から『決裁済み』のフロー(流れ)が、迷宮の進行度(階層)と完全にリンクしてしまったのね」と、一人で納得してウンウンと頷いていた。
「百聞は一見に如かずだ! ミエル嬢、直ちに迷宮の最下層へ向かおう!」
ユリウス様が私の手を取り、転移魔法を発動させた。
視界が歪み、一瞬にして私たちは王宮の地下深く――かつては瘴気と暗闇に包まれていたという伝説の迷宮、第100階層へと転移した。
「……なんということだ」
到着した瞬間、ユリウス様が息を呑んだ。
かつて「混沌の深淵」と呼ばれたその場所は、今や巨大な**『文書保管庫』**と化していた。
薄暗かった岩肌は、白を基調とした壁紙でコーティングされ、眩しいほどの魔力光の照明が均等に配置されている。空気は清浄機を通したように澄み切っており、ホコリ一つ落ちていない。
そして、その部屋の中央。
「キュゥゥゥゥ……」
かつて世界を滅ぼしかけたという伝説の巨竜――『混沌の邪竜』が、情けない鳴き声を上げていた。
漆黒の鱗と禍々しい翼を持つその体長五十メートルを超える巨体は、謎の力によってペラペラの二次元(厚さ約5ミリ)に圧縮され、巨大な透明の板――**【特大A0サイズ・超厚口クリアファイル】**の中にピッチリと挟み込まれていたのだ。
さらに、そのクリアファイルは、部屋の隅に設置された巨大な三段レタートレーの、一番下の段【決裁済み】のスペースに、スッと美しく収納されている。
ファイルの背表紙には、私がさっき執務室で使ったのと同じマスキングテープが貼られ、そこにマジックで『混沌の邪竜(処理済)/保管期限:永久』とデカデカと書かれていた。
「嘘だろう……。あの、歴代の勇者たちが束になっても傷一つつけられなかった絶望の化身が、ただの『書類』としてファイリングされているなんて……」
迷宮討伐軍の隊長が、クリアファイルに挟まれた邪竜をツンツンと指で突きながら震えている。
邪竜はクリアファイルの中から「出られねぇ……ピッタリすぎて動けねぇ……」とでも言いたげな目で、涙をポロポロと流していた。
「ミエル嬢。君の収納術は、ついに概念としての『厄災』すらも整理してしまったらしい」
ユリウス様が、呆れを通り越して感嘆の溜息をつく。
「だって、迷宮の攻略って、要するに王国の『タスク(課題)』じゃないですか」
私は腰に手を当てて胸を張った。
「課題が終わったなら、それはもう『未処理』ではなく『決裁済み』です。終わったタスクは、適切な場所にファイリングして保管する。これが収納の基本ルールですから!」
私の言葉を聞いた瞬間、ユリウス様はフッと吹き出し、やがて肩を揺らして大声で笑い始めた。
常に冷静沈着で氷のようだった筆頭魔導師の、初めて見せる満面の笑みだった。
「はははっ! 痛快だ! 数百年もの間、我が国を苦しめてきた魔境と邪竜が、一人の令嬢の『お片付け』によって完全に制圧されてしまうとは!」
ユリウス様は涙目になりながら笑い止み、そして、熱を帯びた瞳で私を見つめた。
「ミエル嬢。君が作り出す『秩序』は、世界で最も美しく、そして頼もしい。……君がいれば、この王国はどこまでも無駄なく、輝かしく発展していけるだろう」
「あら、収納の基本をご理解いただけたなら、誰でもできますわよ?」
「いや、君だからこそだ」
彼は一歩近づき、私の手を取った。
「私自身の心の中の混沌も……君に、綺麗に整理してほしい。ずっと、私の傍にいてくれないか」
(……えっ)
それは、実質的なプロポーズだった。
王国のトップエリートである美貌の宰相からの、あまりにもストレートな告白。
私の心臓が、トクトクと早鐘を打ち始める。
「ユ、ユリウス様……。私、お片付けには口うるさいですし、休日は100均(にあたる魔導具屋)巡りばかりする地味な女ですけれど……」
「それがいい。君が欲しいものを、私がすべて錬成用の素材として取り寄せよう。君のためなら、国庫の予算枠一つを丸ごと『収納グッズ開発費』に割り当ててもいい」
「! それは、とても魅力的ですわ……っ!」
私はガッチリと彼の手を握り返した。
こうして、伝説の迷宮の最下層、巨大なクリアファイルに挟まれた邪竜の目の前で、王国史上最もシステマチックでロマンチックな(?)契約が結ばれたのである。
*****
それから半年後。
王都は、かつてないほどの繁栄と平和を謳歌していた。
私が発案した『100均収納・概念魔術』は、王宮内のみならず、市井の人々にまで広く普及した。
街の路地裏からはゴミが消え、商人たちの倉庫は「突っ張り棒」と「ワイヤーネット」を駆使した立体収納によって積載量が三倍に跳ね上がり、王国の物流と経済は爆発的に発展した。
そして、かつて死の危険があった『伝説の迷宮』は今――。
「さあさあ! こちらが第10階層の『ペグボード展示場』です! 魔物たちが綺麗にフックに吊るされておりますので、安全に観察できますよ!」
「第50階層の『ワゴン収納エリア』では、折り畳まれたオーガとの記念撮影が可能です!」
迷宮は、完全に安全な「観光地」ならびに「王立大博物館」としてリニューアルオープンしていた。
最下層でクリアファイルに挟まれている邪竜は、今や王国のマスコットキャラクター(平面)として子供たちに大人気である。
「ミエル、今日の仕事は終わりだ。帰ろうか」
王宮の宰相執務室。
綺麗に片付いたデスク(もちろん、レタートレーとクリアファイル完備だ)の前に立つユリウス様が、私に向かって優しく微笑みかけた。
「はい、ユリウス様! あ、待ってください。ペン立ての向きが少しズレています」
私はササッと机の上のペン立てを直し、マスキングテープのラベルが正面を向くように調整した。
「ふふっ、よし。完璧なシンデレラフィットですわ!」
「君のその徹底ぶりには、本当に頭が下がるよ」
ユリウス様は苦笑しながら、私の腰を抱き寄せる。
婚約者となった私たちは、現在、王宮の敷地内にある宰相邸で共に暮らしている。
私たちの愛の巣(新居)は、もちろん私のプロデュースによって、隙間収納とラベリングが徹底された「究極の機能美ハウス」となっている。
「ねえ、ユリウス様。明日は休日ですし、街の外れに新しくできた『巨大魔導具センター』へ行ってみませんか? 新作の【仕切り板】が入荷したらしいんです!」
「ああ、いいとも。君が望むなら、馬車ごと買い占めよう」
彼は私の額に甘いキスを落とし、優しく囁いた。
「君が整理してくれたこの王国も、私の人生も……もはや、君なしでは機能しない。愛しているよ、私の美しい収納の女神」
彼の甘い言葉に、私は幸せなため息をついた。
前世ではただの趣味だった100均収納が、まさか王国を救い、こんな素敵な旦那様までゲットしてしまうなんて。
人生の「デッドスペース」は、もうどこにもない。
私の未来は、ユリウス様からの重めの愛情とともに、色とりどりのクリアケースの中に、完璧に、そして美しく収まっているのだった。




