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処刑された公爵夫人の死に戻り体験  作者: 観夕湊


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3.殺した本音にやすらぎを(1)

(どうして私はこんなところにいるのかしら)


 少なくとも死に戻りする前の人生では一度だってこのようなことは起きなかった。一体自分には何が起きているのだろう。


「どうされました?」


 半ば恨みがましい気持ちで目の前の男を睨みつけると、それはそれは晴れやかな笑顔で返された。

 人が好く、控えめで、聖人の癖に取り立てた逸話もない男。それがラファエロ・トリステラに対するこれまでのエヴェリーナの評価だった。遡行前に息子の婚約式の打ち合わせで初めて顔を合わせた時も、当たり障りない会話に終始し、肝心の式の内容にもほとんど口を挟んでくることがなかった。

 何かの折に顔を合わせれば挨拶はするが、それ以外は極力こちらに干渉してこない、影の薄い男と記憶していた。


 ところがどうして、人好きのする暢気そうな微笑に騙されてはいけない、とエヴェリーナはこの一週間で嫌と言うほど学ばされた。

 影が薄いなどとんでもない。この男は敢えてそのように振舞っているのである。

 一度深く関わってみれば、ラファエロ・トリステラという男は蛇のように周到な人物であった。今だってエヴェリーナの苛立ちを察しているにも関わらず、まるで気づいていないかのように振舞っている。そのくせ要所要所で細やかな気配りを忘れない。

 夫とは真逆の性質である。お陰で嫌味や皮肉の一つでさえ彼にぶつける隙さえ得られず、こうしてのこのこと舞踏会場のど真ん中に引きずり出されてしまった。


「夫人、笑顔が強張っていますよ。もっと肩の力を抜いてください」

「誰のせいでこうなっているとお思いですか」

「私の母のせいでしょうか」

「騙し討ちのようにこのような場へ私を連れ出した卿のせいです」


 今はダンスのお陰で互いの体が密着するほどの至近距離だ。ようやく人目を気にせず思う存分言いたいことが言える。が、それすらも、もしかしたらこの男の手の内なのかも知れない。

 ラファエロは人の顔色を伺うのが妙に得意で、こちらが爆発するギリギリのところで適度に発散させてくれる節がある。


「会場が王宮だなんて聞いていませんでした」

「お伝えし忘れていたようですね。気が利かず申し訳ありませんでした。何せ我が屋敷ではこれだけの人数を招待することが難しく、他の会場を手配しようにも陛下のご好意を無下にできなかったものですから」


 それはそうだろう。何せ国中の名立たる貴族は派閥に限らずほぼ全員が参加している。これだけの規模であれば最早トリステラ家の主催ではなく王家主催である。

 大聖女の節目の祝いとはこれほど盛大に祝われるのか。結婚してから夜会などほぼ出席したことのなかったエヴェリーナは、己が乗せられた馬車の到着地を知りぎょっとしたものだ。半日ほど前の話である。


 今のエヴェリーナは王宮から借り受けた魔道具により姿を変えている。

 空色の瞳に、輝く金髪を全て編み込んで前側で束ねた独特の髪型。金糸の帯と襟飾り以外は全て白一色で統一された古い型のドレス。半日がかりで準備した装束は、伝統的な絵画ではお馴染みの女神フォルトゥーナのそれである。

 大規模な夜会のステラーレは火・水・風・土・愛の何れかの神に扮するのが常なのだが、ラファエロが聖人には珍しく女神フォルトゥーナの加護を受けているということで、その夫であるフェブリヌス(ベルフィオーレで信仰される死者の魂を導く神)の役しかできないのだそうだ。


 絵画でフォルトゥーナと共に描かれるフェブリヌスの姿はアルビノの蛇である。従って今のラファエロは銀髪紅眼の死神だ。蛇の化身という設定はこの男にぴったりだが、死に戻ったばかりの自分のパートナーが死神役というのは、いくら偶然といえど考えてみればぞっとしない話である。

 座りの悪さを誤魔化すようにエヴェリーナは更なる文句を男へぶつける。


「ダンスも、国王陛下王妃殿下を差し置いて私たちが最初に踊るだなんて伺っていません」

「申し訳ありません、それはわざとお伝えしませんでした。ただでさえ初めてのステラーレ役で負担が大きいので、夫人をこれ以上緊張させてはいけないと思いまして」

「ですが何事にも心の準備というものが必要でしょう」

「人生の本質は冒険です。心などいくら準備しても無駄ですよ。肝心なのは想定外を楽しむ柔軟性です」

「……卿とは、根本から考えが合わないということがよくわかりました」

「それは残念」


 言葉とは真逆のさも楽し気な表情に、エヴェリーナは苛立つことさえ馬鹿らしくなってしまった。


   ◆ ◆ ◆


 最初の一曲目さえ乗り切ればステラーレの役目も終わる。ラファエロとのダンスを終えたエヴェリーナはさっさと控室に引きこもった。

 上質な寝具に書き物用の机と、お茶や軽食が気兼ねなく楽しめる応接家具。風呂場や化粧室まで備えられたその部屋は、控室というより完全な客間である。おそらく普段は他国の王族や外交官を招く際に使用されるのだろう。


 通常であればここで夜会服に着替え他の参加者と合流するのがステラーレの慣わしらしいが、夫が愛人と参加している夜会に一体どのような顔をして出席しろというのか。

 引き受ける前に散々ごねたこともあり「夜会がお開きになるまでは控室から出て来なくても良い」とラファエロから言質を取っている。形だけ夜会用の黒いドレスに着替えたエヴェリーナは、ありがたくこの部屋を使わせてもらうことにした。

 そもそも息子が生まれてから、いや、デビュタント以降、社交界など碌に顔を出していない。上手く立ち回れる自信もないので、夫のことがなくても参加することはなかっただろう。


 身支度を手伝ってくれた王宮の侍女たちが下がり、果実水で喉を潤しながらようやく人心地ついた頃、コンコンと扉を控えめに叩く音が聞こえた。またあの男だろうか。

 今回の話を引き受けて以来、ラファエロは何かと理由をつけてアルディーティ侯爵家へやって来ていた。人心掌握が得意らしく、いつの間に顔を合わせたのか、あの気難しいガブリエーレさえすでに彼に懐いているようだ。

 息子がトリステラ卿を信頼していたのは十年以上先の未来でだったはずだが、巡り合わせとは不思議なものである。エヴェリーナは時間を遡行して以来、ガブリエーレと顔を合わせることすらできないというのに。


(嫌だわ……よりによって私、あの人に嫉妬しているの?)


 前回の人生では夫の愛人。今回は息子の未来の義父。エヴェリーナだって長年ずっと努力してきたはずだ。それなのにどうして彼らはこんなにもあっさり自分が一番得たいものを手にすることが許されるのか。

 もう一度扉がコンコンと鳴る。今度は先ほどより少し強い調子で。


(ああ、もう……! わかってるわよ)


 癪に障るが仕方ない。エヴェリーナは渋々長椅子から立ち上がると、控室の扉を開けた。


「こんばんは、アルディーティ侯爵夫人。今夜は無理なお願いにも関わらず大役を引き受けてくださって本当にありがとう。今、少しよろしいかしら?」

「こん、ばんは……」


 今度は何のご用ですか、と出かかった言葉を寸でのところで飲み込んで、エヴェリーナは固まった。開けた扉の向こう側には、今日の夜会の主役、大聖女マリアンナ・トリステラがにこにこ顔で立っていたからだ。

「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、★評価・ブクマ等頂けますと幸いです。

執筆の励みになります。

次回更新は本日夕方ごろの予定です。

よろしくお願いいたします。

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