0.プロローグ - 車輪は逆に回転する -
新連載開始します。
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前アルディーティ侯爵夫人ことエヴェリーナ・アルディーティに世にも奇妙な出来事が起きたのは、彼女の息子の二十五歳の誕生日のことだった。あろうことにその日彼女は、自身の犯した過ちから、息子の手によって断頭台へと登らされた。
彼女の息子、つまり現アルディーティ侯爵には、六歳年下の愛すべき婚約者がいた。その婚約者を害し亡き者にしようとした罪である。
エヴェリーナからすれば、自身が受け継いだ家門と大事な息子を守るための至極真っ当な選択である。しかし当然のことながら、侯爵にとり実母の仕打ちは許し難い大罪であった。
いや、常日頃よりその傲慢さと過度な厳しさを忌まわしく感じていた侯爵の、抑え込んでいた長年の怒りが、ついに噴出したと言うべきかもしれない。とにかく悪行を暴かれたエヴェリーナの訴えは、侯爵はおろか誰の耳にも届かなかった。
それもそのはずで、侯爵の婚約者であるラウラ・トリステラは、三代続いて聖人聖女を輩出したトリステラ伯爵家の一人娘。治癒能力に優れ身分隔てなく民に尽くす、聖女の鑑ともあれば、侯爵、王室、教会だけに留まらず民衆の怒りもそれは凄まじいものだった。
新聞は各誌、前侯爵夫人の残虐さを異常なほどに書き連ね、国民は連日、彼女が収容されていた監獄の前で怒りの声を上げた。平民が公に堂々と上位貴族を口汚く罵るのにも関わらず、騎士・軍人らの誰一人その暴動を治めようとする者はいなかった。
貴族の中にはエヴェリーナの出自を疑う者まで現れ、国中の誰もが彼女を「救いようのない悪女」と評していた。エヴェリーナは裁判にかけられて尚、自身の罪を認めようとせず、それどころか己の行動の正当性を強く主張するばかりで、その行いを反省する素振りを一切見せなかったからである。
断頭台への道を引きずられて歩くエヴェリーナの姿を見て、人々は溜飲を下げるどころかますますその怒りを掻き立てられることとなった。
燃えるような色の濃い赤毛は汚く絡まり乱れているにも関わらず、まるで逆恨みした彼女の怒りを可視化したようであった。いかにも嫉妬深そうな緑色の瞳はギラギラと周囲を睨めつけ、伝承の中に語り継がれる悪魔を彷彿とさせた。
ひと言でいえば、彼女の姿に誰もが恐怖心を煽られたのである。民衆がどれだけ彼女に石を投げつけ怪我をさせようと一度もうつむくことなく凛とした姿勢を崩さなかったことも、その感情に拍車をかけた。誰もが一刻も早く彼女の死を願っていた。
気丈な姿とは裏腹に、エヴェリーナ・アルディーティは一切の抵抗を示さなかった。しかし彼女の首があっけなく斬り落とされるまで、誰も安心することなどできなかった。
処刑場に彼女の首が掲げられた瞬間、恐らくその場にいた誰もが歓声を上げたことだろう。
しかしこの世のどこかに存在するであろうその並行世界の住人たちは知る由もない。エヴェリーナ自身も想像すらしていなかった。
まさか自身の首が斬り落とされたその瞬間に、時を十五年も遡行しようとは!
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