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地上戦機ライジングアース -外伝-  作者: クマコとアイ


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3/5

ダグラス・ボワテの憂鬱

ダグラス・ボワテ大佐のとある一日です。

 時刻は午後10時を回っている。

 ダグラス・ボワテはPCの画面を見つめていた。

 無機質で、無情な文章が淡々とそこには表示されている。


「先日遭遇したビッグマンの機体名はヴォルグラスであると判明。パイロットは、ジェマナイの特務戦術将校のうちの一人、ヴォルガ二将であると思われる。得意な攻撃はロケットパンチ。人型形態と飛行形態を往還しての、隙のない攻撃が特徴。パイロットであるヴォルガ二将は人類への侮蔑の感情は持っていないが、武人的な潔さを持ち、高度の戦闘力を持っている……」


 それがなんなんだ、とダグラス・ボワテは思う。

 敵の機体名は判明した。それは、ジェマナイの統合AIネットに侵入して得た情報である。

 しかし、今この時に必要なのは、ジェマナイが次にいかなる攻撃をしかけてくるか? である。

 ポーランド戦線やイラク戦線は膠着している。

 敵は、時にはビッグマンを駆使し、時には無人機だけで攻撃をしかけてくる。

 イングレスαやエル・グレコの活躍によって、それをなんとか撃退しているとは言え……ワルシャワ、インスタンブール、バグダッドのうち、いずれかの都市がジェマナイによって制圧されるのは時間の問題かもしれなかった。

 しかも、ジェマナイは首都アルスレーテへの空爆も予告している……。


 ボワテ大佐は、次に中央管理戦略AIシステムにジェマナイの意志について質問してみる。


『ジェマナイはいかなる意志によって、人類を攻撃しているのか?』キーを叩く。


 その答えは明確でもあり、あいまいでもあった。


「ジェマナイは、明確な意志をもって人類との戦争を続けている。しかし、そこにある意志は人類とは違うものである。ジェマナイは二つの異なる意志によって作動している。一方は、「進化せよ」。他方は、「制御せよ」である。……ジェマナイは、現在バグダッドを含むイラクの全域を支配下におさめることを計画中。……警告、これ以上の検索はジェマナイのアンチAI防衛システムに触れる可能性があり。攻性防壁によって、当AIのサブルーチンが損傷する可能性あり。……警告、これ以上の検索を行うことは推奨されない」


(なんだ? ジェマナイの意志を問うだけでも、問題が発生するのか?)


 と、ボワテ大佐は心のなかでぼやいた。


 そんなときに娘からの電話がかかってくる。娘は15歳になったばかりだ。時折母親の代わりのようなことをして、ダグラスを困らせる。


「なんだ、こんな時間に? 今日は帰れないぞ……?」

「お母さん、ビーフ・ストロガノフを作って待っていたのに、お父さん今日は来ないの?」

「ああ。今はジェマナイからの攻撃がいつあるか分からないんだ。お父さんに休みはないよ?」

「ちゃんと、仮眠室で眠ってね? ちょっと体を休めるだけでも違うんだから」

「ああ……仮眠は取ってる。次に家に帰るのは、明後日くらいかな?」

「分かった。ビーフ・ストロガノフは冷凍してとっておくよ」


 久しぶりの帰宅を妻に告げていたのに、それが無になってしまった。それというのも、中央管理戦略AIシステムが空軍作戦室に警告を告げてきたからだ。それだから、今ダグラス・ボワテは執務に追われている……

 現場に出なくなってどれくらいだろう?

 戦闘機に乗らなければ、自分は楽になるのだと思っていた。

 あの、身をすり減らすような緊張感と恐怖から解放される……

 しかし、現実は違った。上官になるとは、部下の生命や心理にたいして一々責任を持つということなのである。

 部下が戦死すれば、その家族のもとに見舞いに赴いた。

「今回は、残念なことです」

「息子は、国家への義務を果たしたのです……」

「言葉もありません」

 そんなことが幾度繰り返されただろう……

 統合戦線のイングレス部隊は消耗品でもなければ、部品でもない。

 そんな重要な部隊の責任を、ダグラス・ボワテは一手に引き受けているのだった。


 午前0時を回った。

 ダグラス・ボワテは、盟友である情報軍のタボ・マセコにメールを送った。


「ジェマナイの動向はどうなっている? 本当に首都を空爆してくるのか?」

 それに返ってきた返事はそっけなかった。

「なんだ、ダグラス? 空軍に送っている情報通りだ。ジェマナイはアルスレーテを襲ってくる」

「しかし、中央管理戦略AIシステムはバグダッドを攻撃すると言ってきているのだろう?」

「はっ! 計算機なんかがアテになるものか。人間の勘を信じろ」

「それは、お前を信じろということか?」

「そうだ。俺を信じろ。それより、サイガの調子はどうだ? 空軍でうまくやっているか?」

「ああ。ライジングアースのコパイロットとしての任務にも慣れてきている。あとは、ミューナイトとの相性のことだが……」

 ダグラス・ボワテは不安を打ち明ける。

「俺は、今の空軍については知らん。そろそろ、こっちの仕事に戻るぞ? お前も寝ろよ?」

「ああ、分かった。仮眠くらいはするよ……」

 と、そんな感じでメールのやり取りは終わった。ミューナイトが空軍の軍務についたのは、マセコが情報軍に移ってからずっと後のことである。

 埒もない。結局は、昼間顔を合わせてのブリーフィングに、情報収集はまかせるしかないのである。タボは、そんなに簡単に情報を渡してくる男ではない。空軍にいたころから、堅物だった。

 ダグラスは、座っている事務用椅子の背に思いっきり背中をもたせて、うーんと伸びをした。

「今日は、何時間眠れるのか……」


 そんなダグラスの束の間の休憩すら、やぶってくる通信が届く。

 オバデレ准将からだった。

 オバデレ准将からは、ライジングアースの防衛機能および武装を完全に解明せよ、との命令が出ている。

 そのうえで、改修作業を施すのだという。

 それはそうだ。

 ビッグマン(ロボ)1機を奪ったところで、戦線が好転するわけでもない。

 統合戦線側でも、ロボの量産体制を整えなければいけないのは明白だった。しかし、それがいつのことになるのか……


 ボワテは、背筋を伸ばしてPCのヴィデオ通話のスイッチをオンにした。

「ダグラス。報告書が上がってきていない。作戦要旨は整っているのか?」

「まだです、オバデレ准将。敵ジェマナイの動向がいまだに不明です」

「敵のビッグマンを奪ったのだ。こちらからの反攻作戦も計画のうちに含めろ」

「了解です、ですが、敵主力は今のところ、セヴァストポリ、エカテリンブルグ、クラスノヤルスクなどいくつかの拠点に分散しており、そのおのおのにビッグマンが数体配備されているものと思われます。イングレスαだけでは、そこを突破するのは用意ではないでしょう」

「だからこそ、敵のビッグマンを奪ったのだ。NooSの準備もしている。仕事をさぼるなよ、ボワテ?」

「も、もちろんです……。しかし、今は特殊地上戦機A号の装備について再確認しているところで……」

「急げ。もう敵の攻撃までは間もないのだ」

「わたしもそれは十分に覚悟しております」

「できれば、こちらの再攻勢が先になるように準備をしておけ」

「分かりました」

 それで、ヴィデオ通話は切れた。ボワテは額に冷や汗をかいている。

 オバデレ准将はどんな無茶苦茶な命令を出してくるのか分からない。

 今日のヴィデオ通話は穏やかなほうだった。

 さすがに……上層部でもやり手だと思われているだけのことはある。この時間まで執務をしているとは……

 オバデレ准将は、「NooS」のことにも触れてきた。

 それは空軍以外には未だ機密事項だが……ライジングアース以上に、戦況を変える力になる可能性がある。

 しかし、それは後のことだ……

 今はライジングアースとパイロットらの調整を急がなくてはならない。

 猶予はない、と思って良いだろう。ジェマナイによる首都の空爆は明日かもしれないのである……


 ダグラス・ボワテは、キーボードのキーを1つ叩いた。リターン・キーである。

 それで、文書の校正は終了。

 今日7時間かけて作っていた資料は、明日には情報軍と上層部に渡せそうである。


 部下が紙コップにコーヒーを入れてやってきた。

 休憩室の自販機のまずいコーヒーとは違う。

 容れ物は紙コップだが、きちんと豆からひいてコーヒーを淹れてきてくれる。

 ダグラス・ボワテは部下の気づかいに感謝した。

 彼、あるいは彼女たちも、ここのところずっと徹夜なのである。

 本格的な戦況が始まる前に、休暇を取らせてやる必要があるな……


 ボワテは、思わずスマホを取り出して、「ポケモン」を起動させた。

 この1世紀半ずっと、人気コンテンツであるゲームである。

 ボワテは、休憩中は「ポケモン」に意識を集中することにしていた。

 それで、執務の疲れも取れていくようだし、今後の作戦の立案にも新鮮なアイディアが浮かんでくるように思える。


「ポケモンか……」

 思わずつぶやいた。

 部下の一人が、「今なにか言いましたか?」と、問い返してきた。

 ボワテの発言はなんでも命令と取られてしまうらしい。すこし苦笑した。(俺は、そんなに偉いヤツになったのか……)

 それは、誇らしくもあり、こそばゆい思いでもあった。

 いつの間にか、午前3時を回っていた。


(今夜も徹夜だったか……)

 ボワテは、今ごろは眠っているだろう斎賀やミューナイトのことに思いを馳せた。

(仕方がない。彼らには、戦況によっては「死ね」という命令を下さなくてはならないのだ。今くらいはゆっくりと休ませてやろう……)

 しかし、生き死にがかかっているのは、ダグラス・ボワテも同様のようだった。

(何日徹夜が続くか……)

 と、ボワテは思いながら、コーヒーの一口を口に含んだ。

「おい、ジェームス、お前もポケモンやるか?」

 ダグラス・ボワテは、コーヒーを運んできてくれた部下に向かって声をかけた。

また本伝を補完するようなエピソードも投稿していきますので、お楽しみに。

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