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亡くなる

1582本能寺の変(織田信長(49)自◯)

歴史の教科書にはこうあった。


あの織田信長でさえ、最後はたったの1行。

歴史では偉大な人物さえもここまで省略される。

その最後が、意味あるものだったとしても、壮絶な最後だったとしても、たったの1行だ。

果たして、それが何を意味しているのか、その頃の俺にはわからなかった。


俺は田尻豪。28歳。地方でプロパンガスの配達と設置と集計の仕事をしている。


高校を卒業して、すぐ地元のガス屋に就職した。

特にこれといって取り柄もなく、やりたいこともなかった。

だから、なんの躊躇もなく、そう決めた。


都会と違って地方には都市ガスが通ってない。だから俺らガス屋が、毎月各家庭にプロパンガスを届ける。


「俺らがいなければ、この街では調理もできないし、風呂も入れない。

俺らが、この街のインフラの要だ」


月に一回、必ず社長はこの言葉を口にする。

はじめの3回くらいは、感動したが、もうどうでもよくなった。


現実をみたからだ。


オール電化になれば、俺らは不要になる。都市ガスが通れば、俺らは不要になる。それまでの灯火だ。そんな空気が社内を充満している。


スタンプカードがなくなり、ポケットベルがなくなり、テレフォンカードがなくなり、固定電話も、訪問販売も、新聞配達も、少しずつ消えていっている。


そんな時代の狭間にかろうじて生きている存在。

それがガス屋であり、俺だった。


地方は都会と違って、職業の選択肢が少ない。ガス屋はその中でも、安定的な選択肢の一つに見えた。

そして、たぶん、しばらくの間はそうなのだろう。


俺は日々、いろんなお宅にガスを届ける。全て一軒家だ。


ガスと言うと軽そうなイメージがあるかもしれない。

でも実際はかなり重い。

うちで主に扱うのは50kgボンベ。

田舎では、50kgボンベを二つ。設置するケースが多い。

一本は予備だ。

50kgと言っても、その容器の重さが40kgぐらいあるので、ガス満タンにすると90kgはある。


しかもボンベは可燃性ガスの塊。転倒衝撃は重大事故につながるし、常に危険と隣合わせ。


それに夏は汗だく、冬は凍える、まぁ、過酷な現場。


モテる仕事じゃない。


ただ浅い仕事でもない、ぱっと見はただの配達ルーティンだが、そこには様々なドラマがある。


去年まで、キレイに刈られていた草が今年は刈られていない。

郵便ポストにたまった郵便物、

野ざらしにされた一輪車、

廊下にたまったダンボール、

そういう小さな気配や違和感。

それがなにかを知らせるメッセージになっていたりする。


一度異常を感じ、交番に報告した事がある。お巡りさんが、調べると、おばあちゃんが倒れていたそうだ。


あとで感謝された。


そんなこんなで俺は日々の配達を行う。


……


年が暮れ、

正月を迎えた。

大晦日は親父と餅をついた。

餅なんか、買って食えばいいのに、毎年もち米を、近くの農家から買って、杵と臼でつく。

結構な重労働だ。


杵と臼はついた後、なぜかリビングに置かれた。

帰省してきた姉貴が子どもが餅をついてる姿を画像投稿サイトにアップさせたいのだと……。

まったく意味がわからない。


我が家では、年末の18時からは、ずっとゲーム大会だ。

毎年ボードゲームを追加しては、夜がふけるまで、永遠とゲームをしている。


姉貴はシングルマザーだ。

旦那さんは、運送会社のトラック運転手だったが、交通事故で亡くなった。

それいらい姉貴の子どもは、誰とも話さなくなった。ずっと父親にもらった、その運送会社のトラックのミニカーで遊んでいるそうだ。


スマホにメッセージが届く。

(正月三が日は事故に注意)


三が日の事故。

餅だろうな。

俺は直感した。

親戚のばあちゃんが、

餅の事故で正月に亡くなった。

遺伝的にそうなるかもしれない。

気をつけよう。


そうこうしているうちに、初詣に行く時間になる。

俺らは家族全員で近くの神社に徒歩 で行く。

巫女さんに甘酒を頂き、毎年恒例のおみくじをひく。

なになに?

(事故に注意。女難。)

またか……

姉貴がちゃちゃを入れてくる。

「正月早々、事故に注意って、凹むなよ。あとなんだよ女難って……」

なにかいいたげにニヤニヤしている。

「うるせぇよ。災い転じて福となす。っていうだろうが、なんか良いフラグだよ」

と俺はそう言った。



神社で、親父達は知り合いとばったり会い、姉貴も同級生とばったりあったので、俺1人、家に帰ることにする。


一瞬同級生の女の子とすれ違った。


声はかけれなかった。


髪が長く、物静かなキレイな子だった。

同じクラス委員同士で、しゃべる機会はあったが、あんまりしゃべる事はできなかった。


彼女は、昔よりキレイになっていた。役場の仕事をしていると、聞いた事がある。


話したいと思った。好きな小説の事とか、好きな音楽の事とか……、

知ってもらいたいし、彼女の好きなものを知りたいと思った。


でも俺は、所詮……

モブだ。

小説の主人公にも、信長のような偉人にもなる事なんかできない。


俺は自分の手を触ってみた。

ザラザラ、ゴツゴツして、肉体労働者の手だった。


俺は、このまま何者にもなれず、消えていってしまうのかな。


そう思うとたまらなく悲しくなった。


田舎の夜は闇が深い。

神社の明かりが遠くになり、空から白いものが降ってきた。


……


俺は家に着いた。部屋は常夜灯だけで薄暗かった。

家には、年越しそばのニオイがまだ残っていた。


(いたっ)


なにかを踏んだ。

なんだ?

その瞬間、足が滑り、天井が見えた。

(ガン)

なにかに頭をぶつけた。

頭が生温かい。

なにに滑った。

俺はもうろうとした意識の中で、

足元を見た。

するとトラックのミニカーが壊れて倒れていた。

あれは姉貴の子どもの……

ふと隣を見る。

臼に血がべったりとついていた。


なんて……

最悪な死に方なんだ。

せめて姉貴に帰ってくるなと伝えたいが、もう力は入らない。


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