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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
8/39

かけうどん (完結)

これは特殊書籍では珍しく、完結しています。7冊目ですが……

かけうどん

 臼杵うすき観和流みわるは高校ナンバーワンのバスケ選手と相対していた。

 相手の名前は芦名あしながいだ。身長198cm。小学生が股下を直立のまま通り過ぎたとか過ぎなかったとか。

 臼杵うすきはスマホを取り出すと万歩計のところを見せた。

「今俺の万歩計は2548歩だ。あと52歩で2600歩になる。そっと受け取れよ。揺らすと歩数が増えるぞ」

 芦名あしなは臼杵のスマホを慎重に受け取るとズボンのポケットに入れた。

 そして反対側のポケットから自分のスマホを取り出すと操作してから画面を見せた。

「たった今、万歩計に設定したから、俺のは0歩だ。受け取れ」

 臼杵うすきはにやりと笑うと身長172cmの体をぐっと伸ばしてから相手のスマホをポケットに入れた。

「さあ、一緒に行こうか。あのゴールラインまで」

「ふん、やっても無駄なことを。お前の短足で精一杯大股で歩いて見せても、歩数はお前の方が多いに決まっている。だが俺も油断せずに大股で歩いてやる。お前がいくら頑張っても俺には勝てないということを分からせるためにな」

 スタート地点の審判役の飯田いいだあきらが確認した。

「えーと、このスタートラインから二人とも普通に歩いて、ゴールまでついたときにスマホに記録された歩数が少ない方が勝者となる。勝者には予め決めた条件の下で我らがマドンナ高嶺たかみね友理奈ゆりなさんの刺繍入りハンカチを所有する、ということで間違いないですか?」

「「間違いない」」


 ことの起こりは学園祭のバザーで手芸クラブの刺繍入りハンカチが売りだされたことだ。

 そういうものは女子たちが殺到してどんどん売れてしまうものだが、その中に学園のアイドルにしてマドンナの高嶺たかみね友理奈ゆりなさんが手ずから刺繍したハンカチが売られているという情報を聞いて、駆け付けたのがバスケ部のエース芦名あしながいだった。背が高くてリーチの長い彼は群がる女子たちの頭越しにそれを掴もうとしたとき、ワンタッチの差で下から伸びて来た別の手に奪われてしまったのだ。

 その相手が女子だったら彼も諦めていたろうが、なんと僅かな女子たちの群れの隙間からハンカチを手にして出て来たのはもっぱら陰キャでオタクという烙印を押されている帰宅部の臼杵うすきだったのだ。

 敬愛する高嶺たかみね友理奈ゆりなさんの刺繍入りのハンカチをこんな奴に汚されたくないと思った芦名あしなは会計を済ませてハンカチを持ち帰ろうとした臼杵を呼び止め、そのハンカチを倍額で譲れと言った。バザーなのでたった百円の値段だが、臼杵うすきが拒否したのでそれが千円にまで値上げして交渉したが、彼は譲ろうとしなかった。

「じゃあ、そのハンカチを賭けて俺と勝負しろ。体を張った勝負だ」

 芦名はクイズとか頭を使った勝負には自信がなかったが、体を張った勝負なら絶対的な自信があった。そして男の勝負は体で決めるものだ、と信じていた。

 殴り合いでも相撲でも賭けっこでも良い。バスケットシュートなら絶対勝つがそれはしたくない。だから相手に選ばせる。

「良いだろう。歩き勝負だ」

「はあ?」

 歩き勝負って競歩か? 足の長いスポーツマンの俺が勝つに決まってるじゃん。コンパスでもピッチでも負ける気がしない。

 臼杵うすきは校舎の建物の角から角の距離を示した。

「ここからあそこまで普通に歩いてスマホの万歩計で計って歩数の少ない方が勝ちということにしよう。お前が買ったら俺は百円だけもらってこのハンカチを譲ろう。だが俺が勝ったらこのハンカチは俺のものでさらに料理クラブの出している食堂のかけうどんを俺に奢ること。どうだ、この勝負受けるか?」

「お前馬鹿か? お前よりも俺の方が足が長いから俺が勝つに決まってるじゃないか。普通に歩けば歩幅の大きい俺が……待てよ、お前わざと大股に歩いて歩数を少なくしようとしてるな?」

「そんなことしねえよ」

「そうか、じゃあスマホの万歩計に何か細工をする積りだな」

「それもしない。疑うならお互いのスマホの万歩計を確認した後、交換して使っても良いぞ」

 そしてこの勝負が始まったのだ。


 芦名あしなは足幅を最大まで広げるような格好悪いことはしたくなかった。だが一応用心のため歩きに勢いをつけることで気持ちだけ歩幅を大きくして歩いた。後半かなり歩幅を広げたと思う。

 ゴール地点には中立の立場のゴール審判が三人いた。最初にゴールした者の歩数を確認するA君、後にゴールした者の歩数を確認するB君、両方の歩数が間違いないか確認するC君だ。

 A君は芦名あしなからスマホを受け取ると、歩数を見て叫んだ。

「3002歩!最初は2548歩だったから、その差が歩数になるので、ちょうど54歩だぁぁぁ!」

「間違いありません。確認しました。54歩です!」

 芦名あしなはどうだとばかり臼杵うすきの方を見た。きっと奴は短い脚を精一杯広げて歩いて……あれ? なんか普通の歩幅でのんびり歩いてるぞ。しかも周りの景色を見ながら散策モードだ。……そうかっ、あいつは最初からその積りで……。俺に勝ちを譲る積りで……いや、あいつはそんなタマじゃない。体を張った勝負では絶対俺に勝てないと思って、もっとも被害の少ない種目を選んだのか。負けても自分の方が歩数が多いから、数字が多いということで僅かに優越感を……いや、違うな。俺が大股で歩かせてそれを腹の中で笑うのが目的か? どっちにしても、俺は正規の値段で友理奈ゆりなさんの刺繍入りハンカチをゲットできるんだ。

 芦名あしなは口角が上がるのを止めることができなかった。

 

 そして臼杵うすきがゴールしてスマホをB君に渡した。あれは芦名あしなのスマホだから0歩から始めた筈だ。だから今表示されてる歩数が54歩より多ければ自分の勝ちだと芦名あしなは心を弾ませた。ちょうど三点シュートを連続10回決めたときの気持ちのように心が高ぶって、彼は勝利の雄たけびをする準備をしたのだ。

 そしてB君が叫んだ。

臼杵うすき君の歩数は48歩!」

 そしてC君も叫んだ。

「間違いありません。確認しました。48歩です!!」

「なにぃぃぃぃ?!」

 芦名あしなは自分のスマホを受け取って歩数を見た。48歩だった……。


 料理クラブのバザーの食堂で150円の食券を買った芦名あしな臼杵うすきにそれを渡した。

 それを受け取ってテーブルに座ると女子学生がかけうどんを持って来る。

 それを啜りながら臼杵うすきはにっこりと笑う。

 まさに賭けうどんだな。しかし、実際の歩数じゃなくて、スマホが記録する歩数で良かった。彼はたまたまスマホを手で持って振ってみて歩数が出ないことを発見したのだ。

 つまりスマホを振り子運動させても歩数は出ない。その代わり『トントン』と振動を与えれば歩数が進むのだ。つまり、スマホの万歩計の歩数は足が地面にぶつかるときの振動で進むのだ。面白半分に歩数を数えながら歩いてなるべく足の振動をスマホに感知させないように工夫して歩いてみた。最初はうまく行かなかったが、練習するうちに外見は普通に歩いて見せても一切スマホに振動を伝えないような歩き方を会得できたのだ。その練習をすることにはなんの目的もなかった。ただ面白いから毒にも薬にもならないことに夢中になってそれなりの達成感を味わったというだけの話だ。

 ところが今回芦名あしなに体を張った勝負を挑まれて、そのことを思い出したのだ。これなら勝てると。肝心なことは実際の歩数ではなく、スマホの万歩計の歩数だということ。賭けるものは最低自分が負けても料金は払ってもらって損をしないこと。またたとえ勝ってもあまり恨みを買うような高い報酬を受け取らないということ。かけうどん一杯は150円で、実はハンカチを買ったために自分には残り100円しかなくてうどんが食べられなかったので、奢ってもらうことにしたのだ。

 そして臼杵うすきはニヤニヤしながら自宅に戻った。

 二階に上がると自分の部屋に入って、勝利品のハンカチの皴を伸ばして、きれいにたたみ紙の封筒に入れると部屋を出た。

 二階のトイレを横切り、反対側の部屋のドアをそっとノックして、誰もいないのを確かめるとピンク色のベッドの上にその封筒を置いた。

 それから階下に降りると、臼杵うすきの背中に向かって声がかかった。

観和流みわる、帰ってたのかい?」

 振り返ると母が腕を組んで立っていた。

「なにこそこそしてんのさ? それでどうだったの?」

「勝ったよ。その後ちょっと揉めたけど、無事あいつのベッドに今置いて来た」

「同じ手芸部の先輩のハンカチがそんなにほしいものなのかね?」

「うん、同じ部の者が買ってはいけないらしくてね」


 そのうち妹の美沙みさが戻って来た。

「兄ちゃん、買えた?ねえ、買えた?」

「ああ、買ったよ。お前の部屋のベッドに置いておいた」

「勝手に部屋に入らないでよっ。手渡せばすむでしょっ」

「そんなことはどうでも良い。お前約束忘れんなよ」

「ああ、うん。大丈夫」

「これでしょ? 中古のゲームの……、ねえどうしてパソコン部のバザーの品物って、部員が買ってはいけないの?」

「それはお前んとこの手芸部も同じだろ?」

「こんなものパソコン部のオタクしか買わないのにっ! おかげで私がこういうゴミゲームに関心あると思われて、お金を払う時ああでもないこうでもないと話しかけられて引き留められたじゃないっ」


 翌日、芦名あしながいは下駄箱のメモに指定された校舎裏に放課後に足を運んだ。

「部長さん、持ってきました。紀霊きれい先輩のハンカチです」

「おお、そうか。同じ手芸部だからうまく手に入ったんだね。君に頼んでおいて良かった。ええと名前は?」

「それは秘密にしてください。で、持ってきましたか?」

「ああ、同じバスケ部の池綿いけわた太郎たろうの汗の染みついたタオルだ。部の洗濯籠からくすねて来た。もちろん洗ってない。本人のイニシャルも油性マジックで書いてあるだろう?」

「では交換で」

 二人は麻薬の取引のように秘密めいた所作で交換すると、お互いに口止めしてそこを別々の方向に離れた。


 これは全く本編と関係ないが、非常に特殊な歩き方を会得していた臼杵うすき観和流みわるはその後、異世界召喚に遭って行方不明になったが、召喚先の国でスキルを確認したところ、暗殺者の隠身と無音歩行を会得していた。


   完


薫は「ふ――ん、終わったの。ふーん。じゃあ、コメントはいらないね」と言ったが転生神はまだ寝ていたので、次の本を開いた。「今日はこれを読んで帰ろう」そう呟いた。「いや、でも住み込みだったか。

じゃあ、まだ読むか」その言葉に返事をする者はいなかった。


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