エリーゼのために (未完)
これは特殊書籍の6冊目です。
道を歩いていたと思う。
考え事をしながらだ。
どんなことを考えていたかは覚えていない。
突然、足元の地面が抜け、俺は落下した。
水しぶきが上がり、足首まで冷たい水に浸かる。上を見ると、マンホールの穴から青い空が見えた。
蓋がなかったのか?
足元の水から「ボコッ、ボコ……」と泡が立っている。
だんだんと意識が薄れていくのを感じながら、俺はそのまま気を失った。
「下根田珍太さん、あなたは死にました。死因は下水から発生したメタンガスを吸い込んで気を失い、そのまま溺れたためです」
その声で意識を取り戻した俺は、目の前の光景に驚愕した。
白い服を着た十代前半の少女が、背中に白い翼をつけて立っている。
天使? まさか、天使なのか?
「はい、天使です。いや、いっそ天使ということにしておきましょう。あっ、心の声は聞こえているので、お気になさらず」
これから、俺はどうなるんだ?
「二つの選択肢があります。一つは、輪廻の列に並んで来世を生きること。ただし、何に生まれ変わるかは分かりません。人間以外のものになる確率が非常に高いです。特に昆虫などの地球上で最も多い種に転生する可能性が高いですね」
もう一つの選択肢ってなんだ?
「はい。それは、今の記憶を持ったまま、人として異世界に転生することです」
それって、もしかして『剣と魔法の世界』ってやつか?
「ピンポーン♪ その通りです。文明レベルは中世ヨーロッパ並で、魔法やファンタジー生物がいる、あの異世界です」
じゃあ、俺は今の記憶を持ったまま、きっと美しい姿になって生まれ変わるんだな?
「よくご存じですね。その予定でした」
それじゃあ、俺ツエーって感じで、ハーレムみたいなウハウハな感じか?
「あなたが何を考えているか少し読み取りづらいですが、転生者である以上、若干の補正がかかって現地人とは違う能力があるかもしれません。あと、美しい姿になるので、異性から注目されやすいでしょうね。そのことでウハウハできるかは、あなたの行動次第ですが」
なんかチートスキルとかはくれないのか?
「ですから、異世界転生の補正はありますが、具体的なスキルは特に考えていません。補正の内容は転生後のライフスタイルによって色々と変化すると思うので、ここで明言はできません。あと、前世の記憶が蘇るのは思春期になってからです。では、よろしくお願いします」
そこで俺の意識は途切れた。
エリーゼは、ある日トイレで出血していることに気づき、誰にも言えずショックで寝込んだ。
そのとき夢のような形で、前世の記憶を取り戻した。
自分の前世はグータラな中年男で、今の自分は女の子だということ。そして出血は、どうやら初潮らしいということを悟ってしまった。
TS転生だったのかよーっ!
異性から注目されても、ウハウハにはなれねーじゃんか。
くそ、くそ、くそ。
これまでの13年間の記憶を振り返っても、人より優れたチート能力なんて思い当たらないし。
(中身が中年男のエリーゼは、前世と今生の記憶や人格を統合するため、数時間を要した。人格統合は生半可なものではないが、エリーゼがまだ子供で精神が柔軟だったこと、そして前世の下根田珍太という人格が深く考えるのが苦手な人間だったため、矛盾を感じることなく、比較的スムーズに統合できたようだ)
「ああ、そうだ。今までのあたしだったら、このことを口に出せずにクヨクヨ悩んだだろうけど、こういうことはお母さんに相談すればいいんだ。うん。前世が男のあたしには、どう対処すればいいか分からないから、細かいことを教えてもらわないと」
てなわけで、エリーゼは初潮のことを母親に相談し、適切なアドバイスをもらって、お祝いされたのだった。
薫は本を閉じた。自分ならこういう転生は嫌だなと思い、簡単にコメントを書いて、転生神に渡そうとするといつの間にかソファーの上で寝息を立てている。薫はその顔の上に紙を被せてから次の本を開いた。
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