アベ―ル (未完)
これは特殊書籍4冊目です。
あたしの名前は阿部留美、小学6年生だ。
でも美少女じゃない。
父さんに似てるから、男みたいな顔なんだ。
男子からは『ババア』って言われるし、胸がないから男の子と間違えられたこともあった。
あたしは自分が嫌いだ。運動音痴だし、貧乏だし、不器用だし、なんにもできない。
女の子として生まれても可愛くないし、歌やダンスができるわけでもない。
私が小さいときに出て行った母さんは、あたしが可愛くないから見捨てたんだと思う。
私は何をやらせても駄目なんだ。
全くの役立たずで、何のためにこの世に生まれたのか分かんない。
必要ない人間なんだ。
お父さんは、女優の卵だったお母さんのマネージャーだったらしい。正式な結婚をしないうちに別れてしまったらしく、今は芸能関係の雑用をして食い繋いでいる。表向きは、女優の卵にクビにされた使えない男ってことになっているらしい。
父さんはたまに帰ってくるけど、その時はロケ弁とかいうのを持ってきたり、コンビニ弁当を買ってきたりして、あたしと一緒に食べる。たまに外食することもあるけど、もっぱら父さんの母さんである祖母ちゃんが冷蔵庫に食べ物を買ってきて、何か作ってくれるから食べていける。
誰もいない時は、あたしは何もできないからただお腹を空かせて泣いている。
祖母ちゃんは言う。
「お前は不器用だから、いくら料理を教えても何もできない。どうしてそんなに不器用なんだい?」
と、いつもあたしを叱る。
本当に自分でも嫌になる。自分のことを「馬鹿野郎」って怒鳴りたい。
あるとき、祖母ちゃんが料理を作っている間に、あたしは何もできないからテレビをつけてドラマを見ていた。女性がたくさん出ているドラマだ。
すると台所にいた祖母ちゃんがいきなりリモコンでテレビを消した。
あたしはびっくりした。
祖母ちゃんは普段そういうことをしない。テレビを見ていても怒ったことがない。
「お前に手伝わせても皿を割ったり怪我をしたり碌なことがないから、テレビでも見てるのが一番良い」とまで言っていたのに。
でもそのときに限って、
「つまらないドラマを見るんじゃない」
と、いかにも嫌なものを見るように言った。
なんでだろう? なんか機嫌が悪いみたいだ。
逆らわないでおこう。祖母ちゃんに逆らったらご飯を食べることができないから。
祖母ちゃんは病院に通ったり用事があったりして、いつも来てくれるわけじゃない。父さんは地方を回って雑用をすることが多く、戻った時に顔を出すけど、お金は祖母ちゃんに預けているらしい。
だからあたし一人で家にいることが多い。だいたいあたしは朝ご飯を食べたことがない。祖母ちゃんがパンを買ってくれたら良いんだけど、祖母ちゃんはパンは駄目だって言う。
だから給食はお代わりをしてお腹いっぱいになるように食べる。
そうすると大食いの男子たちと競争してお代わりをすることになる。だって、晩御飯が食べられないことが多いからだ。
なんでも子ども食堂というのがあって、そこでは300円払えば食べさせてくれるというけど、祖母ちゃんは子ども食堂は駄目だって言う。知ってる人がやっているから嫌らしい。だからお金はくれない。
6年1組のクラスでは、あたしは邪魔者扱いだ。
勉強はあまり得意じゃないし、何から何までやることがトロい。
体育のドッジボールのときは、動き回るとお腹が空くからあまり動かないでいると、当てられてすぐ外野に行く。そこで何もしないで試合が終わるまで立っている。
でも、たいてい男子があたしを狙う時は、ものすごい勢いで当ててくる。
佐々木悟なんか、助走をつけてジャンプして当てる。菅原功司なんか、体を回転させてからぶつけてくる。
死ぬかと思うくらいものすごく痛い。痛くて泣きそうになっているのを見て、みんな笑ってる。
それが狙いなんだろうな。くそっ、死んじまえ。
軽くポンとぶつけるだけでアウトになるのに、どうしてって思う。
要するに、あたしが嫌いなんだ。
可愛くないから。
トロくて目障りだから。
生きてるだけで邪魔だから。
男子と競争して給食のお代わりをする意地汚い女だから。
嫌なのは体育の時間だけじゃない。
保健体育の時間で『せいりしどう』というのがあった。
2クラス合同で男子と女子が別々に勉強する。あたしたちは2組の女子と一緒にスライドを見たりして、女の子の体について勉強した。
でもみんな『せいり』が始まっているのに、あたしだけ始まってないみたいだ。
そしてそれは物を整理整頓することだと思ってあたしが何か言ったら、みんなが一斉に笑った。
「阿部さんはまだなんだって」
「まだ子どもだね」って。
私は顔が真っ赤になった。
せいりって月経のことなんだって。
知らないし。まだだし。
家庭科実習も嫌いだ。
針と糸がないから先生から借りた。布も借りた。
だけど、指に針を刺してしまった。
玉結びをしなかったから、縫い目から糸が抜けた。先生に通してもらった糸が針から抜けた。
もう嫌だ。
それでも泣きながら縫った。
友達があたしの縫い目が1cm以上あるし、デコボコ曲がっていると言って笑った。そういう友達のは、縫い目が1mmくらいに揃っていて真っ直ぐだ。
ああ、嫌だ嫌だ。あたしは不器用。おまけにブサイク。
調理実習も嫌だ。玉ねぎを切ると目が痛いし、ジャガイモを剥くと皮が厚すぎると言われる。
ガスに火をつけるのが怖くてできないでいると、「幼稚園でもつけられる」と馬鹿にされた。
「本当にあんたは駄目だね。死んでしまえば?」
ほんとだ。死んだほうが良いかもしれない。
こんな駄目な私は、死んだほうが世の中のためになる。
「なんの役にも立たなかったのに、食べるときだけ張り切るのね」
その通りです。ごめんなさい。
生きててごめんなさい。
お腹が減っていてごめんなさい。
意地汚くてごめんなさい。
でもそれさえも声に出して言えない。
怖くて言えない。ただ黙ってるだけ。
黙って下を向いているだけ。
「エプロンくらい持ってきなさいよ。給食のエプロン借りてないで!」
ごめんなさい。
昨日お腹が空いて、そのまま早く寝てしまったの。朝も食べてないし、給食のことだけ考えて学校に来たの。
でも今日は給食がなくて調理実習だったんだよね。
で、お代わりできなかったから、少し大盛りにして食べたの。
ああ、嫌になる。あたし、自分をやめてしまいたい。
今日は勉強も頭に入らなかった。
あたしは帰り道をトボトボ歩いていた。
急いで家に帰っても、誰も待っていない。美味しいご飯が待ってるわけでもない。
水道の水を飲んでテレビを見るだけ。
ドーーーーン
なんだろう?
地震だ。
すごく揺れている。
建物のそばだと割れたガラスが落ちてくると聞いた。だから私は空き地に向かって走った。
でも地面が揺れるから、酔っぱらいのようにフラフラしながら走った。真っ直ぐ走ることができない。
そして空き地に着いたと思ったら、急に地面が凹んで、あたしの体が吸い込まれていく。
そこから抜け出そうとしても、ランニングマシーンの上を走るみたいに穴から出ることができない。
むしろだんだん下に滑り落ちていく。
あたしは死にたいと思ってたけど、今は死にたくない。
どんなにあたしが役立たずでグズでノロマで能無しでブサイクでも、死ななくたって良いじゃない!
生きていたって良いじゃないっ!
悪いかぁぁぁ!
あっ、駄目だ。転んだ。
ランドセルが脱げた。
逆さまに滑り落ちていく。
死ぬ。
もう死ぬ。
祖母ちゃん。父さん。
あたし、死ぬ。
冷たい土の下で生き埋めになって死ぬんだ。
あっ、顔に土が。
苦しい。
……
目が覚めた。
真っ暗だった。
顔の土を払って落とすと、そこは大きな石でできた空間だった。
岩でできた壁はぼんやり光っていて、そこがかなり天井が高い大広間のような所だと分かる。
そのとき背筋に悪寒が走った。
あたしは振り返った。
あたしはそれを見て、歯がカチカチカチと鳴った。
あたしに背を向けて玉座のような所に座っていたのは、頭に角が生えた巨大な怪物だった。
祖母ちゃんがよく話してくれた地獄の怪物の牛頭馬頭に似ている。頭が牛で体が人間みたいな、そんな怪物があたしの前に座っている。
とても大きい。大仏みたいに大きい。
あたしは周囲を見回した。
あたしの傍には宝箱のような箱があった。あたしのランドセルくらいの大きさだ。
そしてもっと背後の床には、大きな魔法陣が描かれていた。
これって転移陣とかいうやつじゃないか?
ライトノベルのファンタジーで読んだことがある。そこに行けばどこかに移動できるんだ、きっと。
その前に、宝箱の中に何が入っているんだろう?
そっと蓋を開けると、中にぼんやりと白く光る球があった。
光が漏れて牛頭に見つかると嫌だから、あたしは覆いかぶさるようにして球を持ち、胸に当てた。
するとどうだろう。その球はなんの抵抗もなく、スー――ッと胸の中に入っていってしまった。
これって種も仕掛けもないのだろうか?
手に持てる丸い球が肉体の中に入り込むなんて、不思議だ。
『×〇〇×を〇〇しました』
えっ、何だろう? 何かあたしの頭の中で声が聞こえた気がする。
そのときザワッとした。
顔を上げると、牛頭の巨人がこっちを見て驚いている。
「泥ノ塊ガアルと思ッタが、人間ノ子供カ。細クテウマクナサソウだな」
うわぁぁ、耳障りな声でなんか言った。
逃げろっ!
あたしは怪物に捕まる前に、背後の床に飛び降りた。
グズでノロマなあたしでも、命は惜しいっ!
そして魔法陣の上に降りた途端、牛頭が大木の幹のような腕を伸ばしてあたしを捕まえようとした。
ぎりぎりその前に、あたしの体が光った。真っ白に光った。
間一髪で助かった……と思う。
やっぱり助かった。
あたしはあの空き地に戻っていた。
やった。地上だ。戻ってきたんだ。
でもこの空き地に大きな穴が開いていて、下の方に長い石段が続いている。
分かった。これがダンジョンだ。
でもこういうことは、地球の過去の歴史に記録されてないはずだ。異世界のダンジョンが地球にできるなんて、何億年に一回の確率でも起きなかったことじゃない?
それが起きたってことは……あたしが何か考えを続けようとしているときに、また地震が起きた。
ゴゴゴーーーーーーッ
そして穴の上空に渦巻のような真っ暗な穴ができて、ダンジョンの中のものをものすごい勢いで吸い上げた。あまりにもすごいスピードで吸い上げられていくので、中身が何なのかさっぱり見えなかった。
するとあたしの胸の辺りが空中の渦巻に引っ張られる感じがした。このままだとあたしの体もダンジョンと一緒に吸い込まれてしまう。
そうか、分かった。あたしが宝箱の中のものを吸い込んだから、それを取り戻そうとしてるんだ。
駄目だよ。あれはあたしがもらったものだ。
代わりにあたしの中のグズでトロくて不器用な能無しの臆病な心を持って行ってよ。
すると、あたしの胸の中からなんかドロドロした空気のようなものが抜けていって、あの渦の中に吸い込まれていった。
そして、渦巻が閉じる瞬間に、あたしのランドセルがポトンと地面に落ちてきた。
空中の穴が閉じて消えると、地上にあったダンジョンも消えて、元通りの空き地になった。
何億年に一回あるかないかの奇蹟はあっという間になくなって、何もなかったのと同じになった。
いや、全く同じではない。
あたしの体の中に、あの光る球が入ったんだ。
その代わりに、あたしのトロくて不器用で能無しの心が向こうの世界に行った。
そうだ。あれを言ってみよう。
「ステータス、オープン!」
……
……
……
……
何も起こらない。
恥ずかしい。
気がついて見ると、あたしの体は土塗れで真っ黒だ。払っても、ただの泥んこの女だ。
恥ずかしいから、急いで走って家に戻った。
途中で何人かに会ったが、真っ黒なあたしを見ても誰だか分からなかっただろう。
家に戻ると洗濯機に服を放り込み、お風呂に入って体を洗った。特に髪の毛は2回も洗った。
風呂場は泥汚れがひどくて、シャワーで流した。着替えたけど、洗濯機の水は真っ黒だった。それで水を入れ直した。
ひどい目に遭った。
でも、これだけ汚れたってことは夢でなかったんだ。
私には分かったことがある。
それは、グズでトロくしてると死ぬってことだ。
死にたくないからトロくしたくない!
だから、トロい心は捨ててきた。
あたしはテレビをつけた。するとちょうどテレビで臨時ニュースをやっていた。
「今日午後3時5分過ぎに、〇〇県××市の特定な地域で震度6の強い地震が2度ありました。
けれど震源地は不明で、地震も局所的なものでした。
地表に極めて近い浅い場所で地殻変化または地盤沈下が起こったせいではないかというのが専門家の所見です。
なお、この地震で被害があったという報告は受けていません。JHK臨時ニュースでした」
そのニュースを聞いていると、今日来るはずのない祖母ちゃんがやって来た。
ラッキー!何か食べられる。
「祖母ちゃん、今日どうしたの? 来ないはずじゃ」
「留美、お前みたいな子が全身真っ黒の泥だらけになって走っていたという話を聞いて飛んできたんだよ」
「うん、うん。そうなんだよ、祖母ちゃん。帰りに地震があってね、それで転んで土だらけになっちゃったんだ。だから着替えてお風呂に入ったんだ」
「そうか、やっぱり留美だったのか。それにしても偉いね、お前にしては。着替えてお風呂に入ったとはね」
「そして汚れた服は洗濯機に入れてさ、水が真っ黒になったから一度水を捨てて入れ替えたんだよ」
「そうかそうか。お前にしてはよくやったな。偉いぞ。それならこれからカレーライスを一緒に作るか?」
「うん、今度こそあたし頑張るよ、祖母ちゃん。作り方教えてね。あたし頑張る」
祖母ちゃんはまず人参を少し回しながら切った。
そのとき、祖母ちゃんの体から湯気のようなものがあがった。
「あれれ、祖母ちゃん体から湯気が出てるよ」
「なにっ? そんなもの出とらんよ。少しも暑くないもの。変なこと言うねぇ」
「でも、これ」
あたしは湯気みたいなものに触ってみた。
するとそれは湯気じゃなかった。なんか綿あめのようなフワフワしたもので、それがスーッとあたしの手の中に入っていった。
『〇〇のレベル1を**××**しました』
なんか頭の中で声がした気がした。
でもあの時と同じく、はっきり内容が聞こえなかった。
ライトノベルのファンタジーでは天の声ははっきり聞こえるのに、ここは天の声の電波が悪いらしい。
「さあ、これが人参の乱切りだ。やってごらん。できるかい?」
祖母ちゃんに言われて、あたしは左手に人参、右手に包丁を持って、ゆっくりと人参を回しながら切っていった。
するとどうだろう。
ドジで不器用でノロマなあたしが……
何をやっても駄目駄目なあたしが、祖母ちゃんと同じように人参を切ることができたんだ!
しかも、ちゃんと形が揃ってる。
「次は玉ねぎだ。簡単に櫛切りをやってみるよ。手早くやること、力任せじゃなく切るようにね。顔をあまり近づけないように」
祖母ちゃんは玉ねぎを半分に切って、茶色い皮を剥いて芽を取ってから縦に切っていった。
「昔の櫛は半円の形をしていたから、こうやって切るのを櫛切りって言うんだよ。涙が出ないようにするには、刃を滑らすようにして切ると繊維が潰れないから涙の元のガスもあまり出ない。中心から外側に少しずつ太くなるように。顔は近づけちゃ駄目だよ。涙ガスを吸うからね。じゃあ、残り半分やってごらん」
驚いたことに、祖母ちゃんの言ったことは全部頭に入ってきて、同じように上手に切ることができた。
もちろん涙は出なかったよ。
うん、あたしってできる子になっちゃった。
「ほう、すごいね。じゃあ、あと2個切ってごらん」
その後、ジャガイモの皮むきや芽取りなんかもやったけど、全部うまくいった。
そしてガスに火をつけるのも。
つまり、何もかもがうまくいったんだ。
しかも祖母ちゃんと全く同じようにできた。
あたしに何が起きたんだろう?
祖母ちゃんはあたしを褒めてから言ったんだ。
「昔、あたしの子供の頃に、同級生で貧しい家の子がいてね。よく米とか魚を持って行ってあげたもんさ。そこのうちの子は女の子ばかりだけど、どれも豚みたいな顔で、少し見てくれが良くはなかった。
でも十何年も経って会ってみたら、どの子も綺麗になってね。見間違えちゃったよ。元々母親が元芸者でね。素質はあったんだよ、きっと。
つまりあたしが言いたいことはね。人間にはそれぞれ花を咲かせる時期というのがあるってことだよ。そして、留美も今やっと花を咲かせる時期になったってことだわさね」
つまり料理の才能の花を咲かせたってことだよね、祖母ちゃん。
祖母ちゃんはカレーを食べずに帰っていった。カレーは祖母ちゃんの口に合わないみたいだ。ご飯を何十回も噛んで食べるか、お粥を食べるそうだ。
だから祖母ちゃんと食べるものが違うので、一緒に食べたことがない。
あたしは思った。あたしが祖母ちゃんの体から出ていた綿あめみたいなものを体に取り入れたときに、ファンタジーでよくある何かのスキルをゲットしたんだと思う。
そして、そのスキルは料理に関するスキルだと思う。
わああ、あたしって冴えてる。頭いい。
それってその前にゲットした、あの光る球が体に入ったときのスキルに関係するんじゃないか。
ということは、きっとあのスキルは、他の人のスキルが見えるようになって、それを体に取り入れることができるような……そうだ! きっと**『コピー』**のスキルなんじゃないか……。
じ……じゃあ、外に出て他の人の体から出ている湯気みたいなのを手で触れば、新しいスキルがもらえるってことよね? ねっ? ねっ? そうだよねっ?
あたしはカレーライスを食べてから外に出た。
そして、なるべく人通りの多い所に出て、キョロキョロし始めた。
分かってる。それが不審者みたいな動きだってことは。
でもさ、不器用なあたしが何かすごいスキルがもらえるんだって思ったら、胸が高鳴るじゃない?
スキル、スキル、何かスキルがないかな?
確かに通る人にはオーラみたいな湯気が出ているけど、一体いくつスキルがもらえるのか分からないし、もし3つだけしかコピーできないとか制限があったら、どうしよう?
つまんないスキルで打ち止めになってしまったら、目も当てられないよね。
豚の鳴きまねがうまいスキルとか、おならをリズミカルに連発するスキルとかくだらないし、破廉恥だよね。
ドーン!
いきなりあたしの体が何かにぶつかって、あたしは地面に転がった。
「このガキッ、ウロウロすんな。前見て歩けっ」
うわっ、怖い人だ。首筋から入れ墨が見えてるからヤクザ屋だ。どうしよう、殺される。
それに変な色の湯気がそいつから出ていて、その湯気があたしの体にも入ってきて、なんか天の声が聞こえたような気がする。
うわああ、どうしよう? 変なスキルに決まってる。
「おい、ヤス。相手は子供じゃねえか? キョロキョロしてたから親とはぐれたのかもしれねえ。おい、嬢ちゃん、大丈夫か? 立ちな」
うわああ、あたしとぶつかったヤスというヤクザ屋よりも、もう少し上の立場のヤクザ屋さんが、サングラスをかけた目でこっちを見て手を差し伸べているっ!
しかも手を出しているから、それにつかまって立ち上がらないとまずいよね。
でもって、そのヤクザ屋さんの湯気もあたしの手から吸い込んじゃった。
『**〇▽のスキルが上書きされてレベル3になりました』
うわっ、上書きってなに? ヤクザ屋さんの変なスキルがレベル3ももらっちゃった。
3……3ってことは、3つの願いだったら、全部使いきっちゃうレベルだよね?
大丈夫かなあ。なんとか勝手にスキルをもらうのを止められないかなあ?
『スキル〇〇×**をオフにします』
あっ、オフになった。今までは常時発動してたのね。
と、そこへ出くわしたのは、6年2組の担任の松枝先生だ。
「せ……先生! ご苦労様ですっ!」
あれ? 私、なんでこんな最敬礼してんのかしら?
腰を直角に曲げて挨拶なんて今までしたことがないのに。
「阿部留美、お前キャラが変わってないか?」
松枝先生は眼鏡を光らせて首を傾げた。
「だが、まあ。教師をリスペクトすることは良いことだ。じゃあ、その調子でまた明日な」
「はいっ」
あれれ、あたしって、これもしかして組長に挨拶するヤクザのやり方じゃないの? どうして? どうして?
反射的に親分?に対してハキハキと受け答えしてしまう。
違う違うっ、あたしが欲しいスキルはそうじゃなくって……。
そうだ! 明日学校に行ったら、前から羨ましいと思ってた人の才能をコピーさせてもらおう。
いくつコピーできるか分からないけど。うん、そうしよう!
家に帰ってからカレーライスを温めて、チンしたご飯にかけて食べた。そして皿を洗った。もちろん割らずに綺麗に洗った。
洗いながら急に思いついて声を上げた。
「そうだ! 勉強だ。勉強ができるのもスキルに違いない。算数ができる白石君と、ピアノができて歌もうまい横山さんと、足が学年で一番早い東雲君と、アメリカ帰りで英語がペラペラの高橋サリーさんと、国語は作文や読書感想文で賞を取っている、大塚さん。そうだ、忘れないうちにメモっておこう」
皿を布巾で綺麗に拭いてから、私はメモろうとしたが、はたと迷った。
大きな字で書いて持って歩けば、クラスの子に見られてしまう。
そうだ。ハングル文字で書こう。それだと分からない。
しかも小さく書いて何かの模様みたいにすれば分からない。
あたしは時間をかけて、細かい字でハングル文字を暗号代わりに書いていった。
これで、明日誰からどんなスキルをもらうか取りこぼしがないように……。でもスキルっていくつまでコピーできるのかな? 容量ってあるのかな?
それからテレビをつけると、字幕の韓流ドラマが流れていた。
字幕を見るのは疲れるんだよね。あれ? でもこれ吹き替えかな? 意味が分かるし。って、これもしかして韓国語で喋っているの? でも、字幕を見なくても意味が分かるよ?
まさか……あのヤクザ屋さん、どっちかが韓国人だったの? でも日本語もうまかったけど?
そっか……馬鹿だなあたし。今気づいたけど、あたしがハングル文字書けるわけないのに書けたってことは、韓国語やハングルが分かるスキルをコピーしてしまったんだ。やっぱり、あのヤクザ屋さん、韓国系ヤクザなんだ。
そして次の日が来た。待望の翌日が来たんだ。
あたしは千代紙にペンで模様のように書いたハングルのメモを見ながら、席に座っている白石君の横を通り過ぎがてら、体の表面の湯気を掬い取った。
直接触れるわけではないから、一瞬こっちを見たがバレなかったみたいだ。試しに自分の席に戻ってから算数の教科書を開いてみたら、なんと中身が理解できるじゃないか。
気を強くして、横山さんのそばを通ったときに、背後から立ち上る湯気を触った。
まだ吸収できる。
ピアノはないけれどオルガンの送風ペダルを踏まずに鍵盤を押してみた。両手で弾けそうだ。音は出してないけど。
「阿部、何エアーやってんだ? 弾けないくせに」
笑ったのは幸い、脳筋で学年一の足を持つ東雲さんだ。
近づいてきたから、スッと手を動かして、その動作に合わせて強がりのフリをした。
「実は弾けるってばあ」
「本当? 弾いてみて」
私はオルガンで『エリーゼのために』のさわりをやってみせた。
一瞬、教室内はシンとした。
なぜなら、横山さん以外にそれだけ弾ける人はいなかったからだ。
しかも楽譜も見ないで……。
照れ隠しにわざと間違えてみせて、
「いけないっ、やっぱボロが出たわ。あはははは」
と言って中断した。
うまい具合に何人かは笑ってくれたから、場が和んだ。
「おいっ、ブスが良い恰好してんじゃねえよ」
6年2組の番長の清野が太い腕を伸ばしてあたしの側頭部を小突いた。結構痛い。
「なにすんのよ!」
あたしは清野の向う脛を蹴ってやった。
「いでで、きっさまああ」
反撃しようとしたから、あたしは指を開いて目のあたりをパランと軽く払った。
「あっ、目が」
うつむいて目を押さえている隙に、あたしはその場から離れた。
でも、清野は腕力には自信があったから、あたしみたいなトロい女にやられたのが我慢できないらしく、再びあたしの席めがけて突進してきた。
あたしは椅子を蹴って足にぶつけてから、急所を蹴り上げ、苦しんでいるところを両耳の後ろを手刀で叩いた。そして膝の裏を蹴って仰向けに倒れたところを、お腹を踏んづけた。
しかも跳び上がって両足で着地して。
それでも大怪我はさせていない。体格差があるから、そんなにダメージはないはずだ。
このくらいやれば戦意はなくなるだろうと、連続攻撃したけど、本当は鼻を叩いて潰したり、耳を直接叩いたり、指を掴んで逆に折ってみたり、頭を踏んづけて床にぶつけて脳震盪を起こしたりした方が、相手を屈服させるのに有効なんだけど。
って、なんであたしこんなことできるの?
まさか、あのヤクザ屋さんからスキルをもらったせい?
松枝先生がその後来て、訊問されたけど、あたしは事実だけを少し色をつけて言った。
「あたしがオルガンを弾いてたら、清野君が『ブスが格好つけるな』って頭をどついたんです。それで何すんのって、向う脛を蹴ったら、あたしに怒鳴って叩こうとしたから怖くて手を振ったら目に当たったらしく、そこから逃げて自分の席に戻りました。するとちょっとしてからものすごい勢いで突進してきたから、殺されると思って無我夢中で反撃しました。一発でも叩かれていたら、あたし大怪我するんじゃないかって、怖かったんです。その後先生が来て、見た通りです」
先生は周りの子供たちにあたしの言った通りかと尋ねた。
みんなその通りだと言った。清野自身も認めた。
ただしこうも言った。
「だけどよう、阿部はすごく喧嘩慣れしてるように見えたぞ。俺、手も足も出せなかったもん」
「それはお前が脅かすからだろう。お前みたいなガタイの大きなのが本気出したら、殺されると思って本能的に反撃したんだよ。分かったら、もう阿部に構うな」
「はい……」
私はそれで席に戻された。決して誇らずにしおらしくうつむいて席に戻った。途中、高橋さんのそばを通ったので、英語のスキルをいただいた。
それ以外のスキルももらったかもしれないけど。
1時間目は国語だった。そう言えば、大塚さんから国語のスキルをもらってなかった。
休み時間に松枝先生が清野に話していた。
「大きな犬でも、体がそれよりずっと小さい猫に反撃されてキャンキャン鳴いて逃げていくことがある。分かったら、見かけだけで判断して弱いものいじめとか、二度とやるなよ」
誰か耳の良い子からスキルをもらったらしい。普段なら聞こえない距離なのに、ほぼつぶやくように喋っている先生の声が丸聞こえだった。
あたしはまだあのとき自分がどんなスキルを身につけたのかよく分かってない。
そして後からどんなスキルがコピーできたのかもよく分かってない。
ステータスも目の前の空中に開かないし、天の声も中途半端だ。なぜ〇とかXとか**▽**のスキル表示しかできないのか?
心当たりあるのは、あのダンジョンを吸い込む異次元の空間にあたしのドジでノロマな心が吸い込まれたときだ。
あの謎のオーブの一部も回収されたとしたらどうだろう?
あの小泉八雲の『耳なし芳一』の話みたいに、耳だけでも持って帰ろうかってな感じで、オーブの端っこをちょっとちぎって持って帰ったのかもしれない。
その部分がないために、スキル表示がないんだ、きっと。
それとまだ変なことがある。
ヤクザ屋さんの2人分のスキルでレベル3になっているはずだけど、『先生、ご苦労様です』って最敬礼したのと、喧嘩が強くなったのとは別のスキルだと思うんだよね。
片っぽは**『やくざの仁義&礼儀作法』みたいなスキルだろうし、後の方は『初歩の素手喧嘩』ってな感じだと思う。
その他に『ドスの扱い方』とか『命の取り方、殺し方』とかきっとあるよね。
だって、そういうことを想像しただけで、どうやれば効率的にできるか頭に浮かんでしまうもの。
それから、あたしには絶対必要ないと思うけど、『女の騙し方・コマシ方』とか、『風俗経営・ヒモ暮らしのコツ』とか、油断してるととんでもないものも頭に浮かんでくる。
これって本来、別々に1個ずつコピーして、天の声があたしに報告してくれるもんじゃないの?
だから、あの異世界空間のせいで、あたしの中のスキルもバグっちゃってるんだよ、きっと。
極めて雑に『ザ・やくざスキル』**ってな感じで詰め込まれたって感じだね、たぶん。
それと、誰から貰ったスキルか分からないけど、なんか身だしなみが気になって仕方ないのって、**『おしゃれスキル?』**みたいな?
って、一体誰のスキルだ、これ?
と言っても、あたしがコピーした相手の女子はいつも身だしなみをきちんとしてるし、髪もサラサラだもんね。
で、鏡を見てて気になるんだよ。
なんで、あたしって髪型も服装もあか抜けないっていうか、ダサいんだろうって。
で、バスルームで、あたしは裸になって鏡見ながら髪を切ったわ。その後切った髪を集めてごみ入れに入れて。
それから、シャワーを浴びて流して、ブローして、顔にクリームを塗ったんだよ。
で、次に気になるのが下着と服だよ。ボロい下着はハサミで切ってポイだね。
ドブネズミ色の服もこれから一生着ないと思うからポイ。
比較的明るい系の服だけ残して、後は組み合わせのコーディネートさ。
これで終わりじゃない。
近頃は祖母さんもあたしに一目置いてるから、お金もらってるんだ。
その金持ってリサイクルショップに行って、使い回しの良い中古服を購入だよ。
後は制服の汚れを取ってアイロンがけ。
それからあたしは、部屋の掃除、洗濯、布団干しとかいろいろやったよ。
冷蔵庫の中も一度中の物を出してきれいに拭いたし。
ガスレンジや流しのシンクもピカピカに磨いた。
ああ、どうしたんだろう、あたし?
これって誰のスキルなんだろう?
部屋とか汚くしてると落ち着かないの。
気になるから体を動かすと、いつも何かしてるって感じだよ。
気がついたら、ここは誰の家だってくらいきちんと整理整頓していて、おまけに夕食まで自分で作ってテーブルに並べていた。
もちろん、明日の昼は購買のパンとかは買わずに弁当を作って持って行く気十分なんだよね。
もしかしてこれ、横山さんかな? いつも弁当持ってきてるし。あっ、でも高橋さんも弁当持って来てた。
あっ、横山さんはお母さんが弁当作ってくれてるって前に言ってた。コロッケや唐揚げが多くて、脂っこいって文句言ってたもん。
じゃあ、高橋さん? えーい、もう誰でもいいや。
待てよ? ウインナーとブロッコリー、それとミニトマトが欲しいな。
一度だけ祖母ちゃんが作ってくれたのは海苔弁だったか。あれは蓋に海苔がくっついて嫌だった。
ん、自分でやろう。それが一番良い。
翌日教室に行くと、みんながあたしを見る。
制服だから服装じゃないよね? あっ、髪を切ったからか?
猫背が治ったからか?
それとも昨日喧嘩で清野に勝ったからかな?
まあ、どうでも良い。女子一日会わざれば刮目して見るべし、だよ。違ったか?
これも途中で終わってる。そう思いながら薫は自分のコメントを書いて横で待ち構えている転生神に渡す。
「ねえ、そろそろお腹が空いてきたんですけど」
「じゃあ、後一冊読み終わるまで待って下さい」
薫は次の本を開いた。
読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。