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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
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時空散歩 (完結)

この物語が何冊目の特殊書籍かは数えません。

賢者召喚


最近はボケがひどくなって来た。

アルツハイマーでなくても、短期記憶が弱くなって来たのだ。

長期記憶にあたる、自分の名前とか家族のこととか長い間に身に着けた知識や技術は大丈夫でも、短期記憶が危ないのだ。

ちょっと前にガスに火をつけたことを忘れるとか、歯を磨きに行く途中でトイレに寄って、それが済むとそのまま戻ってきたりとか。

まさにニワトリ並の『三歩歩いたら忘れる』状態なのだ。

だから常にメモすること、常に確認することが重要になる。

台所を離れるとき、ガスは良いか、換気扇のスイッチはオフになってるか、冷蔵庫のドアはきちんと閉めたかなどを指さし確認するのだ。

学校の教員を退職してから、いろんなことをやった。畑を借りて農家の真似事をしたり、調理を習ったり、ソーイングを齧ってアロハシャツとズボンを縫って、それをクラス会に着て行ったり……あのときはズボンのポケットに手が入らなくて焦ったな。

テーマパークと交渉して似顔絵師をやったり……5年くらいやったか、〇ーチューブで腹話術もやった。音楽AIに自分の作った歌詞を入れて作曲代行をして貰って遊んだり、調理の方は素人だから肉まんを作れば形が歪んでしまうし、饅頭を作れば餡がはみでる。それでも蓬団子やたくあん漬け、青梅のシロップ煮などは好評で人気があったな。

でも最近あまり外に出歩かなくなったので、足腰が弱って来たんだ。ショックだったのは背伸びができなくなったことだ。

下肢の筋肉が弱っていて、踵を浮かせることが出来なくなった。したがってジャンプもできない。足裏が床にべったりついたまま体を浮かすことができないのだ。

これじゃあいけないと私は家の周りを早朝に散歩することにした。


よりによって初めて散歩を実行した初日に路上で異世界召喚されてしまった。


孫娘みたいな王女様が頭を下げて『賢者さま』とか言ってるが、それ誰のことって話だ。

王様の所に連れていかれて、歓迎を受けるが戸惑うばかりだ。

「あのう、賢者さまって言いますが、最近はボケが進んで、第一召喚されても魔王を倒す体力もないんですが」

するとよく話を聞くと、勇者召喚じゃなくて賢者召喚らしいのだ。

私は巻き込まれた一般人じゃなくて賢者として選ばれてここに来たらしい。

でもよく考えると『賢者』って色々な魔法を使うやつじゃなかったっけ?

私でもライトノベルやネット小説くらいは見てるから、それくらいは分かる。

「違います、違います。賢者というのは字面じづら通りの意味で『賢い人、つまり見識のある人』という意味なのじゃ」

王様の言葉に、私はええええええっと驚いた。

確かに私は教育者として人生の大半を勤めて来たが、インテリ層としてはむしろ最下層に位置すると思う。

まあ中学校教員を3分の1、3分の2は小学校教員を勤めたけれど、人を集めて講演することもないし、著書をだしたこともない。

大学も地方の教育大学でレベルとしては3流どころだ。

新聞はあまり読んだことはないし、社会情勢にも疎い。

常識問題ならふつうのサラリーマンと対決しても負ける自信がある。

喧嘩も弱いし体力に自信がないが、その分頭が良い訳でもないのだ。

「で、どんなことを解決せよと言うのですか?」

まず無理だからと思って一応聞くだけ聞いてみることにした。

「この国を優秀な人間で一杯にしたいのだ。つまり我が国は人材不足で、その為に国力が衰えているのだ」

そんなこと、分かる訳ないじゃないか!

だけど、こうやってご馳走して貰って下に置かない大事な扱いを受けてるからなんでも適当なことを言ってこの場を乗り切らなきゃ。

「この国の実情は今来たばかりで詳しくは分からないのですが、一般論として人材が不足なのは……」

「「「不足なのは?」」」

王様や王女様や大臣たちが身を乗り出して来た。

「大きな数が出た目のサイコロを集めないからです」

「「「はああああ??」」」

「人間の才能というのは、サイコロの目と同じで転がしてみないとわからない。つまり生まれてみないと分からないのです」

「「「…………」」」

「ところが生まれつき人には身分があったり貧富の差があったりします。つまり身分が良くて富貴の家に生まれたものだけが学問を学ぶ機会を与えられるという風になってませんか?」

「……確かになってる。その通りです」

「それでは人材ピラミッドの頂点近くのものだけがサイコロを振る資格を与えられているのと同じで、その中から大きな数の目を出たものを探すから余計に数が集まらないのです」

「「「……なるほど」」」

「人材ピラミッドの底辺も含めて、全部の物にサイコロを振る機会を与えて、その中から大きい数の目を出した者をどんどん仕事を与えるのが良いのです」

「だが貧しい者に機会を与えても授業料が払えなかったらどうするんだ?」

大臣の一人が当然のことのように聞いて来る。

「だから授業料を安くすれば良いのです。貧しくても払えるように。そしてそういう者には奨学金制度を設けて助けてやるのです」

「待て待て、授業料を安くしたら、教師たちに払う給料が集まらないではないか」

「だからその分を国が補助するんですよ。

何故かと言うと、それをすることで国全体の力が増す訳ですから」

「「「うむーーー」」」

すると大臣の一人が手をあげた。

「賢者様、全部の者にサイコロを振る機会を与えろと言いましたが、サイコロの振り方はどうやって教えるのですか?」

「国の方で学校というものを全国津々浦々に建てて、サイコロの振り方を教えるのです。つまり字の読み方や書き方、数の数え方や計算の仕方を教えてください」

「で、その費用は?」

「もちろん、国の方で払います。それくらい人材に投資しないと見返りはもらえませんよ」

そう言いながら私は自分がいた日本の国の場合を考えて、必ずしもそうなっていないなと思った。

60年前に出た『臨教審答申』……詳しく言うと『臨時教育審議会答申』だが、そこでは金持ちの子が教育機会を多く持てるようにして生まれた時から、金持ちの子は金持ちに、労働者の子は労働者になるというようなことが決まるような制度を提案してた。

実際その60年後の日本はそうなって来ていて、その分世界各国に比べて教育水準が低いと評価されている。

あたりまえだ。サイコロを振るのが一部の富裕層の子供に限るような仕組みになってるからだ。

大学なんかも国の補助が削られ、独立採算制になってる。

自由主義がどうの社会主義がどうのという気はない。

広く才能を求めた方が国全体にとって良いということだ。

弱肉強食も自然の摂理だろう。少しでも強い種を後世に残した方が種にとって良い。

けれど強い者が権力を握って、自分たちの子孫にだけサイコロを振るチャンスを与えるというのは、国力の衰えに繋がる。

いつの間にか私はそういう大雑把な論法で演説をしていた。

すると私の足元が光り出して床に魔法陣が浮かんで来た。

王女が叫んだ。

「賢者様が役割を果たした時に送還の魔法陣が現れて元の世界に返されるのだそうです。あっ、そうです。手ぶらでお返しする訳には行きません。皆さん、何でも良いから値打ちのありそうなものを魔法陣へ!」

王女の言葉に、そこに居合わせた者が一斉に魔法陣の中にいる私の足元に色々な物を投げ銭のように放って来た。

私は大道芸人か?!



私は散歩道の途中に立っていた。足もとに沢山の宝物のようなものが落ちていた。私はそれを拾って、一緒に落ちていたバッグの中に入れると、それはマジックバッグらしく、いくらでも中に入って行くではないか。

私はバッグだけを持って家に帰って行くことにした。

そうそう家に帰ってから喉が渇いたので、バッグの中から瓶に入った飲み物を飲んだんだ。

そうしたら、何と体が元気になって背伸びができるようになったどころか、ピョンピョン飛び跳ねることもできるようになった。

その後定期的に通院していた病院で血液検査を行ったところ、全ての数値が良好になっていた!!

あの飲み物はもしかしてエリキサーだったのか?

そう言えば、首筋にあった少年時代に受けたリンパ腺結核の手術痕がなくなっていたし、初期の前立腺癌で定年間近に全摘出した筈の前立腺が生えて来たみたいなのだ。

右ひざの内側後方の半月板も亡くなった筈なのに、復活しているみたいだし。

なんか脳の方にも影響があったらしく、短期記憶の力も戻って来たみたいだ。



だから散歩はするべきなんだって。


きっといいことあるからさ。


        了



薫は読み終わると、次の本に手を伸ばした。

読んで頂いたありがとうございます。

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