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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
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予感の少年リアム (未完)

この本が何冊目かは数えないことにしました。

 ボクの名前はリアム、7才だ。漁村の漁師の家に生まれた。兄のウィーリーは15才、二番目の兄のノアは13才、姉のベッシーは10才、妹のアマンダは5才だ。つまり男三人、女二人の五人きょうだいだった。

 

 実はボクには不思議な力がある……と信じてる。ボクが何かしようとするとき、なんか嫌な感じがしたのでそれをやめると、その結果まずいことになることから逃れられるみたいなんだ。逆に何か良いことがありそうだと思って何かすると、結果それが良いことになるってことなんだ?

 つまり良いことにも悪いことにも勘が働いて、幸運を掴んで、不運を避けることができるみたいなんだ。

 それを聞いたら『そんなのたまたま偶然だろう』って思うかもしれない。でもそういうことが生まれてから記憶があるだけでも十数回あると言えば、もう偶然じゃないだろう?

 だからボクは自分の勘を信じて、嫌な感じがしたらそれを避けて、良い感じがしたらそれを迎え入れるように心がけてたんだ。


 でも、ボクはある日突然自分のこの『予感』に騙されることになるんだ。ボクは自分自身の勘に裏切られてしまうんだ。


 お昼前に突然ボクは山に登りたくなった。登るときっと良いことがあるって感じがしたんだ。

「お母さん、ボクちょっと山の上に行ってみる」

「もうすぐ昼だよ。昼までには戻っておいでね」

「うん、急いで戻って来るから」

 僕は小走りで山道を急いだ。低い山だからすぐにも登れる。山のてっぺんに着いたとき「ゴーーーッ」と山全体が唸って、地面が急に揺れた。ものすごい地震で立っていることができないぐらいだ。

 僕は地震が収まるまで、うずくまって震えていた。

 揺れが止まるとボクは恐る恐る立ち上がって、何気なく下を見下ろした。するとボクの家が小さく見えていて、兄ちゃんや姉ちゃんたちがお父さんと一緒に家の中に小走りで入って行くのが見えた。

 あれ?ボクは何か良いことがある気がして山に登ったのに、怖い思いをしただけなのか?山に登った方が良いってボクの予感が教えてくれたのに、何も良いことが起きないじゃないか。こんなことって初めてだ。

 ちぇっ、ボクはしばらく待ったけどやっぱり何も起きないので、家に戻ろうと思った。


 そして海の方を見て「あれ?」と思った。

 なんか変なんだ。海の底がずっと沖の方まで見えてるんだ。海の水がずっと遠くまで退いて海底がむき出しなんだ!

 引き潮なんてもんじゃない。あんなに遠くまで海が遠ざかってしまって、いったいどうなったんだろう?と思ってると、今度は逆に海が近づいて来た。

 えっ?なになに?海面が物凄く高く見えるんだけど。まるで大きな水の壁が岸に向かって押し寄せるみたいに……あれって、あれって……高波……いや、津波だ。


 ボクはただ何もせずに見ていた。物凄く大きな波がボクの家も村も全部飲み込んで押し流して行くのを。


 そして僕は孤児になってしまったんだ。


 ボクの予感は初めて外れた。山に登っても良いことなんかなかった。ただボクの命が助かっただけで、ボクの家族も村の人たちもみんな死んでしまったんだ。

 だから村にいたら駄目だという予感だったら良かったんだ。それなら僕はみんなに言って一緒に山に逃げただろうに。

 でも考えた。そんなこと言っても誰も信じないだろうって。結局僕もみんなも間に合わなくて死んでしまったかもしれない。

 だからボクの予感はボクを騙したんだ。山に登れば良いことがあるって。そうすれば少なくともボク一人は助かることができるから。結果ボクは独りぼっちになってしまった。なにかい?ボクのこの予感って、ボクだけが助かれば良いのかい?

 だとしたらボクはこんな予感なんていらないっ。そう、いらないんだっ!


 津波の被害を受けた所は主に海岸線の集落ばかりだった。そして突然の津波でどの集落も殆どの住民が流されて溺死してしまったと考えられる。そのうちの一つでチェックバレー領の漁村でたった一人だけ7才の男児が生き残っていた。たまたまその子だけ近くの山に登っていたために被害を免れたという訳だ。チェックバレー男爵領の兵士に保護されたその男児は、王都から調査に来ていた騎士団に引き渡されて大津波の被災孤児として王都の教会に引き取られることになった。


 チェックバレー男爵邸にて兵士長が領主に報告している。

「つまりその子はわが領民の子であり、保護したのも我々です。いくらこの領内に孤児院がないからと言って、そのことを理由に生き残った領民の子を王都に連れ去るのはいかがなものでしょう?その気になれば兵士見習いとしてここの兵舎で下働きをさせながら養って行くこともできたのにです」

 いささか憤りを含んだ兵士長の言葉に領主たる男爵は頷く。

「うんうん、そうだろう。私とてこの領主館で息子の従者見習いとして雇おうと思っていたくらいだから、まさしくトンビに油揚げを奪われた思いだよ」

「では何故?」

「まあ、落ち着いて考えてみるが良い。この領内にとどまらず他領でも今回の被害は膨大なものだった。確かにたまたま街に用事で出ていた為に助かったという例はあるが、それ以外まず集落にいて助かった者は一人もいないという話だ。海に慣れていて泳ぎもできる漁民でもみんな溺れ死んだのだ。遺体も流されて見つからないのが殆どだ。その中でたった一人、ただなんとなく急に山に登りたくなったというだけで奇蹟的に助かった子供がそのリアムという子供だ」

 男爵はそこで話を止めてタバコに火をつけた。

「ふーーっ、つまりだ。王都ではそういう縁起の良い子は手元に確保しておきたいという訳なんだ。貴族の中にはそういう験を担ぐ連中がいてな。身内に囲っておくだけで幸運を呼ぶとか、または暇な貴族のご婦人たちの話題提供にもなるという色々な利用価値があるという訳なんだ。それに逆らわず引き渡しただけで、その子は衣食が与えられなんとか王都のような場所で生きて行く事ができるわけだし、引き取った奴らにしても縁起が良い子を手元に置いておけるという利点があるし、なによりわが領の被害集落の復興のために税金の国への上納額が一年間半額にしてもらえるというメリットがあるのだよ。他の被害地域では三割減なのにだよ。表向きはこの領の被害が特に他と比べて甚大なものだったという名分をつけてね。要するに政治だよ、兵士長」

「はっ、分かりました。閣下。それで納得致しました。私としたことが考えが及ばずに申し訳ありません」


 ボクは決めた。自分の予感と言うやつに徹底的に逆らってやることにしたんだ。だから馬車に乗せられて途中で野営しているときもわざと嫌な感じのする方に行き、フォーレストウルフに襲われて食べられそうになった。けれどボクを見張っていた騎士様が狼を剣で切り殺してくれたので助かった。

 それと途中の村で宿泊したときは、部屋にいると何か良いことが起きそうで、わざと部屋を出てそれを避けたんだ。

 そして村を歩いていて、なにか嫌な感じのする方へと歩いて行って、ボクは肥溜めに落ちてしまった。

 そしてボクがいなくなった部屋では家族を失ったボクの為に村の子供たちがプレゼントを持って励ましにきてくれたそうだと後で知った。ボクがいなくなっていたのでがっかりしていたとか。

 なんでも踊りとか歌を聞かせてくれる予定もあったとか。でも良いんだ。自分だけ助かったボクなんか、そんな良い思いをする資格なんてないんだから。胸がすごく痛むけどこれは僕に対する罰則でもあり、ボクの予感というやつに対する懲らしめにもなるんだ。お前の言うことなんか聞いてやらないんだ。

 あれ、どうして涙が出るんだろう?変だな。どうしてこんなに胸の奥が痛いんだろう?くそくそくそっ!!


 王都第三騎士団副長オリビア・ブリジングは宰相第2補佐官のシャーロック・ファシリテーターに報告した。

「補佐官、例の災害孤児リアムの護送完了しました。五日間彼を観察した結果ですが、全く期待していたとは逆の結果が見られました」

「ほう……?逆の結果とは」

「野営のときには歩き回れば必ず行先に魔獣が出たり猟師の罠にかかったりしました。村に宿泊するときも危険のない村内でさえ肥溜めに落ちたり側溝に足を滑らせたり、全く目を離せません。村の者が孤児を慰めようと部屋を訪れば、あいにく不意に出かけて留守だったり。食事中急に立ち上がって給仕の女性のトレイとぶつかって食事を床にばらまいたり、まるで不運の申し子のようです」

「そうか、それじゃあ王家への贈り物としては不吉この上ない。噂通り幸運の子供だったら所作を仕込んで王子様の従者の末席に加えようと思ったが、どうやら見当違いらしい。恐らく運の全てを大津波のときに使い切ったのだろう。だが、王妃様の茶会には事前の約束通り出席させねばならないだろう。宰相夫人のラウラ様はその子を幸運児としてよりも被災児として目をかけているようだから、うまく行けば宰相夫人の方で面倒を見てくれることになるかもしれない」

「はあ……それが叶わぬときには」

「それはこっちの方で考える。副長はご苦労だった」

「はっ、ありがとうございます」


 私は宰相の妻ラウラ・ゴーゲッター、指示通り身なりを整えさせて連れて来たみたいね。けれどどれだけ肌を手入れしても、潮焼けした漁師の子の肌は黒い。だから馬子にも衣装になり切れてない感じですわ。

 侍女に連れて来られたリアムという子は借りて来た猫みたいに静かにしていたんだけれど、私はきっとこの子は私のところに真っすぐ来ると思っていた。

 何故ならこの子が私のとこに来たなら、文句なく私が面倒を見てやって学校にも入れてやろうと思ってるからだ。

 そのためにはこの子に私を見抜く目がなければ駄目だということになる。こっちに来る途中散々失敗したらしいけれど、これが最後のチャンスになる。もちろん私はツンとして冷たい表情を保っている。だからこれは一つのテストであり賭けなのだ。

 連れて来た侍女はリアムという子に耳打ちする。内容は『この中で自分が行きたいと思うご婦人のそばに行きなさい』というものであることは事前の打ち合わせで決まっている。

 その子はにこやかにほほ笑むご婦人たちには目もくれずに私のそばまで来てちらりと私を見た。そう、そうよ。私よ。私は表情を凍らせたまま心の中で叫んだわ。

 えっ、なに?どうして通り過ぎたの?

 満面笑顔の婦人たちが彼を迎えいれようという素振りを見せる。そうするように事前に頼んでいたのだ。だがその頼みを聞き入れなかった婦人が一人だけいる。

 ローザ・ファシテディアス伯爵夫人だ。潔癖症で子供嫌いで有名だ。自分の子も抱いたことはない。潔癖症だけれど掃除はしない。みんな使用人に丸投げだ。

 そしてあろうことかリアムはローザのところに真っすぐ歩いていく。それは駄目。その人だけは駄目。私の心の叫びも届かず、ついにリアムは縁起抜きで嫌な顔をしているローザさんのとこに行き、なんと手を掴んでその甲に接吻しようとしたのだ。

「汚いっ」

パシッ

 ローズはリアムの手を振りほどいただけでなく、思い切り頬を引っ叩いたのだ。

ガシャーン

 そのときにテーブルのワインがこぼれてローザの真新しいドレスにかかった。

「きゃぁぁぁぁぁ」

 ローザは叫ぶとリアムを突き飛ばして部屋の外に出て行った。最悪だ。この子は幸運児なんかではない。それどころか普通の子でもない。疫病神だ。こんな不吉な子を引き取ったら碌なことにならない。

 私は目で合図して侍女にリアムを連れ出してもらった。後は夫の補佐官のシャーロックが適当に処理するだろう。

 命まで奪う積りはないが、チェックバレーからわざわざ連れてきたのだから、教会に預けるしかないだろう。その後は一般商店の下働きか冒険者かいずれにしても、私が引き取るよりもレベルが下の道を歩くことになる。

 それも自ら選んだ道といえる。

 さて、この後どうやって誤魔化すかというと、そこは抜かりがない。ちょっとした大道芸人を呼んでいるのだ。

「さて皆さん、今のは一人だけ災害を逃れたというチェックバレー領の孤児ですが、この茶会では災害を逃れることができなかったみたいですね。(笑い)次に紹介いたしますのは……」


 ボクは侍女に部屋に連れて行かれ、立派な服を脱がされ、もともと着ていた薄汚い服に着替えさせられた。

 そして侍女と入れ替わりにやって来た男に連れられて馬車に乗せられた。

 ボクは今度は自分が殺されるような嫌な感じがした。今までとは違う。ずっとボクはわざと嫌なことを選んで来たが、命に係わることが起きるなら選択を間違えてはいけない。

 ボクは馬車が曲がり角にさしかかりスピードが落ちたときに、立ち上がって馬車のドアを開けて飛び降りた。

 ボクは道の外の草むらに飛び降りた。そこは緩やかな斜面になっていて、足が着地した途端、体を丸めて転がった。

 転がるのが終わると立ち上がり走り出した。なんとなくこっちの方向に逃げれば良いという勘が働く。そしてその通りにボクは方向を決めて走って行く。逃げる方向が二択や三択になったとき、勘が働いた方に逃げる。そのスピードは速く、殆ど迷う瞬間がない。




薫は本を閉じた。もう何冊目かは数えるのをやめた。そうすることの意味がなくなったからだ。

薫のやることは一つ、作品が未完の場合はコメントを書いて作品の進め方を示唆するだけ。

作品が完結している場合は、何もコメントを書かない事だ。

彼は次の本を手に取った。



読んで下さってありがとうございます。どうぞお元気で。今日も良い一日を!



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