ロイの物語 (未完)
この物語は29冊目の特殊書籍です。
人にはなにかしら才というものがある。
それがどの方面に向いているかを早めに気づいて己を磨けば最低限なんとか食べて行けるというものだ。
だが大抵の者はそこで留まる。
食べて行くことはできても大勢の者を使い仕事を手広く広げて行くには、並みの才では足りぬ。
ましてその方面で一流と言われ名を成すのはほんの限られた天才にしか許されない特権である。
ここに鍛冶の才があり、なんとかその仕事で自分一人は食べて行けるようになった男がいた。
初級冒険者が使うような剣は打てる。
鍬や鋤や鎌などの農具も作れる。
鍋・釜・馬蹄などももちろん作れる。
だが領主の私兵や傭兵が使うような対人戦闘用の剣は打てない。
剣を打ち合わせればすぐに刃が欠けたり折れたりしてしまうのだ。
その他のものも長く使っていけば劣化して使い物にならなくなる。
もちろんそれが普通の鍛冶師が作る普通の鉄製品なのだが、この世界は普通の物に満足しない。
だからこの男は食べるのが精一杯なのだ。
少しでも収入があれば、鉱山から素材の鉄鉱石を買って、大量に鍛冶できるのだが、金がないので無理だ。
男の名前はロイという。
今日も背負子を持って、遺跡に行く。
遺跡にはいわゆる鉄屑が落ちていることが多いのだ。
鉄鉱石を買って精錬するよりも、屑鉄を拾って溶かした方が費用がかからない。
だが遺跡には沢山の洞窟様の場所があって、そこがときどき崩れたりするので非常に危険なのだ。
危険ではあるが落盤などで、未知の回路が出て来ることもあり、それが新たな発見にもつながって行くのだ。
ロイが行ったその日はちょうど一部落盤があり、その後に行ったタイミングだった。
結果、今まで塞がっていた空洞部分が現れて、未発見だった部屋が見つかった。
そこでロイは変わったものを見た。
直方体の鉄の塊だ。
もしかすると金庫かもしれない。
重さは100キロは優にある。
それを背負子に括り付けると彼は担ぎ上げて自分の家まで運んだ。
どこもかしこも錆が盛り上がっていて、金庫だとしても開けることなどできる訳がない。
手っ取り早い方法は炉の中にぶち込んで溶かして使うことだ。
だがもし中に何か貴重な物が入っていた場合はそれは悪手だ。
そこは彼も鍛冶で食べている男だ。
なんとか金庫の蓋を外して中を開けて見ることができた。
一日がかりの仕事だったが。
そして中に入っていたものを見て、彼は首を傾げた。
直径20cmほどの球形の石のようなもので、表面に魔法陣のような模様が描かれているのだ。
他には何も入ってなかったので、この丸い石はきっと貴重な物でここにしまってあったのだろうと思った。
仕方ないので金庫は溶かして素材にしたが、その石は作業場の棚に置いておいた。
「ロイよ。お前さん魔法陣が描かれた丸い石を遺跡から持って来たって言ってたな」
やって来たのは魔法具屋のトリビュートだ。
作業場の棚に置いてあるので、来る人来る人「あれはなんだ」と聞かれそのたびに説明していたから噂が広まったのだろう。
トリビュートは王立の魔法学園の魔法具科を出たほどの才の持ち主だったが、新しい魔法具を作るほどの才はなく、それでも魔法具屋を経営して家庭を持つくらいにはなっていた。
彼の得意とすることは魔法具や魔法陣の研究だった。
「これは、石ではなくて卵だな。遺跡の金庫の中に何百年も何千年も入っていたから、もう化石同然で孵る筈もないが、ここに描いてある魔法陣は古代のもので全部は判定できないが、どうやら時間を停止して中の生命が孵るのを封印してたものらしいな」
「封印を解くにはどうしたら良いんだ?」
「魔法陣を消せば封印は解けるという理屈になるが、さすがにそれは無理だろう。見た所ただの丸い化石と変わらないからな。それよりもこの魔法陣は王都の宮廷魔術師なら興味を持って高く買ってくれるかもしれんぞ。儂も興味があるから、写して書き留めておいた。じゃあな」
ロイはあまり仕事も忙しくなかったので、卵の化石の表面の模様を鑢をかけて削り落とした。
するとザラザラした表面がなんと艶々した本物の卵の殻のようになった。
ロイは炉のそばの温かい場所に卵を映して、熱が当たるようにしておいた。
「これで時間が止まる封印がなくなったから、何かが孵るとすれば孵るだろう」
ロイはそう呟くと農具の鍬を打ち始めた。
29冊目の本を薫は閉じてコメントを書くと女神に渡す。そして30冊目の本を掴んで……
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