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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
31/39

波紋斬撃剣 (未完)

この物語は28冊めの特殊書籍です。


 フィクトルは無精ひげだらけの顎を撫でながらその武具屋の入り口を潜った。

 場末の店で一流品とは程遠いものばかり置いているが、彼の懐具合に釣り合うのはここくらいしかないから仕方がないのだ。

 顔色の悪い人族の男がやや暫くしてから奥からぬーっと出て来てフィクトルを見上げるとちょっと驚く。

「あんたは確か騎士崩れのフィ……なんて言ったかな」

「フィクトルだ。騎士崩れじゃなく、騎士見習いだったってだけの話だ。実はこれ」

 そう言いながら腰に差した剣の鞘を外して逆さに振る。

 真ん中から折れた剣の残骸が床に落ちた。

「ご覧の通りだ。小型の猪の首を切り落とそうとしたら、獲物は無事に逃げて、剣の方が折れてしまった。長剣の安いのはないか?

 手持ちがあまりなくてな」

「いくら出せるんだい? そのタイプの長剣は騎士団の使ったもののお古しかないが、それでも良い値段はしますぜ」

「サイズが同じであれば、もう何でもいい。長年この長さで使って来たから間合いとか急に変えるほど器用じゃないんでね。予算は申し訳ないが……」

「……それだけじゃ……正直ないですぜ」

 店の親父は手を左右に振ってから、ちょっと下を向いたまま首を傾げたように見えた。

 そしてそれから奥の方にすーと消えて行って、暫くガサガサと何かを探す物音だけが響いた。

 そして、再び現れた親父の手に三振りの古ぼけた剣があった。

 ガシャガシャと目の前のカウンターに置かれた剣を指さして、親父は片手をすっと前に出した。

「これ三本とも持って行けよ。どれもいつ折れても不思議ないくらいのポンコツばかりだ。折れてもあと二本あるって感じで全部駄目になる前に稼いで良いのを買うようにしたらどうだ」

 フィクトルは三本とも鞘から抜いて中の剣を確かめた。

「まあ、鞘の方が値打ちがあるかもしれないくらいのレベルだ」

 最初の二本は錆びていたり刃が欠けていたりしてたが、三本目の剣は変わっていた。

「これは?」

「ああ、それか。先端の部分は普通の鉄剣だが途中で折れたものを後から継ぎ足したらしい。で、真ん中から根元に欠けて波紋がある。それがちぐはぐな感じで……要するにみっともないし、継いだところから折れそうで……使い物にはならんだろうってことだ」

 剣の下半分の表面に波のような模様があるが、上半分はあとから取って付けたようなただの鉄剣なのだ。 その結果全体的には非常にアンバランスな外見になっているのだ。

「分かった。この三本合わせてこれで良いのか?」

「良いも悪いも……もともと売り物にはならないからゴミのようなものなんだ」

「しかしこれはいったいどんな剣なんだ?」

 フィクトルは波紋のある剣を指して聞いた。

「それか……冒険者が持ち込んできたものだが遺跡で拾ったとか言ってた。だがどう見ても買い取るほどのものじゃない。鉄屑代だけで置いてってもらったもんだ。だがこの波紋の部分が気になるから鍛冶屋にやって潰して溶かすのも気が引けるし、結局このまま放っておいたもんだ。」

 後から考えると、この親父がそれほど目利きじゃなかったのが幸いだったのだ。

 フィクトルは壊れた自分の剣を親父にやって、僅かな金で三本の剣を手にして店を出た。

「この三本が駄目になる前に稼ぎまくってまともな剣を買わんとな」

 そう呟きながら彼は冒険者ギルドに向かった。


「聞いてないっ。こんなにゴブリンがいるなんてっ」

 フィクトルは一本目の剣は三匹目のゴブリンを切ったときに折れてしまったので、慌てて背中に背負った予備の剣を掴んだ。

 幸いそれは長く持って10匹以上切ることができた。

 ところが……

「カキーン」

 フィクトルは手元に半分に折れた剣を持って固まってしまった。

 そして目の前にいるゴブリンを見た。

 目の前にいるのは見たこともない大型種だ。

 ゴブリンの上位種は何種類か知ってるが、そのどれよりも大きく、ほぼオーガ並みの体格で体色も緑ながらもどす黒い。

 手に持っているのはフィクトルの背丈ほどもある大剣だ。

 フィクトルの全身がガタガタと震えた。

 本能的に敵わないと体が反応したのだ。

 震えながらも背中に背負った最後の剣を抜いて構えた。

「カキーン」

 と思ったら構えた途端に先端を切り飛ばされた。

 相手を見るとニヤニヤ笑っている。

 圧倒的な力の差を見せつけて遊んでいるのだ。

 絶望をしたフィクトルの目に自分の剣が見えた。

 ちょうど予想通り継ぎ足した部分がなくなっていて波紋のある下半分が残っている。

 けれど何故か微かにない筈の上半分が見えて来たのだ。

 しかもその半透明な幻の先端が伸びたり縮んだりして見える。

 その巨大ゴブリンは相変わらずニヤニヤしているから、奴には見えないらしい。

 そうかこの波紋剣は折れているんじゃなくて間合いが伸びる魔剣なんだ。

 フィクトルは波紋剣を大上段に振りかぶった。

 そして大きく前進すると気合を込めて振り下ろした。

「きえええええええっ!」

「ブシュッ」

 巨大ゴブリンはニヤニヤしたまま立っていたが、次の瞬間体が縦半分に割れて左右に分かれた。

「えっ?」

 フィクトルはゴブリンから討伐証明の為の部位を取ることも忘れ、夢中でその場から逃げ出した。

 そして別の場所で出会ったゴブリンを殺してクエスト達成のための最低数分だけ左耳を持ち帰った。その数5個だ。そして錆びた剣二本と棍棒3本だ。


「フィクトルさん、一応ベテランのDランカーなんですから、もう少し時間をかけて狩って来てくださいよ。戻りが早すぎます。

 まだ昼前ですよ。それにこんな錆びた剣とか汚い棍棒は持って来ないで下さい。

 新人じゃないんですから。こんなんで銅貨けちけち稼いだりしないでほしいです」

「いや……それが逃げて来たんだ。ずっと向こうの方からゴブリンが大勢いるのが見えて。物凄くでかい見たこともない上位種もいた。とてもじゃないが、命あってのものだからほうほうの手で逃げて戻って来たんだ。だけど今金がないから別の場所で五匹だけ殺して得物も持って来た」

 馴染みの受付嬢のメアリーは顔色を変えた。

「フィクトルさん、ギルド長の部屋まで来てください。お金がないんですね? 情報料貰えますよ」


 もとAランカーの冒険者だというギルド長のドルトンは傷だらけのスキンヘッドを片手で撫でまわしながら言った。

「それはユニーク種だな。下手したらキング並みの実力があるが、キングほどの組織力はない筈だ。突然変異だから下からたたき上げて進化してきたわけじゃない。それでも群れは20から30の間いたんだな?お前は見つからなかったのか」

「見つかってたら今ここにはいないっす」

「背中に何を背負ってる?」

「予備の剣の鞘……です」

「中身はどうした?」

「別の場所で5匹のゴブリン切ってる間に折れてしまいました」

「腰に差しているのは?」

「これも折れてますけど、なにもないと心細いので短剣として使おうと……」

「情報料を出すから中古でもう少しましなのを買え」

「はい」

 フィクトルはメアリー嬢を通して情報料を受け取ると、すぐさま退散した。

 宿に戻ると、腰に差していた鞘の先端を切って、文字通り例の波紋剣を短剣として使うことにした。

 その後、昼食後なぜかまだ日が高いのに疲れを感じて寝てしまった。


 気が付くと知らない部屋にいた。

 起き上がって部屋の外に出るとそこは山小屋のようなところで、あたりは見渡す限り険しく聳える断崖に囲まれた谷底のような場所だった。

「フィクトル、目覚めたか、この世界に?」

 背後から皺枯れた男の声がした。

 振り返ると波紋剣が柄を下にして地面に立っている。

「儂は波紋斬撃剣イルージオという。千年前に名工の手で作られた魔剣だ。

 しかしあまりにも強力な為、剣先に鉄を継ぎ足されて封印されてしまった。

 その封印をたまたま外してくれたので、儂はこうしてまた日の目をみることができるようになった。

 お前はゴブリンのユニーク種を斬ったとき、魔力や闘気を消費したので今は疲れて眠っている。

 ここはお前の夢の中でもあり、儂の精神世界でもある。 

 儂は所有者と夢を共有することができるのだ。

 但し、儂を武器にして魔力と闘気を使って戦ったあと眠ったときにのみここに来ることができるのだ。

 ところで、お前はどうしてゴブリンのユニーク種を倒したのが自分だとギルドに報告しなかったのだ?」

 ずっと話を聞いていたのが、急に質問されたのでフィクトルはとっさにこたえることができなかった。

「それは……そう言えばどうしてだろう?」

 そのボケに一瞬波紋剣がガクッと斜めに傾いた。

「そうすればお前の手柄になって、ランクアップも報奨金も思いのままになるではないか。名声も女も手に入るぞ」

「あーー、そういうのは偽物の名声だよね」

「なに?」

「だって、それはたまたまあんたを手に入れた俺が運よくあいつを倒しただけのことだろう? 俺自身が強くなったわけじゃない。俺が波紋剣の力で有名になったとしても空しいじゃないか。偽物のメッキはいつかは剥がれるもんだ」

「欲のない奴だな。だがそれでは困る。儂を使って貰わなくては儂が活躍できないし。折角封印が解けたのに眠ったままじゃ……そうだ。儂を使ってくれたら、お前に褒美をやることにしよう。この夢の世界で特別上等な女をあてがってやる」

「いやいや女が欲しかったら娼館に行くよ。最近そっちの欲もあまりなくてな。心の優しい女と所帯を持つのも良いかなとは思うが、夢の中で女房を持っても空しいだけだろう」

「なにかしたいこと、見たいこととかはないのか?」

「見たいこと? そうだなぁ……俺は地味に生きて来たし、あまり人付き合いも良い方じゃないから、他人と会食したことがないんだ。だから外食はほとんどしない。どうだろう、夢の中で一流の御馳走を食べ放題ってのは?」


「よし、それだ。お前が儂を使うたびに、お前に褒美として美味しいご馳走を夢の中で食べさせてやろう」

 フィクトルは頷いてみせたが、腹の中ではこう思った。

 そう頻繁に波紋剣を使う訳がないだろうっ。

 そんなことをすれば目立ってしまって、すぐに波紋剣のことがばれてしまう。

 こんな魔剣の存在がばれたら大変なことになる。最悪俺は殺されて剣を奪われるだろう。穏やかな日常が一番良い。


 目が覚めたら早速中古の剣を買い求めた。腰に短剣と長剣の両方を差して一息をつくと、手持ちの金がなくなったことに気づき、宿代食事代を稼ぐ為にギルドに急いだ。


 ところがギルドでは上へ下への大騒ぎになっていた。

 ギルドの招集でゴブリン討伐に向かった上位ランカーの中のCランクパーティの鉄の翼が大金星をあげたのだという。

 鉄の翼は三兄弟で作ったパーティで、長兄のヴォルトラ、次兄のヴォルぺス、末弟のムステラムが中心になっている6人パーティだ。

 Cランクといえば名人級の実力者揃いの筈だが、どうもこのパーティの評判はあまり良くない。

 パーティリーダーの長兄ヴォルぺスは人を騙すというし、次兄のヴォルトラは獲物横取りの噂がある。

 末弟のムステラムは斥候を得意とするが人の弱みを握って強請りをするという。

 結果を出す為なら手段を問わないところがあるので、他の冒険者からは忌避されているのだ。

 森に討伐に向かった中で彼らは別行動をとったが、他のメンバーは逆にほっとしていたそうだ。

 一緒に行動したくない嫌われ者だからだ。

 だがその鉄の翼がゴブリンのユニーク種と遭遇し、これを討伐したというのだ。

 但し他の並みのゴブリンは全部一太刀で倒したのに、ユニーク種は細切れに原型が残らないくらいに切り刻んであったという。

「相手が相手だけにヒット&アウェイで少しずつみんなで切り刻んで行ったのさ」

 リーダーのヴォルぺスは得意げにそう言った。

 他の冒険者たちは首を傾げながらも実際にユニーク種の死体があるからそういうことだと認めるしかない。

 ヴォルぺスはフィクトルの姿を見つけると近づいて来た。

「おい、フィクトル。お前がゴブリンの群れを見つけたそうだな」

「はい……」

「他に誰かに会わなかったか?」

「いえ……誰にも。見つからないように逃げるのに精いっぱいでしたから、特に気づきませんでした」

「そうか……なら良いんだ」

 ヴォルぺスはクエストを探しに掲示板に向かうフィクトルの背を見ながら呟いた。

「あの野郎。誰かを見てるな。何か隠し事をしている顔だった」

「兄貴……誰を見たって言うんですか?」

「しー、静かにしろムステラム。ユニーク種を縦に両断した凄い奴をあいつは見てる筈だ。たぶん相手は貴族かだれかだろう。どこかの騎士団長とかな。どちらにしろ金に困らない人間だ。しかも通りすがりでゴブリンのユニーク種を殺しても特に何とも感じないほどの凄腕だ。ハエでも潰す感じで殺したんだろうよ。だからそっち方面からばれることはない。問題はあいつだ。フィクトルの奴俺の目を見てなかった。きっと見てる筈だ。いかにも腕の立ちそうな剣の使い手を。何かのときにふと漏らさないともかぎらない。分かってるな?」

「つまりこれですか?」

 二人の間に入り込んで自分の喉を手でカットする仕草をしたのは次兄のヴォルトラだった。

 

 そこへパーティメンバーの三人がやって来た。

「リーダー、フィクトルの奴この遅い時間にフォーレストウルフの討伐クエストに出かけましたぜ」「そうです、今からですぜ」

「そいつは幸いだ。俺たちはわざと別の門から出て追いかけようぜ」

 ヴォルぺスはニヤリと笑うと顎で他のメンバーを促した。

 

 誰かに後をつけられていると感じたが、鉄の翼のメンバーに森の中で囲まれたとき、やっぱりと思った。

「おい、フイクトル。お前実はゴブリンのユニーク種をやったのは誰か知ってるだろう」

「はい、知ってます」

「誰だよ、それは?」

「鉄の翼の皆さんです。誰でも知ってますよ」

「ふん、嘘をついても俺には分かるんだ。俺たちがやったんじゃないって知ってんだろう」

「……はい」

「やっぱりな。今度は嘘をついてないな。で誰なんだ」

「それは言えません。勘弁してください」

「まあ、言いたくなければ無理には聞かねえ。どっちにしろお前には死んでもらうからな」

「えっ、どうしてですか? 勘弁して下さいよ。俺は何も喋る気がありませんよ」

「その言葉を信じたとしても、お前を生かしておけばグッスリ安心して眠ることはできねえんだ。(メンバーに)全員で一太刀ずつやるぜ。全員で殺すんだ。そうすれば口は固くなる」 

 武器を抜いて構えた鉄の扉の面々を見て、フィクトルは何故か腰の短剣の方を抜いた。

 メンバーの一人がそれを見て嘲笑った。

「おいおい相当慌ててるな。長剣を抜かずに短剣で俺たちの相手をしようとしてるぜ」

 だがフィクトルは急に地面に身を伏せるようにすると大声で叫びながら波紋剣を振り回した。

「波紋斬撃剣!」

「「「ああ?」」」

 鉄の翼のメンバーは何をされたか分からなかった。

 取り囲んだ輪の中心で短い剣を振り回しただけなのだから。

 誰も毛ほどの傷も受けていない……筈だった。

 だが次の瞬間6人全員がその場に崩れるように倒れた。

 気が付くと全員両足の足首から先を切り落とされていたのだ。

 勢いよく血が噴き出て、全員蒼白になって体を震わせた。

 痛みと恐怖が彼らを襲う。

 そして遠くの方から血の匂いを嗅ぎつけて魔獣の吠え声が近づいて来る。

 フォーレスト・ウルフだ。

「「「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇぇ」」」

 フィクトルはその場から静かに立ち去った。

 それでも何匹かは追いかけて来たが、彼にたどり着く前に体が真っ二つに斬られることになった。

「駄目だ。これ以上この剣を使うと気を失ってしまう」

 ふらふらしながらフィクトルは短剣を鞘に納めてから長剣でウルフたちの相手をした。

 討伐証明の尻尾を5本集めるとやっとの思いで森から抜けて街を目指して歩いた。

 鉄の翼が倒れている辺りからは激しい唸り声や叫び声が響いていたが、フィクトルは聞かないようにして必死に足を動かしていた。

 

 彼はギルドに寄るとフォーレスト・ウルフの尾を5本メアリー嬢に出して討伐クエスト完了の報告をした。

「フィクトルさん、顔色が悪いですね。大丈夫ですか?」

「ああ、一日に二回も森に行ったんで、さすがにスタミナが切れたらしい。明日また来るからその時に報奨金を貰う。それで良いかい?」

「分かりました。では早くお休みくださいね」


 そして宿に戻るとすぐに部屋のベッドにダイブして墜落睡眠に入ったのだ。

 夕食もとらずに朝まで寝たという。

 そしてその晩早速夢をみたのだ。


フィクトルは例の小屋の中にいた。

目の前の床には剣先を上に向けて波紋剣のイルージオが立っていた。

「やあ、フィクトル。約束通り俺を使ってくれたから、褒美として美味しいご馳走を夢の中で食べさせてやろう。これからいくつかお前は夢を見る。しかし残念なことに時代も世界も今ではなくここではない。時と空間を超越して別世界の別の時代のご馳走を食べることになる」


 そして山小屋も魔剣イルージオも消え、


フィクトルは円盤状のテーブルに並べられた中華料理を食べていた。

食べるごとに可愛い娘がすぐそばで、その料理の説明をする。

まさに山海の珍味を堪能した。今まで食べたことがない者が殆どだったが、味はしっかり覚えた。



 そこで急にフィクトルは小屋の中にいる自分に気が付いた。

「 目が覚めると満腹感は消えて、味だけしっかり覚えている。便利だろう?だからいくらでも食べられる」魔剣イルージオはそう言って笑った。

「じゃあ、次に行ってみよう」


今度はフランス料理だった。

コース料理でフォークやナイフの持ち方が間違ってるときは、可愛い娘が手を添えて指導してくれた。

時には直接口に食べ物を入れてくれることもあった。

味も良いが、こういうサービスも楽しくて彼は十分満足した。


 フィクトルは頭を振った。

 すると今度は山小屋の中ではなく、宿の部屋のベッドの上で目覚めていた。

 もう朝になっていた。

 朝食を済ませてからギルドに行くとなにやらざわざわと騒がしい。

 受付嬢のメアリーさんに聞くと、フォーレスト・ウルフの討伐クエストの報奨金を渡しながら、声を潜めた。

「例の鉄の翼が昨日酒盛りをするのではないかと思ったら、街を抜け出して行方不明になってしまったの。かなりの収入があったから、普通他の冒険者にも酒をふるまうのが慣習なんだけれど、口の悪い人はその金も惜しくて酒盛りをせずにどこかに雲隠れしたんじゃないかって」

 そこへ冒険者のおっさんが口を出して来た。

「あいつらがゴブリン・キング並みの大物を6人だけで仕留めるなんて眉唾物だ。きっと別の人間が討伐した死体を自分たちの手柄にしたんじゃないか? やったのはたぶん相当な凄腕で貴族かなんかで金に困らないような人間だ。別に手柄を欲しいとも思わなかったからそのままにして去ったんだが、それをさも自分達がやったように騒いだから、気に障って彼らを呼び出してバッサリとかやっちまったんじゃないか?」

 すると周りにいた冒険者たちが、みんな頷く。

「「「それが一番濃厚な線だ」」」

 そこへ数人の冒険者が慌てて駆け込んで来た。

「大変だ。鉄の翼が全員森で死んでいたぞ」

「狼に食われていたけれど、その前に剣で足を切られた跡があった」

「持っていた金もそのままあったから。切ったのは盗賊じゃなく、金に困ってない凄腕の剣士だ」

「Cランクパーティを一人で倒すなんて貴族の剣士じゃないか?」

「どうして一人って分かる?」

「足跡が6人以外一人分しかなかったからだ」

「とにかく肉体の損傷が激しい。フォーレスト・ウルフに食われたらしい。歯形が残ってた」

 それぞれが口々に言ったが、それで大体の様子がわかった。

 要するに鉄の翼は全員あの後フォーレスト・ウルフに食われてしんでしまったのだ。

 そしてみんなの憶測の中で正しいのは、ゴブリンのユニーク種を倒した者が彼らを斬ったのではないかという部分だ。

 それがフィクトルだとは誰も思わないだろうが。

 だがフィクトルは用心することにした。

 彼は森の間伐という、木こりの仕事をクエストで請け負うことにした。

 しばらく魔獣や魔物の討伐せずに、魔剣イルージオを使うことを考えた。

 それが間伐のクエストだった。

 

「お前さん、木こりの経験はあるのかい?」

「木は切り倒したことはあります」

「間伐材と言っても直径40cm前後はあるんだぜ。それを斧か鋸で切り倒すんだが、道具はあるのかい?」

「これで切り倒します」

 フィクトルは、魔剣イルージオを見せた。

「おいおい、そんな物を使えば一本切り倒す前に刃がボロボロになるぜ」

「なりません」

 フィクトルは、そこに置いてあった直径50cmほどもある丸太のところに行って、魔剣を大上段に構えると軽く振り下ろした。

 たったそれだけで、丸太は綺麗な断面を見せて、真っ二つに切れた。

 木こりの親方は口を全開して、フリーズした。

「嘘だろう、たった一振りでスパッと切ってしまうなんて」

「ただ、どの木を切るか分からないので」

「ああ大丈夫だ。切って欲しいのには印がついている。倒れる方向を考えて切ってくれよ。というか、方向も印をつけておくから、人を近づけないように切り倒してくれ。目標は100本だ。普通は10本だが、謝礼は10倍払うからその調子で斬ってくれ」


薫は28冊目の本を閉じた。コメントを書いて女神に渡し、次に29冊目の本を開いた。


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