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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
3/39

ОL転生 (未完)

これは特殊書籍の2冊目です。

新人OLだった私は、なぜか訳もわからないまま、上司について取引先のお偉いさんとの食事会に参加していた。途中で上司はトイレに立ったきり戻ってこず、密室になった場所で、私はその相手から凌辱された。


「商売女はつまらない。素人だからゾクゾクするんだ」


相手はそう言って、傷ついて倒れている私に札束を投げつけた。私は処女だった。けれど、あれは暴力であり、残酷なレイプだった。


そのことを思い出すたび、私は気を失いそうになる。弁護士に相談しても「訴えても無理だ」という。上司はグルで、相手に有利な証言をするだろうし、言った言わないの争いになれば、証拠がないからだ。札束は受け取らなかったが、相手は渡したと主張するだろう。つまり、「両者合意の上の売春行為」にされるというのだ。


その後、私はPTSDになり、食事も喉を通らなくなって会社も辞めた。心療内科に通い、カウンセリングを受けても、一向に改善されず、お金と時間だけが過ぎていく。そしてぼんやりと横断歩道を渡ろうとしたとき、赤信号を無視して走ってきた大型トラックが目の前に迫ってきて……。


気がついた時、私は全く別人の、しかも西洋人の子供になって、見知らぬ森の中にいた。これが異世界転生だろうか?そして、この年齢になって初めて前世の記憶が蘇ったのだろうか?


でも、この体の生まれてからの記憶はどうなったのだろう。私の服は血で汚れている。明らかに刃物で斬られたような生地の裂け目があり、そこに一番血糊が多い。しかし、その下の皮膚は無傷だ。


きっと、この体の持ち主は誰かに殺されたのだ。そして死んだと同時に私の魂が憑依し、転生時の特典として新しい肉体を修復してくれたのだろう。


この体の持ち主のことを調べるため、私は「ステータスオープン」とダメもとで言ってみた。すると、目の前の空間にステータスのスクリーンが現れた。


『アリサ・ガーネット(三浦亜里沙)

年齢:10歳(23歳)

レベル:L3

スキル:光魔法L1

ヒールL1、ライトL1』


この子は光魔法の持ち主だったんだ!アリサって、私の前世の名前と同じだ。もしかして、私は死にかけたけれど、自分自身にヒールをかけて回復したってことなのかな?


ただ、私は斬られた時のショックで、これまでの記憶を全部失ったという設定にしなくてはいけないだろう。


それにしても、私は血だらけだ。早く誰かに保護してもらわなければ、このままでは生きていけない。こんな女の子でも、襲われたらひどい目に遭うに違いない。そのことを考えると、全身が硬直して息苦しくなった。だめだ。前世の記憶と一緒に、PTSDも持ってきてしまっている。


こんなことをしている場合じゃない。早く人里に行って、自分のことを知っている人に会わなくては。この森の中にいれば、肉食獣に襲われて終わりだ。幸い、アリサ・ガーネットとしての鮮明な記憶は蘇らないものの、体に染み付いた本能的な記憶は残っていて、この世界の言語も自然とわかるようだった。森の中にいても、方角や土地勘があって、自然と人里の方に向かっている。


すると、全然違う方向から笑い声が聞こえた。5人の若い男女が出てきて、ちらりとこちらを見たが、まるでゴミでも見たかのように目をそらし、再び仲間の方を見て笑っていた。彼らは十代後半に見えた。私の体は血だらけで、保護が必要な年齢のはずなのに、彼らはそんなことは関係ないというように、再び談笑しながら去っていった。


彼らは一体何者だろう。武装したパーティのようだが、日本語で話していたみたいだ。


ふと彼らが出てきた方向に何かを感じて、私は近づいてみた。そこには虫の息になっている、身長3メートルほどの魔物モンスターがいた。必要以上に手足を切られて、喉からは血の泡が吹き出し、呼吸も苦しそうだ。顔は血まみれでわからないが、頭部の二本の角を見ると、鬼人のようだった。胸当ての鎧や籠手、膝当てを見ると、魔物といえども一端の武人の雰囲気があった。その鬼人のものと思われる特大サイズの剣は、途中で折れて地面に落ちている。


なぜ若者たちは、止めを刺さずにこんなふうに苦しませているのだろう。その姿が、前世で凌辱されたときの私自身に重なって見えた。


「ヒール。せめて助からなくても、この者に安らかな眠りを」


その瞬間、私の頭の中に声が聞こえた。


『光魔法のスキル、無痛を獲得しました』


鬼人の眉間のシワが薄れ、穏やかな表情になった。L1のヒールだったが、喉の傷は塞がり、呼吸も雑音がなくなった。しばらくすると、鬼人の呼吸が止まり、再び脳内アナウンスが流れた。


『オーガ・キングのドルゴランより、スキルの継承の意思がありました。これよりスキルを継承させますが、よろしいですか? yes / no』


私は思わず「yes」を選んだ。身を守るためのスキルが欲しかったからだ。何かが体の中を探るような感覚があったが、やがてまた声が聞こえた。


『ドルゴランの73個のスキルのうち、3個だけが継承可能になりました。他の70個は、被継承者であるアリサの肉体が脆弱であるため、継承不可となります』


体全体を巨大なバイブレーターで振動させられるような衝撃が、波のように3度私を襲った。


『選んだスキルは超怪力、重力操作、亜空間防御の3つです。これらのスキルはそのままの形では継承できないため、亜空間結界の中に超怪力と重力操作を合成させ、亜空間外殻膜という一つのスキルに改良しました』


なんだかよくわからないけど、「外殻膜」という言葉が、私の体を包んで守ってくれるような感じがした。このスキルを意識すると、目に見えない空気の膜が体表を覆っているのがわかった。


私はすぐそばの大木の幹を拳で殴ってみた。すると、大木の幹が揺れて、頭上からたくさんの葉が落ちてきた。殴った拳は分厚い手袋をはめているかのように、痛みはなかった。


色々試しているうちに、この亜空間外殻膜というスキルの詳細がわかってきた。まず、この膜は私が意識するかどうかにかかわらず、外部からの衝撃を緩衝する役割がある。そして、私自身の筋力を外側から補うことで、超怪力を生み出す。それだけでなく、この膜を形成している亜空間は重力を調整する働きがあるため、私自身の体重も自由に変えられるのだ。


例えば、体重を半分にして力を2倍にすれば、ジャンプしたり走ったりするとき、4倍の効果が生まれる。実際に飛び跳ねてみると、5メートルも高い木の枝に飛び乗ることができた。


私は、人間の動きとして不自然にならない範囲で、体重を軽くし、脚力を少し強めて人里の方向に走った。風を切るような速さで疾走することができた。


「「アリサお嬢様ーっ!」」


私の名前を呼ぶ複数の声が聞こえ、自分が行方不明で捜索されているのだと分かった。



私を捜しに来たのは、ガーネット男爵家の使用人たちだった。その中のマリアという16歳の娘が、私の専属メイドだという。


屋敷に連れ帰られてから、私は用意していた説明をした。「自分の名前がアリサ・ガーネットだということ以外、何も思い出せない。気がついたとき、体が怪我をしていたので、自分でヒールをかけて治した」と。


誰かが私を襲って殺そうとしたが、放置しておいても死ぬと思って立ち去ったのだろう。


マリアは私が記憶喪失であることを知ると、私の立場を教えてくれた。

「アリサお嬢様は、男爵様には5人いる庶子のうち、唯一の未成年です。先日亡くなったお祖父様の遺言で、お嬢様には100万リラが渡されることになっています。他の4人の庶子にも同額の100万リラが渡されます。つまり、庶子には500万リラが等分に分けられるのです。問題は、直系のお子様たちも、お嬢様を含む庶子たちも、爵位を失って平民になってしまうことです。男爵位は3代で失われます。お祖父様は事業で大儲けをしましたが、国への貢献がなかったので、富だけが残ったのです」


そして、私が斬られた件については、彼女の想像通りだった。

「おそらく、庶子の誰か、あるいは全員がお嬢様を殺せば、その分の遺産が増えることを期待して犯行に及んだのだと思います。私が目を離した隙にお嬢様がいなくなったので、彼らに拉致されたのかと……。大変申し訳ありません。今後は護衛の騎士をつけるようにします」


庶子たちはすでに成人しており、平民として屋敷から離れている。彼らの仕業であることは明白だが、証拠がないので罪に問うことはできないという。なんとも物騒な世界に転生してしまったものだ。命が狙われていると知って、私は胸が苦しくなり、呼吸ができなくなった。マリアは、遺産の分配が行われるのは数ヶ月後になると言った。


そこで、私は一計を案じた。


数ヶ月後に受け取る100万リラの運用について、銀行員を呼んで取り決めを行ったのだ。

「私が遺産を受け取ったら、毎月大銀貨1枚(1000リラ)が普通口座に入るように、定期預金を組んでください。定期預金は最長80年にして、その次は79年11ヶ月というように、月刻みでお願いします。もし私が途中で死亡した際は、定期預金と普通預金を合わせて複数の孤児院に寄付します。そして、担当のあなたと私の間でそのことを魔法契約してください。担当が変わるたびに、契約を更新します」


この取り決めによって、100万リラを受け取った後は、私が命を狙われることはなくなるはずだ。遺産というものは、油断するとすぐに使い果たしてしまう。だから、男爵家の保護下にいるうちから、毎月年金のように1000リラだけ使えるように決めたのだ。15歳で成人したときに男爵家を出て平民として生活する際も、この年金に加えて、自分で仕事を見つけて稼ぐ必要がある。


1000リラは、日本円でいうと10万円くらいだ。不労所得としてそれだけあれば、あとはなんとか稼ぐ方法を見つければ、一人で生活していける。最低80年間は年金が当たるので、平民としては恵まれた身分になる。


私はマリアから、遺産を受け取るまでは屋敷から出ないように言われていた。仕方なく、男爵家の書斎で本を読ませてもらうことにした。部屋の外には護衛の騎士が交代で立っていて、拉致されることのないよう見張っている。


しかし、私が我慢できたのは最初の一ヶ月だけだった。屋敷まで馬車で運ばれたとき、街の様子を窓からちらっと見ただけだったのが、ずっと心に残っていたのだ。


そこで私は、こっそり使用人の服を借りて、マリアにも内緒で屋敷を脱出することにした。午後は読書の時間に充てていたので、部屋には誰も入ってこない。服を着替えると、2階の窓から飛び降りた。もちろん、そのときは体重をできるだけ軽くして脚力を強め、楽に安全に着地した。そのまま裏庭に出て、高い塀を一跳びで越えた。


私は体重を軽くして歩いたので、足音はほとんどせず、普通に歩いても忍び足と同じ効果だった。最適なバランスを考えながら街中を歩いていると、いつの間にか裏通りに出ていた。


人影が見えたので避けようとすると、あちこちから男たちが現れ、退路を塞がれてしまう。男たちのニヤニヤした顔を見ると、次に何が起こるか予想できてしまい、自分はいったい何をしていたのかと自己嫌悪に陥った。男の一人に腕を掴まれたとき、もう抵抗する力もなくなり、体重も筋力も元通りになって、言いなりに連れて行かれた。


さらに奥まった路地から怪しげなドアの中へ引き込まれ、彼らのボスらしい男の前に出された。そのときの私は、呼吸が苦しくなり、周囲を見ることも立っていることもできなかった。


「親分、これは上玉ですぜ。それに処女だし」


腕を掴んでいた男がボスにそう言った。私はもはや立っていることすら叶わないほど苦しかった。呼吸ができないのだ。


ボスが私を観察し、言った。

「見て調べたのか」

「いや……じゃあ、調べますか?」


男が私のスカートに手をかけたとき、私は叫んだ。


「ひっ、ひゃいっ!!」


なぜかボスは男をやめさせて言った。

「やめろ。見るまでもない。そのガキはすでにやられている。売っても二束三文だ」

「えっ? まだ、ガキじゃねえですか」

「俺はそういうのを何人も見ている。年齢は関係ない。酷いやられ方をすると精神がおかしくなって、反応が普通とは違ってくる。売り物にならねえ。捨ててこい」


すると、部屋の隅にいた顔に傷のある男がゆっくりと歩いてきた。

「へっへっへ、どうせ売りモンにならねえなら、あっしが壊してもいいですかい?」

「勝手にしろ。どうせ生かしておいても面倒のもとだ」


ボスの言葉で、その男は私を担ぎ上げ、暗くてじめじめした階段を下りていった。私が投げ出されたのは古びた毛布の上だった。男がズボンを下げるのを見て……私は自分の悲鳴を聞いた。それがスイッチになったかのように、私の亜空間外殻膜が発動した。


しかし、それは私の意志ではない。薄れゆく意識の中で、脳内アナウンスが流れた。


『亜空間外殻膜スキルの宿主の意識が混濁しているため、スキルの執行をスキル自身が代行します』


気がつくと、私は路地裏に出ていた。表通りに出て、まっすぐ男爵邸に向かう。気を失っていた間も、私の体は動いてあの場所から脱出したらしい。


屋敷に戻ったのが予定の時間より遅かったので、マリアが部屋で恐ろしい顔をして待っていた。

「アリサお嬢様、今窓から入って来られましたね? どういうことですか? 2階なのにどうやって? お茶の時間になったのでここに来たら、お嬢様はいないし、窓は開けっ放し……。そもそも、どうやって外に出られたのですか?」


私は仕方なくマリアに本当のことを言うことにした。

「そういうことで、私は亜空間外殻膜というスキルを身につけてしまったの。体重や筋力を調節できるから、窓から飛び降りたり、跳び上がったりできるようになるの」


マリアは黙って私の話を聞いていたが、小声で言った。

「お嬢様、そのオーガ・キングのドルゴランという鬼人は、魔人国の四天王の一人です。そして、あのとき見かけた若者たちは、半年前にこの王国で召喚された勇者たちだと思います。魔人からスキルを継承したなどと国に知られたら、どんな扱いを受けるか分かりません。このことは決して誰にも話さないでください」


新しい力のことも隠すように念を押された。それから2時間ばかり説教をされたが、男爵には報告しないと約束してくれた。その後、私は遺産相続までは、この屋敷を出ることはなかった。


ガーネットタウンにも裏社会があった。きちんと組織化されたものではないが、少人数で構成され、王都の裏社会とも繋がっている。


俺はカルロス。この町の頭をやっている。昼過ぎ、ニールたちが裏通りで捕まえたという10歳くらいの女の子を連れてきた。


「親分、これは上玉ですぜ。それに処女だし」


そのガキは尋常じゃないくらい怯えていた。

「見て調べたのか」

「いや……じゃあ、調べますか?」


ニールがガキのスカートをめくろうとした。そのガキの異常な様子に、俺は手を上げて制した。


「やめろ。見るまでもない。そのガキはすでにやられている。売っても二束三文だ」

「えっ? まだ、ガキじゃねえですか」

「俺はそういうのを何人も見ているんだ。年齢は関係ねぇ。酷いやられ方をすると精神がおかしくなって、反応が普通とは違ってくる。売り物にならねぇ。捨ててこい」


すると、隅にいたジャンクがむっくりと起き上がり、舌なめずりをした。

「へっへっへ、どうせ売りモンにならねえなら、あっしが壊してもいいですかい」

「勝手にしろ。どうせ生かしておいても面倒のもとだ」


ジャンクは異常性欲者で、女を苦しめて殺すのが趣味だ。付き合いたくないが、腕が立つので手元に置いている。


地下室に連れて行った後、ガキの悲鳴が一度だけ聞こえたが、その後は静かになった。いつもならもう少し叫び声が続くはずなんだが……。俺はニールに命じた。

「見てこい。様子が変だ」


ニールたちが地下室に下りて、すぐに慌てて戻ってきた。

「親分っ、ガキがいません。で、ジャンクが倒れてます」


俺は信じられずに下に下りた。ジャンクは下半身をむき出しにしたまま、横向きに倒れていた。左の頬には小さな手の跡が赤くついている。首が右側に傾き、口から泡を吹いているのが気になった。一体どんな馬鹿力で叩かれたんだ?


だいぶ経ってからジャンクは目を覚ました。ズボンを下げたまでは覚えているが、その後のことは分からないという。首の痛みを訴え、下半身が痺れているらしい。歩けないことはないが、もう奴は使い物にならないだろう。難癖をつけてお払い箱にした。


だが、あのガキは一体何者だ。簡単に捕まえられたくせに、一瞬で王都でも名の知れた『壊し屋ジャンク』を廃品にしてしまうとは。俺はニールたちにそのガキのことを知らせて、手を出すなと命令した。見かけによらず、人外の化け物だったってことだ。とにかく、近づくな。


そして、いよいよ明日が遺産を正式に受け取る日になった。部屋で寝ていると、いきなり口を塞がれた。3人の若い男たちに縛られ、壁に開いた四角い穴の中に運ばれる。こういうとき、なぜか私は息苦しくなって、まるで仮死状態の蜘蛛のように体が硬直し、動けなくなるのだ。


穴の開いた場所は、以前はクローゼットがあったところで、横にずらされていた。こんなところに隠し通路があったとは知らなかった。この部屋は別の庶子の個室だったと聞いたことがあるが、その知識があったから、彼らは以前も私を連れ出したのだろう。


出口はゴミ箱で塞がれていて、そこをずらすと裏庭に出た。もう一人の男が見張っていた。

「よし、誰も気づいていない。連れて行くぞ」


裏庭の塀の下には、藪で隠された穴があり、そこから彼らは出入りしていた。塀の外に出ると、4人とも服は泥や植物の種で汚れていた。だが、私はネグリジェのままだったが、外殻膜のおかげで綺麗なままだった。


おそらくこの4人は例の庶子たちなのだろうが、私は顔を知らない。記憶喪失の設定なので、知らないのも不自然ではない。


やがて私は森に連れて行かれた。前回と同じ場所だ。だが、彼らは知らないのだろうか?この森が、獣や魔物が徘徊する危険地域だということを。前回はオーガ・キングがいたので他の魔物は遠ざかっていたが、もうドルゴランはいないのだ。


案の定、彼らが気づいたときには、周囲を囲む獣の気配がしていた。その怪物は虎のように大きかった。身長10歳の私から見れば、セントバーナードくらいの大型犬ほどの大きさだろうか。その背中は、ほぼ私の肩の高さまであった。短い毛が生えているが、ところどころ鱗が見える。口はワニのように大きく、目は赤い。足は長く、鋭い爪が生えている。30cmほどの長い舌をヘビのように出し入れし、尻尾は鱗で覆われている。


爪牙獣そうがじゅうデンテステゴーラスだ!」


誰かが叫んだ。

「まずアリサを殺せ」「馬鹿、放っておけば奴らに食われる。それより力を合わせてここから逃げよう」

「うわあああ、何をするシェルドン!」


シェルドンという男が、他の3人を次から次へと剣で斬っていく。不意を突かれた3人は呆気なく倒れて苦しみもがいた。


「お前らはこいつらの餌になって、俺がその間に逃げて500万リラを総取りするのさ」

「き……貴様ぁ、汚いぞ!」


シェルドンは怪物の輪からいち早く逃げ出した。怪物たちは血を流して倒れている3人に群がり、生きたまま噛みつき、食いちぎり始めた。聞くに堪えない断末魔の悲鳴が響く。


その後、怪物たちの半数が私の方にやって来た。私は噛みつきから逃げようとした。いくら外殻膜があるとはいえ、強い力で噛み砕かれれば、私の体も持たないだろう。待てよ。助かる方法はないか?


相変わらず体が硬直して使い物にならない状態だが、私は考えた。噛みつかれても、スルリと避ける方法はないのかと。


そのとき、脳内放送が響いた。


『亜空間外殻膜の摩擦係数を0にして、誰にも噛みつかれない回避のスキルを手に入れました』


えっ? 摩擦係数0? そうか。噛みついても、スルリと滑って避けてしまうスキルなんだ。私は体重も軽くしたので、風船のようにフワフワと怪物たちの間から体ごと逃げていく。まるでウナギのように捕まえづらく、蝶のようにフワフワと逃げていく。怪物は私を諦めて、シェルドンが逃げた方に鼻先を向けた。3人を食べている半数を残して、残りの半数がシェルドンを追い始めた。遠くで彼の叫び声が聞こえた気がした。


私は長い間、その場でフワフワと漂っていた。時々思い出して怪物が飛びかかってくるが、スルリと避けてしまうので捕まえられない。噛みつくことも引っ掻くこともできず、やがて諦めてしまう。


ようやく体が動くようになり、呼吸も落ち着いたので、辺りを見回した。庶子たちの残骸が地面に散らばっている。私は夜の闇の中を見渡した。怪物たちはまだ名残惜しそうにうろうろしていたが、私を襲うことはとうの昔に諦めていたようだ。


私は背筋を伸ばして立ち上がると、目を凝らした。すると、森の中がはっきりと見えてきた。


『亜空間外殻膜の集光作用が働き、暗視スキルが生まれました』


私はまっすぐ男爵邸に向かい、猛スピードで帰路を急いだ。塀を乗り越え、裏庭のゴミ箱をずらして抜け道を通り、自分の部屋に戻ってクローゼットを元に戻した。そして、すぐに眠りに落ちた。


翌朝、男爵邸に遺言執行人がやって来た。


「今、この時間に集まった者に対して遺産の分配を行う。遺産を受けるのは指定された本人だけであり、その血縁者や身内ではないものとする」


集まったのは、ガーネット男爵夫妻、長男のミゲル、次男のサミエル、長女のリーラ、そして私アリサだけだった。


「まず、すべての不動産は屋敷以外は売却済みで、現金に替えてあります。その額は1億リラ。うち4000万リラはデリース・ガーネット男爵に、3000万リラは長男のミゲル・ガーネットに、1500万リラは次男のサミエル・ガーネットに、1000万リラは長女のリーラ・ガーネットに授けるものとする。さて、残りの500万リラについてだが、ここにいる庶子の中で等分せよとある。だが、ここには最年少のアリサ・ガーネットしかおらぬようだが……」

「待ってくれ!」


途中で入ってきたのは、人に支えられて包帯だらけの男だった。

「俺は庶子の最年長のシェルドンだ。500万リラは俺がそっくりいただく」

「何を言ってるんだ? アリサの姿が見えないのか? 他の3人はどうした?」


そう言ったのは男爵その人だった。

「何を馬鹿なことを……アリサだって? えっ、どうしてお前がそこにいるんだ?」


シェルドンは私の姿を見て驚いていた。だが、私としてはシェルドンが生きていたことに驚いていた。シェルドンは私を拉致したことには触れず、すぐに別のことを言った。


「父上、他の3人は私を森に呼び出して亡き者にしようとしたのです。少しでも遺産の分け前を増やそうとです。ですがそのとき、爪牙獣デンテステゴーラスの群れが現れて襲ってきました。俺は必死に他の3人も助けようとしましたが、彼らは俺を殺すことばかり考えて、そのせいで隙が生まれて怪物たちに殺されました。俺も深手を負いましたが、ようやく逃げてきたのです」


男爵はさらに聞いた。

「ふむ。それで先ほどアリサを見て、どうしてそこにいるのだと言ったのはなぜだ?」

「そ……それは、彼らがアリサをすでに手にかけたと言っていたからです。でも無事で良かった」


そう言いながら、シェルドンは私を睨みつけるようにした。余計なことを言うな、とでも言うように。

遺言執行人は遺産分配についての宣言を続けようとした。

「「待って下さい」お願いです!」

二人の女性が駆け込んできた。一人は若い娘でもう一人は中年女性だ。

「私は庶子アランの妻です。アランは昨日から家に戻って来てません。何かあったのかと思いますが、私が代理で遺産を受け取ることはできませんでしょうか?」

「私は庶子ロイドの母親です。男爵様もご存じのはずですね。ロイドが死んだと聞きました。遺産はその場合頂けないのですか?」

遺言執行人は厳然と答えた。

「知っての通り、本人が生きている場合でもこの場に現れて遺産を受け取るのでなければ、その意志がないものと見なして権利のある者の中で等分に分けられることになる。従って500万リラは庶子シェルドンと庶子アリサで等分に分けて250万リラずつ分配するものとする」

これを聞いてシェルドンは喜んだが、二人の女性は肩を落として失望していた。


遺言執行人は宣言を続けた。

「……知っての通り、本人がこの場に現れて遺産を受け取らないのであれば、その意思がないものとみなし、権利のある者の中で等分に分けられることになる。従って、500万リラは庶子シェルドンと庶子アリサで等分に分けて、250万リラずつ分配するものとする」


これを聞いてシェルドンは喜んだが、二人の女性は肩を落として失望していた。


例の銀行員が待ち構えていて、遺産の処理について私のところに来た。

「今日は銀行の係が総出で来たのです。相続人1人につき担当が1人という予定でしたが、3人の姿が見えなくて、担当が3人余ってしまいました。そして、私も予め計算していた定期預金の計画を書き直さなければならなくなり、戸惑っています」


私は余ってしまった3人も呼んでくれと頼んだ。

「まず、私アリサ・ガーネットの分は、予め決めていた額で定期を組んでください」

「えっ? よろしいのですか」

「それと……そこの3人の担当者にお尋ねします。3人の庶子に関して、先ほどの女性の他に身内はいないのでしょうか?」


聞くと、シェルドンの次に年長のマルクの母親は生きているが、その次のタイラーの母親は死んでいる。身内は先ほど妻を名乗ったミレーヌという女性のみだという。そして、私のすぐ上のスティーブンには母親がいる。私の母親が早くに病死しているのは私も知っていた。


「では、マルクさんのお母様と、タイラーさんの奥様、そしてスティーブンのお母様、御三方それぞれに50万リラずつ使って、私と同じように定期を組んでいただけませんか。50万リラあれば、利子を無視しても、毎月1000リラずつ支給しても41年と8ヶ月分の年金が当たります。ただし、魔法契約で約束してほしいのですが、決して出資者が私であることを秘密にしてください。遺言とは別に、お祖父様がこういう場合のために配慮していた、ということにでもしておいてください」


3人の担当者は喜んで定期と普通預金を組み、3人の庶子の遺族にお金が渡るように、私と約束して魔法契約をしてくれた。私の担当は予定通りだったので、すぐに終わった。


シェルドンのことは許せなかったが、それを暴いたところで証拠がないので、私は黙っていることにした。


私は100万リラを受け取るつもりだったが、さすがに250万リラを受け取る気持ちにはなれなかった。亡くなった人の遺族に当たる女性たちがいることを知って、その人たちに譲ることにしたのだ。一度に大金が入ると調子が狂って使い果たしてしまうかもしれないので、私と同じように年金制にして、定期を組んであげた。


その後、私は商業ギルドに行って、10歳の私でもできるアルバイトがないか担当者に聞いた。12歳から冒険者登録ができるが、それまでの2年間、お金を稼いで生きていくための準備をしなければならないと思ったからだ。商業ギルドは、10歳からでも登録できる。


15歳になって成人するまでは、男爵家の庇護下にあるので衣食住には困らない。だが、その後は家を出て自活しなければならない。貧しい家出身のマリアも、その時に私の専属メイドを解雇され、無職になる。マリアは弟や妹のために働かなければならないが、再就職の道も厳しいらしい。


私の考えはこうだ。15歳までは年金があっても使わず、さらに稼いで普通預金を増やしたい。なぜなら、15歳になって家を出た途端、月10万円で暮らせと言われるようなものだからだ。一人暮らしには何かと物入りがあるだろうし、その分の蓄えが欲しい。そして、専属メイドのマリアに対しても、5年後いきなり屋敷から放り出されても、きちんと暮らせるような手立てをしてあげたいと思っている。


商業ギルドはガーネットタウンにもあり、大きな商会から行商人、蚤の市の屋台まで、広く商業に関わる人たちの世話をしている。街での仕事の斡旋もしていた。冒険者ギルドでも街中の仕事の斡旋はしているが、大抵は日帰りの仕事が多い。商業ギルドの方は、日帰りの仕事はほとんどなく、最短でも1週間、長ければ数ヶ月という長期の労働が主になる。


私が最初にしたのは、配達だった。街中の地図を頭に刻み込んで、無駄のないコースで配達していく仕事だ。ベテランでも背負子を使って荷物や書簡を配達するのは大変な仕事だと言われている。


配達センターのおじさんは、私を見て首を横に振った。

「おいおい、いろんな意味でダメだよ。しかも一人でなんて、治安が悪い場所には行けないだろうが。まず背負子は無理だろうし、軽い手紙だけってことになるんだろうが、それだって配達区域は限られているし」


私は力がないことを心配しているのかと思って、ちょうど配達予定の荷物がぎっしり詰まった背負子を指さして言った。

「これが持てたら、重さの件は解決ですね」

「重さの件はな。でも、持って運べるかな? それ、60kgはあるんだよ」


私は背負子を背中に背負い、ベルトで腰に固定すると、ひょいと立ち上がり、配達センターの中をスイスイと走った。おじさんは額から汗を流し、目を見張らせた。


「すごい力だね。身体強化の魔法をその歳で使えるんだね。でもどうだろうか、どれだけ長い時間耐えられるだろう? 途中で魔力切れにならないかな? それに、一応護衛はつけるけれど、何かあったとき、荷物を守りながら逃げ切れるかな?」

「やらせてみてください、おじさん。私、やれます」

「そうか。じゃあ、護衛を一人つけるから試しにやってごらん。行く前に民家地図と配達物の確認をすること。配達したら帳簿にサインをもらうこと。留守の時にはセンターに取りに来る旨の置き手紙をすることを忘れずに」


私は軽やかに、実に軽やかに移動した。まるでランドセルを背負った小学生みたいに、普通に歩いたり小走りしたりしていた。


「おいおい、いくら軽いからって走るのはやめてくれ」


護衛についてくれたアンガルさんが、顎鬚を撫でながら注意をしてくる。

「ちょっと油断しているうちに見失っちまったら困る。あまり気を張らせないでくれ」

「すみません」


それからはアンガルさんの歩きに合わせる速度で歩いた。少し大股で歩くとちょうどいい。アンガルさんは5メートルくらい後ろから離れてついてくる。腰にはナイフや剣、それに石を入れた布袋を下げていた。


なんでも、それを振り回すと武器にもなるらしい。中の石を投げると飛び道具にもなるとか。私も持ち歩こうかな? お金がかからないし。


そんなことを考えているうちに、配達する家が近づいてきた。背負子から荷物を外して門から中に入り、ドアのノッカーを叩く。


「こんにちは! 荷物の配達です。商業ギルドから来ました!」


大声で叫ぶように言われているので、その通りに精一杯の声を出す。女の声はよく通るらしい。


「あっ、荷物ね。ご苦労さん」


のっぽの男性が出てきて受け取ったが、私を見て驚いている。


「まだ子供じゃないか? 大丈夫か?」

「ええ、問題ありません。あの、ここに受け取りのサインを」

「あっ、そうか。待ってくれ、今ペンを持ってくる」

「いえ、ここに携帯ペンがあります。インクも」


私は素早くペンとインク壺を出した。


「ああ、ありがと。これ便利だね。持ち歩けるんだ?」

「はい」

「よしっと。これでいいかい」

「はい、ありがとうございます。では」

「あっ、ちょっと待ってくれ」

「えっ」

「すぐ来るから」


呼び止められたので待っていると、紙に包んだものをくれた。


「お駄賃のクッキーだ。がんばってくれ、おチビちゃん」

「はい、ありがとうございます」


おチビちゃんって言われたけど、私がチビなんじゃなくて、あんたがのっぽなんだよ。心の中でそう思いながら、クッキーの半分をアンガルさんに渡して、また歩き出した。後ろから、ポリポリとクッキーをかじる音がついてくる。長閑だなあ。


次に来たのは手紙の配達だ。玄関から出てきた若い女性は、手紙を見ると受け取りを拒否した。どうやら、横恋慕のラブレターらしい。


「お気持ちは分かりますが、確かに届けたというサインをいただけないと、配達員の責任になります」

「分からないわね。いらないものはいらないのよ」


私は困ってアンガルさんの方を見ると、彼は笑った。

「そういう場合は、受け取り拒否のサインをもらえばいいことになってる。それを差出人に戻すときに、追加料金をもらうことになるんだ」

「そ……そうですか? すみません。ここに受け取りを拒否しますって書いて、サインをお願いします」

「あら、それならいいわ」


まあ、いろんなことがあるなあ。


大きなお屋敷に手紙を配達するため、門に背負子を置いて小走りに玄関に向かった。だが、ゲートウェイが長くて、なかなか着けない。おまけに、ドアノッカーを鳴らしても、出てくるまでに時間がかかってしまう。大きなお屋敷だから、仕方がない。


執事らしい眼鏡の老人が手紙を受け取りながら、門の方を見て言った。


「なにやら門の方が騒がしいのう」

「えっ?」


私が振り返ると、アンガルさんが数人の男たちと戦っている。抜剣している! まずい!


私はサインをもらう前に走り出した。走りながら庭の石ころを両手に掴み、体重を軽く、筋力を最大限にして、飛ぶように走った。


まずい。アンガルさんが戦っている間に、別の男が背負子に手をかけて、立派な包装の届け物を持ち去ろうとしている! 商売道具に何をするんだ! 狙っていたな。どこからつけて来たんだ?


その泥棒から3メートルくらいのところから、私はジャンプして男の頭を蹴り飛ばした。だが、体重を軽くしていたので、あまり衝撃はなかったみたいだ。すぐに体重を5倍にしてから、石を掴んだまま腹パンをしてやった。


「ぐぼっ」


変な声を出し、荷物を胸に抱いたまま後方に吹っ飛んだ。私はすぐに追いかけて取り返そうとしたが、別の男がそれを奪って走り去ろうとした。私は石をその背中に投げた。鈍い音がして男は横倒しに倒れたので、私は追いついて、そいつから荷物を取り戻した。


ああ、包装が少し破けてるじゃないか!


私は腹を立てて、倒れている男の頭を踏みつけた。地面に頭をぶつけた男は白目をむいて気絶した。ああ、そうか。今の私の体重は100kgくらいあるし、力は10倍だから、怪力になっているんだった。下手したら殺すところだった。


そうだ! アンガルさんは?


見ると、アンガルさんに先ほどの執事さんが加勢して、敵を圧倒していた。私は離れたところから投石して、敵の足に当てて戦闘能力を削ってやった。相手の人数は合計5人。よくアンガルさんは無事だったと思う。いや……少し腕から血を流している。


私は駆け寄って、アンガルさんにヒールをかけた。傷口はたちどころに塞がった。


「アリサ、お前、光魔法も使えるのか?」

「えっ、はい」

「それなら、こんな危険な仕事せんでも、治療院で働けば何倍も稼げるだろうが」


ああ、そうか。そういう手もあったか。


「しかし、お前すごいな。あっという間に男を二人倒したそうだな」


アンガルさんが執事の人の方を見ながらそう言った。老人なのに姿勢が良いから只者ではないと思ったが、アンガルさんに加勢して戦ったから、武の心得があるみたいだ。


「お嬢ちゃんの足は獣よりも速いね。儂でも追いつけなかったわい」

「あっ、そうだ。受け取りのサインを……」

「ああ、それよりもその荷物の包装が破れたみたいじゃのう。それは伯爵様への届け物じゃろう。幸い、差出人はここの屋敷の主人からじゃ。どれ、包装をし直してやろう」


うわあ、助かった!

「あ……ありがとうございます!」

「ははは。まず、この不届き者の始末をするから、ちょっと待っていてくだされるかな」

「はい」


それから、お屋敷から兵士が10人以上出てきて、強盗たちを縛り上げた。

「あとで王宮の騎士団に引き渡すまで、地下牢に入れておけ」

「「「はは、スミス様」」」


執事の老人はスミスというらしい。ここも貴族様のお屋敷なんだな。ガーネット男爵の屋敷ほどではないけど、多分子爵くらいの身分だろう。私兵が10人以上もいるんだから。


その後、サインをもらい、包み直した荷物を受け取り、そこを出た。なぜか仕事が終わったら、もう一度ここに来るようにスミスさんに言われてしまった。


ここ王都では、どんな偉い貴族がいるかわからないので、ヒヤヒヤものだ。


配達業務が終わって、アンガルさんから商業ギルド長に、私の仕事ぶりを保証してもらった。その後、私はスミスさんに言われた通り、例の屋敷に寄ってみた。そこは、メイスン子爵邸だった。


「ガーネット男爵の娘だそうだな」


メイスン子爵は、鷹のような鋭い目つきの男性だった。

「光魔法を使い、素手で暴漢を二人叩きのめしたとか。大の男が担ぐような背負子を楽々と運んで配達したとか。面白い娘だ」

「あのう……」

「スミスから聞いた。わが屋敷の門前での出来事だ。見過ごすことはできまい。褒美をとらせたい。何か望みはあるか?」


私は一瞬、断ろうと思った。しかし、どこかで得た知識で、貴族は申し出を断られると名誉を傷つけられるという情報が頭に浮かんだ。貴族は体裁を守りたいので、それを尊重するには、なんらかの希望を言わなければならない。


金にすれば簡単だと思ったが、ふと専属メイドのマリアのことを思い出した。


「実は私には、マリアという専属のメイドがいます。私が15歳になったときに、私と一緒にガーネット家を出て解雇されることになっています。彼女はそのとき18歳になりますが、刺繍が得意なので、その腕で商売をさせたいと思っています。彼女は平民で家も貧しく、弟や妹を食べさせるため働かなければなりません。後ろ盾も何もない彼女がもし困っていたら、陰ながら応援してやっていただけないでしょうか?」


メイスン子爵は面白そうに私を見て言った。

「アリサ・ガーネット、お前は面白い娘だ。褒美は自分にではなく、専属のメイドに、と。しかも、褒美は陰ながらの応援という曖昧なものだ。そんなものでいいのか? なんなら、わが屋敷で侍女として雇ってやってもいいのだぞ」

「いえ、そこまでは。彼女には、自分の持つ技術を生かして自活してほしいと思っていますので」

「なるほど、分かった。では3年後、もしマリアという娘が困っていたら、一度だけ力になることを約束しよう」

「ありがとうございます。では、私はこれで」

「待て。ところで、今日捕まえた者たちだが、ただのチンピラには違いないが、この王都の闇の部分に携わっている組織の末端らしい。とすれば、お前はその闇組織の体面を潰した張本人になるから、命を狙われるかもしれん。一応知らせておく」

「ありがとうございます。十分に気をつけます」


私は子爵に感謝し、今度こそその場を辞した。


そして、早速子爵の予言通りのことが起こった。


子爵邸を出て人通りの少ない場所に来たとき、いつの間にか私の周囲は、人相の悪い男たちに囲まれていた。私の体は自動的に変化した。外殻の亜空間の層が、筋力補助や体重増加の働きをしたのだ。だが、外見上の私は少しも変わっていなかった。ただ、その変化を私自身だけが自覚していたというだけだ。


けれど、私の体はこの状況に対して過呼吸状態になり、足がすくんでいた。

「お前がアリサ・ガーネットという小娘か? 死んでもらう」


だめだ。相手の脅しの言葉を聞いたら、体が緊張して動かなくなる。私は体の震えを抑え込むために、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。それを2回繰り返した。もう1回やろうとしたとき、周囲から男たちが一斉にかかってきて、私の体をサンドバッグみたいに殴り、蹴り、踏みつけた。


私は体の震えが収まらないまま、男たちに蹴られたり踏みつけられたり、されるがままになっていた。痛くないと言ったら嘘になるが、それほど痛くはない。分厚い布団越しに小突かれているような感じだ。強いて言えば、幼稚園児たちにじゃれつかれている感じだった。


そして、深呼吸を繰り返すうちに落ち着きを取り戻した。私は立ち上がると、腕を振り回した。


途端、男たちは静かになった。なぜなら、私を蹴っていた一人の男が、10メートルも離れた壁まで飛んで行ってぶつかり、動かなくなっていたからだ。私が突き飛ばしたらしい。今の私は、見かけは小さな少女だが、きっと体重200kg近いゴリラ並みの威力があるのだろう。けれどそれは、とても臆病なゴリラで、男たちの暴力に怯えてパニックになっているに違いなかった。


それから私は、襲われる恐怖で心の中で泣き叫び、手足を振り回していたと思う。


気がつくと、私の周囲には、首や手足がねじ曲がって倒れている死体や、血を吐いている重症の者たちの山だった。それでも、私の着ている服も、髪の毛一本も、破れたり汚れたりしていなかった。


私はよろよろとそこから立ち去った。帰る場所はガーネット男爵邸だが、私は3年予定を早めて、ここを出る決意をしていた。



薫はその先が白いページになってるのを見て、この続きは書かれるのだろうかと呟いた。その後、紙にコメントを書いて転生神に渡すと、いつの間にか脇に積み上げられた数冊の本の山から一冊を手にして読み始めた。

読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。

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