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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
29/39

奴隷として転生 (未完)

この物語は25冊目の特殊書籍です。

薄暗く、じめじめとして、鼻につく獣じみた臭いが充満している。むっとするような熱気と湿気が肌にまとわりつき、生ぬるい空気の塊が肺に押し込まれるたびに、頭がくらくらと眩暈を覚える。

煮しめたような、すすけた茶色の貫頭衣かんとういをまとった子供たちが、足元で鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、身動きも取れないほど狭い空間にひしめき合っている。そして、僕もその中の一人だ。


僕は確か、病院に入院していたはずだった。年齢は中学二年生くらいだが、学校には行っていなかった。難病を患い、入院費と引き換えに観察と研究のモルモットにされていたらしい。物心ついた時からそんな状態だったので、両親は助成金だけで暮らしていたと聞かされていた。

でもある時、気がついたら僕は鎖に繋がれ、黒髪ではなく茶髪の子供になっていた。周囲の子供たちも、僕の知る東洋人とは違う、西洋人らしい容姿をしている。どうやら僕だけでなく、周りの子供たちは男女ともに下着を身に着けていないようだ。手足に力がみなぎっているところを見ると、以前とは違って五体満足な、たくましい肉体を手に入れたらしい。しかし、年齢は以前より少し低い気がするが、この体の記憶はほとんどない。


「おい、お前。当たり前のように生き返りやがって。どうせなら、ゴミ捨て場にでも捨てられてから生き返ればよかったのによ」

話しかけてきたのは、小学生の高学年くらいに見える男の子だ。普通に言葉が理解できることに驚く。

「そうか、僕は死んでいたのか」

「えっ、僕?お前、自分のこと『僕』って言ってたか?『おら』じゃなかったか?」

「そうだったか?死んでいたせいで、前のことは何も覚えていないんだ。僕じゃなくて…おら?おらの名前、知らないか?」

「おいおい、本当か?お前、死ぬ前までは自分のこと『アル』だって名乗ってたぜ。俺はザックだ。覚えてるか?」

「ザックか。今初めて聞いたような気がする。そうか、前に教えてもらったらしいな」

何もかもがそんな調子で、僕はザックという子から自分のプロフィールの概略を聞くことになった。

それによると、僕はアダマント市というスラム街で育った孤児で、孤児狩りに遭い、奴隷として売られたらしい。それ以上の詳しいことは何もわからず、そこまで聞き出すのがやっとというほど、口数の少ない少年がアルだったという。

ある日、ここに収監されてから食べたものが悪かったのか、口から泡を吹いて痙攣し、心臓も呼吸も止まったのだそうだ。

ザックが奴隷の雇い主に言い出すタイミングをうかがっているうちに、僕が息を吹き返したので驚いたのだという。

それを聞いて僕は考えた。おそらく、アルというこの少年はそこで死んだのだろう。そこに僕の魂が憑依し、何らかの力で肉体を蘇生させてこの体を乗っ取ったのだろう。一度死んだ体を生き返らせるのだから、何らかの魔力や超常的な力が働いたに違いない。その力は、もしかすると今でも僕の中に潜んでいるのかもしれない。


僕たちを奴隷として購入したのは、農場を経営する大地主であり、この地方の豪族らしい。つまり、ここにいるすべての子供たちは、農奴として農園で働くために買われたのだ。

大人に比べて子供は安く買えるのだろう。そして、子供の方が新しいことをすぐに覚える。

僕がこうしてあれこれと考えを巡らせる癖は、アルのものではなく、前世の僕の習慣なのだろう。

ほぼ寝たきりだった僕は、ラジオやテレビ、パソコン、そして読書から多くの知識を得ていた。暇なときは、ああでもないこうでもないと、あらゆることを考えていた。看護師さんや医師の何気ない癖や言動から、様々なことを推理して楽しむのが好きだったのだ。

だから、僕は今いるこの場所が、奴隷を一時的に閉じ込めておく場所で、農園に到着して間もない頃だと推測した。これから仕事を分担するのかもしれない。いずれにせよ、農奴という制度が存在する時点で、この世界は近代化以前の封建社会なのだろう。

問題は、僕が来たこの世界が、地球の過去なのか、それともまったく別の惑星なのかということだ。もし別の惑星だとしたら、文明の発達は前世よりもかなり遅れている。


そのとき、入り口の戸が軋む音を立てて開いた。大人の男が入ってきて、小屋の中を見回した後、鼻をつまんで顔をしかめ、怒鳴った。

「おい、ガキどもの鎖を外して外に出せ!」

すると、代わりに粗末な服を着た男が入ってきた。冷たい金属の鍵が、僕たちの足にはめられた重い鉄の輪をガチャリと外していく。

「外された者から外に出ろ。逃げ出しても無駄だぞ」

その言葉にもかかわらず、一人の男の子が足かせを外されると同時に小屋の外へ飛び出した。

直後、「ドスッ」という鈍い音が響き、彼のものらしい苦痛のうめき声が外から聞こえてきた。

「馬鹿野郎!逃げたらどうなるかわかんねぇのか!」

立て続けに、何か硬い棒で叩きつける音が「ベチッ、ベチッ!」と聞こえる。容赦なく強い力で打ち付けているので、骨の何本かは折れてしまっただろう。見せしめの意味もあるから、最悪死んでも構わないという勢いだ。

僕の足かせも解錠され、外に出ると、血まみれになった男の子の体が木の枝に吊るされていた。仰向けのまま、背中の真ん中あたりで不自然に折れ曲がっている。

他の子供たちは一列に並ばされ、僕もその横に加わった。

全員が、吊るされたその死骸を見るように立たされている。

「よく見ろ。ちょうどいい具合に馬鹿な奴が逃げ出してくれた。どうなるか見本を見せたかったから、都合がよかったぜ。これはほんの一例だ。目玉を潰したり、耳や手足を切り落としたり、いろんな殺し方がある。その時の気分でどうなるかわからない。はっきり言っておくが、できるだけ酷い殺し方をして見せしめにすることにしてるから、よく覚えておけ。わかったか?わかったなら、『はい』と返事をしろ」

「「「……はい……」」」

「声が小さい!」

「「「はいっ!」」」

他の子供たちは、震える声で泣きながら返事をしていた。あの場所に吊るされているのが自分だったかもしれないと思えば、生きた心地はしなかっただろう。

僕も返事をしながら、歯がガタガタと震えていた。どうしてこんなに残酷なことができるのだろう。

一番驚いたのは、僕たちに話しかけている、身なりの良い男は腰に剣を差しているが、手には何も持っていなかったことだ。

そして、粗末な身なりの男たちは、おそらく僕たちと同じ奴隷の身分だろう。彼らの手には、さっきの打擲に使われたと思われる棒が握られていた。つまり、今話している男が監督で、奴隷たちに命令してあの子供を殺させたのだ。

監督は奴隷の男たちに目配せすると、その場を離れた。

すると、あらかじめ打ち合わせていたかのように、一人の奴隷が子供たちの中から体格の良い者を選んで連れて行く。女の子も何人か入っているが、容姿の良い子を優先して選んでいるようだ。

その次に、別の奴隷が子供たちを選んでいく。選んでいるのは手に棒を持っていた男たちだ。

順番に選んでいき、最後に残った奴隷の男が、僕と残りの子供たちを引き取った。

その男は、最初に小屋に入ってきて、僕たちの足枷を外してくれた奴隷だった。

僕は子供たちの中で、かなり貧相な部類だったらしい。他にも痩せこけて雀斑そばかすだらけの男の子と、背の低い男の子、ひどく痩せた女の子がいた。つまり、僕を含めて男の子が三人、女の子が一人だ。

ザックは別の奴隷に選ばれて行ったので、僕とは離れ離れになってしまった。

「名前を聞く。お前から言え」

奴隷の男は僕に向かって言った。

「アルです」

「お前は色がなまっちろいから『シロ』だ。次のお前は雀斑だらけだから『ソバ』、お前は『チビ』、最後の女の子は『ガラ』だ。俺は他の奴隷から『クズ』とか言われるが、身内では『おっさん』と呼べ」

こうして僕はアルではなく、『シロ』になった。

確かに僕は色が白い。なぜスラムにいたのに色が白いのだろうか?

考えるに、昼間は暗い場所に隠れていて、夜になるとこそこそと動き回っていたからではないか。記憶がないので、そう考えて自分を納得させた。


それから、おっさんに連れて行かれた場所は、何も耕されていない荒れ地だった。川の対岸に行くには、ところどころ置かれた石の上を飛びながら渡る。そして、渡り切った向こう側が、僕たちに割り当てられた区域だという。

「これから畑を作って作物を育てる。冬までに間に合わなかったら、俺たち全員飢え死にする。作るものが少なくても死ぬ。農園に納めて残ったものを食べるからだ」

聞くと、めちゃくちゃな話だ。開墾しても畑は農園のもので、収穫物のほとんども農園のものだという。

僕は川の内側に広がる、豊かな畑を見た。フカフカの黒い土がこんもりと盛られていて、すでに作物の芽らしきものが出ている。

他の奴隷たちは、子供たちに指示して雑草を抜かせたり、種まきをさせたりしている。

「あの畑は、去年まで俺が耕していたんだ。あそこまでの土にするのは大変だった。だが、今年は奪われてしまった。だから、新しい場所を開墾しなきゃいけないんだ」

おっさんの説明を聞いて、他の奴隷ができあがった畑を使っているのに、なぜ僕たちだけが開墾をしなければならないのかがわかった。

要するに、おっさんは奴隷の大人の中でも序列が一番下なのだ。だから、子供を選ぶときも一番最後に残った『残りかす』である僕たちしか割り当てられない。畑の割り当ても、これまで耕した畑は取り上げられ、未開墾の場所を選ばなければならないのだ。

奇妙に思ったのは、手伝っている子供の数だ。僕たちと違って、他のところでは子供の数が多い。今回連れてこられた子供たちよりも一回り大きく、しっかりした子供が、新米の子供たちを指導している。

それを不思議そうに見ていると、おっさんが笑って言った。

「去年仕込んだ子供も、みんな取り上げられてしまった。こっちの戦力は、新米のお前たち4人だけさ」

そういうことかと僕は思った。おっさんも僕たちも、いつでも切り捨てられて構わない人材なのだ。

「何年も何年も同じことが繰り返されてきた。怠けていても、序列が上の奴隷は良い畑をたくさん手に入れ、手伝いの子供もたくさん使えるから、冬を越すのに苦労はしない。奴隷の世界でも、上の者が良い思いをするってことだ」

おっさんは僕たちを並べて、話を始めた。

「俺はずっとなんとかやってきた。そして今まではなんとか生き延びてきた。だが、今度は難しい。川の外側は、背後に森がある。獣や魔物に襲われる危険があるんだ。作物は食い荒らされ、人間は襲われて殺される。はっきり言うが、俺たちはこのままだと冬が来る前に全滅するだろう」

僕は「それはおかしい」と思った。監督官のような人がいたではないか。真面目に働いているおっさんのような奴隷が、川の外側に追いやられることを黙認するはずがないと思ったのだが。

「俺たち農奴の上には監督官がいる。仕事をさぼったり逃げたりしないか目を光らせ、出来上がった作物をごまかさないように、できるだけ取り上げるのが奴らの役割だ。けれど、奴らは俺たちを脅したりするが、奴隷を守ってはくれない。特に俺たちのような弱い奴隷は、何とも思っちゃいない。元冒険者や傭兵なんかが金で雇われているから、腕っぷしは強い。機嫌を損ねると簡単に殺すから、気をつけろ。一人殺されたのを見たばかりだろう?」

以上のことから、僕たちはおっさんを含めて、奴隷の中の最下位だということがわかった。

僕たちの序列は、見かけ上の肉体的な特徴が頑健か貧弱かで決まったのだろう。

だが、わからないのは、おっさんの序列がなぜ最下位なのかだ。おっさんは体格的に他の奴隷に劣っているようには見えない。むしろ頑健な方だと思う。それに、毎年未開墾地を割り当てられているということは、開墾に関する能力が特に優れているはずである。

それでもなお最下位ということは、監督官との関係に問題があるのだろうか。

匂いのきつい小屋に入って僕らの足枷を外してくれたのはおっさんだ。おそらく、その仕事も監督官に押し付けられたのだろう。

では、他の奴隷はいったい何の基準で、監督官に序列が上だと判断されたのだろうか。

僕は想像してしまった。子供たちの中でも頑健な子供たちが優先して選ばれたところを見ると、収穫が多いということがあるのだろう。

そして、容姿の良い女の子が優先的に選ばれたということは、奴隷の好みもあるのだろうが、もしかして、監督の好みに合わせているのではないかということだ。

もしかして……発育の良い女の子に性的なサービスをさせることで、監督官に優遇してもらおうとしているのでは、と、僕はそこまで考えて一度止めた。

吐き気がしてきたからだ。それが本当なら、この世界はなんとも救いようのない地獄ではないか。


今、僕は粗末な木製の農具を手に、土を掘り起こし、草や石を取り除く作業をしている。

おっさんは荒れ地に杭を打ち、自分と僕たちの担当区域を決めた。

「昼までに、なんとか自分の担当区域を終えるようにしろ。早く終わった奴は、遅い奴の手伝いをしてやれ。俺の担当は、お前たちの四倍の広さだが、その必要はない。同じ広さをやるから、お前たち全員が終わるのが早いか、俺が終わるのが早いか競争だ。お前たちが勝ったら、昼に特別に芋を一個ずつ食べさせる。ここでは、普通昼に物は食べないんだ」

僕は、このおっさんはなかなか人を使うのがうまいな、と思った。担当を決め、目標を明確にし、遅い者の手助けを促すことで協力を教え、さらに自分と競争させることで子供たち同士の集団意識を高め、昼食というご褒美をちらつかせることで、士気を高めているのだ。


僕は自分の区画をさらに八等分に線引きし、土を掘り起こしては、草を根ごと抜き、石を掘り出していった。

すると、小さな区画をクリアするのが短時間で達成できるので、作業に張り合いが出てくる。これはステップ学習理論の応用だ。

そして、集めた石と草は、河岸に積み上げることにした。

「おい、シロ。どうしてそこに置くんだ?まだ言ってなかったが、石捨て場所は別に作ろうと思ってたんだが」

「親方、川の縁に石を積み上げれば土手になって、岸に水が溢れるのを防げると思うんです。草を根付きのまま一緒にしておけば、根が絡んで崩れにくくなると思います」

「なるほど。それから、お前が自分の分担を細かく区切っているのには、何かあるのか?」

僕がそれについても説明すると、おっさんは他の子供たちにもそのやり方を紹介した。

「慣れてくれば必要ないが、最初はシロの真似をした方が、はかどるみたいだぞ」

すると、ソバが僕の真似をせず、陣取りのように次にやる場所だけを鱗のように丸く線引きをした。

「こうやって、その時の気分で大きく取ったり小さく取ったりした方が、俺はやりやすいや」

僕は「なるほど」と思った。実際、ソバは作業が早い。手足が長い分、仕事が早いのだろう。チビは僕より遅い。同じように頑張っているが、手足が短いせいかもしれない。

そして一番遅いのはガラだ。体力がないせいか、あまり馬力が出せない。だが、その分仕事が丁寧な気がする。細かい石まで取っているし、草の根についた土を丁寧に払い落としている。だから、僕の二倍も時間がかかっている。

最初に終わったのはおっさんだ。やはり慣れている分速い。おっさんに少し遅れてソバが終わった。ソバはチビの方に行こうとしたが、おっさんはガラの方に行けと言った。つまり、一位と四位を組ませれば、僕とチビの二位と三位でバランスが取れると考えたのだろう。

おっさんは大きな石を掘るのを手伝ったり、全体をくまなく回りながら助言をしたり、掘り出した草や石を運んだり、実にきめ細かく働いていた。

全員が終わると、昼食の芋が当たらなかったのは残念だった。なんにしろ、おっさんが一位だから仕方がないのだ。

おっさんは川の浅いところに入って、汗を流した。貫頭衣とズボンも一緒に洗ってすっぽんぽんになり、木の枝に服を干した。

それを見て、みんなも汗をかいて汚れていたので、同じようにした。

ガラも真似して服を脱ごうとすると、おっさんは服を着たまま水浴びをするように指示し、茂みの陰で服を脱ぐように教えていた。

僕は、このおっさんはとても良識のある大人だと思った。

ちらっと見えただけだが、ガラの胸の膨らみはほんのわずかで、小さなまんじゅうくらいだった。

服が乾くと、おっさんは川の一部をせき止め、魚を閉じ込める方法を僕たちに教えてくれた。

狭い場所に魚を誘導して、それを手で掬うのだが、これがまた難しい。

ところが、この方法が一番得意なのはガラだった。なぜか、魚を上手に素手で捕まえる。僕らはただ水しぶきを上げて騒ぎ立てるだけなのに、ガラはごく自然に魚をスッと掬い上げてしまう。だから、魚はガラがほとんど捕まえた。

次におっさんは、少しだけ森の入り口周辺を連れて回った。

そこで見つけたのは、リンゴの木だった。正確に言うと、リンゴに似た小さな果実がなる木だ。その実は、スーパーボールより大きくてピンポン玉よりも小さい。

ほとんどがまだ熟していなくて、青いままだった。試しに食べると、硬くて恐ろしく酸っぱい。だが、食べるものが他にないので、それでも5、6個は食べたと思う。

「これが熟して赤くなったのを干しておけば、冬にでも食べることができるんだ。俺にはいつも配給が回ってこなかったから、こういうもので冬をしのいだもんだ」

リンゴの実を鳥や獣に食べられる前に確保するには、木に登って高いところの果実を収穫する必要があるらしい。

試しに全員で木登りをやってみたが、おっさん以外ではチビが一番上手だった。

森の周辺を歩いて気がついたことは、枯れ葉や腐葉土が豊富だということだ。

そこで、僕は肥料のことをおっさんに尋ねた。

「ヤギや牛馬の糞は配給になるらしいが、俺のところに回って来た試しがない。仕方なく草を刈って土に埋めたり、魚の内臓や骨を埋めて堆肥を作ったりしたが、草に関しては他の奴らにバレて、草刈り場を占領されてしまったのが今年のことだ。俺のすることは必ずスパイされ、真似され、取り上げられてしまうんだ」

そこで僕は、二つのことを提案した。一つは、森の枯れ葉と腐葉土をこっそり客土して良い土を増やすこと。もう一つは、川のなるべく下流で蛇行している川底から栄養のある泥を採取して加えることだ。

また、果実や魚、貝などの食べかすを今まで通り堆肥にすることも提案した。

さらに、除草した根付きの草は、木の枝と一緒に焼いて草木灰そうもくばいにすると肥料になることも。

実際、どんな肥料がどの作物に効くかは、地球、しかも日本の作物にしか知識がないが、何もしないよりはできるだけのことをしたいのだ。

そして一番大切なことは、『隠し畑』のことだ。表向きの畑は、作物のほとんどを搾取されてしまう。だから、絶対にわからない場所に隠し畑を作り、自分たちの食い扶持くいぶち分の作物を栽培しなければならない。

さて、畑はどのくらいかというと、子供一人で10メートル×10メートル、つまり1アール。大人一人で10メートル×50メートル、つまり5アールが目安らしい。

となると、僕たち全員で10アールにもならないが、おっさん曰く、少なくとも半ヘクタールの畑がなければ冬を越せないというのだ。

半ヘクタールとは、1ヘクタールが100メートル×100メートルだから、その半分ということになる。田舎の小学校のグランドくらいの広さだ。つまり50アールで、表向きの畑の5倍以上の広さだ。

「川の内側で耕していた時は、できるだけ作れば食い扶持も残せると思ったんだが、作れば作っただけ取り上げられるから、いつも食い扶持が残らなかった。他の奴隷たちには、その分が残されているのに、俺や俺の子供たちには残されなかった。だからいつも川の外側に行って、野生の芋や果実を採ったり、色んな工夫をして知恵を絞ってきたんだ。だが、今度は川の外側は俺たちだけだから、うまい具合に隠し畑を作れば、なんとか生きていけると思う」

しかし、簡単にそう言うが、これは大変なことだ。

「畑のように作ってしまえば、農園の方に見つかって取り上げられてしまう。隠したことがバレたら処罰され、下手すると処刑される。だから、工夫をしていくんだ」

おっさんは、自然の植生の中に紛れさせるように作物を植えることを提案した。

でも僕は、それでは不十分だと言った。

「野生の作物を増やすようにしてはどうですか?」

「それじゃあ、腹の足しにならん。芋やトウモロコシや麦などには、野生のものは劣る」

それで僕は、タロイモや自然薯じねんじょのことを話した。そういうものが、野生にないか、と。もう一つは、地面から上は野生のもので、地下に作物ができるような、接ぎ木のようなことができないか、と。

そういったことも含めて、食糧問題は真剣に論じられ、対策が練られた。

たとえ農園に見つからなくても、トウモロコシのような作物は、獣にとって格好の餌だ。だから、獣害対策にも工夫が凝らされた。

作物の害には、獣害と虫害がある。さらに、病害や日照り、水害など、様々な敵がいるのだ。

そして、何より恐ろしいのは、獣や魔物に人間が襲われることだ。

木登りの得意なチビは、高い木の上にハンモックのようなものを作って、そこで寝ることにしたらしい。

そしておっさんは、ガラにだけ特別に地面に穴を掘って、地下に寝床を作ってやった。しかも、ガラだけ僕たちから離れた場所に隠した。

というのは、おっさんや僕たちはしっかり食べ物を確保して食べているので、ガラがガラではなくなって、肉がついてきたからだ。そうなると、他の奴隷や監督官たちが目をつけて、手籠めにしようとする危険があるのだ。

だから僕たちは、川の近くの畑でガラを働かせない。いわゆる、ずっと奥にある隠し畑を専門に作らせているのだ。

しかも、丁寧なことにおっさんはガラの墓まで作って、彼女が魔物に食われて死んだことにしている。

なぜ僕たちの食糧事情が良いかというと、川の外側には自然の植生が広がっていて、おっさんは野生の食用植物に詳しいからだ。

さらに、魚や小動物を罠を仕掛けて獲ったりするので、動物性たんぱく質の摂取が可能だからだ。

僕らは農園からパンなどを支給されたことはないが、何種類もの果実や木の実、ベリー類などは、いつも口にしているのだ。

それから、おっさんは男の子二人と一緒に寝床で寝るが、それ以外にバラバラに寝るような拠点をいくつも作っている。

ソバは、茂みの中に小さな小屋を作り、そこを隠れ家にしている。

僕は、植物のつるを編んで、蓑虫みのむしのように木の枝からぶら下がる寝袋を作った。

謎なのは、おっさんがこっそり隠れて寝る場所がわからないことだ。

獣や虫を近づけないのに使うのは、強烈な匂いのするハッカ類だ。

獣は嗅覚が敏感だから、ハッカの匂いには近づかない。虫も同様だ。

だから僕たちは、ハッカやサンショウのほか、匂いの強いハーブ類をことさらに集めるようにしている。


前世で寝たきりのベッドで一番したかったことは、キャッチボールだ。

ボールの投げ方については、徹底的に研究した。腕の力だけで投げるのではなく、足、腰、胴体、肩、肘、手首へと力が伝達されていくメカニズムに、胸を躍らせた。頭の中で、何度も動かない肉体をイメージで動かし、投球動作をシミュレーションしたものだ。

だから僕は、休憩時に必ず投石練習をしたのだ。

始めは、体の各部がバラバラに動き、思うように投げることはできなかった。全身が鞭のように一体化してしなやかに動いた時、石は凄まじいスピードで飛んでいった。

投石の威力は、恐ろしいほど破壊的だ。特に頭部に命中したときは、相手はのたうち回って痛がる。中には動くことさえできぬ者もいる。

だから僕は、川原の石を拾い、立木の幹に命中させる練習をいつもしていた。動く的を相手に練習できないので、自分が動いて決まった的に撃つ練習をした。

狙った場所に、どんな体勢からでも命中させることができるようになる快感は、他にはなかった。

だから、僕は四人の中で一番投石が得意だった。

特に、軸足でない方の足を上げてからの一連の投石動作は、この世界の人には見慣れないフォームのようだ。

僕はその形で、木の幹に石がめり込むくらいの強さで投げることができた。まあ、10メートルから15メートルくらいの距離なら、余裕でめり込む。30メートル離れても、めり込まなくてもかなりの衝撃がある。

僕が休憩時に投石練習をしていると、15歳くらいの女性がそばで見学していた。

女性だが、身なりは男性のようにズボンを履き、剣を腰に差していたから、監督官なのだろう。

「君、名前は?」

僕は通称の方で答えた。

「シロです」

「そうか、魔力を使えばもっと威力が出るぞ」

「魔力?」

すると、その女性はいきなり跳び上がった。なんと、2メートルほど高いところにある木の枝まで跳び上がったのだ。

そこから飛び降りると、彼女は言った。

「身体強化というんだ。実際の筋力が何倍にもなって強化される。コツは、使いたい筋肉に魔力を流すこと。手を出してみて」

僕が片手を差し出すと、彼女は両手で僕の手を掴んだ。恋人繋ぎのように指を絡ませて掌を密着させ、両腕を宙に浮かせる。

「体の中に魔力を流してみるよ」

すると、彼女の右手から僕の左手に、何か温かいものが流れ込んできた。それは左腕から左肩、胸、右肩、右腕、右手へと流れ、彼女の左手の方に出て行った。

「今のは私の魔力だ。君の中にも同じような魔力があるはずだから、見つけて動かしてみるといい」

そう言うと、ニヤリと笑って手を放し、去っていった。

その後でおっさんが来た。

「何かあったのか?」

僕は正直に、あったことを話した。

「あの人はミーシャと言って、女奴隷専門に監督しているんだ。妊娠した女奴隷を、自分のところで引き取ったりしている。たまたま、ああやって違うグループのところの女の子の様子を聞きに来てるんだ」



薫は25冊目の本を置いて、コメントを渡そうとしたが、女神はソファーの上で仮眠をとっていた。彼女を揺り動かして寝るように言った。

そして自分も部屋に戻って寝ることにした。

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