登呂草(とろくさ)伊代(いよ) (未完)
この物語は25冊めの本です。
わたし、登呂草伊代。高校一年生で文学部に入りました。
午前の授業が終わったので、部長に呼び出されて部室に行ったんだけど。
部長は日根玖檸檬という先輩で、入部試験に提出した小説にダメだしをして来ました。
「登呂草さん、なに、この作文? こんな幼稚な文で文芸部に入ろうとしたの?」
「あの、わたし確か入部したんですよね?ということはその提出した小説は合格なんですよね?」
「それとこれとは違うのよ。だいたいあんた文芸作品って読んだことがあるの?」
「例えばどんな作品ですか?」
「太宰治はまず何が何でも読んでおかなくちゃ」
「えっ、あの女の人にだらしなくて、すぐ自殺したがる不健康な人ですか?嫌ですよ、退廃的で変人の書いたものなんて、読みたくないです」
「あんたねえ、近代文学ってのを分かってないのね」
「近代文学って、なんとなくネチネチしてやなんですよね。古典文学の方がわたし好きです」
「たとえば?」
「ホメーロスとかシェイクスピアとか」
「それ外国文学でしょ?日本の古典文学は?源氏物語とか古今和歌集とかは?」
「源氏物語って、光源氏とたくさんの女性が出てくるのでしょ?なんか気が多いような気がして淫らな感じでパスしてます。古今和歌集は言葉が難しいし、物語じゃなくて歌なのでスルーです」
「じゃあ、あなたどんなものを書きたくてここに入ったの?」
「どんなもんって、部長に提出したあんなもんです」
「あのネット小説をコピーしたような現実逃避の落書き?」
「それは少しというか、かなり言い過ぎなんじゃないですか?いま部長は何百万人というネット小説ファンを敵に回しましたよ」
この不毛な会話は突然の顧問教師の呼び出しで部長が退出することで終結した。
私はやっぱ、帰宅部に鞍替えしようかなって思いながら、部室を後にした。
えーと、確かその後図書室に行ってなんかどうでもよい本を読んでいた気がするけど……
あれれ?ここどこだろう?
わたし……なんか見渡す限り草、草、草の大草原に立っているんだけど。なになに、これ?
夢なの、夢でしょ?それ以外ないよね。
わぁぁぁ、それにしてもリアルな夢だぁ。
風がさわさわと頬を撫でて行くし、草の青臭い香りがするし。日差しが眩しくって目の奥がクラクラ揺れるし。
あっ、なに。こーゆーのって明晰夢って言うんだっけ。うん。
それに空を見ると太陽が大小二つ並んでいてって……えっ、これって私が文芸部に提出した小説『愛しのピグマリン』にそっくりじゃない!
そ、そうかっ、私の夢だから私の書いた小説と同じなんだ。
ということは今、南中している二つの太陽の方角が南だとするとその方向に向かえば、初めての街のエレメントシティーがある筈だよね。
わああ、あったよ、本当に。
門のとこに『エレメントシティ』って書いてある。城塞都市で壁の高さは十五メートルって、本当そのくらいだ。
そう言えばわたし自分の姿気にしてなかったけど、着ているのは制服じゃなくって、剣と魔法の世界ピグマリンの服装になってるじゃん。
背中にはバックパックを背負っていて、腰には護身用のナイフと短剣まである。
そうだ。荷物の中身を改めないと。
あれれ、身分証明書が出て来た。
(身分証明書)
名前:ローサ
性別:♀
年齢:十五才
人種:普人族
出身地:マロン村
ああ、やっぱり私の書いた小説の主人公の名前だ。
とすれば私には課金制のアイテムボックスがある筈。
お金の単位はニャンで円とほぼ同じ値打ち。1ニャンで十リットルの空間が買える。百ニャンだったら1立方メートルの空間がゲットできる。一日だけの借用だけどね。
しまった。課金制じゃなくって無料で無限収納にすれば良かった。
って今更遅すぎるか。
所持金は二百ニャンだ。あれれ、これって私が購買で買うサラダパンの為に用意した二百円と同じ額じゃない。
あとは着替えと携帯食料の炒り豆と干し肉とドライフルーツと黒パンか。水筒の水はちょうどなくなってしまった。
そうだ。バックパックをからにして、中身をアイテムボックスに入れてしまおう。お金もスリに盗られたら困るし。
さてっと、門番に身分証明書を見せたら入都料百ニャンも取られてしまった。
証明書がなければその十倍取られるっていうから危なかった。
さて感動の街並み拝見と行きましょうか。わぁぁぁ、すごい!
『キーンコーンカーンコーン♪』
あれっ?これって、午後の授業の始業五分前のチャイム。
私はガバッと顔を上げた。
なんと私は口の端によだれを垂らして図書閲覧室のテーブルに伏せて寝ていたのだ。
そしてテーブルの上を見て驚いた。
夢の中でアイテムボックスに入れたものがすべてテーブルの上にきちんと並べて載っているのだ。
炒り豆、干し肉、ドライフルーツ、黒パン、からの革製水筒、ピグマリン風の着替え、そしてむき出しのお金九十九円。
入都料とアイテムボックス使用料がしっかりとられている。
しまった。昼食のサラダパンのお金が……というより、食べるのを忘れていた。
私は急いで水筒に水を入れて、ごくごく飲みながらドライフルーツをクチャクチャ食べて炒り豆をポリポリと齧って教室に走って行った。
「伊代っぺ、なにその手に持ってる黒い塊は?」
友達の目座戸久美がわたしの持ってた黒パンを指さした。
「それと何?その脇に抱えてる服みたいのは?見せて、見せて」
「あっ、これは」
久美は着替え用の服を広げた。
「なにぃぃ、これは?レトロっていうか、クラシックじゃない。まるで舞台衣装ね。もしかして市民劇の『レミゼラブル』の一般女性役にでも出るの?」
「あっ、これはちょっと言えないんだけど、頼まれて預かってるだけなの。返してね」
わたしはサッと久美から奪い返すとロッカーの中に突っ込んだ。
それから午後の授業は頭に入らなかった。
夢なのに、なんでお金がかかって持ち金が減ってるの?
そしてアイテムボックスに入れたものは夢が覚めると現実世界に出てくるのかよ?
いやおかしいだろ。そんな設定私も知らないよ。
財布に入れていたお金は百一円も引かれて外に出てるし。
これじゃ、うかつに昼間どこでも寝る癖をなおさなきゃまずいことに。
ところで向こうの世界のものはアイテムボックスに入れればこっちの世界に持って来れることがわかったけど、こっちの世界のものは、どうやって持って行けば良いんだろう?
とりあえず財布を身に着けていたら円がニャンに変わって向こうに持って行けてたみたいだ。
それじゃあ、ポケットとかバッグに入れて身に着けていたら、向こうの世界に持ち出せるってことかな?まあ、今日寝る前にやってみよっと。
薫は25冊目の本を閉じた。コメントを書くと女神に渡す。この作業はずっと続いている。そして26冊目の本を手に取った。疲れたからこれを読んだら休もうと思った。
下にある顔マークをクリックしてね♪