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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
21/39

一般探索者(3) (未完)

この回で特殊書籍『一般探索者』は終わります。完結ではありませんが……





******************




札幌から帰って俺はお菓子とキーホルダーを家に土産に持って帰った。

妹の翼はスライムキャラが可愛いと喜んでいたが、俺は実際のスライムはそんなに可愛くないことを説明した。

「もうっ、おにい!どうしてそうゆうことゆうのよっ」

「許せ、お前には幻想と現実の違いをしらせたくて、つい」

今日も我が家は平穏だった。



俺は第五階層への階段を降りた。

そこで現れたのはオーガだった。

このダンジョンは他のダンジョンと違って、あるモンスターが出る階層にその上位種が現れるということがない。

たとえばゴブリンにはホブゴブリンとかゴブリンソルジャーやゴブリンロードなどの上位種があるが見たことも会ったこともない。

オークもそうだ。

平のオークばかりで、オークジェネラルとか出てこない。

なにかここがコアダンジョンだということと関係があるのだろうか?

そして五階層はオーガだった。

身長は3mもあって、オークよりもさらに逞しい。

つまり角が生えた大鬼で、大江山酒呑童子みたいのがゴロゴロいる。

ここもけれどひらオーガばかりだった。

金棒かなぼうを振り回して打ち付けて来るが、それだけの話だ。

俺は地図を描きながら、押し寄せて来るオーガを左右に振り払って前に進む。

こんなでかいモンスター、うっかり引き裂けばあたりは血の海になるだろう。

それが嫌だ。

全方向視覚を失ったので、観察球を背後に置いて後ろの方を確認しながら進む。

前からも後ろからもオーガがやって来るが、ただそれだけの話でどうってことがないのだ。

いくら3mの大鬼でもちょいと突けばふっ飛んで壁に激突するし、せめて宝箱が出た場合の中身は収納して行くという、それだけが楽しみになった感じだ。

たまにオーガが金棒で殴って来た時、奪って収納するが、別に収集してるわけでもないがいつの間にか2ケタの数だけ集まっていた。

この日も午後になってから六階層への階段が見つかって、残った時間は未踏部分の地図作りに専念して、完成してから帰路についた。

「大地君、帰るんですか?」

「はい」

「ところで札幌での結果を聞いてないんですが」

「ああ、合格しました」

「どうしてそうゆうことを黙ってるんですか? 私はとっても心配してたんですよ。それで今日は二階層ですか?」

「いえ……実は」

「えっ、もう五階層ですって?!」

「しーー、大きな声やめて下さい」

「それで五階層は……その前に四階層とか三階層はどうなったんですか?」

「ああ、そうだ。忘れてました」

俺はポーチから出すふりをして亜空間収納から三階層のゴブリンの魔石やドロップ品を出して渡した。

あとは四階層のオークの棍棒とか五階層のオーガの金棒を13本出して渡した。

「あの……魔石は?」

「オークとかオーガを殺せば血とか出て気持ち悪いから殺してないんですよ」

「殺さないで、どうやって通ったんですか?」

「殴られたり体当たりされたりしながら通りました」

「それでそんな無傷の状態なの?」

「丈夫なんです。頑丈スキルを持っているから。それに怪力のスキルがあるから、邪魔して来たら突き飛ばして道を開けさせるんですよ」

「じゃあ、なんのために階層を進んで行くの……行くんですか?」

「階層の地図を作ってます。それで、地図は買って貰えますか? 一階層から五階層まで書きましたし、四階層からは罠の位置とか種類も書いてます」

「所長! 大地君が大変な情報を!」

結果、俺は各階層の地図を1枚50万円でコピーを売った。

如月さんと俺の仲だから格安でお分けしたんだ。

本来ならそんな安値じゃないんだけど、ここは利用者の人数が壊滅的に少ないからこの値段になったのが正直なところだ。

そして少し2~3日休んでから六階層に進出したが、モンスターはミノタウルスだった。

頭が牛で体が人間というモンスターで4mも身長がある。

もちろん体はムッキムキで筋肉の塊だ。

得物はバトルアックス一色で、これは取り上げて片っ端から収納して行った。

たまにそのアックスで角をへし折ってそれも集めた。

魔石を持ち帰らないため如月さんが不機嫌になるので、何でも魔石の代わりに持って帰ることにしたのだ。

因みにオークの棍棒は大したことがないが、オーガの金棒は値段が良かったそうだ。

彼女の1年分の給与に相当する額だったとか。

それならもっと熱心に集めて何本か彼女にプレゼントしたのにな。

ミノタウルスのバトルアックスは日探協にったんきょうの武器部門に回されるとか。

但し金棒を武器として使う探索者はいないのでそれはそっちにいかないとのこと。

確かにあの金棒は持つところも指が届かないから俺でも使いづらい。

七階層はトロールだった。

こいつは図体が大きい。

8mくらいはあると思う。

目鼻の配列が悪く、はっきり言ってかなりモンスターの中でもブサイクだ。

そして怪力だ。

でも俺の方が力が強い。

常に相手よりも重く、相手よりも強く調整してるから当たり前なのだが。

トロールも棍棒を持っているが、長さや太さがケタ外れだ。大木を引っこ抜いてそのまま使っているような大きさだ。

これはさすがに事務所に持って行けない。

収納はしておくが出して見せる場所がない。

トロールは俺を踏みつぶそうとするが、それをやると逆に足を傷めてしまう。

地面から出た鉄の杭を踏んづけるようなものだからだ。

それだけ俺の絶対防御の効果は凄まじい。

そしてこの階層になると宝箱の中身が高級になる。

宝石類がでることもあれば、魔道具が出たりする。そしてこの七階層の地図が完成する頃に宝箱からオーブが出た。

それがなんと『時間操作』のスキルだ。

早速俺に使ってみたが、時間停止は無理だった。

残念だ。実は周りの時間を止めてあんなことやこんなことをしてみたかったといけないことを考えたんだが、それは犯罪に近いことなので、できなくて良かったと思ってる。

本当だっ。

その代わり周囲の時間がゆっくり流れて見える動体視力とか俊敏の能力に関係するらしい。

俺は時間操作の能力を得て、文字通り得意絶頂だったが、その能力に関する専門書を読んでそれがぬか喜びだと気が付いた。

専門書では簡単な例を挙げて説明していた。


『ネズミと象の一生分の心臓の心拍数は同じである。けれどネズミの寿命が1年だとすると、象の寿命は100年になる。

その分ネズミは素早く行動できるが、それだけ命を使うスピードが速いのだ。

象はその逆で、両方とも主観的な一生の長さはそれほど差がないと考えられる。

もし時間調整の能力を使い続けたとしたなら、それが周囲の時間を遅らせる方法だとすると使った本人は通常よりも速く老衰して死ぬことになる。

だからこの能力を使い続けることに馴れてしまうと、いつの間にか周囲よりも速く老化して死ぬことになると思う……(後略)』


だからこの能力は必要最小限の使い方をしなければならず、普段は封印すべきだと考えた。

俺は太く短く生きるよりも、細く長く生きるソーメンライフを目指しているからだ。


八階層にはサイクロプスがいた。身長10mはある。

見上げると首が疲れるので、足元だけを見て歩くことにしている。

向こうは俺を踏みつぶそうとして、足の裏に大穴をあけて悲鳴をあげているが、やはりかなりのスプラッターなので、次回からは避けていくことにしている。

または脛にパンチを浴びせて泣かせるとか。

大きな足を横から蹴ってやると、柔道の足払いと同じく巨体が倒れたりするので慌てて避けたりしてみる。

だが上手にやらないと、倒れずに向こうが足首を捻挫して泣くことになる。

それとか足の小指を踏んづけてやると、悲鳴を上げて痛がる。

ちょうどタンスの角に足の小指をぶつけるのと同じことなのだろう。

そこで見つけた宝箱には、ポーションが入っていた。

鑑定すると『エリキサー』とある。

これはきっと何億もする値打ちものだと思った。

それの一歩手前のポーションは既に何本も手に入れていて、母さんに飲ませたところ、医者から通院する必要がないといわれるくらいに全快した。

ダンジョンさまさまだ。

そして九階層に来ると、そこは青空がある大草原で、空にはワイバーンが飛んでいた。

ワイバーンは俺を爪で捕まえて行こうとするが、俺は爪や脚をへし折ったりしてやるので、悲鳴を上げて逃げて行く。

尻尾で鞭のように叩く奴とか、口で噛みつこうとするやつもいたが、全部傷つくのは向こうの方だった。

尻尾は折れてしまうし、噛みついた歯や牙は折れてしまうのだ。

しまいには俺を襲うやつはいなくなった。

だが事情を知らない奴も中にはいて、俺を攫って雛の餌にしようとした奴がいた。

ワイバーンの巣はどんなものか興味があったので、大人しく連れていかれると、雛が二匹に卵が3個あった。

卵と言っても長さが1mもある巨大卵だ。

俺は亜空間には生き物しか入らないとして知多が、卵はどうだろうとやってみたら、3個とも収納で来た。

ワイバーンの母親は怒って俺を殺そうとするが文字通り歯が立たない。

可哀そうなので卵を返してやると、ダンジョンのモンスターなのに、お礼に俺を地上まで戻してくれた。

実際は厄介払いだったかもしれないが。

そこでも宝箱を見つけて中身も確かめずに収納した。

そういう宝箱ももういくつも溜まっている。

そして十階層も青空広がる大草原だったが、今までと様子が違った。

スライムや角兎はいないが、ゴブリンやオークなどの今まで出て来たモンスターの上位種ばかりがいた。

それもゴブリンならゴブリンキングやゴブリンエンペラーなどの最上位種ばかりだ。

でも俺にはそんなのは関係ない。

色んな上位種に攻撃されたが、物理的に損傷をうけることはない。

オークキングも3体とか4体で現れるから出鱈目だ。

オーガも肌の色が真っ赤なのとか、真っ黒なのがユニーク種としてやって来る。

中には火や雷の魔法を使うのもいる。

トロールも岩山のように大きな物がいたが、いちいち相手にしていられない。

そして二つ首のサイクロプスとか三つ目のサイクロプスが出て来た時にはずっこけた。

三つ目ならサイクロプスじゃねえだろっ。

そして真打はエンシャントドラゴンだった。

空を飛んでいるときは空全体が隠れるくらい大きい。

そいつが俺に向かって言った。

「虫けらが何の用でここに来た?

ダンジョンコアは渡さないぞ」

それで俺は知った。

ここが最終階層だと。

ダンジョンコアは確かにあった。

ドラゴンが立ちはだかるその後方に神殿があって、その奥に飾ってあったのだ。

しかもその高さは2mもある、半透明の薄い青色の宝石のようだった。

よく見ようとすると、ドラゴンがガーディアンの役目をしているらしく、いきなり俺にブレスを放って来た。

きっと原子爆弾もかくあろうという強烈な熱の炎だったと思う。

けれども俺にはぬるま湯ほどの温度も感じない。

「驚いたな。今の炎を耐え抜いたか」

いやいや、耐え抜いてもいない。何も感じなかったのだから。

だがドラゴンは何度も俺にブレスを浴びせかけた。

熱は感じないが光は感じるので、眩しいから目を閉じても瞼を貫通して光が入ってくる。

長時間それを続けられたので、いい加減ひと眠りしたくなったが、眩しくて寝られない。

だが突然ブレス攻撃が止まった。

どうやら魔力切れらしい。

その後、様々な物理攻撃をしてきたが、体を損傷するのは相手の方だ。

とうとうドラゴンは俺を飲み込んでしまうことに決めたらしい。

噛めば牙が欠けるから丸呑みをして消化するということだ。

だがそれは悪手と言えよう。

俺は亜空間に包まれているから、外部から遮断されても呼吸はできるのだ。

どういう仕組みになっているかよく分からないが、もちろん酸にも溶けることがないし、亜空間は別の亜空間と高次元で繋がっているので、通気や気温の環境は整っている。

ただドラゴンの内臓の中を見せられるのは気持ち悪い。

それでちょっと胃袋の中でダンスを踊ってやると、流石に耐えられなくなったらしく吐き戻された。

俺の外殻亜空間コーティングは水も弾くし、血糊もつかない、ましてドラゴンの消化液やゲロなんかも全部弾けてしまう。

ドラゴンは気分が悪くなったらしく横たわってしまった。

俺はそれを横目に見ながらダンジョンコアに近づいた。

これぞ限りなく透明に近いブルーというやつではないだろうか?

あっ、うっかりパクってしまった。

ところが薄青い宝石のようなコアの中の方に人の形が見えるのだ。

どうやらそれは少女の形をしたものだ。

けれど石に中に人間がいる筈がない。

『%$&#%……』

なにか分からない言語が頭の中に響いた。

それは女性の……少女のような声だった。

『&%…これで、通じるようになりました。あなたは誰ですか? ここにはどんな用で来たのです?』

えええっ、もしかして君はダンジョンコアの中にいる人かい?

『はい、私は星神によってコアの中に封じ込められた、%&$という者です』

名前の部分は現地語だから和訳できないのか。

でも今の発音で最も近い音はソウラかな?

『ソウラ……それで良いです。あなたの名前は?』

俺は自分の名前を頭の中に思い浮かべた。

『カケルというのですね。あなたはこの封印を解いてくださいますか?』

どうやれば解けるのか分からない。このコアを殴って破壊すれば君も傷ついて死ぬだろう。

『解除の呪文を言えば良いので簡単です。この言葉を真似て下さい。イg$ル#&%&$』

うわあ、難しいっ。簡単じゃないよ。絶対発音は無理だ。

『……私はこのコアダンジョンのエネルギーを微調整するためにここに封じ込められました。解除の呪文は私以外の者が言わなくては有効になりません』

そのほかの方法はないのか?ここに閉じ込められたときの逆をやれば出られるのでは?

『このコアは始めは縦に半分に割れていて、私がその中に入れられてから左右の石がくついたのです。でも神の力以外ではこの石を開くことはできない筈です』

なんだそうか。それじゃあ、この辺が真ん中だからそこに手を無理やり突っ込んでこじ開ければ良いのか。

コアがどんなに硬くても俺が指先でコンコンと突くとポロリと欠けて両手が入るほどの隙間ができた。

俺は両手をかけて左右に力を込めた。

力を少しずつ強くしていくと僅かにコアに縦の隙間ができた。

さらに力を込めると、何十トンもの力が左右に加えられ、ついにコアがパカーンと左右に割れた。

大抵ファンタジーでこういう封じられた少女を助ける場合、読者サービスもあって、出て来るのは一糸まとわぬ姿というのが定番なんだが、定番じゃなかった!!

なにか神官か巫女が着るような白いローブを纏った金髪碧眼の美少女が現れたのだ。

だが、俺はソウラを助けることに気を取られて肝心なことを忘れていた。

『大丈夫ですよ。ダンジョンコア自体が取り外された訳ではありませんから』

俺の考えを見抜いたかのようにソウラは念話で、コアダンジョンは無事だと言った。

すると縦に割れたダンジョンコアは再び閉じてほんの少しだけ縮んだ。

『コア自身の意志で、私が抜けた分だけ空白を埋めたのです』

俺は地球神との約束を破らないで済んだのでほっとした。

まだコアダンジョンは潰す時期ではないのだ。

ところで、ソウラが抜けてもダンジョンコアは機能するのか?

『私の役割は2415か所のダンジョンを作るときの微調整の為で、ダンジョンが完成したその後は星神に各ダンジョンの攻略状態を報告するためだけに封印されていたのです』

2415か所のダンジョン? 確か世界中のダンジョンは2400か所の筈だが。

『はい、まだ未発見のダンジョンが15か所あるのです。私はそれがどこにあるのか、そしてその階層数やモンスターの配置まで知っています。もちろん封印から解除される今以前の情報になりますが』


******************

はうらんさん、ごめんね! かおりん、勘違いしてたみたい。原文のテイストを活かしつつ、読みやすく整えるってことだね。かしこまりました。それでは、もう一度、全文を読みやすくしたものを提示しますね。


明日の人生の為の準備訓練

たまたまリサイクルショップで、変なゲームを見つけた。古い装丁で『明日の人生の為の準備訓練』という題名だ。値段も300円という微妙な設定だった。100円か200円なら気軽に買えたかもしれないが、300円だ。


それでも自分自身の好奇心を満足させるため、300円の出費をした。詐欺かもしれないが、ロマンス詐欺で何百万も巻き上げられるよりはずっとましだろう。家に帰って中を開けてみると、A4の説明文1枚とUSBメモリーが1個入っていた。あとは段ボールの空箱という、よくある上げ底仕様だ。


まずA4の説明書をさっと読んだが、すぐに破り捨てた。怪しいことがいっぱい書いてあったからだ。近い将来、地球に異世界のダンジョンが出現するとか、そのとき慌ててもほとんどの人は対応できないとか……。寝言は寝てから言えって感じだ。まず300円返せよ、と言いたい。安売りのカップラーメンなら3個か4個買えるだろうが。なんでもこのプログラムを実行すると、新地球環境に順応できる能力を身につけることができるという。よくまあ、リサイクルショップでも300円の値段をつけやがったな、もうあの店には行かないぞ、と思った。


だが、ロマンス詐欺よりはましだと思って買った手前、USBメモリーをパソコンに接続した。いきなり出てきた画面は『明日のためにその一』。「明日のジョーかよ!」って、ほとんどの世代は知らないだろう。動画に映ったのは、いかにも怪しい片目を黒い眼帯で覆った坊主頭のおっさんのアップ画像だ。まんまじゃないか!


「昭和に戻れ!」おっさんは開口一番そう言った。「令和の人間は軟弱すぎる!虫が怖いと大騒ぎだ。まずミッションの第一は、できるだけ大きな蜘蛛を10匹生け捕りにしろ。殺したら駄目だ。小さいのは効果が薄いから大きいのにしろ。集めたら何をするか教える」


そしてなんと、画像がフリーズした。どうやっても次に進まない。ジタバタしていると次の言葉が現れた。『ミッションを果たさないと次に進めません』。なんだぁぁ、これはぁぁぁ?


ここでUSBメモリーを抜いて金槌で砕けば良かったのだが、俺は馬鹿だから蜘蛛を集めることにした。何故かというと、『令和の人間は軟弱過ぎる』と言われてムカッときたからだ。あんな怪しい格好のおっさんに舐められてたまるか、というのが本音だ。


調べると、我が町は空き家が多いので、その周辺で巣を張っている大きめの蜘蛛は「オニグモ」という種類がいる。わずかにこげ茶色がかった灰色の蜘蛛だ。タランチュラほど大きくはないが、大きいのになると頭と胴体部分だけで、人差し指と親指でつくる『お金マーク』くらいになる。それに足がつくんだから、高い所に巣を張っている様子は下から見上げると結構堂々としたものがある。


俺は物干し竿を持って巣を壊しながら、オニグモを下に落とす。下に落ちると蜘蛛は足を縮めて仮死状態になる。いわゆる死んだふりだ。それをペットボトルを切った入れ物に入れておく。上に穴を開けたビニールを被せ、輪ゴムで止めておく。殺したら駄目だから、とりあえず脱脂綿に砂糖水を含ませたものと、半殺しにしたハエを入れておいた。


同じ場所に入れるとケンカしたり共食いをしたりするといけないから、捕獲するたびに違う入れ物を用意することになる。それでまる三日かかった。俺って相当な馬鹿? 馬鹿だよね、絶対? なんで三日もかけて、汚くて気持ち悪い蜘蛛を10匹も生け捕りにして飼わなきゃいけないんだ?


パソコンの前に10匹分の蜘蛛の入れ物を並べて、再度USBメモリーを差し込んだ。すると今度は黒い三角帽に黒マント、黒いマスクをして目だけ出した女が現れた。怪しすぎるだろ!黒魔術でもするんかい!


「まず大きな入れ物に日本酒と白砂糖を入れて、その中に10匹の蜘蛛をぶち込んで溺れさせなさい」


はあぁぁあ?せっかく殺さないで生かしておいたのに、今度は溺れさせる?や…やってやろうじゃないか、くそっ。どこまで人をおちょくれば気が済むんだ。どういうわけか、俺が言われた通りにするまで女の画像はフリーズしたままだ。


「では、蜘蛛が完全に溺れないうちに、次のこれを蜘蛛にかけなさい」


「えっ?」


画面の女が手を伸ばして俺に渡したのは、香水くらいの大きさの噴霧器だった。ハッとしたら、女は画面の中に戻っているし、俺の手には渡された噴霧器があった。えええええええええええ?? 魔法かよ?


もうやけくそだ。300円と三日分の無駄な労力は取り戻せないが、騙されたと思ってやってやろうじゃないか! 俺は砂糖入りの日本酒の中でジタバタしている蜘蛛たちに、その謎の液体を噴霧器で浴びせかけた。すると、蜘蛛の体が光ってダイヤモンドダストみたいなキラキラが上がってきて、俺の方に被さってきた。キラキラは俺の体を包むと、スーッと体の中に入ってきたのだ。


画面の中の女は手を伸ばして俺から噴霧器を回収すると、笑いながら言った。「あとは蜘蛛を外に生きたまま逃がしてあげなさい。あんたは蜘蛛の能力を受け継いだのだから、感謝するが良い」


蜘蛛の能力?スパイダーマンか?無理だろ。試しに掌の真ん中から蜘蛛の糸を出そうとしたが、何回やっても糸くず一つ出なかった。すると急に視界が変になった。画面の女が言った。


「蜘蛛の目は合計8つあるから、両手、両足、後頭部と頭頂の6つの目がアクティブに作用して、360度の視界が自由に得ることができるのさ。それが自由にできるようになったら、『明日の為にその二』に進むことだね」


そう言うと画面がフリーズした。


俺は魔女みたいな奴が言った6つの目のオンオフを試みた。そして大変なことがわかった。学校に行って女生徒が近づくと、靴下を履いてない俺の足の甲からスカートの下が見えるのだ。そして今まで気がつかなかった、背後からの視線もまるわかりだ。俺のことをじっと見ている女子は、きっと俺に気があるんだろう。全然気づかなかった。


それとは逆に、俺に敵意を持っている奴とか、馬鹿にしている奴とかもまるわかりだ。俺が机に突っ伏していれば頭頂の目が前方の景色を映すし、後頭部の目を側頭部に移せば左右の様子がまるわかりだ。両手の目は腕のどこにでも移動できるので、上げ下げすれば色々な角度から視界を得ることができる。しかも、目のある場所はただの皮膚にしか見えないから、誰にも知られることがない。


もし自分の顔に10cmの距離で顔を近づける者がいれば、『変態ッ』と言って大抵の女は叫ぶだろう。だが、顔ではなく、相手の掌や指や肘、または首筋や後頭部が自分の顔の近くにあっても、そんなに騒ぐこともない。俺は女子の顔をそんな至近距離で見たり、スカートの中の太ももやパンツを見たり、うつむいた時の胸の膨らみを覗いたりしても騒がれなかった。まあ、さりげなく、ごく一瞬に近い時間でやらないと不自然になるから気をつけなきゃいけないんだがな。


そういうエロい効果の他に、自分が見てない所で自分がどんな目で見られているのかがよくわかるようになったのは、大きな収穫だった。クラスの女の子のパンティの色はすべて把握できたのは、収穫といえるかどうかわからなかったが、とにかく絶対に人には言えない秘密の能力を得てしまったのだ。ちなみに、手足がさらに2本ずつ増えるとか、編み物がうまくなるとか、そういったスキルはなかった。


そういう検証が済んだので、再びUSBメモリーを差し込んでみると、また片目マスクのおっさんが現れた。


「明日の為にその二だ。令和の人間は軟弱だ!昭和の心で蛇を10匹捕まえろ。もちろん生け捕りだ。生け捕りにしたら、どうするか教える。但し、毒蛇はやめろ」


それだけ言うとまたフリーズした。おいおいおいおい。いくらここが北海道だと言っても、ここは田舎都市だぞ。確かに鹿や狐やアライグマやエゾリスは見ることはあるけど、蛇はそんなに見つからないぞ。10匹だって?冗談じゃない。無理無理無理の無理ゲーだろうが!


するとおっさんのフリーズが解けて、代わりにあの魔女が現れた。「晴れた日に蜘蛛のいた空き家の近くの草むらにこれを吹きかけて出てくるのを待ちなさい。用意するものは棒切れとビニールの袋だよ」


そう言った後、蛇が草むらに出てくる動画が流れた。すると棒を持った手が映り、蛇の頭のすぐ下の首の所を棒で押さえてから、手で蛇の首を掴む様子が……。むっ、むっ、無理無理無理ゲーだぁぁぁ。しかも蛇の首を掴むと、蛇は怒って口を開け牙を剥いて手を噛もうとするが、首が回らないから届かない。すると自分の首を掴んだ腕全体に巻き付いて、何とか逃れようとする。ぎゃぁぁぁああああ、気持ち悪いっ。


そうこうしているうちにビニールの袋に強引に蛇を押し込んで、水を含んだ脱脂綿とウズラの卵を1個一緒に入れる。「ねっ、簡単でしょ?こうやって10匹集めてね。場所はその都度変えた方が良いわよ」魔女は片目をつぶってからフリーズした。簡単なわけあるかぁぁぁぁああっ!


だけど俺は救いようのない馬鹿だった。そう言いながらも、俺は早速空き家巡りをした。空き家と言っても、なるべく木造の廃屋の方が良い。そういう所は庭も草が伸び放題で、見通しが悪いから、鎌を持って行って少し刈り取った。鎌はホームセンターで一番安いのを買った。草刈り鎌だ。小学校の時稲刈り体験で使った記憶があるので、何とか使えた。


それから魔女から手渡された噴霧器を使った。蜘蛛の時に使ったときの匂いと違って、今度は獣か虫のような嫌な匂いがした。これで蛇を誘き寄せるのだな、と思う。誘き寄せられないで欲しいと思うけど、それは無理だろうな。絶対来ると思う。


そしてやって来たのは、1m以上の青大将だ。その後のことは言いたくない。最初の一匹を捕獲するまでどれだけ躊躇ったか。だが捕獲は一瞬で終わった。二度三度首を抑えようとしたがへっぴり腰のため逃がし、四度目で首根っこを押さえた。それから神様仏様に祈りながら手で首を掴んだ。蛇が首を回すといけないから、なるべく頭の近くの首を掴んだ。よく蛇を扱いなれた人は頭から離れたところを掴んで持っているが、あんなのは真似できない。手を噛まれたらどうすると思う。


案の定、腕に巻き付いてきたが、そこで驚いて手を放したら駄目だ。結構力を出して脱出しようとするが、ビニールの袋に頭から突っ込んで、あとは順送りに胴体を中に入れる。終わった後は輪ゴムで口を縛り、針で空気穴を開けておく。保管場所は熱中症になったら困るから、日陰の涼しい所に置く。晴れた日もあれば雨の日もあるので、一週間かけて10匹を集めた。ウズラの卵もウズラ園という所で買って与えた。出費が重なる!俺は貧しい高校生だぞ。


USBメモリーを差し込んで動画を出すと、魔女が俺に向かって手を出している。黙っているので俺は何のことかわからずしばらくぼんやりしていたが、ようやく気づいて蛇を誘きだす噴霧器を差し出すと、さっとそれをひったくった。そして言ったことが面倒くさい。


「蛇を一つの袋に全部入れなさい」


言われたことをしないと画面がフリーズしたままになっているので、仕方なくそうすることに。って言うけど、これ結構面倒くさいぞ。両方のビニールの口を開けて繋いでおき、一方の蛇をもう一方の袋に逆さに振って落とすのだ。もう、蛇同士がうねうね絡まって動いて気持ち悪いったらない!次から次へと一つの袋に全部の蛇を入れるんだが、ウネウネウネウネして気持ち悪いったらありゃしない!


全部入れたのを見て、魔女がまた喋った。「いったん袋を閉じてから、これを一気に飲め」


魔女が画面から手を飛び出させて渡したのは、1リットルのペットボトルに入った怪しい液体だ。なんとか園のウーロン茶とポカリみたいなものを混ぜたような濁った色をしていて、飲みたいとは思わない。「味わって飲もうとすると途中で挫折する。一気に飲んでしまえ」


あのなあ、人間というのはこういう液体を1リットルも一気には飲めないようにできてるんだよ。飲んでる最中に溺れたらどうするんだ!と思ったけど、俺は馬鹿だから飲み始めた。味わおうとはしてないけど、絶対変な味だ。生臭い、しかも変に甘みがあって余計に気持ちが悪い。飲んでる途中で吐いたらどうしよう。途中で息をするのを忘れていたから、鼻から少しずつ息を吸ったり吐いたりしながら飲むんだけど、途中で途切れさせては一気飲みにならないし、再度挑戦するような味じゃないから、涙を流しながら飲んだ。吐き気も一緒に、夢も希望も一緒に、嫌だった思い出も一緒に飲んだ。途中で溺れ死ぬ幻覚を見た。終わったらお腹がタポンタポンになって、ちょっと動くと水が逆流してきそうだ。


「それなら今度は」


魔女は空になったペットボトルを回収すると、また蜘蛛の時と同じ噴霧器を出した。「同じではない。前の奴に酒精を加えてある。これを袋の中にいる蛇にたっぷりとかけろ」


どうもこの魔女の命令調が気に入らない。お願いだからたっぷりかけて、とか言えないのか?まあ、言われたとしても喜んでするつもりはないけどな。俺は躊躇った。今度は何?俺の体に鱗が生えてくるとか勘弁してくれよ。とか、急に脱皮するとか……。体質が変わって変温動物になるとかやめてくれ。冬が寒くて冬眠しなきゃいけないだろう。


だが俺は真正の馬鹿だから、スプレーを言われた通りは癪だけど、たっぷりと蛇にかけた。すると、例のごとく、蛇全部からダイヤモンドダストの光が上がって俺の体を包んだ。そしてその光の粒が俺の体に針のように突き刺さったかと思うと、全身が激しく痛みだした。聞いてない。骨が骨が痛い!そして関節が痒い!痒いけど掻けない!水が、腹の中の水が全身に爆発的に流れて血管の中を駆け巡っている。うわああ。筋肉が熱い!痛い、痒い、熱い!


俺がぐったりしていると、魔女が話かけてきた。「お疲れのところ悪いけど、これ手と足にはめてくれる?」


寄こしたのは二つの手錠だ。な、な、なんのプレイをさせるつもりだぁぁぁぁ。「両手首と、両足首にはめた後、外してもらいます、もちろん鍵なしで」「はぁぁぁぁああああ??」「大丈夫外れるから、もうあんたの体は蛇のように柔らかい体質になってるのよ。うふふ」


俺は騙されたと思って手錠を自分の手足にはめた。けれど何故かスルリと手錠から手足が抜けた。関節が自由に外れたり嵌ったりして、痛みも何もない。手の指を反対側に折ってみたら手の甲に簡単についた。両足を左右に広げて上半身を前に倒したら、床にペッタリとついた。それどころか、エクソシストの蜘蛛歩きもできた。


「手錠をこっちに返して。その代わりこれをあげる」


今度魔女が手錠を回収した後手渡したのは小さなリングだ。頭をようやく通すくらいのプラスチックのリングだ。いわば小人の使うフラフープみたいなものだ。「これを頭から潜って見せて」


そんなことはできるはずがねえだろ。普通、肩の所でつっかえてしまうのがオチだろうが。と思ったが、何故か肩関節もフニャと外れて胸も腰も全てフニャッとなって輪を潜り抜けてしまった。「柔らかさは自分で調節できるからね。普段からフニャフニャしてるとキモいから気をつけてね。うふふ。まあ、これで検証は済んだようなものだけど、一応明日の夜までは検証時間にしておくから、それが終わったら次の段階になるわ」


そう言うとまた画面がフリーズ。次の日、高校の体育の授業の一環として柔道があるが、俺は練習相手に柔道初段の男が当たった。けれど俺は投げ技も寝技も関節技も効かなかった。体が柔軟だということはそういうことなんだと悟った。俺と比べればほぼ全員体が硬い方だと思うし、そうすると格闘技や組手などでは、体が柔らかい俺の方が関節の可動範囲が大きい為、相手を意のままに動かせることがわかった。よかった。変温動物にならなくて。そうそう、言い忘れたが、捕まえた蛇は全部山にリリースしたぞ。


「明日の為に、その三!生きたナマコを10匹生け捕りにすること」


ええっ、無理だよ。ナマコって高級食材だし、密漁は犯罪だし。その前にナマコなんて獲ったことないし、たぶん無理だ。するとおっさんの代わりに魔女が出てきた。


「生きたナマコが売ってるところに行って、買ってくれば良いのよ。受け取るときは海の水と一緒にね。なるべく生きの良いのを選ぶこと」


なるほど、買うのか。それなら……って、いったいいくらすると思うんだ。ネットで調べたら赤ナマコ10個で17,000円以上もしていた。高校生の買える値段じゃないだろう!


その後また動画を再生して魔女の凍結画面を睨んでいたら、漸く喋り出した。「ごめんごめん、ようやく近くの漁協で活ナマコを扱っている所を見つけたよ。買わなくても良いから、そこに行って10匹以上いる生簀に、人が見てない時にこの錠剤を入れてくれる?噴霧器は使えないから」


魔女は小さなビニールの袋に入れた白い錠剤を手渡して言った。「チャンスは一度だけ。これを逃すとずっと遠くの街の漁協に行かなくてはいけない。〇月▽日の午前10時ごろ、O漁協に行って、何とか口実をつけて見せてもらいなさい」


そう言うとまたしてもフリーズした。なんとか口実? 口実? 口実? 思いつかないぞ。馬鹿だから。それに、あと2日後じゃないか? どうする、どうする?


高校に行って、有本という頭も性格も良さそうな男に俺は話しかけた。「あのさ、もし漁業組合に行って水揚げした水産物を見せてもらいたいとき、どんな口実が考えられるかな?」「はあ?何それ?大地翔君だったっけ?なんで水産物を見たいんだよ?」「実は明日の土曜日の10時ごろ、O漁協に水産物の水揚げがあって、その様子を見たいって頼まれたんだよ」「誰に?何のために?」「親戚のというか、いとこの女の子で漁業に関心があって、レポートを書きたいっていうから」「それで良いんじゃないか?明日のことだったら、君がその漁協に電話をかけて、漁業で頑張る人たちの様子を学校新聞の記事にしたいとか言って取材を申し込めば?アポなしよりはすんなり行くと思うけど。で、その子って美人なのかい?スマホで録音しながら用意した質問に答えてもらって、あとは自由に動画に撮っていけば感謝されると思うけど。で、その子って僕に紹介してくれる気はあるかい?」


「ああ、いとこの子は魚が大好きで、ボラを1匹一人で平らげてしまうんだ。子供の頃は一緒に相撲を取ったけど、一度も勝てなかった。男だったら相撲部屋から誘いが来たろうなあ。あっ、色々助言ありがとう。もし会いたいならセットするけど」「いや、良いんだ。その話は忘れてくれ」


架空のいとこに会わせることはできないからほっとしたよ。ふーーっ。有本が頭も性格も良いことは知ってたけど、女好きだとは知らなかった。いや、男なら当たり前か、うん。


「ええと、僕は△〇高校の大地翔と言います。新聞部なんですが、地元の漁業で働く人の様子を取材したいと思いまして、明日10時に水揚げの様子を撮影させて頂けないでしょうか?お忙しいと思いますので、なるべく邪魔をせずに早々に帰りたいと思ってますが」


すると年配のおっさんの声がした。『ああ、たぶん忙しくって相手はしてられないし、あんまりウロウロされると作業の邪魔になるんだけどねえ、それでもどうしてもって言うなら、仕事の邪魔にならない程度にささっと撮影して帰るなら……で、どのくらいかかるの?』


「ちょっと邪魔にならない程度に、隅っこの方で作業の様子を録画して、水揚げしたものもカメラに収めて…15分以内に済ませたいと思いますが」


『ああ、その程度なら。明日の朝の朝礼でみんなに言っておく。ただし、話しかけたり、インタビューとかはやめてくれよ。その代わり、漁協のパンフレットは事務所に置いてあるから、それを見てくればわかると思う』


「はい、わかりました。では邪魔しないようにこっそり来て、こっそり帰りますので」


『うんうんわかった。で、できた記事は送ってくれるのかい?』


うわぁァァあああ、ドキッとするようなことを聞いてきたぞ。えーと、えーと、そ、そうだ。「あのう、今回は部員で競争して記事を書くんですが、採用されるかどうかはわからないので、もし採用された場合は郵送させて頂きます。もし届かなかった場合は不採用だと思ってください。すみません」


『ああ、なるほど。わかった。採用されると良いね、じゃあね』


こういう電話のやり取りは本当に心臓に悪い。今の高校生でこういう電話をかけたり受けたりできるのは何人いるだろうか、と思ったりしてる。俺の場合はもうヤケクソになってるから、何とかやったけど。二度とやりたくねえよ。


しかも今度は蜘蛛、蛇に続いてナマコだろ?食材としての味はともかく、見た目が気持ち悪いのばっかじゃないか。今度こそ体中にイボイボができたりしたら、俺は誰を恨んだら良いんだ?最低良くって、海の底を寝転んでいても呼吸できるとかいう能力くらいだろうな。それって何の役に立つんだ?ましてダンジョンに関係ないだろ?いや待てよ、ダンジョンにも溶岩とか地底湖とかがあったりするから、関係あるのか?ああ、もうどうでも良い。問題は明日だ。錠剤を生簀に入れたとして、例のダイヤモンドダストは目立つぞ。


本当に漁港というのは広いな。漁業組合の建物も事務所と作業場と別だから分かりづらい。やっとたどり着くと、漁師とその他の人がごっちゃになって動いている。声も大きくて怒鳴っているようで、少しビビった。ちらっと俺の方を見たがすぐ目を逸らすので、取り付く島もないって感じだ。一応頭を下げたが見てないようで見てるのか、手は常に動かしている。俺は絶対漁協に就職しないと決めた。忙しすぎるだろ。朝も早そうだし、魚臭いし、濡れるし、力仕事だし。


それに俺はナマコの生簀をまだ見ていない。タコとかホッケとかケガニやエビは見たけど、ナマコが見当たらない!


「おい、どうした、高校生?」


筋肉マッチョで色黒のおっさんが声をかけてきた。口調が荒いので、怒られているようで委縮する。だが、そうもしていられない。「あのう……ナマコは水揚げしてないんですか?」「ナマコ?今日はないな。なんだ、見たいのか?」「ナマコは珍しいと聞いたので」「あっ、昨日のが生簀に入れてあったな、そういえば。こっちだ」


他の魚類はカゴに入れてあるので生簀はないかと思ったら、ちょっと外れの方にあった。「これだ。撮影するならぱっとやってくれ。これも片付けなきゃいけないからな」「はい。あっ」俺は向こうの方を見た。「なんだ?」


おっさんが向こうを見た瞬間に、俺は錠剤を生簀に落とした。「これ撮影しても構いませんね」「ああ、そういうことか。なんであっちを見たんだ?」「こっちを見た人がいたんで、駄目なのかなと思って。それじゃ…「ピカピカピカーーー」あっ」


その時、生簀全体がものすごく光って、いつも見る10倍くらいのダイヤモンドダストが、俺だけでなく隣にいたおっさんの体を包んだ。「うわぁぁぁぁ、なんだこれぇぇぇ!」「なんだ、なんだ」足を引きずりながら駆けつけてきたのは痩せた爺さんだ。そしてその爺さんも光に包まれてから、ようやく異変は収まった。


「うわっ、背中がっ!」「足が」2人とも体の異変を訴えて慌てている。「田中の爺さん、俺の背中見てくれねえか?船で怪我した古傷が痛くなってよお。どうかなってねえか?」「どれどれ、あれっ、沢田、おめえ、傷がなくなっているぞ?」「へっ?」爺さんはハッとしてその場でピョンピョン飛び跳ね始めた。「田中さん何やってんだ?そんなことしたら足に悪いだろうが」「それが足が治ったみたいなんだ」そう言って、その場で威勢よく足踏みをした。


もうその頃はみんな作業をやめて集まってきていた。「竜神さまの奇蹟でも起きたんか?ナマコが光ったと思ったら、二人とも傷が治ってよお。不思議なことがあるもんだ」「そのナマコは出荷しないで海に戻した方がええ」「だけど海に戻す前にもう一度光ってくれないかなあ。俺の腰のヘルニアも治したいんだが」「そううまく行くか。その場にいなかったのが運の尽きってやつさ。ところで高校生の兄ちゃん、兄ちゃんは体は大丈夫かい」


実は俺も盲腸の手術の跡が痛かったから、きっと小さな傷だけど塞がっているはずだと思う。でもここで騒ぎを大きくしたくないから、黙っていた。その代わり、俺はしょんぼりして言った。「こんな珍しいことって大スクープだけど、うちの先輩たちは現実派だから信じてくれないだろうなあ。どうも皆さん失礼します」


「「「あっ」」」


そこにいたおっさんたちは何か言おうとしたが、俺はその前にさっさと姿を消した。そうか……ナマコってきっとミミズみたいに傷をつけてもすぐに生えてくるんだな。もしかして俺やあの沢田のおっさんや田中の爺さんも、ナマコ並の超再生力を身につけたのかもしれないな。もともと目立たない盲腸手術の跡がなくなっているのを見て、俺は溜息をついた。俺……だんだん人間離れしてきてないか?きっと刃物で刺されても、すぐ傷が塞がってしまうんだろうなあ。いや、そんな場合、絶対塞がった方が良いけど。


「明日の為に、その四。詳しくは魔女に聞け。そしてこれが最後だ」


片目眼帯のおっさんはそう言うと、すぐに魔女に画面が切り替えられた。「きび団子が三つで、団子三兄弟よ」


魔女は俺に串に刺した三つの茶色っぽい団子を手渡した。「これでおしまいよ。その団子を食べた相手の能力がコピーされるわ。でもあくまでも肉体能力に限るからね。頭が良くなったり、容姿が良くなったりは無理だから。3個あるから、あと3回使えるわ。でも自分で食べないでね」


そう言うと画面が消えて、次の文字が出た。『これで、明日の人生の為の準備訓練の全プログラムを修了します。なお、終了に伴い本プログラムは消滅します』。そして突然画面は真っ白になった。後でUSBメモリーの中身を見ても、何も入ってない状態で初期化されていた。俺の手元には3個のきび団子が残っていた。


すると頭の中に魔女の声が聞こえた。『3個の団子の賞味期限は1週間よ。それを過ぎるとただの古くなった団子。じゃあね』


俺はどうしよう?イケメンに食べさせて、俺もイケメンになろうとかは駄目みたいだ。委員長に食べさせて、俺も優秀になろうとかも無理みたいだ。要するに、俺はどう転んでもフツメンの馬鹿のままってことだ。


さて、俺に必要な、ダンジョン向けの能力ってなんだろう?あと三つを探さなければいけない。360度全方向の視界、中国雑技団並の軟体の体、ナマコ並の超再生能力……後必要なのは?けれど、ここに問題がある。ここ一週間以内に動物園に行く予定がないということだ。ゴリラの腕力とかカンガルーの脚力とかいろいろ欲しい能力はあるけど、動物園に行く予定がないし、行く経済的余裕もない。だとすると、熊は無理でもよく見かける鹿や狐や栗鼠などはどうかというと、野生の獣は近づくことが難しい。団子を食べたとしても、すぐ近くにいてくれないとダイヤモンドダストを浴びることができない。動物園でも難しいのに、野生の動物は絶対無理だ。


仕方なく、俺は3個の団子を持ったまま、ただ近所をうろうろしていただけだった。たとえば鳥に食べさせたとしても、俺には翼がないし体重も重いから、空を飛ぶ能力が授かるとは思えない。


公園のベンチでぼんやりしていると、白い猫がやってきた。向こうから近づいてきたので、何気なくベンチのそばに団子を置いた。警戒していたので、半分にちぎって投げてやった。するとそれを咥えて遠ざかってガツガツと食べ始めた。後の半分はベンチの上に俺と離して置いてある。白猫はそれも食べ始めた。俺の方を警戒して見ながらだ。だが今回は離れて行かなかった。そして白猫からダイヤモンドダストが立ち上って、驚いた猫は逃げ出した。だが大部分の光は俺のそばに残っていて、俺の体に入っていった。


どんな能力が授かったかはわからない。望むべくは柔軟性とか、既に獲得している能力はいらない。夜目とかも良いかもしれない。あとは嗅覚や聴覚なら人間より優れているから、それも歓迎だ。けれど、きび団子なのにあの猫は俺の家来にはならない。当たり前の話だが……。さて、特にその後、俺の耳が良くなったとか、鼻が敏感になったということはない。まさかと思うが、俺は公園の大きな木を見上げた。そして3mくらいの高さの太い枝に向かってジャンプしてみた。


跳べた。俺は3mの高さまで跳び上がったのだ。さらにその上の枝に跳び乗り、もう一度登ってから俺は地面に飛び降りた。10mほどの高さがあったと思うが、フワッと着地して怪我もしない。なんとなく自分はどこまで跳べるかとか、この高さなら飛び降りることができるというのがわかるのだ。3階建ての高校の校舎の屋上から飛び降りたとしても、きっと大丈夫な気がする。跳び上がるなら、平屋の屋根の上までなら跳び上がれそうな気がする。それと、助走をつければ5m幅の川をジャンプして渡れそうな気もする。聴覚嗅覚暗視の能力が得られなかったのは少し不満だが仕方ない。得られる能力は1個だけで、それを選ぶことは自分ではできないのだから。


全方向視覚、超柔軟性、超再生、跳躍力……あと2つ。残された団子はあと2つだ。そして俺はふと、ある動物のことを思い出した。ファンタジーの世界では魔法があるけれど、地球の動物の世界では魔法らしきものは滅多にない。ところがこの室蘭市にも、魔法みたいなことができる動物がいる。俺はバスに乗って室蘭水族館にやって来た。そして脇目を振らず、二階の希少動物展示室に向かった。そして見つけた。水槽の中にそいつはいた。『デンキウナギ』だ。


本当はナマコのときに使った錠剤が欲しかったけれど、俺は誰も見てないのを確かめて、きび団子を入れた。するとデンキウナギはきび団子を見るや、パクンと食べてしまったのだ。そして水槽がダイヤモンドダストに包まれた。「うわぁ、なに?綺麗だぁぁ」「うわあ」女の子が二人駆け寄ってきた。俺はナマコの時のこともあったので叫んだ。「危ないっ、近づかないでっ。感電するよっ」


女の子たちが足を止めた時、俺の体が光の粒に包まれた。そこで俺は小芝居をした。「うわぁぁぁぁ、体が痺れるぅぅぅ!」そしてバタッと倒れてみせた。「「きゃあああ」」そしてフラフラと起き上がって、言った。「だ……大丈夫。俺は電気に免疫があるから。君たちだったら死ぬところだったよ。よかったよかった。それじゃあね」


その後、係員が走ってきた。「感電したって聞きましたが、大丈夫ですか」「はい、体長が短いウナギだったので、ボルト数がそれほどでもなかったのと、以前家庭用電気で感電したことがあったので、免疫が付いていたのだと思います。大丈夫です。この通り」そう言って、ピョンピョンその場でジャンプして見せた。それが軽くやったつもりで1mも上に上がったので、係員さんはそっちの方で驚いたようだった。そして周囲が驚いている隙に、そこを脱出して家に帰ってきた。


さて、残り1個になったきび団子を見つめて俺は思った。もう十分じゃね?…って。既に人間やめてるし、化け物の括りに入ってるよね。過ぎたるは及ばざるが如し、とか。使いこなせない能力を沢山持ち過ぎても、どっちつかずになるとか、もう見切ってしまっても良いかなって。だから俺は家の庭に穴を掘って土の中に埋めたんだ。柿の木の根元にね。まだあと4日残ってるけど、もう良いわって、そう思った。土に埋めておけば、誰にも触れられずに自然に腐るだろう。下手にゴミに出せば、カラスがつつき、ゴミ漁り能力とかがたまたま近くにいたものに授けられるとか、ろくなことがないからな。


朝起きた時に、母親と妹が騒いでいた。「どうしたの、みんな?」「あっ、翔かい。実は庭の柿の木の周りが、ホタルみたいなのがたくさん光ってるんだよ」


俺は、あっと思い、二人に言った。「二人とも危ないから離れていて。俺が様子を見てくるから、絶対に近づいちゃ駄目だよ」俺が近づくと、ダイヤモンドダストが一斉に俺の体を包み込み、全身ソーダ水を浴びたようなスカーッとした気分になった。「翔」「兄ちゃん」大丈夫かい?」「なの?」


俺は平静を装って両手を広げて見せた。「うん、なんだか細かい埃のようなものが体に降ってきたけど、ただそれだけだった。いったいなんだったんだろうね。新種の花粉かなにかだったのかなあ。もう消えちゃったし」その後で俺は誰も見てない所で、発電をしてみた。これって、ファンタジーの雷魔法みたいだけど、まあ、言って見れば強力なスタンガンだよな。


それと、柿の木が何故光ったかを考えてみた。柿の木の根元に埋めたきび団子を、柿の木の根が吸収したのか?そんなに早く?だが、あのきび団子も超不思議な存在だから、そういうこともあるのか?だが、いったいどんな能力なんだ?まさか光合成とか炭酸同化作用とかじゃないだろうな。いやだぜ、全身が葉緑素でゴブリンみたいに緑色になったら……。


それがたまたまわかったのは、次の日高校に登校したときだった。教室にいると、言葉ではない、なにか思いのようなものが俺に伝わってきた。俺に対する関心というか、一体化を願う気持ちというか、そんなものだ。俺はその思いが発信している方向を、腕の中の目で探った。やはりあの子だった。高橋葉子だ。以前俺にわからないように、俺を見つめていた女子だ。


そしてそれが柿の木の能力だった。植物には離れていても共感したり警告したりするネットワークの能力があるという。それが俺にも授かったのだ。全方向視覚、超柔軟体、超再生能力、跳躍力、発電能力、共感力……6つの能力を授かったんだ。あとはこの力を上手に使うことを、密かに訓練した方が良いかもしれない。だが、これは誰にも、家族にも知られない方が良いだろう。ごく普通の人間として生きていきたいからな。


俺のうちは母子家庭だ。だから進学は難しい。というか不可能だ。経済的な理由だ。大学4年間だけで1千万円かかると言われている。そんな金どこにもない。卒業間近にそんなことを思っていた、ある日のことだった。テレビに臨時ニュースが流れ、世界中にほぼ同時に未知の地下施設が出現したのだ。


ええええっ!?ダンジョンって本当に出現するんだったかぁぁぁ?あれ、本当のことだったんだ。でも、確かに俺の能力は人間離れしてるけど、どれも地球の生物の能力だよな。それが異世界のモンスターに通用するんかい?異世界ではモンスターと対抗するのは剣と魔法だろう?それでもようやく均衡を保っているのに、地球のチャチな生物パワーが役に立つんかい?


そうこうしているうちに半年が過ぎ、俺が卒業する時期になった。その間、世の中は大きく変わってしまったのだ。とにかく停電が続き、灯油のボイラーも都市ガスもつかず、散々だった。色々な企業が倒産して、失業者が出るわ。犯罪が横行するわで大変だった。高校の授業も何度も臨時休校が続き、ろくに勉強にもならなかった。どうしてそうなったのかがはっきりしない。テレビ自身がついたりつかなかったりして情報も切れ切れだからどうしようもない。ラジオは電池で動いてるはずなんだが、それも調子が悪い。もちろんネットも調子が悪くて使い物にならない。


そして俺の頭でも何とか理解できたことは、地球の資源もエネルギーもどんどんなくなっていってるってこと。それとそれに代わる資源やエネルギーがダンジョンの中にあるんだけど、ダンジョンには地球上には存在しなかった醜悪なモンスターがいて、そいつらを排除しなければそういうのも手に入らないとか、なんとか。だったら自衛隊でも警察でも突っ込んで、近代兵器でも毒ガスでもぶち込んでしまえば解決だろうが!と思ったけど、なんだかそうはいかないみたいで、もうよく分からないってことがわかった。


俺は久しぶりの高校で有本に聞いてみた。「有本よ、今ダンジョンってどうなってんだ?」「自衛隊の十八番の銃火器が使えないってことだから、火縄銃導入以前の戦国時代の武器で対抗するしかないんじゃないか?まあ、槍とか刀や薙刀、弓矢だろうな。金棒とかも有効らしいぞ」「そんな面倒なダンジョンは放っておいてもいいんじゃね?」「放っておくと俺たちの生活に必要なものが取れないんだよ。もう地球人類は、ダンジョンに依存するしかないんだ。話は変わるが、大地君」「な、なんだよ。改まって」「この間の登校日でバスケットの試合をしたけど、君はダンクシュートをしたね?その身長で?」「えっ、あれは偶然、追い風効果で」「屋内体育館に風が吹いてるわけがないじゃないか。だとしても陸上ならまだしも、バスケットシュートに追い風はほぼ関係ないよ」「ま、まあ偶然うまくいったってことで。ものの弾みっていうか」「もしかして君は探索者の能力に目覚めたんじゃないかって思うんだ。違うかい?」「探索者能力?なにそれ?」


「はあ……君は世の中の変化に対する意識が低いなあ。世界中にダンジョンが出現した時と時を同じくして、1万人に1人の低い確率で極めて特殊な能力に目覚めた者が出てきたんだ。1万人に1人っていうと、交通事故に遭って死亡する人の確率と同じくらいだ。そしてその能力はダンジョンのモンスターを排除するのに最適な力を持っているんだ。世間では彼らのことを探索者と呼んでいる。国ではそういう能力者を判定して、探索者の資格を与えているんだよ。おい、大地君、聞いているかい?」「うっ、あっ。ごめん。話が長くて途中眠っていた」「要するに、君はいつも経済的な理由で進学できないことで悩んでいたけれど、探索者になれば、やっていけるんじゃないかって思うんだ」「探索者って儲かるのか?」「それも知らないんだ?一階層の弱いモンスターを倒しても、普通の大卒のサラリーマン並みに稼げるというよ。二階層以上で頑張れば、収入は倍々になるとか聞いてるんだけど」「へええ、すごいなあ」「ほんとに君は他人事みたいに。だから考えてみれば、って言ってるんだよ。僕は探索者なんて無理だから大学に入って、少しでもましな企業に就職して……というつまらない人生しか歩めないんだから、君は思い切って冒険してみたらどうなんだい?」「わかった。考えてみる。ありがとう。このお礼はどうしたら良い?」「なにもいらないよ。言っておくけど、君の逞しいいとこを紹介するとか変な気を回さないでくれ、頼むから」


危ない危ない。こいつには感謝してるけど、絶対妹のことは知られないようにしよう。俺は一人っ子ってことにしてるんだから。ああ、有本は俺の進路のことまで親身になってアドバイスしてくれてるのに、俺は妹を狙われるんじゃないかとそのことばかりで守りの姿勢だ。情けない。でも妹は誰にもやらない、うん。たとえ有本でも絶対やだ。「何が絶対やだって?」ゲゲゲ、心の声が一部漏れてたか。「そそ、それはダンジョンでモンスターに殺されたらどうしようってことで絶対やだなって」「大丈夫だよ。探索者は少し臆病な方が良いらしいぞ。探索者協会というのがあって、そこで色々安全にダンジョンを攻略するためのノウハウを教えてくれるらしい」「ところで、探索者になるにはどうしたら良いんだ?」「探索者協会に問い合わせれば教えてくれると思う。僕もそれ以上のことは知らないけどさ」「おう、ありがとう。じゃあな!」「あれれ、あいつどこに行ったんだ?まだ授業があるのに」


俺は探索者協会の室蘭支部ってところに電話をかけた。「あのう、探索者になるにはどうしたら良いのか教えてくださいませんか?」『学生さんですか?18歳に達しなければ基本なれませんけど』「もうすぐで18歳になりますけど、登録だけでもできませんか?」『そうですね。えーと、支部にきていただけますか?』「どこにあるんですか?」『まあ……室蘭ダンジョンの場所は知っていますか?』「えっ?室蘭にダンジョンがあったんですか?」


『うふふ、そんなんでよく探索者になりたいとか言ってますね。あなたはどこに住んでいますか?』「比賀詩町です」『ダンジョンはその隣町の環仁詩町ですよ。市民会館のすぐ近くです。そのダンジョンの入り口に事務所がありますから、そこが探索者協会室蘭支部ですよ。お待ちしてますからどうぞ顔を出して見てください』「はい、ありがとうございます」


俺はバスに乗って隣の環仁詩町に行った。ここにはずいぶん来てないけど、だいぶ街の様子が変わったな。ダンジョンは大きな小山のような岩山に巨大な石造りの門があって、その入り口にポツンとプレハブの事務所があった。きっと電話で応対してくれた女性の事務員だろうか、窓口で俺を見てにこやかに頭を下げて話しかけてきた。「先ほど電話をくださった人ですね。どうぞこちらへ」「よろしくお願いします。えーと」「私は登録担当の如月と言います。お名前と住所、生年月日を伺っても良いですか」俺は順番に答えた。


「ところで探索者は一般人ではなれません。探索者としての能力が目覚めた人間でなければ危険だからです。そこで能力があるかどうかのテストをしたいのですが、構いませんか?」


俺は一体どの能力を見せたら良いだろうか?全方向視覚とかはキモいから言わない方が良いかな?そうだ、ジャンプ力とかどうだろう?発電能力ったって、ちょっと強力なスタンガンと変わらないしな。共感能力も気味悪がられるだけだし。「あのう、バスケットの試合でダンクシュートを成功させました」「はあ、ゴールの高さは?」「高校のバスケットゴールですから、一般と同じだと思いますけど」「つまりバスケットがプロ並みに上手だと?」「いやいやいや、その……驚異的なジャンプ力があるんですよ」「でもジャンプだけではモンスターは倒せないでしょう?」「それはそうですけど……あっ、あと背後の気配がわかるとか」「武術でいう殺気を感じるっていうのですか?それでモンスターを倒せますか?」「えーと」「あのですね、つまりなんらかの殺傷力のある攻撃能力がなければ探索者にはなれないんですよ。そういう能力ありますか?」「電気で痺れさせることができます」「スタンガンは使えないんですよ、ダンジョンでは」「いえ、スタンガンではありません。雷魔法みたいなものです」「それじゃあ、見せてください」「いえ、ここじゃあ、危ないですよ」


「……じゃあ、どうぞこちらへ」


俺は如月さんにちょっとした空き地に案内された。向こう正面に的のようなものがある。「さあ、ここから撃ってみてください。その危険な雷魔法を」


えっ?これって30mは離れているよね。放電の火花は50cmくらいしか伸びないんだけど。俺は素直に言った。「届きません。50cmくらいしか火花は伸びないんです」「それなら痴漢などの不審者は撃退できますけど、モンスターは無理ですね。50cmの火花を出す前にやられてしまいます」


あとは何もアピールするような能力が思いつかない。全方向視覚、超柔軟体、超回復、跳躍力、発電能力、共感力……確かにモンスターを倒す決定的な能力がないな。仕方ない、諦めよう。「わかりました。諦めます」


「ちょっと待ってください。一階層の弱いモンスターなら何とか倒せそうな気がします。安全に気をつけて決して無謀な挑戦をして命を危険にさらすようなことをしないと誓ってくださるなら、登録してもよろしいんですが」


えええええええ?良いのかい?じゃあ、今までのダメ出しの連続パンチはなんだったんだ?そうか、調子に乗って危険なことをさせないための牽制パンチだったんだな。「そうですか。良かった。何とか安全に頑張ります」


こうして俺は探索者登録だけは済ませた。あとは18歳になったら……それは高校を卒業するのとほぼ同時期だが、ダンジョンに潜って手堅く金を稼ぐしかない。


室蘭ダンジョンは、ほぼ半年前の世界同時異変のときに、他の国内の24ダンジョンと一緒にできた。その時に児童相談所の所長、佐々木と一緒に、如月弥生は、同じ職場から新設のダンジョン課に移された。児童相談所に新卒で勤務した如月は、この職場にずっと勤務するものと思って児童心理学や関連法を必死に勉強した。その3年間、ようやく仕事内容が分かりかけた時に例の世界同時異変が起きて、こちらに移されたのだ。聞くと、児童相談所勤務は市役所職員の仕事のローテーション人事の一環として、せいぜい3、4年勤務で別のところに移動されるという。多くの仕事を理解することと、一か所に長く勤務すると関連会社との癒着が起きるのを避けるためとか、そんな理由らしい。けれど児童相談所もそうだが、観光課なども観光協会という半民間組織に丸投げしたりして、真剣に仕事に取り組めない。災害対策課にしてもそうだ。室蘭市災害マップなどを作ったが、地震災害のときの津波の際の危険度を示すマップがいい加減である。津波の規模に合わせて作っていないし、川のそばの地域も安全地帯ということになっている。一か所で長く勤めて専門性を高めるという風になっていないのだ。


如月は一切コネなしで市役所に採用されたが、男性独身職員の結婚相手の意味もある採用だったらしい。だから仕事一途な如月の姿勢はあまり周囲に歓迎されてないのを薄々感じていた。聞くと、市役所職員はコネ就職が大部分らしい。確かに地元に詳しい者中心に採用していくとそんな感じになるのかもしれないが、そういう体質も仕事に向き合う安易な姿勢を呼ぶのではないだろうか。


所長の佐々木は定年間近で、児相にいた時も無気力だった。事なかれ主義で、とにかく定年間近で問題を起こしたくない、それ一点のみだ。そして今度の人事もここで最後になるので、押し付けられた感じだ。私自身も他のお局様と違って若いので、新しいことへの順応力を期待されたというのもあるが、嫁さん要員として使えないということで、体よく厄介払いされたのだと思う。とにかくこんな新しい分野にもかかわらず、所長と私のたった2人でこのダンジョン課をやれという。ほとんどの人間が面倒なことはやりたくない、というこの市役所全体の無気力のあおりを受けたのが私たちなのだろう。


さて、世界同時異変には2つの面がある。一つはダンジョン出現だ。まだ半年しか経っていないので、どこのダンジョンがどの程度の規模なのかということは謎だ。なにしろあらゆるタイプの計測器を使っても計測不能なのだ。だから地下数十メートルの深さで終わるのか、それとも数十キロメートルも深いのか全く謎なのだ。専門家は、ダンジョンそのものが異空間なので、現実の地形から推定することもできないと言っている。


世界同時異変のもう一つの面は、探索者の登場だ。人口1万人に1人、0.01%の確率で特殊能力者が出現したのである。室蘭市は今や人口7万ほどだが、かなり老齢化しているので、当時5人の能力者が認定された。認定したのは私の初仕事だったので、よく覚えている。槍士ランサーの阿部剛さん、重騎士タンクの渡辺亮さん、斥候の妻夫木太郎さん、剣豪の真田幸雄さん、そして唯一の女性の魔法使いの北川綾乃さんの5人だ。年齢もバラバラだが、老人や子供はいない。いても名乗り出なかったのだと思う。


目下この5人が『室蘭ファイブ』というパーティ名で探索者として登録している。彼ら5人は錚々たるメンバーで、人目見ただけでオーラが違う。現在、すでに地下第一階層をクリアして第二階層で活躍しており、多くの魔石や他の資源素材を提供してくれている。正式認定は日本探索者協会の本部から判定員が派遣されて判定するので、私は派遣要請をして全ての手続きを自分でやった。探索者自身の生命保険手続きまで公費でやることになっていて、それだけ探索者には国レベルで気を使って力を入れているところだ。ここは探索者協会の支部ということになっているが、田舎なので市役所職員が代わりにやっているのだ。


そんな時、全く時期外れに探索者登録に来た少年がいた。大地翔、17歳の高校生だ。室蘭ダンジョンのことも知らず、どこにあるかも知らない無知な少年だ。しかも隣町の比賀詩町に住んでいるというから信じられない。実際に来てもらって面接を行ったのだが、これは、いわゆる探索者能力者とは違うとすぐに分かった。探索者の能力というのは、モンスターに対する殺傷能力のことなのだ。斥候職の妻夫木太郎さんの場合でも、敵探知や罠解除の他に、短剣による攻撃手段を持っている。


探索者協会には知られている全てのタイプの探索者の能力者の種類名称を掲げている。大地君の場合は全く該当しない。170cmに満たない小柄な少年だけれど、305cmあるバスケットゴールにダンクシュートをしたという。それはきっと凄いことなんだろうけど、アスリートとしての能力であって、探索者能力じゃない。次に言ってきたのは、背後の気配がわかるということだった。それは凄いと思った。気功の名人とか武術の達人ではそういうことがあるという。大地君が言った言葉通りのことができるとすれば、それはかなりの能力者だということになるだろう。けれど、それは強いて分類すれば、斥候職のスキルの一部である探知能力の一部にしかすぎない。


最後に言ってきたのは、これは凄かった。電気で痺れさせることができるというのだ。しかも雷魔法であって、スタンガンではないという。早速、魔法使いの北川綾乃さんにも判定テストのときに使ってもらった的のところに連れて行った。判定員が来る前に的を用意してくれと言われて、慌てて某高校の弓道顧問に頼んで、廃棄寸前の穴だらけの的を譲ってもらって空き地スペースに立てたのだ。しかも女の私がスコップで穴を掘って設置した。北川さんの火魔法で燃えた的に水をかけて消しておいて良かった。また使うことがあると思って、そのままにしておいたのだ。


その焼け焦げ跡のある的を見て、大地君は言った。「届きません。50cmくらいしか火花は伸びないんです」


私もそれでも凄いことだと思ったが、協会の示す基準に満たない。属性魔法は後衛としての役割で行うので、最低10m以上の距離で魔法を撃てなければならないのだ。魔法使いは詠唱時間があるので、モンスターに接近されるまでに魔法を撃たなければならない。50cmしか距離が届かないなら、ほぼモンスターの攻撃の間合いに入ってしまう。第一階層のスライムでも、2mくらいの距離を飛んでボクサー並のボディブローを食らわせることができるというのに。「それなら痴漢などの不審者は撃退できますけど、モンスターは無理ですね。50cmの火花を出す前にやられてしまいます」私はそういうしかなかった。


すると大地少年は明らかに気落ちして、肩を落とした。「わかりました。諦めます」


そこで私はハッとした。探索者協会には別規定があるのだ。つまり探索者能力があると判定されない場合でも、自衛隊員とか、武術や体技が優れた者とかなら、例外的に第一階層のような弱いモンスターのみに対応するという条件付けで探索者扱いにできるという条項だ。この少年の場合はそれに該当するのではないか、私はそう思ったのだ。「ちょっと待ってください。一階層の弱いモンスターなら何とか倒せそうな気がします。安全に気をつけて、決して無謀な挑戦をして命を危険にさらすようなことをしないと誓ってくださるなら、登録してもよろしいんですが」


大地少年はその言葉にたちまち元気になって帰っていった。18歳の誕生日に早速挑戦したいと言っていたので、私はスライムの倒し方についての対策を印刷したものを、登録証と一緒に渡しておいた。だが、うまくいくかどうかは私にもわからない。一度探索者として潜ったときは、その後は自己責任になるのだから。


俺は授業中も、教科書に挟んで『第一階層のモンスター、スライムに対する攻略法』という小冊子をこっそり読んでいた。『スライムはゼリーよりももう少し弾力があって、鋭利なもので突き刺しても穴があかずにすぐに元に戻る。半透明な体なので、中にある核はかすかに見えるが、それを砕かない限り死ぬことはない。核は黒っぽい球状のもので、よほど中心を正確に突かない限り滑ってずれる。また、ゼリー体の弾力で撥ね返されるか、届かないことが多い。物理衝撃に極めて強い体を持っている。要するに、スピードと正確さとパワーが必要だということだ。死んだ時に魔石を残すが、それは核とは関係ない。そのサイズは水でふやかした大豆の大きさである。1個で一般家庭で使う電力の5日分のエネルギーを出す。協会支部での引き取り価格は1個1,000円である』


ふーーん、これはアイスピックとか千枚通しでは駄目だな。正確さとかスピードなしでも、パワーだけで仕留める方法はないだろうか。待てよ、あれならどうだ?


「大地、どうした?次のところを読んでみろと言ったぞ」


げっ、世界史の先生が俺に当てていたらしい。「す、す、すみません。ぼさーっとしてました。どこでしょうか?」「もう良い、有本、お前が読め」「はい、先生」あっぶねぇぇぇっ。授業に集中しないと。


室蘭ファイブの探索者パーティは、とうとうゴブリンのいる第三階層に到達して活躍してると言った。たった1年足らずで二階層分も攻略するとは、全国的に見ても引けを取らない成績だという。そんな矢先、あの大地少年が……いや、大地翔君が妙に自信たっぷりの様子でやって来た。そうか、もう彼は18歳になったということか。背中にリュックを背負っているので、何を入れてきたのか聞くと、取った魔石を入れるために空にしていると言った。私は思わず噴き出した。


第一階層は結構天井が高く、3mほどあって、スライムはそういうところに張り付いていて、上から襲い掛かることが多い。体つきを見ると、カタツムリかナメクジのように動きが遅い感じだが、床や壁や天井を移動するスピードはネズミ並みだ。そしてそれに加え、全身をバネのようにして2mくらいはジャンプする。だから室蘭ファイブの面々も、最初の日は一日中時間をかけてわずか3匹しか狩れなかったはずだ。リンゴ狩りのように簡単にリュックを一杯にできると考えている大地君が可愛くなってしまって、思わず吹き出しそうになったが、私は大人の女性としてよく堪えたと思う。自分を褒めてやりたい。若い男の子のプライドを傷つけてはいけないのだ。「そうなの?張り切ってるね。もしリュック一杯獲ってきたら、私なにかプレゼントさせてもらうよ。頑張ってね」


係の如月さんが急にお姉さんっぽいタメ口でそんなことを言ったから、俺は驚いた。見ると何故か笑いをこらえている様子だ。本人はバレてないと思ってもバレバレだ。多分、俺には無理だろうと思って馬鹿にしているのがわかってしまう。プレゼント?いったい何をくれるつもりだ。ほっぺにチューとか対面ハグとかならいいけど、ティッシュペーパー一つとかじゃないだろうな。見てろ。俺の作戦で一階層のスライム全滅させてやるからな。


探索者協会が設置したカードリーダーに俺の登録証を通すと、駅の改札口みたいなところが開いて、俺はそこを通ってダンジョンに入った。うわぁぁ、なんだこれ?入るとすぐに気温が生温かくなって、別空間に入ったことが肌でわかったぞ。ほう……まるで人工のトンネルみたいだな。しかもぼんやり明るい。どこから光があるのかといえば、壁全体がぼんやり光ってるんだな、これ。床と天井は光ってない。けれどよく見れば、天井のあちこちにスライムらしいものがくっ付いている。


俺は軽く跳んで、天井についてるスライムに暖気ショックをお見舞いした。ボタボタボタと気絶したスライムが床に落ちた。やったぜーーっ、雷魔法最高!デンキウナギはスライムより強かったぜ。


そして俺は生け花用の剣山を取り出すと、針先を下に向けてスライムの核がある辺りに乗せて少し押し込んだ。気絶してるから大人しいもんだ。次に取い出したのは両口ハンマーだ。パワーが欲しかったので少し大きめのを用意してきた。そして俺は剣山の上を向いている平らな面に、ハンマーを力一杯振り下ろした。パキン。核が簡単に割れて、スライムの死骸は消えて豆くらいの魔石が残った。はい、一丁上がり!


それからは単なる単純作業だった。先に気絶したスライムを何十匹も横一列に並べて、剣山当ててポン、剣山当ててポンを繰り返した。こういう風にすると作業が効率的になる。2時間ほどでリュックが魔石で一杯になったので、午前中はそれでやめることにした。いやはや、こんなに集中して一つの仕事を続けたことってなかったな。疲れた疲れた。いや待てよ、蜘蛛を生け捕りにしたときも結構集中してたか?うん、俺は探索者に向いてるぞ。さあ、これを見せてあのお姉さんにほっぺにチューでもしてもらおうっと。してくれるかどうか分かんないけど、少なくてももう俺を馬鹿にすることはないだろうって。


「えっ、なに?なにこれ?えっ、えっ、えっ??」


俺がリュックの口を開けてびっしり詰まった魔石を見せたら、如月さんの慌てようは傑作だった。スマホで撮影したかったよ、ほんと。女の人で驚くと、口も眼も全開するんだな。それと鼻の穴も開いてた。で、何故か両腕で胸を抱きしめて、おっぱいが寄せられて膨らみが強調されてエロいぞぉぉ。足がX脚っていうのか、内股になってたし。いつもミイラみたいに椅子に座ったまま動かなかった所長のおっさんも、さすがに何事かとこっちに様子を見に来たもんね。さあ、驚け驚け、平伏しろぉぉ……てね。へへへ。


「これはなんだ?如月君?」「あっ、あっ、これはこの大地さんが獲ってきたスライムの魔石です。それも朝の2時間くらいの間に」「いくらあるんだ?」「数え切れません。何百いや何千あるか、もしかしたら万になるかもしれません。だから所長も数えるのを手伝ってください」「わわ、分かった。本所にも電話して応援を呼ぼう。暇な奴がたくさんいるから」


おいおいおい、そんなことで驚くなよ。昼飯食べたら午後からも獲ってくるんだから。「えっ、大地君。午後からも入るの?」「うん、これ以上っていうか、リュック2杯分くらいは頑張って取ろうかと…」「待って、待って、こっちに来て」


如月さんは俺の手を掴んで、ずっと離れた物陰に連れてきた。そして小声で涙目をして言ったのだ。「ごめんね、朝私が言ったこと本気にして獲ってきたのね。許してね。本当にこんなに獲ってくるって思わなかったの。それでお願いだけど、今日はこれでやめてくれる?数えるだけでなく、一個千円であれだけだと、今日中にお金を払えるかどうかもわからないし、もし午後からも獲ってくるとなったら、もう私たちだけで回らなくなってしまうから」「うん、わかった」


そこで俺はちょっと意地悪をしたくなった。「ところでお姉さんはリュック一杯獲ってきたら、プレゼントをくれるって言ったよね」「あっ、ごめん。本当に持って来ると思わなくて、何も用意してなかったから」「用意するって?俺はご褒美にほっぺにチューとか、ギューッとハグしてくれるのかと思ってた」「えっ、あっ、それで良いの?良いよ、良いよ」


如月さんは俺の頬を両手で挟んで、ブチューッと唇にキスしてきた。えっ、えっ、もろチューなの?ガチなの?そのとき俺の顔に如月さんの涙や鼻水もついたことはどうでもいい。「で、今日はお願いだからこれでやめてくれる?」「えーと、ど、どうしようかな」「お願いっ!」如月さんは今度はギューッと抱き着いてきた。胸の膨らみがもろに当たった。そのドキドキ感は、心臓が破裂するんじゃないかと思った。如月さんは無我夢中でそうしてるだけで、今自分が何をしてるか深くは考えてないって感じだ。パニックになってる気持ちを落ち着かせるためにしてるかのようにも見えた。


俺はあることでちょっと焦った。「わかった。わかったから」俺はそう言って如月さんに背中を見せて事務所から離れた。後ろの方で彼女が俺の背中に手を合わせて何度も頭を下げているのがわかった。後頭部の目ではっきり確認したから。でも振り向けなかった。振り返ると俺の体のある部分が見えてしまうからだ。だって、成人の女性に抱き着かれたらそういうことになるじゃないか。重病人でない限り!


そういえばお金をもらえなかったが、数を数えてからお金を用意しなきゃいけないので、明日になればもらえるかもな。その日は稼いだお金で昼食を食べようと思ってたので、一文無しだったので、バスにも乗れず腹ペコのまま家まで歩いて帰った。帰ってからインスタントラーメンを2袋食べた。それでも足りずにあちこち探して、古い食べ残しのお菓子を見つけて食べたよ。


えっ、例のあれはどうしたって?あれはあれをして収めたんだよ。どうでも良いだろ、そんなこと。けれど、ダンジョンってところはモンスターを狩ってもまたリポップといって、湧いて出てくるんだったっけ。ということは獲り放題ってことだよな。俺、もしかしたら一日百万単位で稼げるんじゃね?妹の翼は高2になったけど、俺の稼ぎで服を買ってやったり、大学に入れてやることもできるんじゃね?ただし、俺のやり方は絶対秘密にしておこう。まあ、ジャンプして電気ショックを与えるのは俺独特の方法だし、真似できないだろうけどね。あっ、しまった。リュックを置いてきてしまった。あのポケットに剣山と両口ハンマーを入れたままなんだよなあ。如月さんの口止めをしないとなあ。


そして俺は翼が学校から帰ってきたので、居間に呼んだ。「なに、お兄?改まってさ」「まあ、座ってくれ。お前さ、高校出たらどこかの店員やるって言ってたろ?」「うん、お兄だって探索者やって金稼ぐんだもん。あたしも頑張らなくちゃ。母さんに苦労かけてるしね」「ここだけの話だけど。お前ほんとうは何をやりたかったんだっけ?」「本当はデザイン学校とかに行ってそういう勉強もしたかったけど、それは勤めてる所によって実地で勉強する機会があるかもしれないし、趣味にとどめても良いって思ってるから」「俺さ。今日ダンジョンに潜ったらさ、結構稼げるみたいなんだ」「うん、聞いたことあるよ。大卒のサラリーマンくらいは稼げるって。すごいね、お兄。尊敬するよ」「いやいやいや、実はそれ以上稼げるみたいなんだ。例えば母さんを働くのをやめさせて病院に通わせることもできそうだし、お前も好きな服を買ってやったり、デザイン学校に入れてやったりもできそうなくらいだよ」「ええええええっ?ほんと、それ?嘘だよね、駄目だよ、そんな嘘。言って良い嘘と悪い嘘があるんだよ。そんな夢みたいなこと言って、そうじゃないってわかったら絶望のどん底に落ちてしまうんだから」「本当だ」


俺は今日あったことを言った。如月さんのプレゼントのことを抜かして。「だから今日はお金を持って帰れなかったんだ。明日はきっともらってくるから。そしたら母さんにも仕事やめて休ませることもできるし、翼にもお小遣いあげちゃうぞ」「お兄、嬉しいっ!」


翼は俺に抱き着いてきた。顔を見せなかったが、俺には側頭部の目で彼女が涙を流して喜んでいるのがわかった。それに、胸が触れないように逆V字型に抱き着いていたから、俺も実の妹相手に不届きな興奮をしなくてすんだ。俺は翼の背中をポンポンと叩いて、気のすむまで泣かせてやった。俺たちは今まで貧し過ぎて、あまりにも我慢しすぎていたんだってつくづく思った。ようし、明日俺はお金をもっと稼ぐぞ。


電話の向こうの声の調子は、支部名を言った途端、手のひらを返したように変わった。『ああ、室蘭支部の人?なにか急用なの?今忙しいんだけど、メールか何かで済ませられないの?』「あの、こっちの第一階層を潜った一般枠の探索者が、午前中2時間くらい初めて潜ったんですが、リュック一杯のスライム魔石を獲ってきたんです」『ほう……何kgくらい?』「えっ、ちょっと待ってください。あっ、20kgです」『そちらのとこのスライム魔石は1個何g?』「10gですけど」『じゃあ、約2,000個ってことだね。まあ、たまにあるんだよね、そういう人。でも一般枠なんでしょ?』「はい」『じゃあ、一階層専門に稼いでもらえば良いんじゃない?たまたま相性が良くって異常に獲る人いるから。でも次の階層で通用するとはかぎらないでしょ?知ってる人でハエを素手で何匹でも獲る人がいたけど、その人が角兎を同じように獲れるかっていうのと同じことだよ』


「あの……でも二階層に挑戦させることはできないんでしょうか?」『正式な探索者ってことで登録できるかというと、できないよ。その登録してない一般枠の探索者を二階層に入ることを許可した場合、事故があった時の責任は許可した担当の責任になるんだ。そしてその上司もね。まあ、本人の希望でどうしてもって言う時は、誓約書を書いてもらって何があっても自己責任だという言質を取ってもらわないと困るよ。そうやって大怪我して逃げてきた例もあるし、もちろん死亡した例もある。そういうこと。あっ、それと、大量に獲ってくる場合は魔石の基準重量で総重量を割ることで個数を割り出して、約何個という形で報告してね。いちいち数えてたら日が暮れるだろう。じゃあね。今度はメールで問い合わせしてくれよ。こっちも忙しいんだから』「す…すみません。あの、もう一つだけ」『なんだよ!今忙しいって言ったばかりだろ』「正規の探索者パーティには、一般枠の収穫数を教えなくても良いでしょうか?」『はああ……、一般枠の成績は公開ってことになってるし、隠してもすぐわかるんだよ。だけどそんなに異常な数獲ったとしたら、面白くないだろうね。まあ、その辺はあんたらで判断したら。じゃあな』「あっ……切られた」


如月は競馬新聞を読んでいる斎藤所長の所に向かった。「あのう……今確認したんですが、魔石の処理は重さで測って、約何個という形で報告して良いそうです」斎藤所長は新聞から目を離さずに返事をする。「そうか。じゃあ、そうしろ。応援をまだ頼んでなくて良かったな」「それと、この魔石の収穫数ですが、非公開にできないでしょうか」「えっ?何言ってる。一般枠の成績は公開が原則だろ?」「でも数が異常なので、室蘭ファイブの方たちが知ったら……」「良い気分がしないってか?だけど規約で決まってることだから」「あの、その規約には但し書きがあって、正規の探索者の意欲を高める狙いがあったはずで」「なるほど、今回の場合は逆効果ってことになるか?だけど決まりは決まりだ。例外的な処置を取ると後で知られたときに説明しづらいことになるから…」「どうしたんですか、その魔石は?」えっ?」


「えっ?」私は声がした方を見た。何故かそこにいるはずのない室蘭ファイブのリーダーの真田さんが、険しい顔で立っていた。そしてカウンターテーブルには、リュックから出して四角いケースに入れた魔石20kg分がびっしり2ケース分置いてあった。それを真っ先に見られたのだ。真田さんは眉間にシワを寄せて魔石を睨んでいる。その後ろから身長195cmの大男の渡辺を始め、槍を持った阿部、マントを羽織った北川、そして妻夫木が続いて入ってきた。「えっ、昼に上がってきたんですか?」私はきっと酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていたと思う。この時間に上がってくることはないからだ。


妻夫木が言った。「三階層のゴブリンが一体ずつじゃなくて、五体以上まとめてやって来るようになったんだ。だから対策のため午後からは休みにしたのさ」私は納得した。他のダンジョンの情報だと、ゴブリンが初めて出る階層はせいぜい2、3体くらいまでが上限で、5体以上だとその次の階層になるのが普通だからだ。「ところでその魔石はどこから送ってきたんだ?」真田は話を元に戻した。顔は相変わらず険しい。この面々は5人とも顔立ちが整っていて、しかも強面という、近寄りがたい雰囲気を常にまとわせている。


所長はぼそっと言った。「一般枠の探索者が午前中に獲ったものだ」魔法使いの北川が声を上げた。「いったい何十人で獲ったの?夜中から潜って?」私は仕方なく言った。なにか悪いことをして訊問を受けているみたいだ。「定時の8時から10時までで、一人で獲ってきました」「そんな人がずっと潜ってたなんて知らなかったなあ。教えてもらってないし」私はため息が出た。「今日……初めての人です」「「「はああ?」」」


真田は声を低く抑えてゆっくり言った。「それはどんな奴で、どんな汚い手を使ってそれだけ集めたんだ?」私はその迫力に押されて、うっかり大地君のリュックに入れてあった道具を2つ前に出した。「18歳になって成人したばかりの男性で、高校を卒業したばかりの人です。なにか色々な才能があるらしいんですが、今日持ってきた道具は恐らくこれだけだと思います。それ以上のことはわかりません」


5人ともカウンターテーブルの上に置かれた2つのものをじっと見つめた。「生け花の剣山と……ハンマー?」北川は大きくて鋭い目でそれを見つめて続けた。「剣山はスライムの核の上に当てて、ハンマーはその上から叩く。そうすれば滑らずに確実に核を砕ける。ただし、それには条件があるわ。スライムがじっと動かずに待っていてくれること」「待ってるわけがないだろ」誰かが言った。「そうよ、待ってるわけがない。剣山で押さえることが万が一成功しても、ハンマーが当たる寸前に核を移動させればセーフってこと。だから……」「「「だから?」」」「この二つの道具を使う前に、スライムは気絶した状態になってなければならない。物理無効のスライムを気絶させるには……魔法しかない」「魔法?だけど一般枠の探索者には魔法が使えないはずじゃなかったか?」妻夫木が疑問を口にする。「あ……」そのとき私はハッとした。魔法は使える。ただ基準の10m以上の攻撃距離を満たしてないため一般枠になったということ、そして……彼にはあの身長でダンクシュートを打てるだけのジャンプ力があるから、届かない魔法の距離を補うことができる……と。


「如月さん」真田さんが厳しい目で私を睨んだ。「なにか気づいたことがあったみたいだな。そいつは魔法が使えるのか?」「そ……それは……」


「それはね、真田さん」私の言葉が詰まった時、所長が続けた。斎藤所長には大地君の能力判定のことについては報告している。まさか所長がそのことを……。「一般枠の成績については公開することになってるから、この魔石の数については教えても構わないんだが、同時に一般枠の能力については私らに守秘義務があってね。教えることができないんですよ。わかってくださいよ」「それじゃあ、この剣山とハンマーについてはどうして教えてくれたんだ?」


そこで私は言った。「彼が置いて行ったので、このくらいは教えても良いかなと思ったので。それにこれは道具なので、能力とは違うので……」そうなのだ。リュックの中にしまっていたとはいえ、これはあくまでも道具で、阿部の槍や真田の剣、渡辺の盾、北川のワンドと同じ扱いだと私は判断した……ということにした。勢いに負けて剣山やハンマーを見せてしまった私だったが。危ないところだった。一般枠の能力への守秘義務についても、私は真田さんの迫力に負けて白状するところを、所長に助けられた。本当に危ないところだった。


真田さんはリーダーということもあって、一般枠の探索者に出し抜かれたということは、プライドが許さないのだろうと思う。真田さんたちがいなかったら、このダンジョン経営は成り立たなかったのだ。そういう唯一の稼ぎ頭だった彼らの地位を脅かす存在は許せないという空気を彼はまとっている。探索者は一般人を害してはいけないという刑法の新条項があるのだけれど、それでもこの人たちの圧力は、普通の弱い女の私にとって恐怖そのものなのだ。


阿部さんが緊張した空気を和ませる意味なのか、とぼけた笑いで最後に言った。「しかし、こうやって頑張って稼いでくれる人が現れれば、俺たちもいくらか楽になって、安心して休みも取れるってもんだよな。だってここにも協会から課せられたノルマがあるんだろう?これで少し余裕ができたから、結構じゃないか。はははは」「は…はい、そう言っていただけると……ありがとうございます」ああ、なんで私がお礼を言ってるんだろう?


「行くぞ」真田さんがそう言って、先に出て行った。他の4人も後に続く。探索者である5人とも、天下御免で凶器を持ち歩いても許される身分だから、相対して話をしているだけで、緊張による精神的疲労は並大抵のものではない。彼らが帰った後、私はぐったりとした。


それから私は大地君に連絡をした。「室蘭ダンジョンの如月です。先ほどはお世話になり……」私はそこまで言って、思い出した。彼の唇に直に接吻したこと、そして思い切り泣きながらハグしたことを。「あああ。あのう。ご連絡したのは、今日あなたが獲った魔石の扱いについてです。獲った魔石が大量の場合は総重量を測って、今回の場合1個10gという……」


私は計量による個数の概数を算出する方法を説明し、その結果20kgは約2,000個と計算され、買い取り価格が200万円になると言った。その額は数日後には指定口座に振り込まれるはずだということ。明日からは好きなだけ獲っても、すぐその場で支払えることも付け加えた。「えーっと、それから次回からはプ…プレゼントはなしですので、よろしくお願いします!では!」私は電話を切った後、顔が熱くなるのを覚えた。ああ、何故私はあんなことをしてしまったのか?あの魔石の数を見て動揺してパニックになっていたとは思うが、年下の子に向かってあんなことを…。「如月君、なんだねプレゼントって?」斎藤所長が競馬新聞から顔を上げて私に聞いてきた。


「な…なんでもありません!そうだ、所長。さっきはありがとうございました。一般枠の能力に関する守秘義務のことを言って頂いて」「ああ。あれか。一般枠の人は一般人だからね、個人情報は非公開って原則だったよね。君が言っても良かったんだが、たまには私も口を出して出番を作らないと、あいつら如月君とばかり話してるから、無視されてるようで面白くなかったんだよ、うん」そうだったんだ……。部下を助ける優しさがあったと思った私の感動を返してくれ。


けれど、大地君はたった2時間で200万円。ということは時給100万円で、私の月給の手取り額の4か月分を1時間で稼ぐってことなの?斎藤所長だって、定年間近だけど30万はいかないはず。せいぜい27~8万でしょ。すると私の視線に気づいた所長は言った。「何を見てるんだ、如月君?駄目だぞ。もう定年が近いんだから不倫とかで問題になりたくないんだからな。変な気を起こすなよ」起こさねえよ!


俺は他のダンジョンの情報を『月刊ダンジョン情報』を買って調べていた。俺はわからない漢字や用語は飛ばして少しずつ読んでいった。これでも高卒相当の学力はあるんだ。その文をひろっていくと、『世界中のダンジョンの数は合計数で推定2,400か所と言われている』。げぇぇぇ、まじ多いじゃないか。


『そのうち日本には、日本探索者協会によって認定されたダンジョンは27か所、未確認情報も入れると30か所あると思われる』。なんだよ、未確認情報って?あるらしいんだけど、はっきり噂だけで確認できてないのか?確認しろよ、さっさと。



物語はここで終わっていた。ふと気づくとタイマーが鳴り続けている。急いで止めて、土鍋に米と水を入れてレンジの火をつける。それから別の鍋に卵を4個とガラだし少しと味噌を入れて火にかけスプーンで掻き回しながら味噌を潰して混ぜて行く。鍋肌の固まった卵を剥がして混ぜながら、良い所で洗い桶に一杯に入れた水に鍋底を当てて冷やす。さらにかき混ぜて、卵味噌のできあがりだ。

お粥が煮えるまで、コメントを書いておいて転生神を起こしに行く。

「どうしてお腹が空いたって言わなかったんですか?」

「一生懸命読んでいるのに声をかけるのが悪くて、そのうち眩暈がして……」

「あまり似合わないことしないでください。遠慮ない所があなたの長所なんですから」

「そ……そう? じゃあ言うけど、私このお粥だけじゃ足りないみたい」

「はいはい。だと思ってウドンもこれから作りますから。

なんだかんだで時間が過ぎて、その後薫は18冊目の特殊書籍を手に取る。

 

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