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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
2/39

スライム転生 (未完)

オムニバスの第一話になります。つまり特殊書籍の一冊めになります。


それは突然起こった。

俺が乗っていた旅客機が突然裂けて、体が投げ出された。

すべてがスローモーションのように見えた。

何百人もの乗客が宙を舞い、飛行機の破片とぶつかって体が千切れて飛び散る。

気がついたら、俺は下半身が千切れて、上半身だけ木の枝に引っかかっていた。

ああ、駄目だ、これ。もう死んだ。

目の前を客室乗務員の首だけが飛んでいく。

せめて完全な肉体のまま死にたかった。

下半身……俺の下半身……

そして、俺は意識を失った。


目が覚めると、なんだか気持ち悪い声がする。

しっかり見ようとすると、グニャグニャしたものがズリズリと動いている。

そして、たくさんの死体だ。

どうも西洋の時代劇に出てきそうな感じの死体が山積みされていて、それをグニャグニャしたクラゲのようなものが飲み込むようにして食べている。

変な声の方を見ると、ゾンビ……そうだ、映画に出てくるようなゾンビが唸りながら動いている。

頭が半分欠けているようなのとか。

待てよ、ゾンビは頭がやられたら死ぬんじゃなかったか?

それに動きが映画で見たゾンビと少し違う。

何人かはそうでもないのだが、手足に骨がないような感じの者が何人もいる。

気持ち悪い。

俺はここから離れたかった。

ここは、どうも大きな穴の中みたいだ。

俺は歩いてここから出ようとしたが、初めて自分に手足の感覚がないことに気づいた。

その代わり、移動しようとすると全身がそっちの方にズリズリと動いていく。

そして、自分が先ほど見たグニャグニャした生き物と同じ種類の生き物になっていることに気づいた。

どこかを見ようとすると、その方向に目ができる。

眼というか、皮膚が目の代わりをしているようだ。

俺は、この変な生き物……スライムに転生したみたいだ。

理不尽な話だが、このことを受け入れなければ俺は前に進めない。

俺は死体の上をズリズリと移動しながら、やっと穴の外に出た。

穴は直径10m以上はあるだろうか?

死体の着ている服はベルトの代わりに紐を使っていて、ファスナーとかボタンとかはついていない、原始的な服だった。

俺はスライムに異世界転生をしたのだ。

そして、その異世界は文明がかなり遅れた世界なのだ。

どっちにしても俺はスライムだから、人間の文明がどうなろうとその恩恵を受けることはないだろうから、どうでもいいのかもしれないが。

けれども俺は、自分の名前は思い出せないが、確かに飛行機事故で死んだ現代人だったはずで、その意識があるままこんな原始的な生物になってしまったのかと思った。

いったい何の羞恥プレイだ、これは?

待て待て、冷静になろう。

俺は前世で座右の銘にしていた言葉を思い出した。

「今、自分が与えられた境遇からスタートして生きるしかない」

これだ。

俺はスライムとして生を受けた。

それは泣こうがわめこうが、事実は変わらない。

だから俺は、今考えられる最善の道を見つけるしかない。

そこで俺は、他のスライムたちのすることを観察した。

そして分かったことは……。

どうやらこのスライムは死体に群がって、死体を食べる生き物だということが一つ。

そして、このスライムは自分が食べた死体の肉体を再生する能力があるらしいということが二つ目。

そして最後に、このスライムは再生することが完全にできないため、ゾンビみたいな気味の悪いものにしかなれないということだ。

手足が欠損していたら、そのまま欠損のまま体を再生するから、満足に動けない。

腹が破けたまま再生するから、腸がはみ出て零れても気にしないで引きずって歩いている。

そして、半分以上は体の表面や筋肉は再現できても、骨格がしっかりできてないから、グニャグニャして満足に歩けないのだ。

骨組みができている者もギクシャクした動きで穴から這い上がれない。

俺は、なぜこのスライムたちは人間の死体をコピーしてゾンビになろうとするのだろうと考えた。

そこでその理由を推理した。

一つは、植物のように広い範囲に子孫を残すために、死体を使ってより遠くに移動するためだ。

今のままではナメクジかカタツムリのようにノロノロと動いているから、あまり遠くには移動できない。

もう一つは、これはよく分からないが、人間のような高級な生物の真似をすることによって、天敵から自分を守るためではないかと。

だが、俺はそこまで考えて、ふと思った。

もしかすると上手にやれば、俺も人間のふりをすることができるのではないかと。

そのとき、兵士の格好をした男たちが荷車に死体をたくさん乗せてやって来た。

一緒にやって来たのは黒いマントを羽織った男だった。

「ほう……一週間もすれば、だいぶグールどもも擬態が上手になって来たな。

このまま穴から這い出て人間や家畜を襲うようになったらまずいから、ここで一度焼却しておこうか」

「はい、お願いします、魔術師様。これからは民間人の死体が増えますので、一度燃やしてまた一週間後に来てください」

「わかった。セリャヨラ、メントス、ビビデバ、プーリャン地獄の業火よ全てを燃やし尽くせ。ブスドーラ!」

魔術師が両腕を前に出すと、直径10mの巨大な炎の塊が渦を巻いて空中に出現した。

それが穴の中の死体やゾンビの上に降りてブワーッと燃えた。

燃えるときには青白い炎や黄色い炎が赤い炎に混ざっていて、みるみる死体は黒く焦げて、それから白い灰になってしまった。

その燃えるスピードの速さに俺は驚いた。

いわゆる火炎魔法なのだろうが、普通にガソリンをかけて燃やしてもこんなに速く灰にはならないだろうと思った。

まさしく魔法というのは強力なものだ。

俺は映画ではハリー・ポッターのファイアボールしか見たことがないし、あれは命中しても少し火傷するくらいなものだと思っていたから、恐怖で体が硬直した。

「あっ、あそこにもグールがいますね」

兵士の一人が穴から離れて見ていた俺を指さした。

グールというのは、俺がスライムだと思ってるこのゼリー状の生物のことらしい。

それから、死体を食ってゾンビ状態になったものもグールというらしい。

俺は焼き殺されると思って、もう駄目だと思った。

だが魔術師の男は笑って首を振った。

「穴の外にいるグールまでも殺す必要はない。グールがいるから死体は腐らずに綺麗に処理されるんだ。どうせ一週間後に焼かれる運命だ。それまでは仕事をしてもらおう」

「そうですね。どこかの地方でグールを殺しすぎたために、死体が腐敗して疫病が蔓延したという話もありますからね」

「そういうことだ。おい、そこのグール、しっかり食べて増えてくれよ。また焼いて灰にしてやるからな。と言っても言葉がわからないから意味がないか。はははは」

それから兵士はすっかり空になった穴の中に、荷車に積んで来た死体を放り込んだ。

そして魔術師と共にその場所から離れていった。

彼らが完全に見えなくなるまで、俺は一歩も動けなかった。

きっと俺が人間だったら、全身から冷や汗がどっと溢れていたに違いない。

投げ入れられた死体は7、8体だ。

1週間かけてもギクシャクしたゾンビにしか仕上がらないグールの擬態、俺がそれを超えるためには、今ある死体を食べて完全な人間らしい擬態にしなければならない。

この後、死体がすぐ来るかどうかは分からない。

そしてのんびりしていると、ほかのグールがやって来てこの死体を横取りされるかもしれない。

取り掛かるなら、たった今から始めなければ間に合わない。

俺はまず、一番大きな男の体を丸呑みした。

そのとき、しばらくして俺の頭の中に声が聞こえた。

それはどう考えても前世の俺の声だった。

『この体の仕組みをデータとして保存するか?』

えっ? もしかしてデータ化できるの?

ゲノム情報みたいに髪の毛や爪の先まですべて記録できるの?

それならイエスだ。

すると物凄い勢いで俺の体の細胞が波立って振動した。

そして俺には、その男の死体の肉体情報がデータとして納められたのが分かった。

そして何となくだが、ゲノム情報ほど詳しいデータではなく、もう少し大雑把なものだということが分かった。

皮膚や筋肉や骨格の情報はかなり正確だが、内臓に関しては大雑把なのだ。

それはその部分はそれほど正確でなくても目的は果たせるということなのか?

だが、ここで問題が起きた。

俺の体が、その男の肉体を全部コピーするだけの大きさがないということだ。

男を丸呑みしても、すべてが消化されて自分の細胞になるまでには時間がかかるのだ。

適当なところで形を保とうとすると、体積が大きいので、その重さで形が崩れてしまう。

そして例の脳内放送が流れた。

『データをもとに肉体を再生するには、材料の細胞が足りない』

それではすっかり消化して細胞の量が十分になるまで待った方が良いのか?

とんでもない。グズグズしていると、あの魔術師が来て大きな火炎で丸焼けにされてしまうのだ。

俺はデータは残したまま、男の死体の未消化部分を排出した。

皮を溶かし、赤い肉がむき出しの気持ち悪い体だ。

一部筋肉や骨がなくなっているのは、消化されたからだろう。

そして見回した。

するとちょうどいい大きさの体があった。

けれど、それは少女の体で、なんと顔の左半分が抉られてなくなっていた。頭蓋骨は無事でも顔の肉が半分もなくなっているのだ。

死んでから獣が食べたのか?

そして、脚も折れているようだ。

肋骨も折れている。

けれど、これより小さい幼児の死体もあるが、それでは生存するのがますます困難になりそうだ。

少女は12、13才だと思うが、なんとかこれなら生存のための行動ができそうだ。

体も大きくないので消化するにも日にちはそんなにかからないだろう。

俺は少女の死体を飲み込んだ。

『この体をデータとして保存するか?』

例のごとく、ぶっきら棒な俺の声で訊いてきた。

イエスと頭の中で返事をすると、先ほどよりも小規模な振動が全身を包んだ。

少女のデータが記録されたが、顔の左半分が欠けたままのデータだ。肋骨や脚の骨についても同じだ。

普通のグールだったら、このままでコピーして、顔半分で足が悪いゾンビが出来上がるだろう。

そこで俺は、顔の右半分のデータを反転させて顔の左半分を作ることにした。

当然、右目と同じものを作って左目に充てる。

肋骨も脚も対になる骨を参考にして左右逆転して作ってしまう。

結果、少女の顔やスタイルは左右対称の整ったものになった。

人間の顔はほんの少し歪みがあるものだが、それが修正されるだけで、印象ががらりと変わるということが分かった。

少女の容姿容貌は極めて整ったものになった。

けれど問題があった。

生前に栄養状態が悪かったせいか、骨が細く筋肉が貧弱だ。

バランスはよくても肉付きが悪いのだ。

それで最初の男の腕の筋肉の一部を少女の太ももの筋肉に付け加えた。

男の骨細胞のデータも借りて、少女の骨格の強化に使った。

とにかく皮膚や毛髪、筋肉と骨格、そして脂肪などには丁寧に仕上げて、少女の肉体を完成させた。

それが、ぎりぎり1週間かかったと思う。

もっとも、必要なデータは早いうちにとってあったので、3日目にほかのグールが来たときには、僕は穴から出て別の場所で肉体の偽装作業をしていたのだ。

だから、魔術師が来ても大丈夫だったのだ。


魔術師は穴にやって来た。

それまでにかなり死体が溜まっていたし、グールも増えていたので、いわゆる燃やし時になっていたのだ。

ギクシャクしたゾンビたちを業火で燃やした後、魔術師は視線を感じてそっちの方を見た。

すると、向こうの藪の陰から少女がこっちの様子を窺っているのに気づいた。

「あそこに女の子が隠れているようだが」

「はい、連れて参ります」

魔術師に言われて兵士が二人藪の方まで行って少女を連れて来た。

なんとその少女はボロボロで血のこびりついた服を着ていたが、体にはどこも怪我はしてなかった。

「君はどこから来たんだ?」

「あの……わからないの。何も覚えていない。自分が誰でどうしてここにいるのか、何もわからないの」

魔術師はじっとこの少女を見た。きっと死体と間違えられてここに運ばれてきたのだろう。

でも何かの衝撃のために記憶を失ったらしい。

見ると美しい少女だ。

どことなく垢抜けた感じなので、きっと育ちの良い娘なのだろう。

魔術師は言った。

「この少女は私が保護して預かろう。記憶が戻ったら親を見つけてやりたい」

「は、分かりました。でもこのままでは見すぼらしいので、服を与えてはどうでしょう?」

「そうだな、私はこの街のことは詳しくない。服を売っているところに案内してくれないか?」

「この戦場では店屋はありませんが、民家でも服を縫って作っている所があるようですから、聞いてみましょう」

「そうしてくれるか? 助かる」

なんだか俺は無事に人間認定されたらしい。

良かった。

この体を完成してからは、余った時間で自然な人間らしい動きを練習したのだ。

そして、声帯も再生していたので、少女らしい声も出るようになった。

人間らしい言動ができるように予行練習していて良かった。

そして俺が一番恐れていた、この魔術師に俺は保護されるらしい。

嬉しいような怖いような複雑な気分だ。

そして、怖いと思った俺の予想は、間違いなかったことが後でわかることになるのだ。


村までは徒歩で行くことになるが、ところどころ血の跡がいたるところにあった。

兵士たちが空の荷車を引きながら先頭を歩いて、魔術師は私の後ろを歩いていた。

背後からそよ風が吹いて来たが、すぐにやんだ。

魔術師が後ろから手を伸ばして俺の頭を撫でてくれ、それから俺の体を自分のマントで包むようにしてくれた。

やがて兵士の案内で村の中の一軒家に来ると、そこから老婆が出て来て俺の体をジロッと見てから言った。

「孫のために作った服がある。少し大きいが大丈夫だろう。下着も必要だろう? それと足も裸足じゃ大変だ」

「悪いが、頭を覆うスカーフも欲しい。風で飛ばないように」

老婆はすぐに俺を裸にした。

魔術師は黙ってそばで見ている。

「ほう……ずいぶんきれいな体をしてるな。ゴミも埃もついていない。洗ったのかえ?」

「ああ、ここに来る前にな」

老婆は胸を柔らかい布のベルトで覆うと、後ろで紐で縛った。

これがブラジャーの代わりの胸当てなのだろう。

それからカボチャパンツを履いて、下着は終了だ。

それからスカーフで頭を覆うが、魔術師はそこで口を挟む。

「長い髪を外に出さずに、まとめてスカーフで覆ってほしいんだ」

すると老婆はひっひっひと笑った。

「女の髪には悪い虫が寄るからねえ」

「まあ、そんなところだ」

老婆は俺の背中まで伸びた髪を丸めて頭の後ろにまとめて紐で縛り、その上からスカーフを縛った。

「それにしてもこんなに色白で綺麗な肌は見たことがないよ」

「余計なことは言わずに早くしてくれ」

「はいはい、それじゃあ田舎娘の服で良かったら、これで」

魔術師が急いでいたので、腕の袖は少し捲って、スカートは上の方でまくり上げて、簡単に糸で止めるくらいで、ツーピースの服は終わった。

それからベストを着て、服は終了だ。

老婆は次に俺を椅子に腰かけさせて、黙って俺の足を手に取って見ていた。

「ここに上る前に綺麗に拭いたのかえ? それにしても傷一つない……ひっひっひ、そうかい。抱っこしてもらって来たんだね」

「余計なこと言わずにさっさとやってくれ」

「分かったよ、本当に訳ありだね」

魔術師は俺のことをあれこれ探られるのが嫌なようだ。

足には靴下と布製の靴を履かせてもらった。

つま先の方に詰め物をしてサイズを合わせてもらい、これですべて完了したらしい。

魔術師は金貨を一枚出したので、老婆は驚いた。

「こんな田舎でお釣りなんか出せないよ。銀貨5枚もあれば十分だよ」

「余計なことを喋らないってことだ。分かったか?」

「……ああ、分かったよ。口を固く閉じてりゃ良いんだね。じゃあ、貰っとくよ」

どうやら口止め料を払ったらしい。

何のために? 俺はなにか不安になった。

そのあと魔術師は老婆にバスケットボールくらいの火の玉を見せて、何かこそこそと話していた。

その度に老婆はコクコクと頷いていた。

さすがにそのときは例のひっひっひという笑い声はなかった。

老婆の家を出て行くとき、入り口で俺たちを見送る老婆の顔は恐怖に震えていた。

何があった?

そして魔術師は俺を人気のない岩場に連れて来ると、俺の頭上に大きな炎の球を作って言った。

「おい、グール。お前は何者だ。正直に言わないと燃やしてしまうぞ」


「えっ?」

俺はこの不意打ちに心臓が止まりそうになった。

というか心臓はきちんと作ってなかったんだけどな。

だけど、返事の仕方によっては俺はあっという間に燃やされて灰になってしまう。

「ま、ま、魔術師さま、た、助けてください」

「それもお前の返事次第だ。正直に言えば助けてやる。お前はグールの上位種なのか、それともユニーク種か?」

「ち、ち、違います」

「どうやら灰になりたいようだな? お前が人間でないことはすぐに分かった。風に吹かれても髪の毛は動かないし、背後から頭を撫でてもビクッとせずに初めから知っていたような反応だ。

要するにお前は後ろも見ることができる。それはグールしかありえない。

裸足で歩いても汚れもせず傷もつかない。

他にもたくさんありすぎるが、どう考えてもお前はうまく化けたつもりになっているグールだ。

だから上位種か、ユニーク種かと聞いたんだが、どうやら本当のことを言いたくないようだな」

魔術師は俺の頭上の火炎を一回り大きくした。

頭のてっぺんがあつーーーい。

「言います、言います。本当は俺は別の世界で死んだ人間で、この世界に前世の記憶を持ったままこのグールに転生したんです」

「はあ?」

途端に頭の上の火炎が消えた。

「本当は男なんですけど、この体しかうまく適合しなくて。そういう訳ですみません。殺さないでください」

「名前は?」

「思い出せません。でも成人の男で、仕事で飛行機という空を飛ぶ乗り物で移動中に事故に遭って死んだんです。で、気がついたらあの死体の穴の中にいて、気持ち悪いから穴の外に出たんですけど、兵士とあなたがやって来て、グールたちを焼いてしまうのを見て驚いて」

「わかった。それじゃ、一週間前に穴の外にいたグールはお前だったんだな」

「はい、その通りでだから「もういい。分かった」」

「では助けてくれますか? これでも元は人間なんです」

「ただでは助けない。お前は私の召喚獣になってもらう」

「しっ、召喚獣?!」

「普段は私の用意した亜空間で過ごしながら私の出した課題をやっていてもらう。そしてときどきそこから呼び出して現実の世界で活動してもらう。どうだ?」

「はい、それで良いです……助かるんですね?」

それから俺は召喚獣になるための契約なるものをした。

「最後に名前をつける。お前はチャーリーだ。これは男女共通に使える名前だ。では返事をしろ、チャーリー」

「はい……うわっ」

返事をしたら、それで契約は成立したらしく、俺はあっという間に不思議な場所に飛んだ。

そこは、お日様が照っているポカポカと暖かい場所で、芝生があって、花畑があって鳥が飛んでいる、とてもいい所だ。

『そこがチャーリーの待合室だ。1キロ四方の場所でそれ以上は見えない壁に遮られて進めない。召喚されてないときはそこにいて私の出した課題をするようにな。まず第一の課題は人間観察だ。そのための覗き窓が1日に3時間開く。これだ』

すると目の前の空中に木のドアが現れた。

ドアの真ん中に板で蓋をした窓がある。

板をもち上げると、外の景色が見えた。

大勢の人が行き来している。

どうやら町の中のようだ。

『これは王都というこの国で一番大きな町の中央広場だ。

人間がもっともたくさん集まる場所だ。そこで人間を観察して、少しでも人間らしく見えるように研究しろ。以上だ』

魔術師の声が空の上から聞こえるが、一応彼の出した課題は分かった。

だが気になるのは、どんなときに召喚されるのかということだ。

まさか荒事あらごと絡みで呼び出されるのじゃないかな?

魔術師の肉壁とかにはなりたくないよ、とほほほ。

『チャーリー、出てこい』

早速3時間くらいすると俺は召喚された。

ドアを開けると空気の渦があり、そこを通ると突然村の中に出た。

目の前に村の食堂がある。

「さあ、飯を食べるぞ。それが用事だ。人間らしく食べろよ」

魔術師の後について行くと、粗末なテーブルや椅子があり、村の男たちがそこで酒を飲んでいる。

入り口近くの空いているテーブルで席に着くと、女がやって来て注文を取る。

「あら可愛いお嬢さん、娘さんですか? きっと奥さん似なんですね」

「余計なことは言うな。二人分の食事を頼む」

「はいはい、かしこまりました」

やがてスープとパンが二人分運ばれた。

俺は口から食べるようにしてなんとか食べた。

味なんかは分からない。

食べられるか食べられないかが分かるだけだ。

味が分かったら、死体なんか食べられないと思う。

「さすが元は人間だけあって、人間らしく食べるじゃないか。しかも上品だ」

「それはどうも。ところで魔術師さま」

「なんだ?」

「魔術師様のお名前は?」

「クロードだ。だが私を呼ぶときは父上と」

「はい、わかりました、父上」


そのとき、村人の酔っ払いが二人でやって来た。

「おいおっさん、ずいぶんめんこい女を連れて歩いてるじゃねえか」

「どこからたぶらかしてきたんだ?」

「親子ったって誰も信じねえよ、全然似てねえもんな」

ガラの悪い酔っ払いで、明らかに美少女の俺をターゲットにして絡んできている。

「おい、チャーリー」

「はい、父上」

「人間の焼肉は食えるか?」

「命令なら食べますが」

「じゃあ、こいつらの焼肉をご馳走してやるか」

クロードは掌を上に向けると、バスケットボールくらいの火の玉が出た。

「ひゃああああ、助けてくれえええ」

「殺されるぅぅ、魔術師だああ」

「大人しく飲んでないと火傷だけじゃ済まなくなるぞ、分かったか?」

「「へいっ、すみませんでした、旦那」」

来たときとは真逆に、二人ともすっかりしょんぼりとして席に戻っていった。

「おい、勘定だ」

店の女はビクビクしてやって来た。

「お、お勘定は結構です」

「そういう訳にはいかん。いくらだ。これで足りるか?」

クロードは銀貨を2枚出した。

「多すぎます。一枚でもお釣りがあります」

「多かったら、奥の連中に飲ませてやれ」

「は、はい」

それを聞いていた奥の酔っぱらいどもは一斉に立ち上がってお辞儀をした。

「「「ありがとうございます、旦那」」」

店を出たあと、クロードは俺に言った。

「要するに飴と鞭だ。鞭だけだと恨みを買う。そういうことだ」

クロードは俺が聞きもしないことを独り言のように言った。

「髪の毛は風でなびくようになったか?」

「いえ、それはまだ」

「そうか、それができるまでは晩飯は当たらないぞ。戻れ」

すると一瞬で俺は例の待合室に戻された。

クロードの要求は難しかった。

長い髪には俺の意志が入っていて、風でバラバラにされそうになると逆らいたくなる。

まるで自分の心が風に翻弄されるようで嫌なのだ。

それで瞑想しながら、髪の毛に宿る俺の心を無にするように苦心した。

けれど、苦心して努力しているうちは、思い通りにならなかった。

ああ馬鹿馬鹿しい、こんなことやってられるか、どうにでもなれ。

そう思って力を抜いた途端、髪の毛から俺の意志が抜けた。

あらまあ、である。

首を左右に振ると髪の毛がフワーッと乱れる。

『できるようになったか? それじゃあ、晩飯だ。出て来い』

クロードの声が空から聞こえた。

今度は村じゃなくて街の中だった。

しかももうあたりは薄暗くなっていたのだ。

待合室の空間はいつも青空でお日様が照っているのにである。

「スカーフは取っていいぞ。そうだな、こうするといい」

クロードは俺の髪を器用に編んで三つ編みにした。

「前だとこういうこともできなかったからな。よし合格合格」

クロードは俺の頭を撫でてくれた。

悪い気はしなかった。

「ありがとうございます、父上」

いちおう俺も髪を編んでくれた礼を言った。

「それじゃあ、入るぞ。晩飯だ」

今度の店は街の食堂だから、壁にメニューが貼ってあってそこから選んで注文することになる。

俺は骨付き肉の丸焼きとバターをたっぷり塗った黒パン、そしてコーンをミルクで煮たスープを頼んだ。

と言っても、味わうことはできないんだけどね。

「今度の課題は食べ物の味が分かるようになることだ。それも普通の味覚ではない。料理を一口口にしただけで使われている材料がすべてわかるというような超級の味覚だ。

それと匂いもだな。まあ、時間がかかると思うが、怠けずに励むように」

「はい、父上」

俺たちが入った時から、俺は注目されていたんだが、こういう街でも俺の美貌は目につくらしい。

早速、剣やナイフを腰に差した若者がニヤニヤしながら近づいて来た。

「娘さん、どこから来たの? 俺はこの街で探索者をしているトーマスってんだ。こんなおっさんと飯食ってないで、俺と一緒に向こうで飲まないか?」

「チャーリー、人間の焼に「父上、私に銀貨一枚下さいませんか?」銀貨? いいぞ、どうする?」

俺はクロードが火の玉を出す前に先手を打って彼から銀貨を一枚受け取った。

そして、トーマスというナンパ野郎に言った。

「お兄さん、その腰のナイフって丈夫なんだよね?」

「ん? ああ、これか」

トーマスはナイフを腰から抜いて俺に渡した。

「私の歯で折れるかしら?」

俺は刃渡り15センチくらいのナイフの先を歯で噛んでみせた。

「おいおい、やめろ。折れるのはあんたの歯の方だぞ」

「じゃあ、お兄さん。銀貨一枚かけてみる?」

「ああ、いいぞ。あんたも変わった女だな。まあ、駄目だったら途中でやめることだな」

俺は口の中を万力のような構造にして腕の力も増強してぐいっと曲げた。

直角に曲がったナイフを口から出して、トーマスに返して言った。

「ああ、やっぱり無理だった。折れなかったよ。曲がっただけ。じゃあ、私の負けだから銀貨一枚あげるね」

俺は銀貨を渡してから、まだトーマスが立っていたので、追加のサービスをしてやった。

「ああ、変だな。ナイフって硬いんだな。骨なら簡単に砕けるのに」

そう言いながら、大人の親指より太い骨をバリバリと噛み砕いて食べてみせた。

「あら、お兄さん、まだなんか用だった? まだ賭けをしたいの?」

トーマスは青い顔をして首を横に振って後ずさりすると、速足で逃げていった。

俺はクロードに聞こえるようにぼそっと呟いた。

「飴と鞭だよね」

「お前は面白い奴だな、チャーリー」



本の中身はここで終わっていた。薫は自分の感じたことを紙に書いて転生神に渡した。

「ふんふん、なるほどね。じゃあ、次も頼むね」

矢継ぎ早かよっ!

薫は次の本を手に取った。

読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。

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