一般枠探索者
この特殊書籍は18冊目ですが次のエピソードまで続きます。
たまたまリサイクルショップでそのゲーム?を見た。
古い装丁で『明日の人生の為の準備訓練』とかいう変な題名だった。
値段も300円という微妙な値段。
100円か200円なら気軽に買えたかもしれないが300円だ。
でもって自分自身の好奇心を満足させるために300円の出費をした。
詐欺かもしれないが、ロマンス詐欺で何百万も巻き上げられるよりはずっとましだろう。
家に帰って中を開けて見るとA4の説明文1枚とUSBメモリーが一個あっただけだった。
後は段ボールの空箱という、よくある上げ底仕様だった。
まずA4一枚の説明書をさっと読んだが、すぐ破り捨てた。
怪しいことがいっぱい書いてあった。
いつかは分からないが、近い将来地球に異世界のダンジョンが出現するとか、そのときになって慌てても殆どの人類は対応できないとか。
寝言は寝てから言えって感じだ。
まず300円返せよと言いたい。安売りのカップラーメンなら3個か4個買えるだろうが。
なんでもこのプログラムを実行すると新地球環境に順応できる能力を身につけることができるとかなんとか……。
よくまあ、リサイクルショップでも300円の値段をつけやがったなと。
もうあの店には行かないぞ。
だがロマンス詐欺よりはましだと思って買った手前USBメモリーをパソコンに接続した。
いきなり出て来た画面は『明日のためにその一』だ。
『明日のジョー』かよっ!
って殆どの世代は知らないぞ。
そして動画に映ったのは、いかにも怪しい片目を黒い眼帯で覆った坊主頭のおっさんのアップ画像。
まんまじゃねえかっ!
「昭和に戻れっ!」
おっさんは開口一番そう言った。
「令和の人間は軟弱すぎるっ!虫が怖いと大騒ぎだ。まずミッションの第一はできるだけ大きな蜘蛛を10匹生け捕りにしろ。殺したら駄目だ。小さいのは効果が薄いから大きいのにしろ。集めたら何をするか教える」
そしてなんと画像がフリーズした。
どうやっても次に進まない。
ジタバタしてると次の言葉が現れた。
『ミッションを果たさないと次に進めません』
なんだぁぁ、これはぁぁぁ?
ここでUSBメモリーを抜いて金づちで砕けば良かったのだが、俺は馬鹿だから蜘蛛を集めることにしたのだ。
何故かと言うと『令和の人間は軟弱過ぎる』とか言われてムカッときたからだ。
あんな怪しい恰好のおっさんに舐められて堪るかというのが本音だ。
でもって調べると、我が町は空き家が多いのでその周辺で巣を張っている大きめの蜘蛛というのはオニグモというのがある。
僅かにこげ茶色がかった灰色の蜘蛛だ。
タランチュラほど大きくはないが大きいのになると頭胴体部分だけで、人差し指と親指でつくる『お金マーク』くらいになる。
それに足がつくんだから高い所に巣を張っている様子は結構下から見上げると堂々としたものがある。
俺は物干し竿を持って巣を壊しながらオニグモを下に落とす。
下に落ちると蜘蛛は足を縮めて仮死状態になる。
いわゆる死んだふりだ。
それをペットボトルを切った入れ物に入れておく。
上に穴をあけたビニールを被せ輪ゴムで止めておく。
死なしたら駄目だから、とりあえず脱脂綿に砂糖水を含ませたものと、半殺しにした蝿を放り込んでおいた。
そして同じ場所に入れると喧嘩したり共食いをするといけないから、捕獲するたびに違う入れ物を用意することになる。
それでまる三日かかった。
俺って相当の馬鹿?
馬鹿だよね、絶対?
なんで三日もかけて汚くて気持ち悪い蜘蛛を10匹も生け捕りにして飼わなきゃいけないんだ?
パソコンの前に10匹分の蜘蛛の入れ物を並べて再度USBメモリーを差し込んだ。
すると今度は黒い三角帽に黒マント、黒いマスクをして目だけ出した女が現れた。
怪しすぎるだろっ!
黒魔術でもするんかいっ!
「まず大きな入れ物に日本酒と白砂糖を入れてその中に10匹の蜘蛛をぶち込んで溺れさせなさい」
はあぁぁあ?
折角殺さないで生かしておいたのに、今度は溺れさす?
や…やってやろうじゃねえか。くそっ。
どこまで人をおちょくれば良いんだ。
どういう訳か俺が言われた通りにするまで女の画像はフリーズしたままだ。
「では蜘蛛が完全に溺れないうちに次のこれを蜘蛛にかけなさい」
「えっ?」
画面の女が手を伸ばして俺に渡したのは香水くらいの大きさの噴霧器だった。
はっとしたら、女は画面の中に戻っているし、俺の手には渡された噴霧器があった。
えええええええええええ??
魔法かよ?
もうやけくそだ。300円と三日分の無駄な労力は取り戻せないが、騙されたと思ってやってやろうじゃないかっ!
俺は砂糖入りの日本酒の中でジタバタしている蜘蛛たちに、その謎の液体を噴霧器で浴びせかけた。
すると蜘蛛の体が光ってダイヤモンドダストみたいなキラキラが上がって来て俺の方に被さって来た。
キラキラは俺の体を包むとスー―ッと体の中に入って来たのだ。
画面の中の女は手を伸ばして俺から噴霧器を回収すると笑いながら言った。
「後は蜘蛛を外に生きたまま逃がしてあげなさい。あんたは蜘蛛の能力を受け継いだのだから、感謝するが良い」
蜘蛛の能力?
スパイダーマンかあ?
無理だろっ。
試しに掌の真ん中から蜘蛛の糸を出そうとしたが、何回やっても糸くず一つ出なかった。
すると急に視界が変になった。
すると画面の女が言った。
「蜘蛛の目は合計8つあるから、両手、両足、後頭部と頭頂の6つの目がアクティブに作用して360度の視界が自由に得ることができるのさ。それが自由にできるようになったら、『明日の為にその2』に進むことだね」
そう言うと画面がフリーズした。
俺は魔女みたいな奴が言った6つの目のオンオフを試みた。
そして大変なことが分かった。
学校に行って女生徒が近づくと、靴下を履いてない俺の足の甲からスカートの下が見えるのだ。
そして今まで気がつかなかった、背後からの視線もまるわかりなのだ。
俺のことをじっと見ている女子はきっと俺に気があるんだろう。
全然気づかなかった。
それとは逆に俺に敵意を持っている奴とか馬鹿にしている奴とかまる分かりなのだ。
俺が机に突っ伏していれば頭頂の目が前方の景色を映すし、後頭部の目を側頭部に移せば左右の様子が丸わかりだ。
両手の目は腕のどこにでも移動できるので上げ下げすれば色々な角度から視界を得ることができる。
しかも目のある場所はただの皮膚にしか見えないから、誰にも知られることがない。
もし自分の顔に10cmの距離で顔を近づける者がいれば『変態ッ』と言って大抵の女は叫ぶだろう。
だが、顔ではなく相手の掌や指や肘、または首筋や後頭部が自分の顔の近くにあってもそんなに騒ぐこともない。
俺は女子の顔をそんな至近距離で見たり、スカートの中の太ももやパンツを見たり、うつむいた時の胸の膨らみを覗いたりしても騒がれなかった。
まあ、さりげなく……極めて一瞬に近い時間にしないと不自然になるから気を付けなきゃいけないんだがな。
そういうエロい効果の他に、自分が見てない所で自分がどんな目で見られているのかがよく分かるようになったのは、大きな収穫だった。
クラスの女の子のパンティの色はすべて把握できたのは、収穫といえるかどうかわからなかったがとにかく絶対人には言えない秘密の能力を得てしまったのだ。
因みに手足がさらに2本ずつ増えるとか、編み物がうまくなるとかそう言ったスキルはなかった。
そういう検証が済んだので、再びUSBメモリーを差し込んでみると、また片目マスクのおっさんが現れた。
「明日の為にその2だ。令和の人間は軟弱だっ! 昭和の心で蛇を10匹捕まえろ。もちろん生け捕りだ。生け捕りにしたら、どうするか教える。但し毒蛇はやめろっ」
それだけ言うとまたフリーズした。
おいおいおいおい。
いくらここが北海道だと言っても、ここは田舎都市だぞ。
確かに鹿や狐やアライグマやエゾリスは見ることはあるけど、蛇はそんなに見つからないぞ。
10匹だって?冗談じゃない。無理無理無理の無理ゲーだろうがっ!
するとおっさんのフリーズが解けて、代わりにあの魔女が現れた。
「晴れた日に蜘蛛のいた空き家の近くの草むらにこれを吹きかけて出て来るのを待ちなさい。用意するものは棒切れとビニールの袋だよ」
そう言った後に蛇が草むらに出て来る動画が流れた。
すると棒を持った手が映り、蛇の頭のすぐ下の首の所を棒で押さえてから手で蛇の首を掴む様子が。
むっ、むっ、無理無理無理ゲーだぁぁぁ。
しかも蛇の首を掴むと、蛇は怒って口を開け牙を剥いて手を噛もうとするが首が回らないから届かない。
すると自分の首を掴んだ腕全体に巻き付いて何とか逃れようとする。
ぎゃぁぁぁああああ、気持ち悪いっ。
そうこうしてるうちにビニールの袋に強引に蛇を押し込んで、水を含んだ脱脂綿とウズラの卵を1個一緒に入れる。
「ねっ、簡単でしょ?こうやって10匹集めてね。場所はその都度変えた方が良いわよ」魔女は片目をつぶってからフリーズした。
簡単な訳あるかぁぁぁぁああっ!
だけど俺は救いようのない馬鹿だった。
そう言いながらも俺は早速空き家巡りをした。
空き家と言ってもなるべく木造の廃屋の方が良い。
そういう所は庭も草が伸び放題で、見通しが悪いから鎌を持って行って少し刈り取った。鎌はホームセンターで一番安いのを買った。
草刈り鎌だ。
小学校の時稲刈り体験で使った記憶があるので、何とか使えた。
それから魔女から手渡された噴霧器を使った。
蜘蛛の時に使ったときの匂いと違って今度は獣か虫のような嫌な匂いがした。
これで蛇を誘き寄せるのだなと思う。
誘き寄せられないで欲しいと思うけど、それは無理だろうな。
絶対来ると思う。
そしてやって来たのは1m以上の青大将だ。
その後のことは言いたくない。
最初の一匹を捕獲するまでどれだけ躊躇ったか。
だが捕獲は一瞬で終わった。
二度三度首を抑えようとしたがへっぴり腰の為逃がして、四度目で首根っこを押さえた。
それから神様仏様に祈りながら手で首を掴んだ。
蛇が首を廻すといけないから、なるべく頭の近くの首を掴んだ。
よく蛇を扱いなれた人は頭から離れたところを掴んで持っているがあんなのは真似できない。手を噛まれたらどうすると思う。
案の定、腕に巻き付いてきたが、そこで驚いて手を放したら駄目だ。
結構力を出して脱出しようとするがビニールの袋に頭から突っ込んで、後は順送りに胴体を中に突っ込む。
終わった後は輪ゴムで口を縛り、針で空気穴を開けておく。
保管場所は熱中症になったら困るから日陰の涼しい所に置く。
晴れた日もあれば雨の日もあるので、一週間かけて10匹を集めた。
ウズラの卵もウズラ園という所で買って与えた。
出費が重なる!
俺は貧しい高校生だぞっ。
USBメモリーを差し込んで動画を出すと、魔女が俺に向かって手を出している。
黙っているので俺は何のことか分からないで暫くぼんやりしてたが、ようやく気付いて蛇を誘きだす噴霧器を差し出すと、さっとそれをひったくった。
そして言ったことが面倒くさい。
「蛇を一つの袋に全部入れなさい」
言われたことをしないと画面がフリーズしたままになっているので、仕方なくそれをすることに。
って言うけど、結構これ面倒くさいぞ。
両方のビニールの口を開けて、繋いでおき一方の蛇をもう一方の袋に逆さに振って落とすのだ。
もう蛇同士がうねうね絡まって動いて気持ち悪いったらないっ。
でも次から次へ一つの袋に全部の蛇を入れるんだが、ウネウネウネウネして気持ち悪い言ったらないぃぃぃっ。
全部入れたのを見て魔女がまた喋った。
「いったん袋を閉じてから、これを一気に飲め」
魔女が画面から手を飛び出させて渡したのは1リットルのペットボトルに入った怪しい液体だ。
なんとか園のウーロン茶とポ〇リスエッットを混ぜたような濁った色をしていて、飲みたいとは思わない。
「味わって飲もうとすると途中で挫折する。一気に飲んでしまえ」
あのなあ、人間というのはこういう液体を1リットルも一気には飲めないようにできてるんだよ。
飲んでる最中に溺れたらどうするんだぁぁぁ。
と思ったけど俺は馬鹿だから飲み始めた。
味わおうとはしてないけど、絶対変な味だ。
生臭いしかも変に甘みがあって余計気持ちが悪い。
飲んでる途中で吐いたらどうしよう。
途中で息をするのを忘れていたから鼻から少しずつ息をすったり吐いたりしながら飲むんだけど途中で途切れさせては一気飲みにならないし、再度挑戦するような味じゃないから涙を流しながら飲んだ。
吐き気も一緒に夢も希望も一緒に嫌だった思い出も一緒に飲んだ。
途中で溺れ死ぬ幻覚を見た。
終わったらお腹がタポンタポンになって、ちょっと動くと水が逆流して来そうだ。
「それなら今度は」
魔女は空になったペットボトルを回収すると、また蜘蛛の時と同じ噴霧器を出した。
「同じではない。前の奴に酒精を加えてある。これを袋の中にいる蛇にたっぷりとかけろ」
どうもこの魔女の命令調が気に入らない。
お願いだからたっぷりかけてとか言えないのか?
まあ言われたとしても喜んでする積りはないけどな。
俺は躊躇った。
今度はなに?
俺の体に鱗が生えてくるとか勘弁してくれよ。
とか急に脱皮するとか……。
体質が変わって変温動物になるとかやめてくれ。
冬が寒くて冬眠しなきゃいけないだろう。
だが俺は真正の馬鹿だから、スプレーを言われた通りは癪だけどたっぷり蛇にかけた。
すると例の如く、蛇全部からダイヤモンドダストの光が上がって俺の体を包んだ。
そしてその光の粒が俺の体に針のように突き刺さったかと思うと、全身が激しく痛みだした。
聞いてない。
骨が骨が痛いっ!
そして関節が痒いっ!
痒いけど掻けないっ!
水が、腹の中の水が全身に爆発的に流れて血管の中を駆け巡っている。
うわああ。筋肉が熱いっ。
痛いっ、痒いっ、熱いっ!!!
俺がぐったりしてると魔女が話かけて来た。
「お疲れのところ悪いけど、これ手と足に嵌めてくれる?」
寄こしたのは二つの手錠だ。
な、な、なんのプレイをさせる積りだぁぁぁぁ。
「両手首と、両足首に嵌めた後、外してもらいます、もちろん鍵なしで」
はぁぁぁぁああああ??
「大丈夫外れるから、もうあんたの体は蛇のように柔らかい体質になってるのよ。うふふ」
俺は騙されたと思って手錠を自分の手足にかけた。
けれど何故かスルリと手錠から手足が抜けた。
関節が自由に外れたり嵌ったりして、痛みも何もない。
手の指を反対側に折ってみたら手の甲に簡単についた。
両足を左右に広げて上半身を前に倒したら床にペッタリ着いた。
それどころかエ〇ソシストの蜘蛛歩きもできた。
「手錠をこっちに返して。その代わりこれをあげる」
今度魔女が手錠を回収した後手渡したのは小さなリングだ。
頭をようやく通すくらいのプラスチックのリングだ。
いわば小人の使うフラフープみたいなものだ。
「これを頭から潜って見せて」
そんなことはできる筈がねえだろっ。
普通肩の所でつっかえてしまうのがオチだろうがっ。
と思ったが、何故か肩関節もフニャと外れて胸も腰も全てフニャッとなって輪を潜り抜けてしまった。
「柔らかさは自分で調節できるからね。普段からフニャフニャしてるとキモイから気をつけてね。うふふ。まあ、これで検証は済んだようなものだけど、一応明日の夜までは検証時間にしておくからそれが終わったら次の段階になるわ」
そういうとまた画面がフリーズ。
次の日高校の体育の授業の一環として柔道があるが、俺は練習相手に柔道初段の男が当たった。
けれど俺は投げ技も寝技も関節技も効かなかった。
体が柔軟だということはそういうことなんだと悟った訳だ。
俺と比べればほぼ全員体が硬い方だと思うし、そうすると格闘技や組手などでは体が柔らかい俺の方が関節の可動範囲が大きい為相手を意のままに動かせることが分かった。
よかった。変温動物にならなくて。
そうそう言い忘れたが、捕まえた蛇は全部山にリリースしたぞ。
「明日の為にその3! 生きたナマコを10匹生け捕りにすること」
ええっ、無理だよ。ナマコって高級食材だし、密漁は犯罪だし。
その前にナマコなんて獲ったことないし、たぶん無理だ。
するとおっさんの代わりに魔女が出て来た。
「生きたナマコが売ってるところに行って、買ってくれば良いのよ。受けとるとき海の水と一緒にね。なるべく生きの良いのを選ぶこと」
なるほど買うのか、それなら……って、いったいいくらすると思うんだ。
ネットで調べたら赤ナマコ十個で17000円以上もしていた。
高校生の買える値段じゃないだろうっ!
その後また動画を再生して魔女の凍結画面を睨んでいたら、漸く喋り出した。
「ごめんごめん、漸く近くの漁協で活ナマコ扱っているところ見つけたよ。買わなくても良いから、そこに行って10匹以上いる生簀に、人が見てない時にこの錠剤を入れてくれる? 噴霧器は使えないから」
魔女は小さなビニールの袋に入れた白い錠剤を手渡して行った。
「チャンスは一度だけ。これを逃すとずっと遠くの街の漁協に行かなくてはいけない。〇月▽日の午前10時ごろO漁協に行って、何とか口実をつけて見せて貰いなさい」
そう言うとまたしてもフリーズした。
なんとか口実? 口実? 口実? 思いつかないぞ。馬鹿だから。
それに後2日後じゃないか?
どうするどうする?
高校に行って有本という頭も性格も良さそうな男に俺は話しかけた。
「あのなあ、もし漁業組合に行って水揚げした水産物を見せて貰いたいとき、どんな口実が考えられるかな?」
「はあ? なにそれ? 大地翔君だったけ? なんで水産物を見たいんだよ?」
「実は明日の土曜日の10時頃、O漁協に水産物の水揚げがあって、その様子を見たいって頼まれたんだよ」
「誰に? 何のために?」
「親戚のというか従姉妹の女の子で漁業に関心があってレポートを書きたいっていうから」
「それで良いんじゃないか? 明日のことだったら、君がその漁協に電話をかけて、漁業で頑張る人たちの様子を学校新聞の記事にしたいとか言って取材申し込めば? アポなしよりはすんなり行くと思うけど。で、その子って美人なのかい? スマホで録音しながら用意した質問に答えて貰って、後は自由に動画に撮って行けば感謝されると思うけど。
で、その子って僕に紹介してくれる気はあるかい?」
「ああ、従姉妹の子は魚が大好きでボラを一匹一人で平らげてしまうんだ。子供の頃は一緒に相撲を取ったけど一度も勝てなかった。
男だったら相撲部屋から誘いが来たろうなあ。あっ、色々助言ありがとう。もし会いたいならセットするけど」
「いや、良いんだ。その話は忘れてくれ」
架空の従姉妹に会わせることはできないからほっとしたよ。ふーーーーっ。
有本が頭も性格も良いことは知ってたけど女好きだとは知らなかった。
いや、男なら当たり前か、うん。
「ええと僕は△〇高校の大地翔と言います。
新聞部なんですが、地元の漁業で働く人の様子を取材したと思いまして、明日10時に水揚げの様子を撮影させて頂けないでしょうか? お忙しいと思いますので、なるべく邪魔をせずに早々に帰りたいと思ってますが」
すると年配のおっさんの声がした。
『ああ、たぶん忙しくって相手はしてられないし、あんまりウロウロされると作業の邪魔になるんだけどねえ、それでもどうしてもって言うなら、仕事の邪魔にならない程度にささっと撮影して帰るなら、で、どのくらいかかるの?』
「ちょっと邪魔にならない程度に隅っこの方で作業の様子を録画して、水揚げしたものもカメラに収めて…15分以内に済ませたいと思いますが」
『ああ、その程度なら。明日の朝の朝礼でみんなに言っておく。但し話かけたり、インタビューとかはやめてくれよ。その代わり漁協のパンフレットは事務所に置いてあるからそれを見てくれば分かると思う』
「はい、わかりました。では邪魔しないようにこっそり来て、こっそり帰りますので」
『うんうんわかった。で、できた記事は送ってくれるのかい?』
うわぁァァあああ、ドキッとするようなことを聞いて来たぞ。えーと、えーと、そ、そうだ。
「あのう、今回は部員で競争して記事を書くんですが、採用されるかどうかは分からないので、もし採用された場合は郵送させて頂きます。もし届かなかった場合は不採用だと思ってください。すみません」
『ああ、なるほど。分かった。採用されると良いね、じゃあね』
こういう電話のやり取りは本当に心臓に悪い。
今の高校生でこういう電話を掛けたり受けたりできるのは何人いるだろうかと思ったりしてる。
俺の場合はもうヤケクソになってるから、なんとかやったけど。
二度とやりたくねえよ。
しかも今度は蜘蛛、蛇、に続いてナマコだろ?
食材としての味はともかく、見た目が気持ち悪いのばっかじゃねえか。
今度こそ体中にイボイボができたりしたら、俺は誰を恨んだら良いんだ?
最低良くって、海の底をすっと寝ころんでいても呼吸できるとか言う能力くらいだろうな。
それって何の役に立つんだ?
ましてダンジョンに関係ないだろっ?
いや待てよ、ダンジョンにも溶岩とか地底湖とかがあったりするから、関係あるのか?
ああ、もうどうでも良い。
問題は明日だ。
錠剤を生簀に入れたとして、例のダイヤモンドダストは目立つぞ。
本当に漁港というのは広いな。
漁業組合の建物も事務所と作業場と別だから分かりづらい。
やっとたどり着くと、猟師とその他の人がごっちゃになって動いている。
声も大きくて怒鳴ってるようで、少しビビった。
ちらっと俺の方を見たがすぐ目を逸らすので取り付く島もないって感じだ。
いちおう頭を下げたが見てないようで見てるのか、手は常に動かしている。
俺は絶対漁協に就職しないと決めた。
忙しすぎるだろっ。
朝も早そうだし、魚臭いし、濡れるし、力仕事だし。
それに俺はナマコの生簀をまだ見てない。
タコとかホッケとかケガニやエビは見たけど、ナマコが見当たらないっ!
「おい、どうした、高校生?」
筋肉マッチョで色黒のおっさんが声をかけて来た。
口調が荒いので、怒られているようで委縮する。
だがそうもしてられない。
「あのう……ナマコは水揚げしてないんですか?」
「ナマコ? 今日はないな。なんだ、見たいのか?」
「ナマコは珍しいと聞いたので」
「あっ、昨日のが生簀に入れてあったな、そう言えば。こっちだ」
他の魚類は籠に入れてあるので、生簀はないかと思ったら、ちょっと外れの方にあった。
「これだ。撮影するならぱっとやってくれ。これも片付けなきゃいけないからな」
「はい。あっ」
俺は向こうの方を見た。
「なんだ?」
おっさんが向こうを見た瞬間に俺は錠剤を生簀に落とした。
「これ撮影しても構いませんね」
「ああ、そういうことか。なんであっちを見たんだ?」
「こっちを見た人がいたんで、駄目なのかなと思って。それじゃ「ピカピカピカーーー」あっ」
その時生簀全体がものすごく光って、いつも見る10倍くらいのダイヤモンドダストが俺……だけでなく、隣にいたおっさんの体を包んだ。
「うわぁぁぁぁ、なんだこれぇぇぇ!」
「なんだ、なんだ」
足を引きずりながら駆け付けて来たのは痩せた爺さんだ。
そしてその爺さんも光に包まれてから漸く異変は収まった。
「うわっ、背中がっ!」
「足が」
2人とも体の異変を訴えて慌てている。
「田中の爺さん俺の背中見てくれねえか?船で怪我した古傷が痛くなってよう。どうかなってねえか?」
「どらどら、あれっ、沢田、おめえ、傷がなくなっているぞ?」
「へっ?」
爺さんははっとしてその場でピョンピョン飛び跳ね始めた。
「田中さん何やってんだ? そんなことしたら足に悪いだろうが」
「それが足が治ったみたいなんだ」
そう言ってその場で威勢よく足踏みをした。
もうその頃はみんな作業をやめて集まって来ていた。
「竜神さまの奇蹟でも起きたんか? ナマコが光ったと思ったら二人とも傷が治ってよう。不思議なことがあるもんだ」
「そのナマコは出荷しないで海に戻した方がええ」
「だけど海に戻す前にもう一度光ってくれないかなぁ。俺の腰のヘルニアも治したいんだが」
「そううまく行くか。その場にいなかったのが運の尽きってやつさ。ところで高校生の兄ちゃん、兄ちゃんは体は大丈夫かい」
実は俺も盲腸の手術の跡が痛かったから、きっと小さな傷だけど塞がっている筈だと思う。
でもここで騒ぎを大きくしたくないから、黙っていた。
その代わり俺はしょんぼりして言った。
「こんな珍しいことって大スクープだけど、うちの先輩たちは現実派だから信じてくれないだろうなぁ。どうも皆さん失礼します」
「「「あっ」」」
そこにいたおっさんたちは何か言おうとしたが、俺はその前にさっさと姿を消した。
そうか……ナマコってきっとミミズみたいに傷をつけてもすぐに生えてくるんだな。
もしかして俺やあの沢田のおっさんや田中の爺さんもナマコ並の超再生力を身につけたのかもしれないな。
もともと目立たない盲腸手術の跡がなくなっているのを見て、おれは溜息をついた。
俺……だんだん人間離れしてきてないか?
きっと刃物で刺されてもすぐ傷が塞がってしまうんだろうなぁ。
いや、そんな場合絶対塞がった方が良いけど。
「明日の為に、その4。詳しくは魔女に聞け。そしてこれが最後だ」
片目眼帯のおっさんはそう言うとすぐに魔女に画面が切り替えられた。
「きび団子が三つで団子三兄弟よ」
魔女は俺に串に刺した三つの茶色っぽい団子を俺に手渡した。
「これでおしまいよ。その団子を食べた相手の能力がコピーされるわ。でもあくまでも肉体能力に限るからね。頭が良くなったり、容姿が良くなったりは無理だから。三個あるから、あと3回使えるわ。でも自分で食べないでね」
そういうと画面が消えて、次の文字が出た。
『これで、明日の人生の為の準備訓練の全プログラムを修了します。なお、終了に伴い本プログラムは消滅します』
そして突然画面は真っ白になった。
あとでUSBメモリーの中身を見ても、なにも入ってない状態で初期化されていた。
俺の手元には三個のきび団子が残っていた。
すると頭の中に魔女の声が聞こえた。
『三個の団子の賞味期限は一週間よ。それを過ぎるとただの古くなった団子。じゃあね』
俺はどうしよう?
イケメンに食べさせて、俺もイケメンになろうとかは駄目みたいだ。
委員長に食べさせて俺も優秀になろうとかも無理みたいだ。
要するに俺はどう転んでもフツメンの馬鹿のままってことだ。
さて俺に必要な、ダンジョン向けの能力ってなんだろう?
あと三つを探さなければいけない。
360度全方向の視界、中国雑技団並の軟体の体、ナマコ並の超再生能力、後必要なのは?
けれどここに問題がある。
ここ一週間以内に動物園に行く予定がないということだ。
ゴリラの腕力とかカンガルーの脚力とかいろいろ欲しい能力はあるけど、動物園に行く予定がないし、行く経済的余裕もない。
だとすると熊は無理でもよく見かける鹿や狐や栗鼠などはどうかと言うと、野生の獣は近づくことが難しい。
団子を食べたとしてもすぐ近くにいてくれないとダイヤモンドダストを浴びることができない。
動物園でも難しいのに、野生の動物は絶対無理だ。
仕方なく俺は3個の団子を持ったまま、ただ近所をうろうろしていただけだった。
たとえば鳥に食べさせたとしても俺には翼がないし体重も重いから空を飛ぶ能力が授かるとは思えない。
公園のベンチでぼんやりしてると、白い猫がやって来た。向こうから近づいて来たので何気なくベンチのそばに団子を置いた。
警戒していたので半分に千切って投げてやった。
するとそれを咥えて遠ざかってガツガツと食べ始めた。
後の半分はベンチの上に俺と離して置いてある。
白猫はそれも食べ始めた。
俺の方を警戒して見ながらだ。
だが今回は離れて行かなかった。
そして白猫からダイヤモンドダストが立ち上って、驚いた猫は逃げ出した。
だが大部分の光は俺のそばに残っていて俺の体に入って行った。
どんな能力が授かったかは分からない。
望むべくは柔軟性とか、既に獲得している能力はいらない。
夜目とかも良いかもしれない。
後は臭覚や聴覚なら人間より優れているからそれも歓迎だ。
けれどキビ団子なのにあの猫は俺の家来にはならない。
当たり前の話だが……。
さて特にその後俺の耳が良くなったとか鼻が敏感になったということはない。
まさかと思うが俺は公園の大きな木を見上げた。
そして3mくらいの高さの太い枝に向かってジャンプしてみた。
跳べた。
俺は3mの高さまで跳び上がったのだ。
さらにその上の枝に跳び乗り、もう一度登ってから俺は地面に飛び降りた。
10mほどの高さがあったと思うが、フワッと着地して怪我もしない。
なんとなく自分はどこまで跳べるかとか、この高さなら飛び降りることができるというのが分かるのだ。
3階建ての高校の校舎の屋上から飛び降りたとしてもきっと大丈夫な気がする。跳び上がるなら平屋の屋根の上までなら跳び上がれそうな気がする。
それと助走をつければ5m幅の川をジャンプして渡れそうな気もする。
聴覚臭覚暗視の能力が得られなかったのは少し不満だが仕方ない。得られる能力は一個だけで、それを選ぶことは自分ではできないのだから。
全方向視覚、超柔軟性、超再生、跳躍力……あと2つ。
残された団子はあと2つだ。
そして俺はふとある動物のことを思い出した。
ファンタジーの世界では魔法があるけれど、地球の動物の世界では魔法らしきものは滅多にない。
ところがこの茂呂蘭市にも魔法みたいなことができる動物がいる。
俺はバスに乗って茂呂蘭水族館にやって来た。
そしてわき目を振らず二階の希少動物展示室に向かった。
そして見つけた。
水槽の中にそいつはいた。
『デンキウナギ』だ。
本当はナマコのときに使った錠剤が欲しかったけれど、俺は誰も見てないのを確かめて、キビ団子を入れた。
するとデンキウナギはキビ団子を見るやパックンチョと食べてしまったのだ。
そして水槽がダイヤモンドダストに包まれた。
「うわぁ、なに?綺麗だぁぁ」「うわあ」
女の子が二人駆け寄って来た。
俺はナマコの時のこともあったので叫んだ。
「危ないっ、近づかないでっ。感電するよっ」
女の子たちが足を止めた時、俺の体が光の粒に包まれた。
そこで俺は小芝居をした。
「うわぁぁぁぁ、体が痺れるぅぅぅ!」
そしてバタッと倒れてみせた。
「「きゃあああ」」
そしてフラフラと起き上がって、言った。
「だ……大丈夫。俺は電気に免疫があるから。君たちだったら死ぬところだったよ。よかったよかった。それじゃあね」
その後係員が走って来た。
「感電したって聞きましたが、大丈夫ですか」
「はい、体長が短いウナギだったので、ボルト数がそれほどでもなかったのと、以前家庭用電気で感電したことがあったので、免疫が付いていたのだと思います。大丈夫です。この通り」
そう言ってピョンピョンその場でジャンプして見せた。
それが軽くやった積りで1mも上に上がったので、係員さんはそっちの方で驚いたようだった。
そして周囲が驚いている隙にそこを脱出して家に帰って来た。
さて残り一個になったキビ団子を見つめて俺は思った。
もう十分じゃねぇ?……って。
既に人間やめてるし、化け物の括りに入ってるよね。
過ぎたるは及ばざるが如し、とか。
使いこなせない能力を沢山持ち過ぎてもどっちつかずになるとか、もう見切ってしまっても良いかなって。
だから俺は家の庭に穴を掘って土の中に埋めたんだ。柿の木の根元にね。
まだ後4日残ってるけどもう良いわって、そう思った。
土に埋めとけば誰にも触れられずに自然に腐るだろう。
下手にゴミに出せばカラスがつついて、ゴミ漁り能力とかがたまたま近くにいたものに授けられるとか碌なことがないからな。
朝起きた時に母親と妹が騒いでいた。
「どうしたの、みんな?」
「あっ、翔かい。実は庭の柿の木の周りが蛍みたいなのがたくさん光ってるんだよ」
俺は、あっと思い、二人に言った。
「二人とも危ないから離れていて、俺が様子を見て来るから絶対に近づいちゃ駄目だよ」
俺が近づくとダイヤモンドダストが一斉に俺の体を包み込み、全身ソーダ水を浴びたようなスカーーッとした気分になった。
「翔「兄ちゃん」大丈夫かい「なの?」」
俺は平静を装って両手を広げて見せた。
「うん、なんだか細かい埃のようなものが体に降って来たけど、ただそれだけだった。いったいなんだったろうね。新種の花粉かなにかだったのかなぁ。もう消えちゃったし」
その後で俺は誰も見てない所で、発電をしてみた。
これって、ファンタジーの雷魔法みたいだけど、まあ,言って見れば強力なスタンガンだよな。
それと柿の木が何故光ったかを考えてみた。
柿の木の根元に埋めたキビ団子を柿の木の根が吸収したのか?
そんなに早く?
だがあのキビ団子も超不思議な存在だから、そういうこともあるのか?
だがいったいどんな能力なんだ?
まさか光合成とか炭酸同化作用とかじゃないだろうな。
いやだぜ、全身が葉緑素でゴブリンみたいに緑色になったら……。
それがたまたま分かったのは次の日高校に登校したときだった。
教室にいると、言葉ではない、なにか思いのようなものが俺に伝わって来た。
俺に対する関心というか、一体化を願う気持ちというか、そんなものだ。
俺はその思いが発信している方向を腕の中の目で探った。
やはりあの子だった。高橋葉子だ。
以前俺に分からないように俺を見つめていた女子だ。
そしてそれが柿の木の能力だった。
植物には離れていても共感したり警告したりするネットワークの能力があるという。
それが俺にも授かったのだ。
全方向視覚、超柔軟体、超再生能力、跳躍力、発電能力、共感力……6つの能力を授かったんだ。
後はこの力を上手に使うことを秘かに訓練した方が良いかもしれない。
だがこれは誰にも家族にも知られない方が良いだろう。
ごく普通の人間として生きて行きたいからな。
俺のうちは母子家庭だ。
だから進学は難しい。
というか不可能だ。
経済的な理由だ。
大学4年間だけで一千万円かかると言われている。
そんな金どこにもない。
卒業間近にそんなことを思っていた、ある日のことだった。
テレビに臨時ニュースが流れて、世界中にほぼ同時に未知の地下施設が出現したのだ。
ええええっ!?
ダンジョンって本当に出現するんだったかぁぁぁ?
あれ、ほんとのことだったんだ。
でも、確かに俺の能力は人間離れしてるけど、どれも地球の生物の能力だよな。
それが異世界のモンスターに通用するんかいっ?
異世界ではモンスターと対抗するのは剣と魔法だろう?
それでもようやく均衡を保っているのに、地球のチャチな生物パワーが役に立つんかいっ?
そうこうしているうちに半年が過ぎ、俺が卒業する時期になった。
その間、世の中は大きく変わってしまったのだ。
とにかく停電が続き、灯油のボイラーも都市ガスもつかず、散々だった。
色々な企業が倒産して、失業者が出るわ。
犯罪が横行するわで大変だった。
高校の授業も何度も臨時休校が続き、碌に勉強にもならなかった。
どうしてそうなったのかがはっきりしない。
テレビ自身がついたりつかなかったりして情報も切れ切れだからどうしようもない。
ラジオは電池で動いてる筈なんだが、それも調子が悪い。
もちろんネットも調子が悪くて使い物にならない。
そして俺の頭でも何とか理解できたことは、地球の資源もエネルギーもどんどんなくなって行ってるってこと。
それとそれに代わる資源やエネルギーがダンジョンの中にあるんだけど、ダンジョンには地球上には存在しなかった醜悪なモンスターがいて、そいつらを排除しなければそういうのも手に入らないとかなんとか。
だったら自衛隊でも警察でも突っ込んで近代兵器でも毒ガスでもぶち込んでしまえば解決だろうがっ!
と思ったけど、なんだかそうはいかないみたいで、もうよく分からないってことが分かった。
俺は久しぶりの高校で有本に聞いてみた。
「有本よぅ。いまダンジョンってどうなってんだ?」
「自衛隊の十八番の銃火器が使えないってことだから、火縄銃導入以前の戦国時代の武器で対抗するしかないんじゃないか?まあ、槍とか刀や薙刀弓矢だろうな。金棒とかも有効らしいぞ」
「そんな面倒なダンジョンは放っておいてもいいんじゃねぇ?」
「放っておくと俺たちの生活に必要なものが取れないんだよ。もう地球人類は、ダンジョンに依存するしかないんだ。話は変わるが、大地君」
「な、なんだよ。改まって」
「この間の登校日でバスケットの試合をしたけど、君はダンクシュートをしたね?その身長で?」
「えっ、あれは偶然、追い風効果で」
「屋内体育館に風が吹いてる訳がないじゃないか。だとしても陸上ならまだしもバスケットシュートに追い風はほぼ関係ないよ」
「ま、まあ偶然うまく行ったってことで。ものの弾みっていうか」
「もしかして君は探索者の能力に目覚めたんじゃないかって思うんだ.違うかい?」「探索者能力?なにそれ?」
「はあ……君は世の中の変化に対する意識が低いなあ。世界中にダンジョンが出現して時を同じくして10000人に一人の低い確率で極めて特殊な能力に目覚めた者が出て来たんだ。10000人に一人って言うと、交通事故に遭って死亡する人の確率と同じくらいだ。そしてその能力はダンジョンのモンスターを排除するのに最適な力を持っているんだ。世間では彼らのことを探索者と呼んでいる。国ではそういう能力者を判定して探索者の資格を与えているんだよ。おい、大地君、聞いているかい?」
「うっ、あっ。ごめん。話が長くて途中眠っていた」
「要するに君はいつも経済的な理由で進学できないことで悩んでいたけれど、探索者になれば、やっていけるんじゃないかって思うんだ」
「探索者って儲かるのか?」
「それも知らないんだ? 一階層の弱いモンスターを倒しても普通の大卒のサラリーマン並に稼げるというよ。二階層以上でがんばれば、収入は倍倍になるとか聞いてるんだけど」
「へええ、凄いなぁ」
「ほんとに君は他人事みたいに。だから考えてみればッて、言ってるんだよ。僕は探索者なんて無理だから大学に入って、少しでもましな企業に就職して……という詰まらない人生しか歩めないんだから、君は思い切って冒険してみたらどうなんだい?」
「分かった。考えてみる。ありがとう。このお礼はどうしたら良い?」
「なにもいらないよ。言っておくけど、君の逞しい従姉妹を紹介するとか変な気を廻さないでくれ、頼むから」
危ない危ない。こいつには感謝してるけど、絶対妹のことは知られないようにしよう。俺は一人っ子ってことにしてるんだから。
ああ、有本は俺の進路のことまで親身になってアドバイスしてくれてるのに、俺は妹を狙われるんじゃないかとそのことばかりで守りの姿勢だ。情けない。でも妹は誰にもやらない、うん。
たとえ有本でも絶対やだ。
「なにが絶対やだって?」
ゲゲゲ、心の声が一部漏れてたか。
「そそ、それはダンジョンでモンスターに殺されたらどうしようってことで絶対やだなって」
「大丈夫だよ。探索者は少し臆病な方が良いらしいぞ。探索者協会というのがあって、そこで色々安全にダンジョンを攻略する為のノウハウを教えてくれるらしい」
「ところで、探索者になるにはどうしたら良いんだ?」
「探索者協会に問い合わせれば教えてくれると思う。僕もそれ以上のことは知らないけどさ」
「おう、ありがとう。じゃあな!!」
「あれれ、あいつどこに行ったんだ? まだ授業があるのに」
俺は探索者協会の茂呂蘭支部ってとこに電話をかけた。
「あのう探索者になるにはどうしてら良いのか教えてくださいませんか?」
『学生さんですか?18才に達しなければ基本なれませんけど』
「もうすぐで18才になりますけど、登録だけでもできませんか?」
「そうですね。えーと支部に来て頂けますか?」
「どこにあるんですか?」
「まあ……茂呂蘭ダンジョンの場所は知っていますか?」
「えっ? 茂呂蘭にダンジョンがあったんですか?」
「うふふ、そんなんでよく探索者になりたいとか言ってますね。あなたはどこに住んでいますか?」
「比賀詩町です」
「ダンジョンはその隣町の環仁詩町ですよ。市民会館のすぐ近くです。そのダンジョンの入り口に事務所がありますから、そこが探索者協会茂呂蘭支部ですよ。お待ちしてますからどうぞ顔を出して見てください」
「はい、ありがとうございます」
俺はバスに乗って隣の環仁詩町に行った。
ここには随分来てないけど、だいぶ街の様子が変わったな。
ダンジョンは大きな小山のような岩山に巨大な石造りの門があって、その入り口にポツンとプレハブの事務所があった。
きっと電話で応対してくれた女性の事務員だろうか、窓口で俺を見てにこやかに頭を下げて話しかけて来た。
「先ほど電話をくださった人ですね。どうぞこちらへ」
「宜しくお願いします。えーと」
「私は登録担当の如月と言います。お名前と住所生年月日を伺っても良いですか」
俺は順番に答えた。
「ところで探索者は一般人ではなれません。探索者としての能力が目覚めた人間でなければ危険だからです。そこで能力があるかどうかのテストをしたいのですが、構いませんか?」
俺はいったいどの能力を見せたら良いだろうか?
全方向視覚とかはキモイから言わない方が良いかな?
そうだジャンプ力とかどうだろう?
発電能力ったって、ちょっと強力なスタンガンと変わらないしな。
共感能力も気味悪がられるだけだし。
「あのう、バスケットの試合でダンクシュートを成功させました」
「はあ、ゴールの高さは?」
「高校のバスケットゴールですから、一般と同じだと思いますけど」
「つまりバスケットがプロ並みに上手だと?」
「いやいやいや、その……驚異的なジャンプ力があるんですよ」
「でもジャンプだけではモンスターは倒せないでしょう?」
「それはそうですけど……あっ、あと背後の気配が分かるとか」
「武術でいう殺気を感じるっていうのですか? それでモンスターを倒せますか?」
「えーと」
「あのですね、つまりなんらかの殺傷力のある攻撃能力がなければ探索者にはなれないんですよ。そういう能力ありますか?」
「電気で痺れさせることができます」
「スタンガンは使えないんですよ、ダンジョンでは」
「いえ、スタンガンではありません。雷魔法みたいなものです」
「それじゃあ、見せてください」
「いえ、ここじゃあ、危ないですよ」
「……じゃあ、どうぞこちらへ」
俺は如月さんにちょっとした空き地に案内された。
向こう正面に的のようなものがある。
「さあ、ここから撃ってみて下さい。その危険な雷魔法を」
えっ?
これって30mは離れているよね。
放電の火花は50cmくらいしか伸びないんだけど。
俺は素直に言った。
「届きません。50cmくらいしか火花は伸びないんです」
「それなら痴漢などの不審者は撃退できますけど、モンスターは無理ですね。50cmの火花を出す前にやられてしまいます」
後は何もアピールするような能力が思いつかない。
全方向視覚、超柔軟体、超回復、跳躍力、発電能力、共感力……確かにモンスターを倒す決定的な能力がないな。
仕方ない、諦めよう。
「分かりました。諦めます」
「ちょっと待って下さい。一階層の弱いモンスターなら何とか倒せそうな気がします。安全に気を付けて決して無謀な挑戦をして命を危険にさらす様なことをしないと誓って下さるなら、登録しても宜しいんですが」
えええええええ?
良いのかい? じゃあ、今までのダメ出しの連続パンチはなんだったんだ?
そうか、調子に乗って危険なことをさせないための牽制パンチだったんだな。
「そうですか。良かった。なんとか安全に頑張ります」
こうして俺は探索者登録だけは済ませた。後は18才になったら……それは高校を卒業するのとほぼ同時期だが、ダンジョンに潜って手堅く金を稼ぐしかない。
茂呂蘭ダンジョンは、ほぼ半年前の世界同時異変のときに、他の国内の24ダンジョンと一緒にできた。
その時に児童相談所の所長佐々木と一緒に如月弥生は、同じ職場から新設のダンジョン課に移された。
児童相談所に新卒で勤務した如月は、この職場にずっと勤務するものと思って児童心理学や関連法を必死に勉強した。
その3年間漸く仕事内容が分かりかけた時に例の世界同時異変が起きて、こちらに移されたのだ。
聞くと児童相談所勤務は市役所職員の仕事のローテーション人事の一環としてせいぜい3・4年勤務で別のところに移されるという。多くの仕事を理解することと、一か所に長く勤務すると関連会社との癒着が起きるのを避ける為とか、そんな理由らしい。
けれど児童相談所もそうだが、観光課なども観光協会という半民間組織に丸投げしたりして、真剣に仕事に取り組めない。
災害対策課にしてもそうだ。茂呂蘭市災害マップなどを作ったが、地震災害のときの津波の際の危険度を示すマップがいい加減である。
津波の規模に合わせて作っていないし、川のそばの地域も安全地帯ということになっている。
一か所で長く勤めて専門性を高めるという風になっていないのだ。
如月は一切コネなしで市役所に採用されたが、男性独身職員の結婚相手の意味もある採用だったらしい。
だから仕事一途な如月の姿勢はあまり周囲に歓迎されてないのを薄々感じていた。
聞くと市役所職員はコネ就職が大部分らしい。
確かに地元に詳しい者中心に採用して行くとそんな感じになるのかもしれないが、そういう体質も仕事に向き合う安易な姿勢を呼ぶのではないだろうか。
所長の佐々木は定年間近で児相にいた時も無気力だった。
事なかれ主義でとにかく定年間近で問題を起こしたくない、それ一点のみだ。
そして今度の人事もここで最後になるので、押し付けられた感じだ。
私自身も他のお局様と違って若いので、新しいことへの順応力を期待されたというのもあるが、嫁さん要員として使えないということで体よく厄介払いされたのだと思う。
とにかくこんな新しい分野にも拘わらず、所長と私のたった2人でこのダンジョン課をやれという。
殆どの人間が面倒なことはやりたくない、というこの市役所全体の無気力のあおりを受けたのが私たちなのだろう。
さて世界同時異変には2つの面がある。
一つはダンジョン出現だ。まだ半年しか経っていないので、どこのダンジョンがどの程度の規模なのかということは謎だ。
なにしろあらゆるタイプの計測器を使っても計測不能なのだ。
だから地下数十メートルの深さで終わるのか、それとも数十キロメートルも深いのか全く謎なのだ。
専門家はダンジョンそのものが異空間なので、現実の地形から推定することもできないと言っている。
世界同時異変のもう一つの面は、探索者の登場だ。
人工10000人に1人、0,01%の確率で特殊能力者が出現したのである。
茂呂蘭市は今や人口7万ほどだが、かなり老齢化しているので、当時5人の能力者が認定された。
認定したのは私の初仕事だったので、よく覚えている。
槍士の阿部剛さん、重騎士の渡辺亮さん、斥候の妻夫木太郎さん、剣豪の真田幸雄さん、そして唯一の女性の魔法使いの北川綾乃さんの5人だ。
年齢もばらばらだが老人や子供はいない。
いても名乗り出なかったのだと思う。
もっかこの5人が『茂呂蘭ファイブ』というパーティ名で探索者として登録している。
彼ら5人は錚々たるメンバーで、人目見ただけでオーラが違う。
目下すでに地下第一階層をクリアして第二階層で活躍して、多くの魔石や他の資源素材を提供してくれている。
正式認定は日本探索者協会の本部から判定員が派遣されて判定するので、私は派遣要請をしてすべての手続きを自分でやった。
探索者自身の生命保険手続きまで公費でやることになっていて、それだけ探索者には国レベルで気を使って力を入れているところだ。
ここは探索者協会の支部ということになってるが、田舎なので市役所職員が代わりにやっているのだ。
そんなとき全く時期外れに探索者登録に来た少年がいた。
大地翔17才の高校生だ。
茂呂蘭ダンジョンのことも知らず、どこにあるかも知らない無知な少年だ。
しかも隣町の比賀詩町に住んでいるというから信じられない。
そして実際に来て貰って面接を行ったのだが、これはいわゆる探索者能力者とは違うとすぐに分かった。
探索者の能力というのはモンスターに対する殺傷能力のことなのだ。
斥候職の妻夫木太郎さんの場合でも、敵探知や罠解除の他に短剣による攻撃手段を持っている。
探索者協会には知られている全てのタイプの探索者の能力者の種類名称を掲げている。
大地君の場合は全く該当しない。
170cmに満たない小柄な少年だけれど、305cmあるバスケットゴールにダンクシュートをしたという。
それはきっと凄いことなんだろうけど、アスリートとしての能力であって、探索者能力じゃない。
次に言って来たのは背後の気配が分かるということだった。
それは凄いと思った。
気功の名人とか武術の達人ではそう言うことがあるという。
大地君が、言った言葉通りのことができるとすれば、それはかなりの能力者だということになるだろう。
けれどそれは強いて分類すれば、斥候職のスキルの一部である探知能力の一部にしかすぎない。
最後に言って来たのはこれは凄かった。
デンキで痺れさせることができるというのだ。
しかも雷魔法であって、スタンガンではないという。
早速魔法使いの北川綾乃さんにも判定テストのときに使ってもらった的のところに連れて行った。
判定員が来る前に的を用意してくれと言われて、慌てて某高校の弓道顧問に頼んで、廃棄寸前の穴だらけの的を譲ってもらって空き地スペースに立てたのだ。しかも女の私がスコップで穴を掘って設置した。
北川さんの火魔法で燃えた的に水をかけて消しておいて良かった。
また使うことがあると思って、そのままにしておいたのだ。
その焼け焦げ跡のある的を見て大地君は言った。
「届きません。50cmくらいしか火花は伸びないんです」
私もそれでも凄いことだと思ったが、協会の示す基準に満たない。
属性魔法は後衛としての役割で行うので、最低10m以上の距離で魔法を撃てなければならないのだ。
魔法使いは詠唱時間があるので、モンスターに接近されるまでに魔法を撃たなければならない。
50cmしか距離が届かないならほぼモンスターの攻撃の間合いに入ってしまう。
第一階層のスライムでも2mくらいの距離を飛んでボクサー並のボディブローを食らわせることができるというのに。
「それなら痴漢などの不審者は撃退できますけど、モンスターは無理ですね。50cmの火花を出す前にやられてしまいます」
私はそういうしかなかった。
すると大地少年は明らかに気落ちして肩を落とした。
「分かりました。諦めます」
そこで私ははっとした。
探索者協会では別規定があるのだ。
つまり探索者能力があると判定されない場合でも、自衛隊員とか武術や体技が優れた者とかなら例外的に第一階層のような弱いモンスターのみに対応するという条件付けで探索者扱いにできるという条項だ。
この少年の場合はそれに該当するのではないか、私はそう思ったのだ。
「ちょっと待って下さい。一階層の弱いモンスターなら何とか倒せそうな気がします。安全に気を付けて決して無謀な挑戦をして命を危険にさらす様なことをしないと誓って下さるなら、登録しても宜しいんですが」
大地少年はその言葉にたちまち元気になって帰って行った。
18才の誕生日に早速挑戦したいと言っていたので、私はスライムの倒し方についての対策を印刷したものを登録証と一緒に渡しておいた。
だがうまく行くかどうかは私にも分からない。
一度探索者として潜ったときは、その後は自己責任になるのだから。
俺は授業中も教科書に挟んで『第一階層のモンスターのスライムに対する攻略法』という小冊子をこっそり読んでいた。
『スライムはゼリーよりももう少し弾力があって、鋭利なもので突き刺しても穴があかずにすぐに元に戻る。
半透明な体なので中にある核はかすかに見えるが、それを砕かない限り死ぬことはない。
核は黒っぽい球状のもので、よほど中心を正確に突かない限り滑ってずれる。
またゼリー体の弾力で撥ね返されるか、届かないことが多い。
物理衝撃に極めて強い体を持っている。
要するにスピードと正確さとパワーが必要だということだ。
死んだときに魔石を残すが、それは核とは関係ない。
そのサイズは水でふやかした大豆の大きさである。
一個で一般家庭で使う電力の5日分のエネルギーを出す。
協会支部での引き取り価格は1個1000円である』
ふーーん、これはアイスピックとか千枚通しでは駄目だな。
正確さとかスピードなしでもパワーだけで仕留める方法はないだろうか。
待てよ、あれならどうだ?
「大地、どうした? 次のところを読んでみろと言ったぞ」
げっ、世界史の先生が俺に当てていたらしい。
「す、す、すみません。ぼさーっとしてました。どこでしょうか?」
「もう良い、有本、お前が読め」
「はい、先生」
あっぶねぇぇぇっ。授業に集中しねえと。
茂呂蘭ファイブの探索者パーティはとうとうゴブリンのいる第三階層に到達して活躍してると言った。
たった1年たらずで二階層分も攻略するとは全国的にみても引けを取らない成績だという。
そんな矢先、あの大地少年が……いや大地翔君が妙に自信たっぷりの様子でやって来た。
そうかもう彼は18才になったということか。
背中にリュックを背負っているので、何を入れて来たのか聞くと、取った魔石を入れる為に空にしてると言った。
私は思わず噴き出した。
第一階層は結構天井が高く、3mほどあってスライムはそういうところに張り付いていて、上から襲い掛かることが多い。
体つきを見ると、カタツムリかナメクジのように動きが遅い感じだが、床や壁や天井を移動するスピードは鼠なみだ。
そしてそれに加え全身をバネのようにして2mくらいはジャンプする。
だから茂呂蘭ファイブの面々も最初の日は一日中時間をかけて僅か3匹しか狩れなかった筈だ。
リンゴ狩りのように簡単にリュックを一杯にできると考えている大地君が可愛くなってしまって、思わず吹き出しそうになったが、私は大人の女性としてよく堪えたと思う。
自分を褒めてやりたい。
若い男の子のプライドを傷つけてはいけないのだ。
「そうなの? 張り切ってるね。もしリュック一杯獲って来たら、私なにかプレゼントさせてもらうよ。がんばってね」
係の如月さんが急にお姉さんっぽいため口でそんなことを言ったから、俺は驚いた。
見ると何故か笑いを堪えている様子だ。
本人はバレてないと持ってもバレバレだ。
多分、俺には無理だろうと思って、馬鹿にしてるのが分かってしまう。
プレゼント? いったい何をくれる積りだ。ほっぺにチューとか対面ハグとかならいいけど、ティッシュペーパー一つとかじゃないだろうな。
見てろ。俺の作戦で一階層のスライム全滅させてやるからな。
探索者協会が設置したカードリーダーに俺の登録証を通すと、駅の改札口みたいなところが開いて俺はそこを通ってダンジョンに入った。
うわぁぁ、なんだこれ?
入るとすぐに気温が生温かくなって、別空間に入ったことが肌でわかったぞ。
ほう……まるで人工のトンネルみたいだな。
しかもぼんやり明るい。
どこから光があるのかといえば、壁全体がぼんやり光ってるんだな、これ。
床と天井は光ってない。
けれどよく見れば天井のあちこちにスライムらしいものがくっ付いている。
俺は軽く跳んで天井についてるスライムに暖気ショックをお見舞いした。
ボタボタボタと気絶したスライムが床に落ちた。
やったぜーーっ、雷魔法最高!
デンキウナギはスライムより強かったぜ。
そして俺は生け花用の剣山を取り出すと針先を下に向けてスライムの核がある辺りに乗せて少し押し込んだ。
気絶してるから大人しいもんだ。
次に取り出したのは両口ハンマーだ。
パワーが欲しかったので少し大きめのを用意して来た。
そして俺は剣山の上を向いてる平らな面にハンマーを力一杯振り下ろした。
パキン
核が簡単に割れて、スライムの死骸は消えて豆くらいの魔石が残った。
はい、一丁上がりぃぃ!
それからは単なる単純作業だった。
先に気絶したスライムを何十匹も横一列に並べて、剣山当ててポンッ、剣山当ててポンッを繰り返した。
こういう風にすると作業が効率的になる。
2時間ほどでリュックが魔石で一杯になったので、午前中はそれでやめることにした。
いやはやこんなに集中して一つの仕事を続けたことってなかったな。疲れた疲れた。
いや待てよ、蜘蛛を生け捕りにしたときも結構集中してたか?
うん、俺は探索者に向いてるぞ。
さあ、これを見せてあのお姉さんにほっぺにチューでもしてもらおうっと。
してくれるかどうか分かんないけど、少なくてももう俺を馬鹿にすることはないだろうって。
「えっ、なに? なにこれ? えっ、えっ、えっ??」
俺がリュックの口を開けてビッシリ詰まった魔石を見せたら、如月さんの慌てようは傑作だった。
スマホで撮影したかったよ、ほんと。
女の人で驚くと口も眼も全開するんだな。
それと鼻の穴も開いてた。
で、何故か両腕で胸を抱きしめてオッパイが寄せられて膨らみが強調されてエロいぞぉぉ。
足がX脚っていうのか内股になってたし。
いつもミイラみたいに椅子に座ったまま動かなかった所長のおっさんも流石に何事かとこっちに様子を見に来たもんね。
さあ、驚け驚け、平伏しろぉぉ……てね。
へへへ。
「これはなんだ? 如月君?」
「あっ、あっ、これはこの大地さんが獲って来たスライムの魔石です。それも朝の2時間くらいの間で」
「いくらあるんだ?」
「数えきれません。何百いや何千あるか、もしかしたら万になるかもしれません。だから所長も数えるのを手伝ってください」
「わわ分かった。本所にも電話して応援を呼ぼう。暇な奴がたくさんいるから」
おいおいおい、そんなことで驚くなよ。昼飯食べたら午後からも獲ってくるんだから。
「えっ、大地君。午後からも入るの?」
「うん、これ以上っていうかリュック2杯分くらいは頑張ってとろうかと「待って、待って、こっちに来て」」
如月さんは俺の手を掴んでずっと離れた物陰に連れて来た。
そして小声で涙目をして言ったのだ。
「ごめんね、朝私が言ったこと本気にして獲ってきたのね。許してね。本当にこんなに獲って来るって思わなかったの。それでお願いだけど、今日はこれでやめてくれる?
数えるだけでなく、一個千円であれだけだとお金を今日中に払えるかどうかも分からないし、もし午後からも獲って来るとなったら、もう私たちだけで回らなくなってしまうから」
「うん、わかった」
そこで俺はちょっと意地悪をしたくなった。
「ところでお姉さんはリュック一杯獲って来たらプレゼントをくれるって言ったよね」
「あっ、ごめん。本当に持って来ると思わなくて、何も用意してなかったから」
もうすっかり如月さんは涙目になって鼻水も出ていた。でもそれがエロくてたまらない。
「用意するって? 俺はご褒美にほっぺにチューとかギューッとハグしてくれるのかと思ってた」
「えっ、あっ、それで良いの? 良いよ、良いよ」
如月さんは俺の頬を両手で挟んでブチューッと唇にキスして来た。えっ、えっ、もろチューなの? ガチなの?
そのとき俺の顔に如月さんの涙や鼻水もついたことはどうでもいい。
「で、今日はお願いだからこれでやめてくれる?」
「えーーと、どどどうしようかな」
「お願いっ!」
如月さんは今度はギューッと抱き着いて来た。
胸の膨らみがもろに当たった。
そのドキドキ感は心臓が破裂するんじゃないかと思った。
如月さんは無我夢中でそうしてるだけで、今自分が何をしてるか深くは考えてないって感じだ。
パニックになってる気持ちを落ち着かせるためにしてるかのようにも見えた。
俺はあることでちょっと焦った。
「分かった。分かったから」
俺はそう言って如月さんに背中を見せて事務所から離れた。
後ろの方で彼女が俺の背中に手を合わせて何度も頭を下げているのが分かった。
後頭部の目ではっきり確認したから。
でも振り向けなかった。
振りかえると俺の体のある部分が見えてしまうからだ。
だって、成人の女性に抱き着かれたらそういうことになるじゃないかっ。
重病人でない限りっ!
そう言えばお金を貰えなかったが、数を数えてからお金を用意しなきゃいけないので、明日になれば貰えるかもな。
その日は稼いだお金で昼食を食べようと思ってたので、一文無しだったので、バスにも乗れず腹ペコのまま家まで歩いて帰った。
帰ってからインスタントラーメンを二袋食べた。
それでも足りずにあちこち探して古い食べ残しのお菓子を見つけて食べたよ。
えっ、例のあれはどうしたって?
あれはあれをして収めたんだヨ。どうでも良いだろ、そんなこと。
けれど、ダンジョンってところはモンスターを狩ってもまたリポップといって、湧いて出て来るんだったっけ。
ということは獲り放題ってことだよな。
俺もしかしたら一日百万単位で稼げるんじゃねぇ?
妹の翼は高2になったけど、俺の稼ぎで服を買ってやったり、大学に入れてやることもできるんじゃねぇ?
但し俺のやり方は絶対秘密にしておこう。
まあ、ジャンプして電気ショックを与えるのは俺独特の方法だし、真似できんだろうけどね。
あっ、しまった。リュックを置いて来てしまった。
あそこのポケットに剣山と両口ハンマーを入れたままなんだよなぁ。
如月さんの口止めをしないとなあ。
そして俺は翼が学校から帰って来たので、居間に呼んだ。
「なに、お兄? 改まってさ」
「まあ、座ってくれ。お前さ、高校出たらどこかの店員やるって、言ってたろ?」
「うん、お兄だって探索者やって金稼ぐんだもん。あたしも頑張らなくちゃ。母さんに苦労かけてるしね」
「ここだけの話だけど。お前ほんとうは何をやりたかったんだっけ?」
「本当はデザイン学校とかに行ってそういう勉強もしたかったけど、それは勤めてる所によって実地で勉強する機会があるかもしれないし、趣味にとどめても良いって思ってるから」
「俺さ。今日ダンジョンに潜ったらさ、結構稼げるみたいなんだ」
「うん、聞いたことあるよ。大卒のサラリーマンくらいは稼げるって。すごいね、お兄。尊敬するよ」
「いやいやいや、実はそれ以上稼げるみたいなんだ。例えば母さんを働くのをやめさせて病院に通わせることもできそうだし、お前も好きな服を買ってやったり、デザイン学校に入れてやったりもできそうなくらいだよ」
「ええええええっ? ほんと、それ? 嘘だよね、駄目だよ、そんな嘘。言って良い嘘と悪い嘘があるんだよっ。そんな夢みたいなこと言って、そうじゃないって分かったら絶望のどん底に落ちてしまうんだから」
「本当だ」
俺は今日あったことを言った。
如月さんのプレゼントのことを抜かして。
「だから今日はお金を持って帰れなかったんだ。明日はきっと貰ってくるから。そしたら母さんにも仕事やめて休ませることもできるし、翼にもお小遣いあげちゃうぞ」
「お兄、嬉しいっ!」
翼は俺に抱き着いて来た。
顔を見せなかったが俺には側頭部の目で彼女が涙を流して喜んでいるのが分かった。
それに胸が触れないように逆V字型に抱き着いていたから、俺も実の妹相手に不届きな興奮をしなくてすんだ。
俺は翼の背中をポンポンと叩いて気のすむまで泣かせてやった。
俺たちは今まで貧し過ぎて、あまりにも我慢しすぎていたんだってつくづく思った。
ようし、明日俺はお金をもっと稼ぐぞっ。
電話の向こうの声の調子は、支部名を言った途端手のひらを返したように変わった。
『ああ、茂呂蘭支部の人? なにか急用なの? 今忙しいんだけど、メールか何かで済ませられないの?』
「あのこっちの第一階層を潜った一般枠の探索者が午前中2時間くらい初めて潜ったんですが、リュック一杯のスライム魔石を獲って来たんです」
『ほう……何キロくらい?』
「えっ、ちょっと待って下さい。あっ、20kgです」
『オタクのとこのスライム魔石は1個何g?』
「10gですけど」
『じゃあ、約2000個ってことだね。まあ、たまにあるんだよね、そういう人。でも一般枠なんでしょ?』
「はい」
『じゃあ、一階層専門に稼いでもらえば良いんじゃない? たまたま相性が良くって異常に獲る人いるから。でも次の階層で通用するとはかぎらないでしょ? 知ってる人で蝿を素手で何匹でも獲る人がいたけど、その人が角兎を同じように獲れるかっていうのと同じことだよ』
「あの……でも二階層に挑戦させることはできないんでしょうか?」
『正式な探索者ってことで登録できるかというと、できないよ。その登録してない一般枠の探索者を二階層に入ることを許可した場合、事故があった時の責任は許可した担当の責任になるんだ。そしてその上司もね。まあ、本人の希望でどうしてもって言う時は誓約書を書いて貰って何があっても自己責任だという言質を取って貰わないと困るよ。そうやって大怪我して逃げて来た例もあるし、もちろん死亡した例もある。そういうこと。あっ、それと大量に獲ってくる場合は魔石の基準重量で総重量を割ることで個数を割り出して約何個という形で報告してね。いちいち数えてたら日が暮れるだろう。じゃあね。今度はメールで問い合わせしてくれよ。こっちも忙しいんだから』
「す…すみません。あの、もう一つだけ」
『なんだよ!今忙しいって言ったばかりだろ』
「正規の探索者パーティには一般枠の収穫数を教えなくても良いでしょうか?」
『はああ……、一般枠の成績は公開ってことになってるし、隠してもすぐ分かるんだよ。だけどそんなに異常な数獲ったとしたら、面白くないだろうね。まあ、その辺はあんたらで判断したら。じゃあな』
「あっ……切られた」
如月は競馬新聞を読んでる斎藤所長の所に向かった。
「あのう……今確認したんですが、魔石の処理は重さで測って、約何個という形で報告して良いそうです」
斎藤所長は新聞から目を離さずに返事をする。
「そうか。じゃあ、そうしろ。応援をまだ頼んでなくて良かったな」
「それと、この魔石の収穫数ですが非公開にできないでしょうか」
「えっ? 何言ってる。一般枠の成績は公開が原則だろ?」
「でも数が異常なので、茂呂蘭ファイブの方たちが知ったら……」
「良い気分がしないってか? だけど規約で決まってることだから」
「あのその規約には但し書きがあって、正規の探索者の意欲を高める狙いがあった筈で」
「なるほど、今回の場合は逆効果ってことになるか? だけど決まりは決まりだ。例外的な処置を取ると後で知られたときに説明しづらいことになるから「どうしたんですか、その魔石は?」えっ?」
「えっ?」
私は声がした方を見た。
何故かそこにいる筈のない茂呂蘭ファイブのリーダーの真田さんが険しい顔で立っていた。
そしてカウンターテーブルにはリュックから出して四角いケースに入れた魔石20kg分がびっしり2ケース分置いてあった。
それを真っ先に見られたのだ。
真田さんは眉間に皺を寄せて魔石を睨んでいる。
その後ろから身長195cmの大男の渡辺を始め、槍を持った阿部、マントを羽織った北川、そして妻夫木が続いて入って来た。
「えっ、昼に上ってきたんですか?」
私はきっと酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていたと思う。
この時間に上ってくることはないからだ。
妻夫木が言った。
「三階層のゴブリンが一体ずつじゃなくて、五体以上まとめてやって来るようになったんだ。だから対策の為午後からは休みにしたのさ」
私は納得した。他のダンジョンの情報だとゴブリンが初めて出る階層はせいぜい2~3体くらいまでが上限で、5体以上だとその次の階層になるのが普通だからだ。
「ところでその魔石はどこから送って来たんだ?」
真田は話を元に戻した。顔は相変わらず険しい。
この面々は5人とも顔立ちが整っていてしかも強面という、近寄りがたい雰囲気を常に纏わせている。
所長はぼそっと言った。
「一般枠の探索者が午前中に獲ったものだ」
魔法使いの北川が声をあげた。
「いったい何十人で獲ったの? 夜中から潜って?」
私はしかたなく言った。なにか悪いことをして訊問を受けているみたいだ。
「定時の8時から10時までで、一人で獲って来ました」
安部は少しだけ微笑んで言った。
「そんな人がずっと潜ってたなんて知らなかったなあ。教えてもらってないし」
私はため息が出た。
「今日……初めての人です」
「「「はああ?」」」
真田は声を低く抑えてゆっくり言った。
「それはどんな奴で、どんな汚い手を使ってそれだけ集めたんだ?」
私はその迫力に押されて、うっかり大地君のリュックに入れてあった道具を2つ前に出した。
「18才になって成人したばかりの男性で高校を卒業したばかりの人です。なにか色々な才能があるらしいんですが、今日持って来た道具は恐らくこれだけだと思います。それ以上のことはわかりません」
5人ともカウンターテーブルの上に置かれた2つのものをじっと見つめた。
「生け花の剣山と……ハンマー?」
北川は大きくて鋭い目でそれを見つめて続けた。
「剣山はスライムの核の上に当てて、ハンマーはその上から叩く。そうすれば滑らずに確実に核を砕ける。但しそれには条件があるわ。スライムがじっと動かずに待っていてくれること」
「待ってる訳がないだろっ」
誰かが言った。
「そうよ、待ってる訳がない。剣山で押さえることが万が一成功してもハンマーが当たる寸前に核を移動させればセーフってこと。だから……」
「「「だから?」」」
「この二つの道具を使う前にスライムは気絶した状態になってなければならない。物理無効のスライムを気絶させるには……魔法しかない」
「魔法? だけど一般枠の探索者には魔法が使えない筈じゃなかったか?」
妻夫木が疑問を口にする。
「あ……」
そのとき私はハッとした。魔法は使える。ただ基準の10m以上の攻撃距離を満たしてないため一般枠になったということ、そして…
彼にはあの身長でダンクシュートを打てるだけのジャンプ力があるから、届かない魔法の距離を補うことができる……と。
「如月さん」
真田さんが厳しい目で私を睨んだ。
「なにか気づいたことがあったみたいだな。そいつは魔法が使えるのか?」
「そ……それは……」
「それはね、真田さん」
私の言葉が詰まった時、所長が続けた。
斎藤所長には大地君の能力判定のことについては報告している。
まさか所長がそのことを……
「一般枠の成績については公開することになってるから、この魔石の数については教えても構わないんだが、同時に一般枠の能力については私らに守秘義務があってね。教えることができないんですよ。わかってくださいよ」
「それじゃあ、この剣山とハンマーについてはどうして教えてくれたんだ?」
そこで私は言った。
「彼が置いて行ったので、このくらいは教えても良いかなと思ったので。それにこれは道具なので能力とは違うので……」
そうなのだ。リュックの中にしまっていたとはいえ、これはあくまでも道具で、阿部の槍や真田の剣、渡辺の盾、北川のワンドと同じ扱いだと私は判断した……ということにした。
勢いに負けて剣山やハンマーを見せてしまった私だったが。危ない所だった。
一般枠の能力への守秘義務についても私は真田さんの迫力に負けて白状するところを、所長に助けられた。
本当に危ない所だった。
真田さんはリーダーということもあって、一般枠の探索者に出し抜かれたということはプライドが許さないのだろうと思う。
真田さんたちがいなかったら、このダンジョン経営はなりたたなかったのだ。
そういう唯一の稼ぎ頭だった彼らの地位を脅かす存在は許せないという空気を彼は纏っている。
探索者は一般人を害してはいけないという刑法の新条項があるのだけれど、それでもこの人たちの圧力は普通の弱い女の私にとって恐怖そのものなのだ。
阿部さんが緊張した空気を和ませる意味なのかとぼけた笑いで最後に言った。
「しかしこうやって頑張って稼いでくれる人が現れれば、俺たちもいくらか楽になって安心して休みも取れるってもんだよな。だってここにも協会から課せられたノルマがあるんだろう? これで少し余裕ができたから結構じゃないか。はははは」
「は……はい、そう言って頂けると……ありがとうございます」
ああ、なんで私がお礼を言ってるんだろう?
「行くぞ」
真田さんがそう言って、先に出て行った。他の四人も後に続く。
探索者である5人とも天下御免で凶器を持ち歩いても許される身分だから、相対して話をしてるだけで緊張による精神的疲労は並大抵のものではない。
彼らが帰った後、私はぐったりとした。
それから私は大地君に連絡をした。
「茂呂蘭ダンジョンの如月です。さきほどはお世話になり……」
私はそこまで言って、思い出した。彼の唇に直に接吻したことを、そして思い切り泣きながらハグしたことを。
「あああ。あのう。ご連絡したのは今日あなたが獲った魔石の扱いについてです。獲った魔石が大量の場合は総重量を測って今回の場合一個10gという……」
私は計量による個数の概数を算出する方法を説明し、その結果20kgは約2000個と計算され、買い取り価格が200万円になると言った。
その額は数日後には指定口座に振り込まれる筈だということ。明日からは好きなだけ獲ってもすぐその場で支払えることも付け加えた。
「えーっと、それから次回からはプ…プレゼントはなしですので宜しく!では!」
私は電話を切った後、顔が熱くなるのを覚えた。
ああ、何故私はあんなことをしてしまったのか? あの魔石の数を見て動揺してパニックになっていたとは思うが、年下の子に向かってあんなことを…「如月君、なんだねプレゼントって?」」
斎藤所長が競馬新聞から顔を上げて私に聞いて来た。
「な…なんでもありません! そうだ、所長。さっきはありがとうございました。一般枠の能力に関する守秘義務のことを言って頂いて」
「ああ。あれか。一般枠の人は一般人だからね、個人情報は非公開って原則だったよね。君が言っても良かったんだが、たまには私も口を出して出番を作らないと、あいつら如月君とばかり話してるから、無視されてるようで面白くなかったんだよ、うん」
そうだったんだ……。
部下を助ける優しさがあったと思った私の感動を返してくれ。
けれど大地君はたった2時間で200万円。
ということは時給100万円で私の月給の手取り額の4か月分を1時間で稼ぐってことなの?
斎藤所長だって、定年間近だけど30万は行かない筈。
せいぜい27~8万でしょ。
すると私の視線に気づいた所長は言った。
「何を見てるんだ、如月君? 駄目だぞ。もう定年が近いんだから不倫とかで問題になりたくないんだからな。変な気を起こすなよ」
起こさねえよっ!!
俺は他のダンジョンの情報を『月刊ダンジョン情報』を買って調べていた。
俺は分からない漢字や用語は飛ばして少しずつ読んで行った。
これでも高卒相当の学力はあるんだっ。
その文をひろって行くと、
『世界中のダンジョンの数は合計数は推定2400か所と言われている』
げぇぇぇ、まじ多いじゃねえかっ。
『そのうち日本には日本探索者協会によって認定されたダンジョンは27か所、未確認情報も入れると30か所あると思われる』
何だよ、未確認情報って?
あるらしいんだけど、はっきり噂だけで確認できてないのか?
確認しろよ、さっさと。
なになに北海道には3つあると思われているけど、認定されたのは札幌ダンジョンと茂呂蘭ダンジョンだけ?
あとの1つは日高山脈での目撃情報があるだけだってか?
だけど都道府県に一つずつある訳じゃないんだな。
『北海道には正規の探索者として登録されたのは437人。
その大部分は札幌ダンジョンに集中して探索している。
もう一つの茂呂蘭ダンジョンだが、地元出身の探索者以外は探索していない。』
うわぁぁあ、ここって人気ねえんだなあ。
田舎都市だから誰も来たくないってことか?
確かに一時は22万あった人口も今は7万切ってるし。
唯一の産業だった製鉄・製鋼業も下火で『鉄冷えの街』とか言われて久しいしなあ。
それにダンジョンで獲れるドロップ品も鉄鉱石ばっかだというフェイクニュースがSNSで拡散したから、人気がねえんだなあ。
しかも他のダンジョンは制覇した階層も多くて低階層の情報もほぼ公開されてるけど、ここは二階層以上は情報が隠されてるんだよ。
どうやら三階層まで進んでいるらしいけど、それも確実情報じゃあないし。
一つのダンジョンに正規の探索者がたった1パーティしかないってのも原因だな。
それだと階層地図もモンスターも分からないし攻略情報もなくて手探り状態だから、厳しいぞ、うん。
まあ、どうでも良い、そんなことは。
多分二階層はコボルトとか角兎、ダンジョンラット、その辺りだろう。
どんなのが出るか行って見てから対策を考えれば良いってことだよな。
まあ、階層主ってのがどこのダンジョンでも五階層ごとか十階層ごとにしか出ないから、その心配はまだまだ先のことだし。
俺はそこまで読むと眠くなったので、早く寝ることにした。
そうだな。金が入ったら母さんや妹に何か買ってやろう。
寝よ寝よ。
市内の料亭の個室で5人のメンバーが食事をしながら相談してた。
「ダンジョンの罠はモンスターに対して発動しないらしいから、罠を利用するってのは無理だね。だから俺の探知スキルで6体以上の集団を見つけたら、それを避けるってことで良いだろう。経験値が溜まれば、それ以上の数にも対応できるようになるだろうし」
妻夫木の言葉に4人は頷く。
その後で渡辺が大きな体を揺すりながら発言した。
「さっきの話だが、俺たちは全道で唯一活動しているパーティだから、もっと誇りをもって良いんじゃないか?
一般枠の者がビギナーズラックで目だっても動揺する必要はないと思う。俺たち探索者はどこでも一人一芸でソロで潜るには適していない。ということは必ずパーティを組んで協力しながら探索するようにできてるんだ。たまたま器用な奴がいてソロで結果を出したからと言って、次の階層でそれが通用するとは思えない。ダンジョンってそんな甘いもんじゃあないだろう。だからこのままで行こう。今まで通りで戦えば結果は出て来るんだと思う」
それまで何の話をしていたのかは不明だが、この言葉に他の四人は頷く。
滅多に発言しない渡辺が言った言葉に何とか納得したのだった。
翌日俺は大きな握り飯を2つ持って、再度ダンジョンに向かった。
リュックは事務所に置いて来たから道具と一緒に返して貰えば良い。
事務所に来たら、如月さんが外にいて、花壇に水を遣っていた。
俺の姿を見て笑って挨拶してくれた。
23~4才だと思うけど、実際はもっと若く見える。
綺麗なお姉さんだなと思う。
「大地君、ちょっと待ってね。今日は暑くなりそうだから、花に水を遣らないと」
「花を世話するなんて、そういうの好きなんですね」
「うんそれもあるけど、一日一杯所長と2人きりってのも息が詰まるのよ。あっ、これ内緒ね」
「如月さんと内緒のことが増えて楽しいな」
すると、彼女ははっとしてから顔を赤くして俺を睨んだ。
「今日も潜るんですね。あまり無理しないで下さいね。それとリュックと中にあったものは預かってますから」
急に事務的な口調になったので、話題にしたくないことを言ったのだと思った。
そうだよな。これから誰かと結婚する人だもの。
俺も気を付けよう。
「えーとお金は貰えそうですか?」
「ああ、それは今日の午前中に振り込まれることになってるから探索の後いつでもおろせますよ。遅くなってもコンビニなら24時間やってますし」
「はい、楽しみです。今日はもっと稼ぐつもりです」
如月さんは如雨露を置いてから呟くように言った。
「それと……どうやってスライムを倒したのかって、あの剣山とハンマーを例のパーティの人たちが見ているから、君の能力を探っている様子だった。気をつけてね。私が言ったことは内緒よ……」
「はい、ありがとうございます」
今度は余計なことは言わなかった。
俺でも知ってる。
一般枠の能力は個人情報だってことを。
そうか茂呂蘭ファイブに知られたか……。まずいな。
「あの……一階層でパーティの人とかち合わないでしょうか?」
如月さんはそれを聞いて思い出したように言った。
「そうそう肝心なことを伝えてなかったわ。入り口の横に魔法陣が2つあるでしょ?ここのダンジョン独特のシステムらしいんだけど、右の赤い魔法陣は前日まで探索した場所に転移することができるの。そして、左の青い魔法陣はそこに一番近い安全地帯に転移することができるの」
事務所に入る前にその場所を指さして教えてくれた。
端っこの目立たないところにあったので、昨日は気づかなかった。
「帰りは一番近い安全地帯にある魔法陣から入り口に戻って来れるみたいよ。だから茂呂蘭ファイブの人たちはここから直接目的の階層に行くからかち合うことはないわ」
俺はリュックと道具を受け取るとゲートを通ってから赤い魔法陣に入った。
一呼吸するくらいの短い時間に転移は始まった。
周囲の景色がザーッと消えたかと思うとダンジョンの中にいた。昨日と同じ場所だ。
そして俺は早速狩りを始めようとしたとき、目の前にある巨大なものに気づいた。
軽自動車くらいの大きさのスライムがそこにいた。
まるで俺が来るのを待ち構えていたみたいに。
そしていきなり液体を飛ばしたのだ。
シュー―ッと焦げる匂いがして、俺のTシャツとジーパンに穴が開いて、俺の体も焼けるように熱くなった。
俺はジャンプするとその巨大スライムを跳び越え安全地帯を捜した。そしてそれを見つけるとすぐ魔法陣に飛び込まずに少し休んだ。
強い酸をかけられたみたいだ。
皮膚が解けて肉も少し溶けてジュウジュウ音を立てている。
火傷としても重傷だろ、これは。
でも痛みはすぐになくなり、肉も皮膚もあっという間に再生された。
これはナマコから得た超再生能力だ。
だが服にあいた穴は再生しなかった。
当たり前の話だが……。
事務所の窓をトントンと叩く音がしたので、私が見ると、ついさっきダンジョンに入ったはずの大地君が顔だけのぞかせて手招きしている。
私が外に出て見ると、なんと彼の服は焼け焦げた穴だらけだった。
その割に穴から見える肌はなんともないので不思議な感じだ。
特に太ももが股間ぎりぎりに露出している
のはグラビアモデルの男性版か?
「あの一階層には階層主が出ない筈ですよね?」
「はい、聞いたことがありません。まさか出たんですか?」
彼に聞いた話では、赤い魔法陣で昨日と同じ場所に飛んだら、それが待ち構えていたそうだ。
そんなことは初耳だ。
まさか昨日沢山殺し過ぎたので、ダンジョンそのものの意志でそういう強力なモンスターを出現させたのか?
いちおうその考えを彼に言ってみた。
なるほどと賛成してくれたので、ちょっといい気持。
とにかく一度家に帰って着替えたいというので、私は事務所に置いてある自分用のジャージを貸してあげることにした。
事務所のトイレで着替えた彼はこう言った。
「午後からまた来てリベンジします」
「えっ?」
佐々木所長は私から説明を聞いて首を傾げた。
「俺だって少しはダンジョンについて勉強してるが、一階層でそんな強力なモンスターが出たなんて話世界中のどこにも聞いたことがないぞ。法螺話でないかと思ったが、服が酷いことになってるから確かに出たんだろう。恐らくアッシドスライムってやつだろう。そして大きいからヒュージスライムなんだろうな。だけどそれなら体が全部溶けて死んでいる筈だ。なんで服だけなんだ?訳がわからない。服だけ溶かす特殊な酸なのか?」
「そ……そうなんでしょうね。木綿の服だからセルロースだけを溶かす独特な酸とか……。聞いたことありませんけど」
私も所長と一緒に首を傾げた。
如月さんが事務所を大掃除する時の為に置いてあるジャージの上下を借りた。
俺は小柄な方だし如月さんは女性としてはスラッと背が高い方だから、ほぼサイズが合っていた。
着てみると仄かな良い匂いがした。
甘い体臭のような匂いに微かな香水っぽい匂いがして、思わずどきどきしたぜ。
なにか如月さんに包まれたような気分だ。
ちょっとエロいっていうか、いい気分になったな。
だけど洗濯して返さなきゃならないだろうな。
そのときお礼の何かをつけて……うん、後で考えよう。
家に帰ると幸い誰もいない。
昼のおにぎりを食べた後、気になってリュックを点検してみたら、なんと……なんとだよ。
あのとき背中に背負っていたので大部分は無事だったが、背負う為のベルトの片方が焦げて千切れかけていたじゃねえか。
それに当て布をして綿糸で縫って補修したぜ。
運針の腕は確かなんだ。
小学校のときの家庭科で俺の縫い方があまりにも上手だった為に、先生がお母さんに手伝って貰ったって決めつけて5段階の3を付けられた過去がある。
当て布は駄目になったジーンズの生地を使ったぞ。
デニムは丈夫だからな。
それからコンビニへ行って、とりあえず10万円をおろした。
それからちょっと買い物をして、服を着替えて再度ダンジョンに向かった。
今度は青い魔法陣で安全地帯に転移してからあのスライムのいる所にそっと近づいた。
スライムの視覚はたぶん俺と同じ全方向なので、俺は奴が酸をかける前に樹脂製のボトルを投げた。
そのデカスライムはボトルを呑み込んで、体内で溶かし始めた。
やったぜ!
途中でスライムは苦しみ始め、ジュジュジュと音を立てて煙か湯気を上げながらどんどん縮んで行く。
辺りに水をまき散らしながらスライムがシワシワに縮んで薄い敷物状に平ぺったく広がった。
俺は飛び掛かって核があると思われるポッコリ膨らんだところに剣山を当てて思い切りハンマーで叩いた。
三回くらい叩いたら、パリンと割れてスライムは消え、大きな魔石が残った。サツマイモくらいの大きさの魔石が残ったぜ。
えっ、何をしたかって?
薬屋に行って苛性ソーダを買って来たのさ。
その苛性ソーダの入れ物ごと呑み込んだあいつは、酸で入れ物を溶かした途端、苛性ソーダが出て来たので、吐き出す暇もなく強烈な中和の化学反応が起きてしまったって訳だ。
中学校の理科の授業をちゃんと聞いていて良かったぜ。
それから魔石とは時間差でドロップしたものがあった。ソフトボール大の半透明に光る白っぽいボールだ。
これってもしかして話に聞く、スキルオーブってやつじゃないか?
売れば破格の値段だという話だが、俺は結構金が入る筈だから、これを自分で使おうっ!
そう思ってそれを手に取って叫んだ。
「俺のものになれぇぇぇぇ!」
おっと眩しく光ったぜ。
光って俺の胸の中にスーッと入って行った。
そして胸の中が如月さんにキスして貰った時みたいにキュー―ンと温かくなってそれが全身に広がったんだ。
そして頭の中に声がした。
『鑑定の#$%が&%#ました』
あれれなんか雑音が入るな。
でも鑑定って聞こえたぞ。
因みに大きな魔石を手に取って鑑定しようと意識を集中した。
すると空中にウィンドウが現れた。
『臨$階&主のアッシ&ヒュー$スライムの魔xx』
くそっ、これも半端だな。
何だって言うんだ!
でも臨時階層主のアッシド・ヒュージ・スライムの魔石ってことだろう、たぶん?
虫食いクイズじゃねえんだから、ったく。
で、臨時階層主?
やっぱそうか。
如月さんの言ってたように、ダンジョン自身が俺を脅威に感じて、臨時に刺客を送り込んで来たという訳だ。
残念だったな、全身溶けて死ななくて。
しかしこのダンジョン俺には随分厳しくねえか?
それから俺は効率的にスライムを狩ることにした。
まずスライムを雷撃で100匹落とす。
それを片っ端から核を潰して魔石を集める。
そしてまた雷撃で100匹……という風にまとめて作業することにしたんだ。
すると時間の効率が良くなって、1時間くらいで昨日の分くらい魔石が獲れたんだ。
そして嬉しいことに階段が現れた。
二階層に続く階段だ!
階段を降りるとそこにいたのは……角兎じゃあねえかっ!
うわっ、速いっ。
スライムより速いぞ。
って、油断してたら一匹俺に命中して突き刺さった。
痛い。くそっ電撃を食らいやがれ!
突き刺さった角兎はその場所から電気ショックを受けて……感電して落ちた。
刺さった所はすぐに治ったぞ。
よし、今日は引き返そう!
えーっと安全地帯はないかな?
俺はジャンプして各兎を避けながら安全地帯を見つけて魔法陣で入り口に戻った。
ちょうど夕方の退勤時間があと1時間という4時ごろに大地君が戻って来た。
スライム魔石は42キロあったけれど、驚いたのは大きなラグビーボールのような形の魔石も持って来たのだ。
階層主の魔石だという。
計量したら850gあった。けれどこれは小さい魔石のように10gで割って85個分で8万5千円という風にはならない。
むしろリュック何十杯分の魔石の値段くらいはするだろう。
詳しくは役場主催のオークションにかけて値段をきめなければならない。
けれどここでは簡単にそれができないから本部に送って向こうでオークションにかけて貰わなければならない。
地元の企業は文句を言いそうだが、ここでオークションをするのは無理がある。
しかしこの魔石は公開しなきゃいけないからひと悶着しそうだわ。
どうしよう?
頼りないけど、所長に相談しようか?
「それは……私にも分からないなあ。だが基本は地元でオークションしなければいけないんだろう? どうせ後でわかってしまうことだから、地元企業を敵に回したくない。そういうことだ。うーん、商工会に頼んでそっち主催でやってもらうか? そうすると、役場で行うという話が駄目になる。だがどうせ役場に任せればいつのことになるか分からない。うーん」
「分かりました。その商工会に頼む手で行きましょう。本部コースも時間も手数料もかかりますし」
「問題はこの小さな都市にそんな大きな魔石を買い取って使うという需要があるかないかだ。それでも地元を無視すると後で文句を言われるに決まってる」
「報告は本部にもするわけですから、当然オークションの情報も全国に伝わる筈です。だとすると交通費をかけても競り落としに参加したい大手の企業もある筈です」
「よし、その手で行こう」
ふー、頼りないと思った所長もたまに役に立つことがあるのね。
「如月君、いまなにか失礼な事考えてなかったか?」
「えっ、まさか? 所長にはいつも感謝しております」
危なかった。こいつ妙に勘が鋭いぞ……。
今日の稼ぎは420万プラスアルファだった。
如月さんによればアルファの方がかなりの額になるとのこと。
けれどオークションにかけなければならないので、お金はかなり後のお楽しみってことらしい。
夜になって家族が揃ったところで俺は家族会議を開くことになった。
「悪いけど母さんには仕事をやめて体を治すことに集中して貰いたいんだ。病院代は心配しなくて良いから。それと翼は母さんと相談しながらで良いから家計を任せたい。家事の分担は今まで通り俺も参加する。
そして翼は上の学校にも行って欲しいけど、なるべく道内の学校にしてほしい。週末には帰れるようにして、支えて欲しいんだ。
学費は積み立てておくから一千万くらいは出せると思う。それと毎月の生活費は浪費を避ける為月30万でやってもらう。この中で翼も自分の小遣いを決めて必要な物を買ってくれ。余分な金は定期預金にしたいけど、その采配も翼が母さんと相談してやって欲しい。
以上だ。なにか質問とか提案あるか?」
「お兄、私が家計のやりくりをする意味は?」
「基本的に俺たちは貧しい家庭なんだから、無駄使いせずにお金を大切にして倹約することを翼に覚えて貰いたいんだ。そうすれば結婚した後もやりくり上手になると思うから。将来お金で苦労しないためにも、お前にはそれを身につけてもらいたいってことだよ」
「私の為なんだね?お兄ありがとう」
「翔、翼、今まで苦労かけたね。でも翔が探索者になって稼げるようになって安心したよ。もうお前は大黒柱だね。ありがとう。これから宜しく頼むよ。本当に頼もしくなったね、ううう」
「泣くなよ、母さん。これからは体をすっかり治して、楽しく生きなきゃ」
こうして俺の家族はなんとか人並みに生きる目途がついたんだ。
ようし、幸せになるぞぉぉ。
絶対!
俺は次の日は午前中はダンジョンに行かずに、ホームセンターに行った。
そこで直径28mm長さ1200mmの鉄パイプを2本買った。
組み立て用の部品のパイプだ。
1本600円だから2本で1200円だ。
それに15cmくらの長さに持ち手の柄の部分を襤褸布を巻きながら接着剤で貼った。
これで手から滑らない雷撃剣ができた。
剣と言っても斬ったり叩いたりしない。
手から放電させてパイプの先50cm迄火花を伸ばせば、これで角兎を感電死させるのだ。
二本用意した訳は、角兎は素早く探索者の死角に回って攻撃してくるというので、前面と背後の挟み撃ちにも対応する為である。
さいわい全方向視覚があるので、どの角度から来られても見える。
なので後は二刀流の反応速度の問題だ。
俺は早速それを持って山に登った。
茂呂蘭市は山と山の間に沢があって、そういう谷間に街ができている場所が多い。
だからちょっと気軽に山に登ろうと思えばできる便利さがあるのだ。
俺は貧乏性の母さんが溜めておいたホイルやラップの芯を木の枝に糸で360度高さを変えてたくさん吊るした。
俺は鉄パイプを素早く振ってその風圧で吊るした芯を揺らす練習をした。
だいたい鉄パイプの先50cmくらい先の位置に芯があるようにして、中空のパイプの中の空気を飛ばす気持ちで振り回すのだ。
軽量を売り言葉にして販売していたパイプだが、何度も振っていると結構重い。
しかも片手で1本ずつだ。
でもとろとろ振っていると空気が飛んで行かないから芯が揺れない。
そして気がついたことはうまい具合に風圧を芯にぶつけることがかなり難しいということだ。
揺らすといっても百本近く吊るした芯のうち3~4本が揺れるのが精一杯。
おいおいおい、これじゃあ二階層に潜ったら角兎を感電死させるのは、自分の体に突き刺さった分だけになるぞ。
確かに体に突き刺さった角兎は、放電している俺の体で感電死してくれるけど、結構痛いんだよっ。
どのくらい痛いって?
一度誰かに刺されて見ると分かるよ。
一瞬焼けたような冷たいようなのがきて、息が止まったと思ったらザクッと痛みが……その後ドックンドックンと出血と痛みが襲うそうだが、俺にはそれがない。
血も出ないし傷も塞がる。
超再生能力のお陰だ。
だが最初の方の痛みはある、短いけど。
それがいやなんだ。
だから俺は最初にゆっくり正確にパイプを振った。
イメージでパイプの先から飛んだ風圧が芯にあたるように。
それを徐々に速くして行って、やがて結構沢山の芯がかすかに揺れるようになった。
かすかにというのは風圧が弱いためだ。
弱いということは動きが遅いということ。
つまり角兎に火花がヒットせずに、俺が突き刺され痛い思いをすると言うことだ。
だから少しでも速くして風圧を強め、芯を大きく揺らす訓練だぁぁぁぁ。
……
……
いちおう全部の芯を揺らすことができたが、角兎は枝から下げた芯のようにじっとしてはいない。
あとはぶっつけ本番だ。
俺は芯を回収して、家に戻ってウドンを食べてからダンジョンに向かった。
リュックの中に着替えと剣山とハンマーと
土嚢袋、そして手には鉄パイプを持って事務所の如月さんに目で挨拶して中に入った。
青の魔法陣に入ると、二階層の安全地帯に飛んだ。
如月さんは一階層に行ったと思ってる。
一般枠は二階層に基本的に行けないからだ。
だから当分はばれないようにスライム魔石も獲って、それだけを換金に出す積りだ。
さてっと、俺は安全地帯から少し戻って角兎を捜した。
だが捜すまでもない。
3匹の角兎がいきなり現れて囲んだ。
向こうは俺が安全地帯から出て来るのを待って、奇襲をかけた積りだろう。
でも俺は三匹ともはっきり動きが見えていた。
でもって間合い入って来た奴らを二刀流で薙ぎ払った。
火花は確実に2匹に当たった。
が、三匹目は俺の右の太ももに突き刺さってから感電して死んだ。
「いでででで……くそっ。まずった」
誰もいないところで思わず声を出す。
声を出せば痛みが薄れるということはないが、声に出てしまう。
これはしかたがないことだ。
ズボンの替えも持って来てよかった。
俺は次の角兎が来る前に鉄パイプを振ってみた。
速く振ると火花の伸びがよくて、50cmよりもさらに伸びることがあるようだ。
「さあ、おかわりをくださいっ。痛いのは厭だよ」
俺はパイプをブンブン振りながら歩きだしたんだ。
火花が角兎に当たるとバシュッとなにか雑巾で引っ叩いたような音がする。
バシュッ バシュッ バシュッ
今度はうまく行って、三匹とも命中した。
ああ、そう言えばウサギって鳥のように一羽二羽って数えるんだったか?
昔獣肉を食べるのを忌み嫌う習慣があったらしく、獣じゃなくて鳥だよとか言って誤魔化すためだとか?
こっちは肉じゃなくて魔石を取る為だから一匹二匹でもいいや。
と思ってると、魔石の他に何かボロボロの巾着のような物がドロップした。
魔石はスライムのときは透明に近かったが、角兎の場合は真珠色だった。
大きさはスライム魔石の2倍くらいある。
これが真ん丸の球形だったら真珠の代用品になるんじゃないかな?
細長い楕円形だからそうはならないけどな。
嬉しいことに角兎はスライムと違ってドロップ品が結構出る。
真珠色の角が落ちることもある。
俺はとにかく二階層の中を走り回った。
火花が当たるのもあるし、外れて通り過ぎるのもある。
100mい走ったら魔石やドロップ品を拾ったり見逃がした獲物を狩るために戻る。
その間無傷だった……というのは嘘だ。
なにしろ角兎は素早いから一度にかかって来られたらもろにヒットして来る。100m走ったら、3回くらいはあった。
痛くないと言えば嘘になる。
というか、凄く痛いっ!
だけど脳内麻薬でも出て来るのだろうか?
痛みは後半になるにつれて気にならなくなって来た。
でも痛いには違いないんだが、俺が子どもだったら間違いなくギャン泣きするくらいだ。
あそこまで走って行ったら戻って来てそのまま一階層に引き返そう、と思いながらついつい深追いして土嚢袋一杯まで取ってしまった。そこから引き返して俺は一階層に行き、結構色々な物が入っているリュックにいっぱいになるくらいスライム魔石も集めた。
まあ、リュックの半分量はあると思う。
そして一階層の安全地帯から入り口に戻ったんだ。
事務室のカウンターの上にあるケースにリュックの中のスライム魔石を入れた。
「今日は鉄パイプを持ち込んだみたいですが?」
如月さんの問いに俺は用意していた答えを言った。
「天井のスライムを落とすのに使ったんです。これがあると楽ですから」
「服に穴があいているようですが、酸で焦げた穴じゃないみたいですね」
しまった。安全地帯で着替えるのを忘れていた。馬鹿だな、おれ。
「それでそっちの袋には何がはいってるんですか?」
「……」
あっ、しまった。これは事務所に入る前に隠して置こうと思ってたのに持って来てしまった。
バカバカバカ。バカだよ、俺は。
俺は観念してそれもケースにあけた。
2ケース分あった。
「これはスライム魔石ではないですね。これは角兎ですか? ドロップ品に毛皮とか角があるんですけど。角兎ですね?」
「はい…………」
「怪我はしなかったんですか?」
「突き刺さる寸前に後ろとか前にジャンプして……服だけの穴ですみました」
「……器用ですね。それで誓約書書いてくれませんか?」
「えっ、なんの?」
「二階層以上に入るのは禁止されているので、勝手に入って怪我したり死亡しても自分だけの責任で、事務所には責任がありませんという誓約書ですよ。それがなくてなにかあったら、私も所長ももしかして市長レベルまで訴えられますから」
「分かりました。書きます。すみませんでした?」
「それから初日のときにも思ったんですが、大地君は酸に焼かれても角兎に刺されても怪我が回復してしまうのですか?」
「そ…それはっ……そうです。超再生能力があるみたいです。攻撃能力と関係ないので黙っていましたが……」
「わかりました。個人情報なので、ここだけの話にしておきますね。それと二階層に潜ってることは、当分の間黙っていてください」
「如月くん」
急に所長が口を挟んで来た。
「そのケース見えない所にしまっておいてくれ。そろそろ茂呂蘭ファイブのメンバーも上がってくるだろうから。大地君もいまのうちに帰ってくれ。会計はきちんと済ませて振り込んでおくから」
「「はい」」
俺と如月さんは一緒に返事をした。
角や毛皮のドロップ品も一緒に換金して貰うため預けたが、巾着に関しては俺はポケットに入れておいて提出しなかった。
家に帰ってからこっそりボロ巾着を取り出して鑑定してみた。
『偽装ボロ巾着。見かけはボロの巾着だが念じると所有が認められて持ち主が望んだ時容量100kgまでの魔法ポーチになる。
他人が見ると裏地のある普通の汚い巾着にしか見えない。また、偽装の為亜空間に入れずに小物を入れておくことができる』
俺は実験的に巾着に小銭を数枚入れた。
そして念じて鉄パイプやリュックなどを亜空間に入れるようにすると、本当に入ってしまった。
普通に中を見れば巾着の中は小銭が入っているだけなのに、念じると底なしの穴から入れた鉄パイプやリュックが出て来る。
これなら絶対にばれない。
こういうものは宝箱から出るのだと思ったがモンスターのドロップ品として出るのは初耳だ。
アーティファクトという奴なんだろう。
次の日から鉄パイプをはじめとした諸々を亜空間に収納しておいて、リュックだけ背負って行く事になった。
そして表面は一階層を回ったふりをしてスライム魔石をリュックに入れ、角兎魔石やドロップ品は亜空間収納して、事務所に納品しないで溜めておいた。
たくさん溜まると入りきらなくなるので、家の中に土嚢に入れて床下に置いた。
そうやって二階層と一階層の両方を通い続けたってことだ。
「ところで、あの一般枠はずっと一階層をうろうろしてるのか? 如月」
茂呂蘭ファイブの真田は私に聞いて来た。
「えーと、ここ数日もスライム魔石しか納めてもらってませんが、なにか?」
その前に一回だけ角兎魔石とか持ち込んだけど、ここ数日は受け取ってないから嘘は言ってないし。
「確か階層主みたいなアッシド・ヒュージ・スライムの魔石を獲ったって聞いたが、それでもまだ一階層から出ることができないのか? ふぅぅーーん」
「はい」
「で、その魔石は幾らになったんだ?」
「いえ、まだ。オークションを計画中なので」
「オークションねぇ。あまり一般枠ごときが出しゃばるのは感心しねえなぁ。少し調子に乗ってんじゃねえか?」
「さあ、そんな気配は感じられませんが」
「お前、やけに庇うみたいだな。たしかに奴は稼いでいるからなぁ。だが一般枠に阿るような真似は止めた方が良いぞ。自分の首を絞めることになるからなぁ」
「それはっ「大丈夫ですよ、真田さん」」
口を挟んで来たのは所長だった。
「われわれ所員は若い彼が道を外さないようにいつも手綱をしめてますから」
「本当にそうだったら良いなっ」
真田さんはバシッとカウンターを叩いてから事務室から出て行った。
ほかのメンバーが先に帰ってたのに、残っていたのは、言いたいことがあったのだろう。
どう考えても稼ぎが多いのは大地君の方で、それは茂呂蘭ファイブの5人を合わせても及ばないのだ。
三階層のゴブリンの魔石は毎日3kg前後持って来るけれど、重さだけでも大地君のは桁が違うのだ。
そういうことが顔の表情として出ていたとしたら私は気を付けなきゃいけない。
何といっても彼等こそが正規の探索者なのだから。
所長も同じことを感じてるらしくて目を合わせるとお互いに溜息しか出て来ない。
いったいどうせよと言うんだ、このネジレ現象を?
俺はこの日少し遅れてダンジョンに向かった。
実は二階層では、ほぼ無傷で回れるようになったのだ。
かなり一階層のときよりも隅から隅まで狩りまくったけれど、前のように巨大な階層主が現れることがなかったのだ。
だから次の階層に進みたいところだが、三階層は茂呂蘭ファイブの5人がいる。
顔を合わせたくないようにしてその次の四階層に行けないかと考えたのだ。
その為に連中に遅れて三階層に行き、気配に気を付けながらできるだけ短い距離で四階層への階段に到達したいのだ。
俺はまず二階層の奥に飛んで、それから三階層に通じる階段を降りた。
ゴブリンがいない道は彼らが通った跡だからそこは避けて、別経路を突っ走った。
やり方は二階層と同じで鉄パイプを振り回し感電死させて進むやり方だ。
ゴブリンは得物を持っていることが多いが、それでも俺の間合いで感電させているので、角兎とほぼ同様に乗り切れる。
ただ問題はゴブリン・アーチャーとかゴブリン・メージのように飛び道具を持ってる場合だ。
そのため矢が刺さったり、火魔法をお見舞いされたりした。
超再生でなんとかしのいだが、厄介だ。
というのは俺には飛び道具がないからだ。
だいたい地図を作りながら進んだが、四階層への階段は見つからず、この日は諦めて、一階層に戻った。
ゴブリンの魔石はそら豆くらいの大きさだった。
だが今回は落ちている魔石は拾わなかった。
時間ロスが惜しかったのと、彼等に見つかるのを恐れたからだ。
茂呂蘭ファイブの5人は、自分たちがこのダンジョンではトップクラスだと自負している。
それを俺が軽く抜かしてその上に立ったら、穏やかじゃないだろう。
しかも一般枠の俺が三階層にまでいるってことで明らかに規約違反だって、その場で断罪されても仕方ないかもしれない。
俺に対する嫉妬とかもあるし、ダンジョン内では殺人をしても黙っていれば分からない。
モンスターに殺されたと思うくらいだろう。
だから絶対顔を合わせてはいけない。
特にリーダーの真田さんは俺を見る目は決して好意的ではない。
だが俺のこういう考えが思い上がったものだと分かったのは、次の日に潜ったときだった。
どういう訳か俺は四階層に行く階段を突き止めてしまったのだ。
例のパーティと鉢合わせにならないように、メインのコースを避けて通っていたのが逆に幸いしたのだろう。
正直俺は得意満面だったと思う。
これで正規の探索者たちを出し抜くことができるんだからだ。
俺が四階層に進んだことを知ったら、彼らがどれだけ悔しがるだろうと、想像しただけで俺の顔はかなりニヤついていたと思う。
石の階段を一歩一歩降りるたびに歓喜の雄叫びを堪えるのが大変だった。
そして俺は四階層に降りて、その階層のモンスターを見た途端絶句した。
俺の身長は165cm中肉だから大柄の女性くらいの体格だ。
目の前にいるのは2m越えの巨漢だった。
しかも全身ゴリラよりも手足も胴も太い。
顔は金剛力士をちょっと横に潰したような顔だが、決して漫画に描かれているような豚顔ではない。
そうなんだ、俺が見たのはたぶんオークだと思う。
全身は赤銅色に光り、腰布だけの姿だが筋肉が凄い。
大相撲の力士でも敵わないような圧倒的な体格だった。
俺は今までスライムとか角兎とかゴブリンを相手に無双してすっかり思い上がっていたことをに気づいた。
俺には特に優れた筋力がある訳ではない。
柔軟な体と再生能力があっても、物理的に強い訳ではないのだ。
ジャンプ力はあるが、それは全身のバネを利用して飛べるだけで、特にどこが強いというわけではない。
筋力でいえば同年代の者よりも体格が劣っている分敵わないだろう。
唯一通用するとすれば雷撃の能力だろう。
だがこの能力のもとになったデンキウナギも大きなものの方が発電能力が大きいという。
結局は筋肉の多さなのだ。
俺は二本の鉄パイプを構えて火花を出した。
感電しろーーっと
パキー――ン!
グシャ
何が起きたかといえば、オークが持っていた棍棒で一本の鉄パイプを弾き飛ばしたんだ。
そして返す一振りでもう一本の鉄パイプを上から叩いてへし曲げてしまったんだ。
えっ、もちろん雷撃を浴びせてやったよ。
けれどオークの体は筋肉を覆う脂肪も多くてそれが絶縁効果をもっているみたいなんだ。
つまり唯一の決め手である雷撃が通用しなかったんだ。
俺の腕も手も衝撃で痺れてしまって、一瞬動きが止まってしまった。
すると棍棒の第三撃が俺の胴に横殴りにめり込んで来た。
宙を舞う俺の体。まるでトラックにはねられたような感じで10mは飛んだと思う。
そして幸いに俺は階段の上に落ちたらしい。
気を失っていた。四階層に降りる為の階段の下の方に俺は逆さに倒れていた。
たぶん落ちた時は全身の骨があちこち折れただろう。
頭蓋骨も割れたかもしれない。
たった一発で俺はオークに撃退されたのだ。
そして再生能力で体が修復されたと思うが、空中に飛んでいたときまでしか記憶にない。
ぶつかったときに脳震盪を起こして気絶した場合、その瞬間からちょっと前の記憶がなくなると聞いたことがある。
俺が起き出すと、それを待っていたようにあの巨大なオークが突進して来た。
そして階段の下ギリギリの所まで来ると
「グォォォォオオオオッ!」
と威嚇して来た。
「くそぉぉぉっ。お前なんか怖くねえぞっ」
俺はそいつにあかんべえをしてから尻を向けて階段を上ろうとした。
するとこともあろうに、俺に向けて棍棒を投げて来た。
俺は背後にも目があるんだよっ。
軽く避けてから俺は棍棒を拾って、魔法ポーチに入れた。
良い土産ができたぜ。
俺はこれで自分の狩場が一階層と二階層に決まったと思った。
鉄パイプはまた買えば良い。
四階層では俺の能力ではどうにもならない。
物理的に俺の体格ではオークには対抗できないからだ。
そして三階層はあのパーティが攻略中だから顔を合わせる危険がある。
そして今度からは入り口の魔法陣は使えない。
いきなり四階層に飛ぶからだ。
だから入り口から魔法陣を使わずに行くしかない。
二つの階層の地図はほぼ完成しているからその中では自由に動ける筈だ。
俺は生活費の為にダンジョンに潜るんだから別に最下層を目指す積りはない。
それに競争相手もいないから楽に稼げる。
そういう方針が決まると俺はむしろ安心して三階層の安全地帯からいったん入り口に戻って、それから徒歩で一階層に入った。
最短距離で二階層に行くとそこで角兎を狩り、安全地帯から入り口に戻った。
事務所にはスライム魔石と角兎魔石およびドロップ品を納めてから言った。
「今度からのんびりと週に2~3回で潜りたいと思います。では」
それから俺は自分なりのスローライフを楽しむことにしたんだ。
直にアッシド・ヒュージ・スライムの魔石のオークションがあり、なんと落札価格が1憶7千万円だと連絡があった。
一階層に現れたイレギュラーの階層主の魔石ということで本州から来た富裕層が買い取ったそうだ。
俺はのんびりと過ごしていた。
母さんには一流の病院で治療を受けて貰ってるし、妹には小遣いを上げて進学の為の必要経費も貯金してあげることができたから大安心だ。
ところが俺は休みの日に昼寝をしていたら、妙にはっきりした夢を見たんだ。
きちっとしたスーツを着たスキンヘッドのおっさんと、同じくスーツを着た女性がテーブルの向こうのソファーに座っている。
俺は手前のソファーに一人で座ってテーブルを挟んで向かいの二人を見てる。
いちおうテーブルの上には三人分のコーヒーが置いてあった。
えっ? なにこれ?
でよく見ると男の方は例の『明日のためにその1』とか言ってた片目眼帯のあのおっさんだった。
なんだ。両目とも見えてるんじゃなねえかよ。
そして女の方は、あの魔女だった。
スーツを着ると意外と若い女だったので、驚いた。
男「令和の男は根性がない」
俺「俺のことか? だったら俺は平成生まれだけど」
男「そんなことはどうでも良い。もう諦めるのか? 四階層から尻尾を巻いて逃げるのか?」
俺「逃げてねえよ。戦略的撤退だよ。無理だろ、あんなでかいの。お前らにもらった能力をフルに使っても意味を為さない。雷撃も駄目。物理は勿論駄目。それじゃ歯が立たないってもんだ。勝つ見込みがないのに突っ込んで行くのは馬鹿のすることだ」
女「じゃあ、ダンジョンを完全制覇するのに役立つ能力をあげれば、やる気がある?」
俺「いや、良いよ。俺さ、ダンジョン攻略そのものにそんなに関心ないから。今通ってるのは生活費とかを稼ぐためだし。もう十分足りてるし。それに俺モンスター殺すのあまり好きじゃないんだ。」
女「モンスターを殺さなくてもダンジョンクリアする方法があるのよ。それなら良い?」
俺「それなら良いことは良いけど、殺さなかったら魔石やドロップ品が手に入らないから意味ないじゃん」
男「最下層のダンジョンコアをゲットすれば巨額の富が手に入るから意味があるぞ。それこそ一生困らないだけの財産が手に入る」
俺「それはちょっと魅力だけど、俺今のままでも全然困らないから」
男「ところがお前のペースでやってると、ここのダンジョンはスタンピードが起きるぞ。いったんそれが起きれば、茂呂蘭市は近隣の都市を巻き込んで壊滅するんだ」
女「そして連鎖反応が起きて他のダンジョンも次々にスタンピードを起こして、日本はおろか世界中が大パニックになるのよ」
俺「なんだよ、それ? 訳わかんねえ。たかがこのド田舎のダンジョンがスタンピードになったくらいで、日本中のダンジョンだけでなく世界中のダンジョンがスタンピード?
それじゃあ、どこか未発見のダンジョンの一つでも放っておかれたためにスタンピードになったら、全部なるってことじゃあねえか?」
男「それがならないのだ。若いの」
女「この茂呂蘭ダンジョンだけなの。それはここのダンジョンがコア・ダンジョンだからよ」
俺「コア・ダンジョン?」
男「たとえば最下層のダンジョン・コアを取ればダンジョンは崩壊するだろう? それと同じくコア・ダンジョンを攻略すれば全てのダンジョンが潰れるんだ」
俺「それがこの茂呂蘭ダンジョン?」
女「そうよ、誰も知らないけど。知ってるのは私たちとあなただけ」
俺「そもそもあんたらは何者なんだ? 人間じゃないよね」
男「分かりやすく言えば、地球の管理者というか地球の星神というか、そんなもんだ」
俺「地球の神か?それが日本人っぽいから、それじゃああなたたちはイザナギとイザナミか?」
女「いえいえたまたま君が日本人だから、日本人仕様で姿を変えているだけよ」
俺「それじゃあ、あんたらは世界中を飛び回って、俺みたいな者をアシストして廻ってんのか? 忙しいだろう?」
男「違う違う。お前さんのとこだけだ。何故ならここがコア・ダンジョンだからだ」
俺「コア…なんだって? いったいあんたらの目的は何なんだ? そして何故世界中に急にダンジョンが現れたんだよ? あんたらがやったのか?」
それから地球の星神たちは二人……いや、二柱で代わる代わる説明した。
それによると、
物理的には地球から何億光年も離れたところに地球環境によく似た惑星Xがあって、そこは科学文明が遅れている代わりに剣と魔法のファンタジー世界だという。
そこには至る所にダンジョンがあって、そのダンジョンを探索者が攻略することによって資源やエネルギー源を得て生活が成り立っているという。
しかしやがてダンジョンのモンスターを倒す探索者の力が衰えてくる現象が起きて、その惑星Xの人類が滅びる危険が迫って来たのだ。
そこで『宇宙の大周期』という一種の当番制の決まりを利用して、惑星Xの星神がダンジョンを惑星Xから地球に移設させたのだ。
これは一種の侵略行為のようだが、神々の決まりの中ではギリ違法ではない。
つまりギリ合法的理不尽?なのだ。
しかも地球の星神である彼らには断りなしだ。
ダンジョンを移動させると、あらゆる地球内の資源をダンジョン資源に転換してしまう現象が起きる。
それと同時に地球人の中に探索者の能力を持った人間が今回は10000人に1人の割合で出現させていた。
そういう作業は惑星Xの星神の責任で行う決まりなので、そこはなんとか行っている。
因みに10000人に1人というのは最低ラインで、そこはかなりケチっているそうだ。
与える能力も節約の為ガチャ機能を使っているので、滅多に当たりの良い能力がでることはないが、これもギリ合法なのだ。
慌てた地球の星神の彼らは、世界中のダンジョンを調べた。
するとある推理が浮かんだ。
ざっと調べるだけでも数が多くて大変だったが、きっとこれはコア・ダンジョン方式で作ったものではないかという推論に達したのだ。
本来はダンジョンはそれぞれが独立した存在で、互いに影響し合うことがない筈なのだが、惑星Xの星神は、それだとかなり手間暇と費用がかかるため、コアダンジョンを作ってそこから他のダンジョンを派生的に生み出す方式をとったらしいのだ。
そうすると時間も短縮し費用も少なくて済むのだ。
タイパとコスパが良いという訳だ。
けれどコア・ダンジョンがどれなのかは一つ一つのダンジョンを詳しく精査しなければ分からないのだ。
そこまでは惑星Xの星神のケチな性格から判断して推理をしてみたという。
更にその狡猾な性格から判断して、コア・ダンジョンは階層数が多い一流の目立ったダンジョンではなく、無名の不人気なダンジョンにしたのではないかと推理したのだ。
それに該当したのが茂呂蘭ダンジョンだったのだ。
人口が少ない茂呂蘭市なので、地元出身の探索者も少ない。
産業も斜陽化してるので人も集まらない。
そして何故か変な噂があって、昔鉄鋼業の街だったから、ドロップ品は屑鉄が多いと言われたのだ。
その噂はフェイクだったが、惑星Xの星神が工作して広めたかもしれない。
そこで茂呂蘭ダンジョンを精査したところ、ビンゴだったという訳だ。
そこで地球の星神は俺という茂呂蘭在住の高校生に目をつけて、独自に地球の生命パワーを利用した能力を授けたという訳だ。
それと例の、魔石をオークションにかけたアッシド・ヒュージ・スライムが出た時は地球神たちも驚いたそうだが、一般枠で強力な探索者が出た場合にそれを潰すために惑星Xの星神が秘かに用意したのではないかということだ。
つまり短時間で目だって多くの魔石を獲るような有望な探索者を処理するためである。
あのスライムは一階層に仕掛けられた一種のトラップのようなものだったのだ。
苛性ソーダでやっつけてしまったが。
地球神の望みはコア・ダンジョンを攻略することで、世界中のダンジョンを消去して元の地球に戻すことだ。
俺「どうして俺だったんだ?」
男「経済的に苦しいけれど、母親や妹の為にお金を稼がなければならないことも選考基準に入っているが、やはり魂の質が良かったのが大きい」
俺「もしダンジョンが消えたとして、探索者たちの能力はどうなるんだ?」
女「そうなっても探索者たちの能力は消えないわ。ダンジョンがなくなった分、力を発揮する場所を失って暴走する危険は残るけどね」
俺「消えたダンジョンはどこへ行くんだろう? もとのX星に戻るとか?」
男「それは分からない。『宇宙の大周期』の原則によってもう一回別の惑星に移動する権利があるらしいが、それがどこになるかはなって見なければ分からない」
俺「分かった。それじゃあさっき言ってた方法で俺に能力を授けてくれ」
女「あのUSBメモリーをもう一度パソコンに差し込んでみてごらん。なにか動画が入っているから」
俺「空になったのに? そうか、やってみる」
それから目を覚まして俺は例のUSBメモリーを起動した。
すると『明日の人生の為の準備訓練・完結編』というタイトルが出た。
片目眼帯のおっさんが現れて俺に指さした。
「平成生まれの若いの、頼りにしてるぜ。これが最後だ」
そして画面は魔女に切り替わり説明した。
「カブトムシを10匹集めて、この餌をやって30分後にこのスプレーをかけてね。そのときにあなたがダンジョンで手に入れた魔法ポーチも一緒にスプレーしてね」
魔女はカブトムシの餌と噴霧器を画面から手を伸ばして俺に渡した。
俺はホームセンターに行って、カブトムシを10匹購入した。
一式で2万円以上かかった。
ダンジョンに潜る前だったら、到底無理だったろうな。
さっそく部屋でケースの中に例の餌を入れ、30分後に噴霧器で中の液体を霧状にしてかけた。もちろん魔法ポーチも一緒に。
するとカブトムシからも魔法ポーチからも色の違う二種類のダイヤモンドダストが立ち上り、それらが渦を巻いて溶け合うと一つの光の塊となって俺の体を包んだ。
そして……
『魔法ポーチの亜空間とカブトムシの外殻が合体して、亜空間外殻コーティングの処理がされました。そして4つのスキルの、絶対防御、筋力拡大、体重調整、亜空間収納を獲得しました。なおそれに伴い、それまでに得た能力の全方向視覚、超柔軟体、超再生、跳躍、共感の能力は上書きされて消去しました。また魔法ポーチはただのポーチになりました』
ななな……なにを!!?
すると画面に魔女が現れて……
「ごめんね、それを先に言うと君は絶対拒否すると思ったから。でも亜空間外殻コーティングされた君は、以前の能力がなくても全然大丈夫だよ。自分が得た能力をようく確かめてみれば私の言ってることが良く分かると思うよ。それじゃあ、今度こそさようなら。健闘を祈ってるよ。神だから祈るよりも祈られるほうかもしれないけど、うふふ」
俺は真っ先に亜空間収納の中を見た。
すると魔法ポーチの中に入れたものがそのまま移っていたので安心した。
そして亜空間収納の内容を知ろうと念じると説明の声が聞こえた。
『亜空間収納の容量に上限はありません。また亜空間ですので現実空間における時間経過による劣化や変化はありません。収納した物はさらに亜空間で包まれるので、収納物同士が混合することはありませんが、望めばそうなります。また混合物は望めば選択して分離できます』
もしかしてこれは無限収納ってことじゃないか?そして時間凍結タイプだ。最高級じゃん。
なるほど魔法ポーチはいらないわ、これ。
いちおう偽装の為に持っておくけど。
じゃあ、ほかのスキルについても調べてみようっと。
『絶対防御はいわゆる結界とは違います。結界は強力な攻撃で壊れることがありますが、絶対防御は現実空間内の攻撃は物理でも魔法でも亜空間内には届きません。たとえ核爆弾で攻撃されても、亜空間内は別の空間ですから全く影響がないのです』
これは超再生がなくても、そもそも傷つけられる心配がないから平気だと言うことだな。
『筋力拡大は、あくまでスキルの持ち主の筋力を基本ベースにしています。その基本の筋力に対して、その何倍とか何十倍に拡大できるということです。つまり体を包む外殻の亜空間によって拡大を行うのです。気を付けないといけないことは、拡大された筋力は力加減に馴れていないと、触れたものを簡単に破壊してしまいます。その点ご考慮ください』
『体重調整は、外殻亜空間によって重力を増幅させたり、又は軽減させたりするもので、スキルの持ち主の体重を基本ベースにして、その何倍、何十倍またはその何分の一、何十分の一という風に変化させることが自在だということです。たとえば体重を僅か数gまで減らせば、筋力の増幅によっては驚異的な高さまでジャンプすること可能だということです。また通常増幅した筋力を用いるときには体重も増幅させないと不都合が起きる場合があります。』
なるほど跳躍力スキルはいらない訳だ。
早速俺はカブトムシを放しに山に登るついでに、新しい能力の試運転をすることにした。
まず絶対防御を試す為に崖から飛び降りた。
わざと着地姿勢を意識せずに投身自殺のように落ちたのだが、地面がめり込んだだけで少しも体には衝撃はなかった。
まるで低反発素材で包まれたみたいだ。
それからジャンプをして崖の上に戻った。
体重を減らして筋力を増強すれば簡単にできた。
以前の跳躍力よりも強力にできる。
また崖から飛び降りるとき体重を減らせば、ふんわりとソフトランディングできて、地面を凹ませなくてもいいこともわかった。
今度は体重と筋力の両方を増やしてみた。
ゴリラや熊どころではない。
いけないことだが直系1mくらいの樹木を抱えて根っこごと引っこ抜くことも簡単にできた。
プロの相撲取りでも簡単に土俵の外に押し出せるだろうと思った。
これなら四階層のオークに襲われても全然平気でいられるだろう。
実は俺は地球神たちに『モンスターを殺すのは嫌だ』と言ったが、正確な言い方ではない。
殺しても構わないが、スプラッターとか出血を見るのが嫌なのだ。
角兎やゴブリンは雷撃だけで感電死してくれたから気にならなかったが、オークを殺すにはきっと肉体を損傷させなければならないということだ。
内蔵がドバっとぶちまけられたり、首がポロッともげたりする図は見たくないのだ。
きっと吐いてしまうと思う。
刃物を使って斬るのも嫌だ。
今と同様の理由だ。
刃物は持ってないし使う気はないけど。
でも今回はコア・ダンジョンを制覇しなければならないという目的があるから、ただ只管最深層を目指そうと思う。
この外殻亜空間コーティングという長たらしい名前の鎧を着ていれば、何者も俺を阻むことはできないだろう。
俺はそこまで検証をすませて山を下りた。
あっ、引っこ抜いた樹木は元に戻せないので放置するとまずいから収納しておいた。
早速俺は次の日からダンジョンの四階層を進むことにした。
主にその日は四階層の地図を作ることを目的にして歩いた。
えっ、オークはどうしたって?
オークが束になってかかって来ても俺は気にしないで歩いたよ。
俺を叩けば棍棒は折れるし、歩くのに邪魔だから軽く手でよけただけで相手はふっ飛んで行って壁にぶつかったりしてるし、あまり気にならなかったよ。
俺はたぶんオークの数倍の体重と筋力に設定してるから、大人が幼稚園児の群れを蹴散らして歩いてるような大人気ない図になっていたと思う。
いくら相手が見上げるような巨体だったとしても、俺にとっては大きな風船玉を避けながら歩いてるようなものなのだ。
向こうが巨体を生かして体当たりして来ても俺の体はびくともしないし、ぶつけて痛い思いをするのは相手の方なのだ。
見かけは巨象が柴犬に体当たりしてるように見えても、実質の効果は全く逆で柴犬が巨象にぶつかって怪我をするようなものだということだ。
それと四階層から罠が設けられていた。
落とし穴に落ちてもジャンプすれば戻れるし、壁から槍が飛び出ても、俺の体には突き刺さらず逆に俺に収納されて没収されることになる。
俺はそれでもその日のうちになんとか四階層の地図を完成した。もちろん罠の位置もだ。
まあ、そのうち変更されるかもしれないがそれはそれだ。
もちろん五階層への階段も見つけたが降りるのはやめて次の楽しみにしておいた。
全く今日午前と午後の一日をかけたけど、余裕のよっちゃんだった。
次の日は休みだったので、家族三人で映画を見に行って買い物や食事をして来た。
妹も母さんも喜んでくれた。俺は満足だ。
その次の日はゴロゴロしてて、のんびり過ごした。
すると夜になって、また夢の中に地球神が出て来て、このままのペースだとあまりにも早くダンジョンが消えることになるから、世界の情勢を見て、最下層にたどり着いてもダンジョンコアを外すのは少し待ってくれと頼まれた。
俺は別に良いけど、やっても良い時は教えてくれと言っておいた。
なんでも世界的にダンジョン資源の回収がすすまないうちに、元通りにされても既に数々の産業が潰れてしまった現在、地球的に大赤字になるのだそうだ。
それと赤字解消の為に俺が他のダンジョンを廻って探索し制覇して欲しいとまで言って来た。
おいおいおい俺の役割はコア・ダンジョンだけじゃなかったのかよ。
それに他のダンジョンに行くったって、一般枠じゃ一階層しかはいれないだろう?
すると探索者協会に申請して正規の探索者の認定を受けるようにすれば良いと言った。
その際の能力を『頑丈』と『怪力』にすれば楽々パスするだろうとのことだった。
そういうことは早く言えよな。
俺が如月さんに頼んで申請をしてもらうと、数日後に連絡があってちょうど札幌ダンジョンに判定員が来るのでそのときに一緒に受けるようにと言われた。
なんでも札幌で受ける人間が他にも何人かいたみたいなのだ。
俺はJRに乗って札幌駅に着き、そこから地下鉄を乗り継いで札幌市中央区の札幌ダンジョンに辿り着いた。
札幌ダンジョンは茂呂蘭のと違って入り口も立派で事務所じゃなくてビルが建っていて、人の出入りも半端ない。
俺はダンジョンにはいつも俺だけで出入りしてるようなものだから、場慣れしなくて人に酔った感じになった。
どうしてこうも人が多いんだ。
それもそのはずだ。中学校や高校の修学旅行生が見学にやって来てるんだ。
関係者以外も来てるから混み合う訳だよな。
それからよくわからないが人気探索者といのがいて、そいつの周りに観光客が集まって記念写真を撮ったりしてるんだ?
事情通らしい奴に聞いてみると、ダンジョン探索配信というのをSNSでやってるとか。
他にも探索者ランキングというのがあるらしくて、札幌のトップは全国の二桁に入るとか。
そして世界ランキングでは日本のトップは三ケタに入るとか。
それがどれだけ凄いことなのか俺にはさっぱりわからなかった。
驚いたのはビルに入ると探索者専門の武器屋というのがあって、中は探索者認定証がないと入れないという。
俺は一般枠の認定証を見せて入れて貰ったが、中に入ってすぐに出て来た。
俺に金がない訳ではないが、武器が高すぎるのだ。
なんでも命を守る武器だから高くても当たり前だという理論らしい。
俺は一般人も見れる探索者関連グッズの販売店の方に行ってみた。
すると竹で作った本物によく似た剣が土産用品として売っていて、男子修学旅行生が争って買っていた。それでも少し高かったので、俺は小さい子用のプラスチックの剣を500円で買った。
竹の剣は1500円だ。そんなに払いたくない。
俺の買った剣は刃が鋭いように見えても刃先がシリコンみたいに柔らかいから怪我をしないようにできている。
竹の剣はメタリックな塗装をしてるから遠くから見れば本物にみえないこともないが、俺が買ったのは青と赤の色で完全に玩具だ。
だが形は本物に近いので気に入って思わず買ってしまったのだ。
けれど妹は女子高生だし、こんなのは欲しがらないし、今更返品もできない。
物陰でこっそり収納して、女子高生たちが何を買ってるのかこっそり盗み見して歩いた。
全方向視覚があったときには悟られずに見ることができたのになと思ってると急に脳内アナウンスが流れた。
『外殻亜空間の一部を分離して観察用の亜空間にしますか? Yes/No』
な、なんだそれ?
『小さなシャボン玉大の亜空間で自由に空中を移動します。そしてあなたの目と亜空間接続して、観察球から見る景色を共有することができます』
うーーーん? なんとなく分かったような。
とにかくYesだ。
すると俺にははっきりシャボン玉のようなものが空中に浮かぶのが見えた。
だが他の人間には見えないようだ。
次の瞬間観察球から見える全方向の景色が自由に見えるようになった。
それは右目に見えて、左目は普通の景色という二重の映像なので慣れるまでしばらく気持ちが悪かった。
俺は別の品物を見てる振りをして、女子高生たちの方を観察球で見た。
見たいところに自由に移動できるので、ついつい彼女たちの胸のあたりやスカートの下などを見てしまったが、いかんいかんそれが目的ではなかった。
真面目に観察すると彼女たちが見てるのはダンジョンモンスターのキャラクターだった。
スライムやコボルトやゴブリンを可愛くデザインしてキーホルダーとかにしてる。
嘘だぁぁ、スライムに目玉や睫毛なんかないぞっ。ゴブリンはそんなに可愛くないっ。
それを見ながら可愛いーーとか言ってはしゃいでいるJKども、現実は厳しいんだぞ。
とか言ってる場合じゃない。
お前ら早くそこをどけ。
妹に札幌土産に買って行くんだから。
まあ、家族全員にはロ〇ズのチョコレートのダンジョンバージョンというのを買って行くけど。
そんなことをやってるうちに指定された時間が近づいたので、地下一階のダンジョン事務所に向かった。
そこに行くと驚いた。
如月さんレベルの美人職員がずらりと5人くらい受付カウンターに並んでいて、しかもその前にはどこも順番待ちの人たちが列になって並んでいる。
まだ本の途中だが、ふと横を見ると転生神が蒼い顔をしてフラフラしている。一℃本に栞を挟んでんで、彼女をソファーまで連れて行って休ませた。そろそろ食事の時間なのを思い出し、米から粥を炊いて食べさせようと思った。米を研いで30分タイマーをかけてまた本ヲ手に取って続きを読んだ。
次のエピソードまでこの話は続きます。