ワッフル流兎の異世界転生記 (未完)
これは特殊書籍の16冊目になります。
ワッフル流兎の異世界転生記
わ、わたしは和布流兎。
苗字が和布で名前が流兎。
ウサギ年生まれだから、こんな名前になったんだけど、みんなに「ワッフル、ワッフル」って言われて、笑われるの。
親に聞いたらワッフルなんてお菓子の存在を知らなかったみたいで。
でも、流兎だけでもカレーライスのルーみたいで、どうしてこう食べ物に関係あるんだろうって。
それとは別にわたしって気が弱いから、すぐ馬鹿にされたり笑いものにされやすいの。
今の女子たちはみんな気が強いのが良いらしくって、社会進出したり彼氏をゲットするのも積極的だし、わたしなんかもう時代に取り残されてるって、感じ。
わたしはお母さんに言わせると家事はなんとかこなせるけど、就職には向かないって。
昔の女はそれで良かったけど、引っ込み思案で気が小さいから今の世界では生きて行けないっていつも言われる。
それになんとか公立普通高校に入ったけれど、成績は中の下くらいで、クラスカーストはほぼ最下位に限りなく近い……気がする。
わたしより成績が悪い子でも気が強くって弁が立って、オシャレでスタイルが良いとカーストが上になってしまう。わたしは気が弱いしあまり喋らないしオシャレ人間でもない。それに背が低くてチンチクリンだから、多分……カーストは底の底じゃないかなぁ?
げっ、そんなことを考えてると背中がゾクゾクッと悪寒が走った。
何か不吉なものが背後からどんどん近づいて来る。振り向いてはいけない。目を合わせてはいけない。
ああ、どうしよう。朝寝坊して、朝ご飯食べて来ないまま飛び出して来た。こんなことなら、少しでも食べてくればあの人たちと出くわすことはなかったのに。
そうなんだ。話し声から判断するとクラスカースト上位の男女グループらしいのだ。
その中に特に獰猛な男子がいて、げ…源氏玄司っていうの。
わたしはひそかに『ゲジゲジ』って呼んでるんだけど、それは絶対口に出せない。
「おやぁぁぁ、あの、だっさい三つ編みのチビ女はうんこカレーのルーじゃねえか?」
あっ、ゲジゲジに気づかれた。そうだよね、ここは河原の土手の道だから絶対見つかるよ。
ひ…左側に寄ろう。真ん中を歩いていたら大型トラックの前を歩くより危ない。
わたしはコンパスが短いから、い…急いでいるんだけどどんどん距離を縮められてる。
ひ…左に寄ろう。右側はきれいに刈り込まれた草地なんだけど、左は藪になってる。落ちないようにしなきゃ。
「うるああああああっ」
「きゃっ」
ドッテーーン、ゴロゴロ
な…何があったかというと、ゲジゲジがわたしの耳元まで近づいて大声を出したの。
びっくりしたわたしは土手から足を踏み外して左側の斜面を転がって藪の中に落ちたの。
「ぎゃはっはっはっはっはっは、ざまぁねえなぁぁ」「やだぁぁぁ、だっさぁぁぁ」
「落ちるとき、パンツ見えたし」
ゲジゲジが最初に笑って、次に笑ったのがクラス一の美人で金持ちの上尾美留玖。
そして最後のセクハラ発言は成績一番の眼鏡男の出羽亀雄だ。
わたしは這い上がって土手に上った。
ところがとっくに行ってしまったと思ったら、彼ら……五人いたのだけれど、わたしの上ってくるのを見ながら待っていたのだ。
「「「ぎゃははは(おほほほ)はははは」」」
そう…わたしの無様な姿を笑うために!
だって、わたしの制服は草のゴミだらけで、恐らく髪の毛もそうだろう。
わたしは涙目になってそこを去ろうとしたら、この人たちは5人ともわたしの後を追うように笑いながらついて来るっ!
いやだいやだ。
そのとき辺りが眩しく光った。
足元の土手に光る大きな輪のような模様が浮かんで……
「ようこそ闘志満々(とうしまんまん)の勇敢なる勇者の皆様たち」
声が聞こえて、周りを見るとそこは見たことのない風景だった。
大きな石の建物の中らしく、天井がすごく高くって、床も壁も灰色の石を組み合わせてできている。
そしてわたしを追いかけて来た五人の同級生とわたしの周りには、遠巻きにするように西洋中世風の衣装や鎧を着た人が立っている。
もしかしてこれって、ネット小説にある、異世界転移……勇者召喚じゃない?
いやいやもしかしなくてもそうだよ。
だって『ようこそ勇者の皆様たち』って言ってるもの。
しかも闘志満々(とうしまんまん)って注釈つきの勇者だから、絶対そっちにいる5人だよね。
わたし絶対に闘志満々(とうしまんまん)じゃないもの。
やっぱり魔王とかと戦うのに、好戦的な性格の人が選ばれるんだろうな。
ということは、よくある巻き込まれた一般人ってのがわたしなんだね、きっと。
「しかし、召喚したのは七人の筈、何故いまここに六人しかいないのだ、神官」
あれ? なんか王子さまみたいな人が白いローブを着た人に言ってるよ。
七人の召喚の筈が六人?
そのうちの一人のわたしは除外するとして、二人足りないんだ。
これって、こういうのも読んだことがある。
つまり召喚のタイミングが微妙にずれて、同じ世界の違う場所に転移してしまうんだよ。
二人ってのは読んだことないけど、森の中とか見渡す限り大草原とかに放り出されて街にたどりつくまで凄い苦労をするんだよね。
可哀そうにね。
「……という訳ですから、あとはそこの小柄な女性のあなた、あなただけが残っています」
えっ、なに? 考え事してて話を聞いてなかった。
なに、何があったの?
「つまり、こちらにいる方たちは全員ステータスを確認してそれぞれの勇者としての役割を確認しました。で、残っているのは『癒しの巫女』と『豊穣の聖女』なのです。だからあなたがそのどちらかということになるのです。うまくいけば、お一人で二つの役割とか。ですから『ステータス』と唱えてください」
うわぁぁぁ、無理無理無理。ひとつでも無理だしぃ。
だ…駄目に決まってるじゃない。
でも、みんなが睨んでるし、仕方ないからわたしは小さな声で言ったよ。
「……ステェ…タスゥ……」
ピヨーーーン
目の前の空中にウィンドーが現れた。
氏名:和布流兎
性別:女性
種別:人族
年齢:……
……
……
……
召喚名:なし
……
「召喚名なしだとうっ?」
イケメンの王子様が突然顔を醜く歪ませたよ。
うわぁぁ、そんな怖い顔しないでぇぇぇ。
「ということは癒しの巫女でも豊穣の聖女でもないのか!? なんということだっ。なんて日だっ!!この女を放り出せっ」
えっえっえっ?、私鎧を着た兵士二人に両脇抱えられて運ばれているんですけど。
まるでこれから両親に両側から吊るされてお祭りに連れて行かれる幼児みたい。
ってそんな楽しい話じゃないよ、きっと。
そして一人の兵士が追いかけて来て、なにやらヒソヒソと耳打ちをしたんだ。
知ってる知ってる、これは召喚のことを一般人に知られたくないから口封じの一環として殺されるパターンだよ、きっと。
あれ……、なんかこっちは宮殿の裏門の方かな?
ああ、やっぱり人気のない所に連れて来られた。
やっと離されたけど少し下がって……剣を抜いた。一人は腕を組んで黙って見てる。
「役立たずは殺せという王子のご命令だ。ここで死んでもらうっ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ」
すると急に目の前の空間に黒いゴミのようなものが集まって、みるみるうちに人の形になり……白髪で赤い瞳の怖い顔した少年が現れたの。
前身は黒い皮の服を着ていて、ニヤリと笑ったときに鋭い牙が見えたから、これって登場の仕方からしてバンパイヤだっ。
「何者だっ、怪しい奴っ」「曲者だっ、斬れっ」
ドスッ
ドンッ
う…動きが見えなかった。
どうやらそのバンプ少年が自分より頭一つ大きい兵士に片手で突き飛ばしたらしいの。
鎧を着た大きな兵士が二人とも、じ…十メートルも飛んで行って、石の壁にぶつかってからズルズルと地面に倒れたの。
交通事故でも最悪のやつだよ。
そ…そうか、バンパイヤーはしょ……処女の血を吸うんだった。
「いや……近づかないで。あっち行ってっ!わたしの血はおいしくないから。び…美少女じゃないしっ」
そのバンパイヤはわたしを見て恐ろしい顔で笑った。
「美少女じゃないというのは賛成だが、血はおいしくないというのはどうかな?」
「いやぁぁぁぁっぁぁあ$%#&」
私は目をつぶって両手を振り回した。
非力なわたしがそんなことをしても何の意味もないけど、それしかすることはない。
トントン
誰かが私の足を小突いている。バンパイヤじゃない。
すごく小さい何かだ。恐る恐る目を開けると、バンパイヤの少年はどこにもいない。
で、下を見ると三頭身くらいの女の赤ちゃんみたいな生き物が私を見上げている。
背丈は私の膝がしらよりも低い。
なにか楕円形のボールを半分にしたような茶色の帽子を被っていて、体も同系色の茶色いワンピースで揃えている。
そして腰のところにベルトがあってそこから小さな布袋を下げている。
中身はなに? お菓子? お金?
するとその生き物はスルスルスルと私の体をよじ登って肩のところまであっという間に来た。
そして、ぜんぜーん重たくない。体重はないのだ。
さすがは異世界、ファンタジーだよ。
絶対人間じゃないよね。それに三頭身だもの。
生まれたばかりの赤ちゃんは三頭身だけど、二才なら四頭身、三才なら五頭身とかってあるじゃない。
だから三頭身で立って歩くのは人間じゃない。それに人間には体重があるっ。
じゃあ、何かと言うと。妖精! それしかないっしょっ。
っていうかぁ、それが今私の肩に止まって顔を近づけて来た。
「ちゅれてって」
ん? 自分を連れて行けってことかな?
「あのねぇ、わたし今それどころじゃないのよぅ。わたし自身これからどこへ行ったら良いか分かんないんだから、連れて行けって言われてもわかんないし。それに妖精の面倒までみる余裕はないのよ。あんたみたいなのを肩に乗せてると、絶対怪しまれるし」
するとその妖精は目を倍くらいに大きくしてから自分を指さして言った。
「ちーどぉ」
「チードォちゃんって言うの。わたしはルウよ、よろしくね。って、そうじゃなくって。あんたは怪しまれるから連れてけないっ」
するとチードォはまた顔を近づけて言った。いちいちそうしなくても他に誰もいないから、聞こえるって。
「あたち、みえにゃい」
えっ、見えないって? 見えてるじゃない。
あっ、そうか。わたしには見えるけど、普通の人には見えないってこと? あっ、頷いている。
そうか、妖精は自分が選んだ人以外には見えないんだった。
これも読んだことがある。ということはわたしは選ばれた? 何故? ここでは異世界人だから?
ここは裏門らしいけど、なんか壁の内側から騒がしい人声がして来た。そうか、さっき大きな音がしたものな。こうしちゃいられないよ。ここから少しでも離れなきゃ。
だいぶ離れたときに向こうの方で声がした。
「おい、どうした?」「兵士が二人倒れている」「なんだなんだ? 死んでるぞ」「大変だ。王子に知らせなきゃ」「あの小さい女がやったのか?」「まさか」
ちょっとぉ、『小さい女』とかわざわざそういう形容詞はいらないんじゃない?
でも、どうしよう。わたしがやったことになってる。やったのは、あのバンパイヤよ。
って、ここで呟いても、思いは伝わらないから、とにかく逃げようっ。
現代日本でも冤罪があるくらいだから、このファンタジーの世界じゃ状況判断で私が犯人確定、死刑確定になるっ。
という訳で私は夢中で走った。私は必死なのに、肩に止まってる妖精のチドォは暢気なもんで、
「ぎゃんばりえ、いちょげぇ」
とか言って喜んでいる。わたしは馬じゃないっ。
長い防壁沿いに走って、お城の正門に立っている門番の目にふれないようにコソコソと身を隠しながら街の方に出た私は通行人から思い切り注目されている。きっと私が高校の制服姿でそれがちょっと汚れてるのもあるけど、なによりもこの世界では見たことない服だからだ。
「おいっ、こっちだ。こっちで着替えろ」
誰かが私に向かって、角から手招きしている。どこかで聞いた声だ。しかもごく最近っていうかついさっき……バンパイヤだっ!
するとそのバンパイヤがあっという間に、それこそ一瞬目の前に現れてわたしを脇に抱えると路地の方に運んだ。
ああ、ここでバンパイヤに血を吸われる。
「あのな。俺にはダニーって名前があるんだ。バンパイヤって言うな」
「ダ…ダニーさん? わたしの血はおいしくありません」
「それはさっき聞いた。それよりその服を脱いで、こっちに着替えろ」
「な……なんですかその古臭い服は」
「古着屋から盗んで来た。ネット小説でも現代日本の服は異世界の服に着替えるってのはテンプレだろうが。このままじゃわざわざ注目してくれって言うようなもんだ」
「あっ、なぜそのことを? もしかしてあなたは召喚された現代日本人の仲間なんですか?」
「なに馬鹿なこと言ってるんだ。早く着替えろ。俺は外を見張ってるから」
そう言うと、私に背を向けて人が来ないか見張ってくれてる。
意外と紳士なバンパ…いやダニーさんだったか。
私は制服を脱いで…こういう場面は動画にするとアクセス数が伸びるとか聞いたことが…って今はそれは関係ないっ。
なんかこの古着、木綿なのかなぁ、ガワガワして肌触りこの上なく悪いよ。
しかも足がすっかり隠れるくらい長いから、裾踏んづけたら絶対転ぶね。
まず走るのはやめとこう。
なんか胸のところが余裕がありすぎるっていうか隙間風がはいりそうだよ、ぐすん。
そうだよ、悪かったね。
胸のサイズが小さいんだよ、わたしの方がっ。
「終わったか?」
おい、後ろを向いているのに何故ちょうど着替え終わったときに声をかけるんだ?
バンパイヤって後ろも見えるのか?
いやーん、エッチ。って、言ってる場合じゃない。
何故このバン……ダニーがわたしを助けるんだ。さっきもそうだけど、今も。
手段は殺人とか窃盗で真っ黒な犯罪そのものだけど、何故? それはやっぱりわたしの血が目当て?
「おい、お前の血はあと一年はいらないから心配するな。じゃあ、行くぞ。俺について来い」
あと一年はいらない?
どうせなら一生要らないって言ってよ。
あと一年経ったらわたしの血がいるのかな。
どういう意味なん…ですかぁ?
怖い、怖い、怖すぎるぅ。
「おい、早くしろ。お城の方から追手が来ないうちに行動するんだ」
ダニーとは、あのときで初対面なのに、なぜか事情を知っていて、わたしを守ってくれている気がする。
「だいじょぶ、だにぃ、みかたでしゅ」
そう耳元で言ったのはチドォだ。この二人はいったい……ああ、わからないっ。
何故かダニーはわたしたち日本の知識を持っている。そしてチドォはそういうダニーは味方だという。
もし、ダニーとチドォが召喚された日本人だとしたら……たとえば、わたしとあの五人があの魔法陣によって異世界に飛ばされた直後……たとえば……たとえばだけど、ダニーが運転する自転車の後ろにチドォが二人乗りで乗っていて、消えかかった魔法陣に突っ込んだら……ありうる。ありうるよね。
でも、そう……なんというのかな……位相空間なんたらのズレでそのままの召喚じゃなくって、別の肉体に転生してしまったのではないか?
そしてダニーはバンパイヤに、チドォは妖精になってしまった。そして召喚された場所がお城の裏門で、ちょうどそのときわたしが兵士に連れられ殺されるところに出くわしたから、状況を判断して咄嗟に行動したということ……そうか、そうに違いない。
そしてダニーは男でチドォは女だけど、どっちかが癒しの巫女でどっちかが豊穣の聖女の役割を持っているに違いないのだ。
そして余分なのが私で、それで計算がすべて合う。七人だ。
確か聖剣の勇者と神槍の勇者、戦斧の勇者。風弓の勇者、全属性の魔法使いの賢者の五人がそれに加わる……ああ、ファンタジーだなぁ。わたしだけが余計だなぁ、ぐすん。
あれっ、今わたし全然聞いてなかったから知らない筈なのに、五人の勇者の役割を全部知ってたよ? 何故?
「それは俺たちが聞いていたから、お前もわかったんだ。さあ、着いたぞ」
そう言ってダニーは大きな古ぼけたお屋敷の前で立ち止まった。えっ? 今なにか重要なことを言ったね? 俺たちも聞いていた?
どこにいたの? 見えなかったんだけど。で、あなたたちが知っていたらどうして私も分かってしまうの? わかんない。分かんないよ?
「ああ、めんどくさい奴だ」
いきなりダニーがわたしをお姫様抱っこして、飛び上がった。三メートル以上高いお屋敷の塀を軽く飛び超えると草深い庭に着地したよ。
「ここはついさっき見つけておいた。血がくそまずかったが、ここの管理人の爺さんを眷属にしたから、安全だ。どこかの貴族のお屋敷だったのが一族が絶えて持ち主がいない。俺たちの隠れ家には持って来いという奴だ」
「あのう、ダニーさん。わたし何が何だかよく分からないのですけど、確かにあなたはわたしを兵士に殺されるところを助けてくれました。そして古着を盗んでまでして着替えさせてくれました。そして身を隠すお屋敷まで用意してくれました。管理をしているお年寄りの血を吸ってまでして、それもこれもありがとうです。でもなぜ、何故ですか?何故そこまでしてわたしを助けてくれるのですか?
それに今さっき言った謎の言葉、あなたたちがあそこで聞いていたからわたしも知っているんだとか……謎、謎、謎だらけです。教えてください。いったい、あなたたちは?」
「腹が空いてないか? 「へ?」全く、よく喋るなぁ。それで口数が少ないってよく言えたもんだ? ちょっと待ってろ。いま用意させる」
へ? なに? 口数が少ないって、わたし言わなかったよね?
だいぶ前に心の言葉として呟いたことあるけど、どうして知ってるの?
心を覗けるとか? きゃぁぁぁ、怖い。
でもそうだ。朝も食べてないからおなかはペコペコなんだ。
思い出したら急におなかが減って来た。
いままで緊張していてそのことにも気づかなかった!
すると良い匂いがして来た。温かいスープの匂いだ。
これはそう……鶏のもも肉とジャガイモとキャベツと玉ねぎと人参をじっくり煮込んだスープの匂いだ。
それに焼きたてのパンの匂いがする。異世界にも酵母菌があるんだ、ばんざい。
腰の曲がったお爺さんがお盆に載せて食事を運んで来た。
「お嬢様、夕餉のお支度でございます。どうぞお召し上がりください」
そのご馳走を見た途端、おなかがグーッと鳴った。
ああ、恥ずかしい。でも、食べるのはわたしだけ?
そうかバンパイヤのダニーと眷属のお爺さんは必要ないし、チドォは妖精だから……いらないのか?
では遠慮なく食べよう。
ああ、生き返る。
スープがおいしい。
温かくて具が柔らかくって、もう最高。
パンも酵母の甘い香りがなんともいえない。
もうフワッフワ!
満足した。
お爺さんが暖炉に薪をくべてくれる。私は安楽椅子に腰かけてそのそばで暖をとっていると、もうなんにも考えなくって、なにもかもどうでも良くなる。
とにかく生きていられたんだから、もうそれだけで十分。
そのうち眠ってしまった……らしい。
目覚めると私は天蓋付きの大きなベッドの上で寝ていた。
「るぅ、おっきちた?」
何と隣から顔を出したのは妖精のチドォだった。
わたしはチドォに連れられて顔を洗ったり髪を整えたり、ネグリジェから服に着替えてから朝食に向かった…あれ?
なんか変なこと言ったな、わたし。ネグリジェから服に着替えて??
いつわたしは服を脱いでネグリジェに着替えたんだ?
「俺じゃないぞ」
突然現れたのはダニーだった。
「ベッドまで運んだのは俺だが、着替えさせたのはシードだ」
「シードって? まさかあのお爺さん?」
「なに言ってる、そこにいる種の妖精だよ」
「えっ、ここにいるのはチドォでしょ?えっ? 本当はシードっていうの?
シード、チード、チードォ、チドォ……なるほど。って、納得してるどこじゃない。なに種の妖精って? そんなのネット小説のファンタジーでも読んだことがないわ。妖精と言ったら花の妖精とか木の妖精とか植物の妖精はあるけど、種にも妖精があるの?」
「あるからそこにいるんだろう。さあ、朝飯を食べて来いよ」
「うん、わかった。わかったからちょっとだけ教えて。種のことシードって言うよね?
名前の付け方がそのまんまじゃないっ! いったい誰がこんなダサい名前をつけたの?」
「お前の知識を参考にして二人で相談して決めたんだ。お前の知識では確かに種のことをシードってことになってたからな」
「なになになに? 二人で相談して決めたって? じゃあ、ダニーの名前もあなたたち二人で決めたの? じゃあ、聞くわ。どうして、ダニーなの?」
「俺の前身はダニだからだ。マダニという吸血虫だよ。でもって、お前の知識の中にダニーという男の名前があったから、それをそのまま採用したんだ」
ちょっと待って、少し場面を巻き戻そう。
チドォじゃなくてシードで種の妖精ってことで、ダニーは血を吸うダニで……。
ってなんで種とかダニが人間の姿でわたしと一緒にいるの?
「まあ、落ち着け。じゃあ朝飯前に説明してやるからよく聞け。お前は勇者召喚になったんだよな? その前にお前は俺たちがいた草藪の中に転がって来たんだ。俺はお前の肌にくっついて血をたっぷり吸った。そしてお前の体に一杯雑草の種がくっついた。そこまでは良いか?」
うんうんそうだった。で? それで?
「そして勇者召喚になったんだが、召喚する勇者は7人で、本当はすぐ後からやって来た二人の女生徒も加わる筈だったんだ。お前は気づいていないかもしれないけど、同じクラスの保険委員の安楽康子と、園芸委員の土田育だ。二人の性格や仕事から判断して、多分安楽が癒しの巫女で、土田が豊穣の聖女になる予定だったんだろう」
へええぇぇ……、なるほど。
「お前たちはパニックになって気づかなかったんだが、まだ魔法陣が光っている最中にその二人も後から入って来ていたんだ。そして余計なのはおまえだけで、そのまま召喚されても、お前だけが『巻き込まれた一般人』という役割でステータスに書かれる筈だった」
なんか、色々グサグサと心に刺さる言い方されてるけど、ここは耐えて……で?
「だが、ここに不確定要素として、生命力の強いダニと雑草の種をつけたお前が入っていた。ただのお前だけだったら、『巻き込まれ一般人』一択で終わったんだが、なにしろ俺たちの生命力は半端ないから、魔法陣の方でこれは勇者枠だと判断したんだろう」
「でも、安楽さんと土田さんはどうしたの? 魔法陣の中に入っていたんでしょ?」
「つまり魔法陣が混乱してバズッたとしか説明できないが、二人は確かに召喚の資格があったのに、いち早くダニと種に唾をつけたもんだから、『巻き込まれ一般人』とも違う。それじゃあ、面倒だから置いて行こうとなったんじゃないかな?」
それって確かなことなの?
「俺の推理力は、すべてお前の頭脳レベルを基本にしてるんだ。文句があるなら自分の脳みそに言え」
そうなのか、ダニーの考えってわたしの脳の知識や推理力をそのまま使ってるのか。
だけど、それからどうすればダニーとシードができあがったのよ?
「それは俺にも分からんが、たぶん俺はお前の血をたっぷり吸ったから、勇者として召喚させるならもっとも近い存在のバンパイヤにしたんじゃないかな? そして雑草の種はたくさんあったから、それを総合的かつ包括的に表現して人格化するとすれば妖精の形しかなかったんじゃないかということだ」
違う。わたしはこんなに難しい言葉は使わない。
ダニーはわたしよりも頭がいいかもしれない。
それはともかく、で『癒しの巫女』と『豊穣の聖女』の件はどうなったの? どこにあるの?
「頭の良しあしについては知らないが、お前が忘れていることでも一度見聞きした記憶は俺は利用して考えることができる。それで後の方の疑問だが、それは俺もわからない。少なくても俺には癒しの力はない。ただ、俺自身は一応吸血鬼の『真祖』らしい。なにしろ俺のような種では一代目だからな。だから俺自身は腕や足がとれてもすぐ元通りになる。それは自分自身が対象になってはいるがいちおう癒しの力だといえる。ステータスには『超回復』というギフトがついている。今はそれしか分からない。それとシードは雑草の種だがステータスに『進化』というギフトがある。だから雑草は食べることはできなくても食用の植物に進化すれば豊穣とも結びつくことができるんじゃないかということだ。これで納得したか?」
うーん、まだ分からないことがあるよ。じゃあ、どうしてわたしのステータスに『巻き込まれた一般人』と書かれないで『一般人』とだけしか書いてなかったの?
「それはお前は俺たちの関係者だからだ。全くの無関係なら巻き込まれたと言えるが、俺はお前の血を吸ったことで従魔契約をしたと魔法陣に判断された。そのついでにお前にしがみついてる雑草の種の妖精も、お前と主従契約をしたと判断されたので『巻き込まれ』にはならなかった訳だ」
なるほど、でダニーがわたしの知識を知っている訳はそういうこと?
「そうだ。契約することによって、お互いの魂にパスが通る。だがお前は鈍いからなかなかそのことに気づいてくれない。今まで説明したことも本当は阿吽の呼吸で察する筈だった」
わ…悪かったわね。はいはい、どうせわたしはにぶちんですよ。
で、これからわたしたちはどうすれば良い?
「まず情報収集だ。この世界のことを知ってから、自分たちはこれから何をすべきか判断していかなきゃいけないだろう」
「わかった。それじゃあ、これから情報収集に出かけよう」
「その前にお前は生身の人間だから朝食をとって栄養補給をしろ。俺は満腹になるまでお前の血を吸ったから、一年間は吸わなくても良いんだ。それがマダニってもんだ。シードは……まあ、それは今は良い。早く食べろ」
お爺さんがまたお盆に載せて温めたミルクとパンと焼きたてのソーセージ、それと葉野菜のサラダを持って来た。
おいしかった。ところが食後のわたしの前の現れたダニーは手にハサミを持っていた。
「な…なになになに? そのハサミどうするの?」
「そのままの格好じゃ、お城の兵に掴まるだろう。ここは髪をバッサリ切って男の子の振りをしたらどうだ。さいわい体形的にもちょうど「ゴチーン!」いてて」
「今言おうとしたわね。体形的にも問題ないって。特に胸のあたりとかなんとか言いたかったんでしょっ! それと女の髪を何だと思ってんのよ。髪は滅多に切るもんじゃないのっ。男の子に偽装するならバ…バンダナを巻いて誤魔化すわよ」
本当は少しも痛くない筈なのに、ダニーじゃ痛そうにあばらを押さえて言った。
「お前、性格がだいぶ変わったな。もっと気の弱いキャラじゃなかったのか」
よ…余計なお世話です。そうだ、そういえばわたしは臆病で内気で口数の少ないチンチクリンのちび女だった。思い出してしまったじゃないか……。
考えてみれば、女は滅多に髪を切らないからこそ、切るべきなんだ。
何かを守ろうとすれば何かを捨てる覚悟をしなければ。
これは遊びじゃないんだ。
つかまれば必ず殺される。
何を言っても通じない。
それを髪を切るのは格好悪いから嫌だとか言ってるわたしは馬鹿か?
頭がお花畑か?
バンダナ巻いて誤魔化すって?
そんなの、バンダナを取ってみろと言われるに決まってる。ああ、馬鹿だった。
ダニーに謝ろう。
「謝る必要はねえよ。それじゃあ、良いんだな?」
「うん、お願い。男の子らしくね」
ジョキジョキジョキ……
わたしの髪が落ちていく。
ジョキジョキジョキ……
ひと房ずつ女が落ちて
男になって行く。
「できあがったぞ。鏡を見るか?」
わたしは鏡を見て驚いた。
イケメンの美少年だ。
女のときはチビブスだったのに男になった途端イケメンってどゆこと?
お……男顔だったのかな?
それって女としてどうなの?
ねえ、どうなのどうなのって、わたしは誰に言ってる?
「もう良いか? 今度は男の服だ。これも古着屋から盗んできた。もちろんお前のいう窃盗罪という犯罪だ。だがこれはこの世界に理不尽にも連れて来られさらに殺されそうになったお前が生き延びるためにやむなく必要としている犯罪だ。そういう意味では道端に自分の食べた弁当のゴミを捨てていく人間の方が罪深いと思う。そいつらはそうしなくても生きて行けたのにそうしたからだ」
ああ、なんだかダニーは妙な理屈を言い始めた。でもなんだか納得してしまう。それはわたしの脳内知識をもとにして喋っているからだろうか?
「これから俺を男として意識しないでほしい。できるか? 俺はお前の血を吸ったダニだよ。そしてお前の使い魔だ。だからお前の着替えに俺も参加する。シードはお前の着替えをするだけでぶっ倒れるほど疲れてしまった。ましてこれからすることは力がいることだし、男のセンスが必要だ。わかったか?わかったら脱いで下着だけになれ」
……もっともな話だ。捕まったらおしまいだ。
それを下着姿が恥ずかしいとかキャアのキャアのと言ってる余裕はない。
女も度胸だ。男になるには女を捨てるんだ。わたしはドレスを脱いで下着だけになった。さあ、殺せっ。なんでもやってやろうじゃないかっ。
「いやいや殺さねえから、まず女はいくら発達が悪くても体のシルエットが独特の丸みがある。肩にパットを入れてさらに広背筋の代わりの張りぼてを脇の裏につけてから胸から背中にかけてさらし布をきつく巻く。そして尻の丸みにはビシッとした締まりをつける。
取り合えずこれで体形は胡麻化す。次に…」
まだあるのかいっ。えっ、なに? どうして顔に顔料をぬるの?
ダニーは筆に黒い絵の具を含ませてわたしの顔でお絵かきを楽しむ積りらしい。
「このフェイスペイントはいまこの世界の少年たちの間で流行ってるんだ。まあ、未開人の戦士が敵を威嚇するための化粧みたいなものだ。歌舞伎の隈取みたいなものを考えれば良い。これでますます顔の女っぽさが胡麻化せるんだ。よし、後はここに赤い色の線を入れてこれで完成だ。そしてさらに」
今度はダニーはナイフで指先を切って、出た血を小さな盃に垂らした。
「これを飲め」
ちょっと待って。バンパイヤの血を呑めば眷属になってしまうのでは?
「ならないよ、俺の血はお前の血が主成分だからならない。その代わり俺の体内に入ったことで変質してこの血を呑めば、超回復力と怪力が一時的に身に着く。
これで、男らしくなるってわけだ。この場合の期限はせいぜい一日だけどな」
私は目を瞑って飲んだが、意外と癖がない味だった。
すると胸の奥が熱くなり、なんか遠吠えしたくなった。
試しにそこにあったステッキを手に持ってクイッと曲げるとボキンと折れた。
まるで割り箸を割るようにだ。
か…怪力だ。
きっとリンゴを握れば、あっという間にリンゴジュースになるかも?
電話帳があったら一度に全頁まとめて軽く破けるかも。
さてこうしてわたしとシードとダニーは情報収集のために街に乗り出した。
薫は本を閉じてから祈った。『どうか、読者神に祈りが届きますように』、そしてコメントを書いて転生神に渡した。
そして次の特殊書籍は……
読者の諸神よどうかリアクションを!