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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
16/39

ローリー (未完)

これは特殊書籍の15冊目になります。

ローリー

僕は10歳。名前はローリーっていう男の子だ。生まれたときから、あれこれと変なことを考えるのが習慣みたいになっていた。


生まれて間もなく目が見えるようになった頃、両親や兄の顔を見て「ずいぶん若いな」「幼いな」と考えたのを覚えている。そして、この世界の文明は遅れているとも思った。そんな風に「変な赤ん坊」として生まれてから10年。僕は畑仕事など家の手伝いをしながら、村の子供たちとのんびり平和に過ごしてきた。


ある日、僕は村の子供たちと一緒に野生のリンゴの木に登って実を採っていた。そのとき、何かの拍子に足を滑らせて枝から落ちた。地面に落ちて気を失ったらしい。そのとき、僕は思い出したのだ。


僕には前世があり、日本という国で95歳まで生きていたということを。95年分の記憶が、目まぐるしいスピードで蘇ってきた。


そうか、だから僕は生まれたときから自我があったんだ。前世の記憶はなかったけど、自我があったから変な子供だった。周りの子供たちが子供っぽく見えて仕方なかったのは、そのせいだったんだ。


新しい人生、そして世界の探索

つまり、わしは前世で死んだ後、全く見知らぬこの世界に転生したということになる。それを知ったとき、儂は呆然とした。


そして、このままではいけないと思った。今の儂は、この体の中でただぼんやりと生きているだけ。放っておけば運動も苦手で、不活発でろくな人間にならないだろう。こういう風に子供時代をぼんやり過ごしていいのは、前世の日本のように平和な世界での話だ。ぼんやりしていても、学校を出て自分に合った仕事を見つければ、それなりに生きていけた。


**けれど、ここは違う。**儂はこの国の文字も知らない。というか、村人のほとんどは文盲だ。農作業以外にできることはなく、もし暴力的なことに巻き込まれたら、自衛手段を持たない。


儂はまず、この世界がどれだけ安全か調べたいと思った。10歳にもなって、この村の外のことは何も分からないのだ。


村には教会があるが、キリスト教会とは違って十字架が屋根についていない。そこにはマルマ神という女神がいて、大地と豊穣、生殖の神だとされているらしい。教会に神父はおらず、村長が管理している。農業の神様だから、収穫祭ではお祭りをして祝うのだ。


教会には分厚い聖書が備え付けられている。それは羊皮紙でできていて、背の部分が金属、しかも鎖で壁に繋がれていた。持ち出しはできないが、閲覧は自由だ。ただ、村の中でこれを読めるのは村長くらいだろう。


儂は文字は全く読めないが、その聖書を書き写すことで字の形を覚えることにした。紙もペンもないので、木の札に文字を彫って写した。木の札は、森で使った鳴子の後のものが焚きつけ用にたくさん捨ててあったので、それを拝借した。彫刻刀がなかったので、釘の先を河原の濡れた石に擦って研いだ。


そうやって、同じ文字が重複しないように彫っていくと、文字の数は28個あることが分かった。英語のアルファベットのように、一つ一つの文字には読み方があるのだろうが、それは分からない。


そんなある日、村の鍛冶屋を覗いたとき、すごい発見をした。なんと、鍛冶屋には農具や剣などの製品の絵が羊皮紙にインクで書いてあり、その名前が単語でも書かれているのだ。そういう羊皮紙が何枚も壁に貼ってあったので、儂は絵を見てその読み方が分かった。


それによると、この国の文字は日本のひらがなや韓国のハングル文字のように、単語を見ただけで発音が分かる表音文字だということが判明した。母音の数は18種類で、その他は子音に使われる文字だ。相変わらずアルファベットの読み方は分からないが、儂はこれで聖書を読めるようになった。


聖書の内容は、だいたい9割方理解できるようになった。地母神マルマの誕生から始まる神話で、その中に農業や生殖に関する教えが入っている。とにかくこれで、儂は書物を通じて様々な知識を得る力を手に入れたのだ。


文と武、そして秘密の取引

書物を読む力**「文」の部分の他に、儂は「武」**の部分も少し心がけるようになった。生まれてから10歳になるまで、前世の気質を引き継いで、頭でっかちで体を動かすことが苦手なままだった。しかし、自分の両親を見ると、体を使うことを厭わず運動神経も良いようだったので、自分にも素質があることが分かった。


だから、武の基本は走ることだと思い、前世の記憶が目覚めて以来、毎日走り込みをするようになった。村の周囲は柵に囲まれている。その外周には畑があるが、その外側を走ることにした。外周は、測ってみると5kmくらいはあった。


また、偶然にも村の外れに住んでいるアルバさんという男性が、エア剣術をしているのを見かけた。それは剣の素振りとは違い、常に自分の背後を斬るような動きをする型だった。斬り方も右手一本で柄を握り、斬る動作の時は右手首に左手を添えて、剣速と斬撃を強めるようにしていた。斬る方向も横薙ぎや唐竹割り、斜めに斬ったり突きを入れたりと変化がある。剣を振るうたびに「ビュンビュン」と風切り音がするのがすごかった。


後で聞くと、アルバさんは剣士で村の自衛を担当している人だそうだ。儂はその動きを簡略化したものを、走りながらしてみてはどうだろうかと考えた。剣と同じ長さの棒を振るのは疲れるので、運動会のバトンくらいの長さの棒を剣の代わりに振ることにした。


そのやり方は、全力疾走を10mほどしてから、ワンセッションのエア剣術の型を行い、その後に少しゆっくりめに走って体を休めるという繰り返しだ。これは結構きつかったが、これを続ければ心肺機能が高まり、全身のバネが強くなるだろうと思った。走ることを続ければ、何かあったときに逃げて命を守れるはずだ。儂はかなり真剣にこれに取り組んだ。


ガブルの実と文通

村には年に4回、季節ごとに行商人の馬車が来る。村人には現金があまりないので、物を売ったお金で品物を買う。


前世の記憶に目覚めてからのことだが、行商人のブリットさんが村での売買を終えて帰り支度をしているときに聞いてみた。


「ねえ、ブリットのおじさん。さっき村長さんと話しているのを聞いちゃったんだけど、悪魔の実ってなに?」

「ガブルの実のことだよ。知ってるか?」

「近づくと匂いで涙や鼻水が出て、食べると吐いたり下痢になったりする毒の実だよね。赤と白のまだら模様で、子供の拳くらいの大きさ。見つけるとみんな集めて燃やしてしまうから、森の奥に行かないとないと思う。どうしてあんなもの欲しがるの?」

「聞いていたのか。実はあれの皮が安眠の薬になるんだ。果肉も熱処理をしたりすると何かの薬になるらしい。王都では需要があるんだよ。でも村長さんは悪魔の実だから触れると呪いがあると言って、採取するのを断ってるんだ」

「迷信だね。もしこっそり採ってきたら買ってくれる?」

「危険だよ。森の奥にしかないっていうし、村長さんに見つかったら家族ごと村八分にされるかもしれない。ここだけでなく、どの村に頼んでも断られるんだよな」

「うん、そうだね。危ないからやめとくよ。じゃあね」


話はそれで終わった。でも、儂はちょっと思いついてブリットさんのところに戻った。


「野生のリンゴは買い取ってくれる?」

「無理だね。王都の人は酸っぱがって食べないよ」

「たとえばこのくらいの布袋に一杯詰めてきたら?」

「リンゴ酢の原料なら、銅貨一枚だね。けれど馬車で運ぶと運賃の損になる」

そこで儂は声を落とした。

「けれど、底の方に良い実が入っていたら?」


儂の思わせぶりな提案に、ブリットさんはそれが何を意味するのか分かったらしく、ニヤッと笑った。


「……良いね。じゃあ、この布袋を預けるからリンゴで一杯にしてくれ。次にここに来た時に銅貨一枚と交換だ。良い実については、帰り際に見せてもらうよ。次は羊の月の初めに来る予定だ。良い実は日に当てないでおけば、採ってから10日はもつだろう。だが、なるべく採れたてが良い」

「わかった。ここだけの話だよね?」

「そうだ。絶対に秘密だ。ところで、ローリー、対価として君は何が欲しいんだ?」

「これは秘密だけど、本が読みたいんだ。教会の聖書しか読む本がなくて」


「これは驚いた。字の読み書きができるのかい?……そうだな。本はとても高い。良い実だけでは何百個もないと釣り合わない。だけど、新聞の古いのなら持ってこれるかもしれない。それと……実は君が読み書きできると聞いて思いついたんだが、良い話があるんだ」


ブリットさんは羊皮紙に書いたものを取り出した。


「これは商業ギルドに出された依頼だ。もう何か月も前から出されていたんだが、誰も引き受け手がないから、私が持って歩いているんだが、読めるかい?」


儂はその依頼文を読んだ。

『募集:王都から遠く離れた村の少女で読み書きができる人。文通をしながら村での生活の様子や出来事など教えてくれること。若干の情報料の謝礼を用意する。なお紹介者には紹介料として金貨5枚。キャシー』


「これは女の子ですね。そして求めているのは少女の文通相手では?」

「君の名前はローリーだね。女の子にもそういう名前があるから構わない。どうせ、一、二回の手紙で書くことがなくなると思うから、ばれやしないよ。私は紹介料が手に入るし、君も謝礼がもらえる」

「あのう、手紙を書くには羊皮紙とかインクやペンがいりますね」

「羊皮紙じゃなくて、今は紙というのがあるんだ。植物成分を加工して作った薄っぺらいものだ。引き受けるなら、一回分を渡しておく。手紙セットだ」

「あのう、相手の人はどんな人ですか?」

「それは商業ギルドでも秘密なんだそうだ。私は手紙をギルドに届けて、返事の手紙を受け取って、次にここに来るときに届ける。そういうことだ」


儂は前世で若い頃文通をしたことがあるので、待つことには慣れているが、それにしても郵便制度がないこの世界では待つ期間が長すぎると思った。少なくとも3ヶ月……100日近く返事が来るのに時間がかかる。返事を受け取ってすぐ書かないと、次に出すのはさらに3ヶ月後になってしまう。


「すみません。ブリットさん、1時間出発を遅らせてくれませんか?その間にキャシーさんに手紙を書きます」


ブリットさんは出発前にすることがあるそうで、それくらいの時間はあると言ってくれた。そこで、儂は急いで手紙を書いた。


紹介料に金貨5枚を払うというからには、かなりの金持ちだろう。儂たちのような村人からすれば、何ランクも上の上流階級の人間のはずだ。年齢も案外、かなり上の大人の女性かもしれない。一つの知識として田舎暮らしに興味を持っているのだろう。


儂は少女の振りをすることに非常に後ろめたさを感じたが、王都の人と文通をすることで色々な情報を得ることができると思い、こんなチャンスはないと引き受けてしまった。それにブリットさんに協力しておけば、何かと今後も益になると計算してしまったのだ。


儂は覚えたての字で早速手紙を書いた。


キャシーさま。

私は王都から馬車で二週間くらい離れた、遠い名前のない村に住んでいるローリーという10歳の子供です。

私たちの村は80軒あって、ほとんどは農家です。

私のところは両親の他に兄が一人、妹が一人の5人家族です。

田舎の生活ぶりを知りたいということですが、どういうことを知りたいのか分からないので、とりあえず思いついたことを書きます。


村には井戸が二つあって、主に飲み水や料理に使っています。そしてすぐ近くに川が流れていて、そこでは洗い物や、夏などは水浴びをします。


それと、女の子の暮らしぶりを知りたいと思いますので、村の女の子たちがどんな様子かを書きます。

まず、女の子は男の子たちとあまり変わらず、一緒に遊びます。「人攫いごっこ」とか「盗賊と騎士」とか「暗殺者は誰だ」とかは一緒にやります。


そのほか、採取の仕事もやります。木の実や野生の果物、山菜、キノコ、鳥の卵など、畑で収穫する以外の食べ物を集めるのです。


けれど、男の子はやんちゃですから、木に登ってリンゴの実を採ったりしますが、女の子は下でそれを受け取ってスカートで磨いたりします。山菜を採りに行く時は、男の子は藪や枝を払って先に歩く道を作ったり、周囲を警戒したり、ウサギや鳥を投石で狙ったりしますが、女の子は採ったものの数を数えたり、揃えたりします。


畑仕事もみんなやりますが、特に力のいる仕事は男の子、細かい仕事は女の子がします。


あと、家の中では、女の子は主に手仕事で繕い物や機織り、料理、掃除、洗濯をし、男の子は薪割りや水汲みをします。


けれども、女の子でも力仕事をすることもあるし、男の子でも器用な手仕事をすることもあります。


以上です。


それと、この手紙に謝礼をくださるということですが、それはいりません。その代わりに、私は村から外に出たことがないので、王都の様子を教えていただければ嬉しいです。


この次にあなたから手紙が来るのを楽しみにしています。


名無し村のローリーより


手紙を書き終えてブリットさんに渡すと、彼は受け取らず、封筒をくれた。

「自分で入れて表書きをして、封蝋をするんだ。押印に使うものは何でもいい。これになにか彫ってくれ」


渡されたのは、印鑑を彫る小指くらいの固い木の棒だった。儂は釘で作った彫刻刀で自分のマークを彫った。

「なんですか、これは?」

「スマイルマークです」


つまり、円の中に目の代わりの点を二つと、口角の上がった口を表す上弦の弧で描いた、例のあのマークだ。


「つまり、笑顔をデザインしたマークですね」


それをブリットさんが出してくれた蜜蝋を垂らした上に押しあてた。


「これで完了だ。次にきっとキャシーさんの手紙を持ってこれると思う。そのときまた頼む。ところで、新聞を持ってくるのと、この手紙を運ぶことで、例の件はチャラでいいんだね?」

「銅貨一枚はもらいますよ」

「ははは、それはカモフラージュだけれどね」


ブリットさんとの秘密の取引はそれで終わった。


秘密の洞窟と王女様

儂は悪魔の実と忌避されているガブルの実を捜した。まだ花を咲かせる時期ではないが、枯れた残骸と一緒に新芽が育っているはずだ。実が成る頃には、村長たちの指導のもと、村人たちがガブルの実を茎や根ごと引き抜いて燃やしてしまう。だから、村の近くには残骸も新芽もない。


たまたま儂が興味を持って残骸や葉の形を覚えていたので、その記憶を頼りに捜すことにした。けれども森の奥は危険だ。猛獣や魔物がいる。だから儂は、森の浅い所で、しかも目立たない場所に採り残しがないか捜して回った。


散々何日も探し回ったあげく、ほぼ崖に近い急斜面に残骸を見つけた。その場所は、崖の上からは死角になっていて見えにくかったのが幸いだった。


ほぼ四つん這いになってそこまで降りて行くと、どのくらいの数がありそうか皮算用をしてみた。けれども、村長たちに見つからないとも限らない。他にもないか、儂は万一の時の保険のつもりで更に探索を続けた。


そしてついに、儂は隠れ洞窟を見つけたのだ。洞窟と言っても、藪に隠れた入り口は大きな岩で塞がれていたが、それでもわずかな隙間があり、儂のような子供が通れるくらいの大きさだった。そこを四つん這いに匍匐ほふく前進して行くと、10mほどで出口になり、今まで見たこともない場所に出た。


広さは1haもあるだろうか。野球やサッカーが余裕でできる広さだ。周囲は崖に囲まれていたが、昼頃だったせいか日が高かったので、一面日差しを浴びて明るかった。そしてそこに、ガブルの残骸と新芽がたくさんあったのだ。他にも珍しい植物がたくさんあった。周囲と隔絶されていたので、人の手が入っていなかったようだ。特にそこに咲いていた花はとてもきれいで、あまり見たことのない種類ばかりだった。


この隔絶した場所の中に入ってくる生き物は、鳥くらいだろう。大きな獣はいないようだ。ただ、大きな獣だったと思われる白骨は見つかった。きっと崖の上から転落して死んだのだろう。


それ以来、儂はその場所を自分の秘密の場所にした。


羊の月に入るとすぐにガブルの実を収穫し、袋の半分に詰めて、その上に野生のリンゴを入れて隠しておいた。


数日後、ブリットさんが馬車で来た時、まず彼からキャシーさんからの手紙と、返事を書くための紙を受け取った。


封蝋には、何やら立派な印が押してあった。


名無しの村のローリーさんへ


お手紙ありがとうございます。


はじめに、私の名前はキャサリンです。歳もあなたと同じ10歳で、平民の女の子です。ですから、キャシーは愛称になるので、「様」をつけるのはやめてくださいね。


私の家族は両親と兄二人と弟二人です。七人家族ですね。


あなたはとても文が上手なので驚きました。人から聞いた話だと、農村の子供たちは字を習っている子が少ないということでしたので、文通相手は見つからないだろうと言われていたのです。


ほとんど諦めていたので、あなたから手紙が来た時はとても嬉しかったです。もう、中身を読む前から部屋の中を飛び回って喜びましたよ。


あなたの村ではみんな字を読めたりするんですか?普段どんな本を読んでいますか?


私は物語が好きで、特に『龍王と小人姫』とか『伯爵令嬢シャルロッテの恋』のシリーズがお気に入りです。


ああ、それとあなたの手紙の中身はとても新鮮なので、驚きました。石を投げて鳥やウサギを獲るなんてすごいですね。


それと遊びの名前ですが、「騎士と盗賊」は街の子も遊んでいるから分かりますが、他の二つの遊びは分かりません。どんな遊びですか?


それと気づいたことは、村の子はとても働き者ですね。


王都のことを知りたいとのことでしたが、王都は高さ15mの石の壁に囲まれています。その周囲を歩くだけで、一日かかってしまうかもしれません。


東西南北に大きな門があって、その高さは5mもあります。中に入ると、そこは平民街で、外側を囲むように建物が立っています。商店とかギルドとかも平民街にあります。


そして、さらに王都の中心近くにまた、10mくらいの石壁がぐるりと立っていて、その中に入ると貴族街になります。貴族街にもお店はありますが、そんなにたくさんはありません。


そして王都の一番中心は王宮になります。それはやはり10mの高さの石壁に囲まれているのです。もちろん、その中には王様や王族の人たちが住んでいます。


あと、私は普段はどんなことをして過ごしているかというと、お買い物をしたり、刺繍をしたり、お茶会とか礼儀作法やダンスの練習をしています。あとは勉強ですね。歴史とか経済とか。


ところでローリーさんにはなにか夢とか希望とかありますか?


私は色々なところを旅行してみたいです。


ではまたお手紙をお待ちしています。


町娘のキャシーより


儂は急いで返事を書いた。正直に、この村は村長以外は文盲だということ、そして自分がどのようにして字を覚えたかも順序良く説明した。そして、本は教会の聖書しかなくて、読む本は一つもないことを白状した。


けれどもそれだけでは癪だったので、どうせばれないと思って、口伝えの物語ならあるといって、『桃太郎』や『浦島太郎』のあらすじを簡単に紹介した。そして、キャシーさんが読んでいる本の中で、この国の歴史や経済に関するものがあったら読んでみたいと書いた。


あと、「盗賊と騎士」は泥警どろけいのようなもので一種の鬼ごっこなのは周知のことらしいが、「人攫いごっこ」は『花いちもんめ』、「暗殺者は誰だ」は『かごめかごめ』みたいなものだと説明した。ついでに、村では流行ってないが、前世の遊びで『色鬼』や『だるまさんが転んだ』というのも少し脚色して紹介した。


キャシーさんの手紙を読んで気がついたのだが、どう見ても普通の町娘の暮らしではないと思う。「礼儀作法やダンス?お茶会?」刺繍はともかく、料理や掃除、家事などのことは全然書いてない。しかも、「村の子はよく働く?」って……あんたが働かなさすぎるだろ!お姫様かーい、と。


そこまで考えて、「あっ、もしかしてこの相手は、自分とは絶対釣り合わない身分の人間ではないだろうか」と思ったりした。


そろそろブリットさんの商売も終わった頃だと思い、例のリンゴの袋を背中に担いで村の広場に行った。ちょうど村人がいなくなっていたので、ブリットさんにリンゴの袋を渡した。そして小声で言った。

「下半分入ってます。近づくと匂いがするので、他の人にばれたら困るのでですぐしまってください」


ブリットさんは黙って頷くとすぐに馬車に積み込み、代わりに新聞の束を持ってきた。ちょうど廃品回収に出す古新聞の束のような、15cmほどの厚さになっているものだ。


「古い新聞で、読まれずに積み重なっていたものを、安い値で譲ってもらってきた。これを読めば世の中のことが少しは分かるんじゃないかな?ただし、時事用語が分かるかどうかは知らんが」

「分からない言葉はメモしておいて、次にここに来た時に教えてもらいます」

「まあ、私は商人だから少しは世の中の動きを勉強してるからな。だが、教えるのはただじゃないぞ」

「何が欲しいんですか?」

「薬草が欲しいな。採った後、陰干しにしたものにすれば何か月ももつ。けれど、薬草によって葉とか茎とか根とか、どれが効くかは専門的になる。この『薬草の手引き』という薄い図鑑を見るといい。それと、干してしまったらどれがどれだか見分けがつきづらいから、仕分けして別の袋に入れて名前を書いておいてほしい。干すまでの処理や保管に気を付けてくれ」


そしてブリットさんは手引きと保存用の袋を数枚くれた。


「あのう、石灰の粉はありますか?」

「肥料用のがあるが、何に使うんだ?」

「干した薬草を袋に入れても湿気を吸ったらかびてしまいます。乾燥を保つためです」

「ほう……それは知らなかった。これは情報料だ」


そう言いながら、白いハンカチをくれた。よく見ると、きれいな薔薇の刺繍がしてあって、『わが友ローリーさんへ』と縫い込んであった。


「これ!キャシーさんが僕にくれたもんじゃないですかっ!」

「うんうん、そうだね。預かってきたから後で渡そうと思ってたんだ。ところで……」


ブリットさんは急に真剣な顔になって儂に言った。

「封蝋の押印を見たろう?この子は普通の家の子ではない。絶対言っちゃあいけないけどね。慎重に身分を隠しているようだけど、子供だから間が抜けているんだな。それにこういう刺繍の趣味というのは、それなりの身分の御婦人方がなさることだよ」


「ブリットさんはこの押印を見れば、相手の家柄が分かるはずですね?」

「いや……言わないでおこう。私も君も気がつかなかったことで通そう。いいね?」

「…………はい……」


その後、儂の手紙を封筒に入れて封蝋した。けれども何か忘れている気がする。そうだ。刺繍入りのハンカチをもらったのにお礼の言葉を書いてない。もう封印してしまった。


それじゃあどうする?ハンカチに見合う贈り物はないか?

儂は自分の服を触った。ポケットには何もない。しかも手作りの物と言ったら、封蝋に押す印鑑しかない。


儂は頭を掻きむしった。ああ、何かアイデアはないか?せめてハンカチを先に貰っていたら、考える余地があったのに!


けれども、そろそろブリットさんは次の場所に移動しなければならない。

くそーーーっ、いてて。

しまった。髪の毛を抜いてしまった。


儂は自分の両手の指の間に絡まった抜け毛を見て、これしかないと思ってしまった。抜けた髪の毛を三つに分けて、儂は三つ編みをし始めた。


「おい、何をやってるんだ?」


ブリットさんが不審な目で見ていたが、もう引き返せない。それを一円玉くらいの円盤状にまとめると、紙を一枚もらって、走り書きをする。


わが友のキャシーさんへ


素敵な刺繍入りのハンカチをありがとう。


私には返せるものが何もないので、私の命の一部である髪の毛でブローチ用の飾りを作りました。友達だった記念の印として貰ってください。


名無し村のローリーより


その紙で髪ブローチを折り畳むように包んで封蝋をして、表書きを『PS. キャシーさんへ ローリーより』と書いた。


「これもお願いします。一緒に渡してください」

「おいおい、お前って変なことするなあ」


なぜかブリットさんは呆れた顔をしていた。その後で気がついたが、髪の毛というのは死んだときの形見に残すということを思い出した。異世界でも同じ意味かもしれないと思ったが、もうその時はブリットさんが出発した後だった。


渡された新聞は『王都タイムス』という新聞で、主に壁に貼り出す用のもので月に一度の発行だった。期間は10年間くらいで、120枚ほどあった。新聞というより、壁新聞というか貼り紙みたいなもので、字も大きい。


10年前、隣国との戦争に勝って凱旋したことをきっかけに新聞を始めたらしい。この国がタステニア王国という国で、二人の王子が妹が生まれたことを喜んでいる、というおめでたの記事が載っていた。王都周辺の街道に出没していた盗賊団が、騎士団と冒険者の合同チームによって殲滅させられたことなども載っていた。


内容は政府広報のような、国全体に関わるような事件などを中心に書かれている。つまり、購読者を募って販売する新聞ではなく、国が立て札のようにみんなに見せる壁新聞だということだ。


全部その日のうちに一気に読んでしまってから、あることに気づいてしまった。


創刊号の新聞に載っていた、生まれた王女の名前がキャサリン・ヌベルク・タステニアだったのだ。


それでブリットさんの言っていた、キャシーさんの身分のことに合点がいった。


これはまずい。儂は王族に向かって嘘をついていた。儂は少女じゃなくて少年だ。嘘をついたら不敬だから打ち首だろうか?


待てよ。キャシーさんだって、自分は平民の娘だって嘘をついたじゃないか。町娘キャシーじゃなくて、タステニア王国の第一王女キャサリン・ヌベルク・タステニアじゃないか。


けれど、王族が村の子供に嘘をつくのと、村の子供が王族に嘘をつくのは同等ではない。


儂はそれ以上考えるのをやめて、例の秘密の洞窟に新聞の束とキャシーさんの手紙とハンカチ、そして薬草の手引きを隠すことにした。


けれども、野ざらしにすれば紙はすぐに傷んでしまう。儂はこの広場の真ん中に、木や竹を使った簡単な家を作ることにした。鋸を使って、広場に生えている木や竹を同じ長さに切り揃える。スコップがないので、マキリで穴を掘り、そこに柱を立てる。竹を縦に割ったものを横に張って、柱にロープで縛りつける。毎日少しずつ作っていき、10日ほどかけて簡単な小屋を作った。


広場は崖に囲まれているせいで、ほとんど風がない。屋根は草で覆い、壁は竹を使って籠のように編んで作った。こうして秘密の広場に秘密の小屋を作り、中に自分の秘密の持ち物を隠しておいたのだ。


ここでは周囲を走り回ったり、アルバさんの剣術の型を真似したりして、こっそり体を鍛えることにした。集めた薬草もここで乾燥したり、保存したりするようにした。


けれども、図鑑を見ながら薬草を採取するのだけれど、本当にそれで良いのか自信がないのだ。


そこで儂は、村に薬草に詳しい者がいないか捜すことにした。そしてその人物はすぐに見つかった。村で狩人をしているザックさんだ。彼は村の周囲に広がる森を歩き回って生活している。家は村はずれにあって、13歳の娘ノバさんと一緒に暮らしている。村の人たちは、ザックさんがとてもよく効く傷薬を持っているので、ときどき分けてもらっているそうだ。


なんとなく薬草に詳しそうだったので、儂は川で釣った魚を紐で繋いで束にしたものを手土産にして訪問した。


「ほう、お前がローリーという坊主か。で、俺に何の用だ?」

儂は薬草の手引きを見せた。

「ここに載っている薬草の見分け方を教えてもらいたくて」

「俺の方で教えるわけにはいかない。けれどお前が持って来て見せるなら、合ってるかどうかは教える。それでいいか」


儂は今まで集めたものを出して見せた。薬草の手引きの二割程度の内容だが、ほとんどは少し干からびていたりしていて、判別しづらかったと思う。


ずらっと見た後、ザックさんは一つの標本を手に取って儂の前に放った。

「よく似た毒草だ。後は合っている。これでいいか?」

「また持ってきます」


儂は標本をしまって、おいとましようと腰を上げた。


「ちょっと待て。このペースなら残りの薬草全部終わるまで、あと四、五回はかかるだろう。それも面倒だ。ノバ、お前が教えてやれ」

「あたしが?」

「そうだ。群生地は教えるなよ」

「わかった。あんたローリー?ついて来な」


ノバは乗馬ズボンのようなたっぷりしたのを履いていた。儂を顎で誘うと、スタスタと先を歩いて行った。


少し歩いたところで立ち止まると、周囲に生えている草を手で示しながら言った。

「この中にあるよ。自分で見つけてみな」


何があるとは言わない。儂は目を凝らして、手引きに載った薬草はないかと必死に捜した。そうやって儂が当ててみせると、ノバは気づかなかった薬草を手に取って教えてくれる。それからまた場所を移して、図鑑に載っていそうな薬草を次々に儂に見つけさせた。


そうやってかなり時間を費やした後、ノバは手引きを見ながら言った。

「これとこれと、それからこれ……あとは……これとこれはこの辺りには生えてないね。もっと森の奥に行けばあるかもしれないけど、ちょっと危険だし、あるとは限らないからね。でもって、そこには載ってないけど、二、三、このあたりに生えている薬草教えておくね」


手引きの中に5つも見つからない薬草があったので、それを気にしてか、ノバは二つだけ教えてくれた。


「これはね……傷薬に混ぜると殺菌効果と止血効果が強まる薬草だよ。でもこれは誰にも言っちゃ駄目だよ。父さんに叱られるからね。それとこれは、絶対秘密なんだけど、矢毒に使う麻痺薬になるんだ。30分くらいで麻痺効果が消えてしまうから、倒した獲物の肉を食べても害はない。もし人に教えたらあんたを殺すからね。わかった?約束して」


「はい、絶対誰にも言いません」


でも、ノバは目をきょろきょろさせていた。なにか落ち着かないようだ。

「でも……絶対言わないって証拠はないよね。く……口塞ぎの儀式をしてくれる?」


口塞ぎの儀式?儂はなんとなくノバが何を求めているのか分かってしまった。


「うん、分かった。どうすればいいの?」

「目をつぶって」


やはり思った通りだ。この娘は儂にキスしたがっているのだ。と同時に、それをすれば本当に口塞ぎになると思っているのかもしれない。


儂は115歳の爺いだ。一方、13歳といえば思春期の始まる中学1年生くらいだろうか。ひ孫……いやひいひい孫と接吻するようなもので、犯罪臭から免れない感じがするが、向こうが言い出したことだ。


儂は目を瞑った。すると、ノバの顔が近づいてくる気配が分かる。温度や匂いや、微かな息遣いで感じる。そして唇に柔らかいものが当たって、儂は思わず反射的に迎え入れた。つまり、ノバの首に手を回し、積極的に密着したのだ。唇だけでなく胸の膨らみも感じて、儂はエロ爺いかエロ餓鬼のように顔を左右に動かして、舌まで入れて堪能してしまった。


ノバは拒否せずに一緒に舌を絡ませている。


そして10秒後に離れた。


「プアッ……苦しかった。息ができないよ。で、でもこれで口塞ぎができたから、約束破ると呪いがあるからね。ねえ、君、こういうこと初めて?」

「うん、口を口で塞ぐなんて、この世に生まれて初めてだよ」


嘘はついてない。


「どうして舌を口の中に入れたの?」

「だってノバさんの口が甘い味がしたから、舐めてみたくなったの」


嘘は言ってない。


「もう一度舐めてみる?」

「うん……いいの?」


その後のことは省略する。10歳と13歳の子供同士だから、たっぷり時間をかけてもそれ以上進んではいけないと儂がブレーキをかけたのだ。


しかしキスなんて何十年ぶりだろう。軽く半世紀以上ぶりだった。特にディープキスは前世でもしたことがなかった。耳学問というか、映像でのみ知っていただけだ。


ザックさんの小屋に戻る途中で、ノバは立ち止まって儂の頭を優しく撫でた。


「ここでお別れだよ。ちゃんと手引きの中身だけ教えたって父さんに言っておくから。それと分かってるわね。口封じだからね」


儂はこくこくと頷いてから手を振って別れた。それ以来、ザックさんやノバには会わないようにしている。会えば秘密がこぼれ出てきそうで、極力避けたのだ。


儂は最後に唇を放した時のノバの潤んだ瞳を、その後何度も思い出した。


襲撃、そして奴隷へ

夜中に目が覚めた。村の中が騒がしい。叫び声や悲鳴。何か燃えるようなパチパチという音、ゴーという音。「ザクッ」「バシッ」という金属音。


そして急に家のドアが乱暴に開けられて、激しい足音が入ってきた。


「出ろっ。全員だ」


両親、兄、妹と一緒に外に出ると、村中の家が燃えている。そして、たった今出たばかりの僕の家も、松明たいまつを放り込まれて火をつけられた。


僕たちは他の村人と一緒に数珠つなぎに縛られて歩かされた。村を襲った男たちは兵士の格好をしていた。重い鎧を身につけて、ガチャガチャ音を立てながらきびきびと歩く。なんて力があるんだろう。


それに、どう見てもこの国の兵士みたいだ。王国の印が鎧についている。これはもしかして内乱で、うちのご領主様はこの兵たちとは敵同士なのだろうか?


けれど、今回夜中に兵隊が来た時は逃げることができなかった。下手に逃げたら家族がどうなるか分からなかったからだ。それに、体の訓練をしてから半年くらいしか経っていないので、逃げ切れるほどには鍛えられていなかった。


大人たちや兵士が話している内容は断片的なものだったが、それを繋ぎ合わせてみると、以下のようになる。


儂のいる村はハーゲン男爵という貴族が領主をしているのだが、彼はとある侯爵の派閥に属していて、それに対抗する貴族グループと戦になったのだ。つまり、この王国内での内戦ということだ。


その一環として、儂たちの村が襲われ、村人が捕まったというわけだ。剣士のアルバさんも、多勢に無勢のためか捕まって縛られていた。


どうやら村の土地は、敵方の農民の持ち物になるらしい。そして儂たちは家族バラバラにされて、奴隷として敵方に送られる……そこまで分かった。


姉や妹たちは処女だったので無事だったが、それ以外の女は老婆でない限り、みんな性奉仕させられていた。処女は奴隷として売る時に高値で買われるからだそうだ。


同じ国の貴族同士が、どうして争うのか儂は不思議に思った。王権の力が及ばないのだろうか?


物語はここで終わっていた。薫がコメントを書こうとすると、何故か転生神は諦めたように言った。

「結局あなたがいくらコメントを書いて私が主人公たちに夢の中で叱咤激励しても、結局は読者神たちがリアクションしてくれないと、主人公たちは動かないのよ」

「それはどういう意味ですか?」

「特殊書籍の主人公たちは、読者神という神々のリアクションや感動によって、精神的エネルギーを受けて自分の物語を進めることができるのよ」

「でも、コメントは何か書かないと」

「そ……そうね、それがエネルギーを得たときの執筆の方針にもなるしね」

薫はそれからコメントを書いて彼女に渡した。

「あなたからエネルギーを与えることはできないのですか?」

「それは禁じられてる。ただ夢の中で今後の展開の方針を伝えるだけ。君の力を借りてね」

「どうして僕なんですか?」

「それは君が読者としての目をもってるからよ。私だと身内のひいき目でしか見られないからエネルギーにはならないし、効果がないの」

薫は黙って次の本を開いた。

読者神にお願いします。どうかリアクションをください。この物語の続きが書かれるためにも。

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