マリーとトコロシ (未完)
これは特殊書籍の14冊目です。
ドンドンドン
隣の男子トイレの壁が叩かれた。
「うるせえっ、てめえらメス豚ども、トイレでなにやってんだっ。黙ってクソたれてろっ!」
あの声は**遊佐武**だ。県立朝凪高の陰の番長だと噂されている黒髪ヤンキー。
トイレのセメント床に倒れた私を踏みつけていた四人の女子グループは、舌打ちをして、更に私を一回ずつ蹴ってから引き上げて行った。
「あのブサタケシ、一回死ね」
遊佐のお陰で、私は助かった。
遊佐は彼女たちが言ったように、男の子としてはかなりブサイクだ。
だけど私はそれほど嫌いではない。他の馬鹿な男子たちとつるんで騒がない。つまり群れない。
彼はあまりベラベラ喋らないけれど、目つきで何かを喋っているようなときがある。その睨みの迫力は安〇昇クラスだとか、あの小沢〇志の顔面凶器に匹敵する、と自称強面評論家のある男子が言っていた。
『静かにしろよ、ガキじゃあるまいし』
『こら、てめえの香水臭いぞ』
そんな言葉を心の中で喋っているように感じるのは、私だけだろうか。
一年先輩の**池田裕紀**さんが私を校舎裏に呼び出して告白してきたのは、昨日のことだった。
池田さんはテニス部の部長でイケメン。女子には人気があったが、私は顔立ちの良すぎる男が生理的に合わなかったので、お断りした。
そして今日になって、池田さんの親衛隊を自称する四人組の女子が、私を女子トイレに連れ込んで乱暴してきたのだ。「池田さんを振るなんて生意気で傲慢だ」と。
それでは受ければ良かったのかと訊いたら、「メギツネ」呼ばわりして床に倒された。その後は文字通り、踏んだり蹴ったりだ。
「今度池田さんを誘惑したら殺す」と身に覚えのないことを言われた。誘惑していないし、それ以前には目を合わせたことすらない。なにか理不尽だ。振るのも駄目、付き合うのも駄目。黙っていても誘惑していると言いがかりをつけてくる。
私の存在そのものが、妬みの対象なのだろうか。
傷む体を引きずって帰り道を歩いていたら、急に目の前の景色が歪んで、気がついたら草原の真ん中に立っていた。
そして三メートルもある、背の高い真っ白に輝く人が横向きに立っていた。それは背中に大きな翼をつけていたから、きっと天使のようなものかもしれない。横顔がギリシア彫刻のダビデ像のようだった。
「%#$X&……」
何か理解できない言語で、斜め前方の下を見て喋った。そして嘲笑うような顔をしてから、光に包まれて消えた。
いったい何を見ていたのだろう?
確かにその天使は、私の方を見ずに、草の上にある小さいものに向かって何か喋っていた。その場所に行って私が見たものは、小さくてとても醜いものだった。
ソフトボール大の頭に、直接小さな手足がついている。つまり胴がない。全身茶褐色の毛で覆われていて、体から煙が出ている。例えば、神の聖なる光で焼かれたとか。
光のない目と、豚のような鼻と、異常に大きな口には尖った歯がびっしり並んでいた。
なんてブサイクなんだろう。まるでユサ・ブーみたいだ。ブサイクの方向が少し、いや…かなり違うけど。
あの天使が言った心の言葉は、きっと『雑魚め。思い知ったか。消えろ』とかだろう。
天使に殺されたのだから、これはきっと一種の悪魔なんだろう。尖った耳も蝙蝠のような翼も、鞭のような尻尾もない。胴体がないから消化器官とか呼吸器官がほぼない。つまり寄生型の悪魔なんだろう。人に憑りついて魂を食べて生きていくとか?
でも、こうやって見ると哀れだな。ユサ・ブーとは別方向のブサ悪魔だ。こうやって草の上に倒れている姿は、女子トイレの床タイルの上に倒れていた私と重なる。
哀れだぁぁぁぁ。
私はそのちっちゃい毛だらけのブサ悪魔を思わず抱き上げて、何故か泣いた。
「いったいここはどこなのさぁぁぁ。私、この世界で独りぼっちだぁぁぁぁ。こいつと同じで死ぬ運命なのかぁっ、うえええぇぇぇぇぇん」
すると、抱いていたブサ悪魔がピクリと動いた。
えッ? 死んでなかったんかーーーい!
『つながった。助かったぞ……』
いきなり私の頭の中で、ドラ〇もんをトラックの後輪で轢き殺したような声が響いた。
これってもしかして、このブサ悪魔の声?
せめて見てくれがブサイクなら、声くらい美声とまではいかなくても、普通にしてほしいっ。
で、なんで私の頭の中で喋ってるの?
しかも天使とは違って、日本語で喋ってるじゃん。
『わかったよ。声はこんなんで良いか?』
あっ、少し改善されて、トラックに轢かれる前のドラ〇もんが蜂蜜水でウガイしたぐらいの声になった。
『まずオレは声帯がないんだ。首がないからな。だから憑りついた寄生宿主とだけ念話で話す』
なるほど声帯がないから声を出して話せない。だから寄生宿主と念話で…ちょっと待った。何? 寄生したの? 誰に? 私に? いやあああああああぁぁぁぁぁ!
『お前、オレを抱きしめて泣いたじゃないか。「いやあああああああぁぁぁぁぁ!」だからお前の魂の力が一部オレに流れ込んで、「いやあああああああぁぁぁぁぁ!」オレが生き返ったんじゃないか?、「いやあああああああぁぁぁぁぁ!」でもってお前の魂の情報を元にオレが日本語を喋ってるって訳よ、「いやあああああああぁぁぁぁぁ!」って、聞いてるのか、こらっ』
ってことは、私の個人情報のあらゆることを、この豚鼻の胴なし悪魔が知ってるってこと? 例えば、お風呂でどこから先に洗うとか、トイレしながらどんなことを考えてるとか……うえええええっ、もうお嫁に行けない。
『ちゃんと聞いてたんか。オレは性別のない悪魔だから、お前の下ネタ的個人情報も習性にも興味がない。だから落ち着け。きっと嫁には行ける。……多分』
だって、悪魔に乗り移られたら、魂を奪われて、やがて口から緑色の涎を吐き出して首が180度回転するようになるんでしょ。
『そうはならない』
それと、ブリッジしたまま四つ足で蜘蛛歩きをするんだよね。超低音の声で卑猥なことを叫んだり。
『だからそうはならない』
それと、ベッドごと空中に浮いたり。
『それは少しできるかもしれない』
できるんかいっ!
『オレ自体が空中浮揚したり飛び回ることができたから、その能力を受け継げばできるぞ。お前が望めばな』
そうかエク〇シストの映画みたいにはならないのか。でも寄生だから私から力を奪うんでしょ?
『オレは雑魚悪魔だから、今度見つかれば天使にトドメを刺されるのが確実だ。だから闇魔法でお前の陰に隠れている積りだ。その際、最低限のマイナスエネルギーをお前から貰って生き延びて行く積りだ』
マイナスエネルギーって例えば?
『さっき、お前が泣いて悲しんだろう。そのお陰でマイナスエネルギーが魂の一部と共に流れ込んで来た。つまり、おまえの悲しみや苦しみや怒りや喜びだ』
あれ? ちょっと待って。喜びはマイナスじゃなくてプラスエネルギーじゃない?
『そ……そうなんだが、お前の魂とオレの悪魔の魂が混ざってしまったおかげで、プラスの感情も少しはエネルギーになるみたいだ』
つまり私の喜怒哀楽があんたの餌になるわけね。
『まあ、マイナス感情の方が栄養価は高いがな』
つまり悪魔だけに私の不幸を食い物にするってわけね。
『待て待て、オレは自分の生存のためにも、宿主のお前を死の危険に曝したりはしないぞ。お前あってのオレなんだからな』
ところで、さっきからオレとかお前呼ばわりだけど、あんたにも名前があるんでしょ?
『オレの悪魔としての種族名はトコロシだ』
ちょっと待って、ネットで読んだことあるけど、それってアフリカ南部に現れる小鬼の名前じゃない?
『お前の記憶にあるトコロシは、ゴブリンをさらに小さくしたような小人サイズの魔物だが、オレたちとはだいぶ違う。「どう違うのさ」俺たちは古代から「畑の悪魔」と呼ばれていた、由緒正しい悪魔で、この姿も祖先の代からあまり変わらない。第一、ベッドの下に潜ったり祈祷師の使い走りをして窃盗罪を働いたりはしない。夢の中の個人情報を盗むとかセコいことはしない。「じゅうぶん、せこそうな顔をしてるけど」オレたちは今回のように天使とかが抹殺しに来ない限り、堂々と空中を浮遊したり飛行したり、物や家具を動かしたり飛ばしたりするんだ。普通の者には姿は見えないから隠れる必要もない。「私には見えるよ」宿主には見えて当たり前だろう』
宿主だけに見えるの? 乗り移られる前から見えてたけど。
『宿主もしくは宿主候補の少女には見えるんだ。トコロシは少女専門に乗り移り、怪力を与えたり、体を浮かせたり飛ばしたりできる。その他にも』
ねえ、それじゃあ、私にもそういう力が貰えるの? で、あんたが私から得る対価は?
『陰に隠れて喜怒哀楽を共にできれば良い。ところで種族名は言ったが、オレは名前を宿主から貰うことになっている』
じゃあ、色がダーク・ブラウンだけど、それじゃあ長すぎるからダークで。
『即決だな。で、お前は**茉莉**だな』
ちょっと待って、その呼び方この世界では違和感があるから、マリーで。
『分かった。ではオレはダークで、マリーと本契約を結ぶ』
って、なんか私の体が光ったんだけど。
『宿主の体を保護するために結界を張った。物理的または魔法攻撃をある程度ブロックできる』
ある程度ってどれくらい?
『ある程度はある程度だ。殴られればそれなりに痛い。大人の男に殴られても、女の子供に殴られた程度の痛みですむ』
それって相当痛いじゃんっ!
『だから殴り返せば良い。力を相手に合わせて何倍かにしてやれるから』
ちょっと、何倍かって……せめて百倍とかにしてよ。私、一番重い物持った経験は5kgの米袋だよ。
『500kgの物を持てる力で殴れば、相手は壊れるだろ。「良いじゃない、壊れても」その前にオレが力尽きてしまう。過剰のサポートは、お互いの為にならない。怪力とか重力調整は、保護結界の外部筋力や重力の調整で行う。もし荒事になったら、一対一の場合、相手と同程度の体重と筋力に調整する。そうしなければ、過剰のサポートは宿主のマリーの依存度が高まって体力が向上しない』
ちょっと待って、それじゃあ、私が不利じゃない。私には戦闘経験がないんだから。
『苦しみながら訓練して自分を鍛えるしかない。最低限、怪我をしたり死ぬことがないように結界で守るが、頼り切りじゃダメなんだ』
じゃあ、ドラゴンと戦う時、私の体重と力をドラゴン並みにしてくれるってこと?
『それは無理だ。力は100倍くらいには一瞬で良いならできるが、体重はせいぜい10倍が限界だ。マリーの場合は400kgまでだな。それもウル〇ラマンの持ち時間よりかなり短いだろう』
ちょっとぉぉ、今私の体重をそれとなくリークしたね。ダーク、ゆるせないよぉお。どうしたらあんたに罰を与えることができるの?
『それは簡単だ。喜怒哀楽を絶って、能面のような顔で何も感じなくなってしまえば良い。俺には耐えられない拷問だが、多分お前には難しいだろう』
だよね。そんなことできるかって言うの。能面? 顔の表情筋が退化するでしょうがっ! 死んでデスマスクになるまで無理だわ。
ま、できるだけ気持ちを落ち着けて、こいつにエネルギーを与えないようにしようっと。
『それをやればエネルギーの蓄積が赤字になるから、肝心な時に結界の防御力や外部筋力が用意できない』
その……さっきから言ってる外部筋力ってなにさ?
『介護職員が使っているパワーアシストスーツのようなものだ。結界膜は厚さ1cmくらいの空気膜だが、昆虫の外殻組織と同じように体内組織を守るが、同時に宿主の筋肉の動きを察知してその効果を補助し高めるんだ。その部分にエネルギーを注ぐことによって、防御力や筋力を調節できるんだ』
ダーク、あんたの説明は学校の先生みたいだね。そんなにあんたって知的な存在だった? 下級の雑魚悪魔のくせに。
『雑魚悪魔で悪かったな。マリーの高校の物理の教師の口真似をしてみた。なんでもお前の記憶の中にある人物の知識とかを参考にしているんだ』
ああ、だけど。そろそろお腹が空いたなぁぁ。今頃家に帰ったら夕食前だけど、簡単に小腹を埋めるつまみ食いをするんだよね。ねえ、何かない?
『オレには鑑定能力はないから、おいしそうな木の実とかあっても、人間が食べて毒になるかどうかは全然分からない。大体オレは人間のように食事はしないから、その方面の知識はゼロなんだ』
けっ、使えない奴。じゃあ、どうするのよ?
『お腹が空いて泣き叫んでくれれば、そのエネルギーで近くの町まで走ってやる。人間の街で売ってる食べ物なら間違いなく食べられるだろう』
でもお金は? 私この世界の通貨を持ってないんだけど。
『それは緊急避難ってことでオレに任せろ』
任せろって……もしかして無銭飲食とか? 嫌だよ、そんなの。
『じゃあ、空腹で金を稼ぐ力が出るのか?』
金を稼ぐって……私まだ高校生だよ。未成年だし。児童労働は禁止……あっ、ここは別世界だから関係ないのか。
『この世界では、5・6歳の子からでも働いているようだ。主に農作業になるが、狩りや鍛冶、商家の下働きなどもある。一番手っ取り早いのは冒険者だ。だが最初のうちは宿代を稼ぐのも一苦労のようだ』
もう仕方ないから、その緊急避難ってので何か食べさせてよ。その代わり、必ず後でお金は返すということで。
『了解。じゃあ、走るぞ』
えっ? 走る? なんでそんなお腹が空くようなことを?
『歩いていたら暗くなって、街の門が閉まるからだ。そうしたら明日の朝まで食事にありつけない』
くそーーーぉぉ。私は走り出したの。すると走るうちにだんだん体が軽くなって、一歩一歩の歩幅が2・3mに伸びて行く。
ねえ、これってどうなの?
『筋力を二倍にして、体重を五分の一にしている。だから10倍の速さを生み出すことができるんだ』
ねえ、もっと速くしても良いよ。ていうか、速くしてよぉ。お腹空いてんだからぁ。
『これ以上スピードアップすると、エネルギーインフレになる。街に着く前に行き倒れになりたいか』
くそぉぉぉ。おや? 向こうに高い石壁が見えてきた。もしかしてあれが街?
『そうだ。城塞都市と言って、あの壁で魔物や敵から防御している。子爵領でゴラングという街だ。人口は7000くらいだ。産業は農業と手工業かな』
へえぇ、詳しいじゃない。ずっと住んでいたの、この辺に?
『そうじゃなくて、事前に情報を集める方法があるんだ』
どんな方法?
『今はそんなことで頭を使うな。余計腹が減るだろう? それよりここに入るには身分証明とお金がいる。持ってないだろう?』
そうよ、どうするの?
『ちょっと門から離れた所に行ってくれ。あの塔があるところから離れた、木が生えている所が良い』
私は言われた所に直行した。そろそろ腹が空いてフラフラしてきた。かなり走ったから、体力を使いすぎだよぉ。
木の所にやっとの思いでたどり着いた。で、ダーク、これからどうするの?
『今から一瞬マリーの体重を百分の一にして、足の筋肉を100倍にする。つまり最大限のジャンプパワーにする。そのジャンプであの塀を乗り越えるんだ』
ちょっちょっちょっとぉ、この石壁、どう見ても10m以上はあるわよ。それ物理っていうか力学的に可能なの? 計算した?
『いや……多分、きっとなんとかなる』
いやいやいや、失敗したらどうすんの?
『乗り越えが失敗しても、安全に着地させてやる。そこでほぼエネルギーを使い果たしてしまうから、ここで明日の朝まで野宿になる』
ぎゃああぁぁ、そんなの死んじゃうよ。空腹で寒い夜を過ごしたら眠れないし、低体温症で朝まで持たないよぉぉ。
うわあああぁぁぁぁん、死ぬのは嫌だよぉぉ。それよりも空腹は嫌だよぉぉ。寒いのも眠れないのも嫌だよぉぉ。馬鹿馬鹿、宿主の私をちゃんと守れっ、このパラサイトデビルめ。雑魚デビル、下級悪魔。詐欺師!
『じゃあ、跳ぶぞ。三つ数えるからジャンプしろ。一……二……三っ!!』
くそぉぉぉぉっ、ジャーンプゥゥ!
とつぜん私の体重は400gになり、少し中身が多めのお菓子の袋の重さくらいになって、力はボディビルかウェイトリフティングの優勝選手以上の力が出た……と思う。なにせ500kgの荷物を持てるほどの怪力になったのだから。
そして飛んだ飛んだ。ふわぁぁと浮かんで軽く石壁を越え、石壁の向こう側に軟着陸した。
その後、どっと汗が噴き出た。時間にして3秒か4秒くらいだと思う。
これで全エネルギーを使い果たしたのだろうか? どうしよう? だとしたらもう歩く力は残ってないかも。
『大丈夫だ。跳ぶ前にマリーが泣き叫んだから、少しだけエネルギーに余裕ができた。さあ、飯を食いに行くぞ』
あっ、ああ。本当だ、歩ける。体も軽い。
時刻は黄昏時だろうか? 街並みがよく見える。そして路上にはたくさんの露店が並んでいて、おいしそうな匂いが立ち込めているじゃない。ああ、拷問だぁぁぁぁ。
『良いから黙って露店の前をゆっくり通り過ぎるんだ。おいしそうなものがあったら、おいしそうだと思って、若干歩くスピードを落とすんだ』
言われた通りに歩くけど、お腹がペコペコだし、良い匂いがするから、どれもこれもおいしそうで、歩みは超低速になった。
すると私が通るごとに露店の人は「あっ」とか「落ちた」とか言って騒いでいる。
目の端で様子を窺うと、肉の串焼きも果物もソーセージを挟んだコッペパンも、ダークが掴んで地面に写った私の陰の中に放り込んでいるじゃないか。
陰の中がインベントリーになってるのかぁ。
でもダークの姿は店の人には見えないから、串焼きやリンゴのような果物もホットドッグみたいなのも、ひとりでに地面に零れ落ちたように見えるらしい。慌てて落ちた商品を捜すも、どこにも落ちていない。みんな首を傾げている。
そういうことが何軒か続いて、必ず私が通り過ぎた時に起きる怪現象なので、私と結びつけられると困るので、やめてと心の中で言った。すると、私とは無関係に飛び回って、今度は店の人が目を逸らしているときに、死角を狙って集め始めた。
どれも一個ずつだけなので、店の人も気がつかないでいる。
焦って戻ってきて私の陰の中に戻ったダークは、念話で息を弾ませて言った。
『本当にヒヤヒヤしたんだぞ。陰の外に出てるときに天使に見つかれば、今度こそ殺されるからな』
そうかぁ、命の危険を顧みずに食事を集めてくれたんだね。ありがとうっ。
『ちょっと人目のないところに行こう。まずはマリーは食べないと』
もしかして外で食べるの? テーブルも椅子もない所で?
そろそろ夜が近づいて寒くなって来そうだよ。なんか寂しいな。悲しいなぁ。
『ありがとう。エネルギーが少し補充された。もう少し寂しがってくれ。もっと今の情けない境遇を嘆いて欲しい』
ほんとにっ、悪魔って最悪だね。私の悲しみを食い物にするんだからっ。
すると素早くダークが焼肉の串を取り出して私の手に持たせた。
『食え』
私は食べた。次にホットドッグ。果実。お好み焼き風の粉もの、そしてジュースのような飲み物。食べて飲んだ。
ああ、生き返る。でもまだ沢山お店から失敬してたよね?
『闇の収納庫の中では時間経過がないから、何日でも鮮度が保たれる。お金を稼げるまでには時間がかかるから、食べ物だけは余分にとっておかないとな』
なるほど。大量に頂いちゃったから、お金を返すのに時間がかかりそう。
『そんな先のことを心配するより、今日の宿をどうするかだ』
どうしよう? お金がないから宿には泊まれないよぉ。ううう……女子高生なのにホームレスって、なんの冗談なのよぉ。
『こうなったら、どこかの宿の鍵を盗んで空いてる部屋に潜り込むか? または空き家とか物置に入り込むかだな。確かこっちの方に、人が住んでいなさそうな、お屋敷があった筈だ』
ダークの案内で、私は庭が荒れ放題の大きなお屋敷にたどり着いた。
玄関のドアも半開きになっているので、中に入ればなんとか雨露はしのげそうだ。それに夜の寒気も防げるだろう。
そう思って一歩中に入って後悔した。
男たちはニヤニヤ笑っていた。彼らはキャンドルの灯りで酒を飲んで談笑していたのだ。
そして迷い込んだ私を見て、勝手に話し始めた。
「上玉だな。味見するかそれとも奴隷商に売りつけるか?」
「変わった服を着てる。珍しいから売れるんじゃないか?」
「東方のアズマ国の女じゃないか? 結構レアもんだぞ」
その後、一人がそーっと近づいてきたのに気づかず、私は腕を掴まれた。
「もう逃げられないから、暴れるなよ。まずこの服は剥いでしまうか。さあ、こっちに来い」
ところが、私と頭二つも違う大男が腕を引っ張っても、私は動かなかった。
「なんだ、こいつ? びくともしねえぞ」
私は普通に腕を振りほどいた。
そう……相手が私と体格が同じ女だったら振りほどけるほどの力でやったら、できたのだ。けれども、どう考えても振りほどけられるような相手ではない。
『体重を5倍。力を10倍にしてある。大きな相手でも構わず、下から顎を突き上げろ。拳じゃなくて平手の掌の底でパーンと打ち上げるんだ。いや、どうでも良い好きに戦え』
私は200kgの体重で50kgのものなら軽く持ち上げられる力があるらしい。
私は忠告を無視して、男の腕を逆に掴むと思い切り引っ張って壁の方に飛ばした。
「そいつはバケモンか? やれっ」
酒のカップを持った物凄いデブの男が、周囲の男たちに号令した。
『素手じゃなく椅子とか道具を使え』
向こうは既に椅子を持ち上げて迫ってくる。私は壁際に逃げて、何か無いか捜した。入ってきたドアの方には、もう別の男が立ち塞がっている。
「死なない程度に痛めつけてやれ」
デブの大声が響く。
壁にぶつけた男が体を擦りながら起き上がると、大きなナイフを手にした。
「ぶっ殺す。このアマ」
『刺されると痛いぞ。何か獲物を使うんだ』
ダークの指示が飛ぶし、私もそう思うのだが、良い獲物が見つからない。そのとき、私の手元に棒つきモップが手渡された。
『使え』
「おいっ、あれはここの掃除用具じゃねえか? いまどこから出てきたんだ?」
『できるだけ短時間で全員叩きのめせ。そうしないと逆にやられる』
ミシッミシって、私が床を踏む音がした。なんだかさっきより体重が増えたみたいだ。そして力も。ああなるほど、短時間で片付けないとエネルギーを使い果たしてしまうってことね。
私は椅子を振り下ろしてきた男に、モップの柄を突き出した。
スコーーーン、バリン
椅子が砕けて落ちた。二撃目で男の腹を突いた。
「うげっ」
『後ろ!』
私は振り向きざまにモップを横に払った。
バキッ
ドアの所の男が顔面の側面に棒がヒットして、呻き声をあげて倒れた。
『瓶だ』
あのデブが酒瓶を逆手に持って、振り上げてこちらへ投げるところだった。
私はナイフを持った男の方に逃げた。ちょうどデブと私の間にナイフ男が挟まれる位置に。
案の定、デブの投げた酒瓶はナイフ男の頭部にぶつかって割れた。
ガッシャーーーン
私は二本目の酒瓶を取ろうとしているデブの前のテーブルに突進して、両手で押した。テーブルの上の物は散乱し、男は壁とテーブルに挟まれて苦しそうに唸った。
『全員殺すか気絶させろ』
えっ、殺す? む無理だよ、人殺しなんて。
仕方なく私は倒れて唸っている男たちを、ダークの指示通り、壁や床に頭を打ちつけて脳震盪を起こさせた。
『ちょっと外で待っててくれ』
私は心臓がドキドキして体が震えていた。元々私は暴力を振るわれることがあっても、振るう立場になったことがないのだ。
表に出て気づいたが、体も軽くなっていたし、力も普通になっていたのがなんとなく分かった。
私は5kgの米袋を持つのが精一杯で、あのいじめ四人組の一人に両手首を掴まれたとき、力が弱くて振りほどくこともできなかったのだ。
だから化け物かゴリラのような男たちを倒したとは信じられなくて、身も心も興奮していた。
『良いぞ。宿に行くぞ』
ダークがそう言って私を促した。いったい中で何をしていたのか?
まず私は古着屋というところに行った。
「いらっしゃいませ」
女の人が応対に出てきた。
「あのう……今着ているこの服売って、違う服を買いたいんですけど」
女の人は私の学生服を触って生地を見たりして調べていたが、ニッコリ笑って言った。
「生地もデザインも縫製も見事なものですね。良いですよ、高額で買い取りましょう。で、代わりにどんな服が良いですか? そうですね、3着……いえ4着と小物をつけて交換で良いでしょうか?」
私には物の値打ちは分からないので、それで十分だと思った。ダークも何も言わない。
それから私は本当に気が進まないのだが、ダークに押し付けられた件を口に出した。
「あのう、それと男物の着古した服が4人分あるんですが、それと引き換えに、私に男の子用の服を1着貰えないでしょうか?」
「どこにあるんですか?」
「汚いので店の外に置いてあるので、今取ってきます」
店を出た途端、ダークから服を受け取って、それを女性店主に見せた。
「洗えば使えると思うので良いですよ。男の子の着る服ですね。私が選んでさしあげますか?」
「お願いします。それと、このことは」
「分かってます。訳ありですね。誰にも言いませんよ」
女性店主は声を低くして頷いた。
私のような女の子が男物の服を4着も持って来ることが異常なことなのは誰にも分かることだ。
その後、女の子用の服4着に帽子やバンダナもつけて、男の子用の服も可愛らしいのを選んでくれたのを貰うことにした。
さらに下着……もおまけに貰った。
ただ恥ずかしかったのは、着替えるとき、私の下着姿を店主さんに見られたことだ。店主さんはブラジャーやショーツを穴が開くほど見ていたけれど、これはお譲りできないとはっきり断った。
私は17歳だけれど、日本人は幼く見えるらしく、13歳か14歳くらいに見えるそうだ。そして少年の姿になると、さらに10歳ほどに見えるとか。
私は帽子を被り、首にバンダナを巻いて男の子の服を着て、鍛冶屋に向かった。そこでナイフとか短剣、チェーンメイル、皮鎧などを出した。ダークが男たちから剥ぎ取ったものだ。
それを銀貨3枚で売って、鍛冶屋を出た。ナイフとか自衛用に欲しかったけれど、人から剥ぎ取ったものを持ち歩きたくない。
ダークはその他に、男たちの懐から金を奪ったらしく、その金で普通の宿に泊まることができそうで、ほっとした。
ところが、素泊まりで食事は屋台から借りた食材で間に合いそうだったのだが、大変なことが起きた。
手足を始めとして全身の筋肉が痛くてだるくて、それだけでなく、内臓が締め付けられるように苦しくて吐き気がするのだ。食事などとてもできず、さらに宿屋のベッドに横たわっても眠ることができない。
そんな激しい痛みではないのだが、継続的に痛みがあり、気を休めることも眠ることもできないのだ。
私、もしかしてこのまま死ぬんじゃないかと思うくらい苦しい。胃が締め付けられ、内臓が縮むような感覚で常に吐き気がする。
私は四人組に蹴られた時も痛かったし、その打撲の跡も関係していると思うのだが、やはり男たちと荒事で戦ったことが関係しているらしい。
『外殻結界で力を増幅させているが、あくまで元の筋肉が基本で動くことになるから、筋繊維が傷ついて炎症を起こして血が集まっている現象だ。さらに元々マリーは貧血気味なので血が少ない。そのため筋肉に血が集まると、内臓の血が足りなくなる。それが内臓を締め付けられる感覚になり、胃も縮まるから吐き気がするんだ』
そうですか、ありがとう、医学的に説明して頂いて。でも分かったところでこの苦しみはどうにもならない。ねえ、ダーク、いっそ私を安楽に死なせてくれない。眠たいと思っても眠れないのよ。こんなの拷問だわ。今日一日色々な事があり過ぎてもう今日はゆっくり休みたいのに、眠れないってどういうこと?
結局私は翌朝まで起きていた。一睡もしていない。
そして吐き気と痛みは少しだけ改善されたが、相変わらず食欲はなく眠気が来ない。
まるで脳内麻薬が出て覚せい剤のように私を眠らせないみたいで、宿の方は延長して二泊目を迎えたが、このままではこの夜も眠られないと心配していると、ダークがどこからか酒を調達してきた。
『少し温めたのを飲めば、神経の緊張が収まるかもしれない』
そしてまる二日間一睡もしなかった私だけれど、ようやく眠ることができたのだ。
『筋肉繊維が増えているが、変なことになっている』
翌朝私が目を覚ますと、ダークが指摘した。
『腕や足の太さが変わってないんだ。で、よく見ると筋肉繊維が元の形よりも細くなっている』
はあ? どういうこと?
『普通、筋肉を使えば筋肉の繊維が壊れ、それを修復することによって筋肉が太くなっていくんだが、マリーの場合、外殻結界で外側が固められているから、太くなることができなかった。その分、筋繊維が細くなって数を増やしたのではないかということだ』
つまり、分裂して増える代わりに全体として太くなれないので、筋繊維の一本一本が細くなったってこと?
『そうだ。だから見かけはマリーの腕は今までと同じ細っこい弱弱しいままだが、実際は前の1.5倍の強さになってるはずだ。きっと二日間眠れずに苦しんでいる間に、そんな風に体が進化したのではないか?』
でもたった1.5倍だよね。じゃあ、私は結界なしで7.5kgまでは持てるってことかな?
『忘れちゃ困る。マリーの地力が1.5倍になれば、最大の力が500kgから750kgにアップするんだ。500kgの力を出そうとすれば、以前の60%のエネルギー消費で済むということだ』
でも、私はもう二度とあんな苦しい思いはしたくないから、力を出して戦うのは勘弁して。
『多分、今度筋肉が増殖されるときはもう少し順調にそれが行われると予想している。あの時は体に取っても初めての変化を強いられたから無理がかかったのかもしれん。』
私はそれを聞き流すようにした。二度とあんな荒事はいやだ。それにダークがしたこととはいえ、あれは追いはぎ同様の行為だった。そのおかげで宿に泊まることができたのだけれど、何かとても嫌だ。
私は体調が戻ったので、普通に食事をしてから冒険者ギルドに行った。勿論男の子の格好でだ。
赤いレンガの三階建ての建物で、入るとすぐに3階までが吹き抜けのホールになっていた。建物の奥半分が2階と3階になっていて、正面から見える階段で繋がっている。
人出は結構多く、掲示板にもカウンターにも、そして併設されている酒場にも賑わいが見えた。
私は深呼吸を一つしてから中に入る。誰かに見られている気がするが、わき目をふらないようにして真っ直ぐ歩いた。
ハンチング帽を目深にかぶって、腰に拾った木の棒を差してギルドの受付に行った。受付には美人で大人なお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
「ボク、年齢は?」
「17歳だよ。それと私は男の子じゃなくて女だよ」
「そ……そうなの? 17歳と言ったらお嫁に行く年齢だよね。なんで髪の毛を肩の上で切って短くしてるの?」
「髪の毛が長いと手入れが面倒じゃない。それと、男の人と結婚だとか、自分にはまだまだ早いと思ってるの」
「変わった考えなのね? それで今日はまさか冒険者登録に来たわけじゃないですよね?」
「そうだよ。おかしい? 冒険者登録に来ました」
「あなたなら別の仕事があるじゃない? 商家の手伝いとか、縫子だとか」
「そっちの方は保証人がいなければ駄目なみたいだから、商業ギルド絡みは全部アウトで、ここに来たの。知り合いもいないこの街で食べて行こうとすれば、冒険者しかないもの」
「そ…そうなの? 分かった。本当に17歳?」
「そうだよ。だから登録させて「おいおいおい、こんなちっこい小僧っ子が登録できる訳がないだろう。登録は12歳からだぜ」」
ガタイの大きな冒険者のおっさんが、酒臭い息を吐きながら絡んできた。主観的には、自転車が私だとすれば、そのおっさんはダンプカー並みのガタイだ。
背中にはその上で鉄板焼きでもできそうな幅広の長い剣を担いでいる。
「おじさん、小僧じゃなくて私、女だから。それと年齢は17歳です。見かけだけで判断しないでください」
「そうかいそうかい、それでもよぅ。こんな小枝みたいな腕で冒険者が勤まるのかい?」
そう言っておっさんは、指二本で私の二の腕を摘まんでみせた。
一瞬私はおっさんの二本の指を片手で握りしめて、ぐいっと捻った。
「いてててっ、やめろ、放してくれぇ」
「良いよ、見かけだけで決めつけないでね、おじさん」
「分かった分かった。俺をやりこめるなんて、役者が上だな。俺はガンツって言うんだ。あんたは?」
「マリーだよ、これからもよろしくね」
「ああ、宜しく。おーい、みんな、ここにいるマリーは俺が認めた新人だ。馬鹿にすると俺が許さないぞー」
初めはむっときたけど、意外と気分の良い人なのかもしれない。見かけは恐ろしいけど。
「マリーさん、そっちの話は済みましたか? ではここに名前と年齢、性別、出身地、それと職業を書いて下さい」
ここで職業は「冒険者」と書いては駄目だ。斥候職の「盗賊」とか「剣士」とか「魔法使い」とか言った、戦う上での特技能力を書くのだ。
私は名前を『マリー』、年齢は『17』、性別は『女』、出身地は……
『西の辺境の名前のない村と書いておけ』
じゃあ、その通りにすることにして、職業は何にしようかな?
『格闘家だな』
武器を持ってないからそうなるよね。
受付嬢はそれを見て首を傾げる。
「もしかして、ガンツさんの指を極めたのも格闘の技だったんですか?」
「えっ、ま…まあ」
「それでは冒険者カードを作って来ますので、ここで待っていてください」
受付のギルド嬢が奥の方に消えた時、入り口の方でざわめきが起きた。なにか兵士のような人たちが5、6人入ってきたのだ。
何事かと集まる冒険者たちを前に、代表らしい兵士が声をあげた。
「実は、この先の空き家だった屋敷の中で男たちが全裸で4人死んでいたのだ。このことについて何か見聞きした者がいたら教えて欲しい」
私はびっくりしてダークを疑った。
『それは俺じゃないぞ。こっちは襲われそうになったから、迷惑料を取るのは問題ないが、わざわざ殺すなんてことはしてない』
それから間をおいて、その兵士たちは真っ直ぐ私の方にやってきた。
『やっぱり、古着屋と鍛冶屋の方から情報が漏れたか。良いか、こう言うんだ』
彼らは私の前でピタリと止まった。そして真っ直ぐ私を見て言った。
「君の名前は?」
兵士の代表の質問が始まった。
「マリーです。女の子です」
「ああ、そうか。マリーは昨日、古着屋に男物の服を4人分持ち込んだね。そして鍛冶屋にはナイフや短剣、チェーンメイル、皮鎧などを売りに来たね」
「はい、間違いありません」
「それはどうしたんだ?」
「多分さっき言っていた屋敷だと思いますが、その屋敷の近くの道路に捨てられていたのです。拾って見ると結構値打ちがありそうだったので、古着屋と鍛冶屋に持って行きました」
「それは間違いないか?」
「はい、でも捨ててあった物は拾っても罪になるのでしょうか?」
「そこまでではない。特別高価な物なら別だが、罪に問われることはないだろう。そこで念のため聞くが、君が四人の男を殺して金品を奪ったということはないのか?」
「はい、違います。それと落ちていたものには、財布とかはありませんでした」
私は嘘を交えているので、結構心臓がドキドキした。でも動揺を顔には表してなかったと思う。
「私は衛兵隊のジーンクスだ。なにか後で思い出したことがあったら、私の名前を出して尋ねてきてくれ」
「はい、分かりました」
その後、ギルド嬢が冒険者証を持ってきてくれた。
「Gランクからです。Gは新人、Fは半人前、Eは一人前。Dはベテラン、Cは名人、Bは天才、Aは人外と言われて、それ以上は災害級と呼ばれます。いちおう、S、SS、SSSという風に区分けされていますが、雲の上の人で会ったことはありません」
「Eの一人前を目指します」
「そうね、焦らずにね。私の名前はカンナです。何でも相談してください」
「はい、ありがとうございます。ところで、お薦めのクエストってありますか?」
「初めはこの街の中の雑役をお勧めします。雑役を丁寧に熟すことによって、街の人々に顔を覚えてもらうのも大切なことです」
「分かりました。どんな仕事がありますか?」
「ドブ攫いとゴミ捨て、あと薪割と物置の掃除整頓、大型犬の散歩などありますが」
「分かりました。順番にやっていきたいと思います」
「ちょっ、ちょっと待って。最初からなんでもかんでもやろうとしないで、初めは一つか二つにしてね」
「はい、ではドブ攫いとゴミ捨てをやってみます」
最初はドブ攫いと言うと、汚れ仕事重労働なのだが、ダークの闇収納を使ってスイスイとドブの中の汚泥を収納したので、短時間で終わってしまった。汚泥はあとで畑の肥料としてどこかの農家にくれてやろう。
次にゴミ拾いだが、ある範囲のゴミを集めて荷車に載せ、所定の場所まで運んで捨てるという作業。これもダークの闇収納を使ってすぐ終えた。
依頼主からは合格判定を貰ってクエスト完了の証明として提出すると、ギルドのカンナさんがお金をくれた。
「マリーさんはそんな細い体で随分仕事が手早いのね。驚いたわ」
薪割については私は未経験だったが、試行錯誤していくうちに、初めの5分くらいは戸惑ったが、スイスイできるようになった。慣れてくると、丸太でも割りばしを割るようにスパスパと切れるようになった。
要は、へっぴり腰にならずに腰を入れて、持ち上げた斧を下ろすときは斧の重さで下ろすようにすること。初めからど真ん中を狙わずに、端っこを狙うと割れやすい。そんなところだ。
だが後半飽きてくると、ダークに頼んでパワーを上げてど真ん中でも割れるようにした。
物置の掃除整頓は、最初から中の物は全部闇収納に吸い込んで、後はゴミ以外のものを順序良く出して並べるだけだ。これもすぐに終わった。
そして大型犬の散歩も、コースを聞いて回ることに。初め犬は体の小さな私を舐めてかかって、動こうとしなかったり、逆にぐいぐい引きずり回そうとした。
けれど動こうとしなくても、私は勝手に歩いていくし、私より体の大きな犬は地面を引きずられていくことになる。勝手に動こうとしても、私が動かなければ一歩も動けないので、とうとう私に降参して腹を上にした。
すべてダークと示し合わせて体重調整した結果なのだ。
以上の五つは、どれをとっても一日がかりのクエストだというが、私は五つとも完了してしまった。
そして私は一日で銀貨5枚、約50,000円くらい稼いだことになった。
「おい」
私が自分の宿に向かっているとき、後ろから声をかける者がいた。振り返ると、冒険者らしい崩れた感じの男が二人ニヤニヤしながら立っていた。
「だいぶ稼いだみたいだな。俺たちにもおこぼれを恵んで貰えないか?」
つまり強請り集りの類か?
足を速めて離れようとすると、なんと前の方からも仲間が3人ほど現れて行く手を塞いだ。
「あなたたちは何の苦労もしないで、人が苦労して稼いだお金を取り上げようとしているのですか?」
「その通りだよ。何の苦労もしないのが良いじゃないか。こんな楽なことはないね」
「そのお金で酒を飲んだり、博打をしたり、娼館に行ったりするんですね? 最低ですね」
「煩いな。痛い目に遭いたくなかったら、有り金全部そこに置いていけ」
「冒険者が金品を奪う行為をしたら、ギルド除名になりますよ」
「煩い。お前は俺たちに遊ばれた後、川に落ちて溺れて死ぬから、ギルドが知ることはないんだ」
「そうですか」
私はその言葉を最後に行動を開始した。
恐らく彼らは、私が何をしたかはっきり認識できなかったと思う。冒険者で弱い者から金品を強請り盗るような類は、腕前もかなり下の者が多い。自信があれば自分で稼ぐと思うからだ。
私は前にいた3人に飛び掛かって、真ん中の男を胸の辺りに蹴りを入れて飛ばした。同時に飛び上がって両端の男の頭を掴んで鉢合わせにした。
そして回れ右をすると、後ろにいた男の片方のよく喋った奴の股間を蹴った。
そしてもう片方の男は腰の剣を抜こうとしたが、その前に顎を掌底で突いてノックアウトした。
荒事でもだんだん手際が良くなっていく自分に正直呆れている。けれどダークが私の動きに合わせて最も適した体重と力を調整してくれるので、効果抜群なのだ。
これからギルドに引っ立てていくと言ったら平謝りにされて、それぞれが財布の金を全部差し出した。まるで私がそいつらから強請り盗ったみたいだったが。くれると言うなら貰っておこうと思った。
次の日は手紙や荷物の配達業務をすることにした。街の中の住宅地図を見ながら配る訳だが、荷物は普通、大きな背負子に背負うか、荷車を使うらしい。でも私は見せかけの空のリュックを背負って、荷物や手紙の全ては闇収納に入れて走った。
走る時は脚力を強めて体重を軽くするので、風のように走れる。闇収納から外に出すときは思い浮かべるだけで外に出てくるので、タイムロスがない。
届けた相手からはサインを貰うが、そこのところだけ時間を食うが、後はスイスイだ。
たまに留守の家があるが、ここの方式は集荷場に取りに来てくれというメッセージを残していくという方法になる。日本のよりも配る方は楽だ。そして集荷場にその荷物とか手紙を置いてくれば良いのだから。
私はこの街…子爵領ゴラングの町娘ヨランダと言うの。
私が一人で歩いてると、遥か向こうの方から小さな子供の姿が見えたんだけど、それがどんどん大きくなってこっちに近づいてくるの。そのスピードは鹿か猪のような獣よりも速いかもしれない。
そして私を通り過ぎた時、風が巻き起こり、スカートの裾がまくれ上がった。
「きゃぁぁぁ」
ふと見ると、その子は背中に大きなリュックを背負っていたんだけど、いつの間にか両手に大きな荷物を抱えていたの。
えっ? すれ違う直前には手に何も持ってなかったよね。それがすれ違った途端手に荷物を……いつ出したの、どこから? リュックから? ありえないっ。
そしてどこかの家の戸を叩いて荷物を届けて、二三言葉を交わしてから物凄い勢いで走り去った。
まるで、あの子は風の妖精。ところで男の子? それとも女の子? その判別をする暇もなかった。
この子の話から、一日だけの配達クエストをしたマリーのことは、都市伝説になったとか。「風の精が一日だけ配達業務をしたことがある」という形で。
私はその後、塩漬けクエスト……誰も面倒だからという理由で引き受けなかったクエストを、片っ端から片付けた。
お陰でゴラングの街の人や様子を覚えることができた。そしてダークが意外な情報網を持っていることも知った。
『ネズミや烏たちと契約を結んで町中の情報を集めているんだ。役立つものがあったら教えるよ。それと例の四人を殺したのは、裏社会の縄張り争いが原因らしい』
そしてとうとう私は僅かな間に異例のFランクに昇格することとなり、街の外のクエストも受けられるようになったのだ。
私は冒険者ギルド、ゴラング支部の受付嬢カンナです。
その子は初め、ハンチングを目深にかぶった10歳くらいの可愛い男の子かと思った。けれど、聞くと17歳でしかも女の子だという。男の子の格好をしているのはその方が動きやすいからだと思う。
そこでCランクのお節介役のガンツさんがその子に絡んだの。ところがびっくり、その子の腕を掴んでいたガンツさんの指を握って関節を極めてしまったの。
見かけだけでは分からない。侮れないと思ったわ。
ガンツさんも気に入って、その子…マリーを馬鹿にしたら駄目だと念を押して周囲に言っていた。
驚いたのはそれだけじゃない。Gランクだから街中の雑役が仕事なんだけど、誰も普通やりたがらない。嫌々やってずるずる一年か半年やっているうちになんとか数をこなしてFランクに上るのが普通なのだけど、彼女は一日に5件もクエストを片付けた。これはこのギルドだけでなく、国中のギルドでも新記録だという。
その後もたくさんの塩漬けクエストを手掛けて、何の苦労もなくすいすいと片付けていったのだ。ああ、驚く。そして僅か一か月でGからFランクに昇格した。
これもこのギルドでは最短記録だ。但し、貴族などの権力を使ったごり押し昇格以外ではだ。
私はこのギルドに勤めて7年になるけど、マリーのような大型新人に出会ったのは本当に運が良かったと思う。
カンナはマリーの専属職員になることをギルド長に申し出、その後了承された。
ギルドの二階には資料室がある。そこに薬草図鑑や魔物図鑑があって、私マリーは何日もそこに通ってじっくり読んだ。
最初から魔物の討伐をする気はないが、薬草採りをする場所と魔物の出現場所が共通する場合があるのだ。だから薬草に関する知識と同時に、魔物情報もきっちりと頭に入れておく必要があるのだ。
何か新しいことを始めようとするとき、人には二つのタイプがあると思う。
それは、ぶっつけ本番で当たって砕けろという感じで、後は経験を重ねながら学んでいくタイプ。失敗から学び、実際に現場を肌で感じながら経験を重ねていくタイプだ。小中高の学生時代を通して、私の周囲はそういうタイプがよく目立ったし、実際多かったと思う。
でも私はとても臆病で、とてもそんなことはできない。
その場その場で臨機応変に判断しろと言われても、とてもそんな無謀なことはできない。
ある程度基本的なステータスが高ければそういうこともできただろうが、私は運動神経も鈍く、のろまで判断力が鈍い。
だから私は事に臨むとき、徹底的に下調べをして、本番でしくじらないように万全を期すタイプなのだ。
だから薬草図鑑は隅から隅まで調べ、実物は図鑑と比べてどうなのかを、現物が入荷したとき、カンナさんに頼んで見せてもらった。
というのは、特定の薬草だけをターゲットにすると、それ以外のものが目の前にあっても気づかずにスルーしてしまうという無駄が考えられるからだ。
ある一定の範囲に10種類の薬草が生えているとすれば、そのうちの一種類だけをターゲットにすれば、全部の薬草を採取する労力の10倍がかかるということだ。
まして図鑑に載っている薬草は10種類どころではない。150種類から200種類はある。
冒険者ギルドでは、傷薬や魔力回復、及び体力回復に関する薬草に重点をおいて、ほんの3、4種類くらいしかクエスト募集しない。
でも自分にはダークの闇収納がある。採取しておけばいつかは役に立つ。
薬草にも、湿地に育つもの、乾燥地に育つもの、痩せた土地に多い物、肥沃な土地に生育するもの、と様々な条件がある。見当違いな所を捜しても見つからないのは当たり前である。日陰を好む薬草を日向で求めるのは愚かなことだ。
そういう意味でも予備知識は必要なのだ。
そして一番心配なのは、魔物や魔獣だ。魔獣の中には、一部の薬草を好んで食すものがいると聞く。流石に魔物図鑑にはそこまで詳しい記述はないが、薬草を求めていると遭遇する確率の高い魔物が多いのはよく聞く話だ。その辺はダークが、冒険者たちが飲んでいる酒場から情報を集めたりしているのだ。酒場の床下から鼠が集めて来た情報だ。
それによると、傷薬になる薬草を採取しているときにゴブリンに遭遇することがとても多いということだ。そして魔力回復に関する薬草が生えている所にはコボルトがうろうろしている。
そういう情報を私はノートに纏めることにしている。そういうノートがもう何冊にもなったころ、ようやく私は重い腰をあげた。
「クエストを受ける前に下調べをしたいですって?」
カンナさんは呆れた顔をする。けれど、初めて街の外を歩くのだから、草原の植生とかを大まかに知っておきたい。
よく聞く話が、「草原にはなにもない、森の周辺まで行かないと採れない」という話だ。だがそれは、特定の傷薬とか魔力や体力を回復する薬草に関してだけで、殆どの薬草は草原に豊かに生えている。
腹下しや下痢を止める薬、逆に便秘に効く通じ薬、頭痛薬、熱さまし、麻痺薬、草かぶれに効く薬草、胃腸を整える薬、毒抜き、化膿止め、殺菌剤になる薬草、神経を鎮めるもの、興奮剤、などなど、まさに薬草の宝庫なのだ。
だが、そんなものを採取してもギルドでは買い取ってくれない。買い取ってくれるとしたら薬師だろうが、在庫が間に合っていれば買い足す必要がないから、あまり希望が持てない。
中には、流行病の特効薬として一時注目された薬草も、草原には何気なく生えている。けれどもそれを摘んだとしても、今は需要がない。
でも私は馬鹿だから、とにかくそういうものも片っ端から採取した。闇収納はいつまでも採った時の新鮮さを保って保管できるからだ。それに闇収納の収納能力はほぼ無限と言って良い。
人気の傷薬や魔力体力回復関係は、確かにほんの僅かしか採れなかった。
それで、森の周辺を探ってみると、少しは生えている。それでほんの少しだけ森に入っていくと、ちらほら見つかるように……。
そして気がついた時は、目の前にゴブリンがいた。丁寧に団体さんで。
知らないうちに傷薬の群生地に近づいていたらしく、ゴブリンたちも手に籠を持って薬草を集めている所だったらしい。
そうか、ゴブリンも戦えば傷つくこともあるから需要があるのか。
『逃げろ』
ダークの警告を聞いて、すぐ私は走って森の入り口に向かった。というのは、剣や棍棒を持った戦士のようなゴブリンたちが前に出てきたからだ。
ゴブリンは砂糖に群がる蟻のように、相手に食らいつく。しかも人型のゆえに人間と同じく武器を使う。
人間の兵士と違って怖いのは、命の大切さを学んでないらしく、死兵のように飛び掛かって来ることだ。仲間が殺されても平気で、怯えることなくかかってくる。
彼我の戦力差とかを考える知能がないのが怖い。個としての命を守る意識が欠如しているのだ。
だから同じ大勢でも、小柄な中学生に囲まれているのとは違うのだ。そっちの方なら一番強そうな奴を先に潰せば、いくらかはびびって腰が引けるものだが、ゴブリンは違う。そういうのは上位種が混ざるのでない限り、関係ない。最後の一匹になっても逃げようとはしないのだ。
だから私は逃げた。だがダークはエネルギーの関係から、圧倒的なスピードで私を逃走させてはくれない。過剰に力を発揮するとエンスト状態になり追いつかれてしまうからだ。
その結果、私は街の門の近くまでゴブリンたちを連れてきてしまった。こういうのは「トレイン」とかいうのだそうだ。門まで連れて行けば、私が責任を問われるのだ。
『仕方ない。ここで戦うしかない。マリー、やれ』
くそぉ、最初から最大出力を出して引き離してくれていれば、こうはならなかった筈なのにっ!
『すまん、余計な心配をし過ぎて、却って悪い結果を招いてしまった』
ゴブリンは一度にかかってくる。だから私は逃げながら囲まれないようにして、棍棒を奪い取ってそれを振り回した。
ボクン、ガツン、バキャッ!
棍棒がヒットして血が飛び散るごとに、私は悪寒が走って吐き気がする。それがマイナスエネルギーとなって出力を保つことになるのだから、嫌になってしまう。
棍棒が折れたので、後ろから抱き着いてきたゴブリンを引き剥がして、足を持って振り回した。足に齧りつこうとしたゴブは、もう一方の足で踏み砕いた。
3体か4体が飛び掛かって来た時には、体重を10倍にして地面にダイブした。
それで圧死したゴブリンを剥がして振り払うと、今度は剣を持ったゴブが斬りかかってきた。切られはしないけど、多分すごく痛い気がするので、必死に避けて剣をひったくると蹴飛ばす。それから剣を振るうと、なんと二匹いっぺんに切ってしまった。
二匹とも胴体が横一閃で上下に分かれたのだ。さすがにその後の光景を見てしまった私は吐いてしまった。気持ち悪すぎる。
そのときに臭い息を吐きながら近づいてきたゴブリンのにやけた顔を見て腹が立ち、顔の真ん中にパンチを食らわせた。
グーで殴ると拳の骨を痛めると日ごろからダークに注意されていたのだが、その時はそんなこと考える余裕はなかった。
その時の力はどれほどだったか分からないが、明らかにそのゴブの顔は陥没して、二度とそのにやけた顔はできなくなったと思う。
目の前に二匹が向かってきた。なんだか、途中から二匹の動きが遅くなっている。これはどういうことだ?
『動体視力が発達して、周りの者の動きが闘争時にゆっくり見えるようになるんだ。戦ううちにそういう能力が目覚めたと考えると良い』
筋繊維が細くなって分裂していくことと言い、今回の動体視力とか、私って急に進化してるんだけど。
『転移者は新しい世界の環境に順応しなければならないから、若干体や能力の変化が急に訪れることがあるんだ。それもこの一環だと思う』
はあ、そうなの?
それからは私は楽だった。前から来た二匹は、両手に一匹ずつ首を捕まえて、そのまま力を入れると頸骨が音を立てて折れた。
そして彼らの中にアーチャーがいたらしく、矢が私に向かって飛んできた。私はその矢を掴むと、そのままゴブリンアーチャーの方に走っていった。
「お前は何故、ほぼ全滅に近くなるまで矢を放たなかったんだ?」
普通は真っ先に狙うだろ?
相手が慌てて次の矢を番えた時には、そいつの目の前に私はいた。
手刀チョップを頭頂に見舞ったのだが、頭の真ん中がV字型に陥没して相手は倒れた。
私はゴブリンの剣を使って、討伐証明となる左耳を切って集めた。弓や棍棒や刀などの武器は、少しはましなものだけ収納した。
たとえ銅貨1枚程度にしかならなくても、換金できるのなら換金しておきたい。まだ息をしているゴブリンは、首を踏んで殺した。
私はギルドに行くと、カンナさんを呼んで相談することに。
「えっ、街の外にゴブリンの死体を放置してきたって?」
「ええ、数が数だけに処分しきれなくて」
私が持ってきたゴブリンの左耳は全部で23個あった。数えてなかったし、無我夢中だったから何匹いるかは分からなかった。
なんと聞くと、ゴブリンは一匹銅貨4枚になるらしい。だから大銅貨9枚銅貨2枚の収入になった。だいたい銅貨1枚100円くらいだから、9,200円くらいの収入になる。
これがクエストとして受けた時は、一匹の討伐代銅貨5枚だから銀貨1枚と大銅貨1枚銅貨5枚になるという。11,500円くらいか。
そしてギルドには、領主様からその1割の額が支払われるというのだ。
クエストとして討伐したものでないものは、領主の方では関知しないというから、そのため褒賞額が安くなるという訳だ。
ゴブリンの死体は、ギルドから派遣された魔法使いが火魔法で焼却してくれるという。私だったら穴を掘って埋めなければならないけど、とてもじゃないけど無理だと思う。
その派遣料はギルドで持ってくれると言うから、本当に助かった。
『そろそろこの街は出た方が良い』
ダークがそう言ってきたのは、私が目立ち過ぎるからだという。
衛兵隊の方では、例の四人組を殺したのは、裏社会の人間があの後空き家に入ったのが目撃されていたため、犯人が特定できないまでも、私が殺害に関与していないと判断された。
けれども同時に、私があの空き家に入ったのを見ていた人もいたらしく、道端で彼らの持ち物や衣服を拾ったという嘘がばれているらしいのだ。
それだけで罪にはならないかもしれないが、今後衛兵隊に目をつけられる恐れがあるという情報があったので、早速カンナさんに街を出る挨拶をして出発した。
そのときカンナさんには悪いが行く予定の南方向とは言わずに、北方向と嘘を言った。
そしてわざわざ北側の門から出て、石壁の外周を半周して南側の街道に出たのだ。
私はさらに街道と平行に、丈の高い草の中を歩いた。体には虫よけの薬草の匂いを染み込ませ、街道には近づかないように、また離れ過ぎないように歩いたのだ。
こういう丈の高い草の足元にも、日陰を好む薬草の種が飛んできて根付くもので、何種類か私は採取しては闇収納に納めた。
途中、角兎と遭遇して頭を平手で叩いて気絶させてから殺して収納した。
街道の方に常に神経を向けていたが、なにやら様子がおかしい。
私は街道から100mは離れて歩いていたのだが、ほんの5mも離れていない草に身を隠している連中がいたのだ。
これはきっと待ち伏せに違いない。
私は体重を軽くして、そっと彼らの方に近づいて観察した。
腰には拘束用のロープに束を下げている。後はナイフや長剣、皮鎧などで身を固めている。
私がいた側にはそういう男たちが10人ほど。そして街道の反対側にも同数の者が潜んでいた。
それだけでなく、さらに先の方には挟み撃ちにするための人員が配置されていて、それだけでも、ここと同じくらいの人数が隠れていた。
幸いなのは、今回弓士がいないことだ。盗賊なら必ず弓士も配置して遠くから奇襲してターゲットの数を減らすというのがダークの言だ。
けれども、40人前後の者が腰にロープまで用意して何をしようとしているのだろう。
『まず北側から来る者たちが狙いだろうな。それも不特定多数の相手じゃなく、ターゲットは決まっているらしい。盗賊のような様々な皮鎧とか身につけているが、腰の長剣は騎士が使うもので、みんな同じものだ。様々な武器を使うのが盗賊の普通なんだが、バトルアックスもなければ、大鎌もない。剣も様々な形を持っているのが自然だ』
誰を狙っているの?
『実は何日か前から、領主のゴラング子爵邸に貴族の客が滞在していたんだ。子爵夫人の年の離れた妹で、ここから南にあるプレシャス伯爵領から遊びに来たものだ。「じゃあ、伯爵令嬢なんだ」そうだ。名前はノノレタ・プレシャスという14歳の娘だ。「じゃあ、なんでその子をターゲットにするのよ」実はこのノノレタ嬢は王家に気に入られ、第一王子と婚約する手筈になっている。それを気に食わない上級貴族がいるということだ。「あっ、分かった。人質にしてから解放するわけね」そうだ。一度盗賊に人質になった令嬢は、王子の婚約者としての名誉を失うということだ。「それにしても、令嬢一人を生き捕りにするのに、何故全員こいつらはロープを持っているの?」こいつらは間違いなくどこかの貴族の私兵の騎士だ。誰が令嬢を生け捕りにするかで手柄を競う積りだろう。「なーるほど、これは幸いだわ」何がだ?』
つまり……今のうちにこいつらの数を減らして、悪だくみができないようにするのよ。
『馬鹿、やめておけ。相手は貴族だ。碌なことにはならないぞ』
じゃあ、せめてその馬車がここに来る前に知らせてあげないと。
『どうやって? 多分馬車と警護の騎士たちに囲まれてやってくるが、平民の娘の言うことを信じるか? それにきっと偵察の者がいて、近づいてきたら合図を送る算段をしている筈だ』
40人前後の兵力で待ち伏せていると言うことは、相手の警護の数よりかなり多いよね?
『伯爵令嬢の警護には騎士が10人ほどいたと聞いている。鼠情報だがな』
駄目だ。不平等だ。少なくても同数で戦うべきだ。
『おい、何を考えている?』
私は自分がしたいことを告げて走った。そのとき私の体重は僅か400gだ。そうやって近づくと、殆ど気配が感じられない。
私は一人の兵士の背後から近づいて口を塞ぎ、頭部を叩き気絶させた。そして剣を鞘ごと奪って闇収納した。
頭に衝撃を与えるときだけ、瞬間的に体重を増やしてインパクトを与えた。だけど私が二人目を襲おうとしたとき、相手が気づいて大声を出した。
「なんだ、なんだ?!」「子供がいるぞ」
「大人しくさせろ」「いや、殺せ」
その時は他の者はまだ、子供が紛れ込んだということしか認識してなかったみたいだ。
私は連中を少しでも早く無力化することに力を注いだ。二人目の兵士はとっくに気絶させたし、その後3人ほど叩きのめした時に、ようやく私が何をしているのか他の者にも分かったようだ。
何しろ草深いから、何をしているのか分かりづらいのが私には幸いした。
「おいっ、抜剣しろっ」「手ごわいぞ」
「もう何人もやられた」「斬れ、斬れぇぇ」
道の反対側に潜んでいた者たちも、街道まで姿を現わして何が起きたか見ようとしている。挟み撃ちをする予定の者たちは200m以上離れているが、それでも何か起きたようだと気づいて道に出て姿を現わし、こちらの様子を窺っている。
私は反対側から来た男たちに向かって、倒れた男たちを投げてぶつけた。
私から彼らは見えるが、彼らから私は見えづらい。そこが狙いだ。
何か争いが始まった。それは予定外の何かだ。そう判断したのか、挟み撃ち要員の者たちが街道を走ってこっちに来る。手に手に剣を握って、血相を変えて走ってくる。まさに鬼の形相だ。
私にとっての武器は、倒れた兵士の体しかない。動体視力があっても、剣の専門家の騎士にはきっと敵わない。一人くらいなら良いが、大勢だときっと斬られる。結界なんて斬ってしまうだろう、きっと。
とすれば、人間弾丸しかない。
私は路上の兵士を大体倒したので、追加の奴らが来るまで、しっかり気絶させて草むらに放り投げた。
そして彼らが到着する前に、自分も草むらに飛び込んだ。
「おい、どこに行った?」
「他の者はどうした?」
「子供の姿が見えた」
「兵士を投げていたのは子供か?」
「みんなやられたのか?」
「化け物か?」
私はだいたい全員が来たのを確認して、草の中に倒れている兵士の足を掴むと、回転した後ハンマー投げのように投げた。
「うわっぁ」「ぎゃぁ」
間違って飛んできた仲間を串刺しにした者もいた。一度に3人くらい倒れた。
「離れろ。くっつくな」
私はどんどん狙いを定めて投げるが、飛んでくるものが大きいので、割と避けている者もいる。仕方ないから、私は兵士の体を手に持って一気に駆け上がり、避ける暇もない近接距離で叩きつけた。
その後すぐに草むらに戻ったが、後を追って何人も追いかけてきた。
「殺せっ、殺せっ、絶対殺せっ、何もかも台無しだ」
一人が叫んでいる。少しは上の立場の者なのか、私は次にそいつを標的にして人間弾丸をお見舞いした。
何か鈍い音がして、その男も倒れた。
まだ数人残っていたが、ちょうどそのとき合図があったらしく、彼らは慌て出した。
「来るぞ。だがこの人数では向こうの方が多い。駄目だ。この兵士を草むらに戻せ。気づかれる」
だが私は徹底的に邪魔をした。結果全員倒した。彼らは焦って心の余裕を失っていたのだ。だから成功した。
同僚の兵士の体をぶつけられ倒れた所を、頭部を叩かれて気絶させられる。
更に私は彼らの剣をできるだけ闇収納して奪って回った。
『どうする積りだ。プレシャス伯爵令嬢の馬車がもう現れるぞ』
私はダークと相談して、大きな鍔広帽子を被り、闇収納から女もののドレスを出して身に付けた。
道端にたくさんの人間が倒れているので、向こうから馬車が来て少し前で止まり、騎士が様子を見に来る。
「これはなんだ? 剣はないが、明らかに怪しい者たちが倒れている」
「うーん、この顔はどこかで見たことがあるぞ。どこかの貴族の騎士だ。剣があれば分かるのだが「剣はあります」何? 何者?」
私は右手でスカートの中頃の端を摘まんで、左手は胸の下に掌を当てて、コーティシーをした。この時、スカートの裾は摘まんでいることが分かる程度で良く、あまり大きく持ち上げると足首が見えてしまうので礼儀に欠けるという。
「私はこの道を南のプレシャス市に向かって歩いていましたが、この者たちに襲われました。そのとき不思議な者が現れ、全員を倒してから私に言ったのです。彼らの剣をこれからやってくる馬車の主に買い取るように言えと。受け取った金は、後から自分が回収に来るまでお前が預かっておけと」
騎士たちは顔を見合わせている。そこで私は草むらに隠していた兵士たちの剣を見せた。40本余りの長剣が束になって置いてあった。全く同じ形状の剣で柄には紋章がついている。
「これはっ?!」「ネファリアス公爵家の」
「この者たちはいったい何をしようとしてたのか知ってるか?」
「いえ、私は何も知らされてません」
「その者はどんな姿形をしていた。見れば剣の傷はなく、すべて打撲が中心の損傷のようだ。さぞ、熊のように大きな人物だったのだろう。そしてそれも一人ではあるまい」
「一人のようでした。そしてそんなに熊のように大きなものではなかったのですが、どうしてかその方の姿を私ははっきりと見ることができませんでした。暗い陰がその方の周りを包むようで、しっかり姿を見ることができなかったのです。そして聞いたことは先ほど伝えたことだけです」
「お前の名はなんという?」
「私はFランク冒険者のマリーと言います。ちょうどゴラング子爵領からプレシャス伯爵領に向かっていたところです。薬草採取をしながら草の中に入っていったところ、草の中にたくさんの人が隠れていて、私は捕まって殺されるところを、その方がどこからともなく現れて、その後は申した通りです」
「そこで暫し待て……いや、待つように」
騎士の一人が馬車まで戻り、中の人物と何やら話している。そうすると中から若い令嬢が降りてきた。
輝くような美しさの彼女は、きっとノノレタ・プレシャス伯爵令嬢その人に違いない。
私はダークに教えられた通り、膝頭を地面につけてから、両手を上に上げてから頭と一緒に下げて膝を畳んだ。
平民が尊い貴族に示す平伏の形だ。
「ほう……騎士にはハーフ・コーティシーで注意を惹きつけ、我には平民として平伏してみせるのか?」
「……」
まさに鈴を転がしたような美声だ。女の私でも惚れてしまいそうな声だ。
「名は何という?」
「マリーでございます」
「顔をあげよ。下を向いたままでは話もできぬ」
私は顔をあげて正座の形で令嬢を見上げた。
「そなたは、その方にいくらで剣を買い取るように言われた?」
「いえ、何も言われておりません。その……ただ買い取ってもらえと。そしてそれを私が預かっているようにとだけ」
「そうか。値段はこちらでつけよということじゃな。だがここでは持ち合わせがない。その剣だけでも買うには手持ちでは足りないのじゃ。そこで悪いが馬車に乗って、一緒にプレシャス伯爵邸にまで来てくれぬか?」
えっ、ななななにぃ? 馬車に一緒に? そんなの心臓が持たないよぉぉ。
『良いから黙って馬車に乗せて貰え。余計なことはしゃべらずに、言われた通りにしておけ』
ああ、現代日本に直すと、大財閥のお嬢様が乗る高級車に同乗するようなもんでしょ? で、気に入らなかったら権力を使ってこの世から抹殺するとかできたりして。
『黙って従え。まだ返事をしてないぞ、マリー』
「あっ、はい分かりました。宜しくお願いします」
「ふふふ、返事に少し間があったのう。さすがに肩がこるのかもしれぬな。かと言って騎士の馬に乗せる訳にはいかぬ。警護の仕事に障るのでな」
その後、騎士の一人に何やら耳打ちすると、騎士たちは剣を束にして持って馬車に積む者、倒れている兵士の生死を確かめながら彼らの持っていたロープで縛る者と作業が始まった。何か特殊な縛り方で、手足を動かすと首が締まるため動けないようだ。
何人かは縛らないままにしてある。まさかと思ったが、そのまさかだった。打ちどころが悪くて死んでしまったらしい。
それを横目で見ながら、私は促されるままノノレタ伯爵令嬢と共に馬車に乗った。中には侍女らしき女性と男の従者がいた。
私は何故かノノレタ嬢の左隣に座るように言われ、侍女は右隣、向かいに従者が腰かけた。
「ところで、ハーフ・コーティシーはどこで覚えたのじゃ?」
早速予想した質問が来たので、私は用意していた答えを言った。
「お名前は忘れましたが、確か騎士夫人の方に教えて貰ったと思います。冒険者としてその方の夫に届け物を頼まれたとき、平民だと相手にされないので、このコーティシーを使いなさいと。但し使うのは今回だけにすることと」
「それなのになぜまた使ったのじゃ?」
「はい、伝える内容が唐突なことでしたので、騎士様に相手にされないと思い、今回に限り使いました」
「なるほど。お前はその意味を知らないという訳か」
「はい、恐れながら」
「男爵未満の……騎士爵、準男爵の間で簡単なコーティシーとして流行ったのがハーフ・コーティシーじゃ。正式なコーティシーではないので、たまに騎士などと親しい平民の娘も使ったところ、それは許されてしまったのじゃ。平民が生意気にもコーティシーを使えば、無礼者ということになるが、ハーフならまあ良いじゃないかってことになったらしい。もちろん平民の娘が男爵以上の貴族に使えば打ち首ものじゃがの。良かったな、我にそれを使わずに」
私はダークに言われた通りやっていたので、それを聞いて首筋がスーッと寒くなった。
その後は色々と冒険者の仕事について質問されたが、主に薬草関係の知識を披露することで、そっちの方に話を逸らした。
町が近くなったときに入れ違いに、空の馬車を沢山引いた一団が街を出て行った。
『たぶん草の上に縛って放置したネファリアス公爵の私兵を回収しに行ったのだろう。騎士が鳩を飛ばしていたからな』
なるほど、仕事が早い。
やがて伯爵邸で馬車は止まり、私は執事らしきおじさまに案内されて、応接間のような所で待たされた。
一時間くらいして、鷹のような鋭い目をした男性がやってきた。
「吾輩はエドモンド・プレシャス伯爵である。その方がマリーとか申す冒険者の娘か?」
私は慌てて立ち上がり、床にひれ伏した。
「ああ良い良い。楽にしろ。悪いがもう一度、娘たちに話したことをしてくれないか?」
うわあ、警察の取り調べみたいだ。ああいう所では、同じ話を何度もさせられて矛盾しないか試されるとか。私はダークの力も借りて、矛盾のないように話をした。
「そうか。してお前はその男の……刺客と戦っている様子を見なかったのか?」
「はい、実は私は気を失っていましたので、目を覚ました時はすべてが終わった後でした」
「ふむう、で、その男の容姿とか風貌については何かないか」
「いえ、実は男なのか女なのかも分かりません。私は自分で勝手にダーク様と言っているのですが、その方の本当の名前は名乗らなかったので分かりません。で、風貌ですが真っ黒な陰に包まれているようで、分かりません。ただ、体格はそんなに大きくはなかったような気がします。実際にその人の仲間はたくさんいたのかもしれません。でも、私が会ったのはその人だけです」
「声を聞いても男女の区別はできなかったのか?」
「はい、男だったら声変わりした後なら分かりますが、まるで声変わりしていないような高い声でした。だから女性かもしれないという疑念も残ります」
「ふうむ、男でも異常に声が高い者もいるにはいるからな」
それから大きな箱をポンと出された。執事が従者に運ばせて持ってきたのだ。蓋を見せると、びっしり金貨が詰まっている。
「重いから従者に運ばせる。どこでも指定してくれ。まあ、これだけのものならギルド銀行に預けるのが無難かな」
『金の行方を追う積りだ。俺の指示に従って、今使ってない廃倉庫に案内してやれ』
私は馬車に乗せられ、従者二人がついてきた。そしてダークが指示した廃倉庫まで馬車を走らせた。ダークは凄い。こんな一度も来たことない場所にも詳しいんだから。
私は馬車から降りると、廃倉庫の中に箱を運んでもらった。そして二人にお願いして外で待ってもらうと、金貨の箱をさっさと闇収納に納めた。
少し間を置いてから外に出ると、待っていた従者に冒険者ギルドのある街中まで送っていて欲しいと頼む。
私が箱を持っていなかったので、従者の一人が慌てて中に入った。けれども何も置いてない廃倉庫には、箱どころか人っ子一人いない。
結局、従者二人は私を街中まで送ってくれた後、伯爵邸に戻っていった。
私はあの方に直接渡したと、従者たちには説明した。
冒険者ギルドに行くと、スージーという眼鏡美人のギルド嬢が応対してくれた。
「ゴラング支部のカンナからあなたのことは聞いているわ。なるほど、敵を騙すには味方からってね。北に向かうというのはフェイクだったのね。カンナはその可能性も考えて、こっちにも連絡入れてくれたのよ。ふふふ」
私は薬草御三家である、傷薬と魔力体力回復の薬草以外の薬草の申し込みはないかと聞いたところ、それ以外のもので集められるだけ集めて欲しいというクエストが一本だけあって、塩漬けになっていた。早速私はそれを受けて、できるだけ沢山集めることにした。もちろん全部売りつける積りはない。相手が欲しい分だけ売って、後は自分で保管しておく積りだ。
二日ほど近辺の草原や森を歩いて、かなりの種類の薬草を集めた。
その後、クエストを出した顧客である、薬師の家に行った。そこは古びた薬師の店で、店頭には僅かな薬が置いてあるだけだった。
「どなたかな?」
中から年寄りの御爺さんが顔を出した。
「あのう、冒険者ギルドから来ました。Fランク冒険者のマリーと言います。薬草をお届けに参りました」
すると最初どんよりしていた老人の目が、光を帯びて輝き始めた。
「み……見せてくれ」
私は見本の標本にしたものを次々に出して見せた。
「この標本の薬草なら、全て相当数持って来ました。希望数を言って頂ければ」
「それはっ……駄目だ、やっぱり遅すぎた」
「えっ?」
「クエストを出してからもう三年も月日が流れたんだ。この店も客が来なくなって、売り上げも落ちてしまった今、原材料の薬草を仕入れたくても、元手の金が1ポリーもない」
『1ポリーとは銅貨1枚分の単位だ』
「でもって、どれだけ欲しいんですか?」
「娘さんや、マリーさんて言ったかな? あんたは私の話を聞いていたのか? 欲しくても払う金がないんだよ」
「金じゃなくても良いんです。そうですね、薬の作り方を教えてくれませんか? それで手をうちましょう。あとクエスト完了のサインをして頂ければ」
「えっ、本当に…本当にそれで良いのか? じゃあ全部の種類…10…いや20ずつくれるか?」
「何を言ってるんです。20本なんて2束でしょう? 10束…100本ずつ欲しがってくださいよ。こっちも張り切って集めたんですから」
闇収納からそして薬草を出し入れしてみせた。
「収納している間は劣化しませんから、この中で預かっておきます。では早速教えて下さい。何から行きますか?」
「じゃあ、腹下しの薬の使い方から教えるか」
こうやって私は一日5種類の薬を作ってその製法を教わることにし、期間にして3か月通うことにした。一応弟子ということになるから、たまに店番まで手伝うことに。そうすると、可愛い女の子が店番しているって噂が広まったらしく、冒険者とか客の出入りが多くなって、師匠が喜んでいた。
薬師の店に通うことになって三日経ってから、プレシャス伯爵から呼び出しがあった。
「実は刺客を訊問して分かったことだが、ある貴族の手の者だと判明してね。その貴族と取引をして、あの剣をお前に売ったのと同じ額で売りつけてやった。その他、魔法契約で我が伯爵家とお前の関係者に手を出さないことを約束させた。ところで驚いたことに、彼らは純然たる騎士たちなのだが、40人前後の彼らを無力化したのは、幼い10歳前後の少年の姿をしていたというのだ。けれども巨人のような怪力で彼ら腕利きの騎士たちを千切っては投げ、千切っては投げしてだな、全員潰してしまったんだとよ」
「し……信じられないですね」
「それと、例の金貨の箱は使われてない廃倉庫に持って行ったのだったな? お前はこの街に来たことがあるのか? 「いいえ」じゃあ、何故倉庫のことが分かったんだ」
「実はあの方に口止めされてまして、お金を引き渡す場所だけ事前に教えられていたんです」
「そうか、その部分だけ口止めね。ところであの倉庫でその人が待っていたのか」
「はい」
「で、金貨の箱を受け取った」
「その時顔を見たか?」
「いえ、やっぱりはっきりとは見えませんでした。でも間違いなくあの方でした」
「あの後、従者が倉庫をみたが誰もいなかったと言うんだが」
「ええ、そう言ってました。でもその程度のことは驚きもしません。本当に驚きの連続が服を着ているような人でしたから」
「そうか。じゃあ、その件はこれで全部終わったな。ところであの時、娘は人質にしてから身代金で解放される予定だったらしい。そうすれば、盗賊に数日拘束されていたという事実が残る。それは不名誉なことで、その後の縁談にも影響があったのだ。
本を読み終わって閉じるのと、転生神が起きるのが同時だった。
薫が書いたコメントは転生神がすぐに受け取って行った。そっちの方を見ると、彼女はコメントを読みながら目を閉じて何やらブツブツと呟いている。きっと夢の神託とやらを告げているのだろう。
薫は之は責任重大だなと思いながら次の本を開いた。
読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。