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特殊書籍研究所  作者: 飛べない豚
12/39

デザートから受け継いだ者 (未完)

これは特殊書籍の11冊目です。

俺は親方に呼び出されて、酒を届けに行った。

王宮の中に作られた紅玉宮は、なんでも王の愛妾のために用意された住まいらしい。

俺が酒を届けると、親方は険しい顔をして言った。

「途中で兵士か騎士に顔を見られなかったか?」

「入り口で用向きを伝えるため顔を見せました」

「そうか……ちょっと、見て行くか?」

親方は俺には下を向いて道具箱を運ぶ役をさせて、速足で紅玉宮の中をざっと案内した。

ところどころ兵士が立っていたが、親方は最終点検をするということで顔パスで通過した。

どの部屋も立派なものだったが、圧巻は愛妾の私室だった。

そこに入ると壁の仕掛けを俺に見せた。

「ここから秘密の通路を通って、王都の外に出ることができる」

その後、親方は自分の首筋を撫でて、ブルッと震えた。

「なあ、こんな隠し通路を作らせた後、俺たち職人を無事に帰してくれると思うか?」

俺も首を横に振った。

親方の心配が嫌というほど分かったからだ。

「だからよ……俺は保険をかけたんだ」

「保険って……別の通路を作ったとか?」

「風呂場と厨房の二か所に排水溝を作って、それが王城の外のドブ川に流れるようにしてるんだがよ、その排水溝は狭いから赤ん坊か幼児でなければ通れないんだ」

「じゃあ、駄目じゃないですか」

「と見せかけて、実は両方の排水口に仕掛けを作って、そこから抜け道に出るちょっと太めの通路を作ったんだよ。おい、もうこれ以上時間はかけられねえ。ローグ、お前はもう帰れ」

「親方はどうするんで?」

「たぶん俺たちを殺すとしたら、酒に毒を混ぜて飲ますと思うんだ。愛妾の館の大広間を血で汚すとは思えないからよう。俺はこっそりこの酒を飲んで、死んだふりをして隙を見て逃げるつもりだが、うまく行くかどうかは……これから紅玉宮完成の打ち上げが始まるからよ。なにがあっても騒ぐんじゃねえぞ」

俺は急いで出口に向かったが、兵士たちがもう閉鎖したと言って、出してくれなかった。

こういう時の兵士は問答無用で、何を言っても通じない。

だからなんとかここから脱出しなくてはいけない。

だとするとあの方法しかない。

厨房は王宮の料理人たちでいっぱいなので、しかたなく俺は愛妾の部屋と続き間になっている風呂場に直行した。

愛妾の部屋のドアには兵士が立っており、そこから中に入ることはできないが、そこにも抜け道があって、中で一枚のドアで部屋続きになっている風呂場の入り口には兵士が立っていない。

しかもその入り口のドアはフードがついており、兵士に見られないように身を隠しながら入ることができるのだ。

そして風呂場に無事侵入した俺は早速例の排水口を見た。

そして排水口の蓋を開けたものの、仕掛けが分からずそこで時間を食った。

排水口の蓋は結構大きくて、両腕で円を作ったくらいの大きさだった。

その下には石でできたU字管の排水溝が続いているが、排水口の真下だけが平たい石になっていた。

そのとき人声が聞こえて、誰かが愛妾の私室に入ってくる気配がした。

俺は必死に仕掛けを捜した。

そしてその底石の板に僅かな隙間があることに気がついた。

その隙間は木片で栓をしてあり、水が漏れないようにしてるが、なぜ隙間があるかと理由が分かった。

親方ならそこに鉄のフックのような道具を引っかけて石の板を持ち上げることができるだろう。

生憎俺にはそんな道具の持ち合わせはない。何かないかと見回すと、歯ブラシに使うクジラの骨があった。

それに腰紐を結んで隙間の中に入れ、引っ張っても抜けないように引っかけると慎重に持ち上げた。

「どれ、風呂場の方も見てみるか」

男の声が聞こえた。

俺は慌てて石の板の下に開いた狭い穴の中に体を潜り込ませ、石板で蓋をした。

「なんだ? 排水口の蓋が開いたままだぞ。けしからん。こういうだらしない工事をする奴は打ち首ものだな」

「けれどどうせ全員死んでもらうんですから、同じことではないですか? 陛下」

「それもそうか。宰相、蓋をしておいてくれ」

「はい、陛下」

その声は石板の僅かな隙間から漏れ聞こえて来た。

駄目だ、きっと親方は厨房には近づけないし、ここだって、俺の体でもギリギリだから無理だろう。

それにここにたどり着く前に捕まってしまうだろう。

俺は少し石板を持ち上げ、木の栓をしてからピタリと石板を嵌めた。

声が遠ざかるのを確認して、俺は穴の下の方にゆっくりと体をずらしていった。

すると足元が固いもので遮られて、それ以上下がることができない。

俺は思い切り蹴った。

足元の固いものが外れて下に落ちて、俺も一緒に落ちてしまったのだ。

そのときに背中を下の固い床にぶつけて、一時的に呼吸が止まった。

物凄く痛かったが、声は出せなかった。

それに頭をぶつけないで良かったと思った。

「なんだ? 向こうの方で変な音はしたぞ」

足音が近づく気配と鎧の装具の音。

「この辺で音がしたと思ったが、何も落ちていないな?」

俺が落ちた場所は、壁と壁の間の僅か幅50cmほどの狭い隠し通路だった。

たぶん、階上の愛妾の私室からの秘密通路と繋がっているのだろう。

兵士たちが去ってから、俺は方向が分からずとにかく適当な方向に進んだが、そこは上に続く梯子がかかっていたので、逆だった。

また引き返して、下に続く梯子を見つけて下りると、今度はそれが長い梯子で、恐らく地下道のようなところに出ることができたのだ。

実際のところ、反乱や敵が攻めて来た時に、王が愛妾と一緒に逃げるには相当体力もいる通路だった。

こんなもののために職人を全員殺すなんて無茶な話だと思う。

地下道そのものは古いものだった。

恐らく王宮の王の部屋にも同じような抜け道があって、それがこの地下道に続いているのだろう。

長いトンネルのようなところで、とにかく真っ暗で良く見えないし、上からは冷たい水の雫がポタポタと落ちて来る。

壁には魔法の灯りらしきものが用意されているが、点灯の呪文を知らないので、そのまま歩くしかない。

地下道はやがて円筒状の古井戸のような場所に出た。

そこにもコの字状に鉄棒を曲げた足場が壁に打ち付けられて階段代わりについているが、普段大きな椅子に座ってそっくり返っている王様が楽に登れるとは到底思えない。

この古井戸は、始めから水が出ないダミーの井戸らしかった。

そして、登るにしたがって漸く上の光がぼんやりと見えて来た。

出た場所は粗末な掘立小屋の物置みたいなところで、これはかなり古いものだった。

外に出ると王都の外壁からかなり離れた森の中だった。

ずっと暗がりを歩いて来たので、外の光が眩しくて涙が出た。

本当は王都に戻って荷物をまとめて来たいが、そうはいかないと思った。

あとで職人たちの人数と後から入った俺のことも兵士から聞くに違いない。

とすれば、俺は王都に戻ることはできない。

着の身着のままでここから少しでも遠ざかる必要があるのだ。


どれだけ歩いただろうか?

途中村々はあったが、目撃されればあとで兵士に密告されるかもしれないので、姿は見られないようにした。

本当はちょっとでも寄ってポケットマネーで何か食べるものを分けてもらいたかったのだけれど、それも危険なので避けた。

ところでそういう風に村人と接触することを避けて来たのだが、何故か本当に村人の姿を見ることがなかったのが妙だった。

その理由をやがて望まぬのに知ることになろうとは思わなかった。

ある村に着いた時はもう日が暮れかかっていた。

それでこっそり一軒の農家の穀物庫に入ったのだ。

鍵はかかっていなかったのが幸いした。

そこには沢山の収穫した穀物や根菜などが山積みされていた。

俺はその中に隠れるようにして眠ったのだ。

何か分からないが正体不明の不安に襲われながら。


翌朝まだ未明の頃だと思う。

ふと目を覚ますと血の匂いで全身が震えた。

まず周りを見回して驚いた。

あれだけ沢山あった穀物や根菜類が何もなくなっていたのだ。

その代わり大人の男性くらいの真っ黒な生き物が物置の角の壁に凭れていた。

それほど真っ暗でもないし天井近くの明り取りから光が漏れているはずなのに、俺はそれをはっきり見ることができないでいた。

そいつは黒い靄のようなものに全身を覆っていて、荒々しい息と体に刺さった7、8本の矢で弱っていたように見えた。

そしてそいつの顔はまさに鼠そのものだった。

だが首から下は人間のような姿をしていて、壁に凭れているのがやっとという様子だった。

俺はそいつを魔物だと思った。

いや、それとも……

ところがそいつが突然口を利いた。

しかもすらすらと。

今にも死にそうな様子だってのに?

「おいおい、儂は悪魔じゃない。これでも魔族だ。真名まなは言えんが、通称はデザートだ。まあ、階級は下っ端だがね」

「魔族……か?」

「悪いけど寝てる間、記憶を覗かせてもらった。そりゃひどい目にあったな。ローグだったっけ?」

俺はもう一度空になった倉庫の中を見回した。

「儂は魔王軍ではソロの遊撃兵で階級は軍曹だ。けれど俺が原因で死んだ人間は毎年千人を超すんだ。これは魔王軍の将軍級の魔族でも敵わないだろう。俺は冬支度を済ませた村を襲っては、倉庫の備蓄食料を全て奪い去るのさ。要するに村を枯らすということさ」

「いくら人間があんたら魔族と敵対関係だとしても、食料を取り上げて餓死させるなんて酷過ぎないか」

「儂には戦闘力がない。だから直接殺すことはしない。苦手でね、そういうのは。けれどそれでも全滅はせずに生き残る者もいる。そういうのはさらに逞しくて強く生きて行くと思うんだ。儂は淘汰の手助けをしてるとさえ思うんだ」

「都合のいい理屈だね。で、今回はどうしたんだ?」

「ああ、これか?」

デザートという名の魔族は自分の体に刺さった矢を見てから肩を竦めた。

「儂があちこちの村を荒らし回っていることを知って、罠を張っていた村があったんだ。わざと中央の広場に宴会用の酒やご馳走を準備しておいて、家の中から出て来なかったりしたもんだから、毒とは知らずに盗み食いや盗み飲みをしたってことさ。そしてまずいと思って逃げようとしたら一斉に矢を浴びせ撃ちって訳だよ」

俺は魔族というものと初めて喋った。

だから饒舌になっていたと思う。

「何か俺にできることはないか?」

今死にそうな魔族に向かってそんな言葉しかかけることはできなかった。

かと言って俺にできることはないとは思うが。

「ある」

「えっ?」

「儂が死んだら土の中深く埋めることだ」

「いや……そうしてやりたいが、そんな大きな体を運んで、しかも土に穴を掘って埋めるのは非力な俺にはできそうもない。それに俺自身追われていて、そんな時間食うことしてられないんだ。悪い」

俺こそ最後に末期の水を飲ませるとかそのくらいのことしか思いつかなかったので、驚いた。

「いや、お前に俺の能力を授ければ簡単にできるはずだ。だから今魔法契約をしてもらおう」

「ま、魔法契約?」

「おまえのことを信用してない訳じゃないが、これは確実にしてほしいので契約したい。いいか?」

「わ、わかった」

「ではこれから魔法契約を儂デザートとこの者ローグとの間で交わす。儂の状態保存無限収納の能力をこの者ローグに儂の死後すべて引き継ぐこと。そしてその対価にローグは儂の遺体を土中深く埋葬すること、既に収納されていたものについては、他者に無償で恵まない事及びこの能力を秘匿することを契約で定めることとする。もしこの約定が破られるときにはローグの心臓を止めることとする」

何か分からないがデザートの言葉に力が籠り、それが俺の全身に入って来た。

きっと魔法契約が成立したのだろう。

だが俺は少し疑問に思ったことを聞いた。

「魔族は土葬に対して信仰でもあるのか?」

するとデザートは語り出した。

「いや、実は死んだ魔族の亡骸は魔王さまによって回収され、新しい魔族を創り出すのに使われるのだ。そうすれば儂が死んでも儂の代わりに同じようなことする魔族が生まれる。儂はそのことが耐えられないのだ。確かに儂は戦闘能力がないため、地位は低いが、儂の存在でどれだけ魔王軍に貢献したかは数字で示すこともできる。不遜のようだが、儂が王都周辺の農村を枯らせば、王都の兵站の補充ができなくなる。そして多くの農民が餓死すれば、歩兵の補填もできなくなる。常に今まで戦局を左右するような功績をあげてきた儂が軍曹止まりなのは納得がいかないのだ。だから儂は自らの亡骸を地中深く隠すことによって、魔王様に失ったものの大きさを知ってもらいたいのだ。そして弔意の一つでも感じてもらいたい。それが儂の望みだ」

その話を聞いて俺は納得した。だが魔法契約の後半の部分についての疑問もあったので、それについても質問してみた。

「既に収納されていたものについては、他者に無償で恵まない事及びこの能力を秘匿することを契約で定めることとする、という付け足し部分はどういう意味があるんだ?」

「お前が同族の人間に慈悲を感じて、俺が枯らした村に食料を無償で与えたとしたら、儂の功績が無駄になってしまう。それにそんなことをしたらお前が儂の能力を引き継いだことが分かり、魔王様によって魔族に変えられてしまうことになるのだ。能力を秘匿するというのは魔王様に知られないようにするためだ。言っておくが、儂の能力はマジックバッグなどとは比べ物にならないもので、この世で唯一無二のものなのだ。それを失ったことを魔王様に深く後悔してほしいのだ。それがこれから死にゆく儂の我儘な願いという訳さ」

すると急にデザートの生命力が落ちてくるのを肌で感じた。

きっとデザートは魔法の力で死ぬまでのカウントダウンを引き延ばしていたのかもしれない。

突然俺の中に大量の情報が流れ込んで来た。デザートが死んだ途端、契約が実行されたのだ。

そして俺は知った、デザートが極めて希少な存在だったということを。

デザート……その名は茫漠であり、それは彼自身のことではなく、彼の周辺の全てが茫漠になるということなのだ。

リスは頬袋を膨らませ、少しでも多くの木の実を自分の物にしようとする。また、採った木の実を土に埋めて冬に備える。

彼の祖先は貧弱な袋鼠だった。

腹の中には小さな赤子を入れる袋があった。

だが、その子孫の中に赤子を大きく生んで、袋を使わなくなった者が現れた。

使わなくなった袋はほんの少しの間食料を入れるポケット代わりに使っていたのだ。

そしてその子孫に魔獣化したものが現れ、体を大きくした者、牙や爪を鋭くした者も現れたが、より強い魔獣に殺された。

唯一生き残ったものは、腹のポケットの中に異空間を作って、食料を保存できた者だった。

だが、小さくて非力な魔獣としての鼠は、魔王軍にすら見向きもされない卑小な存在だった。

その中の一匹がデザートだった。彼は人間たちの食料を奪うことによって人間を餓死させることを覚えた。

せいぜい一匹が越冬するくらいの食糧しか収納できなかった仲間よりも、より多くの収納ができるようになったのは、デザートの野心によるものだったのだ。

彼は多くの村を枯らすことを覚え、それによって固有の進化を遂げ、ついに魔人になったのだ。

その先は既に彼の口から聞いた話だ。

状態保存無限収納能力をデザートから受け継いだときに、彼のそう言った種族的な記憶も流れ込んで来たのだ。


俺は目を見張った。

というのは俺の収納空間に入っている食料の量は、一国の人間を養うくらいあったからだ。

俺はもはやこれから食うには困らないどころか、それを少しずつ売るだけでも十分財産を稼げるようになることを知った。

俺は夜が明けたことを知ると、デザートの遺体を収納して、その食料庫から外に出た。

そして、森の中の開けた場所に来ると、そこにある大量の草や土を収納して、巨大な穴をあけた。深さ50mの穴だ。

俺はデザートの体を穴の底に横たえると、その上に再び大量の土を被せて埋めた。

これで約束は果たした。


それから半月ほど経って、自分から数メートル離れたものも収納できるようになって来たころ、ある転機が俺に訪れた。


俺はデザートの集めた食料で食いつないでいくことに恥を感じた。

だから俺は一切手を付けていない。

それは何万人もの……いや、何百万人もの人々の命を奪ったに違いないものだからだ。

それに手をつけることは、俺は人として大事な何かを失うことになるのではないかと後になって思ったからだ。

それらの食糧には餓死した人々の怨念が籠っているような気がしたのもある。

だから、全ての収納物に俺は心の中で封印をすることにした。

どんなに飢えても決して誘惑に負けずに手をつけまいと。


やはり人は自分の力で稼ぐことをして、生活の基盤を作っていかなければ駄目だと思う。

俺が冒険者ギルドに入って、このレストブランチ伯爵領でこつこつと薬草採りを始めたのはそういう理由だ。

俺は薬草採りをしているうちに、自分が前世で飛行機事故で死んだサラリーマンだったことを思い出した。

だが俺はこの世界に転生して、息苦しいほど不便に思うことが一つある。

それは情報があまりにもなさすぎるということだ。

前世では新聞、ラジオ、テレビ、雑誌、インターネットとあらゆる情報源があった。

俺はその中で自由に呼吸していた。

だが、今は呼吸ができない感じだ。

せめて本を手に入れたいが、本は貴重で滅多にお目にかかれない。

薬草一つ覚えるにも、ろくな図鑑もなく、現物を見て目で覚えてから採取しなければならないのだ。

本は欲しい。クエストをして金を溜めたら一冊でも良いから買って読みたいと思った。

それは喉が渇いて水を求めるのにも似た渇望だった。

薬草集めは最初は散々だったが、慣れてくるにしたがって、俺の薬草はギルドから最優秀の太鼓判を押してもらえるようになった。

それは状態保存の収納空間を持っているおかげなんだが。

なにせいつでも採りたての状態をギルドに提出できるからだ。

いつしか薬草のローグ小僧とまで言われるようになった。

そしてその頃は、手を使わずに直接薬草を収納できるようになっていた。

収納の能力は使えば使うほど、デザートの記憶が甦り、高度な技術を使えるようになって来た。


その日も俺は朝早くから薬草採取のために森の浅い所にいた。

薬草を集め始めてしばらくすると、森の奥から激しい足音が近づいて来る。

思わず俺は藪の中に身を隠すと、ギルドで見慣れた男たちのパーティが何かから追われるように必死に走り過ぎて行くのを見た。

男たちが走り去った後、俺は森の奥の方を見たがよく見えない。

木々の高い所は暗くて風に揺れるようにゆらゆら動いているが、奥の方には何も見えない。ゴブリンの群れとか狼の群れとかはたまた熊の魔物とか見えるはずなのに、何も近づいて来る様子もない。

俺は身を乗り出して目を凝らした。

そして何気なく目を上に向けた。

そこには大きな顔があった。

家のドアのような大きくて長い顔が俺を見ていた。

俺が見ていた視点が違っていたのだ。

もっと大きいものを想定してみる必要があったのだ。

木の上の方で揺らぐ影は、そいつが近づく姿だったのだ。

俺はそいつの足元に目を凝らしていたから気づかなかったのだ。

その長い顔は人の顔に似ていたが、全く別のものだった。

不自然な目鼻の配列、不ぞろいの両眼は勝手にぐるぐると回り白目を出したり三白眼になったりする。

頬を走る縦の切れ目は開いたり閉じたりして魚の鰓のように呼吸する。

そしてその口は尖った鮫の歯のようにぎっしり並んでいて、口の端だと思った場所はその途中で、さらに口が裂けて隠されていた歯列がむき出しになる。

そうだ。そいつは笑っているのだ。

木の幹のように太くて長い前足が見えて来た。

そいつの顔の周りはライオンのたてがみのようなふさふさの毛で覆われている。

だから、よく体がライオンで顔が人間だと言われるが、ライオンにしては大きすぎる。

「め#ジ$%ルグバッ&ゴボ%#」

俺の方を見ながら何か喋った。

意味不明だ。

「ゲゲ>PグルルWD$%ゲボグシャ」

そしてそいつは口を目いっぱいに開けた。

すると顔が上下に割れるくらい大きな裂け目ができ、俺を捕食するための雄叫びをあげた。

「イギガギギゲアガガァァ」


あっ、俺は死ぬなと思った。

そうだマンティコアだ。

この一体だけで大軍を滅ぼし、大都市を壊滅させるという、災害級の魔獣だ。

俺が恐怖で竦んで動けないと分かっているので、そいつは巨大な体をゆっくり近づけてくる。

俺はそのとき閃いた。

俺の収納能力でなんとかならないかと。

そして俺は直径10mで深さ50mの大きな穴をイメージして、それを作るため一気に大量の土を収納した。

マンティコアの周囲に大きな穴ができ、怪物自身は生き物だから収納できないので穴に落ちていった。

そして俺は収納した土を穴に戻して生き埋めにすることにした。

ドドドドドドドドドドド

物凄い音がして、被さって来る土を撥ねのけ穴から出ようとする怪物が大暴れをしている。

しかも風を巻き起こして土砂を飛ばしている。

このままではすぐに外に飛び出して来るだろう。

そのパワーは半端ではない。

そうだ。以前に湖の水を大量に吸い込んでおいたことがあった。

それを土と一緒に放出すれば泥沼状態になるのではないか。

そして俺はそれを実行した。

だが奴は土も泥も水もはねあげて、凄い勢いで抵抗してきた。

だが暴れれば暴れるほど土と水が混ざり、泥となって底なし沼で藻掻くのと同じ状態になってくる。

しかも既に怪物の頭上には大量の泥が覆いかぶさっていて、呼吸することさえままならぬはずだ。

だんだん暴れる音が静かになって、ボコボコと泥の表面に泡が浮いてくると、それもやがては静まり、ついに静かになってしまった。

その時俺の頭の中に声が聞こえた。

『レベルが上がりました』

『レベルが上がりました』

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………………

『レベルが上がりました』

体全体が燃え上がるように熱くなり、しかも全身切り裂かれるような痛みに襲われた。

これは怪物を倒したことによるレベルアップという奴なのか?

けれども俺には自分のステータスを見ることができない。

一体どの程度レベルがあがったのか?

レベルがあがると何がどう変わるのか、さっぱり分からない。

けれどこれからはスライムやゴブリン程度では逃げなくても良いのではないかと思った。

俺は泥沼になった所からマンティコアの遺体を収納した。

放っておくと魔王が回収して魔獣の再生産に使うと思うからだ。

後は泥沼になった所から水だけを収納するようにして乾かし穴をしっかり埋めるようにした。

土を固めるイメージで収納した土を全て戻した。

体の熱や痛みがなくなるとやたらに喉が渇いたので水をがぶ飲みし、ようやく人心地ついた。

しかしどう考えても森の浅い場所にマンティコアのような災害級の魔獣が出現するなんて不可解だ。

もしかすると魔王軍が活発に動いているのだろうか?


そう考えた時に森の中から争う物音が聞こえた。

近づくにつれ物音が大きくなってきて、女の声や魔物の声が混ざって聞こえて来た。

魔物はオークが10体とゴブリンがその倍数で囲まれているのは、レストブランチ支部でも有名な女性だけのCランクパーティ、『紅き茨の棘』の5人だ。

5人とも前世の人気上位の女優さんたちみたいに顔面偏差値が異常に高い。

それにしても魔物の数が多すぎる。

前衛と中衛の大きな女は大剣と槍を持っていて、後衛の小さな女は双弓を持っている。そして赤い目をした黒いマスクで口を覆った魔法使いは火の玉を手の上に浮かべているが、森の中ではあまり積極的に使いかねているようだ。最後の僧侶の女は錫杖を持っているが、主に他のメンバーにバフをかけてみたり、ヒールを飛ばしたりしている。

俺は例の手を使って手を貸そうと思った。つまりオークの足元に半径1mで深さ2mの穴を掘るため、土を収納するのだ。

まず一匹にやってみた。

急に足元の土がなくなったので、ストンとそのオークは真下に落ちる。

すぐに穴に土を戻すと、オークは這い上がろうとするが、首一つ地面から出して生き埋めになる。

成功だ。

魔物たちも女たちもびっくりしているが、俺は森の陰から次々とオークたちを生き埋めにして行った。

ゴブリンも固まっている所はまとめて穴に落として埋めると完全に全身が埋まって見えなくなってしまった。

残ったゴブリンは逃げ出してしまう。

前衛の二人は首だけ出ているオークにトドメを刺して回った。

そしていったい誰がこんなことをしたのか、メンバーは辺りを見回したのだが、その頃は俺は遥か遠くに去った後だったという訳だ。


魔王城では宰相のイフリートが吾輩に謎の報告をして来る。

「魔王様、今度は勝手に飛び出したジャイアント・マンティコアが死にました」

「で?」

「その……死んだことは分かっているのですが、死体がどこにもありません。回収できないのです」

「そうか、もう勇者が現れたのか」

「ち……違います。そういう情報もありません」

「まあ、マンティコアなどどうでも良い。命令もしないのに勝手に出動して勝手に死んだ馬鹿はどうでも良い。それよりデザートの死体は見つかったのか?」

「デザートの死体こそどうでも良いではありませんか。たかが非戦闘員の軍曹ごとき」

「な……なに?」

「あの馬鹿は人間の村々を回って食料を盗んで回っていたんですよ。それで村人の待ち伏せに遭って、毒餌を食わされ矢達磨にされて死んだらしいんですよ。そんな恥知らず興味ないですね。それにその村はゴブリンの群れに襲わせて全滅させたから、一件落着じゃないで「馬鹿者!」ふぎゃああああああ」

吾輩はこの脳足りんの宰相に雷撃を食らわせてやった。

「あいつはお前たちが頼りにしている四天王や魔将軍たちを束にしても敵わぬような実績を持っているんだ。軍曹に位が留まっているのは彼のやり方が魔族たちの共感を得られぬから仕方なくそうしているまでのこと。お前の空っぽの頭で判断してあいつを評価するのではないわっ。もっとまじめに捜索しろっ」

吾輩が宰相のイフリートを叱っているとき、報告が入った。

袋ネズミを連れたゴブリンロードがボロボロになった遺体を運んで来たのだ。

「魔王様、われらゴブリン軍に命じられたデザート軍曹の遺体の捜索ですが、同族の袋ネズミの魔獣で最も鼻の利くデビルラットたちを使ったところ、なんとデザート軍曹の遺体は地下50mの深さに埋まっておりました」

吾輩はどうしてそんなところにとは思ったが、今はそれどころではない。

この遺体を使って、早く新しい代わりになる魔族を作らなくてはと、わが魔力で遺体を包んで驚いた。

「な……ないっ! あいつのユニークスキルが空っぽになっている。魔石も全ての魔力が抜けている。あの唯一無二のユニークスキルが……状態保存無限収納のスキルが永遠にこの世から消えてしまったのだ!!」

吾輩は目の前が真っ暗になった。なんと大きな物を吾輩は失ってしまったのだ!

「魔王様、いかがしたのですか?!」

もう配下の声が遠くに聞こえる。



レストブランチのギルドに戻ったおいらは、ギルド職員のサーシャに森でのことを報告した。

一つは、森の浅い場所でオークが10頭、ゴブリンが20匹、しかも連携して現れるなんてのは異常だってこと。

もう一件は、謎の人物が不思議な技を使ってオークや一部のゴブリンを生き埋めにしたこと、そしてそのおかげで助かったことだ。

「ハンナさん、今日のクエストで森に行った冒険者は3組だけです。そのうちの1組はマンティコアを遠目に目撃して逃げ帰って来ました。そしてもう一組は……というかもう一人は薬草採りのローグ君です。最後の1組はあなたがリーダーをしている『紅き茨の棘』の方たちです」

ということは、おいらたちを助けたのは正体不明の旅人か?

「なにしろマンティコア情報で、冒険者は市外のクエストに行くのを全員禁止し、ギルドの特別チームが調査に向かったのですが、その形跡が全くなかったそうです。

ただ、普段見かけない魔物がちらほら目撃されたくらいです。それとこれはあなたたちが経験したことと関係あるかどうか分からないのですが、マンティコアが目撃された場所の近くに、草がすっかりなくなった場所があったそうです。直径10mくらいの土が露出した場所です。これがなんなのかは全く予想がつきません。土魔法を使った跡かもしれないということですが」

おいらは肩を竦めて首を傾げた。

さっそくいつもの店に行って、仲間と飲み会を始めることにした。

槍士のハイジーが例のごとく大きな目をキラキラさせておいらに聞いて来た。

「なあなあ、いったいサーシャはなんて言ってたんや? 森に出てた冒険者はいたんか?」

「いない。薬草採りのローグ少年しか森に来てなかった。あの子は確か魔法は使えんはずだから、きっと旅の人間で土魔法を使う奴だと思う」

「あっ」

急に声を出したのはチビ助の弓士のマロリーだった。

「やっぱり、うちが見たのはローグ君だったっす。うちは目は小さいすけど、遠目が利くっす。あのときずっと向こうの木の陰でこっちを見ていたのはローグ君だったっす。間違いないっす」

「じゃあ、ついでに見慣れない旅の魔術師は見なかったか?」

「それが……ほかに誰も見なかったんすよね」

そのとき赤目黒マスクの魔法使いエミーが喋った。

「ハンナは旅の魔法使いがやったっていったけど、あのとき魔法の発動はなかったよ。あれは土魔法じゃなくて、まったく系統の違うなにかだよ。オレが言うんだから間違いない」

おいらは今までの話を総計して結論を出した。

「わかった。下手な考え休むに似たりっていうだろ。飯を食おう!分からんものは分からんってことだ」

「でもぉ、そのローグ君って男の子に聞けばなにか見てたかもしれないでしょう?」

僧侶のカレンがゆったりとそう言った。

「だな。まあ、後で会うことがあったら聞いてみるよ。じゃあ、かんぱーい!」

「「「かんぱーい」」」


別の日にギルドで飯を食っているローグ少年を見かけたので、おいらは声をかけた。

「ローグ君、君はこの間おいらたちがオークやゴブリンに囲まれてるとき、物陰から見ていたそうだね」

そのとき彼は口に入れた食べ物をブッと吹き出した。

ああ、食べてるときにいきなり話しかけるのは確かにいけないな。

しばらく咳き込んでいた彼はようやく落ち着くと、テーブルの上を拭きながら言った。

「いやぁぁぁ、あの時は驚きましたよ。あの赤い目の黒マスクをした魔法使いの人ですか? 火魔法の名人って聞いてましたけど、土魔法もするんですね。次から次へとオークがストンストンと地面の下に下がって、首だけになってしまって、勝手に見学しててすみませんでした」

「いやいや、エミーは火魔法だけで土魔法は使わないんだよ。だから誰かそれを使った人間がいるんだが、君は見かけなかったかい?」

「えっ、そうなんですか? 俺はあれに見とれていて、他は見てませんでした。誰かいたんですか?」

「もう良い。わかった。だが、よく君は無事に戻って来れたな」

「あの後怖くなって全速力で街に戻りましたから、魔物に遭わずに戻れたんです」

おいらはこれ以上この坊やに聞いても何も収穫はないと判断して、銅貨を5枚手渡した。

「悪かったな、食事中に。これで軽い飲み物でも飲んでくれ」

「あ……ありがとうございます」


俺は……今の俺は何者でもない。

確かにマンティコアを殺したし、オークを生き埋めにして紅き茨の棘のメンバーを助けた。

それもただ幸運が重なってうまく行っただけだ。

1人でなんでもできる訳ではない。

だから俺は確実にできて、それがこの世界全体の歯車の中にぴったりと納まるようになることを望んでいる。

で、マンティコアを殺したり、オークを生き埋めにすることはその中に入っていない。

第一それができることが分かったら、俺がデザートの能力を受け継いだことが知れ渡ってしまう。

秘密を守れないような場合は俺の心臓が止められることになってるから、この能力を絶対に知られてはダメなんだ。

ついつい美女たちを救ってやりたくてやってしまったが、これは非常に危険なことだったんだ。


俺は宿の部屋で寝ていた。

目が覚めたのは早朝で、いつもよりは早い。

なぜなら町中に響く鐘の音の連打で目を覚まされたからだ。

飛び起きると、街の門は閉まり、領内の兵士たちが城壁に上っている。

「魔王軍だ」

「魔王軍がこの街に押し寄せてきている」

「裏門から逃げろ」

俺は兵士たちとは少し離れた城壁の上に上って外の様子を見た。

空も地上も魔物でいっぱいに埋め尽くされている。

昨日までは何の情報もなく、なんの前兆もなかったのに、一晩明ければこの調子である。

空にはワイバーンとかハーピーが群れをなし、地上にはゴブリン、オーク、オーガ、コボルトの他、ライカン、ミノタウルス、サイクロプス、トロールなどがいて、他にも四つ足型の魔獣も多くいた。

正直いってこの領内の兵士や冒険者を合わせてもとても太刀打ちできる数ではない。

だが俺は逃げるにしてもきっと追いつかれて殺されると思い、あることを思いついた。

それはこれらの魔王軍の中にいる要所要所を守って指揮する統率者を見つけることである。

まずオレはオーク・ジェネラルを見つけた。

こいつがオーク全体に指示を飛ばしている。

まずこいつは10mくらい深い穴に落として埋めた。

次にオーガ・ロードを生き埋めにした。

ゴブリンキングもそのついでに潜ってもらった。

ミノタウルスやトロールやサイクロプスなどの大型モンスターは50mくらいの穴に生き埋めにした。

この頃俺は既に数百メートル先に収納口をつくることができるようになっていたのだ。

こういった攻撃方法は俺が独自に考え出したもので、デザートにはできなかったことだ。

だからデザートの技を使っているとは気づかれないと思ってる。


そしてようやく俺は総司令官らしい魔族の姿を見た。

そいつは表面に立たず、後方から各モンスターの司令官に指図していたのだ。

曲がりくねった角を持ち山羊のような顔をして、胸のところには獣の頭蓋骨を被った女が顔を覗かせている。

こいつはバフォメットという悪魔だ。

こいつの厄介な所は胸から覗いている女だ。

この女が古代語で唱える呪文が強力な魔法を出してくるのだ。

山羊頭も女も別々の脳をもち協力しながら攻撃する。

だから俺は一気にこの化け物を50mの深さの穴に落として、水混じりの土を上からかけた。

泥にまみれて女は呪文を唱えることができず、物理的暴力担当の山羊頭も泥沼の力に縛られてしまう。

そして相当粘り強く抵抗した後、バフォメットは死んだ。

そして他の司令官クラスのモンスターと同様、その死体を俺は密かに収納した。

司令官クラスは雑魚じゃないから、魔王が再利用する恐れがあるからだ。

当然魔物たちは混乱し統率が乱れた。

いまがチャンスだ。

俺は他の市民と一緒に裏門から逃げることにした。

その途中で領主館の方に飛行型モンスターが集まっているのを見た。

ワイバーンは火を吐き、館を燃やそうとしているし、ハーピーは館の外に出ている人間を襲っている。

そのときに聞きたくない言葉を聞いてしまった。

「ネリーがまだ出て来てない。ロッテのヌイグルミを取りに戻ったんだが」

ネリーというのは俺の生家の近所の子で、伯爵家に下働きに入っていたが、その後7歳のお嬢様付きの侍女になったと聞いた。

ロッテというのがそのお嬢様で、シャルロッテ・レストブランチという。

ときどき領内を回って来ることもあるが、線の細い子で病弱らしい。

いつもウサギのヌイグルミを抱いていて、手放せないらしい。

屋敷から逃げ出すときそれを忘れたと聞いて、ネリーが取りに戻ったということだろう。

俺はあちこち燃え上がっているお屋敷の中に飛び込んだ。

顔を布でぐるぐる巻きにして縛り、目だけを出してついでに全身に水を被った。

水なら大量にあるから心配ない。

襲撃が急だったため、何も持ち出せずに飛び出したのだろう。

伯爵家の当主の部屋らしきところに、立派な短剣と長剣が飾ってあったので、それを収納した。

後でなんとか持ち主に渡してやりたいと思ったからだ。

そして令嬢の部屋らしきところが火の手が回って燃えているのを見て、水を出して消火した。

そこへ行くと窓は壊れ、ハーピーたちが入り込んできている。

床にはヌイグルミを抱いたネリーらしき侍女が倒れていた。

見ると顔半分が焼けただれ、腕がハーピーの爪で裂かれたのか深い傷を負っていた。

俺は椅子を掴んで、部屋の中にいたハーピーの一匹にぶつけた。

「ぎょえぇぇぇぇ」俺はハーピーの首根っこを掴むとネリーの所まで引きずって行った。

そして彼女を起こすと手に伯爵の短剣を握らせた。

「おい、君手伝ってくれ、こいつにトドメを刺してくれ」

そして短剣を握った手を掴んで誘導した。

短剣の剣先をハーピーの目の辺りに持って行くと、言った。

「レストブランチ家のためだ。今だっ!!刺せ!!」

ネリーはフラフラしながらも短剣を握った手を押し付けるようにしてハーピーの眼球のさらに奥まで柄までもの勢いで突き刺した。

「ぎぎゃぁぁぁぁぁ……」

ハーピーは断末魔の声を上げて絶命した。

その後でネリーの体はガタガタと震え、みるみるうちに顔の火傷も腕の裂き傷もなくなった。

レベルアップに伴う回復作用だ。

同時に筋力や防御力も上がったことだろう。

「ぐおおおお、おのれぇぇぇぇ!」

飛びかかろうとするもう一羽を突き飛ばして部屋に飛び込んできたのは、二回りくらい大きなハーピーの女王だった。

凶悪な爪で俺を引き裂こうと跳びかかって来たが、俺はその両足を掴んで、左右に力任せに開いた。

バキバキバキと股関節の骨が砕ける音がして、ボスハーピーは一瞬声をあげることさえできずに目と口を見開いた。

それを床に叩きつけて俺はネリーに言った。

れっ」

ネリーは物も言わずボスハーピーの首に短剣を突き刺し、グルリと抉り回して首を床に落とした。

そして再びネリーの体は痙攣しランクアップした。

ボスの女王を殺されたので、他のハーピーは逃げていく。

「行くぞ」俺は自分より3歳くらい年上のネリーに言って、館を出るように先導した。

ネリーは子供時代、年上の姉さんみたいな役割で近所の子供たちの面倒を見ながら遊んでくれたことを思い出す。

たまたまその中の一人に俺がいたってだけの話だ。

あたりは火の海と化していたが、俺は前もって水を大量にかけ流して脱出路を作って行った。

そして二階のバルコニーまで出ると、ネリーと一緒に飛び降りて外に出た。

空にはワイバーンが群れ飛んでいたが、その中の一頭の背中に人影が見えた。

たぶん魔人だろう。

俺は距離を測って確信すると、そいつの頭上の空間から大量の水を放出した。

「ぐわああああ」

ワイバーンから水に流されて落ちた魔人は地面に激突した。

俺は首の骨が折れた魔人が回復して行こうとするのを、長剣を取り出しザクザクと切り刻んだ。

回復する速度よりも3倍も4倍も速く切り刻み、最後にネリーにその長剣を渡して言った。

「この胸にある魔石を砕け」

ネリーはすぐさま理解し、長剣を振り下ろして胸に露出していた魔石を真っ二つに砕いた。

結果またネリーにランクアップの変化が続いた。

もしかするとネリーは俺よりもレベルアップしたかもしれない。

これだけ強くなっていれば伯爵一家を守りながら逃げることができるだろう。

「その長剣もさっき渡した短剣もレストブランチ伯爵所蔵のものだ。届けてやれ。あと、お嬢様にこいつを殺させろ」

俺は途中で飛び掛かってきた一羽のハーピーを半殺しにした奴をネリーに渡した。

「きっと弱い体が改善されると思う」

両手にヌイグルミ、短剣、長剣、そしてハーピーの体を抱えきれない感じで持って、ネリーは伯爵一家が待っている馬車の方に向かおうとしたが、俺の方を見て一言。

「君……いやあなたはどこかで会ったことが」

「ないな。今回が初対面だ。もう会うこともない」

俺はそこからダッシュで離れた。

そして人ごみに紛れて、顔の布を外し初級冒険者ローグとして逃走した。


「魔王様、レストブランチ領への侵攻が失敗しました」

「どういうことだ、イフリート。失敗するほどの軍勢ではないだろう」

「それがのきなみ司令官クラスが狙い撃ちに殺されまして、統率が乱れ領民も領主も逃がしてしまったのです。しかも殺された死体の殆どが消えているのです」

「確か総司令官のバフォメット元帥に、魔将軍アガレス、バラム、ガダル、グレモリーの他、ワイバーン軍にはククド将軍が付いていたはずだ」

「ククド将軍は全身切り刻まれて魔石を砕かれて発見されました」

「空を飛んでいるあいつがどうやって、そうなったというのだ?」

「全く分かりません。ましな奴が残っていないので、当時の状況が聞くことができないのです」

「ふむぅ、今度は戦況を観察する奴を専門につけよう。いったいどこのどいつが侵攻を台無しにしてくれたのか必ず見つけるのだ」

「ははああ」

魔王は怒り心頭に達し、壁に向かって大きな雷撃をぶちかまし大穴をあけた。

「ただではおかん。見つけたらただではおかん」



いつの間にか転生神は食事を終えていた。薫はコメントを書くと彼女に渡し、歯を洗うのをわすれていたのを思い出し部屋の戻った。それから汚れた食器を洗った。昨日の夕飯は作らなかったし食べなかったのを思い出した。ちょっと疲れていたからかなり早く寝たみたいだ、というかこの空間は昼夜の区別がはっきりしない。まるでダンジョンの中みたいだ。それからまた新しい本を手に取ってページを開いた。

読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。

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