ギ―物語 (未完)
これは特殊書籍の9冊目です。
あてがわれた部屋で、朝目覚めた。部屋には洗面台があり、そこで顔を洗ったり歯を洗って、着替えた。
早速調理場に行くとフライパンに卵を落とし、ベーコンをつける。もやしとキャベツとピーマンの千切りをフライパンに入れ僅かな水を入れて、水炒めをする。蓋をして蒸すときに極薄切りの豚肉を加え色が変わるまで蒸す。トーストにはスライスチーズを載せ、オーブントースターで焼く。あとはコーヒーを落としてから転生神が来るのを待つ。来ない!!だけど起こしに行きたくないので、本を手に取る。
本のタイトルは『ギー物語』だ。
どこか見知らぬ空間で、二柱の神が対面していた。
『地球の神よ。約束通り、荒々しく生命力溢れる魂を何百個も譲ったぞ。文明が進みすぎて生命力が枯渇してきた場所に活力を入れるのに役立っただろう』
『ああ、ピグマリンの神よ。お返しに上質な魂を一つだけ贈ろう』
『一つだけだと? 何かの間違いではないのか? こちらから贈ったのは数百の魂のはず。割に合わないではないか』
『頂いた魂は確かに活力はあるが、その分デメリットもある。だがこの魂は、多くの魂の中で錬成された高級なもので、そちらから頂いた数百の魂に匹敵すると言っても過言ではない。ただ存在するだけで邪悪な瘴気を分解して環境を清浄化するので、扱いは大切にすると良いぞ』
『そうか。ではそれはいつか話していた最上級ランクの魂なのか?』
『そうだ。そこまで高まるためには相応の歳月をかけている。高齢の魂だ』
そう言うと、地球の神は懐から紫色に輝く光の玉を取り出した。
『受け取るが良い。約束の最高ランクの魂だ』
『おお、なんという美しい輝きだ。確かに』
二柱の神はその場から消えた。
ピグマリンの神は紫色に輝く魂に向かって語っていた。
『という訳で、お前には私が担当するピグマリンという世界に転生してもらう。
だが、お前の魂のランクを落とさずに転生させるためには、女性として生まれ変わってもらわねばならない。男性の肉体は女性の肉体を基本にして改造するのだが、その途中で魂の力や生命力を削ってしまうのだ。
せっかく苦労して得た魂を傷つけたくないので、そこは我慢してもらおう』
『そうですか。それも神様のご意志であるなら受け入れます。ただし、私には男として生きて来た記憶があるので、前世の記憶をすっかりなくしてまっさらの状態で転生させてもらえないでしょうか? 人はみなごく一部の例外を除けば白紙の状態で生まれるものです。私にもそういう扱いをしてくださりませんか』
『わ……わかった。前世の記憶があった方がなにかと生存に有利なのだが、やむをえない。言うとおりにしよう。しかし、お前は滅多に得難い魂なので、簡単に死なせるわけにはいかない。その為に色々と私の方から加護特典を授けようと思う。特に全属性の魔法の能力とか』
『魔法ですか、それは何のために必要なのでしょうか?』
『これから行く世界は剣と魔法の世界だ。特に魔法の力で戦う能力を身につけないと簡単に殺されてしまうのだ』
『つまり殺される前に相手を殺すために魔法が必要だと……そういうことですか?
それなら魔法の力は一切要りません。人を殺すことで魂の力を弱めてしまうからです』
『しかし、対抗手段がないと暴力には屈してしまうことになる。ましてお前のような上質の魂の器は、肉体的には小さいものしか用意できないのだ。古今東西存在した女性の肉体の中でも精神性の強いサンプルはどれも細い小さな体のものがほとんどで、成人しても身長150cm、体重40kg……このサンプルが最もお前に最適な魂の器なのだ』
すると目の前に女性の肉体が現れた。ほっそりした体で一応簡素な服で覆われているが、凹凸の少ない中性的な体つきだ。髪はショートで目は大きいが大人しい感じの顔をしている。髪も瞳の色も茶色でその点も平凡な感じだ。
『これが最もお前の魂に適合している器のサンプルだ。一応成人に達した姿を見せている。だがこの見た目通り、いかにも弱そうで、これから行く荒々しい世界で長く生きていくことは難しいだろう。
だからせめて上位の貴族の家に生まれるとかして、権力によって守られるようにしてみようと思う』
『申し訳ありませんがそれはお断りします。たとえば私と同じ時期に生まれる多くの命があると思いますが、その中で自分だけが特権的な待遇を受けるのは気持ちの上で他の方々に引け目を感じます。どうかくじ引きかガチャのようにランダムな方法で生まれさせてください』
『そうすれば十中八九、平民か奴婢の家に生まれる率が高いぞ』
『それでも構いません。他の人々を押しのけてまで良い思いをしようとは思いたくないのです』
『わかった。それじゃあ、望み通りランダムに……だが、これだけは納得してくれ。つまりお前が簡単に死なないように若干手を加えることくらいはさせてもらう。そうしなきゃ、せっかく手に入れた魂を失ってしまうことになって大損になるからだ』
『手を加えるとは、たとえばどんな……?』
『せっかく生まれても病気で死んでしまえば元も子もない。特に生まれて間もなく死んでしまう新生児の死亡率が異常に高い世界なのだ。病気やちょっとした事故で簡単に死なれたら私が困るから。そのくらいの処置はしても良いだろう』
『そうしないと神様であるあなた様がお困りになるというなら、しかたありません。そのくらいは譲歩します。けれども先ほども申したように、他の人々を殺害するような危険な力はくれぐれも……』
『わかっている。神は魂と交わした約束は必ず守るようになっている。魔法の力も前世の記憶もつけぬ。ちょっとしたことで簡単に死なれたら大損になるので、その為の保険で最低限の安全策をとるだけだ。この約束は必ず守られる。安心して転生するが良い』
『わかりました。わがままを言って煩わせてしまいすみませんでした。では新しい人生を授けてくださる神様に感謝を……』
『ああ、そういうのは良いから、では行ってらっしゃい』
ピグマリオンの神と配下の天使の会話。
『神様、あんなことを約束して大丈夫ですか? もし辺境の村にでも生まれたら、盗賊や魔獣に簡単に殺されますよ。いくら病気やケガに強い体にしても意味ないですから』
『私を誰だと思ってる? そんなへまはしない。まずあの体には特別な柔軟性を付与しておいた』
『柔軟性? 体が柔らかいってことですか? それでも盗賊の剣でブスリと刺されたり、魔獣にガブリと噛まれたらイチコロじゃないですか』
『あの細い体でおまけに体がかたければ、転んでも簡単にポキリと折れてしまう。だから踏んづけても骨折しないような柔らかい体にしたんだ。それに体は柔らかい方が長生きするという統計が出ている。手を加えたのはそれだけじゃない。動体視力と反射神経も極限まで高めている。盗賊や魔獣に襲われても逃げることができるようにした』
『それだって、あの細い体なら追いかけられればいつかはスタミナ切れで捕まって……えっ、まさか?』
『そうだ。そのまさかだ。あの体で全力疾走すれば筋肉がすぐに傷ついて走れなくなる。体格のいい者に抑え込まれれば簡単に言いなりになってしまう。
だから裏技を使って怪力とスタミナを与えた』
『怪力って……筋力というのは筋肉の長さと量で決まるんですよ。150cm、40kgの体で怪力なんてありえないですよ。しかも身体強化魔法も使えないでしょう? まあ、使ったとしてもあの体じゃ知れてますけれどね』
『お前は何を聞いている? わたしは裏技を使ったと言っただろ?
怪力結界って聞いたことがあるか? これは地球の神から仕入れた知識がヒントなんだ。
地球では科学というものを使って人間の体に機械をつけて一トンの物体も持ち上げることができるという話だ。
それを聞いて私も調べたら、こちらの世界でも昔、空間魔術を極めた大賢者が編み出した技に怪力結界というのがあった。私はそれをこっそりつけた。しかも結界だから効果は怪力だけでなくスタミナも絶対防御機能もある』
『それはどういうものなんですか? 赤ん坊がそんなものをつけて生まれたら家族がびっくりするじゃないですか』
『ふふふふ、大丈夫だ。成長に合わせてそれもゆっくり育つようになっている。肉体と一体化しているから、外側から見ても絶対に分からない。普段は皮膚の下に隠れていて、何かに攻撃されれば皮膚の外側に出て肉体を守るようになっている。
それは肉眼ではもちろん、魔力ではないから魔力視出来る者にも見ることはできない。
大賢者の怪力結界は魔力を使った魔法だが、私は神領域の亜空間を使っているので魔法ではないのだ。
怪力は力が必要になったとき、その結界が筋肉の動きを補助して動くようになっている。だから卵を掴んでも割れないが、その気になれば石を掴んでも砕くことができる。そしてこの結界には地球で言うAI機能のようなものがあって宿主と一緒に育つような学習能力があり、ある程度判断して力加減を調節するようにできている。だからうっかり力を込めすぎて相手を殺してしまわないようにできている。この機能がスタミナ持続にも作用する。走っているときも最低限の筋力で最大限に体を移動させることができるようになっている。つまり歩く程度の体力消費で全力疾走を長時間続けることができるようになるということだ』
『あのう、それってちょっとだけ手を加えるという話ではないですね』
『それでも魂との約束は違反していない。ちょっとだけというのは神の私の基準でいえばちょっとだけなのだから、何ら問題はないのだ』
『はあぁ……そうですか』
神と天使の会話はそこで終わった。
その後、ピグマリンの神は誰にも聞こえないように心の中で独り言を言った。
『基本的に神は世界に干渉できないことになっているが、怪力結界のAIが判断できないことは、こっそりこちらの方でアドバイスできるようになっている。AIを通して間接的に助言するので、これはギリギリセーフなんじゃ。ふー、全く気を遣うわい』
そしてその姿はふっと消えた。
『それに魂と儂との約束の記憶は消してあるから、緊急避難のような条件下では多少約束通りにならない例外措置だってありうる。大の約束を守るため、小の約束を破ることだってある』
後から神の心のつぶやきだけが残っていた。
(ここから先は変更が多かったので、全文を改めて記載しますね)
ギーはおのれの白い指を見た。
ザンッと爪を立てて振るうと、木の幹が削れた。
でも爪は剥がれずに綺麗なままだ。
矢の雨が降って来る。そばにいた仲間たちが撃たれて次々と短く叫んで落ちて行く。
ギーの体にも三本くらい飛んで来たが、刺さらずに下に落ちる。
「バケモンだっ。矢が刺さらん!」
人間のオスが叫ぶ。
おのれ、人間ども。仲間を殺してただではおかんぞ。
ギーは木から飛び降りると地を蹴った。
「来たぞっ。お嬢様を守れっ」
人間のオスどもの後ろでなにやらブツブツ言ってる若いメスがこいつらのボスか?
ギーは自分の倍以上もある人間のオスが立ち塞がったので。片手で押して突き飛ばした。オスは5mほど飛んで木の幹にぶつかって止まる。
「$%#”””& ファイヤーバレット」
メスの叫びと共にボール大の火の塊が5~6個飛んで来た。受けても良いが、今度はそれを吸い込む。
「嘘っ、炎が消えたっ」
メスがそう言って驚いてたが、ギーは飛び掛かって押し倒した。同じくらいの体格なのにあっけないほど弱い。
手を上にあげてその白い顔に向かって振り下ろせば、顔だけでなく頭も砕けて死ぬだろう。
ところがその瞬間にあれだけ激しかった人間への憎しみが消えた。振り下ろした手は軌道を変えてメスの顔の横の地面に突き刺さった。
ズボッ
手首まで土の中に突き刺さったギーの手。
スポンと抜いた手を見てからギーはメス……人間の女の子に言った。
「イケ……ナカマヲコロスナ」
バッと少女から離れると、ギーは仲間に言った。
「ヒキアゲルゾッ」
一人の騎士がギーの背中に剣で切りつけた。
「ベキン」
剣が真ん中から折れて、騎士が驚いて固まっている。
それを片手で突き飛ばすと騎士は数メートル飛んで行く。
命を奪われなかった少女は、起き上がると地面にあいた穴を見て身震いする。
大猿たちは潮が引くように遠くへと引き上げて行った。傷を負った仲間や仲間の死骸と一緒に。
ここはスナイプ伯爵邸。
伯爵令嬢のミレーヌ・スナイプが父親のドルトン・スナイプ伯爵に報告している。
「お父様、大猿のボスは猿ではありません。人間でした。恐らく女の子です。けれどもその力は驚異的です。素手で木の幹を削り、地面を打てば穴があくのです。そして猿と同じように木から木へ飛び移ります。初めは猿と同じように獣のような鳴き声でしたが、突然人語を話しました」
「どんな言葉を話したのだ」
「私の顔を潰そうとして何故か途中でやめて代わりに地面を叩き言いました。『行け。仲間を殺すな』と。そして猿たちと一緒に引き上げて行きました。お父様、だから私はあの者との約束を守りたいのです。猿を殺すのはやめましょう」
「そうはいかん。あの猿どもは村々に被害を与えているのだぞ」
「では私の命を助けたことに免じて、また被害がでるまで少しだけ待って頂けませんか? 猿たちがなにもしないうちはこちらから手を出さないということで、最低限の約束をまもりたいのです」
「よかろう。しかし少しでも動きがあれば、撲滅させるぞ。今回のようにお前に任せず強力な助っ人を頼むことになる」
「お父様、一つだけ聞いてください。その者に剣も弓矢も魔法の火も効きません。ですから猿は殺せても、ボスは恐らく殺すのは不可能だと」
「蒼炎のアシモフを知っているか? 西瓜大のファイヤーボールを豆粒大に圧縮して飛ばす。するとどんな鋼鉄の鎧でも穴をあけてしまうという。ドラゴンの鱗すら貫通させるという。彼にやらせればそのモンスター娘も殺せるだろう」
「できれば殺したくないです」
「そのモンスター娘は人間の顔をしてるのか?」
「たぶん。髪が顔にかかっていて人相はわかりませんが、特に怪物のような醜い印象はありませんでした。けれども猿の仲間に見せる為か体には褐色の毛皮を纏っていて遠目には頭髪の長い細長い猿に見えます。言葉はぎこちなかったですが、顔や首の肌の色も白く、手も爪も人と同じく綺麗でした」
「体は? 片手で騎士の体を数メートル先に突き飛ばすのなら異常な筋肉の鎧を着ているだろう。猿と同じく長い腕をしてるとか」
「それが……全く普通の体でむしろ私とたいして変わらない感じで腕も細かったです」
「ふむう、考えられるのはこの辺一帯で飢饉があったのは十三年前だがその際に間引きのため生まれた赤子を殺したり捨てたりしたそうだ。だがこれはあくまでも噂だが、その中でどうしても死なない赤子がいて、気味悪くなり森に捨てたという話が残っている。刃物で刺しても火に燃やしても水に溺れさせても死ななかったというのは女の赤子だったという。そのモンスター娘はその赤子だったということが十分考えられる」
「不思議なことですね。とてもその話は信じられなかったと思います。私が彼女に会う前だったら」
ギーは少女を殺そうとしたとき、突然失われていた記憶が蘇って激しいショックを感じたのだ。
それまであった人間に対する激しい憎悪と殺意は、まるで反対感情によって相殺され中和されるように消滅し沈静化したのだ。
彼女は人として生きた、こことは別世界の前世の記憶を思い出したのだ。そして間一髪少女を殺さずに済んだのだ。
そして人語を初めてそのとき発した。今まで猿の言葉しか話していなかったので、非常にぎこちなかったが相手には通じた手ごたえがあった。
確かに猿たちが住んでいた森に人間がやって来て木を切り倒し猿を殺して回ったので、猿も報復したりしたが、猿が人間たちの村を襲い作物を荒らしたのは事実だ。猿の論理からすれば、勝手に縄張りを荒らした人間が悪いのだが、人間の論理ではそうではない。
それが分かってしまったギーは、いずれ人間が猿を全滅しにやって来ることが予想された。そのためギーは群れのリーダーとして動くことにした。
『お館様、大猿の群れが森から移動しました。はるか遠方の山の方に去って行ったと地元住民が言っております』
『やられたな。こちらの動きを予測しての行動か。リーダーのモンスター娘はかなり賢いと見える。だがそれも野生の大猿の仲間としての話だ。それが人間社会に入り込むことは一生ないだろう』
ギーはわざと自分の肌を守っている結界を体の表面から外した。そして群れの二番目の実力者ウルと戦い、傷だらけになって敗北した。
これでメスの身でボスの座を守り、ハーレムも作らなかった特殊なボスは引退し、群れから離れることになった。もうこの場所は安全だから人間は追ってはこないだろう。
そして人間だった前世の記憶を思い出したギーは、人間の世界に順応して入り込む道を選んだのだ。
長い髪の毛は川の水できれいに洗って乾かして後ろで縛り、以前集めていた人間の服を着た。そうするとどこから見ても人間の美しい少年のように見える。防具も剣もナイフも全て以前に集めておいて亜空間収納しておいたものを使って装備した。
「あとは、この喋り方だな」
いきなり猿語から人語に転換するには舌が十分に回らない。獣として育った今までの人生を人間としての生き方に変えるのは並大抵のことではないはずだが、前世に人として長く生きた記憶があるので、それほど難しくはない気もする。また手指や手足も人間と同じかそれ以上に綺麗なので容易に正体を見破られる恐れがないと踏んだ。
極端に肌が荒れたり手指などが歪にならないのは、常に皮膚表面が亜空間結界で守られているためだろう。
ギーは何故自分の体がこうなっているのかは分からない。肌を守る亜空間結界は硬軟自在に調整でき、それは生まれつき備わっているものだった。亜空間収納はその応用であり、ギーは早いうちに必要に迫られ発見していた。
この世界に生まれる者は稀にギフトという特殊な能力を授かることがある。しかしギーのこの能力が通常のギフトとは明らかに性質が違うものだということには本人は気づいていない。
また前世の記憶が蘇ったというのは、ギーの中に仕組まれた記憶の封印が緊急措置で解除された結果であることも。
屋根のない箱馬車が十代前半の男女の子供たちを乗せて、背後から追い抜いて行った。
だがやがて前方で馬車は止まり、人のよさそうな御者の爺さんが欠けた歯をのぞかせて歩いているギーに呼びかけた。
「おーい、坊や。プラスペリティに行くのかい? 銅貨5枚で乗って行かないかい?」
ギーは街道の遥か前方に見える街の外壁を眺めた。あと5キロというところだろう。
「結構です。天気が良いから歩いて行くので」
「そうかい。じゃあ、ついでだからただでも良いよ。乗って行きなよ」
そうすると子供たちの中の一人の少年が怒ったように御者の爺さんに言った。
「爺さんっ、俺たちは金を払ったんだぞ。なんであいつにはただなんだ?」
「距離が違うだろ。そんなこというんじゃねえよ。これから仲間になるかもしれねえじゃないか「あのう、結構ですので。行ってください。ボクは歩きたいので」」
何やらもめだしたので、再度ギーは断った。それに猿生活が長かったので、親切そうに言われても人間には警戒したい。
「そうかい。じゃあ、行くぞ。少しスピードあげるからなぁぁ」
爺さんは急に馬車を飛ばし始めた。ギーは思わず道の外の草場に避けたほどに土埃が派手に舞いあがった。
アランは御者の爺さんが乗せようとした少年が土埃に驚いて慌てて道の外に避難したのを笑いながら見ていた。
同じ馬車には一緒に13歳になった村の幼馴染の仲間がいる。
リリーとスザンナは女の子、ダニーとエルビスは男の子でリーダーの自分を入れて5人で冒険者になろうと村を出て来たのだ。
スザンナはやんちゃだがリリーは大人しくて、冒険者と言っても街の雑役を手伝いながらインドアな仕事を探すと言ってるのをアランがなんとか引き止めようとしている。
せっかくパーティを組んで名を上げようとしてるのにメンバーを抜けられたら困るし、リリーのことが好きだから手離したくないのだ。
「アラン道から外れたぜ」
そんなことを考えているとダニーが馬車が街道から外れたと教えてくれた。
「爺さんっ、どうなってる? 街はあっちの方だぞ」
「慌てるな、こっちの森に冒険者の穴場があるのを教えてやるんだ。
お前さんたち、冒険者になるんだろう?
儂が昔冒険者やってたときに覚えてる良い場所があるんだ。
お前さんたち、ラッキーだと思えよ。最初は右も左も分からなくて1リケも稼げないこともある。
そんなんじゃ嫌だろ。儂が良い場所を教えといてやるよ」
「なんだ、そういうことか。急にペースを上げたし、道から外れたから驚いたじゃないか」
アランは親切な爺さんに感謝して笑って見せた。
「さあ、着いたぜ。この場所をよく覚えておくんだ。一度降りてみろ、すぐそこだ」
爺さんが先導して獣道を通りながら森に入ると、木に囲まれた空き地に出た。
「ここが薬草の群生地だ。見てみろ、よく顔を近づけてみるんだ」
「本当だ。これは村にも生えていた。傷薬の薬だ」「本当、たくさんあるわ。お爺さんありがとう」
「いやいや、礼には及ばない。もっともお前さんたちがこの薬草を摘むことは金輪際ないけれどな」
「「「えっ?」」」
気が付くとアランたちは武器を持った男たちに囲まれていた。木の陰に潜んでいた盗賊たちなのか?
「お……俺たちを襲ったって、金なんか」
アランの言葉を無視して爺さんは男たちに命じた。
「こいつらを縛り上げて奴隷商人に引き渡すのはいつもの手筈通りだが、まずいことが起きた。後から町に向かって歩いて来る顔の綺麗な坊主がいる。そいつに俺の顔を覚えられた。何人か行って攫って来い。もし人に見られるようなら殺せ」
「お頭、殺すんですかい?」
「変に騒がれるとお前たちも見られてしまう。袋を持って行って気絶させて包むのを誰にも見られなかったら連れてこい。そうでなきゃ、殺せ。その坊主から儂のことが漏れたらこのやり方はもうできなくなる」
説明している間に別の者が少年少女たちに猿轡を噛ませ、荷物を奪って体を特殊な縛り方で拘束する。素人が縛れば体の柔らかい子供は簡単に縄抜けができるからだ。手慣れたやり口を見れば、このやり方を何年も続けていることが分かる。
「さて、あの小僧、なんとなく気になる。うまく殺せれば良いが……」
人攫いの頭の老人がそう呟いたとき、既にギーに向けられた刺客たちが去ったあとだった。
向こうから三人ほど体格の良い男たちが歩いて来る。なんとなく変なのは街から街道を通って来たわけではないということ。
まるでこっちには興味がないように振舞っているが、小声で世間話をしながら歩いているようで、自分をロックオンして近づいて来ているのが分かる。
すぐに先ほど急にスピードを上げて去った馬車を思い出す。街に向かうと言いながら街道から猛スピードで逸れて行った。
そしてその方角からやって来た男たち。一人が大きな布袋のようなものを、もう一人は縄なども持っている。
そして三人とも武器を携行している。
向こうは気づかれないと思ってるかもしれないが、ギーは耳も良いし、観察力もある。あの爺さんは子供たちを攫って、自分に見られたから仲間をよこして口封じするかそれとも俺を攫うか、恐らくそんなとこだろう。
まず、この男たちを撒いてから猿になって襲ってやろう。ついでにあの爺さんにも灸を据えてやるか。ギーは悪戯っぽくにやりと笑った。
「あっ、待てこのガキ!」「追えっ」
すれ違いざま襲い掛かろうとした男たちを軽くいなして街方向に走り出したギー。
いくらでも引き離す自信があるが、それじゃあ面白くない。
ふらふらしながらそれでも必死に逃げている演技をしながら後を追って来る男たちが疲労で倒れないように気遣う。
途中で躓いて転ぶ真似までして、男たちに希望を与えて追うのを諦めないようにする。
急発進して飛ばした馬車の轍の跡は新しい。途中で街道から外れた轍の跡を見てその通り走って見せる。
街道から外れてしかも仲間が待つ森の方に逃げているのを見て、男たちが忍び笑いをする声まで聞ける。
馬鹿め、こっちの思う壺だと意を強くして追う足取りも強くなった男たち。
途中また転んで草丈の長いところで姿を消したギーは四つん這いでそこから離れる。
やや離れたところで男たちが自分を捜してウロウロしているところを見ながら服を脱いだ。
そしてそこで大猿時代の毛皮を身に纏い、髪の結びを解いて前髪で顔を隠した。
一瞬だった。男たちは獣の咆哮を聞いたと思ったら、大きな猿のようなものが自分たちに飛び掛かって来たのに気づいた。
そして気づいたときはすぐ顎や頭を叩かれて意識を失ったのだ。
アランたちは騙されたと知って悔しくて涙を流した。
夢を持って街に出て来たのに、その途中でどうやら売り飛ばされるらしい。
だがその嘆きは猿轡の為にただの唸り声にしか聞こえない。
そのとき自分を縛っていた縄がなにか物凄い力で引きちぎられたのを知った。
見ると他の四人も猿轡はそのままで縄を切られている。
切ったのは異様な姿の者だった。体中毛皮で覆われ長い髪で顔も見えない。
背丈は自分たちよりもわずかに低い。人語を話さず身振りで逃げろと伝えている。
アランたちは離れたところに転がっている自分たちの荷物を持って慌てて走り出した。
最初の目的地プラスペリティへ向かって。
人攫いの頭目の老人は、急に現れた獣のような存在に驚いた。
体は子供並みに小さいが恐ろしい力と素早さで屈強な子分たちをなぎ倒して行く。
武器を使っても敵わない。
というか使う暇がないほど相手の獣のようなスピードには追い付けないのだ。
子供たちは逃げてしまった。おそらくこの怪物が逃がしたのか?
これはなんだ? 森の主なのか? 自分の森を悪事に使ったから怒りに触れたのか?
そうに違いない。剣で切っても斧で頭を割り砕こうとしても、びくともしない。
まさに人知を超える存在だ。子分が全部倒され最後に老人が鼻柱を平手で叩かれて気を失った。
後で少年たちの訴えを聞いて駆け付けた兵士は、人攫いも獣のような人物も馬車も何もかも消えていたので何も見つけることができなかった。
その前に意識を取り戻した人攫いたちは自分たちの持ち物も防具も武器もすべてなくなっていたことに気づいた。
そしてそれは森の手前で襲われた三人の男たちも同様だった。
さらに森の入り口に止めておいた馬車も馬もろとも消えていた。
頭目は震えあがった。
「こいつは儂らの想像を超える恐ろしい奴らだ。まだどこかで見張っているかもしれん。命まで取られないうちに一刻も早くここから離れて遠くに逃げるんだ」
そうしてこの辺りを縄張りにしていた人攫い団は早々にこの地を後にした。
プラスペリティシティという街の外壁が見えて来たので、正面を避けて死角になる場所を探した。
門では厳めしい表情の兵士が大きな槍を地面に立てて立っている。
また外壁の上には見張りの兵士が背中に矢筒と弓を背負ってウロウロしている。
少し凹んだ壁の区画があって兵たちの死角になっていたので、そこを選んでギーは石壁の僅かな隙間に指先を刺すようにして掴み、蜘蛛のようにスイスイと登って行く。よく見るとギーが掴んだ後には微かな窪みができていた。指先だけの力で石壁を穿つということだ。
そして壁の上に到達すると、見張りがこちらを見ていない頃合いを狙って壁の内側に向かって飛び降りた。高さは15mほどもあるのだが、地面に降りるときは音もたてずに軟着陸した。
その後、何食わぬ顔で街の通りに出ると、冒険者ギルドという建物を見つけて中に入る。
まるでいつも来ているような歩調で真っすぐカウンターに行くと、そこは『素材引き取り』の受付で、眼鏡をかけた男が座っていた。
「素材見てくれますか?」
「えっ、あっ。君見かけない顔だね。どこから来たの」
「山の方です。森の向こうの」
「へえ、あんなとこに集落があったっけ」
「その前は別のところで、点々と歩いてます」
「家族とかい?」
「いえ、一人です」
「一人なら危険だろ」
「いえ、旅の商隊に便乗したり、その辺は適当に。あの……素材は買い取りしてくれませんか」
「おお、そうだった。名前なんていうの?」
「ギーです」
「ギー?」
「ギル……です」
「ギルね? その年なら13歳になってるかな?」
「今ちょうどそうです」
「で、ギルドに加入してる?」
「……してません」
「そうか、その件はまた後で。で、何を持ってきたの?」
ギーはバックパックから果物を何種類か取り出した。
「あれれこれはむしろ商業ギルドかな?
けれどこの量ならうちで買い取っても良いよ。職員で分けるから」
「いくらで?」
「今時期珍しいし、甘そうな匂いがしてるから、一個銅貨5枚でどうだい。10個あるから50枚だね。500リケだ」
正直相場は分からないので、それで手をうつことにした。
「じゃあ、これは?」
小さな弓を3つ出して見せた。
「こんなのよく三つも入っていたね。その背負い袋意外と入るんだね。どうしたのこれ?」
「ゴブリンが使ってたの失敬して」
「へえぇぇ、ゴブリンから?
すごいね、君。殺したの?」
「いや。ボクは殺すの得意じゃないんで。突き飛ばして倒れた隙に」
「ゴブリンを突き飛ばしたって? 体格それほど違わないから向こうの方が力があるんじゃ?」
「ボク見かけより力があってすばしこいから」
「はあ……でも、これはあまりいい品じゃないし初心者用にしても結構劣化してるしね。三本で銅貨25枚、250リケだね。せっかく持ってきたからそれで引き取るよ。矢はなかったのかい?」
「あります」
ギーはバックパックを逆さにしてカウンターの上に数十本の矢を出した。
ジャラジャラ
「えっ、なになに……その袋どれだけ入ってるんだよ。50~60はあるんじゃないの?」
男は矢を一本一本見た。
「えっ、確かにさっきの弓に合うようなお粗末な矢もあるけど、これなんか正式な弓士か騎士が使うような上物だよ」
「ゴブリンが持ってた」
「この矢、矢尻に紋章が彫ってある。これはスナイプ伯爵家の炎の紋章だね。しかも一回使っただけの感じでゴブリンが持っていたって……」
「うん、ゴブリンがスナイプ伯爵のとこから盗んだのかも」
「君、ギル君ったっけ? 山の方から来たって言ったけど、スナイプ伯爵領はかなり離れてるよね」
「そんなこと知らない。いらないなら、持って帰る」
「待て待て、待ってよ。いまギルド長と相談して」
「必要ない。果物と弓のお金750リケだけください」
そう言うと、ギーは数十本の矢をあっという間にバックパックの中にしまいこんだ。
「待って、今ゴブリンの弓に合いそうな矢が15本あったね。それ全部で銅貨30枚で引き取るよ。その代わり立派な矢一本だけ銅貨50枚、合わせて800リケで買うから。
ねっ、一本だけ売ってさっきのやつ」
男の職員は猫なで声で必死に言う。ギーは手早く小さめの矢15本とスナイプの矢1本を出した。
「合わせて1,550リケください」
「はい、銀貨1枚と大銅貨1枚と銅貨5枚だよ。君計算早いね」
大銅貨は1枚で500リケ、2枚で1,000リケだから銀貨1枚になるらしい。
ギーは足早にギルドを出ようとした。
「待ってくれ。ギルドに登録はしないのか?
登録料銀貨1枚「あとで来る」」
「へええ、あんたギルド登録これから?」
ギーの一つか二つ上くらいの女の子が入り口のところで立ち塞がって話しかけて来た。
「わたし、ナディア。『朝日の麦穂』というパーティにいるの。名前は?」
「ギー……ギル」
「ギル? どこから来たの?」
「ちょっと急いでるから、ごめん」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ」
「ごめん、また後で話聞くから」
ちょっと顔が四角いがっちりした女の子だった。でもこの娘はギーを逃がす気がなかった。
「アラン、スティーブ、その子捕まえてっ」
やはり冒険者らしい少年たちが行く手を両手を広げてギーを捕まえようとした。
でもそれをかわしてすり抜けて行くのはギーにとってたやすいことだ。
「げげっ、すばしっこいぞ」
「逃げられたっ」
「来たばかりの子みたいだけど、ゴブリンの弓矢とか素材部に入れてたから使えそうな子なの。他のパーティに入れられる前に唾つけとかなきゃ……」
そんな声を背中に聞きながら、ギーは外壁のところまで来ると
素早くよじ登り外に飛び降りた。ちょうどそのとき昼の合図だろうか街の中から鐘が鳴り響いた。
ガラーン ガラーン……
そこから門に行くと、ちょうど門番の兵が交代しているところだった。
「どこから来た?」
「山の方です」
「この市に来た目的は?」
「働きに来ました」
「身分証明はあるか?」
「ありません」
「仮証明書を出すから銀貨1枚出せ」
「はい」
兵は銀貨と引き換えに木の札を出して手渡す。
「三日以内に冒険者ギルドか商業ギルドから登録証明を貰うように、そのときにギルドにこの仮証明書を提出すれば、こっちにこれが戻って来る。ただし期限が過ぎても戻って来ない場合はお前は牢屋に入れられる。わかったか?」
「はい。すぐにどっちかに登録するようにします」
「ところで、その馬はどうするんだ?」
「ここに来るまで乗っていたんですが、もう必要ないので売りたいと思います」
「売るなら、馬車屋があるからそこに行けば良い。よし、通ってよし」
ギーはその仮証明書を持って真っすぐ商業ギルドに行った。
受付の綺麗に化粧したお姉さんがギーを見てにこやかに話しかける。
「商業ギルドにようこそ。今日はどんな御用ですか?」
「商業ギルドに登録したいのですが、物を売りたいので」
「屋台販売員の登録ですか?それとも行商登録ですか?」
「それはどういう違いがあるのですか?」
「屋台販売員はこの街の市場の屋台コーナーで品物を売る権利です。行商登録は行商人として売り歩く権利ですね。屋台は年会費銀貨1枚、行商登録は大銀貨一枚の年会費になります」
「屋台販売で」
「こちらに名前を書いてください」
「字が書けないのですが」
「では代筆しますね」
手続きが終わると、ギーは仮証明書を提出した。
「仮証明書です」
「ああ、そうですか。それではこれで登録料は頂いたことにします。これはギルドの方で門に返しておきますね」
「あの、品物をここでも買ってもらえますか?」
「品はなんですか?」
「果物です」
3種類の果物をギーはカウンターの上に一個ずつ出した。
「見本です」
それを一つ一つ手に取った受付嬢は、ニッコリ笑った。
「良い品質です。ルアザの実は一個銅貨12枚、ビーニの実は一個銅貨10枚、キクの実は一個銅貨9枚ですね」
それを聞いてギーは冒険者ギルドは買い叩いたなと思った。
ギーはガックリしたが、ギルドに登録してる場合と未登録の場合は買い取り価格に差があるのは普通のことなのだ。
ギーはそれぞれの実をなんと20個ずつカウンターに出して見せた。
「合計6,200リケですから、銀貨6枚、銅貨20枚ですね。その袋ずい分と入りますね」
ちょっと興味深げにバックパックを見られたので、ギーはまずかったかなと思った。
ギーはその後、冒険者ギルドに行き、登録した。それは先ほどの男性職員とは別の女性受付嬢が応対してくれたのですんなり登録された。
後々になって冒険者ギルドのギルド長が一本の矢を手に持って眺めながら頭を痛めていた。
炎の紋章はスナイプ伯爵家のものだ。ほとんど傷んでいない矢なら回収するはずだが、何故それをゴブリンが持っていたのか?しかも長距離移動する習性のないゴブリンが伯爵領から遥か離れた山で使っていたのか?
それを持ち込んだギルという少年はいつこの街に現れたかと調べたら、昼の鐘がなった直後、門番が交代した後だという。
だが素材買い取りの職員が、ギルを見たのは昼の鐘が鳴る前だったという。
ギルド長が標準的なバックパックにギルが持ち込んだ果物10個と弓3つと矢16本を入れてみたが、うまく入らなかった。特にスナイプ伯爵家の矢は長いのではみ出る。
「マジックバッグか?」
ふとそんな言葉を漏らした。だがそういうものは安いものでも金貨何十枚からする。山から来た田舎者の少年が持てるものじゃない。
たぶん素材係の勘違いが入っているのだろう。
ギルド長は名前をモルガンという。モルガンは面倒になり考えるのをやめた。
ギーは馬に箱車をつないで、そこに人攫いから奪った武器や防具を積んだ。箱車も武器類も亜空間収納から出したものだ。そして紋章を消したスナイプ伯爵家の矢も。
そしてやって来たのは武器防具屋だ。
「いらっしゃいませ。冒険者登録した新人かな?」
店にいたのは背の小さな女の子だった。見た目9歳くらいだが口ぶりが大人っぽい。
だが可愛いわりに体格ががっちりしてて筋肉質だ。
「あの、買い取ってもらいたいものがあるんですが」
「見せてごらん。腰に差したしょぼい剣かい?」
「いえ、表に止めた馬車に積んであります」
「馬車に?」
二人で表に出て箱車に積んだ防具や武器の山を見て女の子は驚く。
「なんだこりゃ、ちょっと待ってて」
一度店に入って戻って来ると手には空の樽とロープだ。
空の樽に剣や槍や矢などの細長いものを詰めて、防具などはロープで絡めて縛ってひと塊にまとめると右手に樽の縁を掴み、左手でロープで絡めた防具の塊を掴んでそのまま肩の高さまで持つと部屋に入って行った。
まるで荷物が歩いてるような感じだ。それにしても凄い力だ。
間違いない。彼女はドワーフだろう。年齢もきっと成人してるに違いない。ギーはそう思った。
「あんた、名前は? ギル? あたしはミリー、こう見えても30歳だよ。ところでこれはどうしたの?」
「誰にも話さないというなら、言いますけど」
ギーはこの街に来る前に出会った人攫いの馬車のことを言った。そして後から口封じに来た男たちのことも。
そこまでは本当のことだから話もリアルで信じて貰えた。
そこで男たちから逃げる為街道から逸れて森に向かったところ、怪我をしたマシーラという不思議な人に出会ったと話した。
「マ……マシーラ?」
「ボクと同じくらいの全身毛皮で髪の毛もバッサバサの人だった。ボクは追われて草の陰に隠れていたけど、マシーラは倒れていて腰につけた薬を飲みたがっていたんだ。
だからそれを手にして瓶の口を開けたら酒のようなにおいがしたけど、飲ませたんだよ。
そうしたらビンビンに元気になって、追いかけて来た男たちをあっという間にのしちゃったんだ。
まるで獣のように速くて強くて凄かった。
だから、ボクはあの森の方にも子供たちが捕まっているって教えたら、そっちの方にも行って……きっとやっつけたんだろうね。5人の子供が口に猿轡をつけたまま
そして全部合わせて金貨一枚と銀貨50枚になった。そういうところを考えれば、あの人攫い団は結構稼いでいて、良いものを揃えていたことになる。
その後箱車は収納して、馬だけを馬車屋に持って行って金貨2枚で売った。
その後、街を回って買い物を楽しんだ後、冒険者ギルドの屋根に上って、そこで結界を広げて寝ころんだ。
つまり屋根の上で一泊するのである。夜は冷える季節だが、ギーは幼いころからこの結界を張っている間は暑さ寒さで悩んだことはない。虫にも刺されず、鳥や獣に襲われたこともない。
この亜空間は、この世界のどこか快適な気候の場所に選んで漂う亜空間とリンクしていて、自動的に亜空間内の気温を調節できるのだ。
たとえば外が極寒の吹雪のさなかであろうと、または灼熱の炎天下であろうと、寒さに震えたり暑さで汗一滴流すこともないのだ。
どうしてなのかはギー自身も分からない。生まれつきそうなのだから、寝る場所に困ったことはないのだ。
それだけでない。彼女はトイレ関係でも悩んだことはない。
その場所に別の亜空間があって、それがどこかにある亜空間とリンクしているのだ。
だから彼女にはトイレが必要ないのだ。
また胸の膨らみも多少あるのだが、亜空間収納機能の下着によって表面からは胸の膨らみが見えなくなっているのだ。
喉仏や髭などは偽装できないが、少し顔が綺麗な少年だと言えば通用するようにはなっている。
普通女が男のふりをするのは危険防止のためだが、ギーの場合は当てはまらない。
むしろ他の人間にとって危険なのはギーの方だ。
では何故男の振りをしてるかというと、女としての言葉遣いや振る舞いを学習していないからだ。それと前世の記憶が蘇ったために男としてふるまった方が自分にとって自然で、女として扱われることに精神的に拒否反応があるからだ。
だから声も低めに発声しているし、高い声を出すときは男が裏声を出す感じになっている。
それは人語を訓練するときに一緒に練習したのだ。
実際のところ、ギーはどこで寝ても良いわけだが、朝になって一番でギルドに行くとすればギルドの屋根の上が一番近いから、そこに寝ているのだ。
そんなわけで、朝になって日が昇りギルドの職員がやって来て営業を開始すると、見つからないように屋根から裏手に飛び降りて正面に回って開かれた入り口から入って行く。
「早いですね、えーと確か昨日登録した……ギルさんでしたっけ」
「はい、この三枚のクエストお願いします」
「良いのを取りましたね。でも大丈夫ですか3枚って。傷薬の薬草最低10株採集、山葡萄、最低5キロ……大丈夫かな? これ三日以内になってますよ。、そして……うわぁぁ、これ無理ですよ。猿酒なんて絶対みつかりませんって、確かに期限は一か月ですが、見つからなかった場合罰金が倍額取られますよ」
「一か月あれば大丈夫です」
「注文者が領主様のプラスペリティ子爵様ですから。報酬は多くて確かにFランク以上のクエストですけど、Gランクで冒険者なりたてのあなたが見つけることができるとは思えません。森のことを隅から隅まで知っているベテランでも引き受けない案件ですよ」
「大丈夫です。もしできなかったら罰金でもなんでも払います」
「領主様は昔スナイプ伯爵領のトレジャーの森の方で採れたという猿酒を飲んだことがあって、そのお陰で戦で受けて内臓まで達した傷が癒えたという経験をしています。まがい物ではすぐ見破られますよ」
「そんなに言うのなら、罰金を最初から預けておきます。クエストができたら返してください。100cc採れば大銀貨一枚のクエストですから、罰金は金貨一枚ですよね」
そう言って金貨を一枚カウンターに置いた。受付嬢の名前はアリサだ。昨日登録したときの受付嬢で年のころは20歳過ぎといったところ。ここでは中堅らしい。
「分かりました。実際に失敗しながら学ぶのも冒険者の一つの生き方かもしれません。この罰金の前払いは私アリサが責任を持って預かっておきます。できればこの金貨をあなたに返せる日が一月以内に訪れることを願ってます」
そして、条件を書いた預かり書をアリサの署名付きで書いて渡してくれた。ギーはその誠実な対応がとても気に入った。
トレジャーの森で手に入れた猿酒というのは、恐らくギーが大猿たちに作らせた猿酒だろう。
猿たちは怪我をしても薬草の煎じ汁を飲まないので、猿酒を作らせてその素材に傷に効く薬草を混ぜたのだ。
そして傷を負った猿にそれを飲ませて治療するように命じたのだ。
だから別の場所の猿酒はほぼ偶然にできるものだから、滅多に手に入れることはできないが、トレジャーの森で手に入れた猿酒ならギーが作らせたものだから同じものならいくらでも作れるのだ。
事実作ったものを収納の中にも持っている。だが、いくらなんでもすぐギルドに持って行けば不自然すぎる。だから期限ぎりぎりに持って行った方が真実味が湧くと考えたのだ。
今回のクエストは三つともすべて関連があるのだ。傷薬の薬草は猿酒の材料だし、山葡萄は猿酒の主要な材料だ。その他に野生の木の実やベリー類などが必要になるが、発酵しやすくさせるのに木に生えるキノコなども原料になる。
問題は新たに猿酒を作るとき、普通は木の股などの窪みに作るのだが、普段は仲間の猿が見張って管理しているのだ。
けれども今までのやり方ではギー一人ではそれができない。そして別に木の股でなくても猿酒は作れるが、それに代わるものとして木の樽が必要になる。さらに樹皮や樹液なども関係してくるだろう。
ギーはまず街の門から外に出て森に向かった。そのとき、誰かが後をつけている感じがする。
森に入った途端足取りを消して追跡を撒いたが、尾行していたのはギルドで話しかけてきた『朝日の麦穂』という若いパーティのナディアとその仲間だった。
ギーはパーティを組む気がないので、彼らと接触しないようにするつもりだ。
「すばしこいね。あの子、あっという間に見失っちゃった」
「最後すごく足が速かったぜ。まるで風のようだ。とても追いつけないよ」
彼らの会話を高い木の上から聞いていたギーはそっとその場から離れて行った。
森の中を木から木へと移動しながら山葡萄を始め猿酒に必要な木の実や果実を集める。
そして下に降りて薬草をクエストの分も含め採取し、ベリー類やきのこも集めた。
ついでに木を殺さない程度に僅かな樹皮や樹液も採取する。
そして、街に戻るとギルドに行き薬草と山葡萄の採取クエストを完了させると、その足で桶屋に行って桶を買った。
「いくつ欲しいんだ?」
「とりあえず10樽で」
「どこに配達するんだ?」
「表に箱車を置いてあるので、それにうまく積んでくれれば自分で運びます」
桶屋は箱車を見て顎に手をやり考えた。
「うまく何段にも重ねてロープで縛れば積めないこともないか……よしっ、やってみるか」
結局一段4樽で三段重ねで積んでくれた。
誰もいないとこで箱車も樽も収納してしまったが……。
ギーとしては収納の能力を知られたくないので箱馬車の箱車を利用しているのだ。
そして森の中に樽の置き場所を作ることにした。そのやり方は人口的に森の中に洞穴を作ってその中に結界で囲んで樽を置く。
そして洞窟を大きな岩で塞ぐ。すると洞窟の中は真っ暗になる筈だが、結界の中は離れた場所にある別の結界とリンクしているため、樽の環境が酒の醸造に向いた光と温度と空気になるように調節される。
そしてついに期限の一月後が迫って来たときに、ギーはギルドに駆け込んだ。
受付嬢のアリサは小さな壺に入れた猿酒を受け取って、当惑している。
「これが本物かどうかは依頼者のプラスペリティ子爵様でなければ分かりません。いまこれから領主様に連絡しますので、一度宿にお帰り下さい。えーと、連絡する関係上泊っている宿を教えてくださいませんか?」
「いえ、宿は昨日出たので、新しく見つけなければいけません。この近くでありますか?」
「ではギルドの右三軒隣の『幸福の皿』という宿でお待ちください」
本はここで終わっていた。まだ転生神が起きて来ないので、先に食べておくことにした。彼女のはラップをかけておく。そして今の本のコメントを書いてテーブルの上に置く。食べ終わったら、食器の塵を取って水につけておく。そして次の本を開く。確か今度で10冊目だ。
読者にお願い。この特殊書籍を読んで「面白い」「続きをよんでみたい」という方は、リアクションをお願いします。それがあればこの話は続きが書かれることになります。宜しくお願いします。