98.繰り返すことと繰り返さないこと(リトラ視点)
それは一瞬のことだった。クロノは死んだ。ためらいもなく。
自分を犠牲にするだけでなく、寧ろそれが自分にとっての救いであると言わんばかりのクロノの行動に、私は震えが止まらなくなった。
いつからおかしくなっていたのだろうか。3つ目の神殿では、既に自分を犠牲にすることに戸惑いを見せなかった。
けれどもすぐに、いつものクロノに戻った。いつもと同じ笑顔で、落ち着いているようにも見えたクロノの行動に違和感はなかった。
それだけじゃない。巻き戻った全ての時間に、違和感を覚えなかった。
コンコルスさんの言う通り、初めて見たように演じるのが上手いのだろう。その仮面を剥がせば、クロノの心は既に壊れていた。
『もう、遅いのかしら。クロノも、エウレさんと同じ道を……』
『俺は諦めねえぞ』
そう言ってゼノは、倒れて動かなくなったクロノを、仰向けに寝かせ直す。
『だってよ。何度も時間を繰り返して、あいつは俺達を救ってくれたんだろ? なら、俺も絶対に諦めねえ』
『私だって諦めたくない。でも、それがコンコルスさんとエウレさんの二の舞にならないか不安なの』
勿論、クロノに生きて欲しいという思いは強かった。けれどもコンコルスさんがエウレさんを諦めきれなかった結果、よりエウレさんを苦しめることになった。
もう何が正しいのかわからなくなっていく。
隣で、ソフィアが申し訳なさそうな顔をしながら、クロノが生き返らせたメミニちゃんの頭を撫でた。
『もう誰も死なないから大丈夫だよって言いたいけど、この子の問題が残ってるもんね』
メミニちゃんもまだ、固く目を閉じている。けれども、確かに息をしていて、クロノとは反対に確かに生きていた。
前と同じなら、目を覚ますのは数時間後だろう。
『誰の命も犠牲にせずに生き返らせられたらいいんだけど、流石に方法が思いつかないや』
『せめて、クロノがメミニちゃんを生き返らせる魔法を使えなくできればいいのに』
なんとなく、思いついたことを言っただけだった。私の言葉に、ソフィアは顔を上げた。
『それなら、できるかも』
『えっ?』
『クロノの魔石を取り外せば……。でも、すぐには無理。色々試さないと、魔力不足で逆に危険になっちゃうかもしれないから』
確かに、イグニスベルクでは一度クロノが魔力不足になって倒れている。それが突然魔力がゼロになるのだから、どうなるかはわからない。
けれども、少しだけ希望が見えた気がした。いや、クロノにとっては絶望なのかもしれない。ただの私の我儘だ。
けれども私は、クロノに生きて欲しいのだ。
『……なら、こいつが死んだまま、過ごしたくねえな。こいつの妹が目覚ましても、気まずいし』
と、ゼノがポツリと呟いた。
『それに、さっきは感情的になってこいつを責めちまったから、やり直してえ』
『……そうね。私が近付かなければ、逃げ出さないかもしれないし』
心がズキリと痛む。けれども、私が無闇に何かしようとしてもダメだったということは、もう学んだ。
『いっそのこと、眠らせる?』
と、ソフィアがそう言った。
『そんなことできるの?』
『うん。そういう薬、持ってる。ただ、飲ませた方が効果は強いから、誰か押さえて欲しいかな』
『じゃあ俺だな。だけど、眠らせる前に、せめて説得してえ』
『そうね。だけど、私じゃ無理だし、そうなると……』
そう思って、コンコルスさんを見た。コンコルスさんは、少し困ったような顔をして眉を下げる。
『期待はするな。エウレを救えなかった男だ。……けれどもそうだな。彼と直前まで話していたのは俺だ。俺が説得するのが自然だろう』
そう言った後、コンコルスさんは少し厳しい目をして私達を見た。
『今回は巻き戻す。けれども、巻き戻せば巻き戻すほど、君達もどんな考えにのまれるかわからない。これ以上は危険だと思えば、俺は止める。クロノ君が死んだままだとしても』
そんなの嫌だ。そう言いたかった。
けれども、コンコルスさんの言う意味は理解できた。だって自ら死んでしまったクロノを目の前で見たのだから。
コンコルスさんは、そのままの目でソフィアの方を見る。
『そしてソフィアさんも、魔石を誰にも埋め込まない事を約束して欲しい。私が止めても、ソフィアさんが誰かに魔石を埋め込んでしまえば、その瞬間止まらなくなる』
『わかった。やらない』
ソフィアは、真剣な目でそう言った。
『絶対に、そんな事しない。もう私のせいで、皆を危険な目に合わせたくない。もう失敗は繰り返さない。この旅で学んだことを、無駄にはしない』
ソフィアの言葉に、私も頷いた。
そうだ。無駄にはしない。無駄にはしていけない。今ここで話したことも、何度も巻き戻ったことも。
これからは、もう無かったことにできないのだ。それならば、それを糧にして進んでいくしかない。
そして、私達は皆で巻き戻った。クロノに違和感を抱かせないように、クロノに時間の巻き戻りと記憶の関係を説明する直前まで。
そして結局、クロノを眠らせる事になってしまった。




