93.机上の空論と現実
「エウレは言った。これでもう、誰かが苦しむ姿を見ることは無くなると。自分が死ぬと言うのに、心から嬉しそうな顔をした。全てから解放されたような笑顔に、俺は何も言えなくなった」
「解放……」
その言葉に、3つ目の神殿で映像を見た時の感情が、心を再び満たし始めた。
もう、誰も苦しむ姿を見なくて良い。しかも、コンコルスさんが未来を知っているおかげで、それが確約されているのだから、こんなに素晴らしい事はないだろう。
ああ、俺も解放されたい。
そんな感情が、溢れ出して止まらなかった。
「それで、終わりなの?」
隣で、少し不安そうな顔をしたリトラが、コンコルスさんに尋ねる。
「いや、少しだけある。ここからの話は、君達を少しがっかりさせるかもしれないが」
そう言って、コンコルスさんは小さく息を吐く。
「俺とエウレは約束した。魔力があるものも魔力が無いものも手を取り合って生きていける、そんな世界を作ると。けれども、一人でなど到底実現できない。だから、協力者を探そう。そう思った」
「協力者?」
「そうだ。しかし、フォッシリムの者達は国を恨み過ぎていた。それに、フォッシリムの者だけでは手を取り合う相手がいない。フォッシリムとは無関係の者が欲しかった。強く、正義感があり、それていて感情に動かされない冷静な者。そして、誰かの犠牲ありきの未来を選ばない者」
「まさか女神の伝説って……」
俺の言葉に、コンコルスさんは静かに頷いた。
「そうだ。女神の伝説は、俺が作った」
不思議と、強い驚きはなかった。寧ろ、噂を簡単に作れてしまうことを知っている俺は、最後のピースがやっと見つかったような感覚だった。
だって、俺達が今まで見てきたものは、エウレさんが作ったと言われても不思議ではないレベルのものだった。けれどもエウレさんが既に死んでいたから、辻褄が合わなくなっていた。
隣で聞いていたゼノが、まだ少し納得できていないという顔で口を開く。
「でもよ。なんでこんな回りくどいことすんだ? 直接協力してもらえそうな奴を探して声をかければ良かったんじゃねえのか?」
「人は、誰かから言われ指図された事よりも、自分で知り、そして自ら導き出した答えの方が、これが正しいと信じ、信念を持ち、動いてくれる。君達だってそうだろう。突然協力城と言われても、素直には頷かったはずだ。けれども、きっと今は違う」
「それは、まあ……、そうかもしれねえが、なんか……」
ゼノの複雑そうな顔を見て、コンコルスさんは眉を下げる。
「そうだな。今思えば、これは人を集める経験の無かった俺が、本で覚えたばかりの知識を使おうとし、机上の空論で作り上げた拙い作戦に過ぎない。現実は、女神の伝説に魅入られた者が、何人も死んだ。勿論その時は時間を巻き戻し、諦めるように諭したがな。街一つが滅んだこともあった」
確かに、リンピアナでもイグニスベルクでも、一歩間違えたら大きな被害が出ていたことは間違いなかった。いや、実際に被害は出ていた。俺が無意識にでも時間を巻き戻していたからこそ、乗り越えられたことも多かった。
だからこそ、コンコルスさんが言った拙い作戦という言葉を、否定することができなかった。コンコルスさんは、そんな俺達を申し訳なさそうな顔で見つめ、口を開く。
「本当は、もう諦めようと思っていた。今は、昔よりも魔力無しの扱いは酷くない。奴隷扱いなどされなくなった。そんな今、命を賭けてもらってまで協力者を探す必要があるのか。そんな自問自答をする日々だった。……そんな時、君達が現れた」
「俺達、ですか?」
「そうだ。君達は、俺の理想通り、いや、理想を超える方法で、ここに来た。周囲の信頼を得るどころか、手を取り合う世界に希望を見出させる、そんな方法でだ。だから、いっそのこと君達に全てを伝え、託そうという考えが浮かんできた。丁度、クロノ君の願いを叶えるためには一つの命が必要だからな」
「えっ……?」
突然の提案に、一瞬俺の思考は止まった。けれどもコンコルスさんの言葉の意味を頭が理解すると、血の気が引いた。
「な、何言ってるんですか? コンコルスさんの命を使うなんて、そんなの……」
「心配することはない。もう500年も生きた命だ。しかも、歳を取らないわけではない。だいぶ体にガタが来ている。そんな俺に待っているのは、ここで孤独のまま衰弱していく未来のみ。ならば、誰かに命を譲って死ぬ方が良いだろう。このまま生き続ける方が絶望だ。寧ろ、俺にとっても救いとなると言えば、納得するか?」
「そ、それは……」
救いとなる。その言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
確かに、年老いた体でこれから何百年も生きるのは辛いだろう。コンコルスさんの気持ちが想像できたからこそ、無理に拒否する理由が見つからなかった。
けれども、それはメミニじゃなくてもいい。そう思う自分がいた。
メミニは俺が生き返らせればいい。迷惑をかけてばかりの俺がいない方が、魔力の有無に関係なく平等に過ごせる未来を創ることができるだろう。コンコルスさんが死ぬのは、それが終わってからでも遅くはない。時間を巻き戻すのだって、コンコルスさんがいれば俺はいらない。
「あ、の。コンコルスさん」
「……クロノ君。その話をする前に一つだけ、君に聞きたいことがある」
と、コンコルスさんは、俺の言葉を遮ってそう言った。
「な、なんでしょう」
「俺は未だに、エウレがどうすれば生きたのか、考えてしまうことがあてね。どうすれば、エウレは幸せに未来を生き続けられたと思う?」
その質問に、俺は首を傾げる。どうしてコンコルスさんが俺にそう尋ねるのか、理解ができなかった。
そんな俺を見て、再びコンコルスさんは口を開く。
「質問を変えよう。何度も時間を繰り返した君は、どうすれば未来を生きたいと思えるようになる?」




