9.イチゴとチョコ
『クロノ! 遊びに来たわよ!』
突然聞こえてきた声に、俺は目を開ける。どうしてかリトラが俺の泊まる部屋に入ってきて、満面の笑みで俺に駆け寄って来ていた。
ああ、これは夢か。俺はすぐに理解した。今のリトラがこんな風に俺の所に来るはずがなかった。それにこれは、一つ前の性格のリトラの時に実際にあったことだ。
『リトラ? 何かあった?』
俺は、あの日と同じようにリトラにそう言った。そうすれば、リトラはあの日と同じ少し拗ねた顔で口を開く。
『何かないと会いに来ちゃ駄目なの? クロノに会いたいから来ただけよ!』
『でも、ソフィアは?』
『ソフィアは発明品、ずっといじってて夢中なの。だから暇なの』
『そっか。じゃあ少し何か話す?』
『話す! いっぱい話しましょ! クロノと話すの、大好きなの!』
リトラは、嬉しそうにそう言った。
俺が記憶通りに言えば、記憶通りに言葉が返ってくる。そんなやり取りを懐かしく思いながらも、俺は夢の中でのリトラとの会話を楽しんだ。
と、急にリトラの顔が、少し曇る。
「……無理しないで、辛いなら言いなさいよ、馬鹿クロノ」
あれ? そんな事、リトラは言っていたっけ? そう思った瞬間、俺は何も言えなくなる。早く何か言わなきゃ。そう思っても、どうしてか口は開かなかった。
瞬間、俺は再び目を覚ます。と、真っ暗な部屋で、ベッドに座って俺の顔を覗き込んでいたリトラと目が合った。
ああ、俺はまだ夢を見ているのだろうか。そう思った時だった。
「へっ!? あっ、起きたの!? えっ、あっ、ええっと……」
違う、これは今のリトラだと、俺は理解した。けれども、どうしてリトラがここにいるのか、俺には理解できなかった。
「リトラ? 何かあった?」
俺は癖で、前の時間軸と同じセリフを言う。そうすれば、リトラは少しそっぽを向いて、俺に言った。
「べ、別に、あんたが倒れてないか見に来ただけよ」
「……ありがとう。心配して来てくれたんだ」
「し、心配してないわ! あっ、明日の計画のため! 私のためよ!」
「そっか。ありがと」
あくまで自分のためと言い切るリトラに笑いながらも、きっと本当は心配して来てくれたのだろうと、俺は嬉しくなる。今の性格のリトラも、なんだかんだ素直じゃないだけで、優しいのだ。
と、リトラが俺の方をチラリと見て口を開いた。
「あっ、そ、そうだ。や、やっぱりなんとなく気になって、ソフィアとアイスのお店に行ったの。あ、あんたは寝てたから、その、お、起こすのもなんだし、お土産、買ってきたから……」
そう言ってリトラが指さす方を見れば、クッキーの袋が置いてあった。
「わざわざ買って来てくれたんだ。ありがとね」
「あっ、えっと、ソフィアが言ったのよ! 一緒に来れないのは可哀相って! だ、だから、チョコ味のクッキー、えっと、あんたが好きかわかんないけど、なんとなく、あんた好みな気がする……、って、ソフィアが……」
「ほんとに!? 俺、チョコレートって一番好きなんだ! ほんとにありがとう! ソフィアにもお礼言っといて!」
今の性格のリトラには言った事はないけれども、お菓子の中ではチョコレート味が一番好きだった。お菓子なんて滅多に食べれない生活をしていた分、選べるならチョコレート味のものを選んでいた記憶がある。
と、リトラがホッと息を吐く音がした。俺がリトラの方を見ると、リトラはバッと立ち上がった。
「ちょ、ちょっとは元気になったみたいだけど、絶対に無理しちゃ駄目よ! 今日はゆっくりすること!」
「うん。わかった」
「じゃ、じゃあ、私もう行くから」
そう言って、リトラは逃げるように部屋を出た。部屋は再び静まり返って、少し寂しくなって俺はリトラが持ってきてくれたのであろうクッキーを手に取った。
一人の部屋はまだ寂しい。けれども、口にしたクッキーの甘さが、不安な感情を消し去ってくれた。
次の日、宿を出てすぐ、昨日のお礼を言わなければと俺はソフィアに話しかけた。
「あっ、ソフィア。リトラからクッキー貰ったよ。ありがとね」
「どういたしまして! ちなみにあれね、どーしてもクロノにはチョコ味が良いって、リトラが……」
「あー!!?? ソフィア! ちょっと待って!」
隣で聞いていたリトラが、慌ててソフィアの言葉を遮る。
「えっ、あれ? 秘密だった? そっか……。じゃあ、昨日来れなかったクロノが羨ましがること教えてあげる! リトラはイチゴのアイスを選んだんだけど、それはもう目を輝かせながら美味しそうに食べてて……」
「やめなさいってば!! クロノに変な事教えないで!!」
「えー、なんで!? あんなにリトラ可愛かったのに……。こんなリトラ見れないなんて、ほんとクロノ、一緒に来れなくて可哀相……」
「な、なに言ってんのよ!!」
そんなリトラとソフィアのやり取りに、俺は思わず笑う。
本当はリトラがクッキーを選んでくれていたことも、リトラが前の性格と変わらずイチゴアイスを美味しそうに食べていたことも、なんだか嬉しかった。
勿論リトラがイチゴアイスを食べる所を見たかったのは間違いない。ソフィアが羨ましいのも事実。けれども、とりあえず過去と同じ事を知った状態にしておきたくて、俺は口を開いた。
「そっか。リトラはイチゴ味が好きなんだ」
「えっ!? あっ、そっ、そーよ! 文句ある!?」
「無いよ。じゃあ今度、イチゴ味のお菓子があったら、プレゼントしようかな」
「うっ、あー、くれるって言うなら、貰ってあげてもいいけど!」
そう言うリトラはなんだか嬉しそうで、本当に素直じゃないなと俺は笑う。
同時に、その情報を今回のリトラからも聞けて良かったと、心の中でガッツポーズをした。これで、違和感なくリトラにイチゴ味のお菓子を沢山買ってあげられる。
そう思っていると、リトラがソフィアの方をキッと睨みながら言った。
「と、というか、ソフィアだってミント味の、美味しそうに食べてたじゃない! あっ、あんなスースーする味が美味しいの、意味わかんないけど……」
「えー!? あれがいいんだけどなあ」
「あはは、ミント味のお菓子を見つけるのはなかなかに難易度が高いね」
「私、そのままでもいけるよ! 生えてるの見つけたら教えて欲しいな!」
「それは気付けたらになるかなあ」
「いや、クロノも止めなさいよ」
そんな他愛のない話をしながら、数日。俺達は、無事時間通りにリンピアナに着いた。
リンピアナの入り口で、二人の人影が見える。
「俺が魔力ねえから教えねえ? ふざけんじゃねえよクソが! だったらそのツラにでも、この力ぶち込んで思い知らせてやるよ!!」
聞き慣れた、けれどもこの時間軸では初めて聞く少年の声が、響き渡っていた。