8.アイスと誘い
俺達の目指すリンピアナは、王都から、そして俺の住んでいたニヒルダからも遠く離れた村だった。他の街や村との交流も少なく、俺も旅に出るまでは聞いたことのない村だった。
そのため、色んな街を転々としながら、時には野宿しながら、俺達はリンピアナに向かうことになる。
旅に出てから何日目にどこまで進んでいるのか、その管理を俺は徹底した。特に、リトラの性格が変わったタイミングでは、イレギュラーな事が起きやすくて気は抜けない。リンピアナに着くタイミングだけはずらしたくなかった。
けれども逆に考えると、最終日にそこにいれば、後は何をしていても構わない。だからこそ、ズレが起きにくいタイミングを狙って、良い暮らしができていなかったというリトラに色々なものを食べさせ、好みを探った。
そして、過去の時間軸での試行錯誤の結果、リトラはイチゴ味のお菓子が大好きであると判明したのだ。
幸い、ソフィアが武器使いで登録しているおかげで、ある程度魔物を狩った納品も違和感なく行いやすくなった。街が違えば、もともと持っていたと言う事で、実力から想定される量以上を納品しても違和感は無い。
そのため、お菓子の一つや二つぐらい買える余裕もできていた。
そして、今いる街には、前の時間軸でリトラが目を輝かせながら食べたイチゴのアイスがあった。なので俺はこの街にくるたびに、イチゴのアイスをリトラに食べさせると決めていた。
俺は、宿屋でリラックスしているリトラと、自分の弓をいじっているソフィアに声をかける。
「ねえ、二人とも。美味しそうなアイスを見つけたんだけど、ちょっと一緒に食べに行かない?」
その誘いに、最初に口を開いたのはソフィアだった。
「んー、私は今はいいかな。もうちょっと弓をいじってたいし」
ソフィアは、一度何かに夢中になると、そのこと以外には興味が無くなる。
俺もそのことはわかっていながらも、リトラと二人でデートをしたくてそのタイミングで声をかけた。後でお土産を買って帰るから、許して欲しい。
「そっか。リトラは?」
ソフィアの言葉を確認した後、俺はリトラの方を見る。
「えっ、あっ、うぅ……」
どうしてか、リトラは頭を抱えた後、俺からそっぽを向く。
「い、行かないわ! 興味ないもの!」
リトラの返答に、俺は思わず固まった。今まで、断られたことはなかった。
けれども、今のリトラの性格を考えれば、そう言われてもおかしくない。少しガッカリしながらも、強引に連れて行く理由もなかった。
「そっか。わかった。ギルド施設の広場にあったから、気になったら行ってみて」
それだけ言って、俺は同じ宿の自分の部屋に戻る。流石に、女性二人とは別々の部屋にしてもらっていた。
俺はベッドに横になり、なんとなく過去の時間軸のリトラを思い出す。
初めてこの街のアイスの店に連れて行ったのは、まだ真面目で臆病な性格の頃だった。イチゴのアイスを始めて口にしたリトラは、驚いた顔をした後、キラキラした目でアイスを見た。
『なに、これ……! 冷たい……、でも、甘い……! 美味しい……!』
そう言って、リトラは感動した表情で俺を見る。
『ねえ、クロノ……! 食べるのもったいない……! どうやったら旅に持っていけるかな……?』
『あはは、アイスは溶けちゃうから、持っていけないかな。ほら、もうここ、溶けてきてるでしょ?』
『えっ、あっ、駄目……!』
そう言って、リトラは慌てて溶け始めたアイスにかぶりつく。そんなリトラを見て、俺も幸せな気持ちでいっぱいになった。
そういえば、あまり感情を見せなかったクールな性格の時ですら喜んでいたっけ。そう思いながら、クールな性格のリトラをアイス屋さんに連れて行った時の事も、俺は思い出す。
『美味しい……、ですね……。あっ、私……、こんな甘いものを食べたのは初めてです。こんな素敵な所に連れて来てくださり、ありがとうございます』
その時のリトラも、普段の淡々とした雰囲気とは違い、幸せそうに食べていた。
「あー、きっと暫くは見れないんだろうなー」
そう言って、俺は枕に顔を埋める。決して強要するものではないと思ってはいるものの、寂しいのは寂しい。
「今のリトラとも、もう少し仲良くなったら一緒にアイス食べてくれるかな」
そう言いながら、これから起こるであろう未来を思い描いた、その時だった。無数の槍がリトラの体を貫いたあの瞬間が、頭の中にフラッシュバックする。吐き気がして、俺は思わず口を押さえた。
記憶力だけは異常に良かった。だから、誰かが、特にリトラが死んだ光景は全て記憶にこびりついて離れなかった。
虚ろな目で倒れて動かなくなったリトラ、縛られ殴り殺されたリトラ、炎に飲み込まれていくリトラ、切りつけられて血を流すリトラ。何度見ても慣れることは無い。そして、時折その光景がフラッシュバックしては苦しくなる。
大丈夫。何度も巻き戻って、2つの神珠を手に入れられるところまでは来た。3つ目もあと少し。大丈夫。何度もやり直すことができるなら、誰も死ぬことは無い。
けれども同時に怖くなる。もし死んだまま、巻き戻りが起こらずに時が進んでしまったならば。そんな不確定な要素が、少し浮ついてしまった俺の心に、気を抜くなど叱りつける。
「……クロノ?」
と、突然聞こえたリトラの声に、俺はハッと顔を上げた。
いつの間にこの部屋に入って来ていたのだろうか。リトラが俺のベッドの傍に立っていた。
「あ、れ? リトラ……」
「あ、あんた大丈夫!? 顔真っ青よ!?」
いけないと、俺は慌てて取り繕い、笑顔を見せながら起き上がろうとする。けれどもリトラは、怒ったように俺を睨んだ。
「まさか無理してたんじゃないでしょうね!? 起き上がらないで寝てなさいよ!」
そう言って、リトラは俺の肩を押して俺をベッドに押し戻す。同時に、リトラは回復魔法を俺に駆け始めた。
回復魔法が効くのは、あくまで怪我のみ。体調不良には、ましてや気持ちの問題には効かない。けれどもリトラの手から伝わる確かに生きている温もりが、そして回復魔法の優しい魔力が、俺の心を安心させる。
「リトラ」
行かないで。そう言おうとして、言えなかった。そんな事、過去にリトラに言った事なんてなかった。
「……なによ」
「……ありがと」
そう言えば、リトラの手は俺からバッと離れる。
「別にあんたのためじゃないんだからね! あんたが倒れて旅に支障が出ると、私が困るだけなんだから!」
そう言って、リトラは逃げるように部屋から出て行った。リトラがいなくなってしまった部屋を寂しく感じながらも、先程までの恐怖はどこかに消えていた。
ああ、今回のやり取りが、これからの事に大きくかかわらなければいいな。
そんな事を思いながらも、安心した後の眠気に勝てなくて、俺は目を閉じた。