71.変化と不信
俺達が逃げた後、アミクスが俺達を追ってくる様子は無かった。過去の時間軸を考えると大丈夫だろうが、念のため周囲を確認しつつ、少し広い場所に腰を下ろす。
「アミクス……、そんな……、なんで……」
ソフィアが顔を青くしてそう言った。
「ね、ねえ、どうしたらいいかな!? 私、アミクスを壊したくない!! でも、それだと神殿は……」
そう混乱するソフィアに、過去の時間軸のゼノはこう言っていた。
『つっても、壊さねえと神殿には行けねえんだぞ!? ここまで来て諦めんのかよ!』
そんな言葉の後、二人は暫く言い合って、埒が明かないとゼノは一人で飛び出す。そんなゼノを追いかけようとするソフィアを、俺はソフィアが死なないように必死に止め、説得した。
結果、ソフィアは泣きながらも承諾し、俺もアミクスとの戦いに参戦する。勿論説得しきれずソフィアが庇いに行ったこともあったし、リトラやゼノが死んだ時もあった。
唯一勝てた時は、アミクスをウルティオさんに分解してもらった。勿論鍵は取れたけれども、アミクスの修復は不可能だった。
今回も、同じだと思っていた。リトラの変化の方に気を取られ、ゼノの変化が物語に大きく影響する可能性を失念していた。
今回のゼノが言った言葉は違った。
「他に方法はねえのかよ。例えばその、あの入り口? みてえなとこ、ぶっ壊すとか」
今更気づいたことだった。アミクスの事を“友達””と思っているゼノは、神殿よりアミクスの方を優先するなんて、考えれば分かることだったのに。
ゼノの言葉に、ソフィアが沈んだ声のまま答える。
「それは……、無理かも……。あれね、土の魔力を活用した魔道具だと思う。本で見たことあるんだ。凄く強い爆発魔法でも破壊できない防御壁と同じ見た目をしてた。だから、魔道具レベルの爆弾じゃきっと無理……」
「クソっ。対策済ってわけか」
ゼノはそれを聞いて、頭を抱えたまま何も言わなくなってしまった。そんなやり取りに、俺の思考はフリーズした。
俺がゼノの代わりをすればいいだけだ。リトラの行動に変化があった時も、俺が代わりにその役をすれば望むように事が進んだ。
けれども、今、この状況で、それをする勇気が俺にはなかった。悪役になるのが、怖かった。
「……とりあえず、フォッシリムに戻らない?」
俺は、そう言うだけで精一杯だった。
それから30分、俺達は無言で歩き続けた。考えても答えは見つからない。皆もそうなのか、ずっと難しい顔をしたままだった。
ただ、フォッシリムの地下施設に入った瞬間、少しだけ息ができる気がした。ボタンを押せば広がる魔道具による光と、変わらない見慣れた光景。戦闘から離れて日常に戻れた、そんな気がした。
けれども、階段を降り切った後、ソフィアは床に泣き崩れた。
「いつも、いつもね。帰ってきたら、アミクスが迎えに来てくれたんだよ。それでね、色々お世話してくれてね、いっぱいお話聞いてくれてね」
ソフィアに流れ始めた大粒の涙は、止まることなく流れていく。
「なんで、なんでアミクスなの……!? 別にアミクスじゃなくても良かったじゃん! 女神様、酷い、酷いよ……」
ソフィアの言葉が、決して日常には戻れていないのだと、けれども解決策すら見えていないのだと、俺の心を突き刺していった。
「……コンコルス、やはりあいつは何か……」
と、ウルティオさんが小さくそう呟いた。
コンコルスさんはエウレさんと一緒にいた第三王子であり過去の人。何故コンコルスさんの名前が出たのかは予想もつかないが、少しでもヒントが欲しくて、俺はウルティオさんに問いかける。
「えっと、コンコルスさんがどうされたんですか?」
「えっ、いや、ええっと……。そ、そうだ。一つ思い出したことがあるから、付いて来てくれるかい?」
コンコルスさんが何かを隠したのは俺にもすぐわかった。ただ、それが何かを考える前に、ゼノがウルティオさんを睨む。
「……誤魔化さねえで言えよ」
「あっ、えっと、違うんだ。コンコルスさんという人からね、アミクスを大事にして欲しいと頼まれた……、という話があったと先祖から聞いたことを思い出したんだ。それで、倉庫に……。あっ、ええっと、やっぱり実際に見せた方が早いから、倉庫に行っていいかな」
ウルティオさんの言葉をまだ信用していないのか、ゼノはウルティオさんを睨んでいた。けれども俺は少しでも早くヒントを探しに行きたくて、ゼノに向かって口を開く。
「まっ、まあ、とりあえず倉庫に行ってみようよ。何かヒントが見つかるかもだし」
「……わかったよ」
そんなゼノの態度に、ウルティオさんは少し困ったように笑いながらも、歩き始めた。
ウルティオさんには、ゼノの過去を話していない。キツく当たるゼノに対する誤解を解きたくて、俺はウルティオさんにしか聞こえない声でウルティオさんに伝える。
「あ、あの……。ゼノは昔嫌な貴族に騙されてお兄さんを殺されたり、免罪をかけられたりしたみたいで……」
俺がそう言えば、ウルティオさんは困ったように笑いながら俺を見た。
「なるほど。だから彼は警戒心が強いのかな」
「はい。だからウルティオさんの事も過剰に警戒していて……」
そう言った俺の頭を、ウルティオさんは優しく撫でる。
「ありがとう。私の気持ちを考えて伝えてくれたんだね。クロノ君は優しいね。……まあ、そうだね。私は人に信頼してもらえない何かがあるのかもしれない」
「そんなことは……」
「残念ながら、そういうことが前にもあってね。流石に、信頼していた人からだったから落ち込んだよ。……でも、クロノ君は少なくとも私を信頼してくれているのだよね?」
ウルティオさんはそう言って、優しい、けれどもどこかさみしげな目で俺を見た。そんなウルティオさんを見て、俺は強く頷く。
「勿論ですよ」
「そうか。嬉しいなあ。少し心が救われた気分だ。クロノ君と出会えてよかった。って、こんなおじさんの恥ずかしい所を見せてしまったね」
「そんな事ないです。俺もそう言ってもらえて嬉しいです」
知らなかった。ウルティオさんにそんな過去があったなんて。けれども俺の存在がウルティオさんの救いになっていたなんてことも知らなかった。
ウルティオさんの言葉に、不安な心がほんの少しだけ晴れる。
リトラには嫌われた。未来すら、上手く動かせなくなってしまった。それでもまだ、少しでも俺の存在意義が残っているようで、何とかまだ歩いていられた。




