64.眠れない時間と隠し事
あれから暫くして、アミクスは四人分の肉団子のスープを持ってきた。過去の時間軸では何度も食べた味だけれども、未来に進めばもう食べることができないかもしれないと思うと、少し切ない気持ちになる。
「ねえ」
俺は一つの疑問が頭の中に沸いて、なんとなく口を開く。
「この野菜も全部、アミクスが作ってくれたの?」
「はい。作りました」
「……ソフィアもウルティオも普段いないよね。余った食材とかは、どうしてるの?」
「種があるものは種を取り出し、残りは腐らせ肥料にします」
淡々と、アミクスはそう言った。そんなアミクスに、隣で聞いていたゼノが、目を丸くして言う。
「マジかよ。空しくなんねえの?」
「それが私の役目ですから」
「……そう、かよ」
アミクスの言葉に、ゼノは少し複雑そうな顔をする。アミクスに感情が無い事を知っている俺ですら切ない気持ちが湧き上がるのだから、それを知らないゼノはもっとだろう。
いや、寧ろ感情が無いからできるのかもしれないと、俺はなんとなく思う。いつ帰ってくるかわからない人のために掃除をして、食材を作って、不要になれば捨てる。きっとアミクスは、何もなければ二人が死んでも作り続けていたのかもしれない。
その日の食事はいつもよりも皆、少しも残さず綺麗に食べていた。
食事の後、温かいお湯で体を綺麗にして、そのまま自分の部屋に戻った。
体は疲れていたはずだった。温かいお湯と石鹸という体を綺麗にする薬剤で洗ったのも、温かいお湯に浸かったのも、心地よくて疲れが取れた気がした。誰もいない部屋に入れば、それだけで安心できる感覚になった。
けれども、このタイミングの俺はだいたい眠れない。正確に言えば、時間を繰り返すようになってから、神珠を無事取れた後ぐらいしかまともに眠れていなかった。
ずっと、緊張が取れなかった。フラッシュバックする誰かの死んだ光景と、未来を最善の方向にもっていく責任、バレないように過去の自分と照らし合わせながら演じる緊張感が繰り返されて、落ち着かなかない。
そしてここは、誰もいない鍵付きの個室。だからこそ、余計に心の奥底から不安がわき上がってくるのかもしれない。けれども、誰からの視線も気にせず自分の感情に溺れさせてくれるこの時間は、苦しいはずなのに心地良かった。
けれども、ずっとこうしてはいられない。あまりにも眠れないと良くないこともわかっている。だから俺は息を吸い直して、部屋の外に出た。
外の廊下は、俺達が歩けるようにうっすらと明かりが付いていて、歩くのには困らなかった。そして少し歩けば、あの不思議な音がすぐに近付いてくる。
「クロノ」
そう呼びかけたのは、アミクスだった。
「アミクス。どうしたの?」
「私は警備中です。クロノはどうしましたか?」
「あはは。ちょっと眠れなくて」
俺がそう言えば、アミクスはじっと俺の顔を見る。
「確かに、寝不足を確認。温かいお茶でも飲みますか? リラックス効果があるものです」
「ありがとう。お願いしようかな」
いつも俺は、こうしてアミクスにお茶を貰う。アミクスの前では無理に取り繕う必要もない気がして、この時間も好きだった。
けれども、別のドアが開く音がした。過去の時間軸ではそんな事はなくて、俺はドキリとして音のした方を見る。
開いたのは、リトラの部屋だった。リトラは、目を擦りながら俺とアミクスを見る。
「なに、してるの……?」
「えっ、あっ、ごめん。眠れなくて。起こしちゃったかな」
俺は咄嗟にいつもの俺に戻り、リトラにそう言った。俺の言葉に、リトラはふいとそっぽを向く。
「……別に。何となく目が覚めたら、話す声が聞こえただけよ」
暗くて、リトラがどんな表情をしているのかはわからない。だからこそ、どう思われたのか不安になる。
その隣で、アミクスがマイペースに声を出す。
「リトラも、温かいお茶を飲みますか?」
「……お願い、しようかしら」
「それでは、食堂へおいでください」
アミクスの言葉に、俺とリトラは黙って付いて行く。リトラと二人きりになるのは久しぶりで、どうしてか緊張した。
今までの性格ではここまで緊張しなかったかもしれない。けれども、好きだと自覚した今、そしてリトラの気持ちがわからない今、声のかけ方も、どんな話題を選べばよいのかも、わからなくなっていた。
そのまま食堂に到着し、アミクスに促されるまま席に座った。
「ねえ」
と、最初に静寂を破ったのは、リトラだった。
「クロノは、いつもここに来た時……」
それだけ言って、どうしてかリトラは挙動不審になる。
「あっ、いや、その……」
「どうしたの?」
「ちがっ、ええっと、あ、あんたは眠れないこと、よくあるの!?」
どうしてそれだけの質問に挙動不審になったのかはわからなかったが、俺はそんなリトラの様子に少し気が抜けながらも口を開く。
「あはは。凄い施設で興奮しちゃったのかも。たまたまだよ」
「そっ、そう……」
そっけないように見えながらも、少しホッとした顔をするリトラに嬉しくなってしまうのは、俺がリトラの事が好きだからなのだろう。リトラの優しさに恋愛的な意味がなかったとしても、やっぱり嬉しいのだ。
だからこそ、心配かけたくはなかった。だから俺は、眠れていない理由をたまたまだと嘘をつく。
きっとバレない。そう思っていた。
「いいえ。クロノは、慢性的な寝不足を感じます。ここ数日寝不足なのでしょう」
「えっ……? あっ、いや、そんなことは……」
「目の下の青いクマや顔全体の血行不良、今日眠れていないだけとは考えられません」
アミクスの言葉に、俺は言葉を失う。
と、アミクスの言葉を聞いたリトラがギロリと俺を睨んだ。
「ちょっと、どういうことよ!?」
「あっ、いやあ……」
「あんたにとって私は、それぐらいの事すら言えない存在ってわけ!?」
「違っ、そういうわけじゃ……」
「じゃあなんなのよ! 私は……! ……違う、私が、そう、思わせるように……」
そう言って、リトラは机に顔を伏せる。リトラの言葉の意図がわからなくて、俺はどう言えば良いのか言葉に詰まる。
「リトラ……?」
「何もない! 自己管理もできてなくて、途中で倒れても知らないんだから! 私たちの旅に迷惑かけないでよ!」
「えっと……。うん、わかった。気を付ける」
少なくとも俺の知っている未来までは、体調が悪くなって倒れることなどなかった。けれども、その証明なんてできないから、俺はそう言うしかなかった。
「お二人とも、お茶、冷めますよ」
恐らく状況を理解していないであろうアミクスの言葉に俺は少しだけホッとして、俺は丁度飲みやすくなった熱さのお茶を手に取った。




