59.変化と思い込み
次の日、俺達はイグニスベルクの人達に見送られながら、次の神珠の示す方に向かった。
この国の一般常識としては、イグニスベルクより北には何もない。そもそもイグニスベルクですら地図には載っておらず、罪人となった者と強い魔力を持つ役人しか来ないのだから、更に北など誰も知らないだろう。
けれども、それは気にしなくて良い事を、俺は知っている。ソフィアが案内すると言って、俺達はその言葉を信じて付いて行くだけ。
それで目的地に着くのだから、そこまでは大きな異変なく進行するだろうと、俺は前を歩くリトラとゼノを見る。
と、ゼノが口を開いた。
「つかよ。別れ際のじじい、あれなんだったんだよ。やたら口うるさくてよ。いつもあそこ抜け出すときはなんも言わねえくせに」
「馬鹿ね。心配してるのよ。いつもの旅とは違うんだから」
ゼノの言葉にすぐ反応したのはリトラだった。リトラの言葉に、ゼノは少し照れたように頬を掻く。
「まっ、まあ、そうかもしれねえけどよ……。で、でもよ! ちゃんと寝ろとかガキじゃあるまいし!」
「そうイチイチ反応してるうちは子供なんじゃないの?」
「はあ!? てめえも同い年だろ!? 同い年に言われたくねえよ!」
「私はあなたと同じことを言われても、馬鹿みたいに騒がないわよ。精神年齢の問題じゃない?」
「クソッ、うまく言い返せねえのがムカつく」
そんな二人のやり取りを、俺はぼんやりと眺めていた。
お互い言い合っているようで、本気でお互いの事を嫌ってるわけではない。寧ろ気心の知れた友達のように軽口をたたきあっているようで、どうしてか心になにか引っかかってしまった。
別に、仲が良い分には良いはずだ。事実、イグニスベルクの神殿の前にリトラがゼノに言った言葉が、ゼノが夢に囚われずに目を覚ましたことに繋がったのだから、これからも良いように作用するかもしれない。
勿論、悪いように作用することもあるかもしれない。けれども、イグニスベルクでこれだけ良い流れを見つけ出せたのだから、次の場所を抜け出せるヒントだって見つけ出せるかもしれない。
わかってる。このモヤモヤは間違いなく自分がひねくれているだけだ。
今までの時間軸では、リトラは常に俺の隣にいた。頼るのも甘えるのも、小言を言うのだって全部俺に対して向けられていた。
けれども今は、それがゼノに向けられているようにも見えてしまう。
そういえば、少し前にリトラに叱られたっけ。リトラの気持ちを勝手に決めつけるなって。
そのリトラの言葉を思い出した瞬間、心がかき乱される。
もし全てが終われば、リトラに自分の想いを告げようと決めていた。性格が変わってもリトラも同じ気持ちなんだって期待も、どこかにあった。
けれども、今は拒否されるイメージしかなくて怖い。強くて頼りになるゼノの方がいいのだと、そう告げられる未来を想像してしまう。そう思えば思うほど、過去の時間軸のリトラも自分の自惚れでしかなかったのだとすら思えてしまう。
そんな事を考えていると、突然リトラの顔が目の前にあった。俺は思わず、ぎゃっと声を出す。
「えっ、なっ、何!?」
「……別に、なんだか難しい顔してたから、ちょっと気になっただけよ」
「えっ、あっ、ただ考え事してただけ。心配かけたのなら、ごめんね」
俺がそう言えば、リトラはどうしてかそっぽを向く。
「べ、別にあんたのこと心配したわけじゃないんだから! あんた、リンピアナに向かう途中も顔青くしてたじゃない! あんたが倒れると、旅に支障が出るから確認してるの!」
そう言ってリトラは、またゼノの隣に逃げて行った。
リトラのその言葉を、少し前まで素直じゃない性格だから、なんて思っていたっけ。そんなことをぼんやりと思う。
けれども、それはただの自惚れでしかないのではないかと、俺が勝手に決めつけているだけではないのかと、今はどうしても思ってしまう。
「……おまえさ、もうちょっとあいつに素直になったら?」
と、ゼノが俺にも聞こえるような声でポツリと言った。
「えっ、はっ、はあ!? 何言ってんのよ! 私はいつだって素直よ!」
「いや、だってよ。おまえ……。いてえ!!」
ゼノが何かを言おうとした瞬間、リトラはゼノの足を思いっきり踏みつけた。
「……! …………!」
何をリトラがゼノに言ったのか、俺には聞こえなかった。ただ、ゼノがリトラに言った言葉が、再び俺の中で、リトラは俺に素直じゃないだけなのではと、期待として溢れてしまう。
けれども、同時にリトラが俺を叱った決めつけるなという言葉が、自惚れるなと俺の期待を殴りつける。
「やっぱめんどくせえ。まっ、いいけどよ」
ゼノのため息をつく声だけが、俺にはっきりと届く。それで二人の話は終わったのか、ゼノは今度はソフィアの方を見た。
「……それより、あいつはどうしたんだよ。いつもはクソうるせえのに、やけに静かじゃねえか」
それは過去の時間軸でも言ったゼノのセリフで、俺は過去の時間軸と同じように口を開こうとする。
けれども、先に言葉を発したのはリトラだった。
「……馬鹿ね。何か私達に話したい事があるって言ってたじゃない。きっと何を話そうか考えてるのよ」
「で、でもよ。あんな静かなのは違和感あるっつうか」
「彼女、魔道具をいじってたり実験してたりしてる時も、あんな感じよ。集中してたらああなるの。だからそっとしてあげるのが一番じゃない?」
それは、俺が言おうとしていた言葉と変わりなくて、俺は何も言えないまま口を閉じた。
『ねっ、ねえ……。ソフィア、話しかけても何も答えてくれないの……。嫌われちゃったかなあ……』
最初の性格の時、リトラは初めてソフィアの集中する姿を見て、不安そうに俺にそう言ってきた。そういえば、過保護なリトラの時も、ここで今のゼノのように不安になっていたっけ。
そんなリトラを懐かしく思いながらも、ソフィアの無言に不安一つ感じているように見えない今のリトラを、後ろから眺めることしか俺はできなかった。




