54.恨む相手と気付かない感情
ソフィアは暫く泣いた後、涙を拭って少しだけ顔を引きつらせたまま笑った。
「えへへ、ごめん」
「落ち着いた?」
俺がそう聞けば、ソフィアは無理矢理作った笑顔のまま頷いた。
「うん! もう大丈夫! って、あれ? なんか夢の中にクロノがいたような……」
「それは、えっと、申し訳ないんだけど、ソフィアが目を覚まさないから精神介入の魔法でソフィアの中に入らせてもらって……」
「そういうこと!? そっか。確かに私、夢と現実の区別付いてなかったかも……」
そう言ったソフィアは、まだ夢の事を思い出したのか、少し寂し気な顔をした。
そんなソフィアの表情を確認しながら、俺は口を開く。
「えっと……。嫌だったら答えなくて大丈夫なんだけど、ソフィアの両親ってもしかして、忙しくて会えないんじゃなくて……」
俺がそう言えば、ソフィアは少し気まずそうな顔をした。けれどもこれは、ソフィアから引き出しておきたい情報でもあった。
ソフィアは過去の時間軸と同じように、少し困った顔をしながらも口を開く。
「うん。死んでる。正式には殺された。……クロノは全部見ちゃったから、誰に殺されたかもわかってるよね」
「うん……」
「クロノの想像通り、殺したのは国の兵士さん。正式には国かな」
「は? なんで国がてめえの親を殺すんだよ?」
ソフィアの言葉に、ゼノは驚いた顔をしてそう言った。
「……私の両親もね、私と似たような、魔力無しでも魔法使える研究をしてた。それでちょっと……、うん、色々あって、捕まって、罪になって、処刑、みたいな?」
「は? んなの、てめえの親、一つも悪い事してねえじゃねえかよ」
「あはは……。それは、うん、なんとも言えないんだけど……。まっ、まあ、魔力無しが魔力を使えるようにするのって悪魔の力借りたって言われるぐらいだから、速攻処刑、っていう……」
そう言ったソフィアの言葉に、ゼノは拳を握りしめる。
「んなの、ただの迷信だろ!? ……でも、ソフィアはすげえな。親殺されてんのに、それでも復讐じゃなくて、この世界がよくなること考えてたんだな」
そんなゼノの言葉に、ソフィアは目を丸くし、そして少し照れたように笑う。
「あはは、そうかな? あっ、でも、クロノとリトラには話した事ある気がするけど、私、ほんとパパやママと過ごした記憶ほとんどないんだ。ティオおじさんっていう人に育ててもらったから、それもあるかも。だから、パパとママがいなくなっても、私にはティオおじさんがいるから良いって、思ってたはずなんだけどなあ……」
ソフィアは、少し遠くを見ながら言った。
「なんで、夢に出てきたんだろ……」
「なんだかんだ、殺した奴らのこと恨んでたんじゃね? 俺も、兄貴殺した魔力持ちの兄弟が出てきた。んで、冷静にって言葉思い出して兄貴守ること優先にしたら目が覚めた」
「私もよ。……私が産まれたらすぐ捨てた、実の父とも思いたくない奴が出てきたわ。しかも、顔も知らないのに、不思議とそいつが父親だって認識できたのよね」
「あはは。私も!」
リトラの言葉に、ソフィアは笑う。
「多分私が見たのは、パパとママが捕まるとこだと思うんだけど、私、その場にはいなかったんだよね。だから、捕まった場所も兵士さんの姿も知らないはずなのに、一瞬であの時のことだって認識できちゃった。……でも、そっかー。私、自分でも気づかないうちに、パパとママが殺されたこと、恨んでたのかなあ……」
そんなソフィアの言葉に、俺は少し目を逸らす。
きっと俺の夢も、後悔じゃなくて、恨んだ人が出てきたのだろう。ああ、でもと、俺は思う。あの夢を見るたびに覚える怒りの矛先は、どこに向いていただろうか。
きっと、幼い俺だろう。殺したいと、死んで欲しいと願うのは、どうしても俺達を誘拐した人ではなく、俺なのだ。
怖くて震え、自分が連れて行かれる対象にならないようにと目を逸らした俺の事が、メミニに助けを求められても動くことができなかった俺の事が、憎くて憎くて仕方がない。
「……なあ、クロノ」
と、ゼノが俺の名前を呼んだ。そんなゼノの声に、俺は慌てて顔を上げる。
「なっ、何……?」
「おまえも、やっぱなんか見たのか?」
「えっ……? あっ、うん。えっと、俺の場合は、俺と妹が誘拐された時のことで……」
そう言えば、ゼノは少し笑いながら、俺の背中を軽く叩く。
「やっぱクロノも人間なんだな! いつもは恨みなんて一つもねえような、悟りを開いた神様かよって面してんもんな!」
「……ちなみに、何日か前には恨んでないって言ってたわよ。もう皆捕まって殺されたから、恨む人もいないって。しかも、もし生きてたら、誘拐したことじゃなくて、自分を実験台にしなかったことを言うって言ってたから、びっくりしたわ」
「……マジかよ」
リトラの言葉に、ゼノは少し引いたような表情をした。けれども、少し考えた後、再び俺の背中を軽く叩く。
「まっ、でも、結局はてめえも人間だったって事だ! ソフィアみたいに自分にそう言い聞かせてただけで、てめえも結局そいつらのこと恨んでたって事だろ!?」
「……あはは、そうかもね」
きっと、そう考えるのが自然なのだろう。だから、俺は敢えて否定せずに頷いた。
だって本当にそうかもしれないし、そもそも俺が誰を恨んでるかなんてどうでもいい。重要なのは、これからの事。誰も死なせずに、皆を守り切る事だ。
と、ソフィアが俯いている姿が目に入る。過去の時間軸ではそんな事なかったのにと思いながら、俺は声をかける。
「ソフィア、大丈夫? 多分また映像を見ることになるだろし、その前に休む?」
「えっ!? あっ!? 別に大丈夫! ちょっと考え事してただけ!」
「そう……?」
大丈夫ならいいかと、俺はそれ以上追求しなかった。過去の時間軸でも問題なかったから、きっと大丈夫だろうと俺は思う。
俺は、神殿の中心に浮かんでいた赤い珠の方を見た。




