53.感情まかせと冷静
「おい、こいつ、どうしちまったんだよ」
再び俺達に矢を向けるソフィアを警戒しながら、ゼノがそう言った。
「わからない。けれども、目を閉じてるってことは、もしかしてまだ、幻覚を見てるのかも……」
「抜け出せないまま攻撃……。ああ、そういうことかよ」
ゼノは何かを察したのか、少し焦った顔でソフィアを見た。その様子に、俺は少しホッとする。
俺が時間を繰り返している事を、悟られたくは無かった。だから何が起こっているのか説明するわけにはいかないけれども、ゼノが察してくれたのであれば話は早い。
「どういうこと……?」
俺は、何も知らないフリをしてゼノに問いかける。
「てめえも胸糞わりい夢見たんじゃねえのかよ。俺は幻覚に、兄貴が殺される直前の光景を見せられた。毒入りの茶飲ませようとした奴を殺してやろうかと思ったぜ。でも、あいつの、リトラの言葉を思い出して、冷静に、兄貴を助ける事を選んだ。でもよ。もし俺が感情に囚われて、殺すことを選んでたら……?」
「なるほど。ソフィアはそういう状況ってわけか」
「ああ。俺はそう思う。でも、どうすればいいんだ? 前の時はどうしたんだよ」
ゼノの言葉に、俺は困ったように目を伏せる。
「……前回は、皆無事目を覚ましたから。あっ、でも……!」
俺は、今思いついたような表情をして、口を開いた。
「ダイヤスネイクの時みたいに、ソフィアに精神介入の魔法を使ったら、もしかしたら……!」
「やってみるしかねえか」
そう言いながら、ゼノは再び飛んできた矢を剣で弾く。
「……なあ、俺があいつの攻撃をなんとかするから、その隙にてめえがあいつに近付くってのはどうだ?」
「それはとても助かるね」
「よし、ならそれは俺にまかせて、てめえは精神介入の魔法に集中しろ。ここにいる全員守ってやるから、ぜってえ余計な事すんじゃねえぞ」
「うん。ありがと」
ゼノがいれば、きっと大丈夫だろう。きっとリトラも守ってくれる。
ゼノがソフィアに近付く。ソフィアもまた、ゼノに向かって矢を放つ。
相性が悪いはずの遠距離からの攻撃を、ゼノは見極めて剣で弾く。
ああ、楽だと俺はぼんやり思う。前回は、ゼノもまた俺達に攻撃を仕向けてきたから、全部俺でなんとかしなければならなかった。
なんとか鎖で押さえつけて、時には傷を負って、それでもリトラが治してくれて死ぬことはなかったけれど、それでも攻略を見つけ出すだけで大変だった。何度ここでリトラを死なせたかわからない。
俺はゼノがソフィアの攻撃を引き付けている間に、ソフィアの背後に回る。そして、ソフィアに魔力を流し込む。
瞬間、俺が目に見える景色は大きく変わる。見たことも無い実験器具のようなものが散乱するその場所で、ソフィアは国の兵士であろう人と戦っていた。
どうして彼らと戦っているのか、それはきっと後から教えてくれるだろう。ただ一つ言えることは、ソフィアの後ろにいるフード付きのマントをまとっている男女二人が、ソフィアが夢から抜け出すためのキーとなる人ということだ。
「シャドウ シールド」
俺は国の兵士の前にシールドを貼る。攻撃魔法でなければ、向こうの世界現れても大丈夫だろう。
ソフィアが驚いて攻撃を止め、俺と目が合ったことを確認した後、俺は口を開く。
「ソフィア……!」
「えっ、クロノ……!? なんでここに……!? あれ、皆は……。あれ、私、そもそもなんでこんなとこに……?」
ソフィアは戸惑いながら、キョロキョロと周りを見る。
そんなソフィアを落ち着かせるよう、俺は口を開く。
「ソフィア。ここは女神様に見せられた幻覚の世界だよ。それで、ソフィアがあの人たちに向けた攻撃では、現実では俺達に向けられてる」
「えっ!? えっ!? うそ、ごめん! でも、どうしたら抜け出せる!?」
「あの人たちが、ソフィアの守りたい人達?」
「えっ、あっ、うん……。一応……」
俺の言葉に、ソフィアは歯切れが悪く頷いた。その理由も後でわかる。ただ今は抜け出すことが先だと俺は口を開く。
「なら、あの人たちを守って逃げて! 兵士さん達を攻撃しないように!」
「わ、わかった……!」
そう言って、ソフィアはソフィアの後ろにいる男女二人の方を見た。
「パパ、ママ! 逃げるよ!」
そう言って、ソフィアは二人の手を取り、そして後ろに見えた扉に向かって駆けだした。
空間が歪み始める。きっともうすぐ、ソフィアの夢は覚めるのだろう。
「ソフィア。助けに来てくれてありがとう」
と、男性の声が聞こえた。きっと、フードを被った男性の声なのだろう。
「……意味わかんない。なんで、私、二人の事なんて、どうでもいいはずだったのに……」
その後聞こえたソフィアの泣きそうな声に、俺はなんとも言えない気持ちになりながらも、そっとソフィアに流していた魔力を解いた。
俺が目を開ければ、ゼノとリトラが心配そうに俺達を見ていた。
二人は少しだけ俺達と距離を取っていた。きっと、ソフィアがいつ攻撃をしても対応できるように離れていたのだろう。
そんな二人を安心させるように、俺は笑いかける。
「二人とも、ありがとう。ソフィアは、もう大丈夫だと思う」
俺がそう言ったと同時に、ソフィアの体はピクリと動く。そして、目を覚ましたと思ったら、慌てて起き上がって周りを見渡した。
そして、ポロポロと涙をこぼす。
「なんで……。なんで……。パパ……。ママ……」
そう言いながら、ソフィアは再び床に伏せて、そして泣き始めた。




