52.正気と後悔
扉を開けば、突然景色が変わるのはいつものこと。しかも今回見る光景は、リンピアナで見た夢の時のように飴なんか一つもない。ただ苦しい鞭だけの光景で、俺は何度見ても吐き気がした。
見えたのは、俺と妹のメミニが誘拐された後に閉じ込められた檻の中だった。檻の中には、他に捕まった子供たちと、メミニ、そして幼い頃の俺がいた。
今の俺の存在は、周りには見えていないようだった。
と、一つの足音が近付いて来た。その足音の主であるフードを被った男は、乱暴に檻の扉を開ける。
その時の事を、俺は今でもはっきりと覚えている。扉が開いて、そしてフードを被った男は子供達を一通り眺めた後、俺の隣にいたメミニの元に向かうのだ。そして、乱暴にメミニの手を引っ張る。
「いや! やめて! 離して!」
メミニの叫び声に、幼い俺は膝を抱えて縮こまる。そんな俺に、メミニは泣きながら、縋るように俺に向かって手を伸ばすのだ。
「お兄ちゃん! 助けて! お願い! 助けて! お兄ちゃん!」
けれども当時の俺は、怖くて何もできなかった。そんな幼い俺を、俺は殴り飛ばし、怒鳴りつけたくなる。
メミニを助けろよと。自分が代わりに行くと言えよと。そうすれば、メミニは助かったかもしれないのに、と。
けれども、そんな事を思う時ではないとわかっていた。俺は、幼い俺の代わりに手を伸ばし、メミニを連れて行こうとした男から奪い取る。
「シャドウ シールド」
そして、魔法のシールドを出して、男を檻から入れなくした。
「だれえ?」
メミニが、俺を知っているメミニの声で、俺に問いかける。俺を見つめるその目も、小さな手も、あの日のままだ。
きっとこの夢はもう少しで解ける。それを知っている俺は、せめてもとメミニを抱きしめた。
「……ごめんね、メミニ。守ってあげられなくて」
「……? メミニ、助けてもらったよ?」
ある意味、酷い夢なのかもしれない。救えたと思ったのに、現実では救えていないのだから。現実に戻れば、メミニはいないままなのだから。
「メミニ、本当にごめん。本当に、本当にごめん。俺が……、俺が……」
メミニの代わりに死ねば良かったのに。
その言葉を言う前に、俺は夢から覚めた。リンピアナの時と同じように、俺達は神殿の中で倒れていた。俺は起き上がり、そしてため息をつく。
女神様がこの夢を見せたとして、その夢は最初、俺の一番の後悔を見せているのかと思っていた。けれども、それは違うことを、後で俺は知る。
けれども、自分に浸っている暇はない。俺は、次に目が覚めるであろう人に、周りを警戒しながら近付いた。
「ん……」
予想通り、目を覚ましたのはリトラだった。リトラは、俺の顔を見るなり慌てて起き上がる。
「大丈夫?」
「ええ」
そう言いながらも、リトラの身体はまだ強張っていた。
本当はリトラを安心させたい。けれども次に来る可能性を思い出しながら、俺は次に動くであろう人に目を向ける。
ピクリ、と、ゼノの体が動く。俺は警戒しながら、リトラを守るために魔法を放つ準備を始める。
いつもの時間軸では、ゼノは目を覚まさないまま、俺達に向かって攻撃を始めるのだ。
ここに初めて来た時の時間軸では、何が起こっているかわからない状態で、ゼノが俺に向けた攻撃をリトラが庇ってリトラが死んだ。過保護な性格のリトラの時だった。
それからは、シャドウシールドでリトラを守り、応戦しながら隙を見て精神介入するようになった。けれども、今回はどうだろうか。
ゼノが体を起こした瞬間、俺は構える。けれども過去の時間軸と異なりゆっくり起き上がるゼノに、俺は手に込めていた力を緩めた。
「……あれ? 兄貴は……? あっ、そうか、夢か……」
そう言ったゼノは、完全に夢から覚めていた。その光景に俺はホッと肩の力を抜く。
その瞬間だった。
「良かった……」
リトラの言葉とともに、ホッと息を吐く音が聞こえた。その言葉に、一瞬思考は止まる。
まるで俺の思考とリンクしたような、リトラもこれから先起こるであろうことを知っているような、そんな言動に俺は困惑した。
「えっ、何が……?」
思わずそう聞くと、リトラもどうしてか何かを誤魔化すように、きょろきょろと周囲を見ながら口を開いた。
「えっ!? あっ、えっと、あ、あいつが起きて良かったなーって思っただけよ! ほ、ほら! あいつも一応仲間……、なんだし、いきなり目が覚めないなんて、後味悪いじゃない!」
「そっ、そっか……」
リトラの言葉には、違和感はあった。
あれだけ嫌っていたゼノを、そこまで心配するだろうか。俺が休んでいる間に何か心境の変化があったのかもしれないが、そもそもどうして俺の質問に慌てたのだろうか。
けれども、それを深く考える前に、ゼノの声が響いた。
「危ない!!」
その声とともに、何かを弾く音がした。その瞬間、俺も再び警戒態勢に戻る。
今はそんなことを考えている暇などなかった。寧ろ、ゼノが目を覚ましたことに安心しきっていて、次に起こることを失念していた。
視線の先に見えたのは、目を閉じながらも弓をまっすぐ引いて俺達に矢の先端を向けるソフィアの姿。そして足元に転がるのは、ソフィアが既に放ったであろう矢。きっと、ゼノが弾いてくれたのだろう。
大丈夫。今回はゼノがいる。だからきっと、いつもよりも簡単にソフィアを正気に戻せるはず。
そんな事を思いながら、俺はリトラを庇うように立ち、ソフィアの方に向き合った。




