5.願いと記憶
「何か叶えて欲しい願いでもあるの?」
ソフィアの言葉に、俺はいつも通りに答えず、リトラをチラリと見た。
リトラ自身が女神の伝説に興味があると言ったのは、初めての事だった。だからこそソフィアの言った通り、この性格のリトラには何か叶えて欲しい願いがあるのではと俺は思った。
俺が何も言わずにいると、どうしてかリトラも俺をチラリと見た。そして、慌てたような表情を見せる。
「えっ、あっ、私!?」
「俺も、リトラの願いがあるなら知りたい」
俺がそう言えば、リトラはどうしてか動揺したように目を逸らす。
「あっ、いや、私は特に願いたい事はないの! た、ただ、本当に女神様がいるなら凄いなって思っただけで……。そ、それより、クロノの方が何かあるんでしょ!? あんなに食い気味に人に話聞いてたんだから!」
リトラの言葉に、俺は少し安心する。もしリトラに願いがあるのなら、一つだけしか願いを叶えられない女神様に、どちらの願いを叶えてもらうかという問題がある。けれども、その問題はなさそうだ。
そう思って、俺は口を開く。
「俺は……、うん。死んだ妹を生き返らせたい」
今度は冷静に、過去に自分が言った台詞を思い出しながら俺はそう言った。そうすれば、過去と同じように、ソフィアは目を見開く。
「そんなに……、大切な妹だったの?」
「うん……。俺にとっても、家族にとっても……。妹が死んで、家族は少しおかしくなっちゃったから」
俺と妹は、血は繋がっていない。俺の本当の母親は、俺が3歳の時に病気で死んだ。そして父親は4歳の時に再婚し、5歳の時に妹が生まれた。
新しい母親は、俺に対しても妹と同じように大切に育ててくれた。だから感謝しかない。
けれども、それは俺に対する愛情ではなく義務だったのだろうと、誘拐されたあの日から思うようになった。
誘拐事件で俺だけが生き残り、助けてくれた男が去った後、ギルドから依頼されてやってきた冒険者が俺を見つけ、保護した。そのまま両親の元に連れて行かれたが、今の母親は俺を見た瞬間、喜びよりも悲しみを滲ませていた。
『なんで……、メミニじゃなくてあなたなの……』
小さく言ったその言葉は、俺にもはっきり聞こえた。その後、新しい母親はハッとした顔をして、それから生きていて良かったと俺を抱きしめてくれた。
けれども、10歳の俺でも流石に理解した。俺に向けられているのは、本当の愛ではないと。ただそうしなければいけないと振る舞っているだけなのだと。
でも同時に、期待もしてしまった。それならば、血が繋がっている父親はどうなのだろうかと。そんな思いで、父親を見た。
『おまえだけでも、生きていてくれて良かったよ……』
そう言った父親も、どこか苦しそうな表情をしていた。
わかってる。これはただの馬鹿げた被害妄想だ。俺が生きていたって、妹のメミニが死んだのだから悲しいに決まってる。けれども、先程の母親の言葉を聞いたからこそ、父親からの愛情も心から信じられなくなってしまった。
あれから8年、両親は俺を愛情こめて育ててくれた。今の母親なんて、血の繋がっていないはずの俺をここまで育ててくれたのだ。感謝しかない。
けれども、母親は今でも妹の写真を見ては泣いている事を知っていた。父親も、時折事件のあった場所をぼんやりと眺めている。
そんな二人を見て、何度も俺は、生きていたのが妹だったらと思ってしまう。
せめて、両親に何か恩返しがしたかった。だから必死に、魔法は表立って使えないけれども働き続けた。
ずっと、助けてくれた男が話してくれた女神の伝説の話が、頭にこびりついて離れなかった。もし女神様に妹を生き返らせてもらったら、そうしたら家族は本当の意味で幸せになって、そして俺がいて良かったと、心から言ってくれるのではないか。そう夢見てしまった。
自己中心的な願いだということは、俺も自覚している。被害妄想から生まれた、あくまで自分のためである願いに、自分の事が嫌いになる。
けれども、妹が生き返ったら俺だって嬉しいのは事実だ。血の繋がっていない俺のことを慕って、俺にずっとくっついていた可愛い妹。俺が風邪をひいたときは、うつるから駄目と言っているのに、母親の真似をしながら必死に看病してくれた妹。
きっと、生きていたらまっすぐで優しい子に育ったはずだ。だからこそ、こんな捻くれた俺じゃなくて妹が生きていた方が良かったのだと、心の中の別の俺が、俺に向かって何度も言った。
そんな過去を、俺は二人に少しだけ話した。流石に恥ずかしくて、自己中心的な欲望の部分は言っていない。今の母親に言われた言葉も、それで勝手に思った被害妄想も、せっかくここまで育ててくれた人を悪く言うような気がして言わなかった。
ただ、今まで育ててくれた恩と、家族の本当の笑顔を取り戻したい、それだけ言った俺の言葉を、二人は真剣な顔で聞いてくれた。
「そっか」
俺の言葉に、最初に口を開いたのはソフィアだった。
「でも、ちょっと羨ましいな。私には、そこまで想える家族はいなかったから」
「そうなの……?」
「うん。両親とも、自分の仕事にいっぱいいっぱいで、それで、その……。もう何年も会ってない。顔だって、もう曖昧になっちゃった」
そう言ったソフィアは少し寂しそうで、でもそれを隠すようにソフィアは笑った。
「でもね、君の気持ちも少しはわかるんだ。私もね、ずっと一人ぼっちだった私を可愛がって、面倒見てくれた人がいた。その人に恩返ししたいって気持ちは、ずっとある」
「そう、なんだ」
その、ソフィアの恩人には、近いうちに会うことになる。その人はソフィアの言った通り、初めて会った俺にも優しく接してくれる、そんな人だった。
なんて言ったらわからない、そんな風を装っている俺を見て、ソフィアは少し考え込んだ。そして、何かを決めたかのように、一人頷いた。
「よし、決めた。女神様に会えたら、願いは君にあげる。クロノの妹を、絶対に生き返らせよう!」
「えっ、いいの……? その、ソフィアにも願いはあったんじゃ……」
俺がそう言うと、ソフィアは笑う。
「うん。あるよ。誰もが魔法を使えるような世界にして欲しい、って願い。けれども、それは女神様じゃなくても叶えられるかもって思ったんだ」
そう言って、ソフィアは俺をじっと見た。
「願いはあげる。その代わり、君の魔法を研究させて!」
「えっ、俺!? なんで……」
「君にとっては嫌な記憶かもしれないけど、やっぱり私にとって、君の魔法は希望なんだ。君の事を解明できたら、願いも叶えられる気がする。だから、ね? 女神様の調査に協力するから、君の魔法を研究させて!」
ソフィアからの提案に、拒否する理由もなく俺は頷いた。勿論最初は少し警戒していたけど、これからの旅でも特に害があったことはなかったから、今では安心して頷ける。
「そうと決まれば、さっそくギルドにパーティ登録しに行こう! その方が、何かと楽だしね!」
そう言って、ソフィアは再び俺とリトラの手を引いて、街の中心部へと歩き始めた。