41.兄とどうしようもない気持ち
ゼノがどこに行ったのか、過去の時間軸の記憶を辿れば迷うことはなかった。
過去の時間軸のゼノは、人の背丈ほどある魔物避けの柵を飛び越え、イグニスベルクの外に出る。そしてその先に見える大きめの木に登るのだ。
「ゼノ!」
俺は、木の上に座るゼノを見つけて呼びかけた。ゼノはそんな俺をチラリと見る。
「……俺がここにいるって、よくわかったな。じじいにでも聞いたか?」
「えっ? あっ、あはは……」
ゼノの言葉に、俺は誤魔化すように笑うしかなかった。確かにイグニスベルクの外に出たゼノを、すぐに追いかけていない俺がすぐ見つけたのは不自然だったかもしれない。
けれどもゼノは俺の曖昧な言葉をさほど気にしていないのか、再び俺から視線を外す。
『ついてくんな!! クソが!!』
過去の時間軸で、すぐに追いかけた俺に向かって叫ぶゼノの言葉が蘇る。
『俺を笑いにでも来たか!? あれだけてめえらに偉そうな口聞いといて、現実は魔力におんぶにだっこだったって!』
そう感情的に叫ぶゼノは、この時間軸にはいなかった。ゼノは無表情のまま、イグニスベルクを眺めていた。
俺は、ゼノのいる木に登り、ゼノの座っている枝とは別の枝に座る。
と、ゼノが静かに口を開いた。
「……ほんとクソだよな。魔力をずっと憎んでた俺達の街が、魔力なしでやってきたと思っていた技術が、全部魔力でできてたんだとよ。しかも、俺達が憎んでた魔力持ちがなんとかしてくれたってか」
ゼノの視線の先にあったのは、夜なのに製錬所から漏れ出すオレンジ色の光と、ごつごつとした岩山だった。アルカルさんの説明通りであるならば、確かにそれは全部魔力でできていることとなる。
それが天地がひっくり返るほどの衝撃であったことは、容易に想像できた。
そんなイグニスベルクの方を見つめながら、ゼノは口を開く。
「……俺の兄貴が殺されたって話、覚えてるか?」
「うん、言ってたね。それで、ゼノが罪を着せられたって」
俺は、この時間軸でゼノから聞いたことを思い出しながら、そう言った。ゼノは俺に背を向けたまま、話し出す。
「……俺、こう見えても、そこそこいい家出身なんだ。それこそ、魔力持ちの家系。まあ、俺が魔力持ちじゃねえこと考えると、お察しなとこはあるけどな」
魔力持ち同士からは魔力持ちが生まれる。ソフィア曰く、百パーセントそうだという証明は無いようだけれども、ゼノのような子供が生まれた場合、不貞の子だと思われるのが一般的だ。
「……だからよ。家族の大半が俺の事が嫌いだった。勿論俺を産んだ母親も。唯一、一番上の兄貴だけは俺を可愛がってくれたけどな。……まあ、兄貴も兄貴で、魔力の量が家族の中ではクソほど少なかったけど。でも、俺は剣術、兄貴は勉強が、他の兄弟よりも優れてた。ひでえ扱いはされてたけど、二人で励まし合いながら頑張ってた」
そう言った後、ゼノは木の幹を軽く殴る。
「んな俺達のこと、目障りだったんだろな。お人好しだった兄貴が、毒入りの茶を飲んで死んだ。んで、俺がそれをやったことにされて、んで、流石に俺もガチでつええ魔力持ちには敵わねえから、そいつらにボコボコにされて、ここに連れてこられた」
「証拠とかは……、って、聞くまでも無いか」
俺の言葉に、ゼノは鼻で笑う。
「てめえの想像通りだよ。調査なんてしねえ。魔力持ちがそう言ったら、そうなる」
「そうだね」
「ほんとは殺しても良かったらしいぜ? 俺を捕まえた奴が言ってたからな。でも、ここの労働者が足りねえから、俺はここに送るんだと。魔力持ちなんて、俺らの事、人だとは思ってねえよな?」
その言葉に、俺は何も答えなかった。確かにゼノの話を聞けば、そうだと言いたくなるような内容だ。けれどもそうじゃない人がいるからこそ、そうだねとは言えなかった。
そんな俺の考えていることをわかっているのか、ゼノはまた鼻で笑う。
「てめえの世界は違ったみたいだな」
「うん。……まあ、細々と生きてたから」
「俺の世界は……、って言いたかったけどよ」
ゼノは、少し息を置いてから、再び口を開く。
「ここをなんとかしてくれた魔力持ちがいなかったら、俺も、いや、ここにいたやつ皆、殺されてたんじゃねえのって思うんだよな。それぐれえ、ここにしかねえ代々受け継がれてきたすげえ技術なんだ。しかもそれを魔力無しが作ったって、ずっと、誇りに思って……」
そう言った後、ゼノは膝を抱えて俯いて何も言わなくなった。
そんなゼノに、慰めも励ましもいらないことは、なんとなくわかっていた。そんな安易な言葉は、逆にゼノを惨めにするだけなのだと。過去の時間軸では、一度そんな言葉を言って失敗している。
いつもなら、ゼノが過去を話してくれたこのタイミングでゼノを誘う。とりあえず、女神様の伝えたいことを見に行かないかと。
けれども、今回はどうだろうか。アルカルさんに後継人だと言われ、それでも心を整理できずに悩んでいる。
ふと、ゼノが仲間になったのと同じ時間軸で、アルカルさんがゼノに言った言葉を思い出す。少しズルいだろうかと思いながらも、俺は口を開いた。
「今すぐ、その気持ちを無理に飲み込もうとしなくていいんじゃないの? だから今、アルカルさんが元気な時に伝えてくれた。そうじゃない?」
「……」
俺の言葉に、ゼノは何も言わず、けれども顔を少し上げた。
すぐに飲み込まなくていいから、広い視野で世界を見て来い。それが、アルカルさんが過去の時間軸でゼノに言った言葉だった。
何も言わないゼノに、俺はゼノの方を見て口を開く。
「ゼノ。やっぱり俺達と一緒に来ない? 女神様はさ、500年前の出来事を俺達に見せて、何かを伝えようとしてるんだ。魔力無しが今より不遇だった時の事。もしかしたら、何か答えが見つかるかもしれない。だから俺と一緒に……」
「はっ……」
ゼノは、鼻で笑いながらもこちらを見た。どうしてか、ゼノは泣きそうになりながら笑っていた。
「ほんと、てめえは兄貴とそっくりで、ムカつくぜ」




