38.違和感と仮定の未来
どうして、リトラがゼノの存在に気付けたのか、俺にはわからなかった。だってここにいる事を過去の時間軸から知っている俺だって、ゼノの気配は感じられていなかったのだから。
そして過去の時間軸のリトラも、ゼノの存在に気付いていなかったはずだ。だって最初の性格のリトラなんて、ゼノが現れた瞬間、驚いて怯えて俺にしがみついてきたのだから。
本来であれば、アルカルさんがこれから話すイグニスベルクの真実を聞き、ゼノが怒りと絶望で飛び出すはずだった。それを俺が追いかけて、ゼノと話し、仲間になる。
一度だけ、仲間にしない選択肢を取ったことがあった。2つ目の過保護な性格のリトラが、ゼノが仲間になるのを異常に嫌がったから。
けれどもその選択をして、上手く未来に進めたことは無かった。
これから俺達は、リンピアナと同じようにとある魔物と戦い、そして幻覚を見せられる。幻覚を見せられるタイミングでゼノが現れ、ゼノも幻覚にかかり、そしてリトラかソフィアがゼノに殺されてしまう。
だからこそ、ゼノとは仲間になりたかった。
けれども、今ここで余計な事を言っても、場を拗らせるだけだろう。タイミングを、見極めなければいけない。
俺は、ゼノとアルカルさんを見る。最初に口を開いたのは、ゼノだった。
「おい、じじい。こいつらをこんなとこに呼び出して、何を教えるつもりだ」
その言葉に、アルカルさんはソフィアの方を見る。
「……例の魔道具を頼む。他の者に聞かれたくない」
「わ、わかった!」
アルカルさんの言葉に、ソフィアは慌てて魔道具を起動させた。
それを見たゼノは、舌打ちしてアルカルさんに詰め寄り、胸倉を掴む。
「騒がれたらまずいことかよ! しかも、魔力を使う道具まで使って! まさかじじい、女神の事知ってたんじゃねえだろな!?」
「……だったらどうする」
「なんで魔力持ちの味方をする!? なんで俺に教えてくれなかった……! 俺の願い、じじいもそんな世界になったらいいって言ってくれたじゃねえか……!」
ゼノはきっと、アルカルさんを心から信頼していたのだろう。だからこそ、怒りよりも絶望を強く滲ませていた。
と、アルカルさんは感情的になっているゼノを、自分の身体から静かに引きはがす。
「……教えただろう」
「……は?」
「一つ目の場所を。けれども貴様は、手に入れられなかった」
「それは、あそこのばばあが……!」
「貴様はその資格がないと判断された。それだけの話だろう」
「……っ」
アルカルさんの言葉に、ゼノは悔しそうにしながらも、アルカルさんを掴む力を少し緩めた。
確かに、リンピアナでもディゼルナさんはゼノに教えない理由を告げていた。女神の求める正義を、ゼノは満たしていないからだと。
それをゼノも覚えていたからか、ゼノは何も言い返さなかった。
そんなゼノを見て、アルカルさんが再び口を開く。
「俺は聞いた。強さと冷静さを持ち、一つの神珠を持つ者に、二つ目の神珠のありかを教えて欲しいと。あやつらは敵意を向けた俺達の前で、冷静さを見せた。対して貴様は、感情のままあやつらに刃を向けた。女神の求める冷静さが、貴様にあると思うか?」
「それは……」
「そして、それを無視して貴様に伝え、たどり着いたとしても、貴様は死ぬと聞いた」
「……っ」
アルカルさんの言葉に何も言えずにいるゼノに対し、アルカルさんは優しくゼノを見つめる。
「……俺は、貴様を息子のように思っている。だからこそ、俺は貴様の願いを知っていても、教えることはできなかった。己の欲のために、大切な息子を死地へと送り出すことなど、俺にはできない」
「……っ。俺は、ただ……、ここの奴らの願いを、叶えたくて……」
「そうだな」
もしかして、この道が一番の正解だったのだろうかと俺は思う。ゼノは泣きそうになりながらも、完全に毒気が抜けたような顔をしていた。
「……おい、クロノ」
と、ゼノが俺の名前を呼ぶ。
「もし、俺があのばばあに神珠の場所を教えて貰ったとして、俺は死んでたか?」
その質問に、俺は少し考える。そもそも、ゼノだけで湖の中に行けたかどうかはわからない。けれども、恐らくアルカルさんが言うゼノが“死ぬ”理由は、あそこの話だろう。
「……ゼノは、大切なお兄さんを殺されたんだよね」
「……ああ」
「もし夢で、生きているお兄さんに出会えたら、ゼノはどうする? しかも、お兄さんに触れられるんだ」
「は……? そんな、都合の良い夢……」
「そしてそのお兄さんと幸せな時間を過ごした後、そのお兄さんに人を殺せと言われたらどうする? 嫌な事をされたから、って」
「んなもん、ぜってえそいつをぶっ殺……、チッ、クソ……」
ゼノは自分の発言に気付いたのか、目を伏せた。
「……正義って、そういうことかよ」
「しかも、夢から覚めるためには、お兄さんを殺さなければいけなかった」
「ハッ、女神って野郎は、想像以上にクソ野郎だな。しかもてめえらは、てめえらの大切なやつを殺したっつうのかよ」
「……そうだね」
殺すことが夢から覚めるためのトリガーだと知ったのは、偶然だった。俺だって、最初は必死に両親や妹を説得しようとした。
そんな家族は、徐々に悪魔の姿に変わっていった。殺すしかないと思ったのは、そのタイミングだった。
2回目は、リトラを助ける方法を見つけるために、悪魔の姿になる前の家族を殺した。それでも目を覚ますことができた。
リトラが自分で目を覚ませるのだと知ってからは、少しだけあの世界に浸ってしまっているけれども。
「……狂ってんな」
「でも……」
「だって、私の大切な人、そんなこと言わないもん!」
と、口を開いたのはソフィアだった。
「私の大切な人の皮を被ってそんなこと言ってる方がムカつくし! それに、なんか変な見た目になっていったし!」
「……そうなりゃ殺せるってか。ほんと、胸焼けするほどの正義野郎だな、てめえらは」
「どういう意味!?」
「ほめてんだよ、クソが。……俺だったら夢の兄貴の言いなりになってただろうからな」
ゼノの言葉を聞いて、俺はリンピアナでゼノを誘ってしまったことを思い出す。もしあの時仲間になっていたら、ゼノもまた戻ってこれなかったのではないだろうか。
そう思うと、運よくゼノが断っただけで、俺は間違えた選択肢を選んでいたのだと気付く。もし次巻き戻ったら、誘うのはやめておこう。
そんなことを思った時だった。
黙って聞いていたアルカルさんが、口を開く。
「こやつらとの出会いは、おまえにとっても良い刺激になっている、か。今のおまえになら伝えられるか」
「は……?」
「こやつらには、女神の件の前に聞かせたいことがあった。……イグニスベルクの秘密だ。聞くか」
そう言って、アルカルさんはまっすぐゼノを見つめた。




