35.突然と偽りない言葉
「……ごめんなさい。余計なことをしたわ」
イグニスベルクから少し離れた場所で、リトラはポツリとそう言った。
そんなリトラに、俺は首を傾げる。
「何が? 寧ろ、色々と聞こうとしてくれてたでしょ? ありがとね」
「いや、でも、それは……! ……別になんでもないわ」
そう言って、リトラは目を逸らす。リトラが何を気にしてそう言ったのか、俺は何も検討がつかなかった。
確かに、今までの時間軸ではゼノとの言い合いで終わり、戦わないはずだった。力でゼノをねじ伏せてしまった事に対して、そして俺達の発した言葉に対して、未来にどう影響するのか不安は残る。
少しの差が、今後に大きく影響することは知っている。リンピアナの時より大きく展開が変わってしまったからこそ、気を抜くと誰かが死んでしまいそうで怖くなる。
けれども、そのことを知っているのは俺だけなはずだった。だからこそ、リトラにとっては余計な事という認識にはならないはずで……。
そんなことを思っていた時だった。
「……やっぱり、納得いかない!」
そう叫んだのはソフィアだった。そして、怒ったような顔で俺達を見る。
「ティオおじさんから、ここの事は聞いてたの! せっかく魔力無しが魔力使えるようになるのに、全然協力的じゃないって! なんで!? なんで便利なものを、嫌だからって理由で使わないの!? そりゃあ魔力持ちはムカつくけど、だからって魔力そのものを使わないって理由にはなんないじゃん!」
「俺はなると思うよ。それだけ酷い事をされたんだと思う。ソフィアは、魔力持ちに直接何かされたことがある?」
「ない……、けど……」
「だったら、まずは知ることから始めよう? 少なくとも俺は、魔力を持って良かったって思うこともあるよ。魔力が無かったら、守れなかった人だって沢山いただろうし。だからあの人たちも、もしかしたら何かがきっかけで、魔力が欲しいって思ってくれるかもしれないよ? 逆に俺達の考えが変わるかもしれない。それに、こっちの想いを押しつけ過ぎたら、余計に聞いてくれなくなっちゃうしね」
「でも、私の考えはおかしくなんて……。ううん、分かった。ちゃんと押し付けないようにする。……まあ、アルカルさん? って人に、追い出されちゃったけど」
その名前に、俺はなんとなく後ろを振り向く。誰がいる気配はない。そう、全くないのだ。
「あやつらと思いは違えど、貴様らの言葉に嘘偽りは無い、か」
突然の、いるはずのない存在の声に、俺は驚いたふりをして声の方を向く。本当は、前の時間軸と同じ通りになって安心はしているが、それは決して顔には出さない。
声を向いた方を見れば、いつの間にかアルカルさんが立っていた。
「ア、アルカルさん……?」
「ふむ。これには驚くのか。貴様は不思議なやつだ」
その言葉に、俺は少し慌てる。
「えっ!? あっ、いや、そりゃ突然現れたら驚きますよ。音もしなかったですし」
「そうか。まあこれを偽る理由もない、か」
アルカルさんの言葉に、俺は少し安心する。確かに、初めてアルカルさんの剣裁きを見て驚かないくせに、今回驚くのは少し違和感があっただろうか。
やはり、同じ未来に進んでいても、少しの印象の差が大きな違和感を作ってしまう。俺は過去の時間軸を思い出しながらも、先ほどの出来事と違和感がない事を頭の中で確認しながら口を開く。
「えっと、アルカルさんはどうしてここに?」
「夜、月があちらに見える頃」
アルカルさんの言葉に、俺は一瞬理解ができないという顔を見せる。するとアルカルさんが剣を抜き、近くにあった太めの木にバツ印をつける。
「この木の所に来い」
「えっと……」
「……女神。ただしその時まで村に近付くな。近付けば約束は無しだ」
「……! ありがとうございます! 村には絶対近付きません!」
俺がそう言えば、アルカルさんはフッと笑って俺に背を向け、去っていった。
「えっ、どういうこと? どういうこと?」
まだ状況を理解できていないソフィアが、俺とアルカルさんが去っていった場所を交互に見る。
「女神って言ってたから、アルカルさんは何か女神の事を知ってたんじゃないかな。だけと何らかの理由で、イグニスベルクの人たちには聞かせたくなかったのかも。後、俺達だけになった時に出る本音を確認したかったのかもね」
「なるほど……? で、でも……! つまりは女神の伝説がやっぱりあそこにあったってこと!?」
「ソフィア。あまり騒がないでおきましょ。アルカルさん、あまり知られたくないみたいだし」
リトラはそう言いながら、キョロキョロと不安げにあたりを見渡す。そんなリトラをみて、もしかしてと俺は口を開いた。
「リトラ、もしかしてアルカルさん怖い?」
「へ……? あっ、いや、別に怖くないわよ! ただちょっと……」
そう言いながらも、いつもより距離が近いリトラに、俺は少し笑ってしまう。人懐っこい性格の時やクールな性格の時は怖がっていなかったけれども、最初の性格は異常に怯えていたのだ。
ソフィアもそんなリトラに気付いたのか、ケラケラと笑いながら言った。
「確かに! 顔も大きさも全部怖いよね! 私もそう思う!」
「……あんた、せっかくアルカルさん教えてくれるって言ってんのに、そんな失礼な事言ってると教えてもらえなくなるわよ」
「えっ!? それはダメー!! アルカルさんはとてもいい人ですー!」
単純なソフィアに少し笑いながらも、俺はもう一度アルカルさんが消えて行った方を見る。
なんとか、いつもの時間軸と同じ状態に戻ったことが確定した。けれども完全に同じとは言い切れない。少しのズレが、大きなズレになることだって沢山ある。
それでも、最適な道を探すしかない。だって今のリトラの性格のまま、きっと何度も繰り返すようになるのだから。
大丈夫。関わる人たちの心の奥底にあることは変わっていない。だからこそ、道はあるはず。俺が選択肢を間違えなえれば。
と、隣でご機嫌になったソフィアが言う。
「そうと決まれば、夜まで時間潰すことを探そー!」
「そうね。何があるかもわからないし、しっかり休んでもおきたいわ」
「そうだね。そうしよう」
俺は笑う。緊張も不安も全部隠して。余計な心配をかけて、未来を変えたくなかった。
『貴様らの言葉に嘘偽りは無い』
ふと、アルカルさんの言葉が頭に響く。勿論、誰かを騙すつもりの嘘を付いたことなど一つもない。だけど、知らないフリも、驚いたフリも、全部全部演じた偽りのものであることは間違いない。
それで良かったはずなのに、その方が正しい道に進めるのに、少しだけ虚しくなってしまうのは何故だろうか。
そんな疑問を必死に見ないふりをして、俺は笑った。




