34.無知と知
ゼノの言葉に、その場の空気が一瞬にして変わったことは、俺でもすぐに理解した。ずっと俺達を見ていた一人の男が、口を開く。
「……確かに、勝手に魔力持ちにされんのは勘弁だ。あいつらのような生き方なんざ、したくねえ」
「しかし、女神の伝説に出てくる神珠が本当にあったとはなあ。しかも、女神様も俺達をなんとかしたいと思ってる? ならゼノの言う通り、あいつらの魔力を空っぽにして絶望させろって言いてえよな!」
「そうだ、そうだ! あいつらが魔力なしになったなら、俺達に敵うわけねえしな! 寧ろ怯える姿が見れそうだ!」
「おい、ガキ共。全員が魔力持ちのお花畑な世界より、魔力無しの世界にすんなら手を貸してやってもいいぜ? 魔法を使うてめえも魔力無しの経験があったからわかんだろ? それとも最強の力を手にして弱い立場なんて忘れちまったか?」
そう言って男の一人が、試すような目で俺を見る。
ゼノの言葉をきっかけに、魔力持ちへの憎しみと復讐心が、この一帯を支配してしまった。
そうなってしまう理由も、俺は知っている。ここにいる人たちの大半が、魔力持ちに疎まれ、何かしらの免罪をかけられここに来ていた。
魔力なしはどんな魔力持ちよりも弱い。それが世の常識だった。けれども稀に、魔力持ちより強い魔力なしがいる。勿論ディゼルナさんのような魔力持ちには敵わないが、剣なり弓なりを極め、平均的な魔力持ちよりも強い実力を持ってしまう人がいる。
そのことを、魔力持ちの人たちは認めることができないらしい。そして、魔力持ちは強い魔力無しを排除するために、いわれのない罪を着せ、ここを含む収容所に連れて行き、労働させる。
そんな魔力なしに対する理不尽な噂は、俺が故郷のニヒルダにいた時から聞こえてきていた。だからこそ、俺は武器使いにすらならず、平凡な暮らしを選んだ。けれども彼らは魔力なしでも魔力持ちを超えられると純粋に夢見てあがいた。
別にそれを馬鹿なことだとは思わない。だって俺も、幼い頃は強い人に憧れたから。強くなって尊敬されて贅沢な暮らしをすることを夢見ていた。
強い魔力を持った。自分がいらない存在だと知った。自分のためだけにしかならない夢を追う暇があるなら、せめて最低限誰かに必要とされる存在になりたかった。それだけ。
と、隣で、ぶつぶつとソフィアが拳を握りしめながら言う。
「おかしい、やっぱりここの人達、おかしいよ……。なんで……? 便利な方がいいじゃん……。魔力と酷い事した人は別じゃん……」
「ソフィア。落ち着いて」
俺は、震えた声で怒りを滲ませるソフィアの肩を、落ち着かせるようにポンと叩く。そんな俺を、ソフィアはキッと睨む。
「なに!? クロノもあの人たちの味方するの!?」
「そうじゃない。だけど、ソフィアだって、ここで言い争いをするために来たわけじゃないでしょ?」
「それは……、そうだけど……」
まだ納得できていないのか、少し怒った顔をしているソフィアを隠すように、俺は一歩前に出る。
俺は知っている。俺達とここにいる人達が、分かり合える未来があるということを。前の時間軸とは大きくズレてしまったけれども、分かり合えると知っているからこそ、諦めたくない未来があった。
いや違う。全員が幸せな未来を選ぶことが、存在に価値が無かった俺に神様が与えてくれた使命である気がするのだ。
俺は、大きく息を吸う。
「俺は、全員が魔力を持たない世界にすることを、約束できません」
「はあ? なら……」
「同時に! 魔力を全員が持つべきだとも、思っていません」
「ちょっと、クロノ!? どういうこと!? クロノは私に協力してくれるって……」
俺の言葉に、ソフィアは怒り、そして周囲は静まり返る。
「ソフィア。俺は純粋に、ソフィアの願いを聞いて、全員が魔力を持てる世界っていいな、素敵だなって思ったよ。でも、そうじゃない人もいるって、今ここで知った」
「そう、だけど……」
本当は嘘。ずっと前から知っている。けれども今知ったかのように、俺は頭を下げる。
「ごめんなさい。俺、皆さんの事、全然知りませんでした。きっと、ゼノの言う通り、平和な生活しか知らなかったんだと思います。そして女神様の見せてくれた悲惨な歴史も知らなかった……。何も知らない、馬鹿なんです」
「いや、別にそこまでは言ってねえけど……」
一人の男は、しどろもどろになりながらそう言った。きっと今まで誰かに頭を下げられたことなど無かったのだろう。誰もが俺を見て、動揺していた。
そんな男達を、俺は見渡す。
「ただ同時に、女神様が見せてくれた過去を知った時、俺はもっと知りたいと思いました。女神様が何を俺達に伝え、何を望んでいるのかを。知らないからこそ、全てを知って、それから判断したい。皆さんの事も同じです。俺は皆さんの事を知らなさ過ぎる。だからこそ、話を聞いて、それから決めたい。同時に俺達の事を知って欲しい。そして皆さんに判断して欲しい。それじゃあ、駄目ですか?」
「……そう聞こえのいい事を言って、俺達を騙そうとしてんじゃねえだろな?」
一人の男が、そう言った。それもそうだろう。ここにいる人たちには、そうやって罪を被せられた人も多いのだから。
「それなら俺は、皆さんが納得してくれるまで……」
「無駄だ」
と、ずっと黙って聞いていたアルカルさんが、低い声で口を開いた。
「貴様らの目的は神珠なのだろう? ならば、無い。ならば、無駄な話だ」
アルカルさんの言葉に、ソフィアが少し焦ったように口を開く。
「で、でも! 一つ目の神珠は、ここを指して……」
「無いものは無い。知らぬものは知らぬ。以上だ。他を探せ。この地を荒らすな」
その言葉に、俺は心の中でホッと息を吐く。これでいい。これで、ようやく正解ルートに戻れたはずだ。
「……わかりました。ご迷惑をおかけしました」
「ちょっと、クロノ!?」
「ごめん、ソフィア。俺、ここの人達と争いたくない。一度戻って、ちゃんと確認してみよう?」
「うっ、うー……」
ソフィアはまだ納得できていないのか、頭を抱えて唸っていた。けれども、俺は、ソフィアの腕を引いてアルカルさん達に背を向ける。
「それでは、失礼します」
そう言って、俺達は歩き始めた。




