33.理想論と感情論
あの巨体でどうやったらあれ程素早く動けるのだろうか。アルカルさんの戦う姿を見るたびに俺はそう思う。
きっと、俺には想像できないほどの鍛錬を積んだのだろう。これが才能と体格だけで片付けられる力ではない事だけは、俺でも理解できた。
アルカルさんは、ゼノが動かなくなったことを確認し、ゆっくりと俺を見る。
「……この力を見ても怯えた顔一つ見せぬか。貴様は相当な実力者か、或いは命知らずか」
怯えた顔をしなかったのは、アルカスさんの実力をすでに見て知っていたからだった。けれども隣にいるリトラとソフィアは怯えた表情をしていて、俺も同じ表情をすべきだったかと内心焦る。
アルカルさんがここで力を見せるのは、全ての時間軸において初めてだった。だからこそ、正解の選択肢が何かはわからない。
けれども後戻りはできない。俺は苦笑いしながら、最善だと思う台詞を考え、口を開く。
「少なくとも、実力者ではないですよ。あなたと戦えば、確実に負けるでしょう」
実際、これは心からの本音だ。どれだけ時間を繰り返したとしても、アルカルさんに勝てるかと問われれば自信が無い。そんな正直な気持ちを、恐らくディゼルナさんと同じで嘘が嫌いなアルカルさんにぶつける。
俺の言葉に、アルカルさんはふっと笑った。
「俺はそうとは思わない。貴様と俺に差があるとすれば、人を殺す覚悟があるかどうかというだけだ」
アルカルさんの言葉に、この一瞬で俺のことをよく見ているなと感心する。確かに俺は、人を殺す覚悟などない。
時間を繰り返せば繰り返すほど、過去に刃を向けてきた人とでも手を取り合えると知ってしまった。だからこそ、今誰かに刃を向けられたとしても、俺が選択肢を間違えてしまっただけなのだと思ってしまう。そしてそう思えば思うほど、俺には人を殺す資格など無いように思えてしまうのだ。
だから、俺は困ったように笑うしかなかった。
「……人の命を奪っていい理由なんて、俺には見つけられないです」
「貴様は平和に飼い慣らされた無知か、自分の手で全てを守れると信じる思い上がりか、或いは……」
「平和に飼い慣らされた野郎だよ!」
と、突然聞こえたゼノの声に俺は警戒する。けれどもアルカルさんは落ち着いた様子で、俺の肩に手を置いた。
「安心しろ。すぐに動けない程度には痛めつけている」
実際その通りなのだろう。ゼノはこちらを睨みながらも、倒れたままだった。
ゼノは、悔しそうに地面に生えた草を掴みながら、口を開く。
「……なあ、じじい。じじいが言ってた女神の伝説に出てくる神珠、そいつが手にしてんだよ」
「ああ、本当にあったのか」
「あったのか、じゃねえ! 知ってんだろ!? 俺がその女神の力でこの世界の魔法全部無くして、魔力があるだけで威張り散らしてる野郎に思い知らせてやろうって思ってんの! なのに……!」
ゼノは悔しそうに地面を叩く。
「蓋を開けてみれば、女神の野郎が自分の願いを叶えてもらうために強い奴を探してるだけだった! ……願いを叶えることはそのお礼だとよ。神でさえ、魔力持ちの強い奴がさらに得する世界にしかする気はねえみたいだ」
「そんな事ないもん!」
そう叫んだのは、ずっと黙っていたソフィアだった。
「女神様、見せてくれたもん! 昔の、ずっと昔の、魔力無しがもっと酷いことされてた時のこと! だからきっと女神様も、何とかしたいって思ってるもん! 女神様の願いも、それに関することで……」
「ハッ、それで選ばれたのが、誰もが魔力を持つ世界になればいいって、理想論押し付けてくるやつってか」
ゼノは、ふらつきながらも、ゆっくり立ち上がる。
「なあ、じじい。知ってっか? こいつが使った黒い魔法、悪魔の契約でも何でもねえ方法で手に入れたやつらしいぜ? んで、こいつの魔法を調べて、他の奴らにも使えるようにしようとしてんのが、その女」
ゼノの言葉に、ざわめきが起こる。いつの間にか、俺達の周りには人が集まっていた。
この状況をどう収めようかと悩んでいると、俺の前にリトラが立って、ゼノを睨む。
「あんた! クロノが魔力を持った経緯は伝えたでしょ!? 誘拐されて、わけわかんない実験されて、大切な妹まで殺されて……!」
「だからって、こいつが一番可哀想なわけじゃねえだろ!? てめえだって、俺らの事情何も知らねえくせに好き勝手言ってんじゃねえか!」
「……っ。でも……!」
「リトラ。別にいいよ。実際、その通りだし」
これ以上リトラとゼノが争って欲しくなくて、俺はリトラを落ち着かせようと肩に手を置いた。アルカルさんがいるとはいえ、リトラとゼノの関係がこれ以上悪化するのはマズい。
「……チッ。てめえはこんな事言われても余裕ってか」
「……ゼノは俺に怒って欲しかった?」
「ちげえよ! ちげえけど……!」
フラフラとした足取りで、ゼノは俺に近付いた。そして、俺の胸ぐらを掴む。
「俺だってよ……! 馬鹿な脳味噌使って少しは考えた……! 便利なもん使えるようになるかもしれねえのに、拒絶する俺がおかしいのかって……! でも、やっぱ理屈じゃねえ! てめえの顔見て確信した!」
ゼノは今にも泣きそうな顔で、俺を見る。
「俺はな! やっぱり魔力なんていらねえ! それよりは、ずっと魔力無しって俺達を下に見て、いらねえからって免罪かけてこんなとこに追いやった奴らが、魔力が無くなって何にもできなくなって苦しんで後悔する姿を見てえんだよ! そんなクソみたいな気持ちが消えねえんだよ! そう思った瞬間、てめえらはやっぱり魔力持ちになんもされてねえから、そんな理想論平気で言えるんだって、どうしても、どうしても思っちまうんだよ……! 俺だって……! 兄貴を殺されて……! しかも魔力持ちに俺が殺したことにされたんだよ……!」




