30.弱肉強食と守るための強さ
ウルティオさんが言った通り、北東に進むにつれて魔物は強くなっていった。勿論、俺の魔法とソフィアの魔道具、そして負傷したとしてもリトラの回復魔法があれば余裕で切り抜けられるレベルだ。
ただ一つ問題があるとすれば、魔法を使える人間がいないはずの俺達のパーティが、この辺りに生息する魔物を狩って素材を納品するには違和感があることだろう。そもそも、ここにいる事自体も違和感がある。
そのため、パーティの証明書がいらない雑貨店で最低限のみ購入して、可能な限り自給自足と野宿で進んで行く必要があった。
その日もまた、俺達は森の中を歩いていた。
そんな中、オオカミが唸るような鳴き声が、俺達の耳に届く。
「あー、もう! また囲まれた! せっかくちょっと休憩しようと思ったのに!」
「あはは。その魔道具、俺達に敵意が向けられていても効いたらいいんだけどね」
ソフィアの持っている魔道具に、それを置いておくと一定のエリアには魔物を寄せ付けないというものがあった。野宿や休憩をする時は、それを置いておけば見張りを置かずに安心して眠ることができる。
けれども、それはあくまで俺達に敵意が向けられていない時だけ。一度敵意を向けられてしまえば、どうしようもなかった。しかも、エネルギーを貯める必要もあり、永続的に利用することもできない。
「とりあえず、片付けてしまおう。リトラ、いつものお願い」
「わかったわ。ソリッド ヴェール!」
俺達の体が、オレンジ色のヴェールに包まれる。
“ソリッド ヴェール”は、リトラが使える防御魔法の一つで、物理攻撃に特化した防御魔法だ。魔力のあるヴェールを俺達に纏わすことで、攻撃の威力を抑えてくれる。
勿論バリア系の魔法と違い完全に防ぐことは難しいのだが、魔力を流し続ける必要はなく、一定の時間効果が残るというメリットがある。
「一気に行こう。シャドウ スピア」
俺は、影から無数の黒い針を出し、オオカミ型の魔物を貫く。けれども、全てを一度に仕留められるわけではない。
「次は私の番だね!」
ソフィアはそう言って、追従する矢を使って狙いを定め、俺が仕留めきれなかった魔物を倒していく。俺も、ダークボールを使ってソフィアに続いた。
戦うこと数分。魔物がいなくなった事を確認して、ソフィアが大きくため息をつく。
「あーあ、この魔物さん達も、ネロちゃんみたいに仲良くなれたらいいのになー。そしたら、こんな面倒くさいことしなくていいのに」
「仕方ないよ。ネロちゃんが珍しいだけで、ネロちゃんみたいに賢い魔物はなかなかいない。殺さないと、俺達も殺されちゃうしね」
「わかってるよー! この世は弱肉強食! オオカミさんのお肉は不味いから食べないけどー!」
そう叫んだソフィアの言葉に笑いながらも、ふと一つの事が頭に浮かぶ。
「人間界では弱い立場にいる俺達が、しかも魔力で地位が決まらない世界になったらいいねって言ってる俺達が、弱肉強食って言ってるの、なんか不思議な感じだよね」
いつもは、ソフィアの言葉は気にならなかった。けれども、そんな世界を作るために俺達は動いているかもしれないと思った今、なんとなく引っかかってしまった。
ソフィアも何かを思ったのか、いつもよりも真面目な顔で口を開く。
「……本当は、誰かに食べられたくないから、だから私たちが強くなれる環境を作り出して、生き残ろうとしてるのかもね、私達」
「確かに。まあ俺は、強くなっても誰かを食べたいと思わないけど」
俺の言葉に、ソフィアの顔はくるりといつもの笑顔に戻った。
「じゃあ、きっと弱肉強食じゃないよ! 上手く言葉にできないけど! そもそも私が目指してるのは強くなるためじゃなくて、魔力なしでも同じ土俵に立ちたいだけだもん!」
確かにそうかと俺は思う。ディゼルナさんも、魔力で地位が決まらない世界になれば可能性が広がると言っていた。
今、魔力なしの人間に可能性はない。魔力なしの生き方をするという一つの道だけ。それ以外の道も選べるのであれば、例えばソフィアみたいな賢い人がもっと活躍できる場も増えて、より便利な世界になっていくのだろう。
そんな事を考える俺は、きっと気を抜いていたのだろう。本当は、安全じゃない時にいつもと違う会話なんて、してはいけなかったのだ。
突然、茂みから音がする。終わったと気を抜いていたからか、全員反応が遅れてしまった。
茂みの中から、生き残っていたオオカミ型の魔物が現れた。魔物は、リトラに噛み付こうと飛び上がる。
魔法は間に合わない。そう思った瞬間、俺はリトラに覆い被さっていた。
「……っ」
リトラを抱きしめたと同時に、肩に激痛が襲う。それでも腕を食いちぎられるまでいかないのは、リトラの魔法のおかげだろう。
「ダーク ボール」
俺は痛みの感じない方の手を自分の肩の方に向け、そこからダークボールを放つ。どさりと何かが落ちる音と背中が軽くなる感触を確認して、俺は痛む肩を手で抑えながらソフィアの方を見た。
「ソフィア。魔物を寄せ付けない魔道具、すぐに設置しよう」
「あっ、そっ、そうだね……! すぐ設置する!」
「リトラは……」
「無理にしゃべらなくていいから!」
リトラは、俺を無理矢理木の下に座らせて俺の肩に回復魔法をかける。あまりにも大袈裟なリトラに、俺は少し苦笑いする。
「大丈夫だよ。リトラの防御魔法のおかげで、少し牙が肩に刺さっただけ。しかも、回復魔法のおかげで、もう痛みも引いたよ」
「そんな事言ったら、私も同じ魔法かかってんのよ! 私に受けさせて、あんたは攻撃に専念しとけばいいでしょ! 私だってこれぐらいの攻撃受けても、自分に回復魔法ぐらいかけれるわよ!」
確かに、そういうやり方もあったのかもしれない。けれども、素直に頷けない俺がいた。
「でも俺は、リトラに少しも痛い思いをさせたくない」
俺は、不安で今にも泣きそうなリトラを、優しく撫でる。
「ごめんね。不安にさせて。あはは、さっきと話は矛盾するけど、俺が誰よりも強かったらリトラにそんな顔させなかったのかな。誰もが平等な力を持ったら良いと思うのに、俺だけはもっと強くなりたいと思っちゃう。リトラを、ううん、リトラだけじゃなくて俺の大切な人全員守り切れるぐらい強くなりたい。誰にも痛い思いなんてして欲しくないし、死ぬのも絶対に嫌だ。誰も欠けずに、ずっと皆と一緒にいたい」
そう言った瞬間、どうしてかリトラは絶望したような表情をした。そして、ぎゅっと俺を抱きしめる。
「……そんな事言うなら、勝手に一人で死のうとしないでよ、バカ」




