29.人見知りと時間軸
リンピアナを出てから道なりに進み、見えてきた目立つ木の下で、ウルティオさんは待っていた。ウルティオさんの姿が見えた瞬間、ソフィアはウルティオさんに向かって駆け出す。
「ティオおじさん! ここならいっぱいお話できるよね!?」
ウルティオさんしか見えていないソフィアの腕を、リトラは掴む。
「その前に、その人の事、私に紹介しなさいよ。クロノとは会ってたみたいだけど、私とは、その……、初対面なのよ!」
「あっ、そうだった! そういう話だった!」
そう言って、ソフィアはウルティオさんにリトラの紹介を始めた。そんなやり取りを見て、過去の時間軸のリトラを知っている俺は、少し不思議な気分になる。
一つ目の臆病な性格のリトラは人見知りを発動して俺の後ろにずっと隠れていた所を、俺が代わりにウルティオさんに紹介した。二つ目の、過保護な性格のリトラは、ソフィアに何か言おうとしていたが、あーとかうーとか言いながらも結局何も言えず、俺が見かねてウルティオさんに紹介した。
変化があったのは、クールな三つ目の性格からだった。
『ソフィア。まずは私の事を彼に紹介してください。彼と私は……、初対面なのですから』
確かに、クールな性格のリトラを考えると、自分でソフィアにそう言うのは違和感ない。その次の、慣れた相手には人懐っこかったリトラがそう言うのも、違和感を覚えることは無かった。けれども、今回の少し素直じゃない性格のリトラは、二つ目の性格のように何も言えないのではないかと思い、サポートを想定していた。
けれども、予想に反してリトラは自らソフィアに自分を紹介するように言った。まるでリトラは過去の時間軸の何かが残っていて、時間軸が新しくなるほどに成長しているようにも見えてしまう。
いや、考えすぎかと俺は思う。きっと、今回の性格も人見知りではないだけなのだろう。過去の時間軸の何かが残っている可能性はゼロではないかもしれないが、そうであれば同じ性格の間は行動が変わらないことの説明が付かない。
それに、他の人は俺かリトラの行動が変わらない限り、全く同じ行動を取る。リトラだけというのもおかしな話だ。
「そういえば、君たちはこれから神珠の示す方向に向かうんだったよね?」
と、ウルティオさんの声に、俺は顔を上げた。
いけない、いけないと、俺は目の前のやり取りに思考を戻す。どうやらソフィアがウルティオさんに話していた女神様の話が終わっていたようだ。それならば、今はいつも通りのやり取りをするべき時だろう。
ウルティオさんの言葉に、ソフィアは頷く。
「そのつもり! それしか手がかりがないから、とりあえず進んでみよー、ってことで!」
「どっちの方かな? 神珠を、もう一度見せてもらうことはできるかい?」
「勿論です」
俺は、鞄の中から青い神珠を取り出した。すると、珠は再び一つの方向を指し示す。
「なるほど、北東の方か……」
と、ウルティオさんは少し険しい顔をする。
「どうしたんですか?」
「いや、そちらの方は確かあまり治安も良く無くてね。しかも、この辺りよりも強い魔物も多くいたはずだ」
「そういえばそっか。でも、大丈夫だよ! 私だけじゃなくてクロノもいるし、何かあってもリトラに回復してもらえるし!」
「……怪我しないように戦いなさいよね」
すかさずそう言ったリトラの言葉に、ウルティオさんは笑う。
「確かにそれが一番だけれども、どうしても避けられない時もあるからね。リトラさんが旅に同行してくれていて良かったよ。回復魔法の使い手の地位が低いのも、私としては納得できない。いなければ死ぬ命だって多いはずなのに」
「……でも、一人だと何もできないのは事実ですから。せめて自分の身は自分で守るぐらい、できればいいのにと思います」
そう言ったリトラの表情はどこか苦しそうで、きっと誘拐された時のことを思い出しているのだろうと俺は思う。突然強引に連れて行かれるなんて、俺の想像が及ばないほど苦しいに違いない。
「……そうだね。私も魔力が無い人間だから、気持ちはわかるよ。結局魔道具があったとしても、魔法を使える人には敵わないしね」
ウルティオさんは、少し遠くを見ながら悲しげな目をしてそう言った。
「あの、ウルティオさんも昔なにか……」
「そろそろ、私も出発しようかな」
何があったのか俺が聞こうとすると、ウルティオさんは俺の言葉を遮ってそう言った。ウルティオさんがそうした理由を、俺はまだ知らない。いつか、もっとウルティオさんと親しくなれたら知りたい事の一つだった。
と、俺の隣で、ソフィアが不満そうな声を上げる。
「えーっ!? ティオおじさんは、一緒に来ないの!?」
「あはは。私は行かないよ。私は他にやりたい事があるからね」
「でもでも! ティオおじさんだって、女神の話に興味津々で……」
駄々をこねるように言うソフィアに対し、ウルティオさんは苦笑いをする。
「そりゃあ行きたいのはやまやまだけれども、若い人たちの中におじさん一人入るのはちょっとね。それに、せっかく同世代の友達ができたって嬉しそうに話してたじゃないか。そんなところに私がいたら、ソフィアは私べったりになるだろう? せっかくできたお友達と仲良くなる機会が減ってしまうよ?」
「うー。それも、そんな気がする……」
ソフィアは、まだ不満げな顔をしながらも、頷いた。そんなソフィアを優しい目で見つめた後、ウルティオさんは立ち上がった。
「それじゃあ、私はもう行くね」
「うん。わかった。ティオおじさん、バイバイ」
まだ寂しそうな顔をするソフィアの頭を、ウルティオさんは優しく撫でる。
「連絡はいつでもしておいで」
「うん……! わかった、いっぱい、いっぱいする!」
「……一度文章を読み直してから送って欲しいけどね」
「えっ、なんで?」
「一昨日私に送った文章を読み直してみなさい」
10分後、ウルティオさんの言葉通りにソフィアが自分のメールを読み返して、ほんとだ意味わかんないと一人で笑う姿を目にすることになる。けれども、そんな事を知らない今のソフィアは、少し不服そうな顔をしていた。
「それじゃあ。またどこかで」
ウルティオさんはそう言って、俺達のもとを去っていった。




