22.歴史と今
これは、きっと誰かの記憶そのものなのだろう。まるで歩いている人が見ているものをそのまま映し出したように、映像の中の世界は揺れていた。
目に入るのは、今では考えられない残酷な世界。痩せ細った人々が、魔法も使わず何かを掘っていた。
隣で、ソフィアがいつもより低い声で言う。
「多分、これ、昔の、どこかに水を引くために工事をしてる映像。昔はね、魔法を使える人はほんの一握りの貴族だけだったんだって。でもね、貴族の人は自然を自由に操れるのに、面倒なことはしたくないって、こういう危険なことを平気で魔法を使えない平民にさせてたの。階級が低くても、管理をするぐらい」
ソフィアの言う通り、綺麗な服を着て健康的な見た目をしているものは、誰も作業をせず見ているだけだった。
『おい、こら! 早く起き上がれ!』
と、突然どこかで誰かを怒鳴るような声をした。歩いていた映像も止まり、声の方を見る。
見ると、まだ12歳ぐらいの少年が蹲って動けずにいた。そんな少年を、貴族であろう男二人が、囲んで蹴っていた。
『チッ。使えねえな。ファイア ボール』
何の前触れも無かった。一人の男が、少年に向けて炎魔法を浴びせた。少年は悲鳴を上げて、それでも逃げることすらできなかった。
『おい。そんな事したら余計に使い物にならなくなるぞ』
『別にいいだろ。既に使い物になってねえって。それなら、他の奴らに仕事が出来なきゃこうなるって教えるために使った方がいいだろ』
『確かに、それはいい考えだな』
そう言って、男たちはニヤニヤした顔で周りを見渡した。周囲の者達は、体を震わせながらも少年から目を逸らし、いそいそと動き始める。
男たちはそれを見て満足そうな顔をしながら、再び口を開いた。
『これはどうする? 放置すれば臭うぞ』
『確かにそうだな。おい、そこの奴! これをゴミ捨て場に捨ててこい!』
『は、はい……!』
近くにいた平民の男は、震えながら少年に近付いた。そして、少年を優しく抱き上げる。
けれども、だからといって平民が貴族に歯向かえるはずもなかった。
『何をもたもたしている! 早く捨ててこい!』
『は、はぃい!』
平民の男は、逃げるように少年を抱えて走って行った。
場面は変わり、ゴミ捨て場のような場所に視点は写っていた。先ほどの焼かれた少年が、そこに横たわって苦しんでいた。
『痛い……。痛いよお……』
『間に合ったか』
少し低い芯のある女性の声が、どこからか聞こえた。恐らくこの景色を見ている本人なのだろうと俺は思う。
『表立って助けられなくて申し訳ない。けれども、もう大丈夫だ』
そう言いながら、その視点の持ち主はは少年に手をかざした。瞬間、淡く優しい光が少年を包む。
これは、リトラの魔法で何度も見た、回復魔法の光だった。
火傷状態の少年の体は、みるみるうちに綺麗になっていく。少年は、苦しみ悶えることはなくなったが、力尽きたようにぐったりとしていた。
『体の不調まで治せないのがもどかしいな。まあ、まだ間に合うだろう』
そう言って、その視点の持ち主は少年を優しく抱き上げた。
再び、視点が変わる。今度は、窓のない部屋の中に、その視点の持ち主はいた。
と、扉が開く音がする。
『調子はどうだい?』
『あっ、コンコルス様』
視点の持ち主は、立ち上がり、礼をするような視線の動きをした。そんな様子を見て、コンコルスと呼ばれた男は苦笑いをする。
『エウレ、そういうのはやめようと言っただろう? 我々は身分差を無くすために動いている。なのに、私とエウレの間に身分差があったら元も子もない』
『そうですね……。いや、そうだな』
視点の持ち主は、恐らくエウレという名前なのだろう。エウレは、先ほど少年を助けた時と同じ調子で、コンコルスと話し始めた。
『先日作りかけだった火を自由自在に出せる魔道具は完成した。これを応用した冷却できる魔道具も、もう少しでできるだろう。そうだ、人型で自ら思考もできる魔道具も考えていてね! 実現できれば可能性は無限に広がるぞ!』
『それは凄い! やはりエウレは天才だね』
『そっちはどうだ? 先日また一人保護したが……』
『あの少年は、無事元気になったよ。君の開発した薬と管理方法が効いたようだ。先住の者達もやり方を覚えて自ら治療してくれたから、私がやることは一つも無かったよ。もう私なしでもあの街は成り立つかもしれない』
『彼らを隠してくれているだろう。街一つ隠すのは、大変な苦労だと思うが』
エウレがそう言うと、コンコルスは眉を下げながら笑った。
『まだ暫くは大丈夫そうだよ。魔力の少ない第三王子が管轄する、不便な山と枯れた大地しかない場所だからね。発展などできないと決めつけて、興味を持つ人すらいない』
『ははっ。ゴミだと捨てた者達が、そんな場所を発展する人材になるとは、貴族の奴らは夢にも思わないだろうな』
『だね。そうだ。連れて来た者達の中には、魔道具の仕組みに興味を持っている人もいてね。製造に関わってもらうだけじゃなくて、学んでもらうのも良いと思っているんだけど、どうだろう?』
『良い考えじゃないか! 権力と知識が一部にしか集まらないと、どうしても思考が偏ってしまう。知識が多いものが増えれば、議論も増え、街の運営にも関わってもらえるようになるだろうな』
『そうなればいい。それこそ、魔力のない者達でも知識と努力でどうにでもなる世界になるといいと、僕も思っているよ』
そんなやり取りの後、珠から映し出されていた世界はプツリと消えた。
まるで地獄の世界に、一筋の希望が見えたような話だった。これは、過去に実際にあった話なのかもしれないと俺は思う。
けれども、一つだけ言えることは、恐らく二人の願いは失敗に終わったのだろう。この世界は魔道具なんて便利なものは広まっておらず、過去よりもだいぶマシになったとはいえ、魔力無しは細々と生きる事しかできないのだから。
「ほんと、酷い世界……」
そう呟いたのは、ソフィアだった。
「知識では知ってたけど、やっぱ実際に見ると違うね。それに、結局何も変えられなかったんだって思うと、なんだか空しい」
「……そうだね。でも、なんのためにこんな映像を見せたんだろう」
この映像の続きは、また神珠を取るときに見ることになる。まだ俺は、これを含めて2つの映像しか見たことはないけれども。
「……魔力無しでも、どんな魔力でも生きやすい世界を作るお手伝いをして欲しい」
と、リトラがポツリと呟いた。
「えっ……?」
「えっ、あっ、いや、ディゼおばさんが、女神様も私たちにお願い事があるって言ってたから! そんな願いがあったりするかもしれないなって、なんとなく……」
「それだったら最高じゃん! 私とクロノ、二人の願いを叶えられるよ!」
リトラの言葉は今までにはなくて、けれども納得する自分がいた。確かに、女神様はこの映像で何かを伝えたがっているのだろう。正義と強さが必要な試練を乗り越えた俺達に。
もしリトラの言葉通りだとすれば、それは全てが辻褄があった。
「そうとわかれば、次を探さなきゃ! でも、私もリンピアナしか、噂は知らないんだよね……。うーん……」
腕を組んで悩み始めるソフィアを横目に、俺は青い球を取る。すると、一本の光がまっすぐ伸びた。
「これって……」
「きっと、次に行く場所だよ! 絶対そう!」
再び目を輝かせたソフィアに、表情が忙しいなと俺は笑う。そう、次の行き先は問題ない。この珠が指し示してくれるのだ。
「とりあえず、地上に戻ろう」
そう言って、俺達は神殿を後にした。




