21.甘い夢と残酷
全てが偽物の世界だとしても、なんて酷い世界なのだろうと俺は思う。8年前、メミニが俺に助けを求めた顔と同じ顔で、残酷な言葉で惑わしてくるのだから。
どうせ惑わされるなら、最後まで幸せを見せて欲しかった。例え偽物の世界に気付かず死んでしまっても、幸せな夢に溺れたまま死ねるのなら、なんて素敵な最期だろうか。
けれどもそうはさせてくれない。多分これは女神様からの残酷な試練。後悔すら乗り越え、正しい選択ができるかどうかの試練なのだから。
「ねえ、お兄ちゃん。お願い」
メミニの声で、メミニと同じ見た目で、それは俺に縋り付く。それをぼんやり見ていると、両親の見た目をした何かも俺の傍に近付いて来た。
そして、そっと俺の肩にそっと手を置く。
「クロノ。メミニのお願い、クロノなら叶えられる気がするわ。ほんと、クロノが生きていてくれて、良かった」
「ああ、そうだな。本当にクロノが生きていてくれて、本当に良かった」
馬鹿だなあと、俺は心の中で自分に言う。偽物だとわかっているのに、どうしてまだ心が揺れてしまうのだろうか。
俺は小さく息を吸う。そして、誰の顔も目に入らないように強く目を閉じて、そして口を開いた。
「シャドウ スピア」
地面から、無数の黒い槍が何かを突き刺す、そんな音がした。同時に、悲鳴が聞こえる。
「痛い、お兄ちゃん、痛いよお……!」
俺は思わず耳を塞ぐ。早く終わらせてしまいたくて、俺は再び口を開いた。
「インフィニット ダークソード」
瞬間、騒がしかった音が静まり返る。
無事終わっただろうか。そう思いながら、俺は恐る恐る目を開く。
目に入ってきたのは、神殿の中の何もない大広間だった。ただ一つ、中心に浮かぶ青い珠があるだけ。俺はそこに横たわっていた。
俺はゆっくり起き上がる。最後は悪夢で終わったはずなのに、見ていた夢が名残惜しいと思ってしまうのはどうしてだろうか。
俺は大きく息を吸う。
駄目だ。今は、そんな事を考えている暇など無い。大切なのは、リトラとソフィアが無事帰って来れたかどうかだ。
と、リトラの体がピクリと動く。
「リトラ……!」
俺は急いでリトラの元へ駆け寄った。リトラはそのまま、ゆっくり体を起こす。
「……慣れないわね。偽物でも、人を殺すのは」
リトラが言葉を発したことに、俺はホッとする。今回も無事、戻ってこれたらしい。
一番最初にここに来た時、リトラは戻って来れなかった。虚ろな目で倒れたまま、起き上がることはなかった。
俺がパニックになった瞬間、気が付けば俺の時間は巻き戻っていた。
次の時間軸で、俺は精神への介入を試してみた。その結果、無事リトラは目を覚ました。
リトラは、幻覚の中で死んだリトラの母親に会っていた。そして俺のように暫く会話した後、人を殺すように指示されたらしい。
母親を殺せないリトラの代わりに、俺はリトラの母親を殺した。
けれども性格が変わった瞬間、リトラはソフィアよりも早く目を覚ますようになった。話を聞く限り、護身用の短剣で母親を刺したらしい。
きっと今回も、同じなのだろう。あまり思い出させたくなくて、聞いていないけれども。
と、ソフィアの体もピクリと動く。
「パパもママも、ティオおじさんも、そんな事は言わないもん!」
そう叫んだ瞬間だった。ソフィアは勢いよく起き上がった。
ソフィアはどの時間軸でも問題ないのだが、やはり無事を確認できると安心する。
と、起きたばかりのソフィアと目が合った。
「えっ、何!? 夢!? よかったあ! って、あれ? もしかして私、寝ちゃってた?」
既に起きている俺とリトラの顔を見て、ソフィアはまだ状況が飲み込めていないのか、混乱したように交互に二人を見た。そんなソフィアを見ていると、逆に心が落ち着いてきて、俺はいつもの笑顔に戻して口を開く。
「俺も、夢みたいなの見せられてて、さっき起きたとこ。もしかしたらこの神殿に見せられていたのかもしれないね」
「……私もよ。夢で良かったわ」
「そっかあ。あー、思い出したら腹立つ! この神殿、性格悪いよ!」
そう言って怒るソフィアが見た夢の内容はわからない。聞けば俺の事も聞かれそうで、敢えて聞いてはいなかった。
けれども、両親と暫く会えていないと言っていたから、それに関連する事なのだろうと思う。ソフィアの面倒を見てくれていたというウルティオさんの名前が出た理由はわからないけれども。
「そうだ。リトラもソフィアもあそこ見て。あれ、多分神珠だよね?」
俺は、これ以上夢の話が広がる前に、中心に浮かぶ青い珠を指さした。その瞬間、ソフィアは目を輝かせる。
「ほんとだ!? ということは、ほんとのほんとに神珠はあったんだ! 凄い、凄いよ……! えっ、でも、ということはもしかして、あの悪趣味な夢を見せたのも女神様……!? それはそれでちょっと複雑なんだけど……」
そう言って、ソフィアは顔をしかめた。
ソフィアの言う通り、これを仕掛けたのは女神様なのだろうと俺は思う。きっと女神様は何かを試したくて、あんな夢を見せたのだろう。ただ強いだけの人のために願いを叶えて、そして自分の願いを託したくなかったのだろう。
女神様の願いは、まだハッキリとはわからない。けれどもきっと、これから見るものに関係している事なのだろう。
俺は、次に進もうと立ち上がる。そして、青い珠の前に立った。
「えっと、とりあえずこれは貰っていってもいいのかな……? 取った瞬間、何も起こらないといいけど……」
俺は、何も知らないフリをして青い珠に触れる。瞬間、青い珠は光り、天井を照らす。
俺達は、光につられて上を見上げる。天井に現れたのは、別の世界を映し出したものだった。




