20.幸せな夢と願望
「凄い、綺麗!」
そう言って、ソフィアはくるくると回りながら辺りを見渡していた。
ここは、本当に神秘的な場所だった。神殿は淡く輝き、まるで地上にいるかのように明るくて、植物まで生えていた。
「いつの時代の建物だろう……。デザイン的にも、500年ぐらい前かな」
「そんな事もわかるの?」
「うん。あくまで感覚だけどね。建物にも、デザインとか、材料とかに流行りがあるんだ。特に、こんな立派な建物には」
そう言って、ソフィアは神殿を観察している。
と、隣で真剣な顔をして神殿を見つめるリトラが目に入った。リトラは緊張しているのか、周りの景色には目もくれず、少し震えていた。
本当にソフィアとは対照的だなと思いながら、俺は口を開く。
「リトラ、大丈夫?」
「へ? あっ、だ、大丈夫よ! 私より、あんたは自分の心配でもしときなさいよ!」
リトラはそう言って、俺に背を向ける。
最初の性格の時は怯えながら俺に引っ付いてきてくれたことを思うと少し寂しいが、一人で動ける方が良いだろう。そもそも引っ付いてきていたのだって性格が変わってからは無くなったから、遠い昔の記憶だった。
と、ソフィアが俺とリトラの前にひょっこりと顔を出した。
「二人とも、緊張しすぎだよ! こんな素敵なとこに来たんだよ! もっと楽しまなきゃ!」
「えっ、あ、いや、だって! 何が起こるかわかんないじゃない! だから……、その、不安なのよ!」
リトラの言葉に、ソフィアはきょとんとした顔を見せた。その後、ソフィアは笑いながら言う。
「それもそっか!」
「……あんた、絶対わかってないでしょ」
「えー、わかってるよー!」
そう言いながらも、緊張した様子一つ見せないソフィアは本当に凄いと思う。俺と違って何も知らないとはいえ、初めて来た得体の知らない場所で、これだけ好奇心に身を任せて動けるのはある意味才能だろう。
「ほら、二人とも! 中に入ろ!」
ソフィアの言葉につられ、俺達は神殿の入り口に向かった。
神殿の入り口には、俺の背の3倍ほどの扉があった。
「開けたら、色んなトラップがあって、私達を襲ってきたりするのかな~! 楽しみ~!」
ソフィアの言葉に、俺は苦笑いする。
それはそれで危険ではあるが、ソフィアの言う通りにトラップが仕掛けられているだけなのであれば、どれだけ良かっただろうか。誰かが死ねば時間を巻き戻してやり直せる俺にとって、いつかはクリアできる場所にしかならない。
「……開けるよ」
俺はそれだけ言って、一度深呼吸する。そして、これから起こる事に覚悟を決め、扉を開けた。
それは、前触れもなく突然起こる。開けた瞬間、景色が変わるのだ。
しかも目に入ってくる景色は、俺が育った街、ニヒルダ。そしてあたりを見渡しても、リトラもソフィアもどこにもいない。
「お兄ちゃん!」
と、懐かしい声が聞こえた。振り向くと、死んだはずの妹、メミニが、あの日の姿のまま俺に駆けよって来た。
もう何度も経験したから、俺は知っている。この世界も、妹も、全て偽物だという事を。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
俺が何も言わずにいると、メミニが俺の顔を心配そうにのぞき込んできた。
ああ、ズルい。俺はそう思う。だって、俺の記憶の中のメミニと同じ顔で、俺を見るのだから。
だから俺は、少しだけこの世界に浸りたくなって口を開くのだ。
「大丈夫だよ」
俺は優しくそう言って、メミニの頭を撫でる。
最初の時間軸でここに来た時は、直前まで神殿にいたことをすっかり忘れて、泣きながら抱きしめてしまった。そうしたら、メミニはオロオロと辺りを見渡して、そして抱きしめ返してくれた。
それは、幼い記憶のメミニそのままだった。
俺は最初の時間軸の時と行動を変えられないまま、メミニに声をかける。
「メミニ、そろそろ家に帰ろう」
「うん! お兄ちゃん、手、繋いでくれる?」
「勿論!」
ああ、これが本物だったら良いのにと、俺は何度も思う。まるで幸せすぎる夢を見てしまった後の気分だ。幸せ過ぎる夢は、起きた瞬間どうしても、夢が現実で無かったことに落ち込んでしまうのだ。
暫くして、俺とメミニは家に着いた。家に着くと、両親が笑顔で俺とメミニを見た。
「メミニが、本当に戻って来たのね。今でも信じられないわ」
母親が、俺とメミニに嬉しそうに駆け寄る。
「クロノ。本当にありがとうね。何度感謝しても足りないわ」
そう言って、母親は嬉しそうに笑った。その後ろで、父親が心配そうな顔をして俺の元に来る。
「クロノ。聞いたぞ。8年前の誘拐の時、酷い実験をされたとか」
「うん。でも、そのおかげでメミニを……」
「大丈夫なのか? 体は? 痛みとか、辛いこととかないか? 嫌な事言われてないか?」
「あはは。父さん大げさだって。ほんと俺の体は、なんともないから」
そう言いながら、自分で自分が気持ち悪くなる。
わかってる。これは俺の願望が見せているもの。この年になっても親に心配されたいなんて、子供じみていてあほらしい。
俺はいつものように、父親に笑って見せる。今までバレた事なんてない、醜い感情を隠していた時の笑顔。
これ以上、両親に迷惑をかけたくなかった。俺の子供じみた我儘で、困らせたくなかった。
「クロノ」
父親が、まっすぐ俺を見る。
「無理するな。父さんは、わかっているからな」
ああ、なんで。俺が隠すと決めたのに。だから気付かれない方が良かったはずなのに。
なんで俺の願望はこんなものを見せるのだろう。気持ち悪くて仕方ない。
そして、それがわかっているのに今回も誘惑に負けて見てしまう自分が、気持ち悪くて大嫌いだ。
ああ、でも、と、俺は思う。そろそろだ。そろそろ、この幸せで馬鹿げた空間が終わる時だ。
メミニの見た目をした何かが、俺にしがみ付いて外を指さす。
「ねえ、お兄ちゃん。私、あの人に意地悪されたの。お兄ちゃん、強い魔法使えるんでしょ? ねえ、やっつけて」
メミニが助けを求めるような目で俺を見て、そう言った。




